第41話 シラウオ横丁

 馬車に揺られ続けること、数時間。俺とミケは、無事にヤシロからシラウオの町に戻ってくることが出来た。夕闇が迫った運河の連絡船には相変わらず人が一杯で、夜になってもまだタバンサイに渡ることは出来るみたいだったけれど、今日はとりあえずシラウオでログアウトしようと考えていた俺はシラウオに到着するとまずは宿の確保に走った。

 幸いすぐに宿泊先が見つかり、俺は宿屋の従業員を捕まえて金貨を握らせ、自分が眠ってログアウトしている間のミケの世話を頼んだ。シラウオの宿にチップの概念があるかどうかはよく知らなかったけれど、相場よりかなり多めのチップを手にした従業員が喜んで了承してくれたから、多分大丈夫だろう。

 プレイヤーである[無垢なる旅人]がログアウトする時、宿屋や本拠地のように安全が確保された部屋の中であれば、プレイヤーは[熟睡]という状態を選ぶことが出来て、眠った状態のアバターがリーエンに存在し続ける。これが例えば旅の道中やダンジョンの中など危険を伴う場所であった場合、プレイヤーは[隔絶]という状態でログアウトが出来る。これは、アバターそのものがリーエンの世界から一時的に消えてしまう為、その状態に移行するには五分程度の時間を要する仕様だ。しかしプレイヤー自身はその時点でログアウトになるので、その僅かな間に無抵抗のアバターが襲われたりすることもある。「ログインしたら死に戻りしてました。装備も全部落としてます!」の可能性がある訳だ。つまりは、安全を確保してログアウトしてね、が推奨されているんだよな。装備だって、アイテムボックスに全部入れてからの死に戻りなら、落とす心配もないんだ。

 俺は自分が泊まる部屋の中でミケと暫く遊んだ後で、[熟睡]を選び、リーエンの世界からログアウトした。


 翌日。俺が再びリーエン=オンラインにログインしたのは、リーエンの世界で1日半程度の時間が経過した時刻になってからだ。ちなみにリーエンと現実世界との間で生じる時間の流れの差は一定ではなく、プレイヤー数が多くなる週末や開催しているイベントに合わせて、運営側がフレキシブルに変化させているらしい。現実世界にいる時は、誰でもダウンロード可能なリーエン=クロックというアプリで、リーエンの現在時刻を確認出来る。今はランクアップ解放クエスト開催という重要なイベント中でもあるので、時間の流れはややゆっくりめになっているみたいだ。


「ただいま、ミケ」

「ニャア!」


 俺が目を覚ますと、すぐにミケが飛びついてきた。俺はミケを撫でつつ身体を起こし、リーエン内での時間を再度確認する。うん、だいたい1日半ぐらい経ってる。ログアウト中の経過時間を見越して、宿代を二日分払っておいて良かった。

 ミケを肩に乗せた俺は部屋を出て共用の洗面台で顔を洗い、荷物と部屋の鍵を持って宿の受付に向かう。玄関を掃除していた従業員にチェックアウトの意向を伝え鍵を返して宿の外に出ると、シラウオの町は、今日も朝から活気に溢れていた。

 観光気分で宿から連絡船の船着場に移動する途中に、びっしりと小店が立ち並んだ一角を見つけた。NPC達もプレイヤー達も集まって楽しそうに騒いでいる、高架下の横丁のような場所。商品を並べた露店だけでなく、立ち食い蕎麦や揚げ物の屋台とかもたくさん出てるみたいだ。そう言えば朝食もまだだし、適当につまんで、ついでに炎狼に何かお土産を買って行こうかな。

 そう決めた俺が一角に足を踏み入れた瞬間に、【シラウオ横丁】と視界に地域名のテロップが浮かぶ。地域名のテロップは、初めての場所を訪れた際に、初回だけ表示してもらえる設定にしていたのだが。


「ん?」


 俺が少し驚いて足を止めてしまったのは、その【シラウオ横丁】のテロップが浮かぶ吹き出しの右上に、あの[ここからめくる]のマークが見えたからだ。俺は近くの露店に並んで吊るしてあった風鈴を眺めるふりをしつつ、半透明をした吹き出しの表面を一枚剥ぎ取った。


【シラウオ横丁(別名:袖引き横丁):町名の由来は、この地域で名産となっている半透明の白い魚から来ているが、横丁の由来は異なる。シラウオ横丁には元々大きな奴隷市場があり、売れ残った奴隷の殆どは、当時荒神として恐れられていた巨大な凶鳥に生贄として捧げられる運命にあった。奴隷達は恐怖に血の気が引いた白い指で行き交う人々の袖を掴み、自分を買って欲しいと訴えたと言われている。その白い指が名産のシラウオと似ていたことから、この横丁はシラウオ横丁と呼ばれるようになった】


 ……え? えっ、こっっっわ、怖い。

 慧眼さん、何でそんな恐怖の情報を無駄に教えてくれたんだ?


 俺は肩に乗せていたミケを胸の前に抱え直し、露店と露店の間にある路地の暗い隙間にあまり視線をやらないようにしながら、ささっとシラウオ横丁の中を見て回った。

 何も知らないプレイヤー達や由来は知っていても多分気にしていないNPC達との楽しそうな遣り取りを横目で見つつ徘徊し、最終的に俺が足を止めたのは、天むすを並べて売っていた屋台だった。大きな海老と鳥てんの天むす二つを昼の弁当として包んでもらい、一緒に揚げてあった烏賊の天ぷらを串に刺してもらって、少し行儀が悪いが口に咥えて食べたまま、炎狼へのお土産を探す。


「お……これなんて良いかも」


 横丁の出口付近に並べられていた露店で見つけた、小さな動物や花の形を象った根付。色彩の鮮やかな組紐も使ってあって、如何にも和風って感じだ。これなら、男女問わずに喜んでもらえそう。

 俺は気に入ったデザインの根付を幾つか買い求め、落とさないように、アイテムボックスの中にしまいこんだ。


 さて、船でタバンサイに渡ったら、今度はニカラグに向かうツイ山脈越えの山道が待っている。水はタバンサイで改めて買うのが良いとして、問題はそこで一泊するかどうかなんだよな。一度通ったから判るけど、ツイ山脈を越える街道はそこまで苦労するものじゃない。でも朝からニカラグを出立してタバンサイに到着したのが夕刻だったから、復路も同じペースで考えたとしたら、船で渡った後にタバンサイを出発するのが昼頃になるから、夜が訪れる前にニカラグに到着出来る可能性が低い。

 ネイチャーの宿屋を使って夜を過ごしても良いんだけれど、ツイ山脈の各所には、負傷した冒険者達が監視に立ってくれている筈だ。俺が山の街道を逸れてこそこそ森の奥とかに入っていこうものなら、きっと止められてしまうだろう。


「うーん……タバンサイからニカラグまで、乗合馬車みたいな移動手段が出てないのかな」


 何分、タバンサイの町は、往路ではほぼスルーして通り過ぎてしまったので、何も情報を集めていない。これは、現地で聞いてみるのが一番かもな。

 そう結論づけた俺は早速連絡船に乗り込み、セントロの隣国、イーシェナを後にした。

 

 



 




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