第53話 優遇
「ランクB以上の魔導士達に
ブライト、カタリナ、ヨハンが揃って俺に頭を下げてくる。うん、これはやってくれた方がいいと思うんだよね。今回みたいなスタンピードの途中に禁書化の事件とかが起きたら、大変だと思うし。
さて。
最後に残った条件は、俺に『指名依頼』の権利を与えること。
通常、冒険者ギルドに依頼を出した場合、誰がその依頼を引き受けてくれるかは判らない。依頼の種類や内容を吟味して、それをどのランクの冒険者が引き受けるかを決定するのはギルド側になる。
だけど指名依頼となると、話は別だ。当然ながら依頼料は上がるが、依頼主側が、任務を遂行する冒険者を指名することが出来る。
これまでに何度も冒険者ギルドを利用し続けた実績のある、所謂『お得意様』に赦される特典とも言える。
「……三つ目の条件ですが、これは通常であれば、相当の審査を必要とします」
「そうだな……それで?」
俺は軽く、ブライトに向かって首を傾げてみせる。それ以上は、問いかけも、否定もしない。
その意味合いも、重要さも、理解していると示す態度だ。
『ギルドマスター、悩んでるみたい』
『……指名依頼って、そんなに重要なことなのかしら?』
『あれじゃないかい?
『そんなに単純ではなかろう。そもそも指名依頼は、国王からの勅命でない限り冒険者に拒否権がある。だから、アマデウスが指摘したようなことにはならん』
『……そうなの?』
眉間に皺を寄せて考え込んでいるブライトを他所に、ヨハンに抱えられたままの[マトリ]も、
『それにしても、高純度精霊石か。私の為に誂えてくれるのはとても嬉しいが、ラフカディオがコツコツと貯めておいた金がかなり減ってしまうな』
『確か、最安値でも1000金ぐらいだって聞くね』
『え、1000金……!?』
『それでもかなりの破格の値段の筈よ。オークションにかけられたら、その倍はするって聞いたことがあるわ』
『うわぁーー!』
え、えぇぇえええ……。
うわぁーー! はこっちの台詞ですけど??
精霊石ってそんなお値段するの? 1000金って、つまりは、1000万円!?
精霊さん達、宿代を高く支払いすぎでは? 今度会えたら、何かサービスしないといけないんじゃないかな?
内心大慌てをしている俺の前でブライトが悩んでいるうちに、外の喧騒が、建物の奥にあるこの部屋まで届く程に大きくなってきた。ソクティから溢れ出たモンスターを迎撃しながら後退している防衛ラインが、少しずつ街に近づいてきていると見える。
ホルダは、セントロの首都だ。当然ながら、その防衛システムはかなり堅固なものに作られている筈だし、ちょっとやそっとでは陥落する心配もないだろう。それでも、必ず負傷者も犠牲者も、少なからずは出てしまう。それを如何に少なくすることが出来るかは、指揮を執るギルドマスターの手腕にかかってくる。
「……判りました。今回に限り、ギルドマスターとしての裁量で、カラ様のご提示された条件を採択させて頂きます」
結局ブライトは、俺の出した条件を受け入れることにしたようだ。
身元が不明かつ実績も不充分の俺に対して、優遇の権利を与えてしまった。普通ならばもっと吟味していただろう案件を、この切羽詰まった状況が、結論を急かしてしまったが故の結果だ。
「ありがとう。では約束通り、残りの精霊石二つは、ギルド側に進呈しよう」
俺はトレイの上から炎の精霊石を一つ抓みあげ、それをポケットに突っ込む、
「感謝致します。……カラ様。炎の精霊石と、草の精霊石の買取価格については……」
「これまでの最低値で構わない……二つで、2000金というところか?」
「それもご存知でしたか……冒険者達に対する御温情に、感謝致します」
うん、今聞いたばっかりだけどね!
ブライトの合図でメリナが運んできた袋は、ずしりと重い。
受け取った袋を開いてみると、いつも目にしている金貨より二回りほど大きなサイズをした金貨がびっしりと詰まっていた。中から一枚を手にとって視線を合わせると、【大金貨:高額取引などに利用される特別な金貨。1枚で10金貨の価値がある。大金貨の上には、100金貨の価値がある宝玉金貨がある】との説明が浮かんで見えた。成る程、金貨以上の通貨も一応あるんだな。もしかしたら、小切手みたいなものも、存在するのだろうか。
「通常の金貨だと流石に量が多いので、大金貨で用意させて頂きました。一部を金貨でお渡しする方が宜しければ、換金して改めさせますが」
「いや、構わない。どうせすぐに、預けるからな」
「左様ですか」
確かリーエンでの通貨システムは、ある一族が脈々と受け継いできた古代のオーバーテクノロジーを応用して、大陸全土で銀行を利用できるようにしてあるという代物。その管轄は冒険者ギルドでも神殿でもなく、【使徒】と称される集団が請け負っているそうだ。リーエンの中で神秘の民なんて呼ばれている彼等は、言ってみれば、運営直轄のNPCなんだろう。
だから、俺が今受け取った代金を速攻で預金してしまったとしても、金の流れから俺のメインアバターである[シオン]を見つけ出すことは不可能だ。というか、それをやられたら他の住人達だって、仮面の正体がすぐにバレてしまう。
「では、俺は失礼する」
「ありがとうございます……カラ様。スタンピードが落ち着きましたら、ぜひ、今一度ギルドにお越しください」
「……気が向いたらな」
俺はこれで取引は成立したとばかりに立ち上がり、何か言いたげなブライトとカタリナ、それにヨハンと魔導士達の視線を背中に受けつつ、さっさとロビーに戻った。相変わらず人で溢れている冒険者ギルドのロビーを通り抜け、更に人の往来が激しい表通りに歩み出る。
「まぁ、そうなるよな」
冒険者ギルドからほんの数軒先にある銀行まで歩く俺の背中を、ひたひたと追いかけてくる何かの気配。俺は涼しい顔をして銀行に入り、精霊石を売った金をさっさと口座に預金した後で、再び大通りに戻る。
物資を運んでいる商人、武器を携えて移動している冒険者、歩きながら何かの書類に書き込んでいる何処かの職員。俺はそんな人垣の間をすり抜けつつ、そっと一つのスキルを使った。
「……【気配遮断】」
同時に荷物を積んだ荷台を引いている男性と歩調を合わせながら移動して、建物の角を曲がった時点で、目についた店に入る。陳列されている商品を眺めるフリをしつつそっと外を伺うと、キョロキョロと何かを探している様子の男が、焦った表情を浮かべながら店の表を通り過ぎて行った。
冒険者ギルドのカウンターの中に、見かけた顔だ。十中八九、ギルドの職員だろうな。
ギルドマスターに指示されて俺を追跡したけれど、追跡のスペシャリストじゃないから、あっさり見失ってしまったってところか。まさか、俺が気配遮断を使えるとは思わなかっただろうし、仕方がない。
俺は店の中で売られていた雑貨を幾つか買い求め、再び大通りを歩き始めた。俺が歩いている通りの反対側には、騎馬に跨り、揃いの鎧を身につけた騎士団が整列している。
この先の防衛戦には、王立騎士団達も参加するらしい。
「……スタンピード、か」
MMORPGでも大規模イベントによく用いいられる、時と場合によっては、街を一つ簡単に壊滅させる程に忌まわしい災厄。
「でも、多分こんなんじゃ……ダメだよなぁ」
思ったよりも、この世界のNPC達が行う防衛行動は、統率と連携がしっかりと取れている。
これではスタンピードが街を襲ってきたとしても、軍にも師団にも及ばず、良くて旅団を一つ、壊滅させる程度だろう。
「正攻法では、まず、ダメだな」
俺が目指さす【大虐殺】の高みは、もっともっと上だ。せめて[一国]を滅すぐらいじゃないと、意味がない。
それを目指す為にも。
ひとまずはこの災厄で、勉強させてもらうことにしよう。
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