第56話 ※運営陣(2)※

「イレギュラーだ!!」


 襲撃イベントの推移を見守っていた開発チームの一団から、悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる。

 続いて、壁の一面を埋める大型のモニターに映し出されたのは、パステルカラーで彩られた五色の雲だ。それは今回、冒険者ランクアップ解放クエストのためにリーエン=オンラインの運営側が用意した【ソクティのスタンピード】とは全く関係が無い、

 他の部署からも次々と人が集まってきた開発室内は、その明らかに異様な光景をモニター越しに見つめ、騒然となる。


「予想より早いな」


 今回のイベントを立ち上げた開発者の一人は、未だ攻防戦が続いているホルダの情勢を確認しつつ、瞳を眇めて【雲】の解析を急ぐ。


 運営という、リーエンの住人達にとっては神に等しい存在が起こすイベントに、何らかの勢力が介入してくること。それは、NPC達に個人の歴史と世界の治権を委ねている以上、いつか起こるだろうと予測されていたことだ。

 しかし開発チームは、それが始まるのは『無垢なる旅人』であるプレイヤー達がリーエンに降り立ち始めてから、かなり時間が経過した後。現実世界においては数ヶ月先になると考えていたのだ。だが予想に反し、イレギュラーの介入は始まってしまった。


「それだけ、リーエンが成熟しているということでしょうね」

「……盟主モナーク達の成長が間に合うと良いが」


 運営側が用意した五人の盟主モナーク候補。彼等には【大虐殺】という共通の目標が与えられているが、それはプレイヤー達の憧れとなる[頂点]として君臨して欲しいという狙いだけでは、無い。


「雲の構成データ、判明しました。魔力を有する拳大の核が雲の中心にあり、核を包む球体の表面に、魔法陣が言語ロジック化された文字で綴られています」

「つまり?」

「あの『雲』は、五大属性の全てを使役チャージ可能です。魔法陣のロジックをまだ全ては解読できていませんが、中級程度の魔術言語は謳えるのではないかと思われます。……保有者識別にもジャミングがかけてありますね。これならば、万が一誰かの手に渡っても、簡単には足がつかない」


 見かけはファンシーな雲だが、かなり優秀なギミックだ。

 例えばこの雲が街の中央付近で無差別に魔法を撃ち始めれば、武力が外壁に集中している現状では、市民にかなりの犠牲者を出してしまうだろう。スタンピードの騒動を上手く利用された形だ。


「こんなことを考えつくのは……」

「神墜教団の仕業だな。魔族達であれば、自らの力を誇示する方法を好む」

「確かに」


 プレイヤーとNPC達の共通敵である神墜教団。リーエンの世界において教団の歴史は古く、彼等の拠点が何処にあり、その頂点に誰が君臨しているかを知る者は殆ど居ない。運営側であれば当然その気になれば追跡可能ではあるが、リーエン=オンラインにおいて運営はあくまでも[神]であり、傍観者。

 プレイヤー達を導くイベントや不具合などには関わりを持つが、それ以外のNPC達の行動に関しては、基本的に不干渉を貫いている。

 イレギュラーの介入という出来事も、この先、リーエン=オンラインの進化を促す重要なファクターとなるだろう。


「しかし……ここに来て、教団の活動が活発になりましたね」

「彼らが厭う[創世神]の神託通りに、『無垢なる旅人』達がリーエンにやってきたのもの、原因の一つだろうな」

「さて、あの雲に対処できるプレイヤーかNPCは、居るのかな」


 現在、ホルダは上級の冒険者達が集結した状態にあるが、その武力の殆どは、スタンピードの襲撃を受けている正門に集中している。他の門にも衛兵は配置されているものの、誰もが街の『外』に注意を向けていて、街の中央に浮かぶ雲に気付いていないようだ。

 しかし運営チームが見守っているうちに、漂っていた雲がいきなり一つ落雷を落としたかと思うと、速い速度で移動を始めた。雲の周辺を確かめたスタッフの一人が、屋根の上を駆ける二人のプレイヤーを見つける。


「どうやら、プレイヤーの誰かが、雲の存在に気づいたみたいですね」

「お、鋭いな。誰だ?」

「えぇと、街の中央にある櫓に登っていた二人で……このプレイヤーは確か……中村さん!」

「えぇ、見ています」


 他の開発者達と一緒にモニターの映像を眺めていた中村は、眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、[炎狼]と共に屋根の上を走る[シオン]を見つめる。


盟主モナーク候補の[シオン]と、友人の[炎狼]ですか。二人が向かっているのは……裏門の方角?」

「えぇ。例の雲は、二人を追いかけているようです」

「誘導する何かを使ったのかもしれませんね。このまま、街の外に連れていくつもりでしょうか」


 誰かの疑問に、更に[雲]の解析を続けているスタッフの一人が首を振る。


「ダメです。あの[雲]は、ホルダの敷地外には出ない設定となっています」

「あの二人も、何となくそれには気付いているみたいですね」


 焼け焦げた防具を身につけた[炎狼]が、走り続けながら[シオン]に何かを話しかけている。[シオン]も肯き、ちらりと後方の雲に視線を向けた後で肩に乗せていた[三毛猫]を胸の前に抱え直した。


「シオンが、屋根から飛び降りました。……そのまま雨樋と窓枠を蹴って、無事に着地。相変わらず、アバターとの親和性が良好ですね」

「炎狼が使っているスキルは[挑発]ですか。雲の攻撃を引きつけている」

「その間にシオンが向かっている先は……あぁ!」


 シオンの走る先には、裏門の前に隊列を組んで佇む集団があった。

 その先頭に立っているのは、瞼を閉じ、片耳に手を当てて誰かからの連絡を受けている、緋色のローブを羽織った青年。


「……こんなところで、遭遇してしまうとは」


 中村の言葉に、その隣でモニターに視線を注いでいた池林も苦笑する。


「えぇ、まだお互い、正体を知らないでしょうけど」


 池林が担当しているのは、赤の盟主モナーク候補。彼はかなり優秀なプレイヤーであり、既に自らのクランを持ち、攻略組と言われるプレイヤー達を率いる存在でもある。


「黒の盟主モナーク候補[シオン]と、赤の盟主モナーク候補[眠兎ミント]ですか。……さて、どんな闘い方を見せてくれるのでしょうね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る