第55話 スタンピード(2)

「あぁ、居たな何か! しかしそのホクトとやら、以前ハロエリスのクランマスター殿に絡んで取り押さえられていなかったか?」


 俺と同じように遭遇を思い出したらしい炎狼が、軽く顎を摩りながら首を傾げている。そうなんだよな、ホクトは確かあの時、女子アバターのプレイヤーにウザ絡みして、ハロエリスのクランマスターであるアルネイ様とやらにあっさり制圧されていたと思うのだが。

 それなのに、ハロエリスに入団させろと押しかけているって、厚顔無恥にも程が無いか?


「それがだな。アルネイ様に押さえつけられたことで、しんてきがいしょーごすとれす何ちゃら? とやらになっているから、責任をとれだの何だのとわけの判らないことを主張しているらしい。一応彼も、陛下から擁護指示が出ている『無垢なる旅人』の一人には間違いないだろう? それでクランのメンバー達も、対処に困っているそうなんだ」

「……しんてきがいしょーごすとれす」

心的外傷後ストレス障害PTSDという奴だな。リーエンでそんなことを引き合いに出す意味が理解出来んが」

「俺もだよ。うーん……どうしようか」


 俺と炎狼は、揃って考え込む。

 掲示板に書き込むのは晒し行為みたいで好きじゃないし、個別で話をつけようとしたら、今度はこちら側に粘着される可能性もある。俺は[シオン]としては目立つ行為は出来るだけ避けたい方だし、炎狼とて厄介事は好まないだろう。


「……一つ、心当たりがある」

「どんなだ?」

「覚えていないか? ホクトと一緒に居た、[ユタカ]というシーフ」

「あぁ」


 炎狼に言われて、俺も思い出す。ホクトの行動を止められず、それでも周囲には「すまない」と頭を下げていた、シーフのプレイヤーだ。あの雰囲気からして、[ホクト]と[ユタカ]はリアルでも知り合いの可能性はそこそこ高い。


「ウェブハに行く時、二度目の砂漠越えは三つのパーティでセッションを組んで進んだんだ。俺の入っていたパーティではないが、残りの何処かにその[ユタカ]が居た気がする」

「本当か」

「ユタカとは接触していないが、各パーティのリーダーとはフレンド登録したんだ。少し、繋ぎを取ってみよう」


 スタンピードの最中だから連絡がつくかどうかは自信がないがと言いながらも、炎狼は片耳に手をあて、静かに目を閉じる。そのパーティのリーダーとやらに、メッセージを送ってみているのだろう。俺は櫓の兵士達と一緒に鳥を牽制しつつ、炎狼の返事を暫く待つ。

 ややあって、炎狼はぱちりと瞼を開き、俺と兵士に肯いてみせた。


「……連絡がついた。今、城壁沿いの哨戒を手伝っている俺のフレンドがユタカと同じクランに入っているので、後から説得を提案してみてくれるそうだ」

「おぉ、良かったな」

「まぁ話を聞いてもらえるかどうかは微妙なラインのようだがな。ユタカがホクトと違うクランに入っている時点で、別行動を取っている可能性が高いだろう?」

「あ、そっか」


 まぁそれでも、俺達よりは話がつけやすいだろう。


「炎狼はクランとかまだ考えてないのか?」

「幾つか誘われたはしたが、まだだな。そういうシオンはどうだ」

「俺は全く。ほぼ、ソロ活動して来たし」

「ホルダでもそうだが、ウェブハでも『無垢なる旅人』出身の冒険者を抱き込もうとしているクランはなかなか多かったしな。創世神の神託が効いているとみえる」


 実際、リーエンに昔から存在するNPC達と比較すると、プレイヤーである『無垢なる旅人』の成長速度はかなり異常らしいから、今のうちに抱き込んでおこうとする気持ちは判る。青田買いって奴だな。


「プレイヤーが作ったクランも、既に幾つか出来てきているぞ」

「マジか。クランの設立要件ってなんだ?」

「俺も詳しくないが、一定の資金と本拠地の準備。そして冒険者中心のクランであれば、クランマスターの冒険者ランクが最低でもD以上とかだった気がするが」

「そんな条件、該当するやついるのか……?」

「居る。俺が同行したパーティのリーダーが、そうだったからな」


 炎狼達と一緒に砂漠を越えた男性アバターの魔術師[眠兎ミント]が、ウェブハに到着して冒険者ランクの上限が解放されると同時に、ランクE貢献度の上限を通知されていたらしい。俺がイーシェナで貢献度の上限が来た時と、同じような状況だったってことだろう。眠兎の方が俺よりもランクがまるまる一つ上ではあるが。


「他の要件にある一定資金と本拠地は? 土地とか凄い値段じゃないのか?」

「シオンも時にはワールドアナウンスのログに目を通したほうがいいぞ。眠兎は『無垢なる旅人』の中で最初に転職を果たしていて、かつ、現在の俺達のレベル上限キャップにも最初に辿り着いている」


 因みに現在の『無垢なる旅人』のレベルキャップは、50。恐らくその眠兎は、ガチの攻略組って奴だろうな。


「土地は何かの隠しクエストを最初にクリアした報酬で貰えたって話だったな。一度クランハウスの土地にも招いてもらったが、なかなか居心地の良い場所だった」

「へぇ、一回観てみたいな」

「あぁ、今度機会があったら、シオンのことも紹介しよう。きっと喜んで招いてくれるぞ」

「ありがと。もしかして炎狼は、そこのクランに誘われているのか?」

「まぁな。しかし俺はそこまで攻略に熱中せずリーエンの世界を楽しんでいる方だから、どうしようかと迷っている」

「うんうん。その楽しみ方、良いよなぁ」


 美麗な世界やストーリーを楽しみつつ、イベントや上位ダンジョンに挑める程度には、強くなっておく。上位ランカーではなくとも、そこそこ楽しめる仲間が居る。数多くのMMORPGに首を突っ込んできた俺が、一番好きなプレイスタイルでもある。

 もちろん、ガチガチの攻略を目標に上位を目指すのもそれぞれのプレイスタイルだから、それこそ好きにしたら良いと思う。

 その概念からすると、ホクトのNPCに対する迷惑行為も自由行動だから、最後に自分で責任を取れるようなら、別に問題はないんだ。ただ、このまま放置していると、NPC全体からの『無垢なる旅人』に対する好感度が下がってしまいそうなんだよな。ツイ山脈でも、山の資源を巡って同じようなことが起きてたし。あんまり対立を大きくするのは良くない。


「……天秤が難しいところだ」


 俺の目指す先を考えれば、『無垢なる旅人』とNPC達の間は、良好な関係を保ち、互いに協力してもらっていた方が良い。


 まぁ、俺の最終目的に炎狼を巻き込むつもりは、あまり無いんだけど。

 いつかは、敵として立ちはだかる日も来るんじゃないかなぁとは思っている。

 ……ちょっと楽しみでもあるよな?


 俺は「天秤?」と首を傾げている炎狼に、「ものの例えだよ」と曖昧な答えを返し、再び正門の方に視線を向ける。

 喧騒に包まれた正門の方は相変わらず、一進一退の攻防が続いている。街道を埋め尽くしているモンスターの群れは、まだ数が減っていそうにもない。そもそもスタンピードって、どれぐらいまでの間続くものなのだろうか。

 俺の問いかけに、新たな鳥を撃ち落した弓兵が「うぅん」と額に指を当てる。


「だいたいは、まる一日か、長くてもせいぜい二日。三日間も続く大規模災害級のスタンピードは、ここ数十年起きてないと思うがな」

「なるほど」

「それでもこの勢いで一日ずっと攻め続けられるって、相当ですよね」


 ダンジョンの階層から溢れるほどの魔物を生み出せる仕組みそのものが既に不気味だが、それが群れを成して街を襲い続けるとか、悪夢でしかない。

 しかしホルダはダンジョンが近くにあるからこそ、栄えてきた部分もあるそうだ。


「まずダンジョンから得るドロップ品は、生活に欠かせないものが多いからな」

「ダンジョンの特定階層にしか生えない薬草もある。昔、その薬草を使った薬で、伝染病が未然に防がれたって記録もあるんだぜ」

「だからこそ、スタンピード対策もしっかりとれているのさ」


 櫓の兵士達の言葉に、俺と炎狼は納得して肯く。

 再び正門に視線を向けて冒険者達の活躍に声援と祈りを飛ばし続け、暫くしてから水分補給がてらに、何の気なしにぐるりと方向転換をした俺は、あるものを見つけてしまった。


「え? 何、あれ」


 あまりにも、場違いな、それは。


「……雲?」


 青空にぽつりと浮ぶ。


 不思議な、五色の雲だった。

 



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