第3話 サービス開始

 遂に、リーエン=オンラインが正式リリースされる日がやってきた。


 リーエンの世界が動き出すのは、連休初日の零時丁度から。サーバーの急激な高負荷を避ける為に、ゲーム内にログイン可能となる時間はプレイヤーに配布されたユニークIDを元に、ランダムで決められている。

 俺に割り当てられたログイン可能時間は、ゲーム開始から三時間後。こればかりは仕方がないので、逸る気持ちを抑えつつ、せっかくの待機時間はアバターの入念な調節に費やさせてもらうことにする。

 VRMMOの醍醐味の一つは、現実の自分とは異なる姿で電脳世界にダイヴ出来ること。外見だけに限らず性別や人種、年齢までも自由に選択することが可能だが、俺はリアルと同じ男性で、年齢が近い外見を選ぶことが多い。

 体格は筋骨隆々ではなく、かと言ってモデルのような高身長の痩せ型でもない、中肉中背。顔はプレイ中のモチベーションにも繋がったりするので、二十代前半男性を基準に呼び出し、そこから自分なりに好みの顔に調整。全身の肌は褐色に、髪は短く、烏の濡羽色に。最後に瞳を鈍い錆色で整えてしまえば、使い慣れたアバターに近い容姿をした青年が、鏡の中で僅かな微笑みを浮かべながら佇んでいた。


「うん、上出来」


 俺は視界の左隅に浮かぶ半透明のパネルからアバターの保存を選択し、いつものプレイヤーネームである【シオン】を打ち込む。後からアバターを弄れる課金アイテムなどが出てくる可能性は高いが、どうせなら最初から妥協せず、自分の分身となるプレイヤーを作り出したい。幸い【シオン】も重複ネームとはならなかったようだ。


 そうこうしているうちに、俺より数時間先にリーエンにログインしたプレイヤー達から、SNSに次々と情報が上がり始めた。先にネタバレを知ってしまっては楽しさが半減する部分もあるかもしれないが、はじまりの街ぐらいは良いだろう。


「えーと、何々……『無垢なる旅人』の出現は、予め神託が下されていた……」


 プレイヤーが無垢なる旅人として最初に降り立つ国、神護国家セントロ。双子の創世神を主神と崇めるキダス教の総本山となっている国だ。キダス教はリーエンの中で最も多く信仰されているもので、NPC達にも信徒が多い。

 キダス教の最高位に就く神官長は、双子の信徒から選ばれる。現在の神官長は『アビリ』と『ゼイネ』の双子の姉妹。彼女達はある日、創世神『ハヌ』と『メロ』から神託を受ける。


“リーエンの大地に黄昏が訪れ、終焉の足音が迫りつつある。この先リーエンは、混沌の坩堝と化すだろう。私達はリーエンの滅亡を防ぐ為に、遠き異世界の各地より、無垢なる旅人を呼び寄せた。彼等と共に暮らし、共に学び、共に戦い、見極めよ。世界を救う鍵は、旅人達との共存にある”


 双子の姉妹はセントロの政権を担う国王ディランに神託の内容を報告し、国王ディランは無垢なる旅人達を受け入れる準備を、急遽整えた。


 そして、双子の姉妹が神託を受けてからひと月あまりの後。

 右も左も判らない様子の無垢なる旅人達が、セントロの中央に位置する【華宴の広場】に、次々と降り立ち始めた。


「……成る程、リーエンで暮らすNPC達にとっては、俺達は【異世界召喚】されてきた異邦人みたいなものだろうな」


 その先はどうなるのかと記事を読み進めようとしたところで、セットしておいたアラームが、光と音で俺に時間を告げる。

 時刻は、午前三時。

 俺がリーエン=オンラインにログイン可能となる、最初の時間だ。


「後は、自分の眼で確かめてみるか」


 俺はSNSを立ち上げていたアプリを閉じ、アバターの前に大きく表示されていた『冒険を始めますか?』の言葉の下に浮かぶ【Yes】を選択する。


『ダイヴを開始致します。初回ログイン時の連続した接続時間は最長四時間です。長時間の連続ダイヴは健康に危害を招く場合があります。必ず、定期的な休息をとってリーエンの世界をお楽しみ下さい』


 機械的な説明文が表示された後。

 俺の視界は一瞬暗くなり、次の瞬間には。


「……おぉ、すごい」


 色とりどりの花が咲き乱れる広場の中央に、俺は立っていた。

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