第2話 盟主候補

 大虐殺。


 運営側から提示されたまさかの要請に、俺は相当間抜け面を晒してしまっていたのだと思う。

 中村さんはそんな俺の様子に軽く首を傾げた後で、「あぁ」と軽く掌を打ち、「もちろんゲームの中でですよ」と付け加えてくれたが、違うそこじゃない。


「大虐殺、ですか……?」


 どんなMMORPGでも、PKプレイヤーキルは忌避される行動だ。システム上対人戦が許されているエリア以外でしつこくPKを繰り返せば、ストーカー行為や妨害行為と見做されて、運営からアカウントを凍結されたりもする。それを属性の長となる盟主に推奨するとは、どういうことなのだろうか。

 疑問形で聞き返した俺に頷いた中村さん曰く、MMORPGの舞台となる異世界には、判りやすい【目に見える敵】と暗躍する【姿の見えない敵】が必要なのだそうだ。


「旅人としてリーエンの大地を冒険して行くプレイヤーと友好的な五つの国家とは別に、共通の敵として国を股にかけて活動する『神墜教団』という組織があります。メインシナリオの多くは、彼らとの対立がストーリーの主軸となることでしょう。でもそれだけでは、面白みに欠けてしまいます」


 MMORPGにとってメインシナリオとは、そのゲームの世界観やシステムを網羅することが出来る、全てのプレイヤーに共通の物語だ。レベル上げやアイテム集め、職業の理解などに有益である一方で、情報サイトなどに攻略方法を纏めて公開されてしまうのも早い。


「プレイヤーの『敵』がNPCである限り、型に嵌った【攻略法】がやがて見つけ出されてしまいます。だからと言って運営側が『敵』を演じるとなれば、プレイヤー達からの反発は必至です。どうせチートだからなと言われてしまうのがオチです」

「確かに、そう考えるのが妥当ですよね」

「はい。ですからまずはリーエン=オンラインの正式稼働後に、頃合いを見て様々なイベントを追加し、暗躍者のヒントを散りばめていきます。その中でプレイヤー達は少しずつ気付いて行くことでしょう。『神墜教団』だけでなく、一般プレイヤー達の中に、裏で糸ひく【誰か】が存在していることに」

「それが、盟主の五人だということですか」

「そうなります。五人には二つのネイチャーという利権が与えられますが、職種の育成速度は一般プレイヤーのものと変わりません。その中で、いかに効率良く他のプレイヤー達を凌駕して行くかは、盟主の手腕にかかっています。どうしても無理だと感じた場合や、リアルの事情で盟主の継続が不可能となった場合は、運営側に申し出ることでドロップアウトも可能です。ただし、守秘義務の契約をして頂きます」


 守秘義務契約が履行される場合があるという旨は、アカウント登録の時に目を通した規約で既に承諾済みだ。今この場で俺が盟主を断った場合も、守秘義務が課せられるのだろう。


「大虐殺、というのは?」

「どんな方法でも構いません。大魔法で国ごと国民を焼き尽くしても良いし、暗殺を繰り返して内乱を起こしても良い。猛獣に襲撃させるのもありでしょう。とにかく、他のプレイヤー達に『こんな脅威と呼ぶしかない存在に、いつかは辿り着けるのか』と、畏怖と憧憬を抱かれる存在になって頂きたい。一定期間盟主を務めた後には、後継者を選ぶ権利が与えられます。その座を守り続けることも可能です」


 アカウントの登録に必要となっていたやけに細かい内容の事前アンケートや生体認証は、大事なファクターとなる『最初の盟主』を選ぶ為のものだったらしい。俺の何が運営の興味を引いたかは不明だが、この条件を提示されて、断るような性格をしていたら、この場に呼び出されていたりしない。


 大まかな説明を聞き終えた俺の表情は、きっと、輝いていたのだろう。


「どうでしょう……引き受けて頂けますね?」


 笑顔を浮かべつつ、最終確認をした中村さんの言葉に。

 俺は大きく、頷き返していた。



 それが後に【黒主】としてリーエンの大地を席巻し、NPCを巻き込んだ各国家から討伐隊まで組まれるようになる俺の、長い冒険の始まりだった。

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