第137話 邂逅
チコラと詐欺集団を乗せてミナ観測所から出た馬車は、予想通りに氷河に続く道に向かって走り始めた。俺達も観測所の外に待たせておいたミルヒとエレンの元に走り、その後を追いかける。幸いというか、氷河に近づくにつれて吹雪は酷くなってきていて、馬車に乗った面々が俺達の追跡に気づいている気配は無い。
「シオン!」
エレンに乗った炎狼の叫びに、彼が指さす道の先――追いかけている馬車よりも『先』に視線をやった俺は、視界に入った光景に、息を呑む。
「嘘……!」
「オイオイ、マジかよ!」
俺の後ろに乗った杠も、炎狼の後ろに乗っているスルナも驚愕の声を上げた。
「まさか⁉」
大きな亀裂音と共に、降り注いでくる氷の欠片と、ぐらぐらと揺れる足元。遠くに見えていた青白い氷河が、少しずつ、動き始めている。
まさかこのタイミングで氷流移動が始まるとは思ってもいなかったのは、俺達だけでなく、先を走っている馬車の方もだろう。
ルンタウルフの二頭は割れた地面を避けて駆け抜けてくれたけれど、俺達よりも先に進んでいた馬車は、崩れかけた道路に車輪を取られたのか、車体を斜めに傾けて止まってしまったみたいだ。しかも、動き始めたメグ・ツェドの身体から剥がれ落ちる衝撃で、地面はどんどん亀裂を増やして行っている。あのままでは、身動きができない。
「氷流移動って、急に起きるのか⁉」
「そんなことはない! いつもはもっと予兆がある……!」
スルナと大声で会話しつつ傾いた馬車に近づくと、中から扉が乱暴に開き、蒼褪めた顔をした男達が顔を出した。男達はルンタウルフに乗った俺達に向かって、大声で「助けろ」と喚く。その後ろには、怯えた表情のチコラの姿も見える。
「まずは子供からだろ!」
「コイツは狐人族だ! 人間様の方が先だろうが!」
「おい貴様、まずは俺を助けろ! 俺はノスフェル領主の息子、マルディだぞ!」
何という、雑魚らしい発言。
呆れた俺が言葉を返す前に馬車の屋根に飛び乗ったスルナが、男達が集まっていたのとは逆側の扉を開き、チコラを腕の中に抱き上げた。炎狼を乗せたエレンがすぐに身を翻し、男達に制止される前に馬車から飛び降りたスルナを背中で受け止める。
良かった、と俺と杠が一瞬そちらに気を取られたのが、いけなかった。
「降りろ、クソ女!」
「キャアッ!」
「杠⁉」
馬車からミルヒの背中に向かって飛び降りてきたマルディが、
「杠!」
俺はすぐにミルヒの背中から降りて、ずるりと地割れに落ちそうだった杠の身体を抱え上げる。そのまま、マルディに向かって「何をするんだ」と怒鳴り返そうとした瞬間。
「っ!!」
一際大きな振動が、俺達が踏みとどまっている地面を襲った。
傾いていた馬車は詐欺師集団を乗せたまま、男達の悲鳴と共に地割れに飲み込まれる。炎狼とチコラを抱えたスルナを乗せたエレンは、動き始めた氷河の端に、大きく跳躍して着地できたみたいだ。
「くっ!」
杠を抱えた俺の足元は、ずんと沈むように崩れる。流石に、杠を抱えたまま崩落しつつある地面から抜け出すことはできない。そんな俺達の様子を尻目に高笑いをしたマルディは、ミルヒの背中を強く蹴って、氷河に向かって無理矢理走り出させた。
「シオン! 杠!」
「俺達は大丈夫だ! ソイツを追ってくれ!」
俺と杠は[無垢なる旅人]だ。万が一の事態になったとしても、多少のペナルティはあるけど、リーエンの住人達みたいに復活が難しい訳ではない。俺達を案じて叫ぶ炎狼の声に、氷河を飛び越え、ノスフェルの中心に向かって、ミルヒに乗って一目散に逃げているマルディの追跡を優先するよう、俺は叫び返す。
「クソッ……分かった! あとは任せろ!」
悔しそうに顔を顰めた炎狼は、それでも俺の願い通りに、エレンの首筋を軽く叩いて走り出した。マルディの姿は見えなくなっているけれど、スルナがついてるし、ノスフェル出身のチコラも居るから、道に迷うことはないだろう。問題は、絶賛大ピンチ中の俺達の方。
俺は飛んでくる瓦礫や氷の欠片から杠を庇いつつ、滑る形で崩れていく地面を踏み締め、何処かに着地ができないか目を凝らすけれど、さすがに氷で覆われた大地の上では、体術だけでは無理がある。
「ダメか……!」
崩落死ということで、ホルダに死に戻るしかないかと覚悟した俺の耳に、何処かで聞き覚えのある声が届く。
「シオン!」
咄嗟に見上げた氷河の対岸から白い影が勢いをつけて飛び出したかと思うと、舞い踊るように空中で身体を翻し、俺と杠の下に潜り込む。
そのままぽすん、と弾力性のある何かの上に、俺と杠は受け止められた。
ばさりと羽音を立てるそれは、二対の翼を持つ、純白の大きな白鳥。
「良かった、間に合った!」
俺と杠を振り返り、嬉しそうに笑う、女性アバターの姿。
「……九九?」
「シオン、久しぶり!」
大型の召喚獣で俺達を救いあげてくれたのは、白い髪に虹色の虹彩を持つ[無垢なる旅人]の一人。俺と炎狼の同期である『九九』だった。
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