第136話 詐欺師集団
チコラを連れた男が乗合馬車の待機列から離れ、ミナ観測所の一角にある食堂の中に入った。すぐにその後を追いかけてスルナが食堂に入り、俺と炎狼と杠の三人は、離れた場所に置かれていた焚火を囲んで雑談中を装う。
スルナが食堂に入った後に、建物の中から出てきた客は三人。一人は観測所内の施設に向かい、もう一人は到着した乗合馬車の最終便に向かって走る。そして最後の一人はすぐに、二人の警備兵を伴い戻ってきて、再び食堂の中に入った。
「……ビンゴか」
襟元のマフラーで口元を隠しつつ呟く炎狼の言葉に、俺と杠は頷き返す。
「ここまで尻尾を出さないなら、『取り締まる』立場側に、仲間か内通者がいるとみて間違いないからな」
ソリュエの町についた俺達は、チコラを心配する様子を周囲に見せつけ、「これは俺達からチコラの家族に贈り物だ」と金貨の詰まった袋を手渡してから、彼女をミナ観測所に向けて送り出した。[無垢なる旅人]達が善意で助け、大金を渡した狐人族の少女。その存在は、ソリュエの警備兵達の目にも止まったことだろう。彼女を乗せたミナ観測所行きの馬車に手を振って見送った俺達が町の中に戻った後、数名の警備兵が連れ立って馬車の後を追いかけたのは確認ずみだ。二頭のルンタウルフに乗ってその後を追いかければ、彼等の移動先は予想通りにミナ観測所だった。
チコラは俺達の指示通りにミナ観測所の売店で家族への土産を買い求め、金貨の詰まった袋を入れた鞄をしっかりと斜めがけにして、乗合馬車の待合所に向かう。
ノスフェルに向かう馬車の中で何かしらアクションを起こされるか、あるいは警備兵の誰かが声をかけて誘導するか。前者であればスルナが同じ馬車に乗り込む算段だったが、馬車の待機列に、往路でチコラを騙した詐欺師の一人がいたようだ。
彼に向かってニコニコと話しかけることができたチコラは、思ったよりも度胸が据わってるよな。
詐欺師の男そのまま仲間達と合流する雰囲気だったので、チコラの安全確保にスルナが食堂に侵入してくれている。
俺達はソリュエの町で警備兵達に顔を覚えられている可能性が高いので、距離を取って建物に出入りする客のチェックだ。幸い現在のミナ観測所の天候は吹雪なので、ソリュエの町ではあえて脱いでいたコートやマフラーを身に着け顔を隠してしまえば、チコラを送り出した[無垢なる旅人]だとは判別できにくいだろう。
「本来守るべき役割を持つ側が立場的に弱い人達を食い物にするなんて……許せない」
憤慨する杠を宥めつつ、俺は食堂に出入りする人物の観察を続ける。警備兵が食堂に入った後も何人かは客が来たり出て行ったりしているが、特に不審な印象は受けない。
そうこうしているうちに、今度は何やらがっしりとした造りの馬車が食堂近くに停まり、数人の男達が下りてきて食堂に入る。見覚えのない相手達ばかりだが、彼らと入れ違いに、今度はスルナが戻ってきた。
視線で促された俺達はさりげなく焚火の近くから離れ、食堂の出入り口がなんとか確認できるぐらいの物陰に移動する。
「……これは、想定外だな」
眉を潜めたスルナは、しかめっ面だ。
「何か想定外でも?」
「あぁ、最後に食堂に入って来た男達を確認したか?」
「ちょっと身なりが良い感じの?」
さっきの、上等な馬車に乗って来た一行のことだろう。
「そうだ。全員、特徴のない服装で統一してはいたが……一人が腰に下げていた剣に、『待雪草』の紋章が入っていた」
「待雪草?」
炎狼の問いかけに、スルナは頷く。
「
「えっ!」
「領主の……?」
「そりゃあ、まずいな」
詐欺師集団の裏に彼らを統括する組織があるだろうとは思っていたけれど、これは予想外すぎる大物だ。まさか、この一連の詐欺事件……テオの領主が関わっているのか?
「ねぇ、その紋章が偽物ってことはないの?」
杠の質問には、スルナは緩く首を横に振る。
「ノスフェルは、他の国よりも身分の階級差が重んじられる国だ。偽物の紋章を、しかも領主一族の紋章を掲げた剣を使っていると知られたら、それだけで死罪にも成り得る」
「じゃあ……やっぱり領主が黒幕?」
「それはまだ分からん。代々ノスフェルの領主を務めるエメル一族は創世神の子孫と言われていて、プライドが高いが領主としての能力も高い。現当主のヴァルタリアも、女傑として知られている。彼女がそんな愚行を犯すとは思えんがな」
「……じゃあ、その家族とかは?」
俺が尋ねると、スルナは少し思考を巡らせた後に何か思い当たることがあったのか、一気に胡乱な表情になった。
「あー……そういえば、いるな。彼女の息子のうち二人は有能なんだが……確か一人だけ、どうしようにもならないでくの坊がいるぞ」
「あらら」
「確かに、アイツならやりかねないな。子飼いの兵をソリュエとミナ観測所の警備兵に回すこともできるだろう……でもなぁ」
スルナは、顎に指を当てて思案する。
「逆に……こんな風に段階を踏み、警備兵を丸め込んで、嫌がらせみたいな詐欺事件を起こす器量がアイツにあるとは……思い難いんだよな」
まさかのマイナス判定か。
そうなると、そのでくの坊な息子とやらがスルナが思っていたより思考が回るタイプだったか、あるいは。
「更に背後で操っている存在が居るか、だな」
「それも考慮しておいた方が良い。これは、俺達の手に余る事件かもしれないぞ」
……スルナの予想が正しいと、今の状況はあまり宜しくないよな。
チコラを連れた詐欺師一行が向かう先は、十中八九ノスフェル方面だ。そうなると、このまま氷流移動が起きてしまえば、リーエンの本土から応援を呼ぶことが出来なくなる。領主一族が絡んでいる可能性を鑑みれば、ノスフェルで公的な機関に援助を求めるのも危険を伴う。
「……でもまぁ、まだ証拠はない。それに、チコラを巻き込んだ責任は、俺達がとらないと」
「その通り。どちらかというと、あのバカ息子が思い付きで詐欺師達を操っている確率の方が今のところは高い。裏の存在も、可能性の一つに数えておいたほうがいいだろう」
「……シオン」
杠に小さく名前を呼ばれて横目で伺うと、チコラを連れた一行が、食堂の隣に停めてあった例の馬車に乗り込むところだった。
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