第93話 ペナルティ

 捕まった猫よろしく暴れる二人の子供を抱えて俺と炎狼が野営地の中に戻ると、焚き火の近くに座っていたベオウルフとダグラスが少し悲しそうな表情になった。寝袋に入って寝たふりをしていた、他の五人も同様だ。

 水筒を盗む犯人は子供達ではないかと見当をつけた勇者ダグラス率いる俺達のパーティは、子供達を誘い出すためにあえて湿地帯の真ん中にある休息所を野営地に定めた。夜になると、集めた荷物を背に焚き火を囲んだベオウルフとダグラスが気を抜いた様子で食事と談笑を続けて、忍び寄る子供達の行動を誘う。

 出来れば外れていて欲しいなという願いも虚しく、纏めて置いた荷物の近くに隠れていた俺と炎狼の前に姿を見せたのは、やはり幼い子供達だった。急いで荷物を漁る子供は捕まえるのに躊躇う幼さだったけど、ここで俺達が関与しておかないと、いつの日か、どんな性質タチの悪い相手に絡まれるか分からない。


「……やっぱり子供達か」


 ダグラスの問いかけに、俺は頷き返す。

 暴れ疲れて観念したのかだらりと力を抜いた子供達の身体は、驚くほどに軽い。そして汚れてかさついた肌と全身から漂う悪臭は、彼らが衛生的とは言えない生活を送っている証左でもある。


「この子達、どうするの」

「本来であれば、憲兵に突き出さなければならない。……旱魃地域での水泥棒は、重罪だ。子供と言えども、罪に問われるだろう」

「っ……!」


 エヌと呼ばれていた少女が、俺に抱えられたまま、恐怖に震えた。炎狼の腕を振り払って地面に飛び降り、そんな彼女を背に庇うように、ダグラス達の前で両腕を広げてみせた少年は、コナーだ。


「僕が頼んだんです!」

「コナー!」

「僕の、僕のお姉ちゃんに、今夜にも、赤ちゃんが生まれそうなんです! でも、村には、水が無いから。水が無かったら、お姉ちゃんも、赤ちゃんも、死んじゃうかもしれないから! だから僕が、エヌに頼んだんです! 水を盗みに行くのに一緒についてきてって、頼んだんです!」

「コナー! 違うわ!」

「違わない! エヌはついてきてくれただけなんです! だから捕まえるのは、僕だけにしてください! お願いします! エヌは悪くないから! お願いします!」


 お願いします、お願いします、と必死に叫び続けるコナーの姿。その背中を見つめるエヌの瞳から、ポロポロと涙がこぼれる。

 ……偉いな。こんなに小さくてもちゃんと、大切な人を庇う意味を知っているんだな。

 俺が抱えていたエヌを地面に下ろしてやると、彼女はコナーの背中に縋り付いて泣きじゃくった。そんな二人の傍にそっと膝をついたスズが両腕を広げ、ローブが汚れるのも構わず、子供達を腕の中に抱き締める。


「辛かったのですね」

「うっ……」

「大丈夫ですよ。後で罪を償う必要がありますが、それでも、私達がついています。あなた達を酷い目にあわせたりしません」

「あぁ、安心しな。……二人とも、俺の子供と同い年ぐらいじゃねえか。お前さん達みたいな子供が水を盗まないといけないぐらい、事態が逼迫してるってことだろ? ちゃんと情状酌量……ってのは説明が難しいか。えぇと、憲兵は厳しいかもしれんが、そこは冒険者ギルドが力になってくれる」


 そうだよな? とベオウルフに水を向けられたダグラスが、あぁ、と首を縦に振る。


「君達が水を盗んでいたことは、一旦置いておこう。まずは、現状が知りたい。二人とも、湿地帯近くの村の子かな?」


 膝を折ってしゃがみ込み、子供達と視線の高さを合わせて笑顔で問いかけたダグラスに、洟を啜っていた子供達はおずおずと頷き返す。スズに頭を撫でられながらぽつりぽつりと二人が語ってくれた村の現状は、相当に厳しいものだった。冒険者達が運ぶ水が半数しか届かず、首都のリリですら水不足が継続しているのなら、地方の村に支援の手が届く可能性は限りなく低いだろう。このままでは二人が暮らしている村だけでなく、水の枯渇に喘いでいる湿地帯近隣の村も全て、滅んでしまいかねない。


「どうにかして旱魃の原因を叩かないと、いくら水を運んでも意味がないな」

「そうね。でも、先行調査隊が原因を掴めていないのよ。相手が分からないものには手が出せない」

「……一つ、提案なのですが」


 黙って話を聞いていたユージェンが、軽く手を挙げて発言を求めた。


「先行調査隊は、殆ど首都のリリ周辺で調査を行っていると聞きます。それでも、原因が判明していない。……だとしたら、逆に郊外にあるこの子達の村周辺を探ってみるのも、一つの手ではないでしょうか」

「……一理あるな」

「それに、コナーくんのお姉さま、出産が近いのでしょう……? お水、分けてあげたいわ」


 ユージェンの背後から顔を覗かせたアクアも、小さく意見を述べる。幸い、俺達が騎獣の背中に乗せて運んでいる大樽の水は、まだに奪われたりしていない。これをエヌとコナーの村に分けてやれば、大きな助けになるだろう。子供達は顔を見合わせ、期待に満ちた表情でダグラスを見つめた。しかしパーティリーダーであるダグラスは、渋い表情のままだ。


「……ダグラス?」


 ハルに声をかけられたダグラスは、大きくため息をつく。


「確かに、俺も二人の村に水を分けてあげたいと思う。でも、そうするならば、俺達は現在受注している『水運び』のクエストを破棄しなければならない」

「あっ!」

「っ! そうか、その問題があったな」


 ダグラスの言葉に顔色を変えたハルと、歯噛みをして頭を掻くベオウルフ。……何ごとだろう。


「俺達は良い。クエスト放棄の一つや二つ、取り戻していける自信がある。だけど、炎狼とシオンはどうなる。特にシオンは、上級職への転職直前なんだぞ。『水運び』は現在、準緊急クエストに指定されている。そのクエストを放棄したとなれば、シオンに科せられるペナルティが大きい」

「ペナルティ……?」


 聞き返した俺に答える形で、ハルが表情を曇らせる。


「シオン達は『無垢なる旅人』出身だからまだあんまり経験がないかもしれないけれど、冒険者ギルドで受託したクエストを中断する……所謂『クエスト放棄』を行うと、それなりのペナルティが科せられるんだ。僕達は冒険者ギルドを仲介して依頼をうけているだろう? 僕達が依頼を放棄すると、それは冒険者ギルドの信頼を損ねた行為に繋がる」

「まだ『クエスト失敗』の方がペナルティは低いんだが、それには失敗したという証明が必要になる。……今回の依頼で言えば、リリに到着した時に水が無くなっていれば、クエスト失敗と認定されるだろうな。その判断は、リリの冒険者ギルドが出すわけだ。でも『クエスト放棄』は、パーティリーダーの権限で宣誓するだけで良い。その分、ペナルティも大きい。どんなペナルティになるかは、後に冒険者ギルドから通達が来るわけだが……下級職が緊急クエストを放棄した場合、バッシングが強い」

「……身の丈に合わない依頼を無理に受けたと、判断されるからです」


 ハルに続けてベオウルフとユージェンも補足を入れてくれた。

 つまり、ここでエヌとコナーを助けるために準緊急クエストの『水運び』を放棄して二人の村に水を分けてしまうと、パーティメンバー全員にある程度のペナルティが科せられる。中でも、まだ上級職への転職前である俺へのペナルティが大きくなると予想されるわけだ。


「だからと言って、ここで炎狼とシオンをパーティから脱退させることも出来ない。いくら干上がっているとは言え、アグラ湿地帯は危険地域だ。ここで自分達よりランクが低い冒険者達をパーティから追放すると、残りのメンバーである俺達は全員、相手が死亡していなくても、マーダーカウントが上がることになる」

「うわ、厳しいんだね」

「ランクの低い冒険者達を護り、育てるのがホルダの方針だからな」


 ……成るほどな。

 俺が炎狼に視線を向けると、良い笑顔で頷きかえされた。ロキに『虹オトラセ』を譲った時と同じ、迷いの無い表情。うん、同じ気持ちみたいだな。


 俺は眉間に皺を寄せて考え込んでいるダグラスに、声をかける。


「ダグラス。クエストを放棄しよう」

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