第103話 地下空間

 ドアを抜けた先にあった階段は、ところどころで折り返しながら、地下へ地下へと続いていた。階段の手すりには一定間隔で小さな照明が吊るされていて、その一つを手に取って仕組みを確かめたユージェンが、精霊石を使ったもののようですねと呟き、眉を顰める。「精霊石」は、リーエンの世界で電池のような使い方をされている「魔石」と違って、かなり高価なもののはず。それをこんな照明程度に、しかも一定間隔で途切れなくしているのだから、相手はかなり金銭に余裕があるのか、それとも精霊石を確実に得る手段を持っているのかの、どちらかだということになる。

 更に慎重になりながら、ダグラスを先頭に、その後ろにユージェン、続いて俺、最後尾がハルとシグマという順番で、長い階段を下って行く。遠くに聞こえていた振動を伴う何かの音は、地下に下りていくにつれて、はっきりとだと分かるようになってきた。


「階段が終わるみたいだ」


 先頭を歩いていたダグラスが足を止め、階段の終着点に設置されている鉄製のドアを指さした。ユージェンが魔導書を片手に素早く呪文を唱えて、ドアに向かって軽く手を翳す。


「……トラップの類は仕掛けられていません。ドアの向こう側にも、今のところ、人の気配もないようです」

「ありがとう。……じゃあ、入ってみるか」


 ダグラスが手をかけてドアを開いた途端に、工場の中に入った時とは種類が異なる、大きな音が耳に飛び込んで来た。


「うわぁ……!」

「わ、凄いね」


 俺とハルが思わず声を漏らしてしまったけれど、多分それが何の問題もならないぐらいの、轟音。同時に肌で感じる、水気の多い空気。

 階段を降り切ったドアの先は、おそらく、もともと地下にあった大きな空間を利用して作られたのだろう、かなりの広さを誇る貯水施設になっていた。俺達が降りてきた場所は、水を堰き止めている巨大な壁の上を渡る通路に繋がっている。


「やっぱりダムかぁ」

「ダム?」


 何とか俺の呟きが聞き取れたのか、片耳を手で塞ぎながら聞き返したダグラスに、俺は頷き返す。貯水池を支える壁の真ん中付近に設けられたオリフィスゲートから吐き出される水が滝のように流れて地下の空間に音を反響させているけれど、全員で顔を寄せ合えば、声が聞こえないわけではない。


「ダムは、水の力を使って電気……なんていうかな、魔石とか精霊石の代わりをしてくれる動力を作るための設備なんだ。その設備を動かすのに、大量の水を貯める必要がある。あれがそうだと思うよ」


 俺が指さした貯水池に溜まっている水は、本来、山脈の地下を通って一帯の地下水源と合流するものだろう。それが堰き止められてしまっているから、次第にアグラ湿地帯は干上がってしまったんだ。


「成るほど。上にあった工場とやらも、動かしている人を見かけなかったのは、その電気とやらを動力に使っている為ですか」

「おそらくは。雇用されていた人達が一斉に解雇されたのも、電気を動力に出来ているからじゃないかな」

「でも、それにしても人が居なさすぎないか?」


 仕組みは分かったがと頭を捻るダグラスの意見は、最もだ。上にあった工場しかり、このダムの入口しかり。施設を管理するスタッフや警備員を見かけないだけでなく、もしかしたら監視カメラとかもあるかもと思っていたけれど、警報が鳴ったり、誰かが駆けつけたりしてくる気配が全くない。


「何か、別の理由があるのかも」

「別の……?」

「うん。侵入者である俺達に構っていられないような、理由」


 そんな俺の意見を裏付けるかのように。

 俺達が足を乗せている床が、ドォンという振動音とともに、激しく揺れた。


「なっ……!」

「わわ!」


 咄嗟にその場にしゃがみこんだ耳に、ダムから流れ落ちる水音に混じって、人の悲鳴や怒号の音が僅かに届く。ダムの対岸に向かって伸びている通路の先は暗くてよく見えないが、音はそちらの方からしているみたいだ。

 すぐに立ち上がったダグラスが先行して通路の上を走り始め、シグマを従えたハルとユージェンもその後に続く。


「ミケ、中に入って」


 俺は背負っていたバックパックを下ろして口を開き、ミケがその中に飛び込んだのを確認してから再び背中に背負い、三人の後を追いかける。

 地底ダムの貯水池を堰き止める巨大な壁の上、現実なら観光地になりそうな通路の上を、今はとにかく辿り着くことだけを考えてひた走った。時折、あの振動音が響いてはまた足元がぐらぐらと揺れるから、結構怖い。

 それでもなんとか辿り着いた、その先では。


「……なっ!」


 俺は思わず、立ちすくむ。

 見上げた先に姿を見せたのは、何頭もの、巨大な蛇。

 彼らは胴体をくねらせ、足元に集る人間の攻撃などものともせず、鎌首をもたげ、貯水池の壁を叩いていた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る