第102話 潜入

 俺達が目的にしているニギ村の加工工場は、渓谷に繋がる道の途中に建っている大きな平屋の建物だ。村人達以外は立ち入りを禁止されていると聞いているが、警備員は置かれていないし、柵で囲ったりもされていない。何かの監視システムがあるのか、それともこんな辺境の村での異変を嗅ぎつけられるわけがないと、高を括っているのか。午前10時と午後3時の1日に2回、工場の中から加工品を積んだ大きな馬車が出てきて、品物を村の中にある店に卸したり、買い付けに来ている商人達と取引をしたりするらしい。これまでにそれらの加工品について問題が出たという話はないらしいから、商品そのものには特に問題がないとわかっている。

 秘密があるのは、おそらく工場と、そのバックヤードだ。


 四人で話し合って立てた作戦は至ってシンプルなもので、俺が気晴らしに村の周りを散策していたら、抱っこしていたペットのミケが腕から抜け出し、近くにあった工場の敷地内に入り込んでしまったから追いかける……というもの。

 ミケはまだ仔猫なので、逃げ出したときに飼い主である俺が追いかけていくのは自然な流れだし、仲間であるダグラスがそれを手伝うのも不思議はない。ユージェンとハルは近くに隠れて、俺達からの連絡を待つ手筈だ。うまく工場の敷地内に入ってしまえば、その先はまたそこから判断をする。


 時刻は午後3時を少し過ぎた頃。加工品を積んだ馬車が村の方に行ってしまったのを確認してから、俺達は行動を開始することにした。作戦の説明を聞いて首輪の鈴をリンリン鳴らしながら頷いてみせたミケは、俺に抱っこされたまま工場の近くを通りかかったところで、ピョンと腕の中から飛び降りる。


「ミケ!」


 焦った飼い主を装う俺を尻目にミケはタタッと工場の敷地に駆け込むと、換気の為か細くあけられていた窓の隙間から、するりと建物の中に入り込んでしまう。


「ミケ……! どうしよう」

「シオン、どうしたんだ? こんなところで」

「ダグラス!」


 自分も散策していて通り掛かっただけです、と言わんばかりの雰囲気をしたダグラスから声をかけられ、俺は飼い猫が工場の中にはいってしまったことを説明する。


「……そりゃあ、まずいな。ここは食料品の加工工場だろう? いくら仔猫でも、動物が入るのは嫌がられるはずだ」

「そうだよね、どうしよう……!」

「まずは工場に行って、代表の方に謝罪と猫の捕獲協力を依頼しないといけないな」

「うん。でも確かあの工場、村の人達に『行くな』って止められてなかった?」

「そうだが、背に腹は代えられない。入口付近で声をかけたら大丈夫だろう」


 あえての大声でそんな会話を交わした俺とダグラスはさっさと工場の敷地内に入り、誰かに声をかけられる前にと、建物の入り口にあるドアに手をかける。内部はいざ知らず工場から加工品を持ってくるのは村人なのだから、日中であれば人間の出入りもあるはずだ。そうとなれば、辺境にある加工工場の出入り口は、施錠されていない可能性が高い。そんな俺達の目論見は的中し、ダグラスが手をかけたドアは呆気なく内側に向かって開いた。同時に工場の中から溢れてきたのは忙しない金属音と、何らかの動力で動く機械のモーター音だ。かなりの騒音となって響いてくるそれに、俺もダグラスも一瞬顔を顰めてしまう。

 それでも気を取り直して工場の中を見渡せば、平屋なだけあってそこそこ高い天井を持つ建物の中は、一面にびっしりと色んな機械が敷き詰められていた。それらの全てが機械音を立てて自動で稼働し続け、加工された食品類が次々と生み出されては、ベルトコンベアーの上をコロコロと転がって行っている。俺や炎狼の現実リアルでは馴染み深い、色んな工場でよく見られる光景だが、ダグラス達にとってはかなり珍しいものなのか、目を丸くして「すごいな」と呟いている。


「すみませーん!」

「誰かいませんか!」


 とりあえず二人して声を上げて叫んでみたが、返事はない。もしかしたら一人ぐらいは何処かに居たのかもしれないけど、声が届かなかった可能性もある。


「ニャアゥ!『マスター、こっちです!』」


 そんな騒音の中でも、俺の左耳は、ミケが呼ぶ声をちゃんと聞きつけてくれた。


「ダグラス、こっちだ。ミケが呼んでる」

「ミケちゃんが!? よく聞こえたな、シオン」


 驚くダグラスと一緒に俺は工場の奥に入り込み、ミケの姿を探す。

 ミケは大きな音を立ててプレスを繰り返す機械の裏側にあたる壁際にチョコンと座って俺達を待っていた。その横には、車輪が着いた大きな台車の影に隠すように作られた金属製のドアがある。


「……何だこの扉は」

「いかにも怪しいな」


 試しにドアノブを掴んで捻ってみると、工場入口のドアと同様に、それは抵抗なく内側に開いた。防犯意識の低さについて物申したい気持ちにはなるけれど、俺達にとってはとりあえず都合が良い。

 開いたドアの中は薄暗く、漏れ出してくるのは工場の中みたいな規則的な機械音ではなく、何処かひやりとした空気だ。一歩だけ足を踏み入れて中を確認すると、そこから地下に伸びる長い階段と、そのはるか下の方から何かの音が僅かに聞こえて来る。

 俺とダグラスは顔を見合わせて頷きあい、すぐにダグラスが耳に軽く手をあてて瞳を閉じ、ハルとユージェンに連絡を取った。俺や炎狼達のようなプレイヤーは、フレンド間であれば距離に関係なく個別チャットが出来るのだが、これがNPC同士では、一定の距離か同じ地域に存在しないと個別チャットが出来ない仕組みになっているらしい。それでも十分便利だとは思うけれど、場所によっては個別チャットが妨害される結界が施されていたりもするらしいから、プレイヤーが優遇されているのは確かなのだろうけれど。

 程なくして、ハルとユージェンも工場の中に忍び込んできた。ドアの前で待つ俺達の所までミケが二人を誘導に行ってくれて、体格の良いシグマも猫科特有のしなやかさで機械の隙間を通り抜け、俺達の近くまで辿り着く。

 全員揃ったところで俺達は隠されていたドアを通り抜け、薄暗い階段を降りてみることにした。

 






 

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