第8話 商人ルイボン

 威勢の良い返事を返したルイボンは、俺と炎狼が纏めていた死骸の山に歩み寄り、一度胸に当てた手をかざして何かを呟いた。

 僅かな光がそこに宿ったかと思うと、乱雑に積み上げられていたモンスターの骸が、一瞬にして肉塊と皮に分別される。


「おぉ!」

「凄いな」


 目を丸くする俺と炎狼の前で、ルイボンは持参していた樽に肉塊を詰め込み、皮は纏めて大きな板の上に乗せた。またもや手を翳してから、成る程と口の中で呟く。

 どうやら、何かのスキルが使われたようだが、その内容までは判らない。


「ふむ、なかなかの量ですね。それでは、こちらの買取価格でいかがでしょう?」


 俺と炎狼に向かって、掌に乗せて差し出されてきたのは、二枚の金貨。

 リーエンの貨幣は世界共通の『ルキ』が基本で、金貨が一万ルキ、銀貨が千ルキ、銅貨が百ルキだ。貨幣価値はだいたい、日本円と同じ。銅貨以下の貨幣は存在せず、銅貨の価値に足りないものは「何かを付け足す」ことで補う。

 つまりルイボンは、俺達が廃棄しようとしていたモンスターの死骸を加工した素材に対して、二万の価値を提示してくれたことになる。

 これが妥当な金額なのか、それともとてつもなく足元を見られているのか、現状の俺達が判断するのは難しいところなのだが。

 どうする? と視線で尋ねてくる炎狼に軽く頷き返し、俺はルイボンに向き直り、にっこりと笑いかける。


「それで構わないさ、

「え?」

「!」


 俺が口にした台詞に、炎狼だけでなく、ルイボンも驚愕の表情を浮かべる。

 うん、やっぱりそうか。


「無垢なる旅人達がリーエンでつつがなく暮らしていけるよう、お手伝いする……筈の人物が、俺達が著しく不利益になるようなことを仕向けたりは、しないだろうからな」

「シオン、何を言って……」

「クククッ」


 俺を嗜めようとした炎狼の言葉に被さって漏れる、笑い声。

 

「何処で気づきました?」

「勘……と言いたいところだけれど、さすがに違う。アンタの手の翳し方だよ」

「手の、翳し方……?」


 ひらひらと振った手を、俺は一旦、胸に押し当てる。そして、一礼。


「さっき見たばかりの仕草だったから、覚えてたんだ。俺達に住民登録を教えてくれた神官と、動きだ」


 同じような行動をとっても、訓練をしない限り、動作の各所で個人差が出る。掌を押し当てるタイミングであったり、頭を下げる角度であったり。でもルイボンの動きは、あの神官の動きと綺麗にシンクロしていた。その外見も声も、全く違うものなのに。


「無垢なる旅人は、リーエンに降り立ったばかりだ。創世神から召喚された存在とは言え、その動向に注意をする必要があるよな」


 リーエン=オンラインは、運営会社の巨大サーバーの中に作り上げられている世界なのだが、その【世界】に暮らすNPC達は、要人から奴隷の子供一人に至るまで全て、生まれ落ちてから現行時間までの確固たる歴史を持っているそうだ。AIで学習と成長を続けるNPC達は、運営側からある程度の誘導はあるものの、基本的には自由に思考し、自分で導き出した理念に基づいた行動をとる。

 そう考えると、俺達に監視の目が向けられるのは、至極当然だ。

 いきなり大量に世界に降ってくる「旅人」という名の異邦人達。どう考えても、何かと怪しい。

 直接冒険者ギルドに相談に行った者は良い。冒険者達にも話は通してあるから、監視は容易だ。問題は俺と炎狼みたいに、初っ端から単独行動を取り始めた者達。しかしあからさまに監視をしては、世界を救う鍵となる、無垢なる旅人達の機嫌を損ねる可能性がある。

 だから「想定外」を監視する為に、被ることにした。

 全く違う誰かとなって、相手に接触できる方法。


 つまり。

 仮面マスクシステムは、プレイヤー達のものではない。




「商人ルイボン。アンタが、神官ナンファの仮面マスクだな」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る