第62話 忘れてた頃にフラグ回収

 ゲームにおいて、フラグって重要だよね。

 何気ない行動の一つ、見聞きしたセリフの一つが、後々のストーリー展開に大きく影響を与えたりするわけで。


「うっ……ひっく、ぐしゅっ……」

「お嬢様、ユズお嬢様……!」

「わ、わたくし、も、もうだめ、ですわ……ぐすっ、ううっ、うっ、うわあぁああぁあん!」

「お嬢様、あぁなんてこと。お気を確かに、お嬢様ぁ!!」


 うえぇえ……何この修羅場。

 手を取り合って泣き崩れている少女と女性の姿を目の当たりにして、俺の膝の上で目をぱちくりとさせてしまっているミケ。そしてミケと反対側の膝には、ふわふわのドレスを着た幼女サイズのニアさんを抱えて、やっぱり目をまん丸にした少年サイズのベロさんが座っている。



 スタンピードから三日が経過した夜時間のこと。

 少し落ち着きを取り戻したホルダの街からリラン平原に足を運んだ俺は、スタンピードの後始末で先送りにしていた宿屋レベル2の仕様を確認することにした。今回は最初からハヌ棟でカラに変わってからホルダ聖門に飛び、そこから徒歩でリラン平原に向かったので、変身する姿を目撃される心配は無い。

 レベル2で設置される宿屋は、一辺が6mの立方体だ。結構大きく区切られた基礎空間の中で設営出来る設備の項目を確かめてみれば、【客室】のタブでは『簡易個室』の下に『一人部屋』が増えていた。

 さらに今までになかった【階段】と【浴場】のタブが増えている。

 まずは『一人部屋』を一つ置いてみると、木製のドアがついた四角の箱が宿屋の敷地内に現れた。扉を開いた中は、シングルベッドとチェストが一つずつ置かれた、とってもシンプルな部屋だ。同時にポップアップしてきた説明によると、『一人部屋』は壁で区切られドアで出入りできる空間の中にベッドとチェストが一つずつあるのが最低条件で、その他の備品や広さの調節は主人が追加料金を支払ってカスタマイズしていく形になってくるらしい。まぁ、幸いなことにスタンピード前に売り払った精霊石のおかげで資金は潤沢だ。無駄遣いにならないように気をつけながら、色々と試してみよう。

 そして気になっていた【浴場】のタブには、『小規模テルマエ』の項目がある。テルマエは個人宅の風呂を示すこともあるらしいけど、多分ここでは、共同浴場って意味だよね。

 俺は一旦『一人部屋』を片付けて『小規模テルマエ』を設置してみた。


「おぉ、すごい……!」


 どどん! とでも効果音のつきそうな雰囲気で、敷地の半分を占める大きさを持った、石造りの浴槽が姿を見せる。浴槽の中には既に湯気が立ちのぼるお湯が溜められているが、浴槽の端に添えられていた水瓶から、更にお湯が湧き出ているみたいだ。

 地面の上に浴槽がそのまま置かれている姿がシュールだったので、【宿屋】の境界線を地面の中に1mほど沈ませてから、敷地の中に放置しておいた『小規模テルマエ』を水面と地面が大体同じ位置になるぐらいに埋め込んでみる。


「……なんか、中途半端な露天風呂って感じ」


 何せまだ俺の【宿屋】には、外壁がないのだ。ここら辺は色々と可能になったカスタムの腕前によるみたいなんだが、現在の俺では豆腐ハウスが量産される予感しかない。建築の図面とか勉強しないと……。

 せめてもの抵抗で、風呂に続く地面を板張りの床に変更し、浴槽は大きくて丸い桶の形をしたものに変えてみた。旅館とかにありそうな、家族風呂っぽいイメージだ。

 さっき呼び出した『一人部屋』を浴槽の反対側に一つ置いて、いつもの『簡易個室』であるテントを二つ、床の上に設置する。地面の上では焚き火になる『簡易食堂』を板張りの上に置くと、なぜか囲炉裏に変わってくれた。これはなんか風情があるな。囲炉裏を設置し終わったところで、いつものテロップがピコンと現れる。


【宿屋レベル2の設営が完了致しました】


 毎度のことながら、設営そのものの条件はゆるゆるなんだよね。そんな宿屋の外が、急に明るくなった。


「お?」


 ふわふわと漂いながら瞬く光の塊。確かこれは、燐光って言うんだっけ。

 リラン平原に広がる夜闇の中でなかなか存在感のあるそれは、それでも真っ直ぐに俺を目指して飛んできているみたいだ。何だかとっても覚えのある感覚に、俺は通知が出る前に、宿屋の『宿泊客受け入れ』をオープンにする。


「カーラ! 見つけた!」

「……カラ」


 ノンブレーキで俺に突っ込んできた光の塊を受け止めると、それは一瞬大きく輝いた後で、変身したミケと同じぐらいの年齢に見える少年に姿を変えた。貴族服姿でニコッと笑う少年の腕には、ふんわりしたドレスを身につけた、保育園児サイズの幼女も居る。


「ベロさんニアさん、こんばんは」

「うむ! 出迎えご苦労!」

「……こんばんは」


 二人の姿を目にしたミケは、俺の肩からくるりと回転して飛び降り、いつもの少年の姿になった。首につけた鈴をチリンと鳴らして立ち上がるミケに、ベロさんとニアさんは嬉しそうに微笑む。


「おぉミケ! そなたも変わりないか」

「ふふ。その鈴、よく似合ってる」

「はい! ととさまとははさまも、お元気そうです!」


 猫耳をピコピコさせているミケの頭を、ベロさんが撫でてやっている。ベロさんの腕から降りたニアさんは、早速ミケに抱き上げられてご満悦だ。うーん、優しい世界。


「カラよ、宿が大きくなったのだな」

「そうそう。ベロさんとニアさんと、二人が連れてきてくれた妖精さん達のおかげなんだけどね」

「そうなのか! 人間が作る宿のことは良くわからんのだが、カラの手助けになったのであれば、僥倖である!」

「ベロさん、難しい言葉使えるようになったなぁ」


 俺はニアさんを抱っこしたミケとベロさんを連れて、広くなった宿屋の中を簡単に確かめて回る。

 浴槽になっている円形の風呂桶は大きさが床面積の四分の1ぐらいを占めているから、直径3mぐらいあるだろうか。お湯が溢れていた水瓶は、浴槽を風呂桶に変更した時点で、こちらも木造に変わっている。湯気のあがっている風呂のお湯は透明だけど、なんかカスタマイズ出来るのかな。どちらにしても、すごく気持ち良さそうです。

 そして個室の方は、床と壁だけは風呂に合わせて板張りと板壁に変更してみた。ベッドとチェストはとりあえずデフォルトのままだ。

 そして食堂部分だが、何せ天井がないので、囲炉裏の上に吊るす自在鉤じざいかぎはついてなく、それでも大きめの五徳は置かれているし、その中央にはちゃんと炭が重ねられている。炉縁もしっかりしているから、これはもしかしなくても、串焼きとか作るの楽しいのでは。


「良いなぁ。なんの料理作ろうか」

「カラは、料理が好きなのか」

「嫌いじゃないよ。あと、宿屋としても食事の提供が条件にあるし」

「ほう」

「そういえばベロさん達って何が主食? いつもジャムとかだけだから、何か別のものもご馳走したいよ」


 そんなことを話しながら、囲炉裏の炭を火箸でちょいちょいと移動させたりしていた時だ。俺の視界に、お馴染みの通知が現れた。


【宿泊希望者が基礎の外に到着致しました。受け入れますか?】【Yes/No】


「……え?」


 思わず振り返ってみたが、ベロさんとニアさんはきょとんとしている。


「ベロさん、今日は他の妖精さん達連れてきてる?」

「いや、今宵は私と妻だけだが」

「ふえっ、妻……!? って今は取り敢えず、それどころじゃないか」


 俺は急いで宿屋の外周を確かめてまわり、そして、見つけたのだ。


「……誰?」


 板張りの床で区切られた基礎の外で、重なるように倒れて意識を失っている、二人の女性を。

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