第114話 双子

 リーエンの世界では、双子は僥倖として、歓迎されることが多いそうだ。

 そもそも創世神がハヌとメロの双子の女神だし、大陸に一番信徒が多いキダス教においても、神官長は双子から選ばれると聞く。

 だけどいくら双子でも、これって大丈夫なのだろうか。

 俺とユージェンの心配をよそに、生まれたての妹達に一頻り構った大蛇は彼女達を背中に乗せて、俺達が待っている高台まで連れてくる。


『人間、みて。いもうと』

「お、おぉ……大きいな……」

「赤ちゃんといえども、精霊蛇の幼体ですからね……」


 兄の背中に乗ってきた彼女達は、こちらを見下ろして不思議そうにしている。まぁ生まれたてなのだから、まだ言葉とかもわからないだろうけど、ちょっと「ごはん?」って聞きたげな表情してるのは勘弁してほしい。


『本当にありがとう。この子達が無事に生まれてきたのは、あなた達のおかげよ。ユージェン、シオン。あなた達に心から感謝を』


 するすると水面を泳いできた精霊蛇の女王が、大蛇と娘達の隣で身体を起こし、ゆっくりと俺達に頭を下げた。


「光栄です、女王陛下」


 通訳が無くてもその動作から何を伝えられているか分かったユージェンは、微笑んで再び臣下の礼を取る。俺もそれに倣って頭を下げ、力になれて良かったです、とありきたりではあるが、率直な言葉を捧げる。

 瞳を細めた精霊蛇は大蛇の背中から娘達を受け取ると、改めて俺とユージェンを見下ろし、静かに言葉を紡ぐ。


『二人とも、ありがとう。そしてシオン……あなたに一つ、お願いがあるの』

「……お願い?」


 俺の問いかけに、精霊蛇は頷き返す。


『えぇ。見て分かると思うけど、私の娘達は、少し普通の蛇と違う形に生まれてきたわ。だから幼い間はちゃんと面倒を見てあげて、二人で寄り添って生きていく方法を、しっかり教えてあげる必要があると思うの』

「それは、確かに」


 彼女達のように体が結合した状態で双子が生まれてくることは、現実リアルにもある。でも正しい教育と周囲のサポートがあれば、それぞれの人格を尊重しながら元気に成長していけることは、知られている。しかし彼女達は、卵から孵化したばかりの蛇だ。既に動き回れる身体を持っている分、早く色んなことを教えてあげないといけないだろう。


「それぞれが別々の方向に行こうとしたら胴体を痛めるだろうし、同時にたくさん食事をしたら詰まっちゃったりするかもしれないよね」

『その通りよ、シオン。この子達には、二人での生き方を、早く学んでもらわないといけない』

「うん」


 俺が頷くと、精霊蛇は息子の大蛇を呼び寄せ、俺の前に頭を寄せさせる。


『だからね、私は【母親】に専念したい。それに今の私は、かなり弱ってしまった。精霊蛇の女王として、アグラ湿地帯を統べる力が足りないわ』

『母さん……』


 心配そうな声を上げる大蛇にの頭を長い舌で軽く撫でた精霊蛇は、彼を宥めるように、優しく笑う。


『大丈夫。今すぐ、命を失うような話ではないのよ。ただ、私は女王の座を退く必要があるわ。この子達が未来で女王に相応しい精霊蛇に成長出来るように、大事に育てなければいけない。だからこの子に、王の座を譲りたいの』

『ええっ!?』

「えっ、女王じゃなくてもいいの?」


 当の本人(?)である大蛇も、俺も驚く。

 精霊蛇って、王位はが雌が継ぐもの……みたいな話をしてなかったかな。動物の中では、子供を産む力がある女王が一族の頂点に立つのは、珍しくない話だ。精霊蛇の女王も、それの一環だと思っていたのだけれど。


『本来、王に選ばれるのは雌だけ。それは単純に、精霊蛇である私達は雌の方が強く大きく育つから、という理由もあるわ。でもそれだけではなくて、精霊蛇の雄はどうしても、闘争を好む気質が強くなりがちなの。だからあえて、無益な争いを避けるために、雄の王位を避けさせてきたと聞いている。……でもこの子なら、そうはならない。そう、信じてる』

『母さん……』


 大蛇が涙ぐむような声を上げて、母親の身体に頭を擦りつける。


『わかった、母さん。俺、いもうとたちが大きくなるまで、みんな、まもる。戦争なんて、しない』

『えぇ。あなたなら、大丈夫』


 そうして精霊蛇の女王は、あらためて、俺に視線を向けた。


『だからね、シオン。あなたにお願いしたい。この子に――精霊蛇の王となる息子に、名前を付けて欲しいの』

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