第71話 疑惑

「ですから、シーナはまだ寝かせておいてあげて下さいっ! 話なら後程、私の方から説明しますからっ!」


「そんな悠長な事を言ってられないのは分かってるだろうっ!? 皆、不安なんだ! あの魔人達はまた来るんだろっ! シーナを出せっ!」


 騒がしい怒鳴り声でで目を覚ます。

 眩しい。戸口から光が差し込んでいる。


 もう……朝、か。


「ぐっ……」


 瞼を擦ろうと腕を上げれば、鈍い痛みが走った。

 不味いな、起き上がれるか?


「ああもうっ! 何で分かってくれないのっ! で、す、か、らっ! 無理を言わないでくださいと、何度言えば分かるんですかっ! 皆さんも……貴方も見ていたでしょうっ! シーナが何の為に、誰の為にあんな無茶をしたのか、分からないなんて言わせませんよっ!」


「それは……っ! き、君の為だろうっ!」


 ……それにしても、煩いな。


 ミーアとコニーおじさん……。

 ユキナの父親の声だ。


「そ、それは……そう、ですけどもっ!」


 ……あいつ、何言ってんだ?

 早く行かないと。


「はぁ……すぅっ! よい……しょっ!!」


 深く息を吸って気合いを入れ、上半身を勢いに任せて起こす。

 途端、全身に激しい痛みが走った。


「ぐぅぅ……っ!!」


 なんだこれっ! 痛い。いてぇぇぇっ!!


「ぐっ……はっ! はっ!」


 しかし、動くことは出来る。

 痛いは痛いが、筋肉痛のような痛みだ。

 それが少し……いや、かなり酷いだけ。


 別に大怪我をした訳ではないのだから、動いて悪化する訳ではない……筈だ。


「いつつ……」


 寝台を降りた俺は歩き出す。

 しかし、両脚は特に強い痛みと痺れを感じる。

 全く力が入らない。

 変な感覚だ。足元が覚束ない。


 なんとか寝室を出た俺は、玄関へ向かった。


「……っ! あぁっ! もう良いっ! 君では話にならんっ! 中に入れろっ!」


「はぁ!? ですから……っ! あぁもうっ! あんた、ホントいい加減にしなさいよっ!」


 あ、ミーアが本性を表したらしい。

 急ごう。


「ぐ……っ! いい加減にするのはそっちだろうっ! なんなんだお前はっ! 全くっ! 大体、シーナもシーナだ! 幾らユキナに捨てられたからと言って、黙って村を出て行って! たった半年……っ! たった半年で君のような可愛らしい女の子を連れて帰って来るだとっ!? ふざけるなっ!」


 閉じた玄関の扉に手を掛けた俺は、コニーおじさんの叫びを聞いて開けるのを躊躇った。


「は? なんの話を……?」


「ユキナは……うちの娘は女神エリナ様に選ばれ、剣聖という大役を担う事になったから仕方なかったんだっ! あの子は望んで剣聖になった訳じゃないっ! 好きで置いて行った訳じゃないっ! あの子は……ユキナは、シーナの事が……シーナが、本当に好きだったんだっ! 大好きだったんだっ!」


 困惑したようなミーアの言葉を遮って、コニーおじさんは続けた。


「こんな……こんな小さな頃から、あの子は。いつも将来は、大人になったら、シーナのお嫁さんになるって言って、笑って……頑張っていたんだっ! なのに……なのにっ! なんでシーナは、うちの娘が報われないような事ばかりするんだっ! 村を出て、俺達と……家族と別れ、剣聖として戦う事も、貴族の家の子になる事も、シーナを捨て、勇者様の恋人になる事だってっ!! シーナ以外の男に生涯を捧げる事だってっ!! 全部、全部っ! ユキナが決めた事じゃないっ! あの子の意思なんて、ある訳ないじゃないかっ! 優しくて寂しがり屋なあの子の事だ。今でも一人で、ずっと苦しんでいる筈だっ! そんな事、シーナは……生まれた時からずっと共に育って来たあいつは、私達より……誰よりも分かっている筈だろうっ!! なのに……なのに何故だっ!! 何故、シーナはあの子を見捨てられるんだっ!! こんなにすぐに他の女の子を愛せるんだっ!? それどころか……魔人と手を組んだ、だと? 一体何を考えてるんだ、あいつはっ!?」


 色々言いたいことはあるが、一つ気になった。

 ……魔人と、手を組んだ、か。

 そう思われても仕方ないのだろう。


 ミーアは言っていた。

 魔人の言葉は本来、理解出来ないものなのだと。


 ユキナの事だって、そうだ。

 俺は全部分かっている。

 分かっていた、筈だった。


 ユキナが、どんな想いで剣聖として戦っているのか、傷付いているのか。

 ……理解はしている。


 ……半年前。黙って出て行ったのは失敗だった。


 村に帰って来たユキナと話をするべきだった。


 俺を捨て、勇者の伴侶になった理由……。

 コニーおじさんには話したのか? ユキナは。

 それとも、俺には隠してやり取りをしていた手紙だろうか。


 なぁ、ユキナ。

 お前は、本当に。好きで勇者を選んだ訳じゃないのか?


 本当に俺が間違っていたのか?


「シーナは、魔人と手を組んだ、訳じゃ……」


 扉越しに聞こえるミーアの声は震えていた。


 あぁ……そうだよな。ごめんな、ミーア。

 お前だって、何が起きているのか。分かってないんだもんな。


 何故か魔人の言葉が理解出来る。対話出来る。

 そう言われても、信じられないよな。


「コニー、もうその位にしておけ」


 扉の向こうから、爺さん。村長の声がした。


「村長……でもっ!」


「落ち着くのじゃ、コニー。根拠のない憶測で滅多な事を言うな。シーナが村を出たのは、たった半年前の事じゃぞ。まさか、シーナがたった半年で魔界へ辿り着き、言葉を学んで魔人達と友好を結び、奴等を連れて戻って来た。そうは言わんよな?」


「ぐっ……! でも、現にシーナは魔人と話していただろうっ!! それに、あいつには」


「やめろと言ったじゃろ」


 村長の声に、コニーおじさんの声が途切れる。


 ……そろそろ、いいか。


「頭を冷やせ、コニー。大体、そんな話。ミーアちゃんにしても仕方ないじゃろう?」


「朝からなんだよ? 随分と騒々しいな」


 扉を開き、顔を出した俺はそう口にした。


 うわ。村の皆、全員居る。

 唯一見ないのは、父さんだけだ。


 昨晩も魔人達に捕まってなかったし、病人だから色々と難を逃れてるみたいだな。


 今頃一人だけ、何も知らずに夢の中、か。

 全く、羨ましいね。


「シーナ? 起きて大丈夫なの?」


「あぁ、問題ない。それより、これは一体どういう事だ?」


 眼前に集まっている皆を眺める。


「ひっ……!」


「うくっ……!」


 最後にユキナの両親に目を止める。

 すると、二人とも怯えた顔で俯いた。


「……そう怖い顔をするな、シーナ」


 村長の爺さんの声に意識を向ける。


「そんな事は」


「シーナはこれが普通です。私の為に……こうなってくれたんです」


 意味不明な言葉を咎めようとして見れば、ミーアの横顔は真剣なものだった。


「ミーア。お前、なに言って」


「知っとるよ。シーナ、お前。人を斬ったな? それも、一人や二人ではない……そうじゃろう?」


 思わず口を噤んだ俺に、爺さんは言った。


「……なんだよ、それ。今する話じゃ」


「そうよっ! それにそれは、私がっ!」


「分かっておるよ、ミーアちゃん。ごほんっ! この場におる皆が要らぬ誤解をせぬように言っておく。シーナは、自由ギルドと名乗り、人身売買を生業とする賊に囚われたミーアちゃんを救う為に、多くの罪人を斬ったのじゃ。皆も見覚えがあるじゃろう? 今のシーナの表情に」


 村の皆を見渡した爺さんは、俺の顔に目を留めた。


「本当に、よく似ておるじゃろう?」


 誰の事を言っているのかは、すぐに分かった。


「すまぬな、シーナ。ハレシーに話を聞かせて貰った。信じられん話ではあったが……この通り、新聞も譲って貰ったのじゃよ」


 爺さんは懐から新聞を取り出し、俺に見せた。


 ハレシー、週に一度。この村に行商に来ている商人の名だ。


「そうかよ」


「……シーナ。お前が女神様から格別の祝福を受けた事、そしてその力でミーアちゃんの為。昨晩は、皆の為に剣を取ってくれた事には感謝しておる。よくやってくれた。強く育ってくれた。お前は、この村の誇りじゃ」


 穏やかな顔で、爺さんは言った。

 村の誇り、か。

 そう言われても。今は喜べないんだよな。俺。


 と。表情を曇らせた爺さんは続ける。


「しかし、じゃ。しかしじゃな、シーナ。お前はこの村の宝なのじゃ。生まれた時から、この村を出たあの日まで。ワシらは、お前とユキナ以上に大切だと思ったものはない。例えワシらが死ぬ時が来たとしても。ワシらはそれより先に、お前が死ぬ時を迎えたくはない」


 歩み寄って来た爺さんは、強く俺を抱きしめた。


「だから、もう二度とあんな無茶をするな。目の前でお前が苦しむ姿など……もう見たくない。だから頼む、シーナ。こんな老いぼれより先に、逝かないでおくれ」


 老いを感じさせる細い腕だが、驚く程に強い力だ。


 それ程、爺さんは……怖かったのか。

 怖がって、くれたのか。


「……ごめん、爺さん」


 謝罪の言葉は、自然と口を突いた。


「もう二度と、あんな真似はするな。逃げて良い。逃げてよかったのじゃ……お前だけは。お前が生きてくれていれば、それで良いのじゃ」


 本当にごめん、爺さん。

 でも俺は、その言葉には従えないよ。


「そんな訳にはいかない。俺だって、爺さんが。皆が、大事なんだ。故郷を捨てて逃げるくらいなら、守る為に立ち向かって死ぬほうがマシだ」


「ならん……ならんぞ、シーナ。お前のその考え方は、嬉しい。お前は本当に、本当に良い子に育ってくれた……しかしその考え方は、いずれお前を滅ぼすぞ。全てを守れる人間はおらん。両手で掬った水が溢れるように、この世は理不尽で満ちておる。人間というのはな、シーナ。一人では、大した事は為せぬように出来ておるのじゃよ」


 抱擁をやめ、両手を俺の肩に置いて離れた爺さんは、真剣な表情で俺を見つめた。


「じゃからな、シーナ。話してくれ。一人では無理でも、皆ならなんとかなるかも知れん。ワシらも、少しでも、お前の力にならせておくれ。のぅ、シーナ。お前は何故、魔人の言葉を理解出来る? 話せる? 昨晩は、魔人達と何を話した?」


 爺さんが、本気で俺を心配してくれているのは分かる。

 でも、だからこそ。俺は嘘は吐けないんだ。


「……分からない。本当に、分からないんだ。俺は今までずっと、魔人は俺達と同じ言葉を扱ってるんだと思っていたんだ」


 爺さんの問いに俺は正直に答えた。

 信じて貰えるとは、思えなかった。


「なに? 以前も魔人と話した事があるのか?」


「ある。村を出て、街に着いた日だ。冒険者ギルドに向かう途中……魔人の子供達が、売られていたんだ。本当に、小さくて。まだ、十歳にもなってないような子達でさ。つい気になって、話しかけてしまった」


「あんた、そんな事してたの?」


 いつの間にか家の中に戻っていたらしいミーアが、俺の肩に外套を羽織らせてくれる。


「ありがとう、悪いな」


「今朝は冷えるから」


 気遣ってくれる可愛い彼女の髪をそっと撫でる。


「……初めてお前に会ったのも、その日だったな。あの時は、こんな風に一緒に過ごすようになるなんて思いもしなかった」


 少なくとも今みたいになるなんて、微塵も考えられなかった。

 なんて言ったら機嫌を損ねるだろうか。


「……魔人の使う言語が私達と異なるなんて常識よ? 本当に知らなかったの?」


「あぁ、知らなかった。だって俺には分かるから」


 背から響いてくる、魔人の子供達の叫び声。

 昨晩、言葉を交わした魔人達。


 他の人間が、どんな風に聞こえているのかは知らないけど。


「……俺は、魔人の言葉を理解し、話すことが出来る。俺が今、分かっている事は……それだけだ」


「……祝福」


 ぽつりと、ミーアが呟いた。


「なに?」


「私、昨晩。ずっと考えてたの。シーナがなんで、魔人の言葉を操れるのか。だけど分からなかった」


 ふと気になって盗み見れば、村の皆。

 全員の視線が、ミーアへ向いていた。


「シーナは、生まれてから成人するまで。ずっとこの村に居たんでしょ? 街に来てからは……ずっと。私、あんたを見てたわ。だから、ありえないのよ。あんたが魔人と手を組んで、人類を裏切ってるなんて、ありえない。だって、そんな接点を持つ機会なんて無かった。そう断言出来るんだもの」


 ミーアの言葉に小さく呻き声を上げる者が居た。


 見れば、ユキナの両親。おじさんとおばさんが唇を噛んで俯いている。


「だからね、シーナ。私、思うのよ。あんたのそれは、あんたが自ら学んで習得した知識じゃない。女神様があんたに与えた力なんじゃないかって」


「女神が、与えた力」


 聞き返すと、ミーアは頷いて。


「だってあんたは、原典オリジナル女神様が新たに創り出した、世界でたった一人。あんたにしか授けられてない特別な力を与えられた……私達とは違う。特別な人間なんだもの」


「シーナが、特別な人間……だと?」


 コニーおじさんが、驚愕した声で呟いた。


「……皆、すまぬ。シーナが成人した日。まだ誰も授かった事のない力を与えられたという話は、儂も聞いておった。しかしそれは、余計な混乱を避ける為に皆には隠す事にしたのじゃ」


 口を開いた爺さんに、何故そんな事を? と尋ねようとした俺だったが。


「剣聖となったユキナだけではない。シーナも近いうちに、村を出て行く。この村の、皆の生き甲斐である二人が、二人共……女神様に見出されてしまった。そんな事、あの時は言えなかったのじゃ。なにより儂自身……信じたく、なかったのじゃ」


 静まり返った場に、爺さんの声が響く。


「征く道は違えど、二人共。奪い奪われる。血塗られた道を進む事に変わりはない……からの」


 俺は爺さんを、村の皆を見渡した。

 皆、酷く沈んだ表情をしていた。


 幼い頃から、大切にされている自覚はあった。


 だから俺は、母さんを亡くした後も寂しさを感じた事はなかった。


 隣で笑い続けてくれたユキナだけじゃない。

 皆。ここにいる全員が俺にとって、家族なんだ。


「……俺は、自分が特別な人間だとは思わない」


 口を開けば、皆の目が俺に集まった。

 俺はそんな皆を見渡し、続ける。


「英雄様になって、随分と変わっちまったユキナが何考えてるかは知らないけどさ。俺は何一つ変わってないんだ。いや……変われてないって言ったほうが良いかな」


 脳裏に浮かぶ、これまでの事。


 剣聖に選ばれ、連れて行かれる小さな背中。

 一人で過ごした村での一年。

 戻って来たユキナの変わり果てた姿。

 俺からユキナを奪った、人類の希望。勇者。


 ミーアとの出会い。

 中々成長を実感出来ず、馬鹿にされ続けた数ヶ月の冒険者生活。


 自由ギルドと名乗る者達との、殺し合い。

 そして、昨晩。魔人の四天王。その娘を名乗るメルティアとの邂逅。


 これだけの事があって、乗り越えて。

 今俺は、この場に立っているはずなのに。


「俺は、皆が知っている俺のままなんだよ。臆病で、弱くて。だけど……どうしようもないくらい我儘な俺のままなんだよ」


「シーナ……」


「爺さん。俺は、皆が好きだ。ここにいる皆が大好きだ。皆、俺を本当の息子のように可愛がってくれた。見守ってくれた。育ててくれた」


「きゃっ!?」


 肩を抱き寄せると、ミーアは可愛い声を上げた。


 そんな彼女の顔に顔を近づけ、至近距離で見詰めながら、俺は続ける。


「ミーア。お前は、口は悪くて素直じゃなくて、正直凄い面倒臭い女だったけどさ。だけど、お前はいつまでも立ち止まっていた俺の手を引いてくれた。仲間を、居場所をくれた。いつも一人で過ごす俺の話し相手に、喧嘩相手になってくれた。冒険に連れて行ってくれた。俺を、冒険者にしてくれた」


 感謝を伝えると、ミーアは分かり易く狼狽えた。


「なによ急に……っ!? 急にどうしたのっ!? 昨日、頭の打ち所でも悪かったのっ!?」


 失礼な。

 真面目に言ってるんだから、ちゃんと聞けよな。


「俺はまともだし、大真面目だよ。ただ、感謝してるって話だ。俺は……お前が。ミーアの事が、大好きだって言ってるんだ」


「……っ! ひゃ、ひゃぃ……っ」


 顔を真っ赤に染めたミーアは、本当に可愛らしい反応を見せた。

 悪態の一つも吐かれると思っていたのだが。

 こいつは出会った頃と本当に変わったな。


 俺は再度顔を上げ、爺さんを見つめる。


「……今日、昼頃。昨晩村に来た魔人達が、使いを寄越してくる筈だ。目的は、俺だ。奴等は俺さえ逃げなければ、他の皆には一切手を出さないと約束してくれている」


 口にした言葉に、ざわめきが起こる。

 俺はそれを手で制し、続けた。


「だから俺は逃げない。元より、こんな有様だしな。逃げられない、と言ったほうが正しい。だから皆は、俺が魔人達と話しているうちに逃げてくれ……と言いたいところだけど。残念ながらそれもやめてくれ。今は、可能な限り刺激しないほうが良い。もし今、怒らせてしまったら最後だ。俺は……女神様から唯一の力を貰ってても、魔人には勝てない」


 ぎゅっと、ミーアの肩を強く抱く。


「シーナ……」


 何も出来ず、言いなりになるしかない。

 今、俺に選択肢はない。


「あんた、本当馬鹿ね」


「は? なに?」


「だってそうでしょ? 例え逃げろって言われたって、逃げるわけないじゃない」


 ミーアは、俺の身体に擦り寄ってきた。

 この女……本当に卑怯者だ。


 大体、お前のせいで俺は……!


「いや。お前には、ホントに逃げて欲しかっ」


「うるさい」


 ……えぇ。

 

 皆が見ている前で、ミーアは甘えてくる。

 胸に頬を寄せ、すりすりと可愛く甘えてくる。


「……どうせ、あんたと出会わなかったら無くなってた命だもの。だから、忘れるんじゃないわよ? シーナ。私が隣にいる事を。この先、あんたがどんな選択をするとしても。私は……私だけは、あんたの味方で居てあげる。最期の瞬間まで、ずっと」


「ミーア……」


「だから安心しなさい。ユキナ? だっけ? そいつがどれほど美人で、勇者だか英雄だか、なんだか知らないけど。他の男に簡単に尻尾ふった薄情で尻の軽い前の女なんて、すぐ忘れさせてあげるから」


 ちょっと?

 その尻の軽い女の両親、そこに居るんだけど?

 発言には気を付けよーね?


「うん。今はそれ、言わなくて良かったよな? しかも明らかに言い過ぎだよな?」


「なんだと貴様! ユキナはなぁ!?」


「あなたっ!! 気持ちは分かるけど今は抑えてっ!!」


 ミーアの言葉に激昂するおじさん。

 ……滑稽だな。事実だろ。


「そうだぞ、コニー。今はやめろ」


「まっ、本当の事だしなー」


「あぁんっ!?」


 ほら、面倒な事になっちゃったじゃないか。

 憲兵のおじさんまで煽ってるし。


「えぇい! 皆、静まらんかっ!」


 爺さんの一喝で、全員が黙る。


 すると溜息を吐いた爺さんは、俺へ向き直った。


「……なにか、手伝える事があれば遠慮なく言え。朝早くからすまなかったな。今はしっかり休むのじゃ。ミーアちゃん、シーナを頼む」


「……っ! は、はいっ!」


「使いとやらが来たら、誰か迎えに来てやってくれ。シーナ、何か用意して欲しいものはあるか?」


 強いて言えば、剣かな?

 いや。それはやめとくか。

 一人で敵地に向かうんだ。武装しない方が良い。


「……大丈夫だ。特にないよ」


「そうか……では皆、散れ。解散じゃ」


 背を向けた爺さんが去って行く。


 他の皆はそれを見て、次に俺に何か言いたげな顔を向けるが……何も言わずに踵を返して行った。


 恐らく、少しでも長く休ませようと気を遣ってくれたのだろう。


「シーナ、入りましょ。休まないと」


「……あぁ」


 背を押され、俺は家に入り寝室に向かった。


 しかし、本当に今朝は冷える。

 すっかり身体が冷え切ってしまった。


「ほら、早く横になりなさい。私、何か温かいものを用意して」


「……ミーア」


「なに……きゃっ!?」


 寝室に入った瞬間。俺はミーアの身体を寝台に押し倒し、抱き締めた。


「し、ししししし……しーなっ!?」


「うるさい……黙ってろ」


 目を閉じると、浮かんで来る。

 つい今し方、村の皆が……何よりも信じ、愛している皆が、俺に向けた疑惑の目と声が。


 魔人と手を組み、人類を裏切った……か。


 ………………。


「……っ」


 不意に頭に、何かが触れた。


 温かい……手だ。

 優しく髪を撫でるそれに身を任せ、俺はゆっくりと深呼吸した。


 甘くて、少し酸っぱい香りだ。

 作られたものではない、ミーアの匂いがした。


「大丈夫……大丈夫よ、シーナ」


 あぁ、優しい声だ。


 母さんもこうして、俺の頭を撫でてくれたっけ。


 ユキナもそんな母さんの真似をして、よくしてくれたけど……。


「……ミーア」


「なに?」


「……ありがとな」


 何故か、過去一番。落ち着く気がした。

 おかしいな……ミーアは、こういうの。絶対、慣れてない……はずなのに。


「……いいから。寝ちゃいなさい」


 言われるまでもなく、俺の意識はすぐにまどろみの中へ落ちて行った。













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