第39話 作戦会議。

 可能な限りの準備を整え、仲間たちと合流した後。

 先日の記憶を頼りに目的地に到着した時には、空は赤く染まっていた。

 あと一時間もすれば夜になり、暗くなるだろう。


 セリーヌを出発してからここまで、数時間の道中は何の問題もなかった。

 日没までに到着出来た事に安堵する。


 一度前日と同じ場所から洞窟を確認する。

 二人の見張りはどちらも前と違う男だったが、それ以外に変化はない。

 やはり暇なのだろう。そのうちの一人が大口を開けて欠伸をした。


「今夜を楽しみにしてろ」


 そいつ等に小声で囁くと、自然と口角が上がった。


 今夜がお前等の命日だ。

 




 俺の宿で話し合った際、予め決めておいた通り作戦会議と準備。

 交代で休眠を取る為に少し離れた場所へ移動した。


 適当な木に背負ってきた弩と矢筒を立て掛け、腰を下して背を預ける。


「さて。少し休憩したら改めて作戦会議をしよう」


 そう切り出し、二人が頷いたのを見て一息吐く。


 疲労はそれなりにあるが、本音を言えばすぐにでも話し合いを始めたい。

 だが、大荷物を抱えて来た二人は顔色が悪く、顔が汗でびしょびしょだ。かなり疲れが見える。

 焦らなくても時間は沢山ある。休憩させるべきだろう。


 そう考え、腰の雑嚢から本を取り出した。普段読んでいる手記より大きく、分厚い表紙には魔法教本と書かれている。街で購入したばかりのものだ。


 暗くなれば文字を読む事は出来なくなる。

 まさかここで火を起こす訳にもいかない。

 日没までに使えそうな魔法を一つでも多く覚えなければ……。


 まずは魔法を使う際に注意するべき事という記載に目が止まり、一ページ目を読む。


 すると、魔法を使う時に消費する法力と呼ばれるものには量に個人差があり、使い過ぎると眠気に襲われる。

 もし枯渇した場合は意識を失う。と、要するにそんなことが書かれていた。


 一度も魔法を使ったことがないので、当然。自分の限界なんて知らない。

 あまり乱発は出来ないな。


 戦場で気を失えば死だ。


 そう自分に言い聞かせ、ページを巡って魔法名と概要に目を通していく。


 結果、目を付けたのは二つの魔法だ。


 一つは必要な法力の消費が僅かで、習得が容易。汎用性が高い。


 もう一つは中級らしく法力の消耗は少なくないらしいが、非常に魅力的な魔法だ。


 どちらも戦闘に有用だ。

 必死に目で何度も詠唱文を追い、自分が魔法を使う光景を想像する。


「シーナ、それはなんだい?」


「………」


「あれ? シーナ、聞こえてる?」


「……多分シーナが読んでるのは、魔法書っすよ」


「え? じゃあ、まさか。シーナは」


「多分っすけどね。とりあえず今は集中させてやるっすよ。話は暗くなってからでも出来るっすから」


 二人の話し声が聞こえた気がしたが、内容まで意識が向かなかった。


 重要な話ならもう一度言うだろうから聞き返さないが、俺からも話があったので顔を上げる。


「テリオ、お前も明るい内にこいつの練習をしておけ。十本は使っても構わない」


 背後に立て掛けてある弩を触る。


 現状決まっている作戦では、テリオにこれを使って援護して貰う事になっている。

 テリオは火の魔法しか使えないらしく、目立つ夜襲には向いてない。


「ここから少し離れた木を的にして射ってみろ。感覚を覚えるんだ。使い方については、これを……」


「あぁ、それなんすけど」


弩の取り扱い方法について記載されている手記を取り出そうと手を腰へ伸ばすと、テリオは頰を掻いて。


「……俺、やっぱり自信ないっすよ。一応練習はするっすけど、外したらとか。もし間違って二人に当てたりとか、そんな事ばっかり考えて」


 今更何言ってんだ。


「それなら尚更だ。練習すれば多少は自信が付く筈だ。もしかしたら才能があるかもしれないだろう? 幸い、時間は沢山ある事だしな」


「シーナの言う通りだ。テリオ、まずはやって見なよ。大丈夫、僕は君を信じてるから」


「……そこで提案なんすけど」


 俯いたテリオは、小さく息を吐いて膝の上に置いた両拳を握り、数秒後。

 まるで何かを決意したように、すぅと息を吸って顔を上げた。

 

「二人が堂々と相手に近付ける、かもしれない作戦が、あるんすけど……」


「なに? それは本当か?」


 尋ねると、テリオはこくんと頷いた。


 それが本当なら非常に助かる。

 相手にこちらを警戒させる事なく目の前まで近付く事さえ出来れば、隙を見て殺すくらい容易だ。


「そうか。それは有難い。説明してくれないか?」


「分かったっす。その前にシーナに一つ、聞きたい事があるんすよ」


「なんだ?」


 質問を促すと、テリオはアッシュへ杖を向けた。


「え? ちょ、テリオ?」


「女神エリナよ。 我が願いはかの者の傷を癒す奇跡。敬愛なる貴方の御手を汚し、理に背く無礼をお許しくださいっ」


 テリオの杖から、緑色の光が放たれた。


 光は金色の髪を染め、伸びていく。

 アッシュの髪が伸びていくぞ……?


「ちょっ、急に何すんのさっ」


「説明するより見た方が早いと思って」


「だからって、こんなの……あんまりだよっ」


「別に良いじゃないっすか。今まで何度もやってきたんだし」


 怒ってテリオに詰め寄ったアッシュの髪から、緑色の光が弾けて消える。


 現れたのは、腰の高さまで伸びた金色の髪だ。

 サラサラと風に揺れるそれは、とても男とは思えない髪質だった。


 て言うか、アッシュ。お前……。


 滅茶苦茶可愛くない?


「今までもやりたくてやって来た訳じゃないよ! いつも無理矢理じゃないかっ!切るの面倒なんだよ、これっ」


「いつ見ても可愛いっすね。アーシャは」


「アーシャ言うなっ」


 どうやら以前から何度もやって来たらしく、名前まで決まってるらしい。

 そんなアーシャはテリオの襟を掴んでぶんぶんやってる。


 対するテリオは澄まし顔で、


「シーナどうすか? 可愛いでしょう?」


 とても可愛いと思う。


「あぁ、確かに似合っている。可愛いと思うぞ。アーシャと言う名も悪くない」


「シーナ?」


「…………」


 冷たい声で名を呼ばれ、こちらに向けられたアッシュの顔を見て背筋が震えた俺は顔を逸らした。


 彼女は……彼の瞳からは、光が消えていた。美少女の凄み、恐い。


「そ、それにしても。髪を伸ばす魔法とは面白いな」


「治癒魔法の応用っすよ」


「なに? お前治癒が出来たのか。凄いな」


 話を逸らそうとして、何でも無いように言ったテリオに驚かされた。


治癒魔法は魔法士の中でもほんの一握りしか使えない稀少な魔法らしいから、まさかこんな身近に居るとは思わなかった。今まで才能を隠してたのか。


「いや、使える訳じゃないっすよ? 俺、適性無いみたいで実際の怪我は治せないっすから。これくらいなら出来るやつ結構居るし」


「そうなのか……」


 期待した分、落胆も大きかった。

 これで少しくらい怪我しても大丈夫だと思ったんだけどな。


「何故こんな魔法を覚えたんだ?」


「勿論、アッシュで遊ぶ為……」


「おい」


「髪に悩む人々を救う為っす。はい」


 アッシュに笑顔を向けられたテリオは、真顔で言い直した。

 声が凄い低くて迫力があったな……。


「女の子にモテたいから覚えたんでしょ?」


「成る程、確かに女には便利な魔法だろうな」


「…………こほん」


 咳払いで誤魔化したテリオは、人差し指を立てた。


「で、今回の作戦っすけど。もう分かるっすよね? アッシュは道に迷った女冒険者を装って警戒を解いて欲しいっす。隙を見て俺が狙撃するんで」


「また色仕掛けかぁ……気乗りしないなぁ」


「いや、悪くない」


 顎に手を当てて思考しながら言う。


「それなら武装したままでも不自然はない。アッシュは声も女っぽいし、何度かやっているなら自信もあるだろ。ついでに仲間とはぐれた可哀想な駆け出しを演じろ」


「ちょ、シーナまでっ。それに何だよその具体的な設定はっ」


「良いっすねぇ。じゃあアーシャちゃん、よろしくっす」


「……もし失敗したらどうするの? 流石にそこまで馬鹿じゃないかもしれないよ?」


「問題ない。相手はこんな所に篭って女を閉じ込め、好きにしている畜生共だ。お前くらい可愛ければ間違いなく思考を放棄し、鼻の下を伸ばして間抜け面を晒す」


 何せ、男だと分かっていて目の前で髪を伸ばすのを見た俺ですら、あまりの可愛さに驚いた程だ。

 最初から女を自称させれば、油断させる事が出来るだろう。


「自信を持て、アーシャ。お前は可愛い。最初から甘い声で媚びていけ」


「後方支援は任せるっすよ」


 にやにやしながら親指を立てたテリオに倣い、親指を立てる。

 や、やばい。こんな時なのに、不謹慎なのに、駄目なのに……!

 

 笑っちゃいそう。


「……不公平だと思うんだ」


必死に真面目な表情を作り外面を取り繕っていると、アーシャちゃんが小さな声で囁いた。


「分かっている。お前一人に負担を押し付けるつもりはない。勿論、俺も万が一に備え近くで待機し、隙を見て斬り込む。足の速さにも自信がある。心配するな」


「そうっすよ。シーナは仲間を一人で危険に晒すような冷徹な奴じゃないっす。ね? シーナ」


「あぁ、勿論だ」


 頷くと、アッシュはパッと顔を上げた。

 凄い嬉しそうな笑顔だ。やっぱり可愛いな、こいつ。


「そっかそっか。それを聞いて安心したよ」


「あぁ。任せておけ」


「……ところで、シーナ」


「何だ?」


 笑顔のまま。こてんと首を傾げたアッシュは、ふふっと声を漏らした。

 あざとい仕草まで完璧だ。何で男なんだろう。生まれてくる性別間違えてないか?


 そんな事を考え、アッシュの目に気付かなかった事を俺は一生後悔するだろう。


 全く笑ってない、暗い目に。


「君ってさ。その淡々とした口調の話し方と、如何にも冷静な常識人って立ち振る舞いで誤魔化してるけど……実際は結構可愛い声してるよね?」


「そうか? そんな事はないと思うが」


「いやいや、そうだよ。それにほら、君の部屋で僕達に怒鳴ったじゃない? 『もうあんな思いをするのは嫌なんだよっ!』って。あの時、確信したんだ。君は普段、意識して低い声を出してたんだなって」


「……あれは忘れろ」


 確かに言ったが、出来れば思い出したくなかった。


「まぁまぁ、今は黙って聞いててよ。今は大事な話をしてるんだから」


「とてもそうは思えないんだが」


人の失言をわざわざ掘り返すな。

関係ないだろ、今更。


「あと君さ、実は結構世間知らずで可愛いとこあるよね?」


「世間知らずは自覚している。だからなんだ?」


「その白い髪も大きな青い目も綺麗だし」


「そうか」


 まぁ当然だな。

 何せ、この髪と目は母さん譲り。俺が母さんの子供である事をこれ以上ない程に証明してくれているのだから。


 俺の存在自体が、母さんがこの世に居た何よりの証拠なんだから。

 父さんに似なくて良かったよ。


「顔だって可愛いよね? まるで女の子みたい」


「…………!」


 そこで俺は気付いた。気付いてしまった。

 アッシュは、笑顔なのに目が笑っていない。

 何故、こんな事を言っているのか。理解してしまった。


「ふふっ……長い髪もきっと、似合うんだろうなぁ?」


「……まさかとは思うが、俺はやらないぞ?」


「あれ? 君は仲間を一人で危険に晒すような、冷酷な男じゃないんだよね?」


「っ……! それ、は……」


「君も男なら。一人前の大人なら、自分の発言には責任を持とうね?」


「…………」


 ぐ、ぐぅの音も出ない。


 流石の会話術だ。全く言い返せない。


 ここぞとばかりにペラペラとよくもまぁ……! 全く、憎たらしい。


「それに迷子の冒険者って言っても、深夜に一人で歩いてるのは流石に不自然だと思うんだ。でも二人なら、色んな問題が一気に解決すると思わない? 君も走って無駄な体力を使わずに済むよ?」


 代わりに精神が擦り切れると思う。

 後ろめたい過去だって出来るし、最悪心を病んでしまうかもしれない。


「……俺に長い髪は間違いなく似合わない。可愛くならない。不可能だ」


「いやいやー、そんな事ないよ。ね? テリオ」


「いや。間違いなく似合わない。テリオもそう思うだろう?」


 どうやら譲るつもりがない様子のアッシュ。どうしても譲れない俺。

 必然的に判断は、第三者のテリオに任される事になった。


 頼むテリオ、助けてくれ。


「え。俺は元からそのつもりだったんすけど。心配しなくても絶対似合うでしょ」


 こいつも敵だった。


「まぁ二人共似たような顔してるんだから姉妹でもいけるんじゃないっすか? シーナはまだまだ幼い顔してるっすし。身長差もあるっすからね。大体、その顔でその話し方は全然似合ってないし、正直かなり滑稽だから変えた方が良いっすよ? お前の話し方はバルザみたいな経験豊富で有能なおっさんがやるから格好良いのであって、お前みたいな成人したばかりの若造が無理したところで鼻で笑われるだけっす」


「だってさ、シーナ」


「…………」


 そ、そこまでボロクソに言わなくても……!

 ていうかお前、ずっとそんな事思ってたの?

 え? 酷くない?


「ようこそシーナ、こっち側へ。歓迎するよ?」


「…………」


「いやぁ、良かったよ。同じ苦しみを共有出来る友人が出来て。実は僕、最初に君を見た時から思ってたんだよね。この人とは親友になれる気がするなって」


「俺も新しい玩具が増えて嬉しいっすよ」


「テリオ? 君とは後でしっかりお話する必要があるみたいだね?」


「そんな必要はないっす。大丈夫っす。はい」


 下手な事を口走ったテリオが、アッシュに笑みを向けられて慌てている。

 馬鹿め、俺もそのお話は参加させて貰うからな。


 それにしても、この二人……まさか。


 今までの会話を思い出し、結論に至る。


「は、謀ったな……っ! 二人して俺を謀ったなっ! 嵌めたんだな……っ!」


「えー? 謀ったとか嵌めたとか、人聞きが悪いなぁ。そんなつもりは全く無かったよ?」


「戦略上必要な事っすよ? まぁ、騙されたお前が悪いっす。今後は気をつけるんすよ」


「白々しい。お前等なんか仲間でも何でもない。帰れ。俺は絶対やらないからなっ」


「仲間を置いて帰れるもんか。一緒に頑張ろうね、シーナ」


「ま、そういう事っす」


 畜生、畜生、畜生……っ!


 絶対やらないからな。絶対だ!

 もしテリオが魔法の詠唱を始めたら逃げてやる。

 間に合わなかったら避けてやる……!


「シーナの設定とか話し方とかどうする? とりあえず僕の妹でいく?」


「そうっすね……アッシュは元々の話し方でも僕っ娘で大丈夫だったし、何度も交渉してくれたりして慣れてるから今更変えなくても良いっすけど、シーナは根本的に変えないと……」


「僕っ娘って……君。そんな事思ってたの? まぁ今更だから良いけどさ」


「ちなみに僕っ娘って言い出したのはローザっすよ」


「え。ローザ……? はぁ。彼とも一度、お話しなきゃいけないみたいだね」


「流石にそれは勘弁してあげて欲しいっす。あぁ、とりあえずシーナは魔法の勉強に戻って良いっすよ。そろそろ日が暮れちまう」


「そうだね。この話は暗くなってからでも大丈夫だし、後でしっかり話し合おうか」


 当事者である俺を無視して好き勝手相談していたアーシャちゃんとテリオの言葉で俺は慌てて空を見上げた。


 空は暗くなり始めていた。

 更には光を遮る木の葉のせいで、既に辺りは充分暗い。

 手元の文字を読むのも危うくなっている。


 い、急いで覚えないと。

 あと数分もしたら、読めなくなってしまう……!


「畜生……! 俺は絶対やらないからなぁ……っ!」


「お、可愛い声。やっぱり話し方も声も作ってたんだね?」


「ちょっと意識して裏声にすれば、全然女でいけそうっすね。じゃあ俺達はシーナ……もといシャルナちゃんの人物像を考えるっすよ」


「シャルナちゃんか。うん。中々悪くないね、可愛いと思う。じゃあそれでいこうか」


 誰がシャルナちゃんか。


 巫山戯んな絶対やらないからな俺は魔法を覚えてそんな事しなくても一人でミーア達を助けて敵を皆殺しにしてやるんだぁ……!


「折角だし絶対ボロが出ないようにしっかり作るっすよ。やり過ぎとか考えなくていいっすから、良い意見があったら全部言うっす」


「それは構わないけど、大丈夫かな? 覚えられる? 練習だって必要だと思うし」


「大丈夫っすよ。こいつ、いつも本読んでて勉強してるし、記憶力は鍛えてる筈っすから。それにほら、さっきシーナは自分で言ってたじゃないっすか」


 くそぉ、気になって集中出来ない。

 せめて今は黙っててくれよ。後で良いだろ、そんな話。絶対やらないし!


 大体、お前も暗くなる前にやる事あるだろ。

 そんなくだらない話してる暇あったら、弩の練習をしろよ馬鹿野郎!


 一言文句を言ってやろうと顔を上げた俺は、テリオがこちらを見ている事に気付いた。


 彼は笑顔だった。

 にやぁ、と。どう見ても意地の悪い笑みを浮かべていた。


 その顔を見て絶句し、嫌な悪寒がして身震いをした俺の目の前で。


「練習する時間は沢山あるっすから」


 そして俺は、自分の発言を後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る