第53話 少年が守ったもの。
医療院で目を覚ましてから、四日が経った。
医療院を抜け出した俺は、教会裏にある共同墓地へ向かった。
冷たく、強い風が肌に直接触れてくる。
今の俺は、普段に比べて薄着だ。
病室に俺の装備が一式。手入れされた状態で置いてあったのだが、斬られて破けたシャツは仕方ないとしても何故か外套がなかった。
もしかしたら、あの時貸したままなのだろう。
まだミーアが持っているのかもしれない。
後で聞いてみよう。
歩きながら、辺りを見渡す。
手入れされた草原には、等間隔で幾つもの墓標が立ち並んでいた。
忌まわしい記憶の残る教会に背を向け、暫く歩く。
中でも真新しい墓標が集合している所があった。
見知らぬ名前が並ぶ中を一つずつ探して、その内の一つに刻まれた名を見て足を止める。
【ガルジオ】
他の記載は一切ない。
知った名前がそこにあった。
墓標の立つ地面は掘り返した跡が残っている。
それは、彼がこの下で眠っている証。
「ガル、来たよ。俺、生きて帰って来たよ」
俺は、ガルには一度も聞かせなかった言葉遣いで呼び掛けた。
本当の自分、何も意識していない俺で。
彼は俺を友人だと言ってくれた。
だから俺も、気負わず話すべきだと思った。
もっと早く、こうしておけば良かった。
いくら後悔しても、もう遅い。
彼は本当の俺を知る事なく逝ってしまったのだ。
「ごめん、ガル。俺、お前を救えなかった」
途中で買って来た瓶の蓋を開けながら言葉を紡ぐ。
瓶の中身は酒だ。
安い酒だが、ガルが良く飲んでいた。
「俺。いつも演じていたんだ。少しでも強い自分を……お前は俺を友だと言ってくれたのに、俺は一度もお前に本当の俺を見せた事はなかった」
瓶を傾け、酒を墓標に零す。
「でも、それでも。俺はお前を友だと思っていた。だから、お前が死んだと知った時。悲しかった。
あんな汚れた袋に詰められたお前を見て、悔しかった。涙が止まらなかったよ」
瓶から流れていく酒が土を濡らし、溜まっていくのを見ながら続ける。
「だけど今は、何も感じないんだ。お前が死んで、こうして墓に入っているのを見て悲しい筈なのに。葬儀に出て、送り出す事が出来なかった事を悔やむべきなのに」
流れていた酒が止まる。
瓶の中身が空になり、軽くなったそれを供える。
「なぁ、ガル。俺、帰って来たけどさ。こうして、話してるけどさ……失ってるんだ」
気付いたのは、目が覚めた時だ。
元気な姿のミーアを見て、嬉しい筈なのに。
泣くあいつを見て、苦しい筈なのに。
抱き締めて、安心する筈なのに。
命を賭けて救った女の子が甘えてくれているのだから、少しくらい愛おしいと感じたりするかもしれないのに。
俺は、何も。何一つ感じなかった。
あれ程聞きたかった「おかえり」も色褪せていた。
「俺は、感情を失ってしまったらしい」
考えられる原因は、あの薬を飲み過ぎた事。
感情を抑える魔法薬。
あれを買う時、受付嬢のサリアナは言っていた。
下手をすれば、感情が死んでしまう……と。
「だから俺はもう、悲しめない。悔しがれない。
今は、自分が何なのか。どう在るべきなのか。皆に同じ人間だと。友達だと胸を張って良いのかすら、分からない」
中々振り切れなかった幼馴染への想いも消えた。
何故あんなに引き摺っていたのか、分からない程すっきりと無くなってしまった。
「だけど、こんな俺でも戦って良いよな?」
返事が返ってくる筈のない質問。
だけど、彼に聞いて欲しいと用意して来た言葉。
「俺は俺の居場所を増やしたい。大切だと思える人を泣かせたくない」
ミーアを抱き締めながら決めた意思を。
例え何も感じなくても……あの温もりだけは本物だから。
「俺は、俺から奪おうとする奴を許さない。容赦はしない。立ち塞がるなら、例えどんな理由があったとしても斬り伏せる。例え、相手の何を奪ってでも。どんな手を使ってでも」
右腰の剣の柄に手を置いて、告げる。
白い鞘に収まったそれは、まだ返していないミーアの剣だ。
この剣は今回。敵に振るわれ、ローザやガルを傷付けもしたが……俺を焚き付け、守ってくれた。
そろそろ返さなきゃな。
こいつも帰りたいだろう。ミーアの元へ。
「強くなるよ、俺は。戦わなきゃいけない時が来たら、迷わない。抗わなきゃいけない理由があるからさ。必要な力は与えられたものだけど……振るう理由は間違わないようにする」
空を見上げる。
風は強いが、空は晴れていた。
流れる雲が普段より早い気がする。
「もう俺は、躊躇う事なく剣を振れるからさ」
「シーナーッ!!」
不意に、遠くから声がした。
怒気の篭った、聞き覚えのある叫び声だ。
そちらを向くと、やはり。癖のある緑色の髪を揺らす奴が見えた。
教会を背にした彼女は、こちらへ駆け寄って来ている。
遠目でも分かる。凄い怒ってるな、あれは。
「悪い、ガル。面倒な奴が来たから帰るよ。また来るから」
ガルの墓標の前で説教されて、間抜けな姿を見せたくない。
供えた酒瓶を拾った俺は踵を返し、ミーアの元へ向かった。
「ちょっとあんた! 抜け出すなんて何考えてんのよっ! 皆慌てて探してんのよっ!?」
駆け寄って来たミーアは、はぁはぁと息を弾ませながら叫んだ。
思ったより気付かれるのが早かったな。
随分探し回った様子だ。
「悪い。傷の調子も良いし、暇でな。つい……」
「こんな心配させるくらいなら治癒士なんて雇うんじゃなかったわよっ! 幾らしたと思ってんのっ!? お願いだから安静にしててよっ!」
「お前、治癒士なんて雇ってたのか? 通りで傷の割に治りが早い訳だ。後で請求してくれ、払う」
治癒士とは、その名の通り女神から職業と傷の治りを良くする力を授けられた者だ。
弓士を生業としているティーラの癒し手も治癒士の固有スキル。
だが、あれだけの傷を癒す力はない。
強力な固有スキルを持つ治癒士は貴重。
相応の値段がした筈だ。
この馬鹿、無理しやがって。
「いいわよっ! あんたの怪我は私が治すわ。代わりに、ちゃんと治るまで私に口答えしない事っ! いいわねっ!? 安静にしてろと言ったら安静にしてなさいっ!!」
「無理するな。俺も蓄えが無いわけじゃない。自分の怪我くらい自分で治す」
「うっさいっ! あんたみたいな貧乏人が払える額じゃないのっ! 全く……人の気も知らないでっ! 格好付けてんじゃないわよ、このあほっ!」
顔を真っ赤にして、ミーアはぎゃーぎゃー喚く。
「大体なに? その格好! そんなんで外歩くんじゃないわよ、みっともないっ!」
「仕方ないだろ、これしかなかったんだ」
今の俺は、上は治療院で着ていた病衣。
下に自分の冒険用のズボンを履いている。
胸鎧は修復不可能な傷……と言うより割れていたので後で売りに行くつもりだ。
もう使い物にならないけど鉄は溶かせばまた使えるから、幾らかにはなるだろう。
「そんな薄着だと風邪引くでしょ! そんなに病室が好きなのっ!? ほら、これ着てなさいっ!」
ミーアが押し付けて来たのは黒い革だった。
「なんだ、これ?」
「いいから着なさい、早く」
仕方なく手に取って広げて見る。
……ロングコートだ。
両肩に鉄の肩当て。
両腕には肘くらいまである腕甲が取り付けてある。こうして持っているが、結構重い。
新品みたいだな。
幾らしたんだ? これ。高そう。
「なぁ。これ、どうしたんだ?」
「早く着ろ」
睨まれた。
これは、着ないと会話にならないな。
両腕の手甲を外して足元に置き、羽織ってみる。
やはり少し重い。だが、気になる程じゃないな。
裾の長さは俺の膝程度。腕や肩幅も丁度良い。
着心地は悪くない、というか。
まるで俺の為に用意されたような代物だ。
「おいミーア、これ」
「うん、似合うじゃない。やっとまともな格好になったわね。用意するの大変だったんだから、大事にしなさいよ?」
「用意した? お前……これ、既製品じゃないな? いつ俺の身体を測ったんだよ。幾らしたんだ? 絶対高いだろ、これ。何を勝手に」
文句を言っていた俺は、鼻先に人差し指を突き付けられ黙らされる。
「うっさい。あんなボロ着て歩かれると私が恥ずかしいから作ってやったのよ。あんたに文句言われる筋合いは無いわ。人の好意は素直に受け取っておきなさい?」
なんでお前が恥ずかしいんだよ、関係ないだろ。
好意の押し売りはやめてくれ。
……まぁ言わないけど、聞かないから。
「だからって、いくらなんでも散財し過ぎだ。大丈夫か?」
「はっ。それこそ無用な心配よ。素直にありがとうも言えない訳?」
お前がそれを言うか。
どこまでも素直じゃない、
面倒なくらい高慢な、お前が。
「あんたが私によく言ってる事じゃない。自分は出来ない訳?」
だけど。
俺はきっと、そんなお前が。
そんなお前だからこそ。
「……そうだな、ありがとう。大事にする」
大切だったんだ。
友人としてではなく、一人の女の子として。
だからあれ程、必死になれたのだろう。
命を賭ける価値が、戦う意味があったのだろう。
「え……? あ、うん……大事に着なさい」
「あぁ」
「すぐ駄目にしたら許さないわよ?」
「分かってる。知ってるだろ? 俺は物持ちが良い方だ」
「ふん、偉そうに。貧乏性なだけでしょ?」
「そうかもな。でも、折角お前が用意してくれた物だ。大事に着るよ」
「まぁ、あんな安物のボロなんか比べ物にならないくらい丈夫な筈よ。それに……そ、それに。よく……似合ってるわ……」
もじもじと恥ずかしそうにしながら流し目でこちらを見て、ミーアは小さな声で俺を褒める。
僅かに赤い顔。最近のミーアは、随分と年相応の女の子らしく可愛い一面を見せる様になった気がする。
「そうか。それは良かった」
勿論、誰にでも見せている訳じゃないだろう。
ならば何故、ミーアがそうなったのか……最近の態度を見てれば、流石に気付く。
俺の勘違いかもしれない。
でも、伝えるべきなのだろう。
過去を忘れて進む為にも。
きっとこいつは、過去を。
ユキナを忘れさせてくれる存在になる筈だ。
そしてそれは、男の俺から言うべき事で。
「帰るぞ」
今の俺には、それを言葉にする資格がない。
だから俺は、変わったミーアの様子に触れない。
幸せにしてやれないことが分かっているから。
こいつには、幸せになって欲しいから。
我ながら卑怯な奴だ。
「ガルと何を話していたの?」
軽い足音を響かせ、ミーアが医療院に戻る為に歩く俺の横に駆け寄って来た。
「一つ、約束をした」
「約束? ガルと?」
「あぁ」
「なにを約束したの?」
言わなきゃ不機嫌になるか、しつこく聞いてくるだろうな。
仕方ない。
「俺は弱い。分かっていた事だが、身を以て思い知らされた。だから、強くなる。そう約束した」
「……そう」
先程までの勢いは何処へ行ったのか。
ミーアは小さな声で応えた。
そんなミーアを一瞬、横目で見た俺は……その思い悩んだ表情を見て、
「なれるわよ、あんたなら」
彼女が発した言葉に耳を疑った。
隣を歩くミーアを見る。
こちらを見ているミーアは、微笑んでいた。
それは、今まで想像すら出来なかった程に穏やかな表情で。
「だって、あんたは私が認めた剣士だもの」
「なに? お前、俺を認めていたのか?」
「当たり前よ。だって、あんたは私を助けてくれたじゃない。まぁ剣士というより……そうね、冒険者ね」
ふと、ミーアは俺の胸元に手を伸ばしてきた。
その手が掴んだのは、俺の等級証だ。
「目に見えているものが全てじゃないって、私……よく分かったわ。あんたがずっと一人で地味な仕事してた理由が。だから、他人の評価を気にしなかったんだって、納得したの」
……ん?
あれ。なんか、勘違いされてる気が。
「あんたは自分の力を隠してたのね」
はい?
別に隠してないけど?
「だから、必要以上に詮索されるのを嫌ってたのね」
別の理由だけどな。
剣聖の幼馴染だと、知られたくなかっただけだ。
「あんたは、女神様が新たに生み出した力を与えられてるんだもんね。今、世界で唯一。あんたしか使えない、あんただけの力を」
「それ、誰に聞いた?」
「え? アッシュだけど」
あの野郎。
あいつ、支部長の話聞いてたもんな。
「何よ、このまま私にも内緒にしておくつもりだった訳?」
「……聞かれれば答えるつもりでいた」
「ふーん、そう」
不機嫌顔のミーア。
まぁ、アッシュが言わなければ聞かなかっただろうからな。釈然としないのだろう。
「……せめて、魔法士の適性がある事くらいは相談して欲しかったわ。剣士と魔法士、二つの適性があるなんて凄い事なのよ? それが分かってたら、私だって……」
実は、魔法も使えなかった。
正直に言おうと思ったがやめる。
何にせよ、初めてこいつと出会った時の目標は達成出来ているらしい。
ならば、それで良しとしよう。
あぁ、そうだ。
「ミーア」
右腰の剣帯から鞘を留めていた金具を外し、ミーアを呼ぶ。
顔を上げた彼女に突き出したのは、彼女の剣だ。
今回の騒動で何人もの血を吸い、赤く染まっていたそれは今。鞘も柄も本来の白さを取り戻している。
「返すのを忘れていた」
そう言ったが、中々取られない。
じっと見つめている。
早くしてくれよ、結構重いから。
「どうした? お前のだろう」
「……ごめんなさい」
顔を見ると、ミーアは目を逸らした。
まるで、この剣を見たくないと言う様に。
「それ、あんたにあげるわ。今の安物よりマシでしょ?」
顔を逸らしたまま、ミーアはそう言った。
しかし、俺は聞き逃さない。見逃さない。
その震えた華奢な身体を。声を。
スカートの裾を握る拳を。
この剣が、何をしたのか。俺は知っている。
だけど、だからこそ。
これは、彼女が持っておくべきだ。
「これはお前の親が娘の為にと贈った大切な物なんだろう? そんな物を貰う訳にはいかない」
「……っ。いい、の……私が、その私があげるって言ってるんだから……」
震えた声は今にも消えそうな程に弱い。
あまりにらしくないその姿を見て、俺は。
「そうか、逃げるのか」
甘やかしては駄目だ、と思った。
歩いていた足を止め、ミーアの肩を掴む。
「なによ……」
「……おいミーア。お前は何故、何の為に冒険者になった」
可能な限り考え、言葉を選んだ俺は尋ねる。
「実はな、ずっと疑問だった。お前は確かにその才能をギルドに認められて、最初から青等級を与えられたのかもしれない。だけどな、同じ駆け出しの俺達にここまで経済的な差が出る筈がないんだよ。実際、俺より稼いでる筈のローザ達は。お前と同じパーティーで同じ仕事をしてる皆は、いつも金欠だったしな」
「……無駄遣いしてるだけよ、一緒にしないで。
実際、ティーラと私の生活水準は同じでしょ?
それに、あんたが普段やってたのなんて雑用ばかりじゃない」
「だとしても、だ。ミーア。お前の持つ服や小物といった私物。装備……お前がいくら見栄っ張りだとしても、とても駆け出しの冒険者が持てるような代物じゃない。その上、俺の治療やこの外套にも大金を使っている。流石におかしいだろ?」
「……別に良いでしょ? あんたが気にする事じゃないわ」
「あぁそうだな。だから詮索するつもりはない。でもな、考えるんだよ。お前は俺とは違う。もっと楽に生きれた筈だ。そうだろう?」
尋ねると、ミーアは唇を噛んだ。
何を考えているか分からないが、黙って待つ。
「……まぁ、そうね」
暫くして、ミーアは小さな声で答えた。
そして、少し悩むような仕草を見せた後。
意を決した様に、彼女は真っ直ぐな目を向けてきた。
「あんたの言う通り……私は」
「言わなくて良い」
話し出そうとしたのを遮る。
「詮索はしないと言っただろう」
「はぁ? あんたが聞いたんじゃない」
「思い出せ、と言っている」
ミーアの過去に興味はあるが、聞いたらこちらも話せと言われるだろう。
嘘は言いたくない。だから、聞かない。
俺は手に握った剣をよく見える様にミーアの目の前に掲げる。
「ミーア、これはなんだ?」
「……何って、剣でしょ? 私の」
また剣からミーアは顔を背けた。
構わず続ける。
「そうだ。これは剣だ。道具、力だよ、ミーア。お前が今、目を背けて逃げようとしている物だ」
顔を背けているミーアの胸元に剣を押し付ける。
ふにゅ、とした手触りがあった。
小さいけどあるにはあるんだよな、こいつ。
あ。やばい、怒るかも。
……押し通るっ!
「ミーア、この剣が何をしたのか。俺は直接見たわけじゃないから、お前がどれ程辛かったかは分からない。安い言葉で慰めるつもりもない。ただ、これだけは言える。これはただの道具、武器だと」
ミーアが怒って話が逸れたりしない様に一息で言う。
少し早口になってしまったが、伝わった筈だ。
「そんなの分かってるわよ。何が言いたい訳?」
「分かってないから、そんな質問が出るんだ。
力は力だろ。お前はどんな存在になりたい?
何の為に冒険者になった? 少なくとも、必要な筈の力から目を背けるのが、お前のなりたい冒険者ではない筈だ」
我ながら口下手だなと思う。
もう少し分かりやすく話せないか、頭を使いながら、言葉を選ぶ。
中々難しいな、人を励ますってのは。
「力は力だ。なら、それを振るうのは人だろ?
お前だよ、ミーア。多くの力を正しく使う。それが強いって事じゃないのか? お前が……俺達が目指す冒険者ってのは、そんな強い存在だろ?」
「なにを知った様な口で格好付けてるのよ、馬鹿」
「あぁそうだな。俺は何も知らない。今の話だって正直、受け売りだ。だけどな、そんな俺でも見りゃ分かる。お前、いつまで過去を悔やんでるつもりだ? 下を向いてるつもりだ? そんな弱い女の為に俺は命を賭けたのか?」
ぴくっ、とミーアの肩が跳ねた。
効いてるな、結構。もう一押しか。
「そうじゃないなら、剣を取れよ。忘れろとは言わない。すぐに乗り越えろとも言わない。ただ、前を見ろ。悔しい思いをしたなら、もう二度と同じ事にならない様に努力しろ」
ミーアが、やっと俺の顔を見た。
不機嫌そうな顔だ。
いつも通りの、ミーアの顔だ。
「なんだ。怒ったか?」
「うっさい、私に説教するなんて何様のつもりよ。偉そうに……いつからあんた、私より上になったわけ?」
俺の手から剣を掴み取ったミーアは、俺を睨みつけた。
「力の使い方を間違えるな、なんて。あんたに言われなくても分かってるわよ。これが皆を苦しめて、ガルが殺されて……その責任は私が取らなきゃいけないなんて分かってるわよっ!」
「それは違うな。お前がやった訳じゃない。だから責任はない。お前が気に病むことはない」
「私が弱かったからよっ!」
叫んで、ミーアは背を向けた。
泣いているのは、背中を見れば分かる。
華奢な身体は震えていた。
「何が天才よ。私は……私はっ」
剣を胸に抱え、ミーアは黙り込んだ。
その姿を見て、俺は掛ける言葉を探した。
だけど見つからない。薄い言葉しか出てこない。
それどころか、今のミーアの姿が重なる。
己の無力さに泣く事しか出来なかった過去と。
「先に帰る」
彼女にも時間が必要だ。
悩みは、大抵のことは時間が解決してくれると母さんは言っていた。
俺は一言告げて歩き始める。
「待ちなさいよっ!」
背後から掛けられた叫び声に足を止め、振り返る。
赤くなった目で、ミーアがこちらを睨んでいた。
両腕で抱えた白い剣にギュッと力を込めながら、彼女は口を開く。
「私、強くなるわっ!」
大声で彼女が口にしたのは、俺と同じ決意。
「もう自分が天才だと自惚れたりしない。特別だなんて思わないっ!」
それは、彼女の自信の源であった筈の自負。
そうだ、ミーア。俺達は特別なんかじゃない。
女神から力を与えられているとは言え、それは人より少しだけ出来ることがあるというだけなんだ。
俺達より優れた間違っている奴等は大勢いる。
真の天才を知る俺だからこそ、お前に言いたいことがあったんだ。
俺達は、英雄にはなれない。
だけど戦わなきゃいけない時がある。
だから、俺達は。
「だから、これから……これからはっ!」
突然ミーアは強く目を瞑り、黙り込んだ。
言いたい言葉は、伝わった。
ただ、勇気が出ないのだろうと察した。
まぁ、これくらいは甘やかしても良いだろう。
「俺は強いお前が好きだ」
「ふぇっ!?」
「だから、一緒に強くなろう」
共に戦おう、ミーア。俺達は天才じゃないから。
一人で出来ることは限られているから。
だから仲間が必要なんだ。
自分に出来ない事が出来て、命を預けられると信頼出来る友が。
女神に選ばれた英雄だって、一人じゃ駄目らしいしな。
「あ……あああ、あんた。今……」
「帰るぞ、ミーア」
手を差し出すと、目を見開いて黙り込んでいた彼女が瞬きした。
何度か俺の顔と手を交互に見たミーアは、
「うんっ!」
勢い良く頷いて、駆け寄って来た。
俺の手を握った彼女と手を繋いだまま歩き出す。
ミーア。
お前が俺の傍に居る限り。離れていかない限り……俺はお前を守ってやる。
失いたくない。
過去の俺が抱いたその想いは本物だから。
並んで歩く彼女の横顔を見ると、もう涙は止まっていた。
なんだか凄く上機嫌な顔だ。
見た事ないぞ、こんな顔……気になるな。
「そういやお前、俺のコートどうしたんだ? 貸したよな?」
「ん? あぁ。あのボロなら捨てたわよ?」
……ん?
おい、ちょっと待て。
「は? お前、何してくれてんだ」
「良いでしょ? 別に。ほら、新しいのあげたじゃない」
「そういう問題じゃない。あれは、母さんから貰った大事なものなんだ」
「服なんて消耗品よ。もうあれ、どうにもならないくらいボロだったしね。あんたもいつまでも過去の事を引き摺るなって事。これからは」
先程までの弱気な声は何処へやら、ミーアはピトッと俺の腕に頭を預けて。
真っ赤な顔で、俺を見上げて来た。
「私が居るじゃない」
「何言ってんだお前……」
母さん、ごめん。
俺、どうやら面倒な女に捕まったらしいよ。
命を賭ける相手、間違えたかもしれない。
「ふふっ♪」
だけどさ、不思議だな。
こいつの幸せそうな顔を見てたら……。
「全く……大事にするよ。これ」
俺は、これで良かった。
そう思えるよ。
「当たり前でしょ? ばーかっ!」
この笑顔は、俺が守ったものなんだ。
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