第26話 よくある事。


 二人の宿から得られたものを回収した俺達は、受付でお礼をして宿を出た。


 宿で得られた物は、ミーアの衣類から取れた僅かな砂と草。木の葉。そして日記帳。

 衣類のポケットには結局何も入っておらず、収穫はあまりに少ない。

 一応ティーラが作成していた描きかけの地図も回収しようか悩んだが、必要無さそうなのでやめた。

 ミーアの日記帳はアッシュに渡した。

 自分で見たいが、気が引けたからだ。

 最後に礼を言う際。一応受付をしていたレイニさんに話を聞いたが、やはり行き先は知らないらしい。

 宿の看板娘に依頼の話をする冒険者は、気を引きたい馬鹿な男くらいだ。

 あの二人が話をしているとは最初から期待していなかった。

 最後に二人の部屋の宿賃はギルドに俺の名前で請求書を回す様に手配した。

 今夜にでも来るだろうから、数日分の支払いをしなければならない。

 痛い出費だが、これくらいは出してやろう。

 世話になっている事だしな。

 見つけた後に払うと言われたら受け取れば良いだけの話だ。

 その時は快く受け取る。

 何も言って来なければ、諦める。

 それくらいの考えで良いだろう。

 自分から請求するつもりはない。


 その後、ローザとガルジオ。二人の宿へも聞き込みに向かった。


 女二人と違って、恐ろしく古くて簡素な宿に住んでいた。

 俺の借りている宿より酷いくらいだ。

 余程部屋代をケチっているらしい。

 こちらも部屋を見せて貰うのを渋られたが、受付のおばちゃんにアッシュがまた耳打ちをして解決。

 素晴らしい交渉術だ。見習いたいね。

 二人の部屋からも特に何も見つからなかったが、洗濯物があったので付着しているものを採取した。

 後はこれを鑑定出来る専門家をギルドで雇う予定だ。


 ここで昼になった為、露店で串焼き肉とパンを購入して食べながらギルドへ向かう。


 ギルドに入る。受付にはこの街に来てから、すっかり顔馴染みになったお姉さんが出勤していた。

 朝、依頼を取った時は居なかった。

 その為。今日は申し訳ないが、別の受付嬢の世話になったのだ。

 気が変わったらいつでも来てね、と言われていたにも関わらず別の受付嬢から依頼を貰ったので、怒られるかもしれない。

 まぁ、その時はその時だ。一言謝れば済むだろう。

 少し緊張しながらカウンターへ近付く。


「やぁ、サリアナ。来たよ」


 相変わらずアッシュは気さくに話し掛けた。

 ……って。ちょっと待て。

 今こいつ、受付嬢のお姉さんの名前を呼ばなかったか?

 なんで知っているんだ。

 少し驚き、疑問に思う。

 恐らくアッシュは、女神に対話能力を貰っているに違いない。

 宿のレイニにやった様に、気軽に名前を聞いたに違いない。

 四ヶ月このギルドに居て、ほぼ毎日話しているのに知らない自分が情けなくなってくる。


「あっ、アッシュくんだ。それにシーナくん。うわぁ、本当に一緒に動いてるんだ」


 お姉さんは、普段通りの柔らかい笑顔を浮かべた。

 否定しないって事は、名前。間違ってないのか。


「シーナくん、聞いたよ。朝、行方不明者捜索依頼取りに来たんだって? もう、この浮気者ぉー。もう少し待ってくれたら私が斡旋したのにぃ」


「……悪いが、今は雑談に付き合っている暇はない」


 隣に立つアッシュを押し退け、身体を乗り出す。

 憲兵団と宿の捜索で随分時間を取った。

 これ以上は余計な事に時間を使いたくない。


「あれ、いつになく真剣だね。どうしたの?」


「聞いていないか? ローザのパーティーが行方不明になった。今、俺達はその捜索を行っている。居なくなったのは、ローザ、ティーラ、ミーア、ガルジオの四人だ。あいつらの依頼を担当したのは貴女だな?」


「そうだよ」


 何でもない事の様に、彼女は肯定した。

 その態度に少し苛立つ。

 分かって居るなら、なぜ帰って来ない事を不思議に思わない。

 どうしてそんなに平然として居られるんだ。


「行き先を聞いたりは?」


「聞いてないね。そっかー、やっぱり行方不明になってたかー。報酬を受け取りに来ないどころか、最近見ないからおかしいなぁって思ってたんだよね」


 違和感は感じていたのか。

 彼女の態度に余計。苛々とした感情が込み上げてくる。

 おかしいなと思っていた?

 じゃあ何故、そんなに冷静で。平然としていられる。

 震える拳を握り締める。

 ここで怒鳴るのは簡単だ。

 だが、彼女に怒りを抱いても何の解決にもならない。

 それはただの八つ当たりだ。

 喉までせり上がっている衝動を息と共に吐き出し、言葉を探す。


「はぁ。一応尋ねるが、あいつらは捜索対象に入っていたりしないのか?」


「え? あ、うん。朝に上がってたね。君達がやったんでしょ? 今は一応行方不明者の名簿に入ってるよ」


「そうか。なら、捜索隊が派遣されたりするのか?」


「依頼として張り出してはいるよ。ほら。まぁ、誰も受けてくれてないんだけどね」


 お姉さんは依頼書を取り出し、渡して来た。

 それを受け取り見た俺は、



 行方不明の冒険者パーティーの捜索及び、生死の確認。

 人数四人。


ローザ。

ミーア。

ティーラ。

ガルジオ。


依頼主 アッシュ。


報酬 一人当たり五万エリナ。

生死は問わず。



 依頼書を見て、顔面が沸騰しそうなくらいの衝動を覚えた。

 なんだ、これは。

 この依頼を出す様に頼んだのは俺で、同じパーティーだからとアッシュにやらせた。

 だけど、生死問わず。報酬五万エリナだと?

 こんな依頼、誰も受けたがらない。

 結局見つからず、一日無駄にする可能性の方が圧倒的に高いからだ。

 要するにこれは、依頼というより手配書。

 仕事ついでに見つかれば良いな、程度のものだろう。

 こんなのじゃ誰も本気であいつらを探してくれない。


 目を瞑り、浅く息を吐き出しながら羊皮紙を返す。

 ここで怒りのままに、衝動のままに叫ぶのは簡単だ。

 だけどそれをしても、何の意味も無い。

 落ち着け、落ち着け。


「……アッシュ。何だ、これは」


自分でも驚く程、低い声が出た。


「何って、手配書だよ。冒険者探索依頼」


 何でもない事の様に、アッシュは言った。

 だけど、分かる。声が震えている。

 本意じゃないんだな、お前も。


 顔を上げると、不思議そうな顔の受付嬢と目が合った。

 途端にまた、頭に血が上りそうになるが必死に堪える。


「どうして貴女は、そんなに平然として居られるんですか?」


 気付けば、俺の口から漏れて居たのは丁寧な言葉だった。

 恐らく無意識に感情を抑えようとした結果、選択したのだろう。

 そうだ、俺にはこれがある。これで話せば、感情を殺せる。

 頭を、話し方を切り替える。


 すると、彼女は不思議そうな顔のまま。


「寧ろ、私が聞きたいんだけど? シーナくんはどうしてそんなに感情的になってるのかな?」


 どうして?

 どうして、だと。


 そんなの決まってる。あいつらは俺に沢山のものをくれた。

 初めて出来た友達だった。

 村で育って、たった一人しか遊び相手がいなくて、年が近い同性なんて居なくて、笑って話してくれる友達なんて居なくて。

 街の生活に馴染むので必死で、ずっと一人だった。

 やっと貯めた金で買った防具を見て仲間に誘ってくれた。

 仕事を一緒にしてくれた。

 休日は鍛練に付き合ってくれた。

 買い物に行った。


 パーティーを組みましょう。


 そう言ってくれた、仲間なんだよ。

 だから必死で探すんだ。

 新種モンスターが怖いとか、二の舞になるかもしれないとか、俺が白等級の駆け出しだから、とか。

 そんな事、今は関係ないんだよ。


 聞くまでもない事、聞いてんじゃねえよ。


 大丈夫だ。

 相手に無礼を働けない。最大限の礼を尽くす言葉を考え、選んで話せ。

 それをやってる間の俺は、どんな状況でも。どんな相手にも冷静で居られるはず。

 例え、何の相談もなく俺を捨てた恋人でも。


「仲間だから、ですよ。彼等は私の大切な人達ですから。皆を心配するのは、当然の事です」


「お? シーナくんの口調が変わってる。凄いね、そんな事出来るんだぁ……まぁ、とてもそう思ってる人の目には、見えないけど」


 目? 何の事だ。俺は本気でそう思ってるのに、からかっているのか。

 まぁ良い。今は振り回されてやる義理も時間も無い。


「寧ろ、どうしてそう冷静で居られるんですか? 貴女は私等よりも彼等との付き合いが長い筈。随分仲も良さそうでしたし、心配したりしないのですか?」


「ん? 私がどうして心配しないのかって? 何で?」


 何でって。

 そんなの態々聞かなくても分かるだろうが。

 馬鹿にしているのか?


 受付嬢のお姉さんはカウンターに肘を突き、首を傾げていた。

 彼女の表情は笑顔だ。

 それはとても自然な、普段通りの柔らかな微笑みで。



 彼女の唇が、開く。




「だって。そんなの、よくある事じゃない」






 そう、言った。



 途端。視界が真っ白に染まる。

 聞いた言葉を噛み砕き、思考し、理解するまでに暫くの時間が掛かった。

 彼女が、何を言っているのか信じたくなかった。

 そして、気付く。


 あぁ、そうか。

 彼女は慣れてしまったんだ。

 慣れてしまって、いるんだ。


 人が死ぬ、という事に。

 昨日まで話して居た人が、突然居なくなる、という事に。

 

 だから彼女は。

 いや、きっとギルドの受付嬢達全員は、こんなにもいつも通りに仕事をしている。

 朝に出した捜索依頼も、ギルドの規則に則って。淡々と適切に処理されたのだろう。

 何度か話した事が、いや。毎日のように顔を見て居た相手が居なくなっても、平気なんだ。

 だから実際に見た事のある。呼んだことのある名前が行方不明になっても、例え何処かで死んでいたとしても、彼女達は取り乱さないんだ。


 何故ならそれは彼女達の普通だから。

 何度も経験して来た事だから。


 本当に、よくある事、だから。


 そうやって彼女は、彼女達は、彼女達なりの落とし所を見つけて守っているんだ。

 自分の事を。人間の心、という奴を。


「ふ……ははっ」


 気付いて、理解した瞬間。胸の中に燻っていた衝動が嘘のように消えた。


 目の前にいる女性に対しての怒りも、あまりにも普段通りの笑顔にも何も感じなくなった。

 彼女を責めても仕方ない。

 何故もっと必死になってくれないんだと思っても仕方ない。


 あぁ、母さん。分かったよ。

 母さんの言葉の意味。


 受付嬢は信用して良い。

 だけど、深く関わってこない。

 こういう事、だったんだな。


 間違っているのは、俺だった。


「はははっ……はぁ」


 馬鹿馬鹿しくなって、溜息を吐く。


 頭を強く掻いて、思考を一度手放し、戻す。

 もう感情的になるのは終わりだ。

 気付けば、白い霧の掛かっていた視界が恐ろしく明瞭になっていた。


 今。俺が、彼女にするべき事は。尋ねるべき事は、一つ。


「シーナ、大丈夫?」


 心配そうな顔のアッシュを一瞥し、直ぐに受付嬢へ目を戻す。


 やはり同じ笑顔だ。

 普段と変わらない、柔らかな笑顔。

 だけどその瞳は少し、普段よりも空虚に見えた。

 俺はカウンターに再度体を乗り出す。


 今、やるべき事を成すために。



「……依頼がしたい。僅かな木々の葉や砂から、場所を特定出来る専門家。もしくは、冒険者の捜索に詳しく経験のある人物の情報を寄越すか、紹介してくれ」


「うん、わかった。報酬は?」


「相場は幾らだ?」


「人物の紹介。及び交渉の仲介手数料として、五万エリナ。後、指名料として二千エリナ。その後に、紹介する冒険者への報酬提示。向こうがそれに承諾したら依頼が受託されるね。あぁ、受託されなかった場合は、紹介料が無料になって仲介手数料が五千エリナだけで済むよ。手数料については、ギルドに支払ってね」


 随分高い手数料だ。ぼったくりもいいとこな気がする。

 まぁ良いか。目的を果たせるなら文句はない。


「報酬は要相談だ。もし目標を発見、保護する事が出来た場合は相応の額を払う。可能な限り過去の実績、実力が伴っている奴を頼む。出来れば、戦闘技能の高さも可能な限り考慮して欲しい。あぁ、性格にも注意してくれ。出来るだけ無駄口を叩かず淡々と仕事をこなし、最短で目標を達成出来る人物が良い。金がある事は知っているだろう?」


 俺の金庫に預けてある金の出入りは、この人に任せている。

 故に彼女は俺の貯金額を知っている。

 馬鹿げた条件だが、余程無茶を言う相手じゃなければ支払い能力がある事を知っている筈だ。

 父さんには悪いが、また使わせて貰う。

 出し惜しみはしていられない。


「うん。よくあるご依頼だね」


「だろ? よくある依頼だ」


 憲兵が使えないなら、冒険者。それでも駄目なら別の人脈を使えば良い。

 それに、今のやり取りで確信に変わった。

 あくまで予想に過ぎないが、心当たりがあるのだろう。


「んー」


 受付嬢は、そんな唸り声をあげながら俺を見て。


「やっぱり君は面白いな」


 今日、一番良い笑顔で笑った。


「良い人が一人居るよ。今は出てるけど、夜には戻って来るから紹介してあげる。紹介料も仲介手数料も要らないよ。お姉さんの奢り。あ、依頼料は貰うからね? その人、冒険者だから」


 やっぱり。

 緊張が解けて脱力してしまい、足の力が抜けそうになった。


「はは、都合良すぎ……」


 思わず、乾いた笑みが漏れた。

 だけど、まだ安心は出来ない。

 その人が本当に皆を見つけてくれるかなんて、分からないのだから。

 唯……唯ほんの少し。今の状態をひっくり返す何か。

 小さな希望が見えた、だけだ。


「良かった……良かったね、シーナ」


 アッシュが俺の肩に手を置いて揺さ振る。

 おい馬鹿。やめろ。

 今。それやられたら、こけちゃう。


「あぁ……まぁ、会って見なきゃ分からない、けどな」


「それでも今よりマシだよ。多分!」


「そうだな。多分、マシにはなるな」


 笑うアッシュに答えながら、未だ見ぬ人物に想いを馳せる。

 少し冷静になると、どんな奴が来るか心配で仕方なくなってきた。

 頼む。女神様よ。今だけで、今回だけで良い。

 あんたは俺から、大切なものを奪って行っただろ。

 今更文句を言うつもりは無いからさ。

 だから代わりに、一人じゃ何も出来ない凡人の俺に、一回だけ奇跡をくれ。

 

 本当に小さな奇跡で良いんだ。良い出会いをくれ。


 これ以上俺から何も奪わないでくれ。





 必死に祈る俺の願いが届いたのか。

 これから出会う人物のお陰で、状況は急激に変化していく。





「さて、あの人とこの二人。これからどうなるんだろうなぁ」


 セリーヌ支部ギルド受付嬢サリアナは、二人の美少年を見ながら笑みを浮かべた。


「出来れば皆が笑顔で帰って来れますように」

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