第46話 地獄を荒らせ。

 来た道を戻り、暗く狭い通路を進む。


 先に見える光は、一番最初に入った広い空間。

 男達、自由ギルドとか言う連中が大勢眠っていた場所の松明のものだ。

 先程寝ていた奴らは寝首を掻いたが、流石にこれで終わりとは思えない。


 先頭に立つ俺は、あと十数歩も行けば広場に出ると判断して一度静止。腰の剣に手を掛けた。

 背後に続くアッシュの足音が止まったので、振り返る。


「アッシュ、先に俺が一人で見て来る。お前はここに居てくれ」


「うん」


「正直、奴等にまだ残りが居ればお前が頼りだ……やれるな?」


 薄暗い闇の中、アッシュの目を見て尋ねる。

 すると彼は、目付きを鋭くして頷いた。


「うん、任せて」


「……すまない」


「なんで君が謝るんだよ」


「結局、お前を頼っているからさ」


 もっと力があれば。

 俺はずっと、そんな風に考えてばかりだ。


「人には向き不向き、出来る事と出来ない事があるのは当たり前だろ。逆に、僕に出来ない事でシーナが出来る事も沢山あるじゃないか。だから、互いに出来ることを精一杯やってみよう。約束しただろ? 皆で帰るって。きっと、これが最後だ」


 アッシュはそう言って、右手の小指を鼻先に突き出してきた。


「そうだな」


 俺はその指に自分の小指を絡め、頷く。

 そうだ。この先、次の戦闘がきっと最後。


 俺は最善を尽くした。

 後は、悔いの残らないようにすれば良いだけだ。


 奴等は殺す。一人残らず。


「行ってくる」


「気を付けて」


 歩幅を小さくして、足音を立てずに進む。


「女神エリナよ。我は、我に迫り、害しようとする災禍を防ぎ、弾き、護り……拒絶する力を求む」


 小声で、使った事のない魔法の詠唱を開始する。

 本当に使えるのか、そんなことを考えてはいけないと自分に言い聞かせながら。


 魔法の発動には、残念ながら信仰が必要だ。

 今では女神なんて糞食らえ、と思い始めている俺でも魔法の詠唱をしている間だけは女神様の存在を強く強く信じ、どんな魔法か想像する必要がある。


 途中、僅かでも疑ってはならない。


 甲斐あって、右手に白色の光を纏ったのを視認。

 後は最後の一文を口に出し、視界に想像した魔法を反映すれば発動するだろう。


 俺は右手を軽く握り……。


「居るな。アッシュ、準備を」


 通路の出口から、はっきりと外が見えるようになった瞬間……気付いた。

 やはり、生き残りがいたようだ。

 敵は、武装した姿でこちらを見ている。

 弓や弩を構え、いつでも攻撃出来る様子なのが三人は居る。


 だが、怯えている様子を見せる訳にもいかない。


 俺は一つ息を吐いて、しっかり顔を上げ堂々と通路を出た。


「ふん。なんだ子供か。貴様、何者だ?」


 姿を見せると、剣を手にした男が前に出た。

 奴は、鋭い眼を此方に向けている。

 全身鎧の男だ。得物は、長剣か。


「答える義理はないな」


 答えた瞬間。ビュンッ、という音が俺の左頬を掠めた。

 一人の弓使いが俺に矢を放ったのだ。

 ……わざと当てなかったな。今の。


「次は当てる」


 射った弓使いが新たに矢を番えている。

 脅すつもりか。馬鹿にしやがって。


「悪いな、ネズミと話す趣味はないんだ」


「ふん、なら良いだろう。全員、射て。殺すなよ」


「守護せよ!」


 挑発すると、弓使い達が俺に矢を放った。

 堪らず魔法を発現させる。


 効果はすぐに現れた。

 向かって来た三本の矢が、前方の宙で音も無く静止したのだ。

 勢いを失い、地に落ちた矢を一瞥する。

 間一髪だったが、間に合ったか。


 【防壁プロテクション


 俺が覚えた、二つ目の魔法だ。

 前へ視線を戻すと、十数名の男達の驚いた顔が並んでいる。


「ちっ。貴様、魔法士かっ! 予め詠唱を終わらせているとは、狡猾なっ!」


 男の声には答えず、俺は弩を構えた。

 狙いは、一番右の弓使いだ。

 引き金を絞ると、バシュッと乾いた音が響く。


「ぐぁっ!!」


 矢は敵の弓使い。一人の腹部に命中した。

 革鎧を貫通し、致命傷を負っただろう。


 防壁の魔法は、無色透明。

 加えて、表面は壁だが裏側からは攻撃出来る。

 やはり便利だな、この魔法。


「ぐ、ぁぁああっ! いで、いでぇよっ! あ、あああぁっ!」


「落ち着け、すぐ治療してやるっ!!」


「意識を強く持てっ! おい、一先ず隅に運ぶぞ!」


 地面に蹲る弓使いの男へ、二人の男が駆け寄っている。

 俺は構わず次の矢を装填する。


「ちっ、遠距離が駄目なら斬り伏せるまで!」


 最初に質問してきた男が叫び、長剣を振り上げ向かって来る。


「ぐぅ……っ!」


 しかし。男は、俺の目の前で停止した。

 不可視の壁にぶつかったのだ。


 割と痛かったのか、左手で額を抑えている。


 本当に完全な壁なのか。これは凄い。

 関心は束の間、矢を番え終わった俺はその男を見て弩を構える。

 額へ照準して引き金を引けば、すぐにバシュッと乾いた射出音がした。


「っ!」


 だが、男はそれを屈んで回避。

 長剣を振り、横薙ぎ一閃を見舞って来た。

 防壁に音もなく阻まれた剣は宙に静止する。


 この至近距離で避けるとは……。

 この男、素晴らしい反応速度だ。


「くそ。なんだこれはっ! 貴様卑怯だぞ。正々堂々勝負しろっ!」


「笑わせんな」


 俺は弩を捨て、腰の剣に手を伸ばす。


「!?」


 足を踏み込み、抜剣一閃。首元を狙った斬撃は、男の長剣によって防がれた。

 耳朶を叩く金属音。肩に走った衝撃に顔を顰めながら、俺は男の目を睨みつける。


「自分達より弱い人間を徒党を組んで襲い、奪い、殺し……踏みにじる。卑怯者はどっちだ?」


「なんだ貴様、急に……!」


「お前は、もう喋るな。反吐が出る」


 俺はすぅ、と息を吸い込み。


「こんなに腰を振ることしか脳がない豚が。例え女神が許しても、俺はお前を許さない」


「この……ガキィ!!」


 剣を引くと、擦れ合った刃が火花を散らした。

 腰を落とし、剣を男の首元へ突き出す。


「っ!」

 

 男は俺の刺突を首を傾げるだけで回避、素早く横へ飛んだ。

 防壁を迂回するつもりか。


「はっ!」


 腰を捻り、右足を軸に身体を回転させる。

 しかし、横一閃の斬撃は男の左腕。その籠手に阻まれた。

 防壁を迂回された俺は、男の刺突を身体を逸らせて回避する。


「ふんっ!」


「うっ……!」


 男の回し蹴りに腹を捉えられた。


「かはっ!」


 重い……! 息を吐かされた俺は、倒された勢いを使って後転する。

 そして、地に足が付いた瞬間に踏み込むっ!


「ぐ、く……くううっ!」


 男が振り下ろしてきた剣に下から剣を合わせ、そのまま懐に体当たりしようとしたが……そのあまりの重さに膝を折らされた。


「へっ、ガキが! 一丁前に説教垂れやがって! 強者が弱者から搾取する事の何が悪いっ! 貴様の様な弱者の人生を決めて何が悪いっ!」


「うる、せ……ぐぐ、うっ!」


「だがまぁ、てめぇはよくやった! やり過ぎた! もういいだろう? さっさと……っ!」


 男が僅かに足を引いた。

 俺をまた蹴り上げるつもりだろう。

 そう思いながら、俺は男の顔を見上げる。


「……お前が、リーダーか?」


「あぁ?」


「お前が、この豚小屋の頭かと聞いている」


 今斬り結んでいる男は、他の者より発言力がある様子だ。

 だから一応。聞いてやったんだが……。


「へっ……! どうかなっ!」


 ……成る程。どうやら違うらしい。

 今の話を聞く限り、偉い奴はこの場に居ないようだ。


「なんだ……お前。下っ端か。じゃ、いいや」


「あ? 下っ端だと? 貴様、誰に向かってっ!」


「雑魚に用はねぇ。消えな」


「はっ!」


「くっ……ぐ、ぅっ!!」


 男が蹴り上げてきた足は予想が付いていたので、俺はそれを肘で受けて仰向けに転がる。

 背後の暗い通路に浮かぶ、光を確認する為に。


 準備は、出来てるよな? 相棒。

 俺はすぅ、と大きく吸い込み。


「やれっ! アッシューッ!!!」


「いっけぇぇぇぇっ!!!」


 叫んだ瞬間、闇の中からアッシュの声が響く。

 何よりの返事だ。相棒。


「なにっ!?」


 男が慌てた様子で通路を見た。

 だが、もう遅い。

 迫ってくる光は、止められない。

 回避も。もう手遅れだろう。

 真っ直ぐにこちらへ向かってくる、光。


 女神様がアッシュに授けた権能。

 【光彩剣】からは逃げられない。


「死ね、家畜野郎」


 俺は男を見上げて、別れの言葉を吐いた。

 男は、酷く間抜けな顔をしていた。


 次の瞬間。

 男の胸下を……スンッ! と光が通過した。

 次いで、金属鎧を身に纏った男の身体が両断される。


 残った下半身から、噴水のように激しい血飛沫が噴き出している。


「うわぁぁあっ!! な、なんだ。これはーっ!」


「あぁ……俺の足……俺の身体がぁぁあ!!」


 目線を広場に向けると、地獄絵図が広がっていた。


 光の進路上に居た者達は、変わり果てたに変貌していたのだ。


 あまり巻き込めなかったら、どうしよう。

 そんな心配は杞憂だったらしい。

 どうやら全員で俺を包囲している最中だったらしいな。無事なのは奥で腰を抜かしている弓使いが一人だけか?。


「あぁ……! 皆、皆が……っ!?」


「なんなんだ。今の……」


 あぁ。あと、隅にいる三人。

 最初に腹に矢が刺さった弓使いと、治療中だった二人も無事か。運が良い奴等め。

 まぁ良い。充分過ぎる働きだよ、アッシュ。


「よっと」


 跳ね起き、顔の血を拭いながら剣を拾う。

 そんな俺の隣にアッシュがやって来た。


「だいぶ減らせたみたいだね」


「あぁ、お陰様でな」


 剣を鞘に収め、足元に捨てていた弩を拾う。


「さて……なぁ、てめぇら……」


 腰から矢を一本抜き、弩に番える。


「誰一人、生きてここから出られると思うなよ?」


 誰一人逃さないよう目を見開き、首を傾げながら弦を弾く。

 カシャン、と音が鳴った。

 装填完了を知らせる音だ。


「……っ! や、やれっ! 全員でかかれっ!」


「お、おおっ! 相手はたった二人だっ! やっちまえっ!」


「あぁっ! あんなガキ共にびびってんじゃねぇっ! いくぞぉーっ!」


 残った男達が、武器を手に向かってくる。

 逃げないか、随分と舐められたものだ。


「露払いを頼む、相棒」


「ん。任された、相棒」


 頷いたアッシュが駆けだす。

 すぐに加速した彼は、素晴らしい速度で最前列の男と肉迫。


「ふっ!?」


 振るわれた相手の剣を華麗に躱す。


「せぁっ!」


「ぐぁっ!?」


 お返しとばかりに振り上げた剣が、敵を袈裟斬りにする。


 難なく一人目の男を斬り伏せたアッシュは、血飛沫を浴びながら二人目の対応に移っていた。

 上段から振り下ろされた剣を受け、剣身を滑らせて受け流す。


「んっ!」

「ぐっ!?」

「はぁっ!」


 火花が薄暗い宙に舞う中、左の拳を敵の顔に叩き込んだアッシュは剣を翻し、怯んだ男の喉元に剣先を突き刺す。


 ……ん?


 え。アッシュ。強すぎ。

 凄いんだけど。


 流れるような剣舞に、惚れ惚れしちゃうね。


「ごぁっ!?」


 

 予想外の戦闘技能の高さに驚きつつ、アッシュの背後で剣を振り上げている男の顔面に狙いを定め、矢を射出する。


「よし」


 放った矢は、無事。男の顔に命中。即死だろう。


 倒れた男は気にせず、俺は弩を足元に捨てて腰の剣に手を伸ばしながら駆け出す。


 前にいる敵は、残り二人。


「お、俺。支部長と先生を呼んでくるっ! すぐ戻るから、死ぬなよっ!」


「あっ! 待てよ! 置いてかないでくれっ!」


 不意にそんな声が聞こえてくる。

 一瞬目を向けると、最初に重傷を負わせた男の治療をする為、離れていた男の一人が走り出していた。


「はぁっ! ぐっ……! シーナ。あれ、いいのっ!?」


 残った敵の相手をしていたアッシュは、その内の一人の首を切り飛ばし、最後の男の剣を受けながら振り返ってきた。


「呼んでくれるなら好都合だ」


「ちっ!」


 抜剣した俺は、アッシュと斬り結んでいた男に斬りかかる。

 すると男は舌打ちして、後ろに後退した。

 俺の剣が空を斬る。


「どうせ。親玉を殺さなきゃ終わらない。探す手間が省けて良かった」


「それもそうだ、ねっ!」


 後退した男に向かい、俺達は一歩。強く踏み込む。

 そして、同時に振るった斬撃は……。


「く、くそっ! くそぉぉぉおおおっ!!」


 そんな断末魔を残した男の顔を同時に捉えた。


「はぁ……はぁ……」


 顔に深い傷を負い、力の抜けた男の身体が崩れ落ちる。

 絶命した敵を見下ろし、俺は剣を空に振って血を飛ばす。

「女神エリナよ……我が望むのは我が敵を貫く奇跡。貴方の子である我に、その慈悲深い御手を貸し与え、その御手を汚す事をお許しください」


 そうしながら、魔法の詠唱を開始。

 魔法士の才を持つものなら、誰でも使える。

 所謂、初級魔法と呼ばれるこの奇跡は。


「貫け」


 ただ、視界にあるか。

 もしくは、最後に触れた物質を高速で飛ばす。


 矢に選択したのは、今斬り殺したばかりの男が持っていた長剣。

 射出する先は、重傷の仲間の傍で俺達を見つめ、目を見開いて震えている男。


「や、やめろ……降参だ。降参するから、やめてくれ……」


 狙いを定める為にそちらを見ると、的はゆっくりと首を左右に振っていた。


「頼む……お、俺が悪かった。だから、命は。命だけは……っ!」


 長剣がふわりと宙に浮き、泣き震えている男へ切っ先を向ける。


「俺は。ここに来てから、まだ日が浅いっ! 俺は何もしていないっ! 俺は、悪くないんだっ! 何もしてないんだっ! だからぁっ!」


「貫け」


 手を振ると、射出した長剣は目で捉えるのが難しい程の速度で飛んで行く。

 すぐに鈍い音がして、長剣が顔に突き立った男は背中から倒れた。


「無罪かどうかは女神に聞け」


 俺は腰に剣を納め、魔法で放った長剣が突き立った男へと歩み寄った。


 顔から長剣を引き抜き、その男に治療を受けていた男へ向き直る。

 男は、気を失っているのか眠っていた。

 呼吸は出来ているようなので、俺はその男の首にお仲間の長剣を突き刺す。


「ぐっ……ごぽっ……」


 目を大きく開けた男だったが、特に声を出す事なく絶命した。

 同じ豚の剣で逝けたのだ。本望だろう。


 これで、ここに居るのは全員か。

 何とか片が付いたな。

 これで、後は……と、思った瞬間。


 パチ……パチパチパチパチ。


 突然鳴り響いた拍手の音に、俺は急いで視線を向けた。

 その音の主は、すぐに見つかった。

 この洞窟の出口、ミーア達が居る通路。

 そのどちらでもない最後の通路の一つから、こちらを見ている男が居たのだ。


 ……奴が親分だな。


 一眼で分かった。

 それだけ、その男は明らかな異彩を放っている。


 青い鎧を着た男だ。

 背が高く、長い槍を肩に預けている。

 その男は、俺の方を見て口角を上げていた。


「くくくっ。こりゃあ凄い。凄いな、貴様等。夜襲で虚を突いたと言え、たった二人でこの人数を殺したか。くく、くははははっ!!」


 周囲を見渡し、額に手を当てて楽しげに笑う男。

 なんだこいつは。

 仲間を殺されて笑っているだと?

 ……気味が悪い。


「シーナ、気を付けて。この男、今までの奴等と雰囲気が違う……っ!」


「ほぅ! シーナ! 今、シーナと言ったか!? そうか! 愛しの彼女、ミーアちゃんを連れ戻しに来たかっ! くくくくくっ!!」


 …………。


「おい馬鹿、アッシュ。お前、ほんと馬鹿」


「あっ、ごめん……咄嗟に出ちゃった」


「お前はもう黙ってろ馬鹿」


「うん……ごめん」


 咄嗟に出ちゃった! で済むか馬鹿。

 何の為にティーラを置いて来たか、訳が分かんなくなるだろうが。


「はぁ、まぁいい。で? あんたがここの主か?」


「あぁ、如何にも。ここは俺の城だが?」


「城? はっ。何が城だ。巣穴の間違いだろ? ネズミ野郎」


 問うと、男は肩を竦めて見せた。


「巣穴とは随分な言い草だな。ここは自由ギルド。セリーヌ支部。俺は支部長を任されている者。そして、お前達の大事な元仲間のご主人様って訳だよ」


「なにがご主人様だ、貴様っ……!」


「ご主人様だ。ティーラもミーアも今は俺の奴隷だ。あいつ等には俺のガキを産んで貰う。だから、連れて行かれたら困るんだよ」


「寝言は寝て言えよ豚。お前は殺処分だ」


 脅してみるが、支部長はまるで怯まない。


「ふん。豚は俺が飼ってる女達の事だろう。あぁ、既にティーラの方はもう出来ててもおかしくないぞ? 大分可愛がってやったからな」


「なっ……な、に……? 貴様。ティーラに……ティーラに何を……っ!」


「ふん、女が子を孕む行為なんか一つしかないだろう? 貴様等ガキが好きな事だ」


 ……まさか、ミーアも犯されたのか?

 いや、今は考えない方が良い。


 絶句するアッシュを一瞥して、俺は再度。支部長を睨み付けた。

 目元に自然と力が入る。


「その臭い口を閉じろ。もう話す事はない」


「なんだ? シーナくん。ティーラは俺の女だ。何をしようが俺の勝手だろう?」


 誰がお前の、と言おうした。

 俺の前に出て来たアッシュを見て、口を噤む。


「ローザの前で、ティーラに……そんな事を、したって……言うのか。貴様、貴様だけは……っ! 貴様だけは許さないっ!」


 アッシュの肩が、震えていた。

 怒っている。あのアッシュが、これ程まで明確に怒りを露わにしている。


 余裕を失ったアッシュを見て、支部長は邪悪な笑みを深めた。


「あれはいい女だ。知っているか? 腰を打ち付けるたび、ティーラはとても甘い声で鳴くんだ。あいつを一度抱いてからは、他の女を抱く気が失せてしまってな。ここ数日、少々使い過ぎてしまった。もう会ったか? 今日も朝から鳴かせていたから、随分疲れていただろう?」


「きさまぁぁぁああああああっ!!!」


 激昂したアッシュが、剣を構えた。

 剣身に光が宿り、少しずつ輝きを増していく。

 アッシュの固有スキルの光だ。


「しかし、お陰で俺も疲れていてな。気付けば、このザマだ」


 しかし、アッシュが怒るのも無理はない。

 この野郎は、絶対に殺す。

 こんな奴に、ティーラを。ミーアを。


 あの二人を弄ばれたなんて、我慢出来ない。


「なにをそれ程怒っている? あぁ、そうか。もしかして、ティーラの元彼氏とはお前」


「もう黙れよ」


 俺は糞野郎の言葉を遮り、目に力を込めた。


「ん? あぁ、安心するが良いシーナくん。生憎、ミーアはまだ抱けていない。奴はなかなか強情で」


「黙れ、と言った」


 腰の剣に手を伸ばし、一気に抜剣する。


「お前を殺す」


 告げれば、支部長は肩を竦めた。


「まぁ良い。確かめたい事もある、遊んでやろう」


 剣を前へ出し、腰を落として構える。

 俺の願い、命。そして仲間の未来。


 全てを賭け、全てが決まる。

 最後の戦いが始まろうとしていた。


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