第117話 四章、エピローグ



 自室待機を命じられてから四日後。


「久しいな」


 鍛錬も出来ずに仕方なく休養に専念していた俺は予定より遅れて戻って来た家主様と対峙していた。


 お陰で体調も良く、ミーアとの時間も取れた。

 そろそろ現実と向き直らないとな。


 場所はゼン様の執務室。

 迎えに来た使用人の女性が頭を下げて退出すると同時、俺は部屋の中央から一歩前に出る。


「お久し振りです、ゼン様。ハクリア様」


「そう畏まらなくても良いわよ? こっちも色々と大変だったみたいね。ゼロリアに聞いたわ」


 頭でも下げておこうかと思ったところで制され、改めて姿勢を正す。


「いえ、元より覚悟の上ですから」


「頼もしいわね。とにかく無事で良かったわ」


「いえ。留守中に余計な心配をお掛けして、申し訳ありません。大切なお嬢様も危険に晒してしまい」


 殊勝な態度で望んでいると、ゼン様は厳つい顔をぴくりと震わせた。

 ハクリア様も眉を寄せ、嘆息している。


 あれ? やっぱり娘は大事か。

 危険な目に合わせたのは許して貰えないのかも。


「あのね? 余計な気遣いは無用よ。あの娘だってもう子供じゃないの。寧ろ、人間一人にいいようにやられた事を恥じるべきだわ」


 と、心配したが……杞憂だったな。

 寧ろ、驚く程に辛辣な台詞が出てきた。


「思い上がるな、小僧。ゼロリアは我の娘だ」


 あー、はいはい。失敗したな。

 また誇りとか尊厳の話か。めんどくせぇ。

 偉大な竜様が人間に心配されるのは恥なのね?


「シーナくん。あの子は、そんなに駄目だった? 君はあの子を信頼して背中を預けられなかった?」


 ハクリア様は真剣な顔で尋ねてくる。

 そんなに娘の活躍を知りたいのだろうか?


「え? いえ、そんな事は……」


「遠慮はいらないわ。使えなかったなら、はっきり言って頂戴。直させるから」


 ……なんか大事になってない?


 待て、俺の発言でゼロリアが叱られるのは拙い。

 危ない所を助けて貰った恩もある。

 恩を仇で返す訳にはいかない。


「使えなかったなんて言えませんよ。寧ろ彼女には助けられましたから」


「そんな綺麗事は聞いてない」


 机上で手を組んだゼン様は俺に鋭い視線を向け、


「貴様は娘に背を預けられるのかと聞いている」


 威圧的な低い声で、そう尋ねた。

 ……嫌な予感がする。とても逃げたい。


「どうした? 早く答えろ」


「あの子には花嫁修行として、一通りの戦闘技能を叩き込んでいるの。でも、貴方が満足出来なかったなら今からでも一からやり直させるわ」


 戦闘技能を叩き込む花嫁修行って、なに?

 普通は料理とか裁縫とかじゃないの? 

 喧嘩する度に手が出る嫁なんて誰が欲しいの?


 ちなみに俺は要りません。


「……正直に言えば、今はまだ出来ません」


「分かったわ。すぐにあの娘は再教育をするから。あなた、私は少し席を外すわね?」


「……あぁ」


 ちょ……っ! いや違う、待ってくれ。

 なんでそんなに躊躇いがないの?

 俺なんかより大事な娘を信じてあげようよ!

 

「誤解しないでください。別に不満があった訳ではありませんから。俺が安心して背を預けられるのは共に暮らしている妻だけです」


「え? でもメルティアちゃんやシラユキちゃん。あの二人は信頼しているのよね?」


「彼女達も所詮、利害の一致で行動を共にしているだけですよ。まだ短い付き合いですからね。それに金銭的な雇用関係もあるので、疑わないだけです」

 

 尤も、もうシラユキは本気で信頼してるけどな。

 事情はあっただろうが、彼女はミーアを命懸けで助けてくれた。

 許されるなら、あの想いには報いたいと思える。


「そうなの……? 貴方、若いのに冷めてるのね」


 冷気を操る竜の嫁には言われたくない。


「そういう訳なので、お嬢様の再教育は不要です。ご期待に沿えず、申し訳ありません。自衛の為とは言え、屋敷の立派な庭も荒らしてしまって。重ねて謝罪させて頂きます」


「あーいいのいいの。こちらこそ私達が招いたのに守ってあげられなくて悪かったわ。ね? あなた」


「……ふん」


 ハクリア様に促され、ゼン様は鼻を鳴らした。

 全然納得してないじゃん。

 やっぱり、これ以上迷惑は掛けられないか。


「迷惑をお掛けして申し訳ありません。私は今夜にでも、この屋敷を去ろうと考えています」


 俺の申し出に、二人は驚いた様子を見せた。


「えっ? なんで? どうしてそうなるの?」


「私が滞在していれば今後も迷惑を被るでしょう。お二人もご存じの通り、私は剣聖と呼ばれる者にも命を狙われている状況です。この家に招いて頂いた職務を全うする余裕など、今の私にはありません」


「迷惑だなんて思ってないわ。所詮、同族の小娘が一人だけよ。それに今は貴方を追い出して、他所で暴れられる方が困るわ」


「婚前の娘の身を案ずる親なら、不穏分子は遠ざけ無難に済ませるべきでしょう」


 頑として出て行く意志を告げていると、


「我は娘を舐めるな、思い上がるなと言ったぞ?」


 突然、ゼン様は凄まじく高圧的な雰囲気を纏う。

 まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚。

 久々に感じた恐怖に自然と足が震えた。


「で、ですが……」


「黙れ。そして聞け、小僧」


「…………」


 お、おっかねぇ……

 口の中が渇いて仕方ない。怖過ぎるぞ、マジで。


「先程に貴様は伴侶にのみ信頼して背を任せられ、婚前の娘は危険には晒せないと言ったな?」


「はぃ……」


 ミーアとの触れ合いや戦闘で薬の効果が薄れて、感情を取り戻して来たのが仇になった。


 情けない事に、思い通りに声が出ない。

 身体が勝手に萎縮してしまう。


「ハクリア」


「はい? あなた」


「今のゼロリアに必要なのは花嫁修行ではない」


 カッと目を見開いたゼン様は、低い声で告げた。


「……既成事実だ」


 こんなお義父さんは嫌だ。

 いや待て待て、突然なにを言い出すんだよ。


「まさか、あなたがそんな事を言うなんて」


「この小僧は予想以上に使える」


「そうね。シーナくん。貴方とユキヒメの戦闘は、防犯用のカメラで撮った映像で見せて貰ったわ」


 映像? あ、ゼロリアが見せて来た奴か。

 えーっと……つまり?

 

「正直、彼女は本気の私でも苦戦する相手なのよ。接近戦が苦手なあの子では太刀打ち出来ないわ」


「今は戦時でもある。娘には力が必要だ」


 ……これは拙い雰囲気だ。

 もう走って逃げようか? いや無理だろ。

 

「それに貴方は本契約もしてないのに、竜装を呼応させられるみたいだし……逃す訳にはいかないの」


「えっと……」


 何の話だろう?

 竜装の呼応? そんな真似をした覚えはない。

 どうやら竜装には、まだ特別な力があるらしい。


「何の話か分からないって顔ね?」


 無意識にハクリア様の大剣を見ていた俺は、その声を聞いて肩を竦めた。


「とにかく、俺にはその気がありません」


「なに? 貴様……っ!」


「待って、あなた」


 激昂しそうになった夫を手で制し、ハクリア様は柔らかな笑みを浮かべて見せた。


「そう。じゃあ、試してみましょうか」


「はい?」


 試すって、なにを?





 その後。二人に連れて来られたのは、屋敷の郊外にある古い木造の建物だった。

 結構大きいが、今は手入れされてないらしい。


「ここは昔、うちで雇ってる軍の修練場だったの」


 中に入る前、ハクリア様が教えてくれた。

 修練場と言うだけあって、中に入ると結構広い。

 掃除されてないみたいなので、埃まみれで汚い。

 床はギシギシ鳴って、今にも抜けそうだが……


「それで何故、私は呼ばれたのでしょうか?」


 露骨に不快そうな顔でゼロリアは口にする。

 彼女は屋敷を出る前、使用人に連れられて来た。

 まだ何も説明がないので理由は分からない。


「シーナくんに竜装の使い方をレクチャーしてあげようと思ってね。別に貴女じゃなくても良かったのよ?」


「それはありがとうございます、お母様!」


 途端、嬉しそうに目をキラキラさせる娘を見て、ハクリア様はやれやれと肩を竦めた。


 頼む。今からでもメルティアを呼んでくれ。

 こいつの竜装を使うと後が面倒だもん。


「それじゃあ早速始めましょうか? シーナくん、この子の竜装を心の中で呼んでみて?」


「え?」


 白銀の宝剣は今、鞘に収まった状態でゼロリアの腰に吊るされている。

 アレを呼ぶのか? 魔法を使わずに?


「あ、飛んで来るはずだから気を付けなさい」


 これ、出来たら婚約成立とか言われそう。

 適当にやって、出来ない振りをしよう。


「えーっと……来い」


 ガシャン、バシュンッ!


「うわっ!?」


 手を翳して適当に言っただけなのに、ゼロリアの腰から放たれた宝剣が回転しながら襲って来た!


 慌てて避けたが、危なかったぞ!?


 そのまま飛んで行った宝剣は老朽化した木の壁へ迫り、凄まじい音を立てて突き破ってしまう。


「あちゃー。もう、何してるのよ?」


「シーナ! ちゃんと捕まえなさいっ!」


「はぁ? あんなの無理だろ」


 理不尽に怒られ、文句を言おうと振り向くと……


「……なにをしてる。もう一度だ」


「はい、すみませんでした」


 鬼の形相で仁王立ちするゼン様に睨まれ、背中に冷たい感触を味わった俺は慌てて目を背けた。


 こ、こえぇ……なんだ? この人。


 大体、適当に呼んだのに応えるなよ。

 あのチョロ剣め、舐めやがって!


「……我、女神の祝福を受けし者」


 とは言え、文句を言っても仕方ない。

 このままでは到底受け止められないので、思考を加速して、身体も数段階加速して……っ!


「……ほぅ?」


「少しは工夫したようね」


「あぁ……♡ あの輝く瞳♡ 何度見ても惚れ惚れしますぅ♡」


 外野が煩い。

 いや、今は無視だ無視……集中しろ。

 あのチョロ剣は適当にやっても飛んで来る。


「来い」


 呼べば、剣は応えた。


 崩壊した壁の向こうから、高速回転して迫り来る剣の柄を難なく捉える。俺の手に収まった宝剣は、やはり……しっくりと手に馴染む。


 すぐに異能を解除すると。


「中々のじゃじゃ馬ね。よく似ているわ」


「お母様、なんて事を言うのです! ま、まぁ? 構いませんが……私には、ちゃんと捕まえてくれる方がいるので♡」

 

 だから煩いよ。

 じゃじゃ馬だって事には完全同意するけど。


「シーナくん。それが竜装の能力の一つ、呼応よ。所持者である私達の呼び掛けに応え、離れていても鞘から解き放たれた状態で飛んで来るの」


 あぶねーな、おい。


「……凄い能力ですね」


 まぁ俺、視界内なら魔法で剣を呼べますけどね?

 この程度の特権じゃ認めませんよ? えぇ。


「本当に契約前から応えるなんて……やはり私達は結ばれる運命だったのですね……?」


 あっ。ええぃ、目を潤ませて近付いてくるな!

 顔を赤らめるな、尻尾を振るな!

 ご両親が見てる前だぞ!? 自重しろ!

 

「これなら今後、無理に持ち歩く必要はないわね。困った時は遠慮せずに呼びなさい。今まで通りこの子に携帯させていれば、救援要請にもなるから」


「はい。肌身離さず持ち歩きます、あなた……」


 よし、帰ったらメルティアの方でも試そう。


 今後、凄く困っても絶対ゼロリアは呼ばない。

 これ以上関わると、すぐ既成事実だもん。

 いや寧ろ、今ここで呼んでやろうかな?


「次に契約した竜の力を借りる方法を教えるわ」


「竜の力を借りる?」


「そう。私達守護者はね、伴侶の竜の承認無しでは力を発揮出来ないの。だから借りるのよ」


 また出て来たな、勘弁してくれ。

 もう竜なんかに関わりたくない。

 なんか怪しい商談をされてる気分だ。


「そうよ。色々と言い方はあるみたいだけど、私は契約接続エンゲージ・リンクって呼んでるわ。やって見せるから、試してみて?」


「俺は普通の人間ですが?」


「試すだけなら無料ただでしょ? やる前から文句言わないの」


 怒られた。ゼン様も凄い形相で睨んで来る。


 試すだけなら無料。

 やる前に文句言わない、か。

 母さんも似た事を言ってたが……


「じゃ、あなた。よろしくぅ♪」


「加減はしろ」


「はーい」


 ズラァと抜かれた白銀の大剣。

 俺の背丈と大差ないそれが、軽々と振るわれる。


 相変わらず凄い腕力だ。

 うっ……トラウマが。


「……いくよ、ゼンッ!」


「承認する」


 途端、ハクリア様の身体から冷気が放たれた。

 長い白髪が冷たい風を受けて暴れ回る。


「……寒っ」


 思わず呟いて距離を取るが、寒過ぎる。


 凄まじい冷気に襲われ細めてしまった視界の中、白銀の大剣が眩い光を放っているのが見えた。


 とりあえず風だけでも防がないと……


「分かるかな? シーナくん」


 防御魔法を展開した俺をハクリア様の妖艶な瞳が真っ直ぐに射抜いて来る。


 ゾワリと背筋が凍るような感覚がした。


「君は不思議な力を幾つも行使出来るけど」


 上段に振るわれた眩い大剣が狙う先は、


「この力の前には、矮小な存在の一つに過ぎない」


 当然、俺が居る訳で……っ!


「違うと言うなら、防いで見せて?」


「……っ!」


 まさか、冗談だろ?

 こんな防壁では、とても防げる気がしない。

 現状持ち得る力では防げない……っ!


「シーナ、やりなさいっ! 母様は本気です!」


 やりなさい? いや、言っている意味は分かる。

 でも……この状況で、いきなり試せって?


「い、イカれてるよ。あんた……」


「まともな感性では、竜の妻は務まらないわよ」


 俺は普通の感性の持ち主なので辞退します。

 なんて、言ってる場合じゃないか……っ!


「ゼロリア、なんとかしろっ!」


「そうするのは貴方です! 集中しなさいっ!」


「はぁ? 出来る訳ねーだろ!」


「それでも私に意識を向けるのです! 私の存在を強く感じなさいっ! そうすれば、剣は応えるはずですっ!」


 意味分かんねーよ!?

 なに? 存在を強く感じる?

 具体的な説明が全くないんですけど!?


「さぁ……いくよ?」


「待って!? 早いって!」


いとまは十分与えたよ」


「待っ……」


 左足を踏み出された刹那、冷気が荒れ狂う。


 両手で頭上に高く掲げられた大剣に応えるように解き放たれた白銀が、容赦無く襲い掛かって来る。


「……ッ! 嘘……来たっ! 承認しますっ!」


 何が? 俺が容認出来ませんがっ!?


 真っ白な視界と極寒の中、ゼロリアの声がして。


「うわぁぁあああああっ!!!」


 それを最後に、俺の意識は白銀の中に消えた。






 薬品の匂いがする。

 意識がある。暖かい布団の感触がある。

 瞼を開くと、知らない天井が見えた。


「あっ……目を覚ましましたか?」


 清涼な声がして首を向ける。

 ベッドの傍らに座って俺を見ているのは、


「……ゼロリア。ここは?」


「屋敷の医務室です。体調はどうですか?」


「酷い目に遭った記憶はある……」


 身体を起こして両手を見る。

 手を何度か握って動作確認をするが問題ない。


「生きてる、のか」


「仮死状態になっていただけですよ、大袈裟な」


 は? 仮死?

 大袈裟で済む話なのか? それは。

 普通に生きてたら体験しないだろ。


「ゼロリア。俺はあんな義両親は要らない」


「まぁそう言わずに。母様もやり過ぎたと反省していましたから、二度はないでしょう」


 うるせぇ、ばーか。

 やり過ぎたで済むか。殺されかけたんだが?


「あっ。目が覚めたか! 大丈夫か? シーナ!」


 病室の扉が開いて、メルティアが入室して来た。

 小さな腕に大量の果物が入った籠を持っている。


「メルティアか。酷い目に遭わされたよ」


「うむ! 全くその通りじゃな! 一体何を考えておるのかのぅ? この駄竜一家は!」


「は? なんですってぇ? この出来損ないが! 私だけではなく、両親まで愚弄するとは……っ!」


「「ガルルルルルルルッ!!!!」」


 互いを今にも食い殺さんばかりの勢いで睨み合う二人に呆れ、思わず溜息が漏れる。


「はぁ……ん?」


 ふと、視界の端に紅金の宝剣が映った。

 メルティアの腰に吊るされ、鞘に収まっている。

 俺は思い立って、それに手を翳した。


「来い」


 呼び掛けた刹那、ガシャンと音を立て解錠された剣は鞘から飛び出し、ぽーんと軽く宙を舞った。


 お陰で難なく掴めた宝剣に全員の視線が集まる。


「……ゼロリア」


「……はい」


 俺は右手に持った紅金の宝剣を掲げて。


「俺、やっぱりメルティアの方が良いや」


 素直な気持ちを口にした。

 途端にゼロリアの表情が曇る。


「そんな……」


 だがしかし、俺は気遣う気なんて全くない。

 何故なら……


「だって、お前の剣。俺に思い遣りがないもん」


「う……うわぁぁぁぁん!!!」


 号泣しながら踵を返し、ゼロリアは走り去った。

 よし。これで面倒な奴が消えた。清々したな?


「一体、どういう事じゃ?」


「さぁな。でも苦労した甲斐はあった。この通り、お前の剣を呼べるようになったぞ」


 宝剣を腰の鞘に戻してやりながら自慢する。

 すると頬を赤らめたメルティアは、


「そ、そうか……それは良かったのぅ」


「あぁ。これからは忘れずに持ち歩いてくれよ? こいつを呼んだ時は、お前にも来て欲しいからさ」


「うむ……わかった。すぐに駆け付ける」


 頷くメルティアを見て、俺は罪悪感を覚えた。

 今までは、こんな気持ちになる事はなかった。

 あの日。冷徹になる為に飲んだ薬のお陰だ。


「メルティア」


 でも。俺達が目指すのは、血と泥に塗れた戦場で奪い合った末に得る居場所じゃない。


 人と人。

 異なる世界で生まれ、容姿も文化も常識も異なる俺達でも、心から分かり合える。


「俺は、残酷な事を言っていると自覚している」

 

 そんな未来を実現する為に。

 俺は……これ以上逃げては駄目だ。


 当然納得は出来ないだろう。

 不信感を完全に拭う事は出来ないだろう。


「それでも、俺は。今の俺には、お前が必要だ」


「うむ……分かっておる。妾もお主が必要じゃ」


 それでも……俺達は。

 互いの譲れない一線を尊重し、譲り合い、妥協を重ね合って。


 世界に示し続けなければいけない。

 全ての人間の模範であり続けなければならない。


「妾は、誰も恨まず、傷付く事なく笑い合って……いつか訪れる別れの瞬間を笑顔で迎えたい」


「そっか。いいな、お前らしくて」


「うむ……」


 このどうしようもなく愚かで、大嫌いな世界で。

 彼女の抱く、笑えるくらい甘い理想を実現する。


「じゃ、俺の夢もそれで」


 女神はその為に、俺に力を与えた。

 母さんは、力になれと遺言を残した。


「妾は、今は亡き両親の意思を継ぐと決めただけ。まだ具体的な方針はないが……本当に良いのか?」


 俺は剣聖になった幼馴染のようにはなれない。

 あいつみたいな英雄には、絶対になれない。


「良いんじゃねーの? 言ったろ、手伝うってさ。何も考えずに戦争で解決しようとする馬鹿共より、ずっと好きだぞ」


 代わりに俺は、自分の夢の為だけに戦える。


 そう信じて。







 あとがき。 


 出来損ないの竜姫編は一区切りです。

 結局、シーナは人のまま戦うと決めた話。


 次回は内乱と戦争がテーマになるかなーと。


 感想返し頑張ります。

 

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