五章、再会の戦場

第118話 五章プロローグ

 

 王城、謁見の間。

 王都滞在中の勇者一行は招集命令を受け、国王の前に傅いていた。


「連続上陸調査作戦、ですか」


 膝を折り姿勢を低くした一行の中で、唯一堂々と立ち国王と対峙する金髪の青年。

 勇者と呼ばれる彼が確認の為に口にした言葉に、


「うむ、そうだ」


 玉座に座る初老の男は厳かに頷く。


「先も申した通り、余は認める事にした。魔人達の持つ文明、技術は我が国を遥かに凌駕している」


「そうですね」


「余は、全世界でも屈指の先進国であると自負していた。しかし、貴殿等が持ち帰った戦利品の中には未知の技術が使われており、使い方すら解明出来ていない代物が多数存在している。故に結論付けた。此度現れた魔人達は、三百年以前とは別であると」


「同感です、陛下。報告した通り、三百年前の文献とは魔人達の容姿も異なります。唯一類似していたのは、以前に我々が討った四天王の一角と思われる赤髪の魔人のみ……聞き伝わった伝承とも異なり、今回の魔人達は非交戦的でもあります」


「うむ。捕虜として連れて来た魔人共も、労働力として実に有用であると聞くな。海上からの調査では魔界大陸の領土は広大であり、資源も豊富だろうと専門家は意見していた」


「……遂に始めるのですね? 戦争を」


 青年の言葉に、国王は頷いた。


「うむ。彼の地を統治する事こそ、女神エリナ様の恩赦を賜り、貴殿等を授かった余の義務である! これより我が王国は全勢力を投じ、彼の地への侵攻準備を開始する!」


 国王の宣言に、謁見の間は拍手喝采に包まれた。


(さて、誰の入れ知恵かな?)


 盛り上がる雰囲気の中、青年が冷めた瞳で見つめる先には国王の隣に控える老夫の姿があった。


 宰相ハレシオン・ロドア・ゼオシオン。


 これまで重かった王の腰を上げさせた首謀者は、青年の眼差しを受けて顔を青くした。


(あはは、露骨だね? 実に滑稽だ)


 青年がクスリと笑った時、国王は手を上げた。

 騒がしかった謁見の間が、途端に静まり返る。


「女神様に見出されし勇者、そして姫騎士達よ! 貴殿等は先行して魔界へ赴き、港町を占拠せよ! 後に占拠した港町を拠点として国内と連携を取り、補給体制の整備に努めるが良い」


「はい、陛下。それで? 此度の作戦、最終目標は如何致しますか?」


 僅かも臆さない青年からの問い。

 不遜と捉えられて仕方ない態度だが、そんな彼を糾弾する者は誰一人存在しない。

 

「ハレシオン」


「ハッ……最終目標は、人口五千以上は収容出来る内陸拠点の確保とする。その地を足掛かりに、魔界全土を我が植民地とするのだ」


 国王から呼ばれた宰相は前に出て来ると、口早に説明を終えて下がった。


 そんな彼を冷ややかな目で見つめていた青年は、


「なるほど……植民地と来ましたか。魔王を討ち、平和を取り戻すのではなく?」


「余は、魔王すら従えて見せよう」


「へぇ? 魔王を従える、ですか」


「魔人とは言っても、所詮は半獣半人の紛い物よ。余も丁度、一匹くらい愛玩奴隷を欲していた所だ」


「あはは、そりゃあ良い……では、僕等はこれで」


 愛想笑いを浮かべ踵を返した青年は、堂々とした足取りで傅く姫騎士達の間を抜けて行く。


「みんな、行くよ。話は終わりだ」


「「「はい、シスル様」」」


 青年の言葉に、賢者、弓帝、そして剣聖。三人の美麗な少女達は立ち上がり、玉座に一礼した。


 彼女達が後に続いて来るのを背に感じた青年は、


「全く……人の欲には際限がない。醜いね」


 冷酷な光を瞳に宿しながら、謁見の間を去った。





 魔界での生活も一ヶ月を過ぎた頃。

 未だ白竜様の首都の屋敷に滞在中の俺は、


「国王との謁見?」


「うむ。先も言った通り、期日は十日後じゃ」


 それは、夕食の時間を終えた後だった。

 雇い主の赤竜姫に自室へ呼ばれ、聞かされた話の内容に動揺させられる。


「なんでまたそんな話に?」


「お主の存在は、既に隠し切れぬ状況じゃからな。これ以上良からぬ噂が立つ前に、いっそ正式に公表してしまおうと提案されたのじゃよ」


「あー、うん。なんか納得出来た」


 港町での騒動に始まり、市街での襲撃者の迎撃。

 剣聖なんて呼ばれてる白狼族の女の襲来に加え、竜姫様の婚約破棄にまで関わってしまった。


 うーん、まだこっちに来て一ヶ月か。

 一年くらい経った気がするな。


「何事も先手を打つのは世の常じゃ。協力しろ」


「わかったよ。自分で撒いた種だもんな」


「ほう? 殊勝な心掛けじゃな。ちなみに、ここにお主への問い合わせや苦情を纏めた書類の山があるのじゃが……」


 机の一角にそびえ立つ書類の山を指差された俺は罪悪感を覚えた。


 悪戯な笑みを浮かべて見せてはいるが、こいつが明るく振る舞っているのは俺の為なのだろう。


 ただでさえ忙しい当主様なのに。


「お茶でも淹れようか? 下手だけど」


「え? あ……うむ。すまぬ、気を遣わせたな」


「これくらいしか出来ないからな」


 部屋の隅で給仕を始める。

 見様見真似だが、何とか出来るだろう。


 なんて思っていると、


「メルティア様ーッ!」


 バタンと扉が開き、白狼耳の女が入室して来た。

 怪我で療養中だったシラユキだ。


「おおぅ、びっくりした。なんじゃ、ノックくらいせんか」


「申し訳ありません! ですが私、復活です!」


 やっべ、驚いて茶葉を溢してしまった。

 こっそり掃除しよう。まずは屈んでっと……


「そうか、早かったの? まだ暫く掛かると」


「あっ!? シーナ貴様! ここに居たのか!」


「聞いておったが……」


 そして、やっべぇ……見つかった。

 あれから一度も見舞いに行ってないからなぁ。


「よ、よぉ。シラユキ。久し振りだな?」


「久し振りだな、ではない! お前、私との約束はどうした!? ずっと待っていたのだぞ!?」


 えぇ? 待ってたのか、本当に。

 いや……だよな、待ってたよなぁ。


「いやだって、ほら……お前。傷の抜糸が」


「その件なら医者に聞いた! お前、元々予定日を知っていたのだろうっ!?」


 おい。何で教えちゃうんだよ、お医者様。

 お陰様で患者が増えるかもしれないだろ?


「なにを興奮しておるのじゃ? 安静にしておけ。まだ完治した訳ではなかろうに……傷に障るぞ」


「そうだぞ? まぁ茶でも飲んで落ち着けよ」


「くっ……! この埋め合わせは必ずしろよ?」


 嫌ですー、既婚者なのでー。

 そんな恨めしい目で見られても困りますー。

 

「ところで、約束とはなんじゃ?」


 ほら、知られたら大変だぞ?

 あんな約束、とても人には言えない内容だ。

 特に今のメルティアには絶対に隠さないと。


「大した話じゃない。な? シラユキ」


「……毎日見舞いに来ると言っていたのを、反故にされたのです」


「おい、誤解を招く言い方はやめろ」


 俺はそんな恩知らずじゃない。

 勿論、シラユキには感謝している。


 剣聖に狙われたミーアを助けた代わりに斬られて大怪我を負い、その可愛い顔にも決して小さくない傷痕を残させてしまった。


 今、こうして。改めて見せられても胸が痛む。

 だけど……


「それは仕方なかろう。お主、途中でアレの時期が来たはずじゃろう? 例えシーナが行くと言っても妾が止めておったわ」


 そう、見舞いに行けなかったのは理由がある。

 だから俺は知らない振りをするしかない。


「勿論なにか他に礼はするさ。だからそう睨むな。とりあえず、快気おめでとう」


「ふん……そう言う事なら、まぁ良いだろう」


 まだ納得出来ない様子だが、なんとか凌いだな。

 これでまた元通りだ。

 やっと戻って来てくれて一安心だ。


「これはシラユキの快気祝いをせんとな。しかし、食事会ではお主が楽しく過ごせぬじゃろうし……」


 ちらりとメルティアが視線を向けて来る。

 そんな顔されても、食事は一緒に出来ない。

 誰かに毒とか盛られたら一発で終わりだもん。


「俺とミーアは隅で適当にやってるから、気遣いは不要だ」


 三人分の茶を淹れ終わり、トレーを机に置く。


「そういう訳にはいかぬ。お主等も妾の臣下じゃ。祝い事は皆が楽しくなければの」


「まだ正式に雇われた訳じゃないだろ? 気にするなって」


 そう言った途端、空気が凍った。

 二人共ピタッと硬直してしまったのだ。

 あれ? 突然どうしたんだろう。


「メルティア様? 私が用意した雇用契約の書類、まさかまだ渡してないとは言いませんよね?」


 シラユキの目が怖い。

 とても自分の主人に向ける表情じゃないぞ。


「あ……えっと。その……」


「もう締め日が近いですよ? このままでは給与が出せません。まさか未払いになるのですか?」


 おっと、そいつは困るな。

 まだ働いてないから請求出来る立場じゃないが。


「すぐに出してください。私から説明します」


「……すまぬ。忙しくて、つい」


「言い訳は結構です。全く……これは私の快気祝いなどしている場合ではなさそうですね?」


 シラユキは机上の書類の山を見て溜息を吐いた。

 全く同感だな……いつ無くなるんだ? これ。


「シーナ、手伝え。今夜は徹夜だ」


「え? あー分かった。ミーアも呼んで良いか? 俺より使えるはずだぞ」


「なに? まさか実務経験があるのか?」


「さぁな。でも実家は大きい商売をしている貴族様らしいから、こういうのは得意なんじゃないか?」


 文字だけ読んでやれば頭は使ってくれるだろ。

 俺だけじゃ全然役に立たないだろうし。


「そうか。なら頼らせて貰いたい。メルティア様、今夜は終わるまでやりますよ? どうせ期限過ぎの書類が沢山あるのでしょう?」


「うぅ、すまぬ……すまぬなぁ、しらゆきぃ……」


 情けない声だ。

 とても最強の種族、竜のお姫様とは思えない。

 そんな頼りない主人に向かってシラユキは、


「今の私でも事務作業なら問題なく出来ますから。寧ろ、仕事があって良かったですよ」


 そんな格好良い台詞を吐き、励ましていた。


 ……しかし、やはりシラユキは良い女だ。


 仕事は出来るし、戦闘でも頼りになる。

 白狼装なんて代物が存在しなくて良かったよ。


「よし。これでようやく俺達、再始動だな」


 そんな事を思いながら、仲間の復帰を喜んだ。






 少年と竜姫が書類整理に勤しんでいる頃。

 二人が滞在する首都に存在する地下施設で。


「あら、珍しい客だね」


 茶毛の犬耳を持つ女は、向き合っていた機材から足音のした背後へと振り向いた。 


 くたびれた白衣を油や錆で存分に汚している女は二十代後半とは思えない荒れた肌艶をしている。


 目の下には深い隈があり、不健康そのものだ。


 そんな彼女の淀んだ視界の先には、


「よぉ、天才。久し振りだな」


「うん、久し振りだね? レオくん。身体の具合は如何かな?」


「最悪だぜ。女が抱けなくなっちまったからな」


「そりゃ残念だ。今の君の価値は無いに等しいね」


「へっ、言ってくれるじゃねーか」


 筋骨隆々の闘拳士、白虎のレオが立っていた。


 つい先日まで療養の為に田舎に隠れていた彼は、すっかり元の調子を取り戻したように見える。


「それで要件は何かな? 噂に聞く赤竜のお姫様の新しい守護者様に復讐したいって言うなら、喜んで協力するけど?」


「あ? へっ……流石、話が分かるじゃねーかよ。今日はてめぇが作った、あの玩具を使ってやろうと思ってな。受け取りに来た」


「へー、それはよかった。君専用に調整したから、他に使える人が居なくて困ってたんだよね」


 立ち上がった白衣の女は広い部屋の壁に向かう。

 彼女が壁のスイッチを押すと、暗い室内の一角に照明が灯った。


 その真下に照らされた物こそ、レオの目的。


「以前も説明したね。対竜人を想定した決戦兵器、天才の私が自信を持って贈れる傑作だよ」


「説明書を寄越せ。後は自分で学ぶ」


「あっ、そう? まぁ良いや。でも残念だなぁ……せめて竜姫様との戦闘データが欲しかったのに」


「てめぇは奴を知らないから、そう言えるんだよ。あのクソガキだけは許せねぇ……あの出来損ないとシラユキの奴の目の前で、原型が残らねぇくらいに嬲り殺さねーと俺の気が済まねーんだよ」

 

「悪趣味だねぇ」


「あの出来損ないの駄竜で良いなら、奴の後で誰がご主人様か再教育してやる。使い物になるかは保証しねーけどな」


「ホント、悪趣味だねぇ」


 レオは眼前の兵器を見て凶悪な笑みを浮かべる。


「あの出来損ないと契約して、身体を治したら……竜の力とコイツで、欲しいもんは全て手に入れる。誰も俺には敵わねぇ。他の竜姫共は無理だろうが、あのクソッタレな剣聖も、その妹のシラユキも……俺には二度と舐めた口が叩けねーようにしてやる」


 首都の地下で、白虎は嗤う。

 あの屈辱的な敗北から一ヶ月。


「十日後だ……あと十日の辛抱だ……思い知れよ、クソガキ……俺がてめぇをぶっ壊してやる」


再起を誓い、牙を研ぎ続けていた彼の脳内には、既に今後の筋書きが出来上がっていた。


 決戦の日は、近い。





 同刻、首都の夜空の下で。


「本当に臭いね、ここは」


 長い白髪を風に揺らしながら、高層ビルの屋上に腰掛けて眼下の景色を楽しむ者が居た。


 白狼の耳と尻尾を持つ、和装の女だ。


「人工的に生み出された灯で繁栄する、醜い欲望が渦巻く都市。この異界の星は凄く綺麗で近いのに、ここでは全く見えないな……」


 下駄を履いた足をぷらぷらと宙に遊ばせて。

 優れた視力で眩い夜の首都を見渡す彼女は、腰に吊るした大太刀の鞘を指先で撫でた。


「この地も、いずれ戦場になるのかな?」


 クスリと笑いながら、白狼の女は瞼を閉じる。


「そうはさせないわ」


 刹那、背後の声を聞いた白狼は口角を上げる。

 どうやら、今宵の遊び相手が現れたらしい。


「辛抱が足りないね。折角、譲ってあげたのに」


「ただの人間相手に不意を突くなんて真似、私には出来ないわ。それに貴女、よく言うわね?」


 背から吹く風で荒れる、長い白髪を掻き上げて。

 来訪者の女は、白狼の背に向けた目を細めた。


「しっかり風上に居るんだもの。意地悪よ」


「ふふ……お陰で堪能出来たよ」


 左手で来訪者と同じく長い白髪を払った白狼は、頑なに背後に視線を向ける事なく、余裕の表情で。


「本当に酷い臭いだ。とても同族とは思えない」


「あら酷い。ホント、デリカシーがないんだから」


「竜の血を混ぜ、理を外れ永らえ、若さを保って。そうやって未だ現代に居残っている貴女は、理の中で紡がれる物語にとって、一つの切り札的存在だ」


「…………何が言いたいのかしら?」


「分からないかな? ここで切って良い手ではないって教えてあげてるんだよ」


 クスリと笑った白狼は、ゆっくりと立ち上がる。


 そのあまりに自然な所作に、動き出しを警戒していたはずの来訪者は呆気に取られてしまう。


「……私は、この程度の高さから落ちても擦り傷で済むと思うわよ?」


「だろうね? 地の利くらいは融通してあげよう。折角訪ねて来てくれたんだ。お陰で今宵は退屈せずに済みそうだよ」


 ここまで言われては、流石に気付く。


「貴女……まさか最初から」


「そちらにとって、私の存在が一番の障害だろう。信じていた自分の娘と、あの異界の剣士。そして、赤竜の忘形見である姫君。あの三人が束になっても全く及ばないと知れば、貴女が現れるのは必然」


 振り向いた白狼は、愉快を表情で表していた。


「流石は白狼族の英雄だ。以前から一度、手合わせ願いたかった」


 剣聖。そう呼ばれ讃えられる白狼の剣士が放つ、張り詰めた一種即発の空気の中。


「……今夜は、戦いに来た訳じゃないわ」


 こんな場所に彼女に会う為に訪れた来訪者。

 ハクリアは、白銀の大剣に手を添えた。


「だろうね。こちらの唯一の誤算は、貴女が一人で現れた事だよ。白竜の守護者」


「あら、私と同時に夫も相手にする気だったの?」


「貴女達は二人で一柱の守護竜だからね」


 コンッ、と。不意に、下駄の音を鳴り響かせて。

 ビルの屋上から、背後に一歩蹴り出た白狼は。


「貴女単騎では価値がない」


 そう言い残して落下し、消えていった。


「なっ!? 待ちなさい!」


 完全に虚を突かれたハクリアは、すぐ駆け寄って彼女の消えた闇の中を見下ろすが……


「死ぬ訳はないわね……ホント、規格外な娘」


 長らく感じる事はなかった敗北感に苛まれ、呟くだけだった。






 国王との謁見後、王城で本日の勤めを終えた夜。

 剣聖と呼ばれる少女は、養子として引き取られたローレン侯爵家の屋敷に戻った。


「本日もしっかりと勤めて来たかい? ユキナ」


「聞きましたよ。もう行ってしまうのでしょう? また寂しくなりますね……絶対に無事に戻って来るのですよ?」


「魔界の港町を占領したら、私達も向こうに行く。出来るだけ近くで、君を支えるつもりだよ」


「まぁ、それは良い考えね。忙しくなりそう!」


「ありがとうございます……お父様、お母様」


 今では実の血縁関係を認められ、本当の家族として接してくる両親に気持ち悪さを覚えながら夕食を共にし、愛想笑いを浮かべる。


 周囲からは人格者と言われる二人だが、ユキナにとっては忌避の対象である貴族には違いない。


 真実を知った今は、白々しいにも程がある。


 幼子の頃に誘拐された実の娘?

 腹を痛めて産んだ事実が無い事は、本人達が一番よく分かっているはずなのだから。


「ふん……めんどくさっ」


 故に……

 未だまともに口を聞いてくれない妹の存在には、安心感すら覚えてしまう。


「ごめんなさい……」


「こら。お姉様を困らせてはダメよ?」


「そうだぞ? ユキナは私達人の為に戦ってくれている、立派な姉なんだからな。謝りなさい」


 自分の居場所は、ここじゃない。

 安らぎを感じられないのは、異常じゃない。


「うっざ……ごちそーさま」


 貴族の娘としては、どうかと思うが……

 足早に去って行く彼女の背中は、周囲の誰よりも今の自分を肯定してくれている気がした。





「おやすみなさいませ、お嬢様」


 入浴後。自室に戻ったユキナは深々と頭を下げて扉を閉じた使用人を見送った。


暗い室内に一人。唯一心が休まる時間だ。


「今日も、終わった……」


 すぐに衣装箪笥に近付き、一番下の段を開く。

 そこは着替えを手伝ってくれる使用人にも決して触らないようにと言い付けてあるが……


「良かった……今日もある」


 いつも、この引き出しの中を見ては安堵する。

 右端に綺麗に纏めて入れてあるのは古い封筒だ。

 もう一年以上前、毎日楽しみにしていた手紙。

 たった数十枚のそれが増える事は、二度とない。


「シーナ……」


 共に生まれ育った幼馴染の名を呟いて。

 紐で括ってある封筒の束を胸に抱き、俯いた。

 そうすると、共に過ごした日々が甦って……


『さようなら、愛しい人よ』


 最後には必ず、暗い目をした彼が去って行く。

 手紙の文字で見た彼の言葉が、彼の声で甦って。


「どうして……どうして……?」


 何度尋ねても、返事は返ってこない。

 何度流しても、涙は枯れてくれない。


 ポタポタと溢れる涙で幾度と濡らして来た封筒はヨレヨレで、もう読めなくなってしまった字も沢山ある。


「どうして、生きてくれなかったの……?」


 本当は分かっている。

 彼は、いつだってそうだった。


『大丈夫だよ。任せて』

 悪い事をしてしまった時は、助けてくれた。


『俺がやった! ごめんっ!』

 どうしようもない時は代わりに怒られてくれた。


 だからきっと、今回も……


『あの馬鹿、なんて事を言いやがる』

 きっと、そんな風に言いながら。

 大好きな本当の両親を救おうとしてくれた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」


 自分のせいで滅ぼされた故郷を救う為に。

 彼は、戦ってくれたのだと。


『大丈夫だよ』


 代わりに謝ってくれる彼は、もう居ない。

 叱ってくれる大人達も、もう居ない。

 共に過ごし、育った故郷は……もうない。


「私の、せいで……っ!」


 あるのは、魔人と戦えと言う貴族達だけだ。

 勇者と剣聖の子を、後世にと言う貴族達だけだ。


 そして全ては、一時とは言え……あまりの辛さに周囲に促されるまま、勇者に心酔してしまって。


 本気で惚れてしまって、全てを捧げてしまって。


「ああ……あぁぁあああっ!!」


 彼を幼馴染の代わりにして、逃げようとした。

 考える事を放棄し続けた、弱い自分のせいで。

 言い訳のしようなんて、微塵もなくて……


「あぁぁああああっ!!!」


 気付いた時には、全て失っていた。

 こうして幾ら泣いても、誰も助けてくれない。

 あの勇者様ですら助けられない程に、取り返しが付かなくなってしまっていて。


「私は一体……っ! ひっく……な、なんの為に、戦えば……ぐすっ……いいの……!?」


 泣いて泣いて、泣き喚いて。

 それでも彼女は、未だ答えを出せずにいた。


 いくら死に物狂いで戦っても。

 自分が欲しいものは、何一つ手に入らない。

 失った人達は、誰一人返ってこない。


 愚かな村娘でも、それだけは理解出来たから。





「また泣いてる……ホント、馬鹿ね。何が剣聖よ。あんたは、ただの馬鹿女よ」


 泣き声が響く、ユキナの部屋の前で。

 剣聖の妹となったローレン家の令嬢は呟いた。

 










 前回、三章エピローグとしましたが、間違えました。


 四章です、書き換えます。


 今年は沢山投稿頑張ります。


 個人的に昔作った設定ではローレン家のユキナの妹ちゃんが凄く好きなので、早く掘り下げたい。


 



 


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