第124話 勝利の代償



 意識が戻った時、最初に感じたのは体温だ。

 熱い、そう思う程の熱。

 ゆっくりと瞼を開くと、見知った光景がある。


 天蓋付きのベッド。

 うん? ここ、メルティアの部屋だよな?


「あっ……目が覚めたか? シーナ」


 幼い少女の声がして、視界を下げる。

 ……真紅の髪の女が、俺の胸を枕にしていた。


「……なにしてんだ?」


「お主の看病じゃよ?」


 ……なに言ってるんだ? コイツ。

 怪我人を枕にする看病があるかよ。


「あっ……やはり戻っとらんの? ふふ……」


「は? とりあえず離れてくれ」


「嫌じゃ」


「は?」


「嫌じゃと言っておる」


 そう言って、上目遣いで見上げて来る。

 その潤んだ金瞳には恋慕の情が浮かんでいた。

 ……嫁が得意な、おねだりの顔に似ているな。

 

「お前、いい加減に……」


「待て待て。文句を言う前に、これを見よ」


 メルティアが差し出したのは、手鏡だ。

 これを見ろと言われてもな。


「そんなに寝癖が酷いか? 俺は」


「見て欲しいのは瞳の色じゃよ」


 瞳の色……?

 そう言われて見るが……って、え?


「な、なんだ。これは……」


 母さんと同じ、数少ない俺の自慢だった青瞳。

 それが鮮やかな金色に変わっている。

 白狼族とは異なる、綺麗過ぎる金色だ。


「とぼけるでない。心当たりはあるじゃろ?」


「……お前の血か」


「うむ。お揃いじゃな?」


 そう言って、嬉しそうに表情を綻ばせる。

 まるで自身の金瞳を見せ付けるように。


 ……参ったな。

 ごめん母さん。親不孝な息子を許してくれ。


「これで、お主は妾の番となる事を確約された」


 は? マジで?

 え? もう取り返しが付かなくなってる?

 でも、とても嘘を言ってるようには聞こえない。


「……まさか。俺を嵌めたのか?」


「嵌めた? まさかじゃ。妾は確かに忠告したぞ」


「竜の血は活性化させなければ問題ないはずだろ」


「あんな使い方をして無事で済むとでも?」


 ……やっべ。

 確かに無茶苦茶やったのは俺だ。

 マジで、ぐぅの音も出ない。


「候補者の身体に必要量を超える竜の血が混ざり、その上、竜装を用いての激しい闘争じゃ。一部とは言え、芽吹いてしまっても不思議はない」


 メルティアの手が、俺の頬を撫でる。

 その瞳には、やはり強い熱が篭っていた。


「…………で? 治療法は」


「ある訳なかろう? お陰で妾も己を抑え切れん。これでも距離を置こうと苦心したのじゃぞ?」


「……そうか」


「考えて見れば、今はミーアも居らぬしの。無理に我慢する必要もなかろう。のぅ? 主様よ」


 ……やっべぇ、どうしよう。


 目がマジなんですけど?

 挙げ句、主様とか言い出したんですけど?

 まるで蛇に睨まれた小動物の気分だ……ひぃ。


「もうこの際、諦めてはどうかの? 一部とは言え活性化してしまった今……もう進行は止められぬ。妾も、主様を番にする他なくなった」


「……もう他人に変わってやれないのか?」


「お主が無事に生きておる限りは、絶対無理じゃ。それに他でもない妾に、その気が微塵もない」


「どういう意味だ?」


「惚けるのも大概にせんと怒るぞ?」


 ……わーい、女神様ありがとう。

 こんな可愛い女の子に求婚されちゃったよ。

 次に会った時は、全力の蹴りを手土産にしよう。


「もう誰にも渡さぬぞ、主様よ……」


 ひぃ、胸に頬擦りするのやめて。

 凄く可愛いのは認めるから許してくれ。


「お、お前……やっぱ相当嫉妬深いよな」


 何が自分は二番目で良いだよ、嘘吐きめ。


「最初に妾と契ると言ったのは主様じゃろうが? 口約束でも約束は約束。もう撤回はさせぬ」


 やばぁ、お互い様だった。

 どうしよう。やっぱり全く反論出来ない。

 

「待て……い、一旦落ち着こう」


「最後の儀式ならば妾は気長に幾らでも待つぞ? 無論、今この場でも全く構わぬがな」


 最後の儀式が出来ちゃう量の竜の血を飲んだ。

 そして既に一部が活性化して、侵食されてる。

 残念ながら、それは痛い程に理解出来た。


「あ……ふふ。あったかいのぅ。なんじゃ、主様も案外満更ではないのじゃな?」


 ……そして困ったら無意識に頭を撫でてしまう。

 こんな風に俺を教育した幼馴染と嫁よ、恨むぞ。


「こうして、自然と妾の頭を優しく撫でてくれる。そんな主様が番になってくれるとは幸せな事じゃ」


 そして、こいつを出来損ないと虐げた白猫野郎。

 あの野朗も絶対に許さねぇ。

 お陰で依存された。そんな気がする。

 余程心地良いのか、尻尾振ってるもん。


 ……とりあえず、だ。


「身体を洗いたい。医者も呼んでくれ……」


 まずは現状を確認しよう。





 俺は白竜様の家の医務室で診察を受けた。

 気絶している間に連れて帰って貰えたらしい。


「はい、目を大きく開けてー、光を見てー」


 メルティアの雇っている初老の男性医師に従い、俺は瞼を開けて医師の手にする光を直視した。

 一時間程幾つか検査を受け、最後の問診らしい。

 とても眩しいが我慢する。

 そうして、数秒後。


「はい。良いよー」


 手を離した医師は、手元の紙に筆を走らせる。

 涙が滲んだので瞬きしていると。


「それで、どうだ?」


「うーん? どうって言われてもね」


 シラユキが尋ねると、医者は苦笑した。


「まぁ、眼球に関しては完全に変異してるかな? 瞳孔の反応は竜人と同じだよ」


「そうか……」


「特にだ。君、ちょっと目に力を入れて見て?」


「え?」


「私を睨んで見なさい。そうだ、敵を見る感じで」


 言われて、意識して目に力を込める。

 すると……


「どうだい? よく見えるだろ。竜族の目は温度も視認出来ると聞くが」


「……なんか、ちょっと疲れる気がするな」


「眼から得られる情報が人の脳では多過ぎるんだ。完全に変異すれば疲労感も感じ辛くなるだろう」


 医者は一人で納得したように頷いている。

 うーむ、全く意味が分からん。


「分かり易い変化と言えば、これだ」

 

 そう言って、医者は手鏡を向けて来た。

 鏡に映る俺の顔。その黒目は縦長になっている。

 まるで蛇のような瞳だ。

 竜人の連中が怒った時と同じ、妙な迫力がある。


「力を抜いて、リラックスしてごらん」


 言われて従うと、瞳の形が変わった。

 金色にはなったままだが、人間の瞳だ。


「詳細は血液検査の結果が出ないと出せないがね。君の身体に赤竜の血が混ざったことは確かだろう」


「……そうか」


「その証拠に、左腕のガーゼを外してみたまえ」


 言われて、腕のガーゼを外す。

 血液検査の為に注射針を刺した場所だ。


「ほら、もう塞がっている。免疫、代謝力が人間と比較にならない証拠だよ。今日からは食事も竜族と同じメニュー、肉料理を中心に量を増やしなさい。今まで通りでは栄養不足になるだろうからね」


「……身体が軽い訳だ」


「幾ら食べても、そう簡単には太らなくなったね。羨ましい限りだ。あははっ」


 は? なに笑ってんの? 全く笑えねぇよ。

 あれ、俺マジで人間辞めちゃったの?


「身体能力と自然治癒力は著しく向上しただろう。流石にまだ竜鱗は出てないみたいだけどね」


「…………」


「二割くらいは竜族化したと見て良いと思うよ? あ、そう言えば。君って同郷の嫁さんが居たよね」


「あぁ……」


 ミーアを話題に出されて、俺は察した。

 医者の言いたい事が何となく理解出来てしまう。

 

「悪い事は言わない。別れなさい。君の体液は既に同族である竜族以外にとって毒になる恐れがある。彼女はまだ若いだろう? ね?」


「…………」


 覚悟はしていた。

 そんな気は最初からしていた。

 その上で俺は、メルティアの血を使ったのだ。

 あの女……剣聖ユキヒメを退ける為に。


 結局、俺もユキナと同じ罪を背負うのか。


「……シーナ、大丈夫か?」


 シラユキが心配そうな表情で俺の肩を叩いた。


 おい。それ逆効果だぞ?

 やば……泣きそうだ。







 医者の診察を終え、俺は自室に戻った。

 もう夜なので、今夜は誰にも会う気はない。

 シラユキには一人にして欲しいと言って別れた。

 メルティアもゼロリアも絡んで来なかった。

 お陰で今は誰も邪魔はしない。


「……結局、こうなるかよ」


 ミーアと共に過ごした広い部屋に一人。

 思えば、こうして夜。一人になるのは久々だ。

 そう感じた時、腹が大きく鳴った。

 決闘からは、もう一日経っている。

 思えば丸一日以上何も食べてないのだ。

 それにしても凄まじい空腹感だ。

 今までも食事が出来ない日なんて何度もあった。

 なのに全く我慢出来ない。

 肉が欲しい、食べたいと強く思ってしまう。


「……竜の本能か」


 全く、面倒な身体になったものだ。

 食料品の棚を開き、二キロの肉の塊を出す。

 焼くくらいするべきなのだろうが、生肉を見ると自制心が消え失せたのが分かった。

 ふと気付いた時には、半分以上無くなっている。


「……俺が食べたのか」


 口に残る生臭さと油の感触で確信する。

 肉を生のまま一キロ以上食べた。

 それでやっと自我を取り戻したらしい。

 それでもまだ空腹感は酷く残っていた。

 

「……なにが人で在りたいだよ」


 自分の有り様に呆れて、俺は生肉を棚に戻した。

 水筒の水を一気に煽りながらベランダに向かう。

 外に出ると、冷たい夜風が頰を撫でた。


「はぁー……生きてる」


 ベランダの柵に体重を預け、首都の光を眺める。


 暫く、そうしていると……ふと。

 村を出てからの事が走馬灯のように蘇った。


「奪って、殺して、裏切って、突き放して」


 吐いた白い息が風に流されていく。

 剣を手にしてから、思えば俺は戦ってばかりだ。

 それも冒険者として獣やモンスターとではない。

 相手は、いつも同じ。知性と心を持つ人間で。


「救えたものより、失くしたものばかりだな」


 口にすると、笑みが漏れた。

 醜い生き様だ。

 母さんの教えを守ろうと必死に足掻いて来た。

 その結果が……これか。

 本当に俺は、どうしようもないな。


「運命……なぁ、女神。お前は俺に何を求める?」


 しかし俺は、決して自己嫌悪に陥る気はない。

 何故なら、全てを決めた元凶がいるのだから。

 

「人より遥かに多く、優れた……半端な力を与え。代わりに過酷な運命を背負わせて……なぁ女神様。お前には一体、何が見えている?」


 天に掲げた拳を握ってみても、何も掴めない。

 問い掛けても答えは返ってこない。


 ……馬鹿馬鹿しい。

 これ以上は時間の無駄だな。


「はぁ、やめだやめだ」


 そう結論付けて。

 俺はポケットから小型通信機を取り出した。

 右耳に装置して、スイッチを押す。


「あー、あー……聞こえるか?」


 問い掛けるが、聞こえるのはザーザーという音。

 何の音かは分からないが、不快だな。


 ……まだ寝る時間には早いと思うが。


「おーい? 聞こえないのかー」


 やはり返答はない。

 なんか不安になってきた。大丈夫かな。


「おーい? ミーア?」


 そう思いながら腰袋から非常食の袋を掴む。

 食べとかないと不安だった。

 また理性が飛んで、生肉を喰うのは御免だ。


「おーい……はむ」


 と、干し肉を咥えた時だった。


『えっと、シーナ? あれ、これ聞こえてる?』


「ん……あぁ、聞こえてるぞ」


『良かった、やっと分かったわ。ここを押してる間しか声を送れないのね』


 なんだよ不安にさせやがって。

 操作が分からなかっただけか。

 

「無事だったか。声が聞けて安心したよ」


『それはこっちの台詞よ。無事で何よりだわ』


 まずは互いの無事を喜ぶ。

 全く一人で大した奴だよ。


「心配掛けたな。試合は引き分けだったよ」


『そう。経緯は分からないけど、乗り切ったのね』


「詳しい話は会ってからしよう。今何処だ?」


 早速、迎えに行く段取りをしなければ。

 予想では、まだ近くに居ると思うが。


『最初に訪れた港町よ。シラユキが持たせてくれた地図に家があったの。そこで昨日は寝たわ』


 思ったより遠くに行ってるな。

 別れたのは昨日の朝なのに。


「昨日一日でそこまで行ったのか。遠かっただろ」


『休憩しながら走って、夕暮れ前には着いたわよ。明日には海を渡るつもりだったけど……』


 一度、国に帰るつもりだったのか。

 どうやって海を渡るつもりだったのだろう?

 話したい事は沢山あるが、今は置いといて……


「その必要はない。明日には迎えに」


『今、この街は大騒ぎなのよ』


「は? 大騒ぎ?」


 急にどうした?


『えぇ。私は言葉が分からないから、情報収集には苦労したわ。今日一日動いて、やっとさっき理由が分かった所なの』


 おいおい、無茶するなよ。

 言葉が通じないって知られたら無事で済まない。

 会ったら、二度と馬鹿が出来ないように叱ろう。


「……で? なにがあったんだ?」


『向こうから、6隻の大型帆船がやって来たのよ。騒ぎの原因は海上で補足された船だった訳。一隻で八十人は乗員出来る規模の最新鋭の帆船だと思う。もう上陸してるはずよ』


 思ったより詳細な情報が出て来た。

 本当に無茶し過ぎだろ。


 それにしても、大型帆船ね。


「……まさか」


『そうよね、シーナ。分かるでしょ?』


 まぁ、嫌でも分かるよな。

 最低でも五百人近い人数で、こちらに来る理由。

 それを持ってる人間は奴等しか居ない。


『勇者一行と騎士団。あんたの幼馴染が来たわよ』


「わかった。明日なんて悠長、言ってられないな。すぐに迎えに行くよ」


 すぐ部屋に戻り、出掛ける準備をしよう。

 そう考え、室内に戻った時だった。


『要らないわ。よく聞いて、シーナ。私、なんとか勇者一行と接触出来ないか試してみようと思うの』


 ……は?


 いや待て、なに言ってるの? 俺の嫁は。


「おい、お前なに言って」


『だって、折角こんな便利な物があるんだもの」


「便利な物って、この通信機か?」


 こんな物で、一体何をやらかす気だ?


『そうよ。ほら私。あんたに助けられた時に新聞に名前が載ったし、結構な有名人じゃない? あんたの幼馴染様も名前くらいは知ってると思うのよ』


「おい馬鹿、馬鹿はやめろ」


『……久し振りに言われたわね』


「何度でも言ってやる。だから大人しくしてろ」


『嫌よ。だって、その台詞。私もあんたの幼馴染にずっと言ってやりたいと思ってたもの』


 こいつ……!

 俺の嫁は、俺の予想を遥かに超える馬鹿だった!


「いいから言う事を聞けっ!」


『やだ。私が近くに居たら、あんたは駄目だもん』


 ぐぅ……痛い所を突いてくるなぁ!

 いや、今は嘘を吐いてでも止めなければ!


「駄目じゃない! 俺にはお前が必要だ!」


『私のせいで竜のお姫様を受け入れないじゃない』


 俺はユキナが派遣した騎士団を皆殺しにした。

 それはミーアも知ってるはずだ!

 竜の力だって、もう手遅れな身体になってる!

 

「まだそんなこと言ってるのか! 絶対やめろ!」


「一人で無理して海を渡るより絶対に安全でしょ。それに良い機会だもの。あの剣聖と正々堂々本気で喧嘩出来るのよ? しかも圧倒的有利な立場で』


「はぁ!? お前、本当に馬鹿だな!?」


『えぇ。私は馬鹿よ? 知ってるでしょ?』


 こいつ開き直りやがった!

 どうしよう……急いで連れ戻さないと!


「連れて行けって散々駄々を捏ねたのは誰だよ!」


『私は貴方の重荷にはなりたくないのよ』


「なら心配掛けるなよっ!」


『私だって役に立つから。信じて』


「十分だよ! だから馬鹿な真似はやめろっ!」


『………………』


「おい!? おい、おい……ミーア? おいっ!」


 あれ……返事ない?

 まさか、あいつ通信を切ったのか。


「あの馬鹿女は……っ!」


 こうしては居られない。

 俺は急いで装備を整え、部屋を飛び出した。




 廊下を走り、メルティアの部屋に向かった。

 しかし不在……何処に行った?

 続いて、ゼロリアの部屋に向かうと。


「あら、シーナ? どうしたのですか?」


「おぉ……どうしたのじゃ? そんなに慌てて」


 赤と白、二人の竜姫の姿があった。

 テーブルの上にはお茶と菓子が並んでいる。

 どうやら話をしていたらしい。


「すぐに港町に行きたい。なにか足を貸してくれ」


 俺の言葉に二人は顔を見合わせて。

 すぐに二人共、神妙な表情になった。


「そうか。主様の耳にも入ったか」


「なにが主様ですか。この淫竜……はぁ、シーナも座りなさい。丁度今、その話をしていました」


 ポンポンと、ゼロリアは自分の隣を叩く。


「立ったままでいい。それで話の内容は?」


「主様よ。妾の隣に来るがよいぞ?」


「いいから早くしろ」


 冷たく遇らうと、二人は一瞬顔を顰めたが……


「ミーアが港町に居る。俺は一刻を争うんだ」


 そう言えば、二人は納得したらしい。


「そう言う訳か。ならば話の続きは移動しながらにしようかのぅ」


「そうですね。私の両親は既に現地へ移動中です。現着したら連絡を貰えるように言いましょう」


「シラユキも部隊を率いて先行しておる。こちらも連絡を入れさせよう」


 あれ? なんか凄く話が早いな。

 それだけ状況は緊迫しているのか?


「では、ゼロリア。また後での」


「十五分後に玄関ですよ」


「うむ」


 部屋着姿のメルティアは立ち上がった。

 と、さっさと退室した彼女の背を追う。

 廊下を歩きながら。俺は小さな背を見つめた。


「メルティア」


「心得ておる。来ておるのじゃろう?」


 振り返る事なく、メルティアは返答した。

 まだ名前しか呼んでないのにな。


「妾は大丈夫じゃ。元より復讐に興味はない」


 俺が言わんとした事を完璧に察している。

 勇者達は彼女にとって両親の仇だ。

 だから忠告するつもりだったのだが……


「それに」


 不意に足を止めた彼女は、くるりと振り返った。

 窓から差す月明かりを浴びた真紅の髪。

 その金色の瞳は、神秘的なまでに美しい。


「今の妾には主様がおるからのぅ。無茶は出来ぬ。本当に大丈夫じゃよ」


 柔らかい微笑みは、俺の懸念を一瞬で消した。

 なんだ……心配して損したな。


「そうか。先に行って待ってる」


「なんじゃ? 準備を手伝ってくれんのか?」


「着替えもあるだろ」


「妾は構わんぞ? シラユキも居らんしの……」

 

 平然と言っているが、頬が赤らんでいる。

 何が構わんぞ? だよ。俺が構うわ。


「また殴られるのは御免だ」


 さっさと踵を返して、俺は手を振った。

 前に着替えを見た時の事は、まだ忘れてない。


「もう殴ったりせんのに……」


 ボソリと呟かれた声は、聞こえない振りをした。



 ……全く。

 女が簡単に男に肌を晒すんじゃない。









 準備を終え、空路で港に向かう事になった。

 俺は、また抱えられて移動する事になる。


「それで、どうする気だ? 迎撃するのか?」


「あの港には今ある全ての戦艦がある……必然的に全ての竜族が集う事になるじゃろう」


「既に迎撃許可は出ていますよ」


 各竜族は一隻ずつ高性能の戦艦を保有している。

 確かに竜達は集まってくるだろうな。

 そうか。遂に始まるのか、戦争が。


「とは言え。妾達は戦艦に搭乗した後、離脱しろと命令されておるがな」


「そうなのか?」


「私達は幼竜ですからね。次代の子を成すまでは、避けられる戦闘は避けなければなりませんから……特に、今のメルティアは」


 他に親族が居ない赤竜だもんな。


「そういう事じゃ。のぅ? 主様よ」


 最後の赤竜姫様が期待した瞳で見つめてくる。


 ……よし。この話題はやめよう。


「あの規模の港は失えないよな」


「はい。現状では国内唯一の整備工場もあります。あの地を狙われれば、戦うしかないでしょう」


「わかった。俺も腹を括ろう」


 口にすると、二人共驚いた表情になった。


「え? いや。主様は妾と即離脱じゃぞ?」


「そうですよ? 貴方は私達どちらかの」


「主様は妾のじゃ。いい加減しつこいぞ」


 おいおい。また始まったよ。

 メルティアが凄い形相で怒ってる。

 こいつ本当にあの白猫如きに虐げられてたのか?

 独占欲が剥き出しで怖いくらいなんだけど。

 

「誤解するな。ただ遂に迎撃するって事は、戦争は今後激化するって訳だろ。俺は本来向こう側だし、色々と思う所があるって察してくれよ」


「む……そ、それもそうじゃな。すまぬ」


「ふん。その程度も察せないで、よくも我が物顔が出来るものですね」


「お主には言われとうないわ。この行き遅れ!」


「なっ! なんですって!? また言いましたね、この出来損ない!」


「その出来損ないが先に成竜になる訳じゃがな? のぅ? 今の気分はどうじゃ? のぅ?」


「まだそうとは決まってません! ね? シーナ」


「諦めろ、生涯独身の駄竜!」


「こんな出来損ないは孤独死がお似合いですよ! 考え直して下さい、シーナ!」


 ……あーあ。まーた始まったよ。

 この調子で数時間も飛んでられるかよ。


「勝手にしろ……俺は少し仮眠する」


「ほれ見ろっ! 主様は妾の腕の中なら飛行中でも寝れるらしいぞっ!」


「絶対に私の腕の方が安眠を約束出来ますよっ! 今すぐに代わって差し上げますが!?」


 …………めんどくさ。


 今は、なに言っても火種にしかならないな。

 もう良いや……放っておこう。

 今は少しでも休んで、備えておきたい。


 剣聖。

 また、その名を冠する女と戦う。

 どうせまた、あの女神が用意した筋書きだ。

 本来、俺はもう竜化しているはずだった。

 そう考えると……十分に有り得る。


 何故なら。俺には全く迷いがない。

 一部とは言え、人を捨てた俺には……もう。


 例え、共に生まれ育った幼馴染を斬ってでも。


 守らなければならない存在と約束がある。





 あとがき。



 ゴールデンウィーク、後一日は泣きそう。


 今回は感想全て返して、気力にします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る