第65話 おいユキナ、お前って奴は。
深夜の王都。
王城にある宰相の執務室に二度、ノックの音が響いた。
「入るが良い」
窓から月を眺めていた部屋の主。
ハレシオンが来客に入室許可を出す。
扉は間もなく開かれた。
現れたのは、ドレス姿の銀髪の少女だ。
「夜分遅くに失礼いたします、ユキナ・ローレンです」
ドレスの裾を摘んで頭を下げる。
そんな彼女を見て、ハレシオンは鼻を鳴らす。
(美しい。このような儚く幼い少女が、剣聖……我々人類の命運を握っているとは、やはり信じられんな)
ハレシオンは少女の美しさに一瞬見惚れたものの、その威光を弱める事なく来客を迎えた。
「遅くに呼び出してすまない。何かと多忙の身でな、日中は時間が取れないのだ」
「存じております」
「さぁ、掛けなさい」
「はい」
来客用の席を勧められて、ユキナは緊張でバクバクする胸にそっと手を添えながら部屋に入った。
目の前に居る老人がどれ程賢く、素晴らしい人物であるか。そんな人の前でもし、粗相をしてしまえばどうなるのか。
呼び出しがあってから、休養をしていたローレン家の者達は、顔を青くしながらユキナに捲し立て、再教育まで施されたからである。
お陰で。折角休んで良いと言われたのに、休養どころではなかったユキナは心身共に疲弊していた。
そんな彼女であるが、ソファに腰掛けた瞬間。ハレシオンが告げた言葉に驚かされる事になる。
「君とは近々、話をしたいと考えていた。しかし、今夜はもう遅い。それはまた別の機会を設けよう。さて、私が君を呼んだのは他でもない。君の家族の事だ。無論、今のローレン侯爵家ではなく、君をこの世に生み出し、成人するまで育て上げたな」
「えっ……私の家族、ですか?」
「うむ。本当の両親、と言った方が良いか?」
嫌な予感がした。
忘れろとすら言われた両親を今更認めるような発言は、警戒に値する。
「本当のって。パパとママに何かあったんですかっ!?」
堪らずユキナは叫んだ。
先程までと違う感情で、胸が強く鳴っている。
幼馴染のシーナも自身と同じく女神に選ばれた特別な人間であり、常人を遥かに凌駕する存在。
そう知った今、ユキナは一度折れそうになった。
それでも剣聖として剣を振るう決意をしたのは、故郷に残して来た両親の為だ。
いずれ役目が終わったら、二人を王都に呼んで沢山親孝行をしたい。
今のユキナは、それだけを心の拠り所にして頑張っているのだから。
例え、今でも愛して止まない幼馴染の少年に見捨てられても……
その両親の事を持ち出されては、とても冷静ではいられなかった。
「ははは、そう熱くなるな。まだ私は何も言っておらんだろう?」
「あっ……も、申し訳ありません」
「それに、年頃の娘が大声を出すものじゃない。誰が聞いているか分からんぞ?」
「はっ、はい……仰る通りです」
早速、粗相をしてしまった。
ユキナは顔を青くした。
(あぁ……やっちゃった。うぅ……またいっぱい怒られちゃう)
もし宰相が今の事をローレン家に報告したら、怖い教育係の顔が真っ赤に染まるだろう。
過去に何度も……。
寧ろ遠征から王都に戻る度に再教育を受けているユキナは涙目だった。
花嫁修行と称した毎日の稽古、習い事。
騎士団での剣の指南、勇者一行での活動、更には明日から、籍だけ置いてあるらしい学院に通うよう厳命されている。
休養中のはずなのに全く休む暇がない。
「しかし、今の言い方では君が心配するのも無理はないか。すまなかったな、話を戻そう」
そんなユキナの心配を他所に、ハレシオンは意外にも謝罪の言葉を口にした。
思わず胸を撫で下ろすユキナ。お陰で、少しだけ気が楽になった。
だがすぐに、ユキナは突き落とされる。
「早速だが本題に移らせて貰おう。ローレン侯爵令嬢、いや。剣聖ユキナ。貴女には、公の場である報告をして頂きたい」
「報告ですか? 勇者様ではなく、私が?」
「うむ。数日後。国王様の誕生日をお祝いする式典が行われる。聞いているだろう?」
「はい、勿論です」
(あぁ、その話か。やっぱり出なきゃいけないんだなぁ……そのお陰でいつもよりお作法の先生とお稽古の先生は厳しいし、シスル様も休養って聞いてたのに忙しいせいで苛々してるもんなぁ)
笑顔を崩せないユキナは、王都に帰ってからの数日を思い出して、少しだけ肩を落とした。
心身ともに疲弊しているのに、勇者シスルの機嫌が悪い。
お陰で唯一気兼ねなく一人で安らげる寝室に戻る事が許されず……毎晩呼び出されては激しい行為を強要されている。
それだけならまだ良い。
しかし、性欲を満たせばさっさと寝てしまうシスル。そんな彼と同じ寝台で過ごす夜。
朝は、彼より早く起きなければならないのが堪らなく辛かった。
なのでユキナは毎晩気怠い身体だけ休め、窓を見つめて。次第に明るくなる外を眺めながら想うのだ。
(シーナに会いたい……シーナとだったら、もっと気持ち良いんだろうな……)
かつて、自分が眠るまで頭を撫でて、いくら甘えても許された。
それどころか耳元で愛を囁き、欲しいだけの安らぎを与えてくれた幼馴染の事を。
今、彼はどうしているだろう。
昔から自分にしてくれていた事を、今は他の女にしていたりするのだろうか。
まさか、成人した今はそれ以上。
自分とシスルがしているような事も……。
(もうやだ、また何かさせるつもりなんだ……あーあ、ミーアって女を斬れって命令なら、喜んで受けるのに……)
凄まじい速さで積み重なり、全く発散出来ないストレスと疲労。
様々な要因が、以前は争いなど全く無縁で優しかった少女の思考を危険な物へと変貌させていた。
彼女には世界で一番人を斬る才がある。
許されるなら、シーナと歩む恋路を邪魔する者を全て斬り殺して駆け落ちしてやりたい。
しかし、残念ながらそれは出来ない事をユキナは知っている。
勇者、賢者、弓帝。あの三人を相手に逃げ切る。
それは、最強の剣士である剣聖でも不可能だ。
「そこでローレン侯爵令嬢には、自分の真の出自を明かして貰いたい」
溜息を漏らしそうになった時、ユキナはハレシオンの言葉に我に帰った。
しかし、その意味までは理解出来なかった。
「真の出自? あの、すみません。真の、とは? 私の出自はご存知の筈ですが……?」
「勿論、知っておるよ。だがな、非常に都合の良い事に、ローレン侯爵夫妻は昔、死産を経験しておるのだ。それも、生きていれば君と同じ歳になっていた筈の娘をな」
「っ!」
ハレシオンの言葉。そしてその表情を見て、流石に意味を理解したユキナは息を呑んだ。
とても過去に起こった不幸を語る表情ではない。
非常に邪悪な笑みが、そこにあった。
「ま、まさか。私に、その娘に成り代われと言うのですか?」
「その通りだ。ローレン侯爵夫妻は死産なんてしていない。生まれたばかりの我が子を何者かによって奪われたのだ」
自覚出来る程に震えた声で尋ねるユキナ。
そんな彼女の目をしっかりと見据えたまま、ハレシオンは笑みを深めて見せた。
「筋書きも出来ている。それを見て哀れに思った女神エリナ様は、その娘に剣聖の力を与えた。娘は、成人の儀で剣聖の力を得ると共に……女神エリナ様から自分の真の出自を知らされた事で、己の意思で生みの親の元へ戻って来た。どうだ? 涙無しには語れない美談だろう?」
「お断りしますっ!」
ユキナは手を机に叩き付けながら立ち上がった。
(冗談じゃないっ! なによそれっ! それじゃ、パパとママは生まれたばかりの貴族の娘を連れ去った大罪人って事っ!? そんな事したら、パパもママも殺されちゃう! こ、この……クソジジイッ!! 何が王国の頭脳よっ! 今すぐその大層な頭を斬り飛ばしてやるっ!!)
カッと頭に血が上ったユキナは、目の前の老人に強い殺意を覚えた。
剣聖の力は伊達ではない。殺意は力となって顕現し、室内に風が舞う。
(ほぅ? ふっ……流石は剣聖か。本来、剣を持たなければ発揮出来ない力も、この程度は造作もない様だな)
だが、真正面からそれを受けたハレシオンは涼しい顔だ。
鋭い眼光を自身を睨むユキナとぶつけ合いながら、最強の力と言うものの片鱗に触れた事を喜ぶ余裕すらある。
(しかし、そう吠えても無駄だ、剣聖。お前を操るのは人形遊びの如く容易なのだよ)
自分の指示で寝室に向かわせたユキナが、勇者シスルに純潔を捧げた夜。
その姦通の瞬間、ハレシオンはドアの前で寝室から漏れた彼女の声を聞いていた。
痛そうな声は一瞬だった。
僅かな時で、彼女が発する声が甘美な嬌声に変わった事を知っている。
「ふんっ」
(幾ら力があったとして、お前は所詮、愚かな村娘に過ぎない)
その時の記憶を蘇らせ、宰相閣下は鼻を鳴らす。
所詮、目の前で自分を睨んでいるのは村娘。
どれ程心を寄せる婚約者が居たとしても、少し追い込んでやるだけで簡単に切り捨てる。
男に身体を開き、快楽を享受する愚かな存在。
今まで、ずっと手の平で踊らせていた少女だ。
恐れる必要など皆無である。
「そう逸るな。話は最後まで聞くものだと教わらなかったか? 全く、教育係は何をしているのだ」
「あっ……!」
教育係、そう言われてユキナは固まった。
頭に上っていた血がサァーと引くような錯覚に襲われる。
目の前に居る老人を斬る事自体は容易だが、実際は不可能だ。
その後を考えるとユキナに得な事など全く無いのだから。
もし教育係に今の態度を告げられ、注意でもされれば……ただでさえ疲弊している身体に容赦なく鞭が飛ぶ。
少ない自由時間を奪われる事は、何としても避けなければならなかった。
姿勢を正したユキナは、すとんと腰を落とした。
「もう、申し訳ありませんっ! 私如きの浅はかな思い違いで起こした非礼、心より謝罪致しますっ」
深く深く首を垂れるユキナ。
女神に選ばれた剣聖でも逆らえない存在。
改めて自分の立場を解した宰相は、満足して頷く。
「ふぅ、まぁ良い。今回は私にも非はあるだろう。少し言葉を選ぶべきだった。君が故郷に残している両親を陥れるような事を言ってしまったのだから」
許されたような発言。
ユキナは胸を撫で下ろす。
「寛大なお言葉、誠にありがとうございます。しかし、お言葉ですが、納得出来ないのは確かです。私を腹を痛めて産んでくれ、愛情を注いで育ててくれたのは故郷の両親です。それは、何を言われても譲れません」
言うべきは言わなければ。
ユキナの目には、強い意志の光が宿った。
「分かっておる。しかし、これはユキナ様。貴女のご両親を守る為に私自ら考えた苦渋の決断なのだ。理解して欲しい」
「へっ? 私の両親を、守る為……? ど、どういう事でしょう?」
「ユキナ様。貴女は充分成長され、剣聖の力を使いこなしつつあると報告を受けている。全ての英雄が揃って一年半。唯一の懸念であった剣聖が力を付けた今。後は諸々の準備が整い次第……遂に始まるのだよ。魔人との戦争が」
戦争、その言葉にユキナは拳を握る。
魔人を討ち滅ぼす。それが、自らの存在意義だと理解して。
「はい。必ず、勝たなければならない戦いです」
「あぁそうだ。故に、その準備はしっかりと。懸念事項は可能な限り、無に近づけておく必要がある」
宰相閣下は懐から煙管を取り出し、火を入れた。
呼気を吐き出したハレシオンは、宙に漂う煙を眺めて告げる。
「剣聖の生みの親。何故以前と違い剣聖が貴族ではなく、辺境の地に住む村人から生まれたのか。それは分からない。しかし、何か意味はある筈だ。故に、我々人類は何があっても失う訳にはいかないのだよ。貴女の両親を」
「! だから、ローレン侯爵夫妻を。お父様とお母様を……っ?」
思ったよりも聡かったユキナの様子に、宰相は微笑む。
これは、思ったよりも扱い易い……と。
「そうだ。女神様に授けられた強大な力、剣聖の存在は魔人達にとって無視出来ない障害となる。その両親の事が知られれば、卑劣な魔人達は……すぐにユキナ様の両親は捕らえられ、手に掛かる事は明白だ。最悪、君に剣を取らせない為の人質として連れ去られ、酷い辱めを受けるかもしれない」
「そんな……っ!」
魔人達に両親が捕われる。
その光景が容易に想像出来てしまったユキナは、顔を青くした。
ハレシオンは口角を上げる。
(ふふっ……最初に出会った時は僅かな会話ですら苛立ったものだが、少しは賢くなったようだ。丁度良いな)
「だからこそ、それを防ぐ為。これは必要な事なのだよ。実の両親を裏切るような発言は心が痛むだろうが……それは一瞬の事。終わった後に手紙でも送って許しを乞えば良いだろう。それより、ローレン侯爵夫妻に全霊を込めて感謝をし、本当の両親として親しみなさい。彼等は、君の両親の存在を隠す人柱となる事を快諾してくれた。分かるかな? ユキナ様。君の本物の両親が今のまま、穏やかに暮らす。その為に、君自身の声で国民達に知らしめておく必要があるのだ。剣聖の出自は、ローレン侯爵家……ただ一つだと言う事を」
ハレシオンは煙管を置いて立ち上がり、ユキナの背後に回った。
背後から華奢な両肩に手を置き、耳元に口を近づける。
「皆の行為を無駄にしない為にも……良いかな? やってくれるね?」
耳元で囁かれるが、ユキナはまだ首を縦に振る事が出来なかった。
嘘でも、あんなに愛して育ててくれた両親を裏切るなんて……出来ない。やりたくなかった。
ハレシオンの言う事は分かる。
しかし、他に方法がある筈だ。
そう考えるのがやめられない。
ローレン侯爵家は王都にも屋敷を持つ。
王都の外れには、ちゃんとした領地もある。
貴族階級の序列は上から数えた方が高い。
財産も多く、本当に裕福な家だ。
そんな義理の両親を魔人が狙ったとして、連れ去られたり殺されたりする心配はない。
もし彼等が魔人の手に掛かるような事があるとすれば、それは敗北した後だろう。
だから、分かる。
宰相様の言っている事は、救いだ。
自分にとって有難い提案なのだ、と。
けれど。もし自分がそんな発言をすれば、両親は?
大好きなパパとママは、どんな顔をするだろう?
「いやっ……いやっ! やりたくない。言いたくない……っ!! 私のパパは、ママは……っ!」
呟きながら、小さく嫌々とユキナは首を振る。
それを見て、ハレシオンは眼光を鋭くした。
「何を迷う事がある。よく考えたまえ。私だって馬鹿じゃない。君がそんな発言をすれば、愚かな国民達は君の両親を蔑み、非難するだろう事は予想済みだ……中央区に使っていない私邸がある。そこを君の両親にあげよう」
耳元で囁かれた提案に、ユキナは振り返った。
「それって……っ!」
「あぁ、そうそう。ドラルーグ騎士長が卒業間際の学生を連れ、遠征に行きたいと申請していたな。
丁度良い。彼に任務を与え、迎えに行って貰おう」
「せんせ……ドラルーグ様が……っ!?」
聞き覚えのある名前を聞き、ユキナは表情を明るくした。
ドラルーグ騎士長は、ユキナに剣や戦い方を指南した老騎士である。
剣聖になってから、ユキナに裏表のない笑顔を向けて接してくれた数少ない人物だ。
ユキナの知る中で、最も素晴らしい騎士である。
(先生なら、パパとママの事。安心して任せられる)
そんな彼が両親を迎えに行って、王都まで連れて来てくれる。
(パパとママが、王都に……また会えるんだ。一緒に居られるんだ……っ!)
頭の中が、両親の笑顔と笑い声で一杯になる。
(剣聖になった今の私を。立派になった姿を見せられる。立派なお屋敷に住ませてあげられる、美味しいものをお腹一杯食べさせてあげられる。それに、それに……前はちゃんと話せなかったけど、いつでも会えるようになれば……今まで辛かった事、沢山話して……)
自分のせいで両親は世界中からは嫌われ者になるかもしれない。
でも、いくら頭が悪く何も知らない下等な平民が喚こうが、どーでも良い。
本当の事を知る自分が、高貴で賢い貴族達と共に守れば良いだけだ。
よく考えれば、今までが可笑しかったのだ。
パパとママは女神が選んだ剣聖の生みの親。
多額の報奨金を渡したという話は聞いたが、それだけで済む功績じゃない。
いつまでも下等な平民として扱われていては困る。
あんな辺境の何もない村で毎日。
汗と泥に塗れ、生活しているのは可笑しい。
「それと、もう一つ。君の幼馴染の少年。あの少年を王都に召喚しようと考えている」
「えっ……し、しーな……を?」
またしても想い続けた名を出されて、ユキナの視界が歪む。
「あぁ。聞けば、君の幼馴染はただの少年じゃないようだな? 女神様が新たに創り出し、他例のない唯一無二の力を有する原典。君と同じく女神様に選ばれた存在だ」
言われて、ユキナは思い出す。
こうして今、ここに居る原因になった成人の儀。
剣聖の力と剣を得たあの日、自分の前に儀式を受けたシーナが水晶に触れた時……現れた文字。
農夫、剣士、魔法士、錬金術士。
最初の農夫は珍しくないが、彼は常人に比べ遥かに多才で、更には固有スキルを授かった。
「ブースト・アクセル……」
(もし剣聖が私じゃなくても。結局、私達は一度。離れ離れになる運命だったんだね、シーナ)
目を瞑ると、あの時。
神官に連れて行かれる時、シーナの名を必死に呼び、手を伸ばした時の光景が浮かぶ。
誰もが知る伝説の職業、剣聖。
もし、あの時。それが現れなかったら……連れて行かれたのはシーナで、置いて行かれたのは自分だった筈だ。
「彼もまた、我々にとって女神エリナ様に与えられた希望の一つ。いつまでも遊ばせて置くわけにもいかない」
「……私は、ずっと口にしていた筈です。私の幼馴染は、凄いんだと」
思わず、口を突いた言葉だった。
これくらいの仕返しは良いだろう。
「む……あぁ、そう言えば。君は確かに、そんな事を良く口にしていたな」
「はい。やっと皆、分かって頂けたようですね」
拗ねたように唇を尖らせながらも、ユキナは笑顔で言った。
(ふーんだ、何が王国の頭脳だよーだ。貴方も、皆も。人のこといつまでも辺境の村生まれの平民だって馬鹿にしてるからいけないんでしょ! 全く……こんな人達にシーナは任せておけないなぁ。しょーがないから、王都に来たら私が先輩として、シーナの面倒見てあげなきゃね♡)
頭の中をお花畑にして。
ユキナは今から彼が来るのを楽しみにした。
(あの手紙も、勇者様と私が恋人になったって聞いて、気遣ってくれたからに決まってるもん。そうだよ、シーナが本気であんな酷い事、私に言う訳ない。言える訳ない。シーナだって本当は、まだ私の事、好きなままに決まってる。ただ、ちょっと誤解はしてるだけ。だから他の女の子にちょっと、ちょーっと目移りしちゃってるだけ。でもそれもおしまい。王都に来たら、あのミーアって女はさよーならになってる筈。だから、他の女の子に狙われる前にちゃんと話そう。私は剣聖のお役目で勇者様と結婚しないといけないだけって。まだ、好きなのはシーナだって。ちゃんと、ちゃんと伝えようっ!)
王国の頭脳とまで称される宰相。
そんな老人と対面した事による緊張は、何処へやら。
お花畑なユキナの脳内は、どうやって王都に召喚されたシーナを自分の手元に置くか、一生懸命考え……。
「……ハレシオン様」
「なんだ?」
「先程のお話、承りました。私、国民の皆様に向け、女神様に教えて頂いた私の真の出自を公表致します」
「む。おぉ……やってくれるか」
「勿論です。元より、ハレシオン様が私と私の両親の事を想って考えて下さったお話。断る理由がありませんでした。申し訳ありません」
深く頭を下げ、謝罪するユキナ。
そんな彼女を見て、宰相は右手を挙げて見せた。
「良い、良い。君の懸念も最もだ。良く決心してくれた」
「はい、宜しくお願いします。それで、ですね。ハレシオン様。私、実は一つ。ハレシオン様にお願いしたい事があるのですが……」
「む? なんだ」
「その……大した事じゃないんですが」
そして、ユキナは願った。
宰相はそれを聞き、頑張っているユキナへの褒美として、可能な限り善処すると約束した。
彼女が願ったのは、遠い故郷の地で他の少女に欲情している最中の少年にとって、思わず。
勘弁してくれ。
と、呟いてしまいたくなる。
そんな内容だった事は語るまでもない。
「あーあ、ユキナ。君は本当に馬鹿だなぁ」
執務室の扉に背を預け、中の会話を聞いていた金髪の青年は呆れ、苦笑していた。
彼は、人々に勇者と呼ばれ敬愛されている存在。
「でも。お陰で測ることが出来る」
会話はもう終わりだろうと察して自立し、青年は歩き出した。
(さて、シーナくん。君の幼馴染は盛大にやらかしたよ)
くつくつと笑いながら、シスルは廊下を歩く。
(ごめんね、流石にユキナがあんな狸ジジイに泣かされるのは本意じゃないから、助けようと思ったんだけどさ。君の名が出ちゃったらねぇ……)
青年は思い出していた。
ユキナの故郷である、辺境の小さな村を訪れた時。そこで僅かに言葉を交わした白髪の少年。
ユキナから話に聞いていて、ある程度想像はしていたが……驚く程の美少年だった。
そんな彼が見せた、暗く。冷たい敵意。
あの表情が、瞳が忘れられない。
(さぁ。示してくれ、君の力を。ふふっ……楽しくなって来たなぁ)
静かな王城の廊下。勇者の青年は、鼻歌を奏でながら歩いて行く。
英雄にはなれなかった少年。
しかし女神に選ばれ、力を得た。
否、得てしまった彼に。
また、苦難が降り掛かろうとしていた。
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