出来損ないの竜姫
第89話 第四章 プロローグ。
平和な均衡を保っていた世界に、急遽現れた新たな大地。
近隣の大陸に栄える王国は、女神という存在を信仰し。更に三百年前。同じように現れた人型の侵略者、魔人との戦いの歴史を有していた。
その伝承通り。勇者、賢者、弓帝……そして剣聖の出現により、王国はその新たな新大陸を侵略者の領地、魔界に認定。その地に住まう者達の容姿がとても同じ人間とは思えない事から、彼等を魔人と呼び牙を剥いた。
最後の5人目と言われる【聖女】が未だに出現しない為、様子を見ていた王国だが……魔人達が中々動きを見せない為に調査を開始。
やがて文献に残る四天王の一柱と思われる、強大な力を持った赤髪の魔人率いる軍勢を国内で捕捉。
それを損害もなく討伐した事で勢いに乗り、魔界端部への侵攻調査を行う運びとなった。
村を襲い、殺戮の限りを尽くす。
また、魔人の女性は容姿端麗な者が多い事が発覚し、汚い欲望を胸に秘めた人間は捕虜として女子供を連れ帰るようになった。
無償の労働力。愛玩奴隷として、役立てる事を思い付いたのだ。
侵攻の陣頭に立つのは、決まって四人の英雄達。
女神から強大な祝福を与えられた彼等が同行していれば、万が一にも敗北はない。
人々は誰もが、そう信じて疑わなかった。
その日が、来るまでは。
「……どうして」
それは、五度目の調査が行われた時だった。
調査という名の略奪をし尽くした陸端部から、内陸へと侵攻した英雄達は……。
遂に。初めて街らしきものを発見したのだ。
現況、四万を超える騎士隊を従軍していた事もあり、臨時で開かれた議会の結果。
三日間の準備の後で、総攻撃を仕掛けた。
辺境の街を占拠し、侵略の足掛かりにしよう。
そう目論んで。
しかし、結果は凄惨たる物だった。
街の外壁前に広がる荒野で、既に崩壊した従軍。血塗れになった騎士達の屍が転がる中。
銀髪の女剣士は剣を手に、目の前に佇む者達を睨み付けていた。
「ユキナ! これ以上は無理だ! 撤退するよ!」
遠くでは、金髪の青年が剣を手に戦っていた。
相手取っているのは、白の四天王。そして。その女従者である強大な魔人だ。
更には、その四天王の娘と思われる存在。
【……中々しぶといな】
白の四天王は、以前討伐した赤の四天王に酷似した容姿を兼ね備えており、まず間違いない。
【せぇいっ!】
その従者と思われる女魔人も華奢な身体で巨大な剣を軽々と振るっており、金色に輝く勇者の聖剣と互角に打ち合えている。
【お母様! ブリザードランス、いきますっ!】
更に、その娘も化け物だ。細い腕を振る度に冷気を操り、地を凍て付かせ、氷の槍を放つ。
幾ら人類最強の勇者である青年でも、そんな相手を三体同時は辛いらしい。
顔には見たことのない表情が浮かんでいた。
「ユキナ! ぼうっとしてたら死ぬわよ!」
「ん! 援護無理! 自力で逃げて!」
続いて、左後方で奮闘している二人が声を荒げた。
【後は時間の問題だね。二人共、油断は駄目だよ】
二人が相手しているのは、青の四天王だった。
【はっ!】
【わぁー。ママ、すごーい!】
こちらも女従者と娘を引き連れており、水の力を操る四天王とその娘。更には長槍を振るう従者を加えた三体の猛攻を受け、防戦一方に見えた。
「ルキア! 早くなんとかしてっ!」
「無理」
賢者の女性が使う魔法で生み出した防壁で攻撃を防ぎ、弓帝の少女が放つ光の矢で反撃している。
【あなた! はぁっ!】
しかし、その尽くを全て女従者が槍で弾き切ってしまうのだ。
攻め手に欠けているのは明らかだった。
そして……剣聖である少女が対峙しているのは。
【レオ! しっかりせんかっ! お主は退け!】
【うるせぇ! 俺に指図するな!】
以前討伐に成功した赤の四天王。その娘と思われる魔人。
そして、腰にある真紅の長剣から。その側近の従者と思われる白い髪をした大柄の魔人。
この二体に、加え……。
「! くっ!」
少女が持つ剣聖の権能が危機を感知した。
迎撃の為に彼女が閃光のような速さで剣を翻せば、甲高い金属音と共に火花が散る。
そう。この遠距離から飛んでくる不可解で容赦のない攻撃が厄介だ。
あまりに小さ過ぎて視認出来ず、弓矢など比較にならない速度を兼ね備えた鉛弾。
魔人達が持つ強力な武器【銃】による狙撃だ。
(今度は右肩か。やっぱり正確に私を狙ってくる)
幸いな事に、今回の凶弾は緑色に輝いている。
お陰で弾丸の視認は出来るが、射手の姿が目視出来ない。
宙に残る光の軌跡から、相当離れた山岳からの狙撃らしい。
とても信じられないが、それを可能とする権能の存在を少女は知っていた。
更には……。
「……ねぇ。どうして……?」
眼前に立ち塞がる存在。
漆黒の外套を羽織り、顔を仮面で隠している剣士を見て、剣聖と呼ばれる少女は呟く。
【だから言っただろ。人の言う事を聞かないから、そうなる。腕一本で済んで良かったな?】
【ぐ……っ! うるせぇ! メルティアがさっさと婚竜の儀を受け入れねぇせいだろうがっ! 守護者の力と竜装さえ使えれば、こんな奴……っ!】
【雑魚が。一丁前に喚くなよ、猫野郎。結局、お前はその程度なんだ。時間稼いでやるから、失せろ】
【だから俺は猫じゃねぇ! 虎だっ!】
肘下から先を失い膝を屈して尚、喚き散らす。
そんな白髪の従者を庇う、赤髪の四天王の娘。
まるで彼等を守るように立ち塞がるその剣士は、右手に琥珀色の剣。左手に白い剣を携え、魔人の言葉を発していた。
【メルティア。お前は少し付き合え。見ただろう?こいつは、何か不思議な力で守られている。剣速では勝るようだが、俺では有効打がない】
【……うむ。分かったのじゃ。しかし……】
【それ以上は言うな。厄介なあの剣は俺が弾く】
それ故に、何を話しているかは分からない。
しかし。先程斬り合った際に、剣聖の少女は疑心を得ていた。
今。対峙している外套の剣士。
彼は、憎むべき敵ではないかもしれないと。
「貴方は、女神様に祝福を賜った人間でしょう? なのに……どうして」
問い正そうとした瞬間。危機感知の権能に従い、飛来した銃弾を見向きもせずに弾き飛ばす。
やはり凄まじい剣閃だった。
剣聖の少女が披露する離れ業を目の当たりにした外套の剣士は、左手を耳に当てると告げる。
「弾が勿体無い。次は勇者を狙え」
「っ!」
剣士の口からは、王国共通語が発された。
途端、剣聖の少女が抱く疑心は確信へと変わる。
「やっぱり貴方は……いえ。貴方達は!」
どんな手品かは知る由もないが、眼前の剣士が遠く離れた狙撃手に指示を飛ばしたのは明白だ。
突き付けられる現実は、耐え難かった。
剣聖の少女は胸中に抱く想いを怒声へと変える。
「その者達は魔人! 異界からの侵略者ですよ!?何故、王国を裏切ったのですかっ!」
「…………」
「……っ! 答えなさいっ! 何故ですか!」
返答はなかった。
代わりに腰を落として臨戦態勢を整えると、外套の剣士は鉄仮面の下で叫ぶ。
【……メルティアっ! 来いっ!】
「……っ!」
思えば、その声は何処か懐かしい声音だった。
眼前で敵意を露わにする外套の剣士の姿を見て。
「……どうして」
剣聖の少女は、困惑していた。
自分が、何故……何の為に戦っているのか。
「死ねよ、剣聖」
「……っ! どうし……どうしてぇぇぇえっ!!」
既に彼女は、分からなくなっていたが故に。
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