第90話 女神の助言
「久し振りだね、シーナ」
……また。ここか。
気付けば俺は、闇の中にいた。
竜人メルティアが保有する真紅の巨大戦艦。その居室で、俺はミーアを抱き締めて就寝したはずだ。
手を見ようとするが、やはり身体の感覚がない。
「また会えて嬉しいな」
闇の中に一人佇むのは、まだ成人する前。村にいた頃の幼馴染だった。
古着を纏い、束ねていない長い銀髪を自然に揺らしている。俺が好きだった頃のユキナだ。
その姿……女神様か。久し振り? よく言うよ。
あんた、俺が力を使う度に出しゃばってるだろ。
「あはは。だってぇ〜。好きな子には意地悪したくなるんだもん。仕方ないでしょ?」
随分と俗っぽい。趣味が良いとは、言えないな。
「もう剣聖の姿は克服したみたいだからさ。それに最近は彼女が出来て、でれでれしてるし……だからお仕置きとして、思い出させてあげようかなって。君が本当に欲しかった女の子は誰なのか」
……あんたには感謝してるよ。
あんたに貰った力は凄かった。お陰で、ミーアと故郷を救うことが出来たからな。
「あら、意外。怒らないんだ? 女の子を知って、大人になっちゃった? あ、脱童貞おめでとー」
……全く。仕方ない女神様だ。
そんなに聞きたいなら話してやらねばならない。
これから、時間いっぱい惚気られる自信がある。
「あー、ダメダメ。今回は時間ないんだから」
昔のユキナが絶対にしない表情で、女神様は手を振った。
自分から聞いた癖に、なんて身勝手なんだろう。
「シーナ。貴方は一番過酷な運命を選んだわ」
突然、女神様はとんでもない言葉を口走った。
それも、酷く真剣な顔で。
……待って欲しい。本当に待って欲しい。
俺は、一番幸せな未来を選んだはずなのだ。
可愛い彼女が出来て、幸せの最中にいる男だ。
「ミーア。彼女と関係を持ち、同行を許した。お陰で貴方の生存率は十パーセントを下回ったの」
それを崖から突き落とすような真似をして!
なぁ楽しいか? この駄女神!
「事実よ。気付いていたでしょ? 貴方と行動を共にすれば、真っ先に狙われるのは彼女よ」
……分かってるよ。
では、具体的な対策と行動を教えて貰おうか。
その十パーセントにはどうしたら辿り着ける?
「まずは剣聖に勝てる力と戦力を揃えなさい」
お願いだから、最初から無理難題はやめよう。
あいつは、あんたが作り出した英雄だろ。
せめて弱点とか無いのか?
「無いよ。確かに貴方は人が相手なら無敵の強さを誇るわ。絶対に受けられない力があるんですもの。圧倒的な速さで上から叩き潰して終わりよ」
なら、勝てるんじゃないのか?
剣聖だって人間だ。剣で斬られれば痛いし、血も出るだろう。なら殺せるはずだ。
「無理ね。幾ら努力しても、貴方の力では彼女には届き得ない」
……忘れてた。剣聖は同じ人間じゃなかった。
一応。参考までに理由を聞かせて貰おうか。
「知ってるでしょ。剣聖は原典を除く、全ての剣士の権能を扱える。守護の奇跡だけでも幾つあると思っているのかしら。それを全て、常時展開させる事も可能なのよ」
改めて聞かされると、本当にとんでもないな。
俺の攻撃では、擦り傷どころか触れる事すら出来ない訳か。
昔は、あんなに触れ合っていたのにな。
「更に。彼女の持つ神剣は万物を斬り裂く権能を誇るわ。それが常人離れした速さで繰り出されるの。幾ら竜人の
予想通りの性能だ。そんな事だろうと思ったよ。
俺の剣では、傷どころか逆に砕かれたからな。
あのメルティアの親を殺るには、それ位の性能は必須だろう。
「あ、そうそう。親で思い出したわ。貴方、不思議に思ってたわね。なぜ自分だけが話せるのかって」
確かに気になっている。
異世界人の言語を解し、話せる。こんな力を用意出来るなら、王国民全員に授けるべきだ。
そうすれば、メルティアだって……。
「貴方は、本当に優しいわね」
女神は、俺の好きだった笑顔を浮かべる。
煩いな。彼女は両親を奪われながら、それでも争いは無意味だと主張した。
恨んで復讐するのではなく、和解を望んでいる。
何より、あんな顔をされたら。力になりたいと思うだろうが。
「そう。その両親。正しくは父親ね。それがこの地で倒れてくれた事で、貴方は覚醒出来たのよ」
……どう言う意味だ?
まさか、その父親の力の一部が、俺に譲渡されたなんて言う気じゃ無いだろうな。
「そのまさかよ。お陰で私は、貴方の前に現れることが出来た。言語を操る力と無詠唱で権能を発現する資格を与える事が出来たの」
それは。本来。討伐した勇者達に与えられる筈の力だったって事か?
益々分からない。なんで俺に……。
「それはね。もう一つ。貴方に授けた運命が関係しているからよ」
女神は俺に向かって人差し指を立てると、語気を強めた。
「シーナ。良く覚えておきなさい。今回は前回みたいに忘れたりしないから、ちゃんと覚えるのよ」
言われてみれば、前回会った時のことは忘れていたな。
あんたの力を信じるなら、まだ力が不安定だったのか?
「その解釈で問題ないわ……もう時間がないわね。良い? シーナ。剣聖の持つ神器を受けられるのは、他の英雄が持つ神器だけ……だったわ」
……だった? 過去形だな。
まるで、今は他にもある様な言い方だ。
「そう、あるのよ。私も知ったばかりなの。剣聖が戦った女性剣士。メルティアちゃんの母が持っていた真紅の剣よ。竜装って、呼ばれるものらしいわ」
まさか、それって。母さんが残してくれた羊皮紙に記されていた、赤い魔人の秘宝の正体か?
真紅の剣……竜装か。それがあれば剣聖の神剣と斬り結べる訳だな?
「えぇ、そうよ。剣聖だけじゃない。弓帝の矢も受けられるし、勇者の聖剣とも打ち合えるわ」
そいつは凄いな。あの勇者とも渡り合えるのか。
成る程、そうか。
「だからね? シーナ。貴方が生き残る為には」
その竜装が使える奴を味方に引き込んで、いざと言う時は助けて貰えば良いのか。
やるじゃないか、女神様。見直したよ。
「えっ」
察しが良過ぎて、驚かせてしまったか。
これまでの話を聞く限り、その竜装とやらは竜人の伴侶に与えられる武器だと分かった。
ミーアが俺に名剣を渡したのと同じ理屈だ。
つまり、メルティアに旦那が出来れば良い訳だ。
俺の役割はそれを上手いこと助長して、その旦那と友好関係を結んで仲間に引き込む。
それで勇者達と渡り合える夫婦が後ろ盾になる。
目指すのは和解とはいえ、現状。武力は必要だ。
「待って、シーナ! 私が貴方に与えた権能。
任せろ。必ず上手く立ち回って見せるさ。
「違う! 話をちゃんと聞いてっ! あのね。貴方が得た力は資格なの! 貴方の運命の娘は」
確かに俺は、この力のお陰で資格を得た。
「っ! 分かってくれた? そうだよ。貴方は」
待て待て、女神様。
皆まで言うな。分かってるから。
確かに俺は平和になった世界で、ミーアと幸せになる資格を得た。
その事には、とても感謝している。
「だから違うっ! あっ、もう時間が……そうか。大陸が離れ過ぎて、ちゃんと伝わってな……まって……シー……」
あっ。女神様消えた。
もう時間切れか。本当に安定してないんだな。
大丈夫だ。任せておけ。
このくだらない戦いは、必ず終わらせるから。
まずは、その竜装とやらが、どんな代物か。
実際に、この目で確かめる必要があるな。
シーナがミーアを大事にすればするほど、勇者に敵わなくなる話。
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