第24話 捜索開始

 翌日。夜明けと共に動き出した俺は装備を整え、睡眠不足の瞼を擦りながら用意した二通の手紙を手に宿を出た。


 働かせて貰っているパン屋と飲食店の店主宛の手紙だ。


 内容は、冒険者の友人が行方不明になったので捜索する事。

 急に仕事を抜ける事になる事に対する謝罪。

 時間に余裕がある時に改めて顔を見せる事。


 正直に記載した。

 精一杯の誠意だ。嘘は書きたくなかった。

 街に来たばかりの頃から、世間知らずな俺に色々と教えてくれた。

 世話をしてくれた人達。

 二人は文字が読めるのを知っている為、このような形にした。

 後日、改めて挨拶に行かなければならない。


 早足でギルド前通りに向かった。

 露店で干し肉と黒パン。チーズ。塩等の保存食を六人二食分。水袋も二袋購入して、背嚢に詰めた。


 背中に背負う。食料以外入ってないので、重さは気になる程度ではない。

 買い物を終えた後。パン屋と飲食店に手紙を出し、ギルドへ向かう。

 パン屋は既に開店していたが、予め決めておいた通り。挨拶は後日にする。

 ごめんな、おばちゃん。


「来たね、待ってたよ」


 ギルドへ向かうと、正面扉から右側の壁に待ち合わせの相手が待っていた。

 蜂蜜色の髪。爽やかな中世的な顔立ち。俺より少し背が高い青年。

 昨夜は私服姿だったアッシュの装備は、胸鎧に籠手。足鎧。俺と同じ軽鎧の姿だった。

 青い外套を羽織り、腰に青い片手剣。背からも柄が伸び、頭頂部を越えて覗いている。

 黒い柄のそれは、長剣の様だ。

 二本共。鞘や柄頭に綺麗な装飾を施されている。

 思わず自分の腰を一瞥。途端に悲しくなった。

 格差を見せ付けられている気がした。

 ……別に羨ましくとか、無いんだから。

 剣は武器だ。飾りじゃ無い。

 実用的ならそれで良い。

 それに俺のは、母さん。父さん。両親の想いが篭っている剣だ。

 どんな名剣にも代えられない宝物だ。

 しかし。冒険者にしては妙に色彩が多い装備だ。

 非常に目立っていた。


「もう来ていたのか。早いな」


「はは。それを言うなら君だって」


「俺は朝飯を食べる為に早く来ただけだ」


 努めて淡々と応える。

 冒険者になってから始めた外面も板に付いて来たな。

 アッシュは右手の人差し指で頰を掻きながら苦笑した。


「そっか。僕は勿論。居ても立っても居られなくて、かな」


「そうか。なら早速行動を開始しよう」


「うん。じゃあまずは、ギルドで皆が受けた行方不明者依頼を取る。その後、憲兵団へ行こう。あぁ、朝食は用意してあるから後で渡すね」


 アッシュは言って、左手に持っていた紙袋を掲げて見せた。


「助かる。俺は保存食と水を六人が二回食事出来る量を用意した」


「本当? それは助かるな。後で買おうと思ってたんだ」


「手間が省けて良かったな。では早速……行くぞ」


「うん」


 アッシュが頷くのを見て歩き出す。

 ギルドの扉を握り、軽く息を吐く。


 さぁ始めるか。

 必ず、見つけ出してやる。

 待ってろよ、皆。


 ……ミーア。







 数時間後。


「チッ。何が冒険者の生死は自己責任だ。話くらい聞いてくれても良いだろ」


 憲兵団支部から出た俺は、激しい苛立ちを感じていた。


 憲兵団セリーヌ支部。正面玄関から出て石畳の道を歩きながら悪態を吐く。

 ローザ達の捜索依頼を憲兵団に申請したのだが、断られたのだ。

 曰く、冒険者の行方不明。死亡は珍しくもなんとも無い。


 どっかで失敗して全滅してるだけなんじゃ無いの? と言われた。


 確かにその通りなのだろう。

 冒険者が依頼中に消息を断つなんて、珍しくもなんともない。

 だが、俺が苛ついているのはそれだけが原因では無い。

 相談した相手の態度が非常に不愉快だったのだ。

 色々な要因があるが、何しろ。言い方が一々腹立つ野郎だった。

 あぁ糞。思い出したら余計苛々する。

 あの禿げデブ野郎の顔は忘れない。


「ちょっと、シーナ。落ち着きなよ。確かにあの禿げ。言い方は癪に触ったけど……言ってる事は間違ってないじゃないか」


 隣を歩いているアッシュが宥めようとして来た。

 今はそれにすら苛々してしまう。

 彼に怒りの矛先を向けるのは間違っている自覚はあるのだが。


「分かっている。分かってるが……どうにも納得出来ない。確かに俺達冒険者は金を稼ぐ為に命を賭けている。突然消息を断つ者が多いのは当然だ。だが、冒険者も国民だ。税金も払っている。義務を果たしている以上、権利を主張して何が悪い。なのに何故、あんな言い方されなければならない」


 名簿にある捜索対象者は、見つけた場合謝礼金が支払われる。


 その額は憲兵団に捜索依頼を持ち込んだ依頼主。現在行方不明になっている人物の家族等が用意する為、人によって異なる。


 ギルドで依頼を受けた際。人物像と特徴、名前。居なくなった時に着ていた服等。様々な情報が記載された書類の束を貰ったのだが、人の名前の下に値段が書いてあるのは見ていて気分の良いものではなかった。

 人の命に値段が掛けられている。

 どうしてもそんな気がしてしまったのだ。


 勿論。俺達はローザ達を発見、保護して貰えた場合の謝礼金を提示した。


 どんなに綺麗事を並べた所で、見ず知らずの人間の為に無償で協力してくれる者など現れる筈がない。

 吟遊詩人が歌う様な善人は、現実に存在する道理は無い。

 もし居るとすれば、そいつは余程の偽善者。もしくは、夢と現実の区別も出来ない愚か者だ。

 助けを求める者は、相応の対価を払わなければならない。

 全く、世知辛い世の中だ。

 しかし冒険者は駄目だと一方的に断られた。

 対価を払うと告げているにも関わらずだ。

 曰く、冒険者の命は自己責任。

 事件との関連性が認め辛い。


『あんたらも冒険者なら、居なくなった仲間くらい自分で見つけなさいよ』


 それが出来れば、こんな所には来ていない。そんな事も分からないなんて。

 ……本当に腹が立つ野郎だった。


「仕方ないよ。僕達冒険者の命が軽く見られている傾向にあるのは確かだ。金の為に命を賭け力を振るい、どんな事でもやるならず者。そんな言い方をする人は沢山居る」


 アッシュは、俺の肩に手を乗せた。


「自由な代わりに自分の為にしか戦わない冒険者は、憲兵は勿論。民や誇りの為に力を振るう騎士にも疎まれ、見下されている。代わりに冒険者は、彼等を国家の犬と呼び小馬鹿にしている。勿論、陰口だけどね」


 ふふ、と苦笑して。アッシュは肩を竦めた。


「貴族の息が掛かった国家権力と僕等は、本来相容れない仲なんだよ」


 含みのある台詞を述べるアッシュの手を払う。

 悲壮感たっぷりな表情を見て、無性に腹が立ったのだ。


「ふん。何が相容れない仲だ。冒険者ギルドだって国が運営している組織だろう。その証拠に、冒険者の最高等級。金を唯一与えられているのは勇者一行。皆大好き女神様に選ばれた人類の英雄様達だ。もし彼等の内一人でも行方不明になってみろ。皆、血眼で探すに決まってる。なんせ、人類の切り札。英雄様だもんな」


 ふん、と鼻を鳴らしてから続ける。


「納税の義務を果たし、助けるべき国民を助けないで、その癖に自分達が困ったら平気で依頼を出すのか。自分達の都合が良い時は、平気で俺達を利用するのか。舐めるのも大概にしろ」


「勇者一行のあれは、唯の装飾品みたいな等級だから一緒にしちゃ駄目だよ」


「そんな事は分かっている」


 あぁ、苛々する。

 言われている事の理屈は分かるんだが、納得出来ない。

 納得したくない、自分がいる。

 駄目だ、もう少し。

 いつも通り、客観的に。現実的に物事を考えるんだ。

 冒険者の命は確かに軽い。

 自ら進んで武器を取り、少人数で化物と戦いに行く愚か者達の集まりだ。

 金の為なら何でもする。それも間違ってない。

 だけど俺達だって、税を払ってる国民だ。

 なのに、何故。あんな言い方をされなければならない。

 いや、言われても仕方ない立場だ。

 冷静になれ、俺。

 熱くなると色々考え過ぎる癖は、直すべきだ。


 深く息を吸って、吐く。


「は、あぁ……悪い、アッシュ。思わず熱くなった」


 我に返り、俺らしくない発言の数々を詫びる。

 アッシュは微笑んだ。


「別に構わないよ。君が怒ってくれたお陰で、僕が冷静でいられた。まぁ、流石に憲兵と話している最中に怒り出したら、大変だったろうけどね」


「流石にそんな非常識な事はしない。あの禿げに怒鳴った所で、無駄に時間を食うだけだ」


 苦笑するアッシュに淡々と告げ、顎に手を当てて思考する。


「憲兵が使えない事は分かった。次はどうするか」


 歩哨に会釈しながら、憲兵団支部の門を潜る。


 ここまで堂々と文句を言いながら憲兵団を出て行く奴は珍しいだろう。

 門番の憲兵が怪訝な表情でこちらを見ていたのが印象的だった。

 改めて意識を切り替え、思考に戻る。


 さて。この後はどうしよう。

 一時の感情を抑える事なく言葉を吐き出したお陰か、自分でも驚く程気分はスッキリしていた。

 昨晩から今朝までの俺はどうかしていた。

 恐らく、焦りで混乱していたのだろう。  

 長々と鬱憤を吐き出させてくれたアッシュには、感謝しなければならない。


 今は、このまま何の手掛かりも無く外に出て捜索しても無意味である事が理解出来ている。

闇雲に探した所で成果は得られないだろう。

それどころか、俺達も二の舞になる可能性の方がずっと高い。

やるべき事が分からない。

何かしたところで、無意味に時間を浪費するだけな気がする。

完全に打つ手なしだ。困ったな。

かと言って、何もしない訳にはいかないし……。


考え込んでいると、不意にアッシュが口を開いた。


「とりあえず外に出てみる?  生態調査とか、今回みたいな探索系依頼でローザが良く行く経路を記載した地図を持って来たんだ。最初はその経路を一つずつ調べて、痕跡を探そうよ」


「なに? そんな物があるのか」


 意外と几帳面だな、ローザ。金使い荒いのに。


「んー」


 この提案は、とりあえず有りか?

 今は他に案も無い。やる価値はあるか?


「……もう少し考えさせてくれ。歩いていたら良い案が出るかもしれない」


「分かった」


 頷いたアッシュを見て、思案に戻る。


 ギルドでの聞き込み。

 皆が泊まっていた宿への聞き込み。

 外に捜索に行くとしても人手が足りない。

 その為、依頼をして他の冒険者に協力を要請する。


 結果。すぐに試してみたい案がいくつか出た。


 どれも基本的なものばかりだが、やっておいて損はないだろう。

 上を見上げる。良く晴れた空は青く、所々に薄い雲が浮かんでいた。

 憲兵団で無駄な時間を費やしたが、まだ午前の筈だ。

 今、ギルドに向かっても人は少ないだろう。

 とても有意義な話が出来るとは思えない。


 当然、一番多く人が集まるのは夜。依頼達成報告や素材買取の手続きを行う必要があるからだ。

 内設されている酒場には冒険者割引があり、比較的安価で飲食出来る為。長時間居座る者も多い。

 必然的にギルドは後回しだ。


「んん……」


 宿への聞き込みも昼間より夜の方が良いだろうか。


 それとも、とりあえず行ってみるか?

 あぁそうだ。皆の宿賃を立て替え、支払っておく必要があるかもしれない。

 考え込んでいても仕方がない。宿の聞き込みから始めるか。


「よし。先に四人が借りていた宿へ聞き込みに行く。アッシュ。場所は分かるか?」


「え? 皆の宿? うん。分かるよ」


「そうか。案内してくれ」


「わかった」


 頷いたアッシュと肩を並べて歩く。

 歩きながら、言い聞かせる。


 今は何の手掛かりも無い。

 だから、考えられる可能性を一つずつ潰して行くしか無い。

 決して見落とすな、俺。どんな些細な事でも試すんだ。

 闇雲に動いても何も起こせない。

 皆を、ミーアを見つけられない。

 かといって、時間を掛け過ぎれば手遅れになるかもしれない。


 このまま二度と会えないかもしれない。



 あの時のように。



 拳を強く握り締め、意識しないようにする。


 あの時とは違う。

 今回はきっと助けを求められている。

 僅かだが力も手に入れた。

 志を共にする仲間も居る。

 今回は探しに行ける。

 何より今の俺は、自由だから。


 溜息を吐き、見上げた空は青かった。


 ……ミーア。

 お前今。どこに居て、何してるんだ。









「ここだよ」


アッシュに連れてこられたのは、一軒の宿屋だった。


 白く塗られた木造の壁。石造りのしっかりとした屋根。

 扉も白塗りの綺麗な造りで、良く磨かれた金属の呼び鈴が付いている。

 俺が借りて居る宿とは比較にならない相当良い宿だ。

 恐らく新築だろう。俗に言う高級宿という奴かもしれない。

 ここ一泊幾らだよ。贅沢し過ぎだろ。


「……ここは誰の宿だ?」

「ん? ミーアとティーラ。女の子達が借りてる宿だよ」

「へぇ」


 ……あの女。

 仲間に金遣いが荒いと言ってた癖に、自分の事は棚に上げていたのか。

 それとも、あの金遣いの荒い男達はもっと良い宿に住んでいるとか?


「ていうか、君もそろそろ短くない付き合いになって来てるなら分かるでしょ?  ローザとガルジオにこんな甲斐性あると思う?」


 アッシュは苦笑しながら玄関へ歩いて行く。

 言い方が酷い気がしたが、


「成る程、無いな」


 妙に納得してしまう辺り付き合いが長くなって来た証拠だろう。

 最も。幾ら金があってもあの男達がここを借りるとは思えない。

 俺もこんな良い宿を借りるくらいなら、その分貯金して別の物を買う。


「……まずは女二人の部屋からか。少々、気が引けるな」


 女って色々面倒だからなぁ。


 裸を見せ合ったこともある幼馴染ですら、部屋に入って脱いだばかりのパンツ拾っただけで泣きながら大暴れしやがった。

 慌てて宥めてたら、母さんにビンタされた苦い思い出がある。


 普段外に干してるんだから見慣れてたし、俺まだ七歳のガキだったから気にしなかったのに。

 あんなに怒った母さんは初めてだったな。滅茶苦茶恐かった。

 勝手に部屋へ入った事が後でミーアにバレたら絶対怒られだろう。

 だが、これは仕方ない事なんだ。

 あいつを見つける為に必要な事なんだ。

 人間割り切る事が大事だ。

 それに父さんは言っていた。

 どんな悪い事もバレなきゃ怒られない……と。


「はは。まぁね。だけど、黙ってればバレないよ」


 アッシュも後から言う気は無いらしい。

 口裏を合わせる必要が無くなったな。

 共犯者が居るのは心強い。


「それもそうだな。では、遠慮なくやろう」


 黙ってれば確かにバレないな。


 それに。もし後からバレたら今度はこっちが行方不明になれば良い話だ。


 同じパーティーに所属してるアッシュは逃げられず、滅茶苦茶怒られるだろうから気が引けるけど。

 大体。行方不明になって心配させる方が悪いのだ。

 大義名分はこちらにある。

 怒られても言い返せば良いだけだ。うん。

 自分を納得させ、玄関扉の前へ向かった。

 アッシュが扉を押し開く。途端、軽やかな鈴の音が俺達を迎えてくれた。


「あっ。いらっしゃ……い?」


 扉から入った瞬間。受付カウンターに立っている女性が目を見開き、固まった。

 しかし。これは凄い。素晴らしく綺麗な内装だ。俺の借りてる宿とは大違いだよ。

 ミーアめ。本当に良い生活してるな。


「うわ、やっば……すっご……」


 声を聞いて、受付へ視線を戻す。

 そこには両手で口元を隠す女性。良く見ると、頰と耳が赤く染まっていた。

 どうしたんだろう?  と思いながら首を傾げる。

 特に気にした様子も無く、アッシュは女性に近づいて行く。

 俺も後に続いた。


「こんにちわ、綺麗なお嬢さん」


 受付へ到着したアッシュは、慣れた様子でカウンターに肘をつき女性へ向かって身体を乗り出した。

 こちらからは背中しか見えないが、社交的なアッシュの事だ。

 恐らく、あの爽やかな笑みを浮かべているのだろう。

 任せても良さそうか。


「あ、はい。こんにち、わ……」


 お姉さんは真っ赤な顔で挨拶を返した。


 あれ? 少し様子がおかしい。

 どうしたんだろう?

 ……そうか。分かった。

 大丈夫だお姉さん、俺は分かるぞ。

 こいつ最初からグイグイ行くから、対応に困っているんだな。


「僕の名前はアッシュ。冒険者だよ。お嬢さんのお名前は?」


 おい、何で名前を聞く必要がある。

 関係ないだろう。


「お、お嬢さんなんて。そんな……レ、レイニ。レイニだよ」


 か細い声でお姉さんは答えた。

 答えるのかよ。

 ……このまま成り行きを見ていよう。


「レイニさんって言うんだ。良い名前だね。可愛くて、響きも実に素敵だ。美しい貴女にピッタリな名前だね。お父様が考えて下さったのかな?」


「は、はい。父が付けて、くれたそうで……」


「やっぱりそうなんだ。じゃあ、素敵な名前を持つ貴女のお父様は、素敵な感性の持ち主なんだね」


 なんか本格的に関係ない話を始めたな。

 アッシュは自分の手を取って口元に掲げた。


「あぁ、お嬢さん。失礼を承知でお尋ねするよ。凄く綺麗だけど幾つ? ちなみに僕は十八歳なんだ」


「え? 歳? にじゅう……二十三、だけど」


「そうなんだ。じゃあ、五つ歳上なんだね。あんまり可愛らしいから、一つ歳下位だと思っちゃった」


「えっ? そ、そんなに若く見える、かな?」


 ちょっと待て。何故こっちを見る。

 俺にも同意して欲しいのか?

 生憎俺は、女性の推定年齢を見た目で判断する能力なんて持ってない。


「な? シーナもそう思うだろ?」


 だから、俺に話を振るな。

 分かるか、そんなもの。

 とりあえず肯定しとけば良いのか? これは。

 雰囲気的にそんな気がする。

 あぁ、そうだ。

 初めて会う女の人を煽てる……褒める時は、とりあえず若いですねって言っとけって母さんは言ってたっけ。


「まぁ、そうだな。若く見える」


 言った瞬間、お姉さんの目が潤んだ。

 どうやら正解だったらしい。

 ありがとう母さん。間違いじゃなかったよ。

 口元を覆ったままなのが気になる所だけど。


「やっば……少し遊んでそうな金髪美少年とちょっと冷たい白髪美少年のコンビとか。なにこれ、夢?」


「ん? どうしたのかな?」


「な、何でもないよ?  あ、お部屋……お部屋を探しに来たんだよね?  ね?」


 鼻息を荒くした女性……レイニさんは、アッシュの手を両手で包んでから。


「何泊かな? ちなみに私のおすすめは、ここ。この二人部屋なんだけど……」


 壁に掛かっている掲示板を指差す。

 別に部屋を借りに来た訳じゃないんだが。

 しかもそれ、二人用寝台の部屋じゃないか。何でアッシュと一緒の寝台で寝なきゃいけないんだよ。

 せめて分けてくれ。


「今なら、お父さんに言って安くして貰える様に頼んであげるよ。ね、どうかな?」


「あはは、ごめんね。誤解させちゃったみたいだ。実は僕達、部屋を探しに来た訳じゃないんだよ」


 あ、やっと言った。

 全く。時間が勿体無いだろ。

 早く話を付けてくれ。


「えっ。そうなの? あ、いや。そんな事言わずに一泊だけでも、どうかな?」


「本当にごめんね。実は……」


「待って。話を聞いて? な、何なら私がお給料から出すよ。だからお願い、一泊して行って。ね?」


 何故そうなる。

 何が貴女をそこまでさせるんだ。


「え、ええと……」


 困惑した様子で、アッシュがこちらを振り返った。

 相当弱かった顔だ。

 全く、何してるんだよ。

 余計な話するからだろ。


「はぁ……」


 あまりに馬鹿馬鹿しい光景に溜息が漏れた。

 仕方ない、助けてやるか。

 前へ出てアッシュの右隣に移動し、カウンターに肘を乗せる。


「悪いが連れの言った通り、俺達の要件は部屋探しじゃない。ここにティーラと言う女冒険者と、ミーアと言う生意気な小娘が部屋を借りているはずだ。二人が借りている部屋を見せて貰いたい」


「えっ?」


 単刀直入に要求すると、お姉さんは目を見開いた。

 突然言われ、理解に時間が掛かっているのだろう。沈黙が訪れる。

 仕方ない。もう一度告げようと口を開くと、


「あの。ごめんさい。それは出来ないの。貴方達がウチのお客さんとどういう関係か知らないけど、本人の許可なく部屋を見せるなんて無理だよ。どうしても必要なら憲兵か冒険者ギルド職員に申請して立ち会って貰って」


 申し訳なさそうな顔で断られた。


 ちっ。まぁ、流石にそうなるか。

 この結果を全く予想していなかった訳ではないが、弱ったな。

 こちらも「はいそうですか」と引く訳には行かないので、何とか説得しなければ。

 考え込んでいると、


「お嬢さん。僕達は二人の仲間なんだよ。でね、部屋を見せて欲しい理由なんだけど……実は二人がほら。今流行ってる行方不明事件に巻き込まれちゃってね。ここにも数日、帰って来てない筈だよ」


「えっ!? そうなの? 道理で……」


「うん。そうなんだよ。それで、僕達は二人を探している訳。心配だからね。ここに来たのは、何でも良いから何か手掛かりが無いかなーっと思ってさ」


 お姉さんの目が、大きく見開かれた。

 成る程、正直に言って強引に話を通す作戦か。

 相手も慈善事業じゃ無いから、宿代が滞るのは避けたいだろう。

 荷物の引き取り、という形なら快諾してくれるかもしれない。


「それなら。ギルドに二人が行方不明になっている事を証明して貰う事と、貴方達が仲間である事。荷物の受取人になる事を証明する書類を作成して来て貰う必要性があるよ。それが確認出来れば、お部屋の解放と荷物の引き渡しが出来るわ。あぁ、その場合でもギルド職員の立会いは必須だからね」


 レイニさんから説明を聞いた俺は眉を寄せる。

 そんな事をしなくちゃいけないのか、面倒な。

 理屈は分かる。筋は通っている。

 だが、俺達は別に二人の荷物を引き取りたい訳ではない。

 出来れば借りている部屋。

 皆が帰る場所をそのまま残しておいてやりたいのが本音だ。

 それに、ミーアの荷物を勝手に引き取ったりしたら……。


『はぁ? ばっかじゃないの? この変態っ!』


…………。


 間違い無く変態扱いされる。

 怒るミーアが容易に眼に浮かんだ。

 弁解してもあの女の事だ。


『へぇ? 言い訳するんだ? みっともない』


 とか言って、まともに聞いてくれないだろう。

 必然的に俺は一生あいつに白い目で見られる訳だ。

 何も悪い事してないのにな。


 とは言え、荷物を見ない選択肢は無い。

 このまま見つからず一生後悔するより変態扱いされて喧嘩した方がマシだ。


「分かった。また後で来る」

 

 正式な手続きが必要なら仕方ない。

 やりに行くしか無いだろう。

 あぁ、でも。行けばギルド職員。受付嬢のお姉さんにも変な目で見られそう。

 それは嫌だなぁ。


 複雑な気持ちを抱きながら踵を返そうとして、


「お姉さん、ちょっと」


 突然。アッシュがレイニさんに手招きした。

 おい、今度は何する気だ。


「え? なぁに?」


 やめておけば良いのに、レイニさんは尋ねる。


「良いから、耳貸して?」


 そして、アッシュの浮かべた爽やか笑顔に肩を跳ねさせていた。

 顔を赤くし、彼女は俺を一瞥した後。俯きながら……。


「う、うん……」


 アッシュに耳を寄せた。

 そんなレイニさんの耳に口を寄せるアッシュ。どうやら、何か話している様子だ。

 何を言ってるかは全く分からない。

 暫くして離れた二人は見つめ合った。

 ふと、レイニさんがアッシュに向かって小さく頷き、すぐに屈んで見えなくなった。

 数秒程で立ち上がった彼女の手には、鍵の束が握られている。

 えっ。まさか。


「はい、では。二人共。お部屋に案内するね」


 お姉さんは満面の笑みを浮かべた。

 どうやら説得に成功したらしい。

 えぇ……どうなってんの。


「……アッシュお前、何をした」


「ん? ふふ、何も?」


 尋ねると、アッシュは微笑んだ。

 えー何それ。凄い気になるんだが。

 いま俺、お前の笑顔が恐いよ。


「……そうか」


 追求したかったが、ぐっと堪える。

 何にせよこれで目的は果たしたのだ。余計な詮索はやめておこう。

 どうせ碌な事じゃないだろう。


「ほら、行くよシーナ」


「……あぁ」


 カウンターを出たレイニさんに続き、歩き出した青年。

 俺は大人しくその後ろに続いた。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る