第96話 赤い竜姫と紅金の剣 3
紅金に輝く鞘から、一息で剣を抜剣した。
それは、余りにも滑らかな感触だった。
「あぁ……っ」
「メルティア様っ!? お気を確かにっ!」
それは、かつて夜闇に広がっていた翼のように。
漆黒の柄を握った右手は、まるで吸い付くような感覚を覚えていた。
これまで、この手で触れて来た無数の記憶。
その、どんなものよりも手に馴染む。
「あぁ……抜いて、しまった……」
今まで、これ程までに頼もしいと感じた事はあっただろうか。
いや、無い……無いと断言出来る。
白い竜姫のものですら、満たされなかった。
「はぁう……! はぁ……はぁ……」
「メルティア様!? え……なにを……っ!」
「はぁ……いか、ねば……いかねば……」
「え? あっ……お待ち下さい、メルティア様!」
宙を一瞬舞った紅炎の残滓が、儚く消えた。
そうして、手にした剣を眼前に掲げて眺める。
「ほぅ……」
思わず、ため息が漏れた。
紅金の鞘から解き放たれた剣身。
艶やかな深紅は、まるで透き通るような光沢を放っていた。
向こう側が透けて見える程に透明感がある。
本当に、美しい。
これ程までに美しいものを、俺は知らない。
「なんで、お前が……抜けるんだ。それは、俺の」
これが俺の剣か。
人類の英雄たる剣聖が、女神に与えられた神器に対抗し得る。もう一つの存在。
赤き竜の宝剣。
「悪いな、レオ・タイガヴェスト」
眼前の白虎に向け、俺は宝剣の切っ先を向けた。
同時に、傍に並び立った華奢な肩を抱く。
勘違いさせてしまった責任は、持ち主である俺にある。
誠心誠意、礼儀は尽くそう。
「今日まで、預からせてしまって」
「レオ……これまで、すまんかったな」
かつて、俺を嘲笑った。
人類の英雄達に敬意を表し、倣うことで。
「お前はもう、用無しだ」
「お主は、もう必要ない」
今回は、お前の手が空を切る番だ。
「これは俺の剣だ」
「妾は、お主の竜ではなかった」
凛とした声の中に、僅かに混じる感情の揺れ。
腕の中で強張った、小さな肩。
それらを気にして見れば……。
幼き赤竜姫は、想定外の表情を浮かべていた。
『申し訳ございません、シスル様。皆様が見ていますので……』
それは、俺が旅立った……あの日。
英雄となった姿で、村に戻って来た。
幼馴染の少女の表情に、よく似ていて。
「レオ・タイガヴェスト。愚かな白虎よ。お主との婚約を白紙とする。今後一切、妾に関わるな」
その中で、唯一異なるもの。
金色の瞳が宿す激情の灯火を見つけた瞬間……。
「そう言えば、お前……今日からメルティアは物置だとか抜かしたな?」
余計に、目の前のクソ野郎は許せないと思った。
剣聖に勇者がいるように。
赤い竜姫の傍には、反逆者がいる。
「誰が、お前の物だって?」
丁度良い機会だ。
このクズに、その存在を示す戒めを刻んでやる。
「……俺は、言ってねぇだろ」
さっきまでの威勢は何処へやら。
俺から目を逸らし、まるで絞り出すような声で、レオは言った。
その視線が一人の女に向いたのを見て、
「ひっ……ちが……私は……ちがっ……」
この期に及んで女を見捨て、言い逃れを図るとは……。
今すぐに目の前の野朗を斬殺したい。
目付きが自然と鋭くなるのを感じた。
「惚けるなよ、クソ野郎。お前がメルティアにして来た事は、優秀な側仕えが全て記録していた。俺にそいつを渡した時のシラユキが、どんな顔をしていたか……分かるか?」
卓上の紙束を顎で示しながら言うが、奴の口から出たのは悔恨の言葉ではなかった。
「だから、なんだよ。今はもう、お前の女かもしれねぇけどよ……ついこの間までは俺のだったんだ。てめぇには関係ねーだろ」
ギリリ、と音がする程に。
クソ猫野郎のレオは、強く拳を握り締めたのだ。
……こいつ、本当にどうしようもねーな。
「シーナ。もう良い……ここからは妾が」
「いいや、駄目だ。お前は優し過ぎる」
赤い竜姫の要望を、俺は目もくれずに一蹴した。
少なからず責任を感じており、自分の手で決着を付けたいという彼女の気持ちは理解している。
しかし、汲んでやる気はない。
「僅かでも手心を加えて貰えると思うなよ? お前がどんな生まれで、どんな立場で、どんな後ろ盾があったとしても……俺には関係ない」
手にした剣の切っ先を上げ、喉元に向ける。
チャキリと鳴る音は、この剣が発した怨嗟の声に違いない。
「百歩譲って、俺の知らない過去は水に流してやる。だが、今日この場で、お前の女が吐いた暴言を俺は許さない」
もう一度、調査報告書を顎で示す。
「女の不始末は男の責任。そう言って、お前は何人病院送りにした? 自分で吐いた唾だろうが」
突如、パァン! と右側から炸裂音がした。
見れば、派手な格好の女が一人。黒い拳大の金属をこちらに向けていた。
「嘘……なんで……なんで死なないのっ!」
その女は、絶望に染まった表情で震えている。
ふと、俺の眼前で何かが床に落下した。
見下ろすとそれは、指先くらいの大きさの鉛だ。
……防壁に阻まれたのか。
一応、四方に張って置いて正解だったな。
「お主、よくも……」
「ひっ……」
腕の中の竜姫が、低い声を発して剣呑な雰囲気に変わる。
顔は見えないが、女の表情とガタガタ震える身体を見る限り……相当に恐ろしいらしい。
成る程、野朗……さっきの視線誘導は囮か。
「女の躾は、良い男の義務……だっけ?」
また資料に書いてあった過去の発言を追及する。
「出来てねぇじゃねーか」
そうして。レオに目を向け直し、見開いて見せれば……自称最強は遂に震え出した。
「なんなんだ……なんなんだよ、お前はぁっ!」
恐怖を威勢で誤魔化す。
そんな野郎の表情は……非常に醜悪で、
大変愉快なものだった。
「ゼロリアの守護者じゃなかったのかよっ! なんでお前が、メルティアの竜装を抜くんだよっ!? そいつは俺の竜だ! 俺の力だっ! 俺はそいつの力を使って、この国を救ってやろうとしてたっ! そんな出来損ないでも、役立ててやろうとした! お前だって守護者なんだろうがっ!? なぁ!? なんで俺の邪魔をするっ! なんで俺から奪おうとするっ! 大体その力はなんだよっ!? 銃弾まで平然とした顔で防ぎやがって! ふざけんなっ!」
一頻り怒鳴った奴は、俺が全く表情を変えない事に焦ったらしく……続いてメルティアに目線を向けた。
「メルティアっ! てめぇ! ふざけんなよっ! こんな化け物を連れて来やがって!」
怒鳴り声を上げながら、野朗は卓上を殴った。
そうして、メルティアを睨みながら続ける。
「そんなに俺が憎いかよっ!? 全部全部、お前のせいだろうがっ!」
こいつ、まだ分からないのか……。
呆れながらメルティアを見れば、彼女は真剣な瞳でレオを見据えていた。
「確かに、俺はお前に酷い扱いをした。したよ! だけど、それは全部お前のせいだ! 俺だって、お前が普通の竜人なら丁重に扱ったさっ! でも、お前はそうじゃなかった。だから蔑んだ! それの何が悪いっ! 側に置いてやっただけでも、有難いと思えねぇのか、お前はっ! 恩を仇で返しやがってっ! ただじゃ済まさねぇからなっ!」
「恩? 笑わせるな」
あまりに聞くに堪えないので、口を挟む。
「ただじゃ済まないのは、お前のほうだ」
「ぐ……っ!」
レオは俺を見て怯み、助けを求めるように周囲を目を泳がせて……見つけた。
「ゼロリア! お前だって分かるだろ!? 俺は、お前の竜装を抜きたかったんだっ! 俺だって、お前みたいな本物の竜の伴侶になりたかったんだ! なのに選ばれたのが、こんな醜い出来損ないで……なぁ! 今からでも遅くないっ! お前の竜装を、俺に抜かせてくれよっ!」
懇願するレオに、白い竜姫様は鼻で笑った。
「は? お断りしますが? このクズが」
「なんでだよっ! 俺は白虎だ! お前に相応しい伴侶として、これ以上ない素質があるはずだ!」
「は? 貴方の体毛も黒が混じっているでしょう。虎人であり、同じ猫の縁者の癖に……メルティアを醜いと蔑む資格が貴方にありますか?」
「……っ! 違うっ! 俺は……っ!」
呆れ、馬鹿にした声音で。白い竜姫は問う。
確かにレオの白い髪は、黒毛が混じっている。
虎は、言ってしまえば大きな猫だ。
王国にも生息しているので、知識はあった。
「だからこそ。竜装が少し反応しただけで、誰もが貴方とメルティアの婚姻を強く支持したのです。何も貴方の地位と戦闘力だけが理由ではありません」
成る程、そう言う訳だったのか……。
だからメルティアは我慢したのか。
我慢し続け、待ち続けたのか。
「黒猫の不幸を呼ぶという謂れを信仰するのであれば、貴方も十分に醜いからですよ」
いつか、このクソ野郎が。
白虎であるレオなら、自分を理解してくれる日が来ると信じ続けて。
……メルティアは、愛そうと努力してきた。
さっきの寂しそうな表情は、そういう事かよ。
「それなのに何故、貴方は共に手を取り合い、慰め合い、支え合う事が出来なかったのですか? 貴方には失望しました。消えて下さい」
「違う……っ。俺は選ばれた虎人だ! 白虎だ! 黒猫の謂れなんざ、俺には関係ねぇっ!」
「私から言わせれば、同じだと言っているのです。穢らわしい……兎に角、消えなさい。忌々しい事に今。メルティアの竜装を手に、メルティアの肩を抱いている私の夫は、貴方に望まれていた条件を全て満たしています。もう用済みなのですよ、貴方は」
だから、お前の夫じゃないけどな?
俺の妻は、ミーアだけだ。
他の女の子の肩を抱いた事は……事実だけど。
『は? 浮気? 殺すわ』
……誠心誠意。謝ったら許して貰える……はず。
「ぐ……っ。そうだ! 良いのかよ! こいつは、お前の男なんだろっ!? ずっと探し求めていた、竜装の適応者なんだろっ!? なのに……っ!」
「口を謹みなさい、この下等種族が。さっきから、誰に口を聞いていると思っているのです?」
白の竜姫様は、遂にレオに対して怒りを露わにしたらしい。
いいぞ。言ってやれ。
ほら、言ってやれよ。
内心応援する俺は、即座に背を抉られた。
「大体……私が、その出来損ないに劣るとでも? 少し貸してやっているだけです。経緯はどうあれ、彼と私を巡り合わせてくれましたから。せめてもの情けという訳ですよ」
なに? そのいかにも余裕ですよって態度。
お前、いつから俺の正妻になった訳?
「シーナ。妾は今夜、お主と婚竜の儀を執り行いたいと思っておるからの? そ、その……この辺りは綺麗で良いホテルが……たくさんあるのじゃ♡」
白い竜姫様に対抗する為だろう。
顔を赤くし、涙目で恥じらいながら……甘えた声のメルティアが誘ってきた。
そうして彼女は俺の腕に甘え、蕩けた表情で……すりすりと頬擦りしてくる。
「たくさん可愛がっておくれ。妾はもう、お主しか見えんから……♡ お主だけの竜姫にしておくれ♡」
あれ……? なんか、様子がおかしいぞ。
こいつはレオとの婚約を破棄する為に、仕方なく俺と婚約しなければならないと思っているはずだ。
なのに、なんだ? この可愛い反応は。
まるで、本気で俺に惚れたような……。
「情け容赦は不要だったようですねぇ! シーナ、もう良いでしょう? そこのクズを処分しなさい。そして、その駄竜に現実を教えてやるのです。二人で夜の街に消え、手を繋いで朝帰りしましょう!」
「妾は沢山勉強しておるから、どんな過激なのでも受け入れるからの……? 今夜から、寝室は共にしような……♡」
両方却下だ。このバカ竜どもが。
ミーアが待ってるんだから、帰るに決まってる。
面白い土産も見つけたしな。
「シーナ。どうしても報復するというなら、ここは私に任せて貰えないだろうか?」
隣に並び立ったシラユキが、俺を見上げながら言った。
俺は即座に彼女も防壁の範囲に指定し、囲う。
「シラユキ、こいつは俺の獲物だ。引っ込め」
「お前では、やり過ぎるだろう。それに私も、この男には散々弄ばれた」
「爆ぜろ」
俺はレオの股間に小規模の爆破魔法を放った。
「ぐぁぁああああああっ!」
爆音が鳴り響き、大きな身体が一瞬。宙を舞う。
「あぁぁああああああああっ!!!!」
料理や酒瓶の並ぶ卓に倒れた奴は、血塗れの股間を押さえて転がり回る。
「てめぇのそれは使い過ぎだ。爆発もするさ」
そうして床に落下し、尚も絶叫する奴を見下ろしながら、俺は赤竜の宝剣を鞘に納めた。
「む……惨いのぅ……」
「流石に同情しますね……」
「な……なっ……なっ……!」
「な? 適切な処置だろう。これで、お前は。この玉無し野郎に抱かれる心配をしなくて済む」
俺は隣で絶句している白狼の肩を叩いた。
彼女の調査報告書によれば、メルティアと共に恥ずかしい格好で奉仕をさせられたり、いずれは使用人として側使いを命じると言われ……。
故郷の家族に心配を掛けたくなければ、夜の相手もしろと脅されていたらしい。
節操がないにも程がある馬鹿は、爆破が適切だ。
良かったー、上手くいって。
店ごと吹き飛ばしたら、どうしようかと思った。
「おい……お前。さっき俺に向けたそれ、くれよ。死にたくなかったらな」
玉無し野郎には、もう興味が無いので……。
俺は、悲鳴を堪えている女達の一人を睨んだ。
手に、黒い金属の矢を射出する武器を手にして、震えている女だ。
あれは、是非欲しい。
勿論、ミーアへの贈り物だ。
きっと喜ぶだろう。
「驚いたな。それ程小さな銃は見た事がない。そう言えば、お前は武器商人の娘だったな……新型か」
我に帰ったシラユキが、女が両手で握っている物を見て驚いていた。
銃というのか。良いな、これ。
「シラユキ。それはミーアに渡すが、俺も欲しい。手に入れろ」
「無論だ。おい、お前。十丁程用意し、後日。屋敷に一人で持って来い」
シラユキは俺を指差し、勝ち誇った顔で告げた。
「この男を、けしかけられたくなかったらな」
こいつ、本当に逞しいな。
平然と俺を交渉材料にしやがった。
喋る事を禁じている為か、女がこくこくと頷く。
そうして。震える両手で差し出して来た拳銃を、俺は遠慮なく奪って……。
「帰るぞ、メルティア」
「あっ……♡ うむ♡」
赤い竜姫の肩を抱き、踵を返した。
部屋を出るまでは仲睦まじい様子を見せた方が良いだろうと思ったのだが、やはりメルティアの様子が変だ。
本当に嬉しそうな顔で、甘えてくる。
おかしい……メルティアは、俺が異世界の人間である事を良く理解し、一線を引くように心掛けていたはずなのに。
あれ? ひょっとして、俺。やっちゃった?
「シーナ。もっと強く抱き寄せてくれんか♡」
「あぁっ……シーナ! 待ちなさいっ! 間違えてますよっ!」
「予備の弾倉も全て出せ」
騒がしい仲間達を引き連れて。
用済みになった酒場から、俺達は出て行った。
……ミーアに、なんて言おう。
酒場を出た俺達は、適当な店に入って夕食を済ませる事にした。
適当とは言っても、目立たないように個室のある店に入ったのだが……それが拙かったようだ。
「シーナ。本当に泊まらんのか? もう夜も遅い。妾、今夜は二人でゆっくりしたいのじゃ……」
隣の席に座るメルティアは、俺の腕に頭を預け、甘えん坊になってしまっている。
やはり様子がおかしい。
「泊まらないと言っているだろ。食事を終えたら、すぐに発つ。ミーアを残して来ているからな」
「問題なかろう。ミーアは妾の友人。手を出せば、ただでは済まぬと命令書を配しておる。それに……もうすぐ姉妹になるのじゃ。ふふ……っ♡」
もう我慢出来ない。
これ以上は、ミーアに殺される。
「なぁ。お前どうしたんだ? さっきから様子が変だぞ。あ……そうか」
俺は傍に置いた紅金の剣を持ち上げ、メルティアに差し出す。
「悪い。これ、返すの忘れてた」
すると、メルティアはじっと俺の目を見つめて。
「返す……? 馬鹿を言え。それは、お主の剣じゃろうが。ふふふ♡ 妾の伴侶である証なのじゃ♡」
金色の瞳が、とろんと蕩けた。
「のぅ、シーナ。早く婚竜の儀をせんか? 妾は、待ち切れないのじゃ。人の身であるうちは、抱き締める事が出来んからのぅ……寂しくて切なくて、このままでは、妾。どうにかなってしまう……」
……こいつは、なにを言ってるの?
俺は、ただ白い竜姫様に帰って貰いたい。
だから、この紅金の長剣を抜いただけなのに。
助けを求める為に対面の席を見ると、白い竜姫様が殺意の篭った目でメルティアを睨んでいた。
「コロス……調子に乗るなよ、出来損ないが……」
こりゃあ駄目だ。
俺は、最後の希望。
白い竜姫様の隣に座る、シラユキを見て。
「どうなってるんだ? これは」
単刀直入に尋ねると、シラユキは肩を竦めた。
「竜人様達にとって、竜装とは。己が半身なのだ。それを抜ける者を伴侶とする程だからな」
ギリリリリィ……と歯軋りの音を聞いてみれば、白い竜姫様は牙を剥き出しにして。
メルティアを眺めながら、捕捉した。
「我々竜人は、竜装を抜かれた時点で、その相手を自らの伴侶と認識します。それだけではなく、今のメルティアのように……心底惚れてしまうのです。それはもう……自分の全てを捧げたいと思う程に」
「は?」
なにそれ、聞いてない。
えっ……じゃあ、つまり?
「そーゆー事じゃ♡ 末長く、可愛がっておくれ♡ あ。妾は、もう父上を失っておるから……早く子を産まねばならん♡」
困惑していると……メルティアは甘えた声で、
「竜は中々孕むことが出来んから、出来る限り早く子作りを始めたいのじゃ。父上と母上は十一年もの長い歳月、毎晩しておったらしい……宜しくの?」
そう言って、俺の腕に身体を擦り寄せ……っ!
あんの、クソ女神! またやりやがった!
絶対わざと説明しなかっただろ! これは!
「くっ! あのドクズが……早く抜かないから!」
いや、それに関しては良かったけども!
あんなドクズに竜姫様を差し出す訳には……。
いや、待て。性欲は過剰な方が良いのか?
やっべぇ……俺、爆破しちまったよ。
もう使い物にならないじゃん、アレ。
「……お前達は、それで良いのか? 剣が抜ける、ただそれだけの男を伴侶とし、長い生涯を愛し続けるなど正気の沙汰とは思えない」
苦し紛れに、それっぽい事を言ってみるが。
「自らの半身が選んだ相手じゃぞ? 不満はない」
「はい。残念ながら、私が自ら選ぶよりも見る目がありますからね」
竜姫様達は、口々に現状を肯定してしまう。
……正気か? こいつら。
俺はお前達にとって異世界。しかも敵対している人間だぞ?
価値観の押し付けはしないと言った。
確かに言ったが……流石に酷過ぎるだろう。
白い竜姫様は、殺意を持ってメルティアを睨む。
「全く、腐っても流石は竜装。私と同じ相手を伴侶としますか。二つの竜装が認める男とは、意地でも負けられませんね……」
「シーナ。妾の角と翼が、好きじゃと言ったな? 触って良いぞ……♡ もう、お主のじゃからな?」
「くっ……調子に乗ってっ! まさか、この私が、その醜い翼を羨ましいと思う日がくるなんてっ!」
これ……どう収拾付けようかな。
参った……まさか、ユキナと同等以上の女の子に取り合われる日が来るなんて。
そう考えた瞬間、俺は気付いた。
気付いて、しまったのだ。
待て。剣が選んだ婚約者を、心底好きになる?
それはつまり……。
人の心を操る。
既存の魔法や異能の類では存在しなくても、存在していた。
その、何よりの証拠に他ならない。
剣聖……いや、ユキナ。
お前、まさか……。
ユキナが勇者に惚れたのは、剣聖だから……?
約束を違え、抱かれる程に心を許したのは……?
女神から、与えられた役割のせい……だった?
一度生まれた疑念は、留まる事を知らずに。
「シーナ。妾の旦那様よ。愛しとるぞ……♡」
甘えてくる竜姫の言葉が、酷く薄情に感じて。
「まさか……そんな。俺が間違っていた、のか?」
「んぅ? シーナ?」
黒く黒く吹き荒れ、俺の胸中を渦巻き続けた。
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