第95話 赤の竜姫と紅金の剣  2

「きゃっ!」

「いだっ!」


 防壁魔法を展開すると、走って来た二人の女達が気付かずに顔を強打して悲鳴を上げた。


 無詠唱は本当に便利で良い。


 魔法の唯一の弱点。

 詠唱がなくなれば、俺の覚えているものは汎用性が高いものばかりだ。


 こればかりは、女神様に本当に感謝している。


「っ! 皆、待って! 何かあるみたいっ!」

「はぁ? 何があるって言うのよっ!?」

「見て分からないのっ! 透明な何かよっ!」

「あいつがやったの!? なによ、あんた!」


 異変に気付いた女の一人が、横に手を伸ばした。

 制止を促され、女達は瞬く間に足を止める。


 こちらに向かっていたのは、蹲っている最初の二人を除いて残り四人。全部で六人か。


 制止を促したあいつは、少しだけ賢いな。

 他は期待通りの馬鹿みたいだが。


 丁度良い、良い見せしめになるだろう。


 さて、新しく覚えた魔法を試すとしようか。


「そこのお前! 何者ですか! 名を名乗り」


「おすわり」


「きゃっ!?」

「ぐぁっ!?」


 獣の耳や尻尾を持つ女達には、躾が必要だ。


 戦艦での航海中。予め、殺しはするなと何度も釘を刺された。

 それ故に覚えた魔法……風槌エアハンマー


 それを躾のなってない獣女に対し、相応しい言葉と共に放ったのだ。


 効果は期待通り。

 四人とも押し潰されるように崩れ落ちて、無様に床を這った。


 中々、良い姿じゃないか。お似合いだ。


 さて、次は……。


「おい。お前」


「え……ひぃ……っ!」


 防壁に頭をぶつけ、蹲っている女を見下ろす。


 途端に女は、面白い程に怯えた表情に変わった。


 今の俺の仮想敵は人間だ。

 人に対して撃つ魔法しか覚えない。

 だから今更、使うのに躊躇いはない。


 可愛い恋人のお陰で、人の心を取り戻したとは言え……ゴミ掃除をするのに感情は必要ない。


 今の俺は、無表情を平然と貫ける。


「な……なな……なんだ、てめぇはっ! 誰だ!」


 喚き散らす、今回の敵。白虎とか大層な呼ばれ方をしている大男の声がした。


 一瞥すると、卓上に両手を叩き付けて。

 立ち上がった奴は身を乗り出し、俺を睨み付けている。


 しかし、微塵も興味がない。


「お前、メルティアとシラユキを相応しい格好にしろって言ったな?」


 努めて低い声を発し、蹲る女に目線を戻す。


 奴は、メルティアとシラユキ。

 目の前で二人辱め、笑おうとしていた。


 奴が自分で吐いた言葉だ。

 後悔させてやる為にも、見せしめは必要だ。


「あぁ!? その二人は俺の女だ! なにしようと俺の勝手だろ!」


「……へぇ? そうか」


 呟き……右足を後ろに蹴り上げる。

 狙うのは勿論、蹲る奴の女だ。


「な……おい……っ! まさか、てめぇっ!」


 奴が焦った声を発し、必死に手を伸ばす。


 あぁ、懐かしい。

 俺も昔は……そっち側だった。


「じゃあ、これはお前が悪いな?」


「やめろっ!」


 そうやって、理不尽に奪われるばかりだった。


上昇加速ブーストアクセル加速開始アクセラレーション


 十倍に加速した視界で一段階だけ加速して。

 俺は、ゆっくりと確実に。女の鼻を蹴り抜いた。


「ごがっ!?」


 見たところ……犬らしき耳をした綺麗な顔の女は鋼鉄仕込みの革靴に捉えられ、顔面を粉砕しながら地を転がる。


「ちっ……」


 きたねーな、血が付いちまったじゃないか。


「きゃぁぁぁぁあっ!!」

「ハナ!? ハナァァァァア!?」

「あぁ……あああっ!! あああああっ!!」

「ああああっ! ああ、貴方! こんな真似を! こんな真似をして許されると……っ!」


 お仲間がやられたせいで、女達は騒ぎ出した。

 煩いな。ちゃんと加減したから生きてるだろ。

 顔がちょっと酷い事になってるだけじゃないか。


「おい、女共。今後、口を開いた奴から同じ目に遭わせる。痛い目を見たくなかったから黙ってろ」


 言えば、悲鳴はピタリと止まった。

 脅しではない事くらい、流石に理解したらしい。


 皆、怯えた表情で俺を見ている。


「……ぐっ! 調子に乗るな! レオちゃんっ! あいつ殺し」


「吹っ飛べ」


 頭が悪い奴だ。

 座ったまま喚いた茶毛の猫耳女に、容赦なく風搥を叩き込む。


「わっ! ぎゃっ!?」

「きゃぁ! ぐはっ!」

「なっ!? かはっ!」


 瞬く間に女達は、壁に叩き付けられ床に落ちた。

 全く……言葉の勉強をしないからだ。馬鹿め。


 二人も巻き添えで吹き飛んだが、全部レオちゃんが悪いから仕方ないね。


 しかし、使い易いな。この魔法。


「な……なんだ? それ……」


 白虎様は、震えた声で呟いた。


 非常に逞しく、素晴らしい体躯を持っている野郎だが、やはり魔法は初体験らしい。


 驚愕した表情で、こちらを見ている。


 こんなもの、こっちの世界では常識だっての。

 よくそんな無知で、守護者になるとか言えたな。


「し、シーナ! やり過ぎるなと言っただろう!」


 近づいて来たシラユキが、耳元で叫んだ。

 煩いな、普通に話せよ。耳がキーンとするだろ。


「誰も殺してない。適切な処理だ」


「殺さなければ何をしても良い訳ではない! お前が顔を蹴った女は有名な歌手だ! やり過ぎだ!」


 歌手? あぁ、公衆の面前で歌って踊る商売か。

 そう言えば、ハナって芸名? の女が愛人の一覧にあったな。


「これなら、歌も踊りも出来るだろ」


 全く、大袈裟な。

 少し顔が潰れただけで、支障はないはずだ。


「歌手は顔が命なんだ馬鹿っ! これで竜装が抜けなかったら、どうするつもりだ!」


「それに関しては全く心配してない。黙ってろ」


 俺は喚くシラユキを睨んだ。

 彼女は、すぐに怯えた表情に変わって息を飲む。


 まさか、女にも容赦しないとは思わなかった。

 そんな彼女の想いが、透けて見えた。


「言ったはずだ。俺を出すなら、後始末はしろと」


「……くっ」


 これは予め言っておいた事だ。

 あの女共と違って賢明な白狼は、何も言えずに唇を噛んだ。


「お前が不甲斐ないから、俺が出たんだ。よく理解しろ」


「……すまない。その、通りだな」


 ……悪いな、シラユキ。

 いずれ、買い物くらいは付き合ってやるからさ。

 今は悪魔にならせてくれ。


「はぁ……本当に容赦がない……素敵……♡」


 この場に相応しくない、甘い声がした。


 悪寒を感じて振り向けば、こんな状況で身悶え、頰を紅潮させながら俺に見惚れている奴が一人。


「やはり……凄く良いです……あぁ……あぁ♡」


 ……あの白竜姫はやばい。絶対に距離を取ろう。


「レオ。奴は私に任せてくれ」


 ドン引きしていると、また女の声がした。


 見れば、随分と背の高い女が立ち上がった。

 こちらに歩いて来るその女は、堂々としている。

 相当な美人で、胸がデカい。

 身長が俺より頭ひとつは大きな女だ。


「ザナーシャ! 危険だ! 幾らお前でも!」


 情報に無いな……新しい女か。


 例に漏れず派手な格好をしているが……こいつは戦士だな。露出させている肌は筋肉質で、無数の傷跡がある。


 目の前で対峙するように立ち止まった女は、後ろを振り返りながらドヤ顔で言う。


「案ずるな。私がお前に嫁ぐに相応しい女だと証明してやる。だから約束しろ。こいつに勝ったら、私をお前の一番にしてくれ」


 腕に自信があるようだが、所詮は色ボケか。


 とりあえず、格の差を教えてやるとしよう。


「ふっ……よく見ておけよ。レオ!」


 大体。目の前に居る敵から目線を背けるとか……馬鹿なのか?


「あぁ、シーナ気を付けろ! そいつは星狼族の」


 戦場で敵以外に意識を割く。

 そんな馬鹿に向けるのは、警戒ではなく……。


「おすわり」


 非情な現実のみで良い。


「きゃんっ!」


 風搥で床に叩き付けると、女はそれはそれは見事な芸を披露してくれた。


 おすわり出来て偉い。ミーアが実家で飼っていると自慢していた馬鹿犬よりは利口だよ。


 床を這う女を指差しながら、シラユキに尋ねる。


「星狼族の、なに?」


「……いや、何でもない」


 気高き白狼は、遠い目をしながら目を逸らした。


 床におすわりをしている女が顔を上げ、凄まじい形相で喚く。


「貴様! それでも戦士か! 決闘の際は、互いに名乗りを上げてから……っ!」


「おすわり」


「ぐへぇっ!!」


 やはり、馬鹿だったらしい。

 どうやら脳まで筋肉で出来ているようだ。

 決闘じゃなくて、戦争をしに来ている事が分からないのか? この駄犬は。


 強めに風搥を叩き込むと、女はぴくぴくと痙攣しながら動かなくなってしまった。

 気絶したか。思い切り額をぶつけていたからな。


 さて、邪魔者は居なくなった。


 硬直しているレオに向かって歩き出す。


「こんばんわ、レオ殿。本日は闘拳士の試合に勝ったそうで……おめでとうございます」


 パチパチと手を叩きながら近付けば、レオは我に返ったようだ。


 俺に向け、獰猛な黄色い瞳を向けてくる。


「てめぇ何者だ! どんな手品を使ってやがる!」


 手品? ……やはり魔法は知らないか。

 今後を考えれば、まだ正体は知られない方が良さそうだな。


「貴様に教える義理はないな。文句があるなら……かかって来いよ。最強なんだろ? お前」


「……っ! ふざけるなっ! 分かってるのか! 俺は白虎だ! こんな真似をして許されると思っているのかっ!」


「なに言ってんだ? 馬鹿が」


 馬鹿とは言ったが、どうやら本当に賢いらしい。

 勝ち目がないと踏んで、自分の立場を盾に脅しに来たか。


 降伏しないあたり、御粗末と言わざる得ないが。


「弱い奴が悪いんだろ? 自分で言ってたじゃないか」


 胸元からシラユキに貰った資料を出して、奴に放り投げる。

 

 すると奴は表紙を見て、自分の名前の調査報告書だと気付いたらしい。


「こ、こんなもの……誰が」


「親切な人がくれたんだ。それで、俺はお前を躾に来た調教士って訳さ。雇い主はあちらだよ」


 親指を立てて後方を指差せば、奴はメルティアを見て表情を険しくした。


「メルティア! 何なんだ、こいつはっ! てめぇ何処から連れて来やがった! 俺は、お前の守護者だろっ! 旦那だろっ! なんで、こんな真似を」


「自分の胸に、手を当てて考えてみるが良い」


 背中から、メルティアの凛とした声が響いた。


 幼い声をしているが、流石は竜姫。風格がある。


「お主、今まで妾に何をした? 竜姫である妾に酌をさせ、辱め、口汚く罵って来たであろう」


「うるせぇ! お前は俺の女だろうが! 遠慮なんかいらねぇだろっ!? 女が男に尽くすのは当然の事だろうがっ!」


 男尊女卑の思考か……反吐が出るな。

 よくもまぁ、平気な顔で言えるものだ。


「大体、俺は事実を言っただけだ! お前の父親が臆病者な事も、母親が忌み嫌われる黒猫だった事も! その血を色濃く受け継いだお前の角と翼が醜い事も! 挙句、火竜の癖にまともに炎を吐けない事もっ! 全部、事実だろうがっ! お前なんかの守護者に選ばれちまった俺が、可哀想だと思わねーのかよっ!」


「へぇ? 選ばれた……ねぇ? じゃあ、証明してみろよ」


 黙って聞いていれば、非常に身勝手で耳障りは罵詈雑言を並べる野郎だ。


 とても聞いていられなかった俺は、料理や酒の並ぶ卓上に右足を強く乗せると、クソ野郎の目を覗き込んだ。


「あぁ……? なんだと?」


 流石は自己肯定の権化。睨んだ位で怯えないか。


「なに……簡単な話だ。竜装、抜いてみろよ? お前が本当にメルティアの守護者なら、抜けるだろ。それには、まるで股を開いてるみたいだー、なんて言いながら馬鹿笑いしてたと書いてある。お前の得意な宴会芸、俺がじっくりと観覧してやるよ」


 目を見つめながら言えば、奴は資料を一瞥した。


 流石に気付いたらしい。

 これを、誰が用意したのか。


 毛が白いだけの勘違い野朗は、シラユキに敵意ある目付きを一瞬向けて……。


「……ちっ。あぁ証明してやるよ。ナジェンダ! 返せ!」


「あ……は、はいぃ……」


 気の弱そうな声の方を一瞬見ると、派手な服の女が大きな胸の谷間から紅金の長剣を抜き、震える手でレオに差し出した。


 へぇ、それがメルティアの竜装か。綺麗だな。


 ……でも。なんで、そんな所から出てくるんだ?


「おい、女。答えろ。何故そんな所にある」


「……へ? あ、あの……」


「ちっ。あぁ!てめぇには関係ねーだろうがっ!」


 怯え、震えた声を出す女をレオは庇おうとした。


 だが、俺は答えろと言った。

 奴等の仲良しごっこなど、微塵も興味がない。


「話せと言った。五秒以内に話さなければ殺す」


「え? こ、ころ……え、え……えぇ」


「やめろ! これ以上女に手を出すな! てめぇ、それでも男かよっ!?」


 よくもまぁ……抜け抜けと言えたものだ。

 一番の女の敵は、お前だろうが。


「ちなみに、俺は嘘を見抜く力もある。話せ」


 残念ながら、そんな力はないが……それを可能とする祝福の知識はある。


 脅しに嘘やハッタリは付き物だ。


「あ、ああ……あの……」


「言う必要はねぇ! 俺が必ず守るからっ! だから、言うなっ!」


 怯え、困った女は俺とレオを交互に見た。


 やけに庇おうとする野郎の態度で、ろくな理由ではないと分かってはいたが……奴を脅す為の効率を考えれば、直接話させなければならない。


 必ず話すさ、だって……。


「……レ、レオ様が。これで、胸の谷間を擦られるのは……気持ち良いだろう……って。なんせ、竜の秘宝。守護者としての……証だからって……」


 ほら、ろくな理由じゃなかった。


 既に力関係は歴然だと示したから、こんな理由を隠す為に命は張れないだろう。


 どう頑張っても、この雑魚では俺から何一つ守れはしない……よく分かってるじゃないか。


 少しだけ賢い女が、もう一人居たな。


 想像を遥かに超えてクソ過ぎる理由には、流石に驚いたけどな。


 改めて眼に力を込めて睨めば、流石の野朗の面も青くなっている。


「おい、てめぇ。それが何だか、知っててやったんだよな?」


「……う、うるせぇ! これは俺の剣だ! 俺が好きに使って、何が悪いっ!」


 どうやらレオは、俺よりもメルティアの方を気にしている様子だ。

 竜装を辱めたのは、流石に拙いらしいな。


「レオ……貴様。妾の半身になんて事を……っ!」


 その証拠に背後から、凄まじい怒気を感じる。

 正直、振り返るのが怖いくらいだ。


「流石に擁護出来ませんね。死ぬべきです」


 白い竜姫様の声も、凄まじいな。

 まるで聞いたもの全てを凍て付かせるような声音だ。恐ろしいね。


「な……お前は、ゼロリア。なんで、ここに……」


そこでやっと、野郎は白の竜姫様の存在に気付いたらしい。

 さっきまで見え辛いように、翼を畳ませて背中に隠していたからな。


「あら、気付かれましたか。久しいですね、レオ。相変わらずのドクズで、安心しましたわ」


「そうか。こいつは、お前の……! なんでだ! なんで白竜姫であるお前が、メルティアの肩を持つ! お前だって昔から、あの出来損ないを馬鹿にし続けていたはずだっ!」


 勝手に勘違いして怒鳴り始めた野郎を、白竜姫は鼻で笑った。


「ふんっ。それは私が同じ竜姫だから許される事。お前のような下等種族に、私と同じ立ち振る舞いが許されるとでも? 恥を知りなさい」


「俺は白虎だぞ!? 下等種族なんかじゃない! それに、俺はメルティアの守護者で……」


「だから、見届けてあげますと言っているのです。そこにいる……私の夫がねっ!」


 白い竜姫様の誇らしげな声が、俺の背を抉った。


 あの馬鹿竜! 何を言ってくれてる訳? 


 こんなに大勢に聞かれたら、外堀が埋まって……いや、それが目的かっ! 


 ふっざけんなよ! マジで!


「な……こいつがゼロリアの。白竜姫の守護者……だと?」


 違うから。

 あの馬鹿竜が勝手に言ってるだけだから。

 しかも今朝出会ったばかりで、すぐに殺し合った程度の仲だから。

 俺は女神が適当な仕事をしたせいで苦しんでる、普通の人間だから。

 

 あぁ……言いたいのに、言えない。辛い。


「疑うなら、こちらから先に証明しましょうか? 寧ろ証明しましょう。えぇ、それが良い」


「お主は黙っておれ! 話がややこしくなるじゃろうがっ!」


「はぁ? 適切な判断です! シーナが私の竜装を抜く! レオが貴女の竜装を抜く! 二人の守護者が揃って、あるべき鞘に戻る! はい! 完璧!」


「何処がじゃ! この馬鹿者っ!」


「二人とも、黙ってないと嫌いになる」


 呟けば、耳は優秀な駄竜二匹は黙り込んだ。


 あいつら、後で覚えとけよ。本当に。


 とは言え、僥倖ではある。

 同じ竜の守護者という立場は、奴に俺が自分と対等の発言力を誇ると言う何よりの証明。


 いや……実際に抜ける以上、今は上か。


 俺は、背の白い駄竜を指差して言った。


「そう言う事だ。俺は同じ竜装の適格者として、お前みたいな紛い物が威張り散らしているのが我慢出来ない。違うと言うなら、さっさと抜けよ。ただ、抜けなかった時は……覚悟しろ?」


「……っ!」


 俺の脅しを聞いたクソ野郎は、分かり易く動揺していた。


 そして暫く……黙り込むと。


「すぅ……メルティア! 婚竜の儀だ! 今夜こそ婚竜の儀をやるぞっ!」


 言うに事欠いて、そんな事を叫び出した。

 ……頭が茹で上がったのか? こいつは。


「竜装が抜けないのは、お前が中々抱かせてくれないせいだろっ! 婚竜の儀さえ済ませれば……」


「絶対に嫌じゃ。誰が、お主みたいなクズに抱かれるものか……穢らわしい」


 キッパリと吐き捨てた赤の竜姫様に、クソ野郎は焦った声で告げる。


「分かった! 分かったからっ! もう他の女と楽しむついでに済ませようとは言わない! 何なら、他の女達とは金輪際関係も断つ! お前だけを愛する良い夫になってやるから! だから……だから」


 こいつ、想像を超え続けるゴミカスなんだけど。


 抜けなかったら、本当に殺しちゃおうかな。


 流石に絶句する俺の後ろで、メルティアの復讐は続く。


「ふんっ! お主の前におる者も、まだ半竜化しておらんのじゃ。それなのにゼロリアを単騎で退け、竜装を抜きおった。お主とは格が違うのじゃよ! お陰で妾も目が覚めたわい!」


「なっ……はぁ!? 嘘吐くなよ! 竜人を人の身で退けただ!? 誇張するにも程ってものが……」


「うるせぇ、さっさと抜けよ」


 あまりに往生際が悪過ぎるな……このゴミカス。


「ほら。自分で言ったんだろうが。守護者なんだろ? 抜けよ」


 更に語気を強めて言えば……野郎は俺にやっと。怯えた表情を見せた。

 そうして、数秒。瞳を泳がせた野郎は……。


「クソ……くそったれがぁぁぁああ!!」


 どうやら。自棄になったらしく……メルティアの竜装。紅金の長剣の漆黒の柄を掴んだ。


 しかし、俺は気付いていた。

 こいつには、絶対に抜けない。


 何故なら、その剣は……

 さっきから。ずっと俺を呼び続けているからだ。


 女神様も、よく言ったものだ。

 俺の運命の相手……か。


 まさか、見ただけで分かる程とは思わなかった。


「な……なんでだ。おい……なんでだよ!」


 柄を掴んで、数秒後。

 鍔拵えの鍵すら開かない事に焦ったらしい。

 奴の端正な顔は、非常に焦った表情に変わった。


「……あぁ、もう良いや。返せよ」


 呟きながら手を伸ばすと、俺よりも遥かに大柄なレオは怯え切った顔で俺を見る。


 その瞳を見て、俺は……哀れだな、そう思った。

 何故なら。今のレオの姿は本当に似ていたから。


 まるで、昔の自分を見ているようだった。


 与えられた力で遥かに劣り、逆らえず。

 目の前で。美しい婚約者を奪われる。


「それは、俺の剣だ」


 今度は俺が、奪う側になっただけの話だ。


「二秒以内に渡せ。次に無駄な口叩きやがったら、本当に殺すぞ?」


 脅せば、レオは黙って剣を差し出してきた。


 あぁ、間近で見れば、本当に美しい剣だ。

 これまで見た、どんなもの。

 どんな景色よりも……遥かに美しい。


 特に……漆黒の柄は見事としか言いようがなく、触れる事すら憚られる。


 我慢出来ず……その鮮やかな紅金の鞘を奪うように掴んだ瞬間、異変はすぐに訪れた。


 ガシャリと、鍔拵えが開くのは当然の事。

 続いて、鞘から僅かに剣身が飛び出したのだ。


「……は? 嘘だろ……なんで」


 茫然自失とした表情のレオには、まるで興味が湧かなかった。


 剣が、叫んでいるからだ。

 早く抜いてくれと、急かしてくるからだ。


 仕方ない奴だ。望み通りにしてやろう。


『待った! 妾は待ち続けたぞ! この時を!』


 過去。初めて出会った時の彼女の声が、俺の頭に響く。


 あぁ、そうだな。メルティア。

 ずっとずっと……こいつは待ち続けていた。 

 

『うむ。故に、シーナよ。お主には、妾の所有物になって貰う!』


 馬鹿言うな。所有するのは、俺の方だろうが。


 今から、それを証明してやる。


「すぅ……ふぅ……」


 一度深呼吸をして、俺は漆黒の柄を握った。


「んん……! なんじゃ……これ……っ!」


「メルティア様!? どうされたのですか!」


 後ろから、なんか変な声がしたが……。

 今は、全く気にならなかった。


「いけない! あぁっ! まさか、本当に抜けるなんてっ!! 駄目です、シーナ! それを抜いてはいけませんっ!」


 抜けと言われているのだ。

 絶対に、抜かないわけにはいかない。


「シーナ! 駄目です! 駄目ーっ!!」


 白い竜姫の制止を振り切って……。


 紅金に煌めく長剣を、俺は一息で抜剣した。 





 



 

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