第94話 赤の竜姫と紅金の剣 1


 赤の守護竜が保有する、紅の戦艦。

 その応接室での話し合いを終え、数時間が経過した。


「何故、メルティアがシーナで。私がシラユキなのですか……」


「まぁだ言っとるのか、お主は……」


 現在。俺は赤の竜姫メルティアの腕に抱えられ、空を飛んでいる。


 そして、手元の資料に目を落としていた。


『……目を通しておけ。いずれ粛清をと、私の伝手を使って集めたものだ』


 以前からシラユキが纏めていたらしい紙束には、一人の男の情報が記載されていた。


 渡された時の表情から、彼女が何を求めているのは理解している。

 俺にも敵意を持って欲しいのだろう……と。


 その男の名は、レオ・タイガヴェスト。


 俺を抱えている赤の竜姫様。

 メルティアの竜装に選ばれた婚約者だ。


「やはり納得出来ません! シーナ。どうせ抜けないのですから、今からでも私の腕に来ませんか?」


「お主は信用出来んと言われたじゃろうが。しつこいぞ? いい加減、諦めよ」


 種族は虎人族。

 中でも、極めて希少とされる白い毛並みをしているらしい。


 その虎人族では稀に生まれる白毛の持ち主を白虎と呼び、それはそれは重宝するのだとか。


「だからこそです。いずれ夫婦となるのですよ? 信頼関係の構築は急を要するでしょう!」


「ふん! それこそ諦めろ。お主は脈無しじゃ!」


「はぁ!? 煩いですよ! 大体、貴女がさっさとあのクズと婚竜の儀をしておけば、今頃……っ!」


「今頃〜? 今頃なんじゃ。この行き遅れ!」


 生まれた時からの高い地位は、それが原因か。

 

 元は庶民の血筋らしいが、生まれてすぐに族長であり、領主の家の養子として迎えられたようだ。


 何不自由ない幼少期の記載は興味がない。


 体格に恵まれ、白虎のみが授かる格闘術を皆伝しており……勉学に関しても申し分ない。


 まさに天才を絵に描いたような人物の様だ。


「あっ……言いましたね! この出来損ない! 貴女のその醜い翼に、私の大事な伴侶を任せておけないと言っているのが、何故分からないのですか!」


「知らんもーん! シーナは、妾の翼は綺麗で好きじゃと言ってくれたもーん!」


 これから向かう繁華街にある闘技場では三年前。十九歳の時から常勝不敗。まさに無敵の格闘家と呼ばれており、国民の信頼も厚い。


 こちらは、メルティアから聞いていた通りだな。


「そんな事はありません! 彼だって美しい白毛の持ち主です! 社交辞令も分からないとは、なんて図々しい駄竜なのでしょうか!」


「は〜? お主、シーナの話聞いておったか?  人は自分にない魅力を持つ者に惹かれるんじゃと!お主なんぞより妾の方が魅力的なんじゃと!」


 ただ一つ懸念があるのは、女遊びが大変好きな事で有名で……来るもの拒まずと言った奔放な性格には苦情が相次いでいる。


 随分と好き勝手しているらしいな。


「そんな訳がないでしょう! 鏡見なさい鏡!」


「初対面で見惚れたって言ってくれたもーん!」


 既に妻が八名。愛人二十四名……。


 どれも高貴な血筋や著名人で、自ら望んでレオの傍に付き従えているらしい。


 これは朗報だな。同情する必要がない。


 俺は真の男女平等主義者だ。

 立ち塞がるなら、どんな美人でも二度と調子に乗れない顔にしてやろう。


「貴女みたいな出来損ないには、過ぎた剣だと言っているでしょう!」


「妾が見つけて来たんじゃもーんっ! お主にとやかく言われる筋合いはないわっ!」


 それにしても、このレオって男は酷いな。


 他者の番……嫁を孕ませる被害も相次いでいる。


 時には托卵を企て、発覚したとしても謝罪をするどころか、暴力を振るって黙認させる……か。


 夫となる男性には酷い暴言も吐き捨てるらしい。


 ……マジで殺して良いかな?


「貴女ばかり狡いですよ! 卑怯者!」


「悔しかったら、自分で探してくればぁ?」 


「なっ!?」


 強姦紛いの被害に遭った女性は百を超えている。

 既に、こいつの子供は四十を超えているな。

 現在妊娠中が……十四人?

 しかも、調べが付いてるだけでもって……。


「調子に乗るなよ、出来損ないっ! 自分の伴侶の元に帰れ!」


「言われずとも、今向かっとるじゃろうが! 妾の新しい伴侶を紹介しになっ!」


「貴女には、あの屑がお似合いだと言っているのです!」 


「お主さっき、素晴らしくて懐が深いとか言っておったじゃろう! そんなに欲しいならくれてやるわ! あんなドクズっ!」


 そのうち、認知しているのはって……なに?

 自分の妻や愛人だけしか、認めてないのか。

 全部で八人って……四分の一。

 下手したら、五分の一以下かよ。


「屑は屑でも、使える屑です! 我慢しなさい!」


「屑は屑籠にと、相場が決まっとるじゃろう! 今から捨ててやるんじゃ!」


「これまでは上手くやっていたではありませんかっ! この間だって……」


「やはり節穴じゃなっ! ずっと我慢して来たのじゃ! もう許さぬ!」


「あんなのでも戦時の今は必要なのですよっ!?」


「シーナの方が圧倒的に必要じゃ!お主だって、それが分かっとるから欲しがっとるんじゃろっ!」


 合意の上なら、他人の情事など知った事ではないが……。

 こんな奴が許されてるのは、全く理解出来ない。


「貴女には過ぎた剣だと言ったはずです! 何故分からないのですかっ!」


「分からず屋はお主じゃろ! 妾を出来損ないと呼ぶなら、優れた剣が必要に決まっとろうが!」


「あの屑も剣としては優れているでしょう!」


「もっと良い剣を見つけたから、捨てると言っておるじゃろうっ!」


 心配だけど、ミーアは置いて来て正解だな。

 指先でも触れられたら、殺してしまいそうだ。


「あぁっ! もう我慢なりません! 私の伴侶ですよ! 返せ!」


「妾のじゃ! お前なぞにやるかっ!」


 次はメルティアが受けた被害の記載か。

 その前に……。

 

「煩いよ、お前等っ!」


 あまりに頭上が煩いので怒鳴り付ければ、二人の竜姫達は互いを睨み付けて……。


「「だって、こいつがっ!」」


 おい見事に被せるな。実は仲良いだろ。


「どうでも良いから、黙って飛べよ! 乗り心地が悪過ぎるから!」

 

 責任を押し付け合う醜い二人に言うが、睨み合う彼女達は止まらない。


「ガルルル……っ!」

「グルルルルッ!!」


 遂には、愛らしい見た目からは想像出来ない低音で唸り出したので、俺はドン引きしつつ……。


 と言うか、なにその音。何処から出してるの? 

 瞳なんて、固有スキル顔負けの輝き方してるし。


 全く……仕方ないな。


「……俺は、お淑やかで清楚な娘が好きだなー」


 呟くと、二人の唸り声はピタリと止まった。


 そして暫く……黙り込むと。


「……ここは一時、停戦にしませんか?」


「……よかろう」


 互いに頷き合って、黙って飛び始めた。


 ……やっぱり、竜姫の伴侶なんて絶対に嫌だね。

 苦労するのが目に見えてる。


 あのクソ女神……本当にやってくれたな。


 ……適当な奴を探して、二人共押し付けなきゃ。


 そんな事を考えていると、頭上から声がした。


「して、シーナ。もう読み終わったのか?」


「……まだだが、想像以上に酷い」


 資料を握り潰しながら言えば、頭上から申し訳なさそうな声がした。


「すまぬな……調査に向かう条件として、奴に妾の竜装を預けておったばかりに……」


「謝る必要はない。安否確認に使えるなら、当然の処置だろう」


 王国での探索と調査を行う条件として、竜装は現在。そのレオって野郎に預けているらしい。


 その為、俺達はそのレオが居るという東部の街の繁華街を目指していた。


 竜装は元となる竜人が死ぬと消滅するらしい。


 どうせ使い物にならないなら、預けて戦地に向かうのは妥当な対応と言わざる得ない。


「それに、遅かれ早かれ喧嘩になってただろ。手間が省けた。折角なら派手にやろう」

 

 目標のクソ野郎は、どうやら今日。闘拳士として試合があったらしい。お陰で所在は割れている。


 終わった後は女達と決まった店で祝勝会と称して馬鹿騒ぎを行うのが慣例らしいのだ。


 そこで竜装を取り返し、ついでに婚約を破棄してやる算段だ。


 ……楽しみだな。

 今から野郎の間抜け面が、目に浮かぶようだ。


「……この際。喧嘩をするなとは言わぬ。じゃが、気を付けるんじゃぞ? 女癖は本当に最悪じゃが、それでも咎められん程の実力者じゃ。舐めて掛かると痛い目を見るぞ?」


「それに関しては、問題ない」


 忠告を一蹴して、俺は資料に目を落とした。

 遅れは取らない。絶対の自信があるからな。


「何故そう言い切れる?」


「こちらの住人は、お前達。竜人を除けば、警戒するような能力を備えていない。港町でも文明の格差は感じたが、相手は闘技場で時代遅れの殴り合いをしているような野郎だ。俺の敵じゃない」


 根拠を口にすれば、隣に並んできた白い竜姫様が自信満々の顔で言った。


「そうでしょうね。シーナの使う防壁は私でも対処が困難です。全力で殴れば割れそうですが、それは私達竜人の膂力を持ってしての話……あの屑には、とても突破出来るとは思えません」


 次いで、シラユキも頷く。


「それに加え、シーナにはあの速さがある。竜姫であるお二人ですら対処出来ないのだから……その。あまりやり過ぎるなよ?」


 途中から、まるで釘を刺すように睨んで来たシラユキを見て……俺は肩を竦めて見せた。


「心配するな。股間を蹴り潰して、二度と女遊びが出来ない身体にしてやるだけだ。お前の用意した資料を読んで吐き気がした。償って貰う」


「またアレをやるのですか……今回ばかりは適切と言わざる得ませんが、あまり見ていて気持ちの良いものではありません。正式に婚約をした際には、控えて下さい」


 白い竜姫様は頭がお蕩けになっておられるので、まともに相手をすれば馬鹿を見る。無視だ。


 とは言え、情報通りなら奴と対峙するのは酒場。

 店に迷惑は掛けられないから、今日は挨拶だけになりそうだけどな。


「それに相手は稀少な白虎です。敵に回せば、多くの種族の反感を買うでしょう」


「知るか。わざわざ連れて来たのは、お前達だろ。事後処理はお前等の仕事だ。だろ? シラユキ」


 白い竜姫様の意見を一笑に伏して見せる。


 とは言え、こんな高さで落とされたら普通に死ぬので、俺は全員の顔色を窺った。


 すると、シラユキの顔に苦悶の表情が浮かんだ。


「私も奴には随分と煮湯を飲まされた。流石にこれ以上は黙って置けない。本当にシーナがメルティア様の適格者だと発覚した場合……奴は用済みだ」


 はっきり用済みだと言える辺り、やばいよ。

 遺恨は相当に根深いらしい。


 続いて、メルティアの表情も陰った。


「事あるごとに呼び出しては、酌をしろだの恥ずかしい服を用意してあるから着ろだのと……ろくな奴では無かったからの。シラユキにも、随分と苦労を掛けた……すまぬ」


 お前、そんな事させられてたのか。竜姫なのに?


 婚約して一年近いらしいが、ここまで恨むか。


 二人の表情を見る限り……。

 残念ながら、事実みたいだな。


「メルティア。貴女、そんな事までさせられたのですか? 惨めですね。同じ竜姫として恥ずかしい」


「ふんっ……言っておれ。それも今日までじゃ……シーナ、信じておるからの?」


 白い竜姫様からの煽りを気丈に返して、メルティアは俺を見下ろしてきた。


 見上げれば、金色の瞳が優しく揺らいで……。


「……任せとけ。うちのお姫様の敵は、俺の敵だ。死なない程度に殺してやるよ」


 彼女の抱く理想を共に追う者として。


 何より、ガイラークに任せたミーア。

 俺の帰りを待つ恋人の期待を裏切らない為にも。


 今日の喧嘩は、絶対に負けられない。


「私の伴侶に加え、シラユキと竜人二人を敵に回すとは……敵ながら、少々可哀想ですね」


「可哀想? 馬鹿言え。このレオって野郎に関しては自業自得だろ。同情の余地はない」


 気合いを入れ直したが、白竜姫様の言う通りだ。


 実際、負ける要素は皆無。


 こっちには、この国の守護の要らしい竜人の姫が二人も味方に居る。


 自由ギルドと殺し合った時に比べれば、楽勝だ。


 寧ろ、今回は過剰戦力が過ぎる。


 これで負けたら、レオって野郎は勇者達。

 女神様の英雄達よりも強い証明になってしまう。

 それ位、凄まじい戦力だ。

 

 第一、喧嘩になるのか? これ。


 人にやり過ぎるなとか言ってるけど……。

 正直。俺は自分よりも、こいつ等の方が心配だ。


 今回は殺せないから、特にな。


「いいえ、同情出来ます。あのクズが、今の手を付けられない程のクズになってしまったのは、そこの駄竜が勘違いを助長したせいですから」


「……元々、酷かったじゃろうが」


「私から言わせれば、たかが毛が白いだけの虎族です。思い上がりも甚だしいと思っていました」


 どうやらメルティアの婚約者は、白毛を優遇する竜姫様でも度し難い馬鹿野郎らしい。


「しかし、守護者となればそうもいきません。あのクズの犠牲になった者に対する責任は、貴女にもありますよ?」


「分かっておる……だから妾は、我慢して彼奴の傍に居続けたのじゃろうが……」


 資料を見る限りでは、全く抑制出来てないみたいだけど……?

 流石に、これは言わないでおこう。可哀想だ。


「監督するのは当然の義務でしょう。もしも、あの日。誰の竜装も反応しなければ、その場で凍て付かせるつもりでいましたからね」


 容赦なく言い放つ、白い竜姫様。


 資料には、一年前。正式に赤竜の伴侶。

 守護者の候補者となってからは、その立ち振る舞いが一段と酷くなった事も記載してある。


 流石に俺は、メルティアを見上げて一言。


「お前の竜装、男の趣味が悪過ぎるだろ」


「ふぐぅ……っ! い、言わんでぇっ! それ、妾が一番気にしとる事じゃからーっ!」


 淡麗な顔を歪め、イヤイヤと顔を振る。


 二つ結びの真紅の髪を暴れさせ喚く同胞の姿に、白い竜姫様は愉しげに笑った。


「ふふっ。言われてしまいましたね、メルティア。さぁ、シーナ。もう分かったでしょう? こんな娘の竜装など、貴方には関係のない事です。もう諦めましょう? そして、私と共に覇道を往くのです」


 逝きません。


 何故なら俺は他人に竜装を押し付けて、お前等を上手いこと利用出来る良い距離感を目指している。


「それも……今日までじゃもん。シーナが妾の竜装を抜いて、幸せにしてくれるもん……」


 俺は、この世界の人間なので! 

 全部終わったら、ミーアと住む家を買って普通に幸せになりたいのでっ!

 

「貴女の趣味の悪い竜装が、シーナに抜ける訳ないでしょう! 夢を見るのも大概にしなさい! 大体貴女は昔から……っ!」


「シーナは抜いてくれるって言ったもん! 抜いて貰えんかった癖に偉そうにするな! お主はこれからも、ずーっと独り身じゃ!」


「なんですって……! ガルルルッ!」

「事実じゃろうがっ! グルルルルッ!」


 ……まーた始まったよ。


 もう良いや。気の済むまで喧嘩してれば良い。


 呆れた俺は、お前も大変だな……と思いながら。

 白い竜姫様に抱えられたシラユキに、哀れみの目を向けると……。


「……分かっている。お前は、私達のだものな?」


 ポッと頬を染めた白狼娘は、余計な事を……っ!


 ミーアとの関係まで、勝手に示唆するな!


「はぁ? シラユキッ! どういう事ですかっ!」

 

「そうか。お主も敵じゃったなっ! シラユキ!」


 ほらー! 

 こいつ等、耳が異常に良いんだから……っ!


「異界の者と結ばれてはならん。そう言ったのは、貴女でしょう! メルティア様っ!」


「私達は良いのです! 元々、他種族との交配を前提とする竜人ですから!」


「そうじゃ! 竜装に選ばれれば、シーナには妾と同じ、竜になって貰うからのぉ!」


「二人とも卑怯ですよ! それはーっ!」


 えぇ……味方が一人も居ないんだけど……!


 ……まぁ良いや。

 所詮、熱に浮かされた一時の気の迷い。

 こんなものは戯言に等しい。聞き流しておこう。


 悟りを開いた俺は、手元の資料に目を落とした。


 騒がしい口論は、目的地付近まで続いた。





 闇の中で驚く程に明るい街へ到着したのは、夜も更けてきた頃合いだった。


 頭部を隠す為に深く被った外套の頭巾の下。

 街の景色は、とても常識からかけ離れていた。


 やはり、文明格差が激しいらしい。


 拙い。色々と目移りしてしまうな……。


 あの光はどうなってるんだ? 

 あんなに小さな硝子から、青とか赤とか……。

 多彩な光がピカピカしてて、綺麗だな。


 ……駄目だ。気になるが、人混みが凄い。

 皆を見失わないよう、前だけを見ないと。


 俺は衝動を抑え込みながら、小さな三つの背中を追いかけた。





 目的地は、不思議な光でビカビカ光る店だった。

 

 文字が読めないので、店名は不明。

 事前に聞いた情報では、会員制の酒場らしい。


 入店すると、激しい音が鼓膜を揺さぶった。


 暗い店内に様々な色の光が線みたいに照射され、くるくる動いている。


 なんだこれは……これが、酒場だと言うのか?


 辺りを見れば、着飾っている者ばかりだ。

 特に、やけに薄くて身体の線がはっきり出ている派手な服を着た女が目立つ。


 男達も派手な格好をしている。

 彼等は女達を下卑た目で見たり、声を掛けたり。中には腰を抱いていたり……共に踊っていたり。


 随分と楽しそうではあるのだが、見ているだけで頭がおかしくなりそうだ。

 嗅ぎ慣れない匂いも……辛いな。


 手早く要件を済ませて、帰りたい。


 そんな事を考えながら、店内を歩いていると……人混みの中。俺達に近づいて来る人影があった。


「いらっしゃいませ、お嬢様……あっ」


「妾じゃ。レオはおるか?」


「これはこれは、メルティア様! はい! いつものお席です。ご案内しましょうか?」


 近寄ってきたのは、小綺麗な格好の老夫だった。

 彼は、メルティアを見て驚いている。


 会話を聞く限り、どうやら顔馴染みな様子だ。


「不要じゃ。今宵も相当騒いでおるのじゃろう?」


「はい……それはもう。どうか、お気を悪くされませんように……」


「いつもの事じゃ。少々騒がしくなるやもしれん。費用は、妾に請求せよ。遠慮は要らぬ」


「畏まりました。毎度、有難うございます……」


 見た感じ、羊のような角をした老夫……恐らく店の従業員は、畏った態度で去って行った。


 まさか、同じ竜姫である白い竜姫様に気付きもしないとは……相当参ってるな、あれは。


 冒険者時代、迷惑な客の相手は良くしていた。

 これなら、多少は暴れても問題ないだろう。

 ……久々に腕が鳴るな。


「ねぇ……あれ」

「メルティア様じゃん。帰ってたんだ」

「シラユキ様、かわいー。あ。後ろに居るのって、もしかして……っ!」

「あぁ! すげぇ……ゼロリア様だ。俺、初めて生で見たよ。なんでこんな所に……っ!」

「凄い組み合わせだね。あの外套は誰だろう……」


 分かってはいたが、皆やっぱり有名人なんだな。

 凄い人気だ。頼むから、俺は許して。


「こっちじゃ……来い」


 客からの注目を集めながら、店の奥に向かったメルティアは、通路に入った。

 更にその最奥……立派な扉の前で足を止める。


 外まで馬鹿騒ぎが聞こえて来る扉。

 ……ここに、野郎が居るんだな。


 ここからは、事前の打ち合わせ通りだ。

 扉を開いたメルティアの次にシラユキが入る。

 次いで俺。最後に白い竜姫様と続いた。

 

 中は、驚く程に広くて豪勢な部屋だった。

 思ったよりも薄暗いその部屋は、奥の方だけ照明で照らされている。


「しかし、今日の相手もつまんねー奴だったなぁ。ちょっと小突いてやっただけで、小便漏らしやがってさ! 汚かったねぇ野郎だぜ、全く!」


 目標とする相手は、一目で分かった。

 部屋の最奥。照明に照らされた黒い革張りの立派な長椅子の中心に、そいつは居た。


「レオちゃん強過ぎるもーん。仕方ないじゃん?」

「そうねぇ。レオの試合とか、見てても相手がかわいそーって言うかぁ?」

「レオ様。今夜こそは抱いて下さいよー! 私、先週から誘ってるのにー!」

「レオー。誰か来たわよー」


 派手な格好の女達を侍らせて、偉そうにふんぞり帰っている大柄な男……。

 資料にあった特徴と完全に合致している。


「あぁ? おおー。誰かと思えば、メルティアか。我が愛しの竜姫様じゃねーか!」


 頭巾の下から、改めて奴を観察する。


 所々、黒の混じった白毛。

 筋骨隆々で非常に身長が高く、その体格の良さは銀等級冒険者……あのバルザを凌いでいるようだ。

 顔は相当整っていて、こちらを見る目付きは鋭く険しい。

 ……まぁ。ギラギラと光を反射している白い服は、悪趣味としか言いようがないな。


 ……こいつが、レオ・タイガヴェスト。


 常勝不敗の白虎。最強の闘拳士か。


 侍らせている女達は、全て身体の線がくっきりと出た色鮮やかな薄い服を着ている。

 当然の如く、全員。美しい容姿をしていた。

 種族は多種多様で、黒髪を忌み嫌うらしいから、居ないのも情報通り。


 数えて見れば……二十一人だな。

 妻が八人だから、殆どが愛人か知り合って間もない女達だろう。


 ……本当に調書通りだ。気持ち悪い。


「……帰還の挨拶に来た」


 真紅の髪を揺らし、メルティアが前に出た。


 すると、レオの黄色い瞳が鋭くなる。


「おぅ。よく生きて戻ったなー。あぁ! ちゃんと俺の戦艦は見つけて来てくれたかー?」


 はっきりとした声音で、クソ野郎は自分の物だと主張した。


 あの戦艦は、メルティア。

 赤い竜姫のものだというのに。


「……見つけて、来たとも」


 しかし。それに対して彼女は、反論しなかった。

 静かな声で事実だけを述べ、俯いてしまう。


 後ろから見る、小さな肩は震えていた。


 竜である彼女が怯えているとは思えない。

 勿論、耐え難い激情を抱いているのは確かだ。


 安心しろ、メルティア。

 あの楽しそうな面、すぐに絶望に変えてやる。


「そりゃあ良い! おい! 聞いたか、皆! 赤の守護竜様の戦艦が戻って来たとよっ! 全員、一部屋ずつ充てがってやるからなー!」


 白虎野郎レオが叫べば、女達が一斉に湧いた。


「きゃー! レオちゃん。さいこー!」

「赤の守護竜の戦艦が私達の物とか、やばすぎ!」

「私、艦長室が良いー! レオちゃん、一緒に寝よーねー!」

「メルティアー! あんた今日から物置ね!」

「それは駄目でしょ! あはははっ!」

「竜人だからって、特別扱いしないからね? レオにとっては九番目なんだから、当たり前でしょ!」


 …………聞くに耐えないな。


 こいつら、人を馬鹿にするのも程がある。

 高貴な血の奴等とは聞いていたが……あまりにも酷いな。

 頭が悪い。さっさと終わらせようか。


「おい、メルティア。いつまでそこに突っ立ってるつもりだ? 早く着替えて旦那様に酌くらいしろ!シラユキ! 勿論、お前もだ!」


 見れば、シラユキも俯いて、恥辱を堪えていた。


 握った拳が震えているのを見れば……。

 彼女がこれまで、奴等から。どんな扱いを受けて来たのか……容易に想像出来る。


 白狼族は誇り高いと、彼女は言っていた。

 なら、その誇りを取り戻してやろうではないか。


「あぁ? 聞こえねーのかよ。それとも無視か? 生意気な……おい、お前達! あの二人を相応しい格好に着替えさせてやれっ!」


「はーい!」

「竜姫様とー、白狼ちゃんの生着替えだー!」

「あんたら。もし手なんか出したら、どうなるか。ちゃんと分かってるんでしょうねー!」


 聞くに耐えない罵声を浴びながら、メルティアの肩に手を置く。

 すると彼女は、俺の頭巾の中を覗き込むように見上げて来た。


「後始末、ちゃんとやれよ」


 金色の瞳を見ながら言うと、メルティアは……。

 主である赤の竜姫は、涙を零しながら頷いた。


「すまぬ……妾が、不甲斐ないばかりに……」


「主人の不始末を片付けるのが、配下の役目だ」


「すまぬ……すまぬ……頼んだ……」


 震える肩を二度、ポンポンと叩いて。メルティアの前に歩み出た俺は……。


 醜悪な表情を張り付けながら、迫って来る女達に向かって顔を上げた。


 そして、頭巾の下でニィィ……と。

 最大まで口角を上げながら、告げる。



「待て」


 


 

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