第93話 白の竜姫と白銀の剣 2
「抜いて下さい! 大丈夫ですからっ!」
白い竜姫様が、鞘に収まった白銀の剣を手に机上に身を乗り出している。
誰かさんが考え無しに斬ったせいで裂けた服。
お陰で白い肌がチラチラと覗き、特に胸元は大変けしからん事になっていた。
「感じたのでしょう! この剣は自分の物だと! だから貴方は手離したのでしょう!?」
しかし、そんなものを覗いている場合ではない。
俺の目線は、彼女の顔に釘付けにされていた。
凄い剣幕だ。真っ白な肌は紅潮し、碧銀の瞳は縦に伸びた蛇のようになっている。
「さぁ! 手に取って! さぁ! さぁ!」
あまりに必死な形相に、すっかり気圧されて。
美少女竜姫様に迫られている俺は、少しでも距離を開こうと椅子に深く背を預け……!
「守護せよ! 助けろ、メルティア……っ!」
白い竜姫と自分の間に防壁を生み出し、隣に座る赤い竜姫様に助けを求めた。
「何故ですかっ! あっ! お前っ!」
魔法の防壁に気付いた白い竜姫は、不可視の防壁をドンドンと叩いている。
「ひぇ……」
目の前のあまりに怖過ぎる光景。
まだ破られた経験のない防壁魔法だが、この猛獣はそれが出来る可能性が存分にある。
法力は惜しみなく注ぐが、全く安心出来ない。
「こほん……あー、ゼロリア」
救いを求めて視線を向ければ、うちのお姫様は困ったような顔をして。
「その……じゃな? 無かったことにせんか?」
「ありえませんっ!」
防壁を叩く手を緩める事なく、白い竜姫様は俺を見つめ続けている。
正直、怖過ぎて堪らない。
そう言えば、魔法薬のあまりが一瓶あったな。
飲んじゃおうかな……。
「メルティア! 貴女にも分かるでしょう!? 彼は私の竜装を解錠しました! やっと見つけた適格者なのですっ! 譲りなさいっ!」
「お主。意味分かっとるのか? シーナはこの世界の者じゃ。竜装を託すということは……」
「人の身でありながら、氷竜である私を翻弄出来る実力者です。これ程の逸材なら問題ありません!」
問題は大有りだが、話が見えてきた。
こいつ、俺を自分の守護者とやらにする気か。
えっと……つまり。
俺は、この竜姫様の伴侶になる訳で。
…………いや。拙いだろ。
「良い考えだ。無かった事にしよう」
「許しません! 剣を抜きなさい、シーナ!」
「絶対嫌だ」
俺には、もう心に決めた女の子がいる。
幾らユキナと同等以上の美少女に迫られても、俺は絶対に不誠実な事はしない!
もう全身隅々まで見た女の子を裏切れるかよ。
そんな事を思っている俺を白い竜姫様は見つめ続けている。
「私の何が不満なのです! 貴方は竜の伴侶となれるのですよ! 私は容姿にも自信があります!」
強いて言えば、高圧的で自信過剰なところかな。
「……俺は薄汚い蛮人なので。君みたいな綺麗なお姫様には釣り合わない。お引き取りを」
「くっ……!こ、これまでの無礼は謝罪します! お願いですから、私の話を聞いて下さい!」
これは、簡単に諦めてくれそうにないな。
なんか、剣の鍔拵えが外れたせいで大変な事になってしまった。
あの駄女神、適当な仕事しやがって。
何が資格だ。メルティアだけじゃなく、他の竜姫の伴侶にもなれるなんて聞いてないぞ。
せめて竜装の説明くらい、ちゃんとしてくれ。
「あぁ……まさかこんな事になるなんてっ! 全部メルティアのせいですよ!?」
「はぁ? どうして妾のせいなのじゃ。知らんわ。全てお主の自業自得じゃろ」
「私の運命の伴侶が異界の民なんて、誰が想像出来ますかっ!」
遂には運命の伴侶とか言い出したんだけど。
もう隠す気も誤魔化すつもりもないらしい。
「やめてくれないか? 俺にはもう、好きな娘が」
「まずは剣を抜きなさい! 話はそれからです!」
絶対嫌だよ。その瞬間、なんか凄い能力が備わって逃げられなくなるんだろ?
俺は詳しいんだ。目の前で剣聖になった幼馴染を連れて行かれたからな。
「おーい、そっちのお二人さん。あんたらのお姫様だろ? 止めてくれ」
望みを賭けて、竜姫様の配下達に声を掛けた。
さっき脅してしまったせいで静観を決め込んでいるようだが、君達も意見を言って良いんだぞ。
ほら、言ってやって!
薄汚い俺は竜姫様に相応しくないって言って!
強く念じていると。配下二人は顔を見合わせ、肩を抱き合って背を向けた。
「……どう思う?」
「……味方に付けれるなら、頼もしい」
「だよなぁ……」
「歴代最強の守護者になるかもしれない」
「仕える主としては、悪くないな……」
何やら相談していた二人は、最後に頷き合って。
こちらに振り返り……同時に恭しく頭を垂れた。
「末長く、宜しくお願い致します」
「シーナ様。おめでとうございます。ゼロリア様を宜しくお願い致します」
「は?」
え……と? どうして、そうなるんだろう。
「待て。俺はお前達にとって敵である人間で……」
事実確認をすると、顔を上げた二人は非常に畏まった態度で告げる。
「ご心配には及びません。守護者となれば、正規に我が陣営。シーナ様としても悪くない選択かと」
「貴方様の存在を誰もが認めざる得なくなり、敵視する者も居なくなると愚考致します」
……どうしよう。
敵視されていたはずなのに認められちゃった。
愚考致しますじゃないよ、気持ち悪い。
気味の悪い配下達に絶望していると、白い竜姫様は満足げに頷いた。
「流石ですね、お前達。さぁ、シーナ。私の竜装を抜いてみましょうか?」
机上に座り込んだ竜姫様が、微笑みながら白銀の剣を差し出してくる。
いや待って……なんで、こんなに押しが強いの?
「剣が選んだ相手と結ばれるなんて間違ってる! 俺は絶対に認めない」
「それは貴方の価値観でしょう。私は構いません」
あぁ畜生。さっきの話が裏目に出てしまった。
なにも言い返せないじゃないか。
「あんた。綺麗なんだから、もっと自分を大切に」
「ですから、大丈夫です。私は、自分で決めた条件に当て嵌まる者にしか、我が秘宝を触れさせておりませんから。貴方は問題なく当て嵌まっています」
なら、その条件に問題あり過ぎるだろ。
敵にまで当て嵌めるな、馬鹿。
と、決して口には出来ない悪態を吐いていると。
「寧ろ……その」
口元を手で隠した竜姫様は、恥ずかしそうに目を逸らして……。
「……検討した結果。理想的な殿方かと」
だから、どんな検討だよっ!
男の趣味が悪すぎるにも程がある。
「メルティア。俺、離席して良いか?」
「だから何故ですか!」
怒り狂った竜姫様から、冷気が迸った。
感情に任せて部屋を寒くするのはやめて欲しい。
「くちゅん……さむ……」
見れば、ミーアが寒そうに腕を擦ってる。
あぁ、可哀想に……心配で堪らない。
居ても仕方ないし、避難させるとしよう。
「シラユキ。ミーアを連れて部屋を出ていろ。風邪を引かせたくない」
「あぁ……宜しいですか? メルティア様」
「構わぬ。ゼロリア、落ち着け。部屋が凍り始めておるじゃろうが」
「あっ……すみません」
言われて、やっと自分の失態に気付いたらしい。
竜姫様は謝罪し、机上から降りて椅子に戻った。
「ミーア、正直守り切れない。シラユキと部屋から出ていろ。出来る限り早く終わらせる」
「……うん、分かったわ。気を付けてね」
不安げな顔のミーアに、俺は手を振ってやる。
「心配するな。上手い事やるよ」
護衛を任せたシラユキに連れられ、退室するミーアを見送って。俺は竜姫様に向き直った。
「驚きました。本当に異界の言葉も操るのですね」
どうやらミーアに話したのを聞いて、改めて実感したのだろう。
白い竜姫様はそんな事を言ってきた。
「当たり前だ。それと、こっちの世界ではお前達の方が異界人だぞ」
「それもそうですね。全く……メルティア、本当によく見つけましたね。狡いですよ? 私に下さい」
「だからやらんと言っておろうが。妾のじゃ」
まだ、お前のでもないけどな。無職だから。
「貴女だけが独占して良い存在ではないでしょう。共存、敵対……どちらを取るにしても、彼の力は皆で共有するべきです。そうでしょう?」
白い竜姫様の言っている事は、的を射ている。
それだけ言語の壁は分厚い。
先駆者が居ない現状では、教本なども当然存在していない。自力で学ぶのは不可能に近いだろう。
個人にのみ雇われ教えるのは、効率も悪い。
何より俺が逆の立場だったとしたら、可能な限り早く教えを乞いたいと考えるのは当然の欲求だ。
狡い、そう言われても仕方がないな。
「言われずとも分かっておる。じゃが、現状を考えれば……」
「もし、彼が私の剣を抜いて見せてくれたら。私は貴女の良き友人となりましょう」
拗ねたようなメルティアの言葉を遮って、白い竜姫様は自らの主張を述べ始めた。
「彼等が言ってくれた通りです。守護者となれば、シーナの安全は保証されます。私だって、妻として支えましょう。貴女の抱く理想。その良い理解者となる事もお約束致します。どうですか?」
「…………うむぅ」
困った顔で、メルティアが俺を見た。
これは拙い……お前も。うむぅ、じゃないよ。
頑張って? ねぇ! 頑張ってよ!
必死に念じていると……。
頼みの綱であるメルティアが、そっと俺から視線を逸らした。
そして、ボソリと呟く。
「……抜くだけ、抜いて見せても良いと思う」
「メルティア?」
あ、こいつ……俺のこと売りやがった!
そんなに友達が欲しいか! お前、散々馬鹿にされてただろ!
「そう来なくては。はい、シーナ。どうぞ」
微笑む竜姫様が、机上に剣を差し出してきた。
だから、なんでそんな嬉しそうなの?
まだ俺達出会ったばかりだし……初対面から殺し合いまでしたよな?
こんな奴の妻になるとか、正気か?
「おいメルティア。なんとかしろ」
「……試すだけなら、良いじゃろ。抜くだけなら問題ないのじゃ……それに、抜けんかもしれんし」
鍵が外れて抜けない剣なんか、ある訳ないだろ。
「何だそれは。絶対抜けるだろ。触った時にこれは抜けるって感じがしたんだよ!」
「えっ。まさか、剣の声を聞いたのですか?」
「あっ」
やば……しまった。余計な事を言った。
思ったより、俺は動揺しているらしい。
「あの……婚竜の儀は、いつにしましょうか?」
恐る恐る見れば、竜姫様は恥ずかしそうな顔で、もじもじと……!
……やっぱり、感情なんか要らないものだった。
あとで魔法薬を飲もう。絶対に。
大体、婚竜の儀ってなんだよ。
まさかとは思うが……。
「メルティア。婚竜の儀ってなんだ?」
尋ねると、そっぽを向いているメルティアの耳が赤く染まった。
そして彼女は、か細い声で呟く。
「……乙女にそんな事を聞くな。馬鹿者め」
「その。初めての時は……優しくしてくださいね」
……成る程ね? 大体分かった。
そのまさか。嫌な予感的中って訳かよ。
もう逃げ道がない。どうしよう……。
「分かった。抜けなければ良いんだよな? これ」
考えた末。俺は、机上の剣を掴んで持ち上げた。
途端に、ガシャンと開く鍔拵え。
……お前マジふざけんなよ。
抜けたら溶鉱炉に突っ込んで溶かすからな?
勇者や剣聖に対抗出来る武器だと女神に聞き、期待していたそれは……今となっては呪いの武器にしか思えない。
それもこれも、全部女神エリナのせいだ。
あの性悪女神、どれだけ俺を苦しめたら気が済むんだよ。
「ちなみに鍔拵えが外れて抜けなかった前例は?」
最後の希望に縋って尋ねる。
すると、隣から弱々しい声がした。
「一応……妾の竜装が、その前例じゃ。妾の婚約者は一度開錠しただけで、抜剣は出来ておらん」
それで婚約者とか、馬鹿じゃないのか?
全く理解出来ない……気に入らないなら大人しく従う義理はないだろうに。
「それを良い事に、ずっと逃げ続けてるんですよ。全く、みっともない……これを機に、貴女も腹を括ってくださいね?」
「……分かっとるわ」
しかし一応、前例はあるんだな。少し安心した。
分かってるよな、女神様。頼むから抜けるなよ。
ここで抜けたら、俺の人生が終わってしまう。
綺麗な竜のお姫様がお嫁に来てしまう……っ!
俺が直接、勇者達と。
剣聖ユキナと戦わなきゃいけなくなるのだ。
「あ。抜けない振りとかしても無駄ですよ? 分かりますからね」
じっと俺を見つめながら、白い竜姫様が言った。
もう、本当にお前嫌い。
こんな奴が嫁になったら一生尻に敷かれて泣く。
「分かってるよ。じゃあ、試してみる……っ」
気合いを入れて柄を握った瞬間に、理解した。
……駄目だ。これは絶対に抜ける。
早く抜けって、剣が訴えかけてくる感じがする。
「……どうしましたか?」
静かな声で、白い竜姫様が言った。
酷く緊張した面持ちで、碧銀の瞳が揺れている。
「……いや」
それはメルティアも同様で、金色の瞳には焦燥の色が浮かんでいた。
抜けるな、そう言っている気がした。
……とりあえず。軽く、力を入れてみるか。
「……ふぅ。よし」
握った腕に少しだけ、力を入れた瞬間だった。
鞘から、透き通るような剣身が顔を出し……!
「よくねぇ!」
「あっ!」
あまりに軽すぎる感触に慌てて、叩き付けるように納剣した。
危ない。思わず見惚れてしまいそうな程に綺麗な剣身だった。
これが抜けたら俺の人生終わっちゃうのに、抜けるのが確定してしまった。
一体どうしたら良いのか誰か教えてくれ。
とりあえず、抜剣はしてないから。まだ……。
「……ふぅ。危なかった」
まだ、誤魔化せるはず。
身体にも異常は感じられない。
変な力は授からずに済んだようだ。良かった。
「危なかったじゃありませんよ! 今、抜けましたよね? 絶対抜けましたよね!」
白い竜姫様が身を乗り出して喚く。
その顔は紅潮していて、蜥蜴のような白い尻尾がふりふり。蝙蝠のような翼がパタパタしていた。
凄く嬉しそうだ。
本当に男を見る目ないな、お前。
「シーナ。お主、やってくれたのぅ……」
対し、メルティアは非常に困っている様子だ。
一番困っているのは俺だと言うのに、そんな顔は大変失礼だと思う。
俺は剣を机上に置いて、鍔拵えが閉まるのを確認した後。顔を上げて白い竜姫様を見た。
そして、必死に考えて……。
自覚出来る程に引き攣った顔で告げる。
「抜いたから、メルティアとの協力。宜しく」
絞り出したのは、我ながら苦しい言葉だった。
すると、彼女はこくりと頷いて。
「分かりました。では、メルティア。彼は今後。私が預かります。宜しいですね?」
……宜しくないよ?
「駄目だ。俺はメルティアの傘下に入ると宣言したはずだ」
勝手な事を言い出したので止めるが、キッと睨まれてしまう。
「当然の要求でしょう。貴方は私の伴侶となるのですから……互いを知るためにも、今後は行動を共にするべきでしょう?」
理屈は分かるけども、問題はそこじゃない。
「だから無理だって。俺はただの人間だ。お前等は長命なんだろう? 竜の嫁なんてあり得ない」
最初の自己紹介でメルティアは六十代と言っていたが、人間の六十歳は充分爺さんだ。
しかもそれで幼竜なのだという。
同じ竜人である竜姫様も同じくらいだろう。
とてもじゃないが、伴侶になどなれない。
そう思っていたが、竜姫様は得意げな顔で言った。
「婚竜の儀を行えば、守護者は半竜化しますから、何も問題ありません」
「えっ。半竜化……?」
「はい。守護者の力を得ると言うのは、そう言う事です。文字通り貴方には竜になって頂きます。
えっ……なにそれ、聞いてない。
あのクソ女神! そう言うことかよ!
なにが
守護者の力があれば……って。
人間辞めて無理やり使えって事かよ!
竜になるなんて冗談じゃないぞ!
憤慨していると、メルティアが俺を見ながら……
「……あの速さに竜の膂力と竜装が加わるのか」
ボソリ、と呟いた。
それを聞いた白い竜姫様は、勝ち誇った顔でメルティアを見下ろす。
「やっと気付きましたか、メルティア。うふふ……素晴らしい伴侶ですよ。最も気高く、美しい竜姫である私に相応しい守護者と言えるでしょう。悔しいですか? 悔しいでしょうねぇ?」
そして、楽しそうに煽りだした。
「おい。俺はまだ了承してないぞ」
「先程、貴女私になんて言ってましたっけ? 一度も喧嘩に勝った事がない? ふふふ……確かにそうでしたね。ですが、これから勝ち続けるのは私! 結局、最後に笑うのは私なのですよ!」
「人の話聞けよ」
勝手に盛り上がりだした竜姫様に呆れつつ、メルティアを見る。
「……くぅ」
すると彼女は、酷く寂しそうな……悲しそうな顔をしていた。
その細い二の腕は、爪が食い込む程に強く握られている。
「……お前」
それは、やっと見つけた希望。
自分の理想を叶える為、手に入れた俺と言う存在が、誰かに取られる事を容認するしかない。
そんな辛い気持ちを必死に堪えているのだと、嫌でも分かってしまった。
「……ん? なんじゃ、シーナ」
何故なら俺は、過去に似た経験をしている。
それは、成人の儀を受けた教会で。
何も言えず、連れ去られて行く幼馴染に手を伸ばす事しか出来なかった……あの時。
今の彼女は、過去の俺と酷く重なって見えた。
「……大丈夫だ。俺は、どこにも行かない」
見上げて来た金色の瞳は不安に揺れていて、自然と言葉が口を突いた。
「なんじゃと?」
途端に、驚いたように目を見開く赤い竜姫様。
それを見て、俺は白い竜姫様に向き直る。
この手は使いたくなかったが……仕方ないか。
あーあ、結局……女神様の手の平の上かよ。
「少し我慢しろ。間違っても殴るなよ」
「へっ?」
俺は、困惑した顔のメルティアの肩を抱き、足を組んで努めて大きな態度を取った。
「ちょ!? シーナ!?」
「少し黙ってろ」
苦言を呈する姫様は耳元で囁き、黙らせる。
そうして未だ勝ち誇っている白い竜姫を睨み……口角を上げ、鼻を鳴らしてやった。
「ふんっ。それはどうかな? 俺にはもう先約が居るんだ。これからも、お前との喧嘩に勝ち続けるのはメルティアだよ」
途端に、白い竜姫様は俺にジト目を向ける。
「……どういう事ですか?」
「そのままの意味だ。言ったろ? 俺はメルティアに剣を捧げたって」
開いた左手をひらひら振ってやると、白い竜姫様は不機嫌そうな顔で俺達を睨み付ける。
「関係ありません。不愉快なので離れて下さい。貴方もメルティアも既に婚約者がいる身でしょう? 特に貴方は私の伴侶です。他の女……それもそのような穢らわしい翼に触れるなど許しません」
こいつ、まだメルティアの黒い翼を穢らわしいと言うか。
やっぱり、気に入らない。
とことんやって吠え面掻かせてやる
「俺はお前の伴侶になった覚えはねーよ。勝手に束縛しようとするな……っと、色々言いたい事はあるけどな。俺はこの黒い角と翼が本当に好きなんだ。そういう訳で、俺はこいつを嫁に貰おうと思う」
「なっ……お主、なに言っとるんじゃ!?」
「そうですよ! 大体、そんな事が許される訳が」
腕の中で慌てるメルティアと、叱責しようとする白い竜姫二人の反応は予想通りだった。
しかし、俺には既に秘策がある。
「竜装が抜ければ良いんだろ?」
はっきりと言えば、二人はピシリと固まった。
俺は、そんな二人を交互に見て……メルティアの金色の瞳に目を留めた。
「メルティア。お前、今の婚約者が気に入らないと言っていたな?」
「あ……うむ……確かに言ったが……」
「じゃあ俺で妥協しろよ。同じ理想を追う者同士、仲良くやろう。俺なら少なくとも、お前を穢らわしいとか全く思わないし。寧ろ、凄い美人だと褒め続けて自慢してやるよ。どうだ? 大事にするぞ」
我ながらスラスラ出たな。
勿論、これは方便だ。この場を治めるために使う苦肉の策である。
だが、メルティアは話が分かる奴だ。後から説明すれば事足りるだろう。
女神が言うには、竜装が抜けるのは確定だ。
勇者に従属させられるはずだった赤の竜姫様は、俺の運命の女の子に変わってるはずだからな。
……なんか。やってる事ユキナを寝取った勇者と同じで気に入らないけど。
「う……うむ。良かろう。本当に抜いてくれたら、妾……お主に嫁いでやっても、良いぞ……?」
そんな事を考えていると、メルティアは頬を赤く染め、金色の瞳を潤ませた。
腕の中で恥ずかしそうに身動ぐ彼女は、想像以上に可愛くて……。
……あれ? なんか凄く期待してない?
大丈夫か? これ。
ちゃんと聞き分けてくれるよな?
後から修羅場になっても、責任は取れないけど。
だって、ミーアに殺されるから。
「なにを馬鹿な事を! 二つの竜装、どちらにも適性がある者など聞いた事がありません!」
それは女神が適当な仕事したからだよ。
今夜、話せないか試してみよう。怒鳴ってやる。
「大体、もしあったとしても……メルティア!」
白い竜姫様は、俺の腕の中のメルティアを指差して瞳をギラつかせた。
「貴女は、もう一年近くも相手を待たせているのですよ!? それを今更、婚約破棄して……他の者を伴侶とするなんて! そんな不義な真似が許されるとお思いですか!」
怒鳴る白い竜姫様は、凄まじい剣幕だった。
余程、自分の竜装に適格した俺を奪われたくないらしい。
それに対して、腕の中のメルティアは拗ねたような表情で言った。
「別に良かろう。彼奴、もう既に八人も嫁がおるんじゃから」
ドクズじゃねーか。
流石に驚いた俺は、メルティアを見て尋ねた。
「は? お前そんな奴に嫁ごうとしてたの?」
「うむ。加えて、彼奴は妾の角や翼を醜いと馬鹿にしておる。ずっと我慢しておったが……本音を言えば、そんな奴になど嫁ぎたくないのじゃ。お主の方がずっと良い……」
メルティアはそう言って、俺の胸に甘えて来た。
……それは気に入らないわ。クズだもん。
本当に可哀想な境遇にいたんだな、こいつ。
あれ。でも、それだと拙くないか?
もうすっかり、その気になってない……?
「でも、そいつ。鍔拵えが外れただけで抜剣出来てないんだろ? なんで我慢してたんだよ」
尋ねると、メルティアは静かな声で言った。
「話すと長くなるので、この場では簡略するがの。其奴な地位は色々事情があって、相当高いのじゃ。加えて、其奴は闘技場で三年連続チャンピオンに輝いておって……未だ無敗。竜姫の伴侶としては、申し分ない素質を兼ね備えておる。その奴が望んだのじゃ。竜の守護者になりたいと」
成る程、我儘を言えるだけの実力がある訳か。
既に八人も嫁が居る癖に、何とも欲深い野郎だ。
幾ら力と地位があっても……気に入らないな。
「……対して、メルティアは出来損ないと呼ばれている竜姫です。現在、私を含めて竜姫は五人居ますが、彼が全ての竜装を手にして反応したのは、彼女の物のみ。先程申したとおり、多少性格に難があっても……実力は本物です。半竜化させ、国の守護者の末席に加えられるなら。良い話、なのですよ」
暗い顔をした白い竜姫様が捕捉してくれた。
ふぅん。実は、少し思うところがあったらしい。
意外と良い所があるじゃないか。
しかし、成る程な。
四天王と呼ばれている竜人が、五人も居る話にも驚いたが……要するにメルティアは生贄って事か。
今は言葉の通じない人間と戦時中だし……力がある奴を優遇する事情も仕方がないのだろう。
……認めたくないが。良く似てるよ、お前。
「分かった。そう言う事なら、益々欲しくなった」
「シーナ?」
見上げて来たメルティアの瞳。この美しい金色が悲しみに揺れる姿なんて見たくない。
第一、メルティアが嫁ぐって事は……そんな奴が俺の雇い主になる可能性もある訳だ。
悪いが、到底受け入れられないね。反吐が出る。
「メルティア。俺に賭けてみるか?」
昔は助けられなかったけど……。
そう言う事なら、今度こそ助けてやるか。
別に、あいつの代わりって訳じゃないけどさ。
「……うむ。分かった。全賭けしてやるのじゃ」
「私も乗りましょう。抜けなかったら、大人しく私の伴侶になって貰います。貴女もそれで良いですね? メルティア」
「……良かろう。その時は妾も諦めて、彼奴に嫁いでやるわい」
なんか余計な条件も増えたが、大丈夫だよな?
いや、ビビるな。虚勢を張るなら、最後までだ!
「俺も依存はない。その時は、あんたを生涯大事にしてやるよ」
「ふん……偉そうな口を叩けるのも今のうちです。まずは名前呼びから始めて貰いますからね」
……信じるぞ。女神様。
俺の人生をこれ以上、滅茶苦茶にしないでくれ。
抜けなかったら、ミーアに殺されるから……!
意を決した俺は、一度……深呼吸をして。
肩を抱いている竜姫。
メルティアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
そして、いつの間にか乾き切った口で告げる。
「じゃあ持って来いよ……赤の竜姫の竜装を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます