第113話 知る剣聖、狂う剣聖
魔法士のテリオは、人生初の王都で、そわそわと落ち着きなく周囲を警戒していた。
現在、彼が立っているのは王城の中。
赤い絨毯が敷かれた、三階の廊下。
仲間の青年が手配したメイド達に正装させられたテリオは、既に何度も思っている自問を行う。
(な、なんで、こんな事に……!)
とても冒険者に相応しくない場所に、格好。
全ての疑問を解消出来る青年は、目の前の扉の中で着替え中だ。
(長い。アッシュ、まだっすかね? 誰か来たら、どうしよう)
目的は理解しているが、まさかの手段での登城。
早く帰りたくて仕方のないテリオが、顔を青くさせながら震えて待っていると……ガチャリ。
眼前の扉が開き、テリオはバッと顔を上げた。
「やぁ、テリオさん。お待たせしました」
中から現れたのは、真紅のドレスを纏った女性。
「久し振りでしたので、手間取ってしまって」
金色の髪に紅い瞳を持つ彼女は、柔らかな笑みを浮かべる。
そのあまりの美しさに、テリオは息を飲んだ。
これまで、多くの女性を口説こうと切磋琢磨してきた彼だが……これ程の美人は見た事がない。
「へ? 誰……?」
「ん……? あはは……テリオさん。おかしな事を言わないで下さい」
苦笑した女性は、自分の胸に手を当てて。
「私です。アーシャですよ? 貴方の友人の」
困った人……とでも言いたげに名乗る女性だが、テリオには全く面識がない。
「! まさか……っ!」
そこで……ハッとした。
まさかと思った彼は、震える指を女性に向ける。
「お前、アッシュ……か?」
「アーシャです」
ふふふ、と口元を隠し、上品な笑みを浮かべる。
そんな眼前の女性に呆気に取られたが、テリオは彼女の後方に控えるメイド達を見て察した。
しかし、察しが良くても頭が悪い魔法士。
「いやでも、胸が……ひぎぃ!」
女性は、胸元を隠す気のないドレスを着ている。
その膨らんだ胸を指さした彼は、即座に足を激痛に襲われ、顔を青くした。
見れば、足の甲にヒールが突き刺さっている。
「さぁ行きましょう。先方をあまり待たせては失礼ですからね」
にこやかに、しかし威圧的な声で告げられて。
テリオは、こくこくと頷く事しか出来なかった。
数分後。二人は王城二階の一室で、一人の女性と向かい合っていた。
場違い過ぎる場で落ち着きのないテリオは、対面の女性を見て生唾を飲み込む。
(噂には聞いてたっすけど、すっげー美人っすね)
銀髪碧眼。絶世の美女と謳われる、今の王国では最も有名な人物。辺境の村で生まれ、女神の信託によって選ばれ成り上がった英雄。
ユキナ・ローレン。
剣聖と呼ばれる伝説の存在が、そこに居た。
(この人が剣聖で、あのシーナの幼馴染? とても信じられないっす)
ただ座っているだけなのに気品に溢れた姿だ。
最強の剣士である剣聖とは、とても思えない。
(あまり気が強い方ではないみたいっすけど、怒らせたら拙いっすよね……? アッシュの奴、なにを考えて……)
緊張で濡れた手をズボンに擦りながら、テリオは隣に座る女性を一瞥する。
(しかし、本当に会えるとは……こいつ、何者なんすか?)
テリオは、まだ充分な説明を受けていない。
何故、自分は連れて来られたのか。
この無言の時間は何なのか、全く理解出来ない。
「お初にお目に掛かります、ユキナ・ローレン様」
無言の室内で、一人。優雅な微笑みを見せていた金髪の女性は、ふと胸に手を添えて口を開いた。
「私は、ゼムレグル公爵家が次女、アーシャ・ゼムレグルです。以後、お見知り置きを」
(は? 公爵家……っ!?)
絶句するテリオは、恐る恐る剣聖を見た。
すると、対面の彼女も目を見開いて驚いている。
「お初に、お目に掛かります。ユキナ・ローレン、です……」
「はい、存じ上げております。勇者である彼とは、家の繋がりで旧知の仲でして。此度は、多忙な中。お時間を作って頂いて感謝致します」
丁寧に挨拶するアーシャに、ユキナは慌てて両手を振った。
「いえ、今は長期休養中ですので、余裕があって」
「休養中とは言え、ユキナ様は学園にも通われておられるとか。なかなか大変な日々を過ごされていると聞いておりますよ?」
「……学友の皆様は、お優しいので」
遠慮のない冒険者仲間と、緊張した面持ちで受け答えする剣聖。
(えぇ……どういう事っすか?)
とても信じられない状況に、テリオは目を疑う。
「あの、そちらの方は?」
すると、不意に剣聖に目線を向けられ、テリオはビクッと震えた。
「あぁ……ご紹介致します。彼はテリオ、私と共に冒険者として活動している方です」
「え? テリオ様って、あの……魔法士の?」
「えっ。俺を、ご存知なんすか?」
序列8位の青。大した高等級でもない冒険者を、あの剣聖が知っている。
その信じられない言葉にテリオは驚くが、彼の隣に座る金髪の女は笑みを深めた。
「ちなみに、私は……いや、僕は。アッシュという名前で活動している冒険者だよ」
普段通りの言葉遣いに戻ったアッシュを、ユキナは驚いた表情で見つめる。
「アッシュ……あなた達は、まさか……」
「そう。辺境セリーヌで活動している冒険者だよ」
「……!」
机から身を乗り出したユキナは、ジッとアッシュを見つめた。
見れば見るほど、彼女は凄い美人だ。
こんな人が近くに居たと知れば、不安にもなる。
「……アッシュ様は男性だと聞いていましたが?」
「うん、男性として活動していたからね。彼とは、死線を共に潜り抜けた親友だよ」
「親友……それで? 彼は今どちらに?」
アッシュは、ユキナの碧眼に焦りや苛立ちの感情を読み取った。
(なるほど……分かり易くて助かるね)
元々、所詮田舎生まれの小娘だと侮っていたが、予想以上だとアッシュは安堵する。
(この様子だと、やっぱり黒幕は他の奴か。彼女はシーナが失踪している事すら知らないみたいだ……少し、揺さぶってみようか)
少し悩み、アッシュは今後の会話を組み立てた。
「彼と別れたのは、あの忌々しい事件の後すぐだ。危うく命を落とす程の大怪我を負った彼は、療養の為に仲間の一人を連れて故郷へ帰った」
「……ミーア・クリスティカ、様ですね?」
憎々しげに少女の名を口にするユキナの表情に、アッシュは少し驚いた。
「あぁ、そこまで知ってたんだ?」
「なぁ? アーシャ……様。どういう事っすか?」
「テリオは、少し黙ってようね?」
にっこりと微笑んだ顔に、テリオは口を噤んだ。
小心者の彼は底知れぬ威圧感に従う他ない。
「我々も、あの事件は追っていましたから」
「そっか。お役に立てて何よりだよ」
「はい。大変感謝しております」
素直に礼を述べた後、ユキナは目力を強めた。
「しかし、あまり褒められた行いではありません。自由ギルド。かの者達は、国内各地に拠点を構え、今では強大な組織として名を馳せる存在……いくら最西端の小規模拠点とは言っても、あなた達は」
「それでも、取り戻したいって言ったんだ」
唐突に始まった説教を遮り、アッシュは言った。
「貴女の言う通りだよ。僕達は無謀な賭けをした。でもね……それでも、彼は戦った」
「……なぜ止めてくれなかったのですか? 貴女も貴族でしょう? 止める義務があったはずです」
「もう二度と後悔したくない。彼が、そう言ったからだ」
力強い返答に、ユキナは息を呑んだ。
そんな彼女を睨んで、アッシュは続ける。
「一度目は貴女も知っているだろう? だから彼は死に物狂いで取り戻した。今度こそ、今度こそって言い続けてね」
アッシュの表情に気圧されるユキナだが、彼女はギュッとスカートを強く握り締めた。
「なに……それ」
泣きそうになりながら俯き、震えた声で呟く。
(じゃあ、なんで最初から頑張ってくれなかったの? 私は出会ってすぐの娘に負けたの? ねぇ、シーナ……なんで? 私は幼馴染で、結婚の約束もしてて……ねぇなんで? なんでなんでなんで?)
白い肌を青くさせ、様子がおかしくなった剣聖。
(まだ未練があるのか。うーん、これは予想外)
そんな彼女を見て悟ったアッシュは、少し焦る。
(今ここで彼女を追い詰めても意味がない)
この場で問い質したいのは、剣聖の秘めた真意。
とは言え、事実を口にすれば追い詰めてしまう。
「……シーナは、必死だったっすよ」
さて困ったと悩んでいると、口を開いたのは静観していたテリオだった。
「あんたみたいに、誰もが認める凄い力を授かった訳じゃない。確かに人よりは秀でて、特別な異能を貰ってはいるっすけど、あいつには勇者や剣聖……あんた達が振るっているようなスゲー神器もなく、ただの……店で数万で売ってるような数打ちの剣。それも亡くなった母親の形見だって、いくら古くてボロくても、毎日毎日振って。周りからも貧乏王子なんて呼ばれて馬鹿にされて。俺達もそんなあいつを笑ってて……!」
「テリオ、やめないか」
「でもあいつは、俺達を仲間だって言って、助けてくれたんすよ」
隣から咎められた事で言いたい事を全て言えず、半端に終わらせてしまった。
しかしテリオは少しだけ溜飲が下がったと感じ、後方に控えるメイドの手から古びた剣を掴み取る。
「それは……まさか」
鞘に収まったそれを、ユキナはよく知っていた。
『これはね、私が昔冒険者だった頃に使ってたの』
幼馴染の母親がまだ生きていた時、昔使っていた剣だと自慢げに見せてくれた剣。
『いつか、大人になったシーナに渡す日まで、俺が預かってるんだよ』
亡くなってからは幼馴染の少年の父親が、形見として大事に腰に下げていた剣だ。
その剣が今、ここにある。
その意味を悟ったユキナは、恐る恐る尋ねた。
「……シーナは、今。どこに居るのですか?」
怯えた様な表情の剣聖に、アッシュは悩む。
しかし、伝えない訳にはいかない。
彼女には、知る義務があるのだ。
加害者として。そして被害者としても、真実を。
「……亡くなったよ。貴女が派遣した騎士隊から、故郷を救おうと戦ったんだろう。これは貴女の故郷から持って来たんだ」
テリオから剣を受け取り、アッシュは抜剣した。
鞘から姿を見せた剣身は、半ばで砕けている。
「そんな……え? シーナが、死んだ……?」
絶句する剣聖に、アッシュは現実を突き付ける。
「剣聖ユキナ……貴女の故郷は、もうない」
それは、あまりに残酷な罪だった。
「抜刀術、疾風」
十倍加速の視界でも追い切れない斬撃が容赦なく襲って来る。
俺は腰を限界まで低くして辛うじて避け、懐に入り込むと同時に剣を振り抜いた。
「お♪」
しかし、自分でも納得の斬撃は即座に受けられ、流される。常人なら絶対に間に合わないはず……
なのに対峙する白狼の女剣士は、あり得ない反応速度を持ち合わせているらしい。
「二度も? 君、凄いね」
更には、それを活かす剣捌きも見事だ。
いや、見事なんて言葉じゃ足りない……異常だ。
「どんどん行こうか♪」
楽しそうに嗤った彼女は、鞘に剣を収める事なく振るって来た。
しかし、一度受けて気付く。
抜刀術……まさに言葉通りだな。
彼女の剣技は剣を鞘から抜いた瞬間、斬る技だ。
速度も力も、格段に落ちた。
六連撃を余裕を持って弾いてやると、攻め切れないと思ったらしい。一度距離を取ったユキヒメは、楽しげな笑みを深める。
「いいね♪ こんなに粘られたのは久し振りだ」
鞘に納められなければ、なんとか受けられる。
しかし、それは相手も分かっている。
逆に言えば、抜刀術を使われると対応出来ない。
「はぁ……はぁ……」
更には、こちらからの有効打が全くない。
それなのに、俺の体力は長く持たない。
「さぁ次は、もう少し速くするよ?」
稲妻のような踏み込みで襲って来た斬撃は、その言葉通り速度も力も増していた。
やはり、制限していたか。
「ななっ! はーちっ! きゅー!」
……強い。
歯噛みしながらも、受け続けるのが精一杯だ。
加速した思考により、斬撃の回数と言葉に大きな誤差が生じている事も辛い。
「はいっ! じゅうさん、じゅーしー!!」
ふざけた声音だが、効果は絶大だ……!
今は29回目だろうが! 間に合ってな……!
「がはっ!!」
唐突に繰り出された前蹴りに腹部を捉えられる。
視界が回り……気付けば、俺はまた地を転がっていた。
「ここで足蹴りが、ドーン!」
「ぐぅ……かはっ……はっ……」
この女、性格と同じくらい足癖まで悪いらしい。
モロに喰らったな……最悪だ、動けないぞ……!
「シーナ!」
メルティアの叫び声に、俺は歯を食い縛る。
「まけ、られな……っ!」
そうだ、負けるな……これは俺が招いた事態だ。
後始末を全て任せ、楽観していたツケだ。
俺の我儘なんだろう? なら、最後まで貫けよ。
「はぁ……はぁ……こほっ……」
格好付けて出て来て、今更後悔してんな、俺!
「おー! 頑張るね。まさか、こんなすぐに立てるなんて思わなかったな♪」
立ち上がった俺を見て、ユキヒメは拍手する。
ふざけた奴だと思うが、膝が笑っている今は余裕がない。頼みの異能も、また解除されている。
今攻撃されたら、対処は絶対に不可能だ。
「でも正直、期待外れかなぁ? 私の刀をここまで受け続けたのは評価するけど、君には技もなければ膂力もない。資質があるのは認めるけどね」
「はぁ……はぁ……我、女神の……祝福、を……」
「まだ若いなんて、言い訳にはならないよ? 敵は相手を待たない。君は必要な力が近くにあったし、得る為の時間も充分与えられていたはずだ。なのに君は、努力を怠った。だから君は私に勝てない」
「受けし……者」
「そうだろう? 赤のお姫様?」
鋭い踏み込みから放たれた斬撃が襲い掛かる。
一段階も加速が済んでいない今、到底受けられる速度じゃない。
やられる……上段から振るわれる刀身に、覚悟を決めた瞬間だった。
「全く、その通りですね」
俺の眼前に、白い翼が広がった。
その翼の持ち主は俺に迫る凶刃をはたき落とし、続く回し蹴りで白狼の剣士を退かせる。
更には腕を振り冷気を放つと、ユキヒメは流石に防げないらしく横に走って躱した。
「……なんのつもりかな? 白のお姫様」
足を踏ん張ると同時に納刀まで済ませ、ユキヒメは不満げな表情を見せる。
無駄のない動きには感心するな。
「あら、お忘れですか? 彼は私の候補者でもあるのです」
ふふん……と、ゼロリアは得意げに鼻を鳴らす。
まさかの介入だったが、助かった。
「今は赤の剣を持っているのに?」
「その赤竜が怖気付いてしまっていますからね」
勝ち誇って、ゼロリアはメルティアを一瞥する。
一瞬口を開きかけたメルティアだが、悔しそうに表情を歪めた。遠目に見ていたが、あれだけ一方的だったのだ。仕方ないだろう。
「メルティア、これより先は手出し無用ですよ? いくら相手があの桜月一刀の剣聖とは言え、私達の共闘はあり得ません。分かっていますね?」
「……うむ」
面倒だな、こいつら。
しかし……色々と言いたい事があるが、剣聖?
もしかして、今回の相手って相当やばい?
「よろしい。では、シーナ。こちらを」
ゼロリアは白銀の宝剣を後ろ手で渡してくる。
本当に面倒くさいな……。
「早く受け取りなさい。私が手を貸す以上、彼女の竜装を使用する事は許しません」
「……そんなに気にすることか?」
「たった一人に対し、我々が共闘する事は竜としての沽券に関わるのです。今後、あなたは私の守護者として戦って頂きます」
真剣な眼差しを見て、選択肢はないと悟る。
様子を窺うと、ユキヒメも待ってくれていた。
……この空気は読んだ方が良さそうだ。
「分かったよ……シラユキ」
手招きで呼ぶと駆け寄って来たシラユキに、鞘に納めた紅金の宝剣を渡す。
「……お前の姉なんだろ? なんとかしろよ」
「……すまない。本当に、すまない」
宝剣を胸に抱え、シラユキは申し訳なさそうに頭を下げて走り去った。
この貸しは大きいぞ? 全く。
「準備は良いかな?」
腰を低くするユキヒメに、俺は抜剣して応える。
身体は怠いが、少しは休めた。
まだ数分は戦えるだろう。
「……やっと、抜いてくれましたね」
初めて抜剣する白銀の剣は、メルティアの宝剣と比較出来ない程に美しく……透き通っていた。
うっとりとした表情のゼロリアは後が怖いが……俺一人では勝てないのだから、我慢するしかない。
「どうです? 自在に振るえそうですか?」
「……あぁ。問題ない」
「そうですか。それは良かった」
言葉通り、ゼロリアの竜装もまるで身体の一部のように違和感がない。
こちらも軽く、よく手に馴染んでいる。
「さて、メルティア? よく見ておくのですよ? 我々竜と守護剣士。その正しい在り方を」
「そうか、なら堪能させて貰うよっ!」
鋭い踏み込み、一足で距離を詰めて来た。
即座に俺はゼロリアの前に飛び出て、その一閃を無理矢理受けに行く。
「ぐぅ……っ! このっ!!」
まだ加速の力は発揮出来ていないが、狙いは予想通りだった。
ゼロリアの首筋……こいつ、まるで容赦がない。
『
ミーアの声が脳裏に響き、視界が緩やかになる。
「ひひっ! また受けた!」
十分の一の速度で流れる視界。
その中で、ユキヒメは凶悪な表情をしていた。
「はいっ!」
「おっ♪」
途端に後方から飛んで来た氷の矢を、ユキヒメはデタラメな側転で躱す。
俺は即座に彼女を追撃しようとして、
「頭を伏せ、三本目が通過後に出なさいっ!」
『
指示通りに腰を屈めた刹那、氷の槍が三本。続けて頭上を通過していく。
それらは全て躱されるが、お陰で加速出来た。
俺は三本目の氷槍に追従し、ユキヒメに向かって全力で剣を振るう。
「おっと……っ!」
最大加速の袈裟斬りは受けられてしまう。
だが、相手から先程までの余裕が感じられない。
「シーナ、避けなさいっ!」
後方からの叫びに飛び退くと、今まで居た場所が凍て付き氷塊が現れた。
流石にユキヒメも躱しているが、僅かでも遅れれば閉じ込められていただろう。
「即刻追撃! 納刀させてはいけませんっ!」
強くを地を蹴り、間髪入れずに襲い掛かる氷から逃げ続けているユキヒメを追う。
「はぁ……おらっ!」
「よっとぉ!」
氷塊を蹴って飛ぶと追い付いたので、空中で身を捩って剣を振る。
「ぐっ……!」
しかし、膂力に差があり過ぎる。
上段から勢いを付けて振るったのに、容易に弾き飛ばされてしまった。
「右側面! 蹴って飛びなさい!」
視界が回る中、その指示はよく聞こえた。
一瞬で生成された氷壁を蹴って飛ぶと、着地位置に足場が生成されていく。
向かう先は勿論、ユキヒメだ。
「困ったね! 納刀してる余裕がないや……!」
同時にゼロリアは氷による追撃を行っている。
既に屋敷の中庭は、氷の世界と化していた。
「流石、しぶといですね!」
「思ったより邪魔だね、お姫様!」
信じられない身のこなしと斬撃で氷の中を駆り、ユキヒメがゼロリアに向かって迫っている。
「早く来なさい、シーナ!」
先に邪魔なゼロリアを排除する気だな。
「わかってるっ!」
最速で向かうと、手を伸ばして来た竜姫様の手を掴んで引き、位置を入れ替える。
「ぐっ……!」
同時に襲って来た斬撃を受けると、ゼロリアが俺の背を抱えて翼を広げ、支えてくれた。
「いいね! 凄いよ! 予想外だ君達は!」
高揚した様子のユキヒメが、瞳を輝かせる。
「もう良いだろ! まだやるのかよっ!」
そんな彼女と至近距離で睨み合っていると、俺は視界の端にキラリと光るものを見つけた。
屋敷の屋上か……全く、待たせやがって!
「飛べ! ゼロリアッ!」
「え? は、はいっ!」
失礼を承知で指示すると、従ってくれた。
ゼロリアに抱えられたまま、ユキヒメの頭上まで上昇すると……パァンと乾いた炸裂音が鳴り響く。
「はぁっ!」
「よっ……とぉ!」
俺は全力でユキヒメの顔面を蹴り飛ばそうとするが躱され、同時に加速の力を失った。
「くっ……!」
限界だと、嫌でも実感させられる。
と、同時。更に信じられない光景を見せられた。
「嘘だろ……」
キィンと鳴り響く金属音と儚く散る火花。
振り抜かれた刃が、弾丸を斬り飛ばしたのだ。
「また効かない奴? もう、馬鹿ばっかり……!」
完全に意識外からの射撃だったはずだ。
屋上で狙撃銃を持つミーアも絶句している。
「今のを防ぎますか……流石ですね」
「いい作戦だけど、ずっと殺気が漏れてたよ?」
にや、と意地の悪い笑みを浮かべて、ユキヒメはパチンと納刀を済ませてしまう。
「……降りましょう。これでは、良い的です」
ゼロリアの言う通りだと、頷く。
少し離れた場所に下ろして貰うが、どうしよう。
「今からでも、メルティアと共闘は?」
「いけません。私達は、二人で勝利するのですよ」
……そう言われてもな。
もう身体が言う事を聞かなくなって来ている。
その証拠に異能も解除されてしまった。
「さぁて、仕切り直しだね?」
対して、ユキヒメには必殺の納刀までされて……
今は、次の技を受ける自信が全くない。
「私もそろそろ、少しだけ本気を出そうかな?」
なのに相手は余力が有り余っている様子だ。
「くそ……ちょっと強過ぎるぞ、こいつは」
絶望的な状況に、思わず口にする。
とは言え、負ければミーアも無事では済まない。
ホント……剣聖ってのはロクなもんじゃないな。
「あぁ、なるほど。あの娘が君の?」
不意に尋ねられ、ユキヒメを睨む。
すると彼女は、後ろ手にミーアを指差していた。
「そんな怖い目で見ないでよ? ほら、心配そうに見てるからさ? そうかなーって」
「……何が言いたい?」
「実は、ここに来るまでに色々と聞いてね。君さ、竜のお婿さん候補なのに……もう結婚してるの?」
……嫌な予感がする。
「相手は、あの娘なんでしょ? いやー可哀想だ。折角、念願の伴侶を見つけたのにねぇ? 二人共」
憐むような表情で、ユキヒメは竜姫達を見た。
こいつ、まさか……っ!
「我、女神の祝福を……ぐぅっ!」
異能を発現しようとすると、祈りの途中で激しい頭痛に襲われ、酷い目眩がした。
やはり、限界か……!
「大丈夫だよ。私がその不満、斬ってあげるね?」
「くそ……メルティア、ミーアを……ッ!」
その言葉に彼女の魂胆を確信して、俺は叫ぶ。
「う、うむ……」
しかし……メルティアの表情は暗い。
小さな自分の身体を抱え、なかなか動き出そうとしてくれない。
「謝礼は不要さ。君達は長年探し続けた伴侶を手に入れ、成体になりたい。私は、今の彼が弱い理由を排除したい。どう? 互いに利があるよね?」
「おい! メルティアッ!」
「…………」
くそ、すぐに行くべきなのに……身体が。
まさかこいつ……これも見透かして?
「ゼロリアッ!」
「は? 私は助けませんよ? あの娘が邪魔なのは本当の事なので」
……こいつは駄目だ。
少しは見直したのに、最悪だよ。
「ちっ……おい、メルティア! メルティア!?」
「わかっておる……わかっておる……が……」
暗い表情のまま、メルティアは……身体を抱えて蹲ってしまう。
「ごめんなさい……足が、動かないの……」
どうしてだ……?
ゼロリアはともかく、お前だけは信じてたのに。
「っ! まさか……! シーナ、これは言霊だ! 姉さんは、お二人に暗示を掛け干渉している!」
何かに気付いた様子で、シラユキが叫ぶ。
「さぁ皆様。空を飛ぶ斬撃を、見た事あるかな?」
言霊? 暗示? 干渉?
意味は分からないが、要するに魔法の類か?
「桜月一刀流、初ノ型」
中腰で構えたユキヒメが向く先は、屋敷の屋上。
狙われているのは誰か、一目瞭然だった。
「ミーア!」
戦う力が残っていない俺は、手を伸ばして叫ぶ事しか出来ない。
「抜刀術、
どうか、奪わないで下さい。
二度と後悔したくないから、戦闘に介入したはずなのに……俺はまた、大嫌いな女神に祈らされる。
「よけろぉぉおお!!」
なにを勘違いしていたのだろう。
俺は、まだ少しも強くなれていないのに。
今回の感想欄は全て返信します。
皆さん、いつもありがとうございます!
感想や評価、頂けて感謝です。
ユキヒメ強過ぎ、どうしよっかなと思ってます。
この季節は、お鍋が美味しくて駄目ですね。
ミーアも、どんどん死亡フラグが……。
連れて来たら連れて来たで面倒臭いな、この娘。
実は、ツインテ猫耳のミーアはツインテールの日と言う事で、以前頂いたイラスト通りです。
今後も可愛がって頂ければ……
(凄い人気キャラになって困ってる)
これからも宜しくお願いします!
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