第114話 ひとまずの後始末。
「……本当に良かったのかしら」
首都から離れた街道。
車と呼ばれる四輪駆動の箱で移動中のハクリアは隣席の夫に不安を漏らした。
「……奴の価値を測るには、丁度良い相手だ」
「何処がよ。正直、私は全く勝てる気がしなかったわよ?」
「……むぅ」
歴代でも屈指と呼ばれる半竜の守護者。
そう呼ばれる自慢の妻の発言に、ゼンは顔を顰め唸り声を上げる。
流石の白竜様も今回は虚勢だと自認していた。
「あの若さで剣聖と呼ばれるに至っただけはある。ユキヒメ、あの娘はやばいわよ」
今朝早くに訪ねて来た、白狼の剣士。
その異様なまでの重圧を思い知らされた二人は、対峙した彼女の提案を飲むしかなかった。
「……奴の資質には目を見張るものがある。後は、娘達次第だ」
「まさか、うちの娘に恋敵が出来るとはね……」
「前例はない。だが、奴は見所がある。それに……アレは役に立つだろう」
夫の発言に呆れたハクリアは、ジト目になって。
「まさか、狙ってる? あの剣聖を」
「……我が娘の番ならば、あの程度の駒を手懐け、飼い慣らす器量は必要だ」
やっぱり、と呆れ果て。ハクリアは頭を抱えた。
「なら、流石に私達が手本を見せるべきよ?」
「……今は戦時だ」
「……そうね」
溜息を吐いて、ハクリアは窓の外を見た。
「加減はすると言ってたけど……大丈夫かしら?」
彼女が思い馳せるのは、屋敷に残して来た者達。
きっと今頃……大騒ぎになっているだろう。
手を伸ばした先に白い人影が飛び込んだのを視認した時には、もう遅かった。
桜月一刀流、納刀術。
その常識外れの剣技が繰り出す斬撃が屋敷屋上のミーアへと迫った時……強く地を蹴り、身を挺して盾になった者がいた。
常人離れした跳躍を見せ、長剣で飛翔する斬撃を受けたのは、もう一人の白狼の剣士だった。
「がはっ……!」
「な……っ!」
ガシャンと、硝子が砕けるような音がした。
一瞬で砕け散った、シラユキの剣。
吹き散る彼女の血が、雨のように降る。
「しらゆきぃぃいい!!!」
途端、俺は傷む身体に鞭打った。
叫び、歯を食い縛って走る。
「あぁあああっ!!」
それでも、力なく落下する彼女の身体は速い。
このままでは、到底届かない。
「とどけぇぇええっ!!」
折角、俺には力があるのに。
こんな時に、大事な時に……役に立たない。
『私には傲慢だと言わざる得ない』
『いずれ後悔するぞ?』
今朝。彼女が言った通りだ。
何度も後悔して来たのに、俺は、また……っ!
『もっと周囲をよく見ろ』
「あ……っ!」
脳裏に、彼女に言われた言葉が蘇る。
一緒に稽古をしている時、シラユキは……っ!
「受け止めろぉおお!!」
気付けば、俺は叫んでいた。
途端、シラユキの落下が止まり空中に留まる。
透明の防壁。
以前に習得した魔法が役に立った。
「ほぉ♪ 面白い術だ。これは凄い」
自分で斬った自分の妹が重症だと言うのに、背後から聞こえた声音は愉快そうだ。
あの狂人め……っ!
非常に苛立つが、今は構ってられない。
「あ……あ……しら、ゆき……?」
俺が今、怒鳴るべきなのは。
「なにしてるっ! メルティアッ!! 早く連れて行けっ!! 間に合わなくなるぞっ!!」
腑抜けて腰を抜かしている駄竜だ。
あいつ、マジで役に立たねぇ。
「なんで……しらゆき……あぁ…… っ」
メルティアは、普段の振る舞いが嘘のようだ。
震え、泣きそうな顔でシラユキを見ている。
そんな暇があるなら、早く助けろよ!
「下から行っても駄目だ! 上から行け!」
「どうしよう……私のせいで……シラユキが……」
くそ……すっかり取り乱してしまっている。
いや。まさか、まだ魔法の干渉を受けてるのか?
「……あれは駄目ですね」
溜息を吐き、ゼロリアが動いた。
白い翼を広げた彼女は、ユキヒメを一瞥する。
「剣聖、彼女は貴女の妹でしょう。今日のところは退きなさい……死なせたくなければ、ですが」
ギロリと蛇のような瞳で睨み、ゼロリアは問う。
すると平然とした顔で、ユキヒメは納刀した。
「うん。流石に、やめておこうかな? じゃあね、妹を宜しく。あ、もし死なせたら、すぐ来るから」
こいつ、この状況で脅すのか。
しかし随分聞き分けが良いな……不気味だ。
「ま、生きてても近いうちに会うだろうけどさ♪」
笑顔で踵を返したユキヒメは、一瞬立ち止まる。
「……馬鹿な娘だよ」
最後に何かを言い残し、彼女は消えた。
まるで陽炎のように……
聞こえなかったが、今は気にしていられない。
「シーナ、そのまま維持です。私が合図するまで、我慢出来ますね?」
「っ! あぁ早くしろ。意地でも落とさない」
不遜な物言いにも素直に頷いてくれ、飛び立った白竜姫様を見送る。
あ。戻って来たら、この剣は返さないと。
このまま持ってると面倒な事になる、絶対。
そう思いつつ、
「……妾は、何をしておるんじゃろう」
蹲り、膝上で強く拳を握る雇い主様。
自らの無力を痛感し、吐き出す。
そんなメルティアを見て俺は……思わず重ねた。
「……甘過ぎたな。お前も、俺も」
そう……甘過ぎた。俺達は、何もかも。
「あっ! シーナ、大丈夫ー!?」
屋敷の中から、ミーアが駆け寄って来る。
彼女を共に連れて来たのは、やっぱり……
「……もう一人の剣聖か」
剣聖。
あのユキナと同じ最強の名を冠する剣士。
……また一波乱ありそうだ。
その後。シラユキは屋敷で治療を受けた。
医者の話では命に別状はないそうだが、心配だ。
彼女は恩人だ。怪我をさせた責任もある。
なので俺は、自室で休むようにと怒鳴るミーアを説得し、治療を終えた彼女に付き添った。
目が覚めた時に誰も居ないのは寂しいだろう。
「……ここ、は」
彼女の目蓋が開いたのは、深夜だった。
「ん……あっ! 目が、覚めたか?」
抗い難い眠気に襲われていて、気付くのが遅れてしまった。
慌ててシラユキに呼び掛ける。
「シーナ、か。ここは?」
凄まじい身体の疲労は、全く抜けていない。
それでも眠気は、彼女の声で一瞬で吹き飛んだ。
「お前の部屋だ。どうだ? 痛むか?」
「……喉が乾いたな」
急いで用意していたコップにストローを刺して、口元に近付ける。
水を飲んだ彼女は、俺をジッと見た。
「あの後……どうなった? 姉さんは?」
「消えたよ」
「……そうか」
物憂げな表情で口にして、シラユキは部屋の隅へ視線を向ける。
そして、
「無事、だったか」
扉の側で椅子に座って眠っているミーアを見て、微笑んだ。
すぐに礼を言うべきなのだが、今回は複雑だ。
彼女が身を挺したのは、相手が実の姉だと責任を感じての行動だったのかもしれない。
そう思うと……なんて邪推する俺だったが。
「……あ」
シラユキは穏やかで、優しい瞳をしていた。
暫く、無言の時間が流れて……。
「……私に、聞きたい事があるだろう?」
不意に、彼女は声を震わせた。
それは勿論ある。剣聖と呼ばれる、姉の話だ。
しかし俺は悩み、すぐ尋ねる事が出来なかった。
「遠慮は、いらない……なんでも答える」
辛そうに表情を歪ませ、こちらを見ている。
……そんなシラユキを見て、俺は。
「……チッ。馬鹿馬鹿しい」
無性に苛立って、頭を掻いた。
「えっ……おい、シーナ?」
布団に手を突っ込み、彼女の手を強く握る。
驚かせてしまったようだが、構わない。
「……ありがとう。お前のお陰だ」
「……いや、礼は不要だ。こちらこそ、姉が」
俺は、首を左右に振って否定する。
「理由があるんだろ? だから聞かないよ」
「……すまない」
「謝るな。痛むだろう? 本当に、すまなかった」
シラユキの傷は、斬られた腹部と剣が砕けた際に刺さった腕や足、そして左頬に及ぶ。
「顔にも、傷が付いてしまって……」
勿論、身体なら良い訳ではない。
だが、折角の可愛い顔に痛々しい痕が残るかもと思うと……胸が痛む。
「この程度の傷など問題ではない。私は軍人だ」
「でも……お前、美人だし……気にするだろ?」
シラユキは首を左右に振った。
「誰かを守る為に負った傷は、恥ではなく誇りだ」
そう口にする彼女の瞳には、一切の淀みがない。
……全く、格好付け過ぎだろ。
「お前は、本当に良い女だな」
思わず本音を漏らすと、照れたらしい。
ボッと頬を赤くした彼女だったが……
「そ、そうか……? まぁな?」
と、すぐに得意げな表情になる。
「ふふ。私は元より、誰にも嫁ぐ気はないからな。この道に進むと決めた時、女の幸せは諦めている。今更、顔の傷くらいで落ち込みはしないさ」
……いや、それは寂しくないか?
「それは勿体無いだろ……お前、モテるだろうに」
こいつは良い妻で母親になると思う……本当に。
ただでさえ発情期もあるらしいし、辛いだろう。
「む……? むぅ。そ、そこまで、言うのなら」
なんて思っていると……更にシラユキは更に顔を赤くして、期待したような表情になった。
内股を擦り合わせて、尻尾をブンブン振っているのが、シーツの上からでも分かる。
その潤んだ瞳を見て、俺は悟る。
「本当にそう思うのなら、その……今回はご褒美を期待しても、いいだろうか?」
おっと……これは、アレだ。
やらかした。
「ちなみに、周期的には五日後くらいからでな? 約三日から五日間なのだが……」
……しかも、すぐじゃないかよ。
期間も地味に長い。
この部屋。今はミーアも居るんだけど?
「お前……またそんな冗談を」
「……私は本気だぞ? ミーアにはバレないよう、昼間だけでいいし……私は、期間中は休みを取って部屋にいるから……その……も、勿論、責任を取れなんて言わないぞ? ……だ、だめだろうか?」
……いや。必死過ぎるだろ。こわ。
大体、なんで俺なんだよ。
それ、誰でもよくない?
とは思ったが、その懇願するような眼差しに……
「……はぁ。お前、今後も俺を助けてくれるか?」
俺は、負けた。
今回は特に無碍に出来ない。
ミーアを救って貰って、顔に怪我までさせた。
「! も、勿論だ」
シラユキは、一瞬でパッと顔を明るくした。
参ったな……断れないぞ、これは。
「俺にも仕えるつもりで守る気はあるか? 勿論、その場合はミーアもだぞ?」
「今までと変わらないな」
「いや……そうだな……うーん」
ふと、握っている手を強く握り返された。
いてて。握力強いな、痛いんだが?
「私と関係を持つと、お前には利しかないぞ?」
「いつつ……そ、そうだな? じゃあ、するか」
「え……」
目を見開いたシラユキは、信じられないといった表情をしている。
やっべ。痛みで咄嗟に言っちまった。
「ホントに、いい……のか?」
……なんか、俺。酷くない?
本当に最低な発言をしたような気がする。
だがしかし、一度口にした言葉は取り消せない。
ええい、ここは……っ!
「勿論、俺が白狼化するとかなら、お断りだが……今回の事で優秀な味方は必要だと痛感したからな。あ、勿論ミーアに相談してからだぞ?」
「それでも構わない。だが、本当に良いのか?」
「……あまり期待するなよ。うちの嫁は嫉妬深い」
罪悪感を抱きつつ、俺は水差しに手を伸ばした。
コップに水を注いで飲むと、少し落ち着く。
「……ふぅ」
しかし、なんか久々に感情的になってるな、俺。
激しい戦闘のせいか、薬の効力が薄くなったか。
なんて思っていると。
「……クククッ! そうか。少しは、私に傲慢だと言われたのが効いたようだな」
ぐぅ、痛いところを突かれてしまった。
シラユキは、悪戯が成功した子供のような表情をしている。
「……あぁ。効いたぜ、あれは」
これは肯定するしかない。苦笑して見せる。
「なら良い。なぁ、私は自分で言うのもなんだが、優秀だろう?」
「……そうだな」
すると、シラユキは唐突に自慢を始めた。
「それに容姿は自分でも良い方だと思う。これまで幾度と無く求愛されて来たからな。自信がある」
「……まぁ、そうだな」
言動の割には幼い外見だが、胸も意外とある。
口にしたら殴られそうだから言えないけど。
「だろう。そんな私からの誘いを無碍にし、手駒にしない選択をするなど、あり得ん。あの姉さんにも言われただろう? お前は傲慢どころか怠惰だと」
……おおっと。ぐぅの音も出ない。
いや、倫理的に考えると正しいのは俺だろ。
とは言え、改めて言われると辛いな。
分かってはいた。
今の俺には、シラユキが必要だ。
「そうか。抱けば手駒になってくれるのか」
俺、最低過ぎる。
だが重要な事だ。言質を貰わないと。
「まぁ……うん。だがな? 本当に良いのか? わ、私……私は、その……生娘、だぞ?」
もじもじと恥ずかしそうにして、彼女はシーツで口元を隠した。
しかし……こいつ。
一体、何を口走ってくれてるのだろう。
「相手がいたら、こんな話をする必要はないだろ」
「でも私……い、今までも解消グッズとか、使ってこなかったし……しょ、正真正銘……」
目を背けていたシラユキは、涙目で俺を見て……
不意に、バッと頭までシーツを被った。
そして、大声で。
「正真正銘の、生娘なんだぞっ!?」
……えぇ?
なに? こいつ、めんどくさい。
それに解消グッズ? 道具があるなら使えよ。
「絶対私は、めんどくさいぞ? いいのか!?」
うん。そうだな? 既に面倒臭い。
「優しくしてくれないと、怒るかもしれん!」
「……道具があるなら使えよ」
「ばかものっ! 簡単に言うな! あ、あんな大きなのは……怖くて無理だ!」
は? 大き……あっ。
まさか道具って、そういう? 生々しいな。
……さっきまでの威勢は、どこ行った? 軍人。
「……はぁ」
後頭部を掻いた俺は、シラユキの顔からシーツを剥ぎ取った。
中から、赤い顔で震える涙目の雌犬が出て来る。
俺は、そんな彼女の黄色い瞳を見つめて。
「とにかく、身体を治せ。傷の抜糸が済まないと、この話も無しだぞ?」
「う……そう、だな」
「ほら。今夜は、もう休め。俺も疲れたよ」
努めて優しい声音で言いながら頭を撫でると……
「……そう、だな。うん。おやすみ、シーナ」
か細い声で頷いた彼女は、またシーツに潜った。
「返事、待ってる……ぞ?」
……本当に可愛いな、こいつ。
気が強く優秀で面倒な女は初めてじゃない。
体格は、ミーアより少し大きい程度だ。
相手をするのは……問題ないが。
「おやすみ」
すまない、シラユキ。
医者に聞いた抜糸予定日は、二十日以上後。
実は、絶対に果たされない約束だ。
……俺、マジで最低だな。
自室に戻った俺は、二日間。眠り続けたらしい。
本当に、身体も精神力も酷使する異能だ。
早く耐えられる身体を作らないとな。
「ユキヒメ……シラユキの姉か」
それにしても……剣聖か。
あいつと同じ最強の剣士の名を冠する女。
「魔法や銃では対抗出来そうになかったな」
奴は去り際に、また近い内に会うと言っていた。
今回は見逃して貰えたが、次はないだろう。
備えは必須だ。
「同じ剣では勝てない。更に加速をすると、一時は届くかもしれないが……こっちが先に潰れる」
相手は、竜すら殺せる剣を持っている。
常人離れした身体能力。
納刀術を軸にした桜月一刀流という剣技。
「どうする……どうすれば……」
あれだけ戦って、まだ余力もあった様子だった。
遊ばれていた……まるで底が見えない相手だ。
「やっと起きたと思ったら、難しい顔してるわね」
朝食のサンドイッチを見つめていた俺は、そんな声に顔を上げる。
自室のテーブル。
対面に座るミーアが、俺の皿に自分の皿の腸詰や卵焼きを移しながら呆れた顔をしていた。
「ほら。沢山食べて、体力を取り戻さなきゃ」
「……そうだな、ありがとう」
フォークで腸詰を刺し、頬張る。
美味いな……これ。ミーアの手作りか。
「身体、大分酷使したわよね? 最低でも二日間は安静にしてなさい。焦っても仕方ないわ」
「そうだな……二日か」
二日の安静か、暇になるな……あぁ、そうだ。
あれから、メルティアと話してない。
それにまだ、ゼロリアの剣を返せてない。
食べたら二人のところに行かないと。
「食べたら、少し用を済ませて来る」
「そう。あっ、シラユキの所に行くの?」
……あいつ、抜糸の予定日を聞いたかな?
今頃は荒れてそうだが、見舞いはするか。
流石に怪我人だし、午前中は寝てるだろう。
「そっちは午後からかな」
「なら私も行くわ。守って貰ったお礼、まだ言えてないのよ」
「わかった」
先日、シラユキが目覚めたらすぐに礼をしたいと言っていたが……俺が寝てたからな。
……そう言えば、今のうちに話しておくか。
「ミーア」
「なに?」
……うーん、緊張する。
でも言っとかないと……約束、したしな。
意を決した俺は、真顔で切り出した。
「もし普通の獣と同じく、人にも発情期があるって言ったら……どう思う?」
「は? 突然なによ……発情期?」
黙って頷く。
すると目力を強め、怪訝な表情になった彼女は、黙ってティーカップを置いた。
「相手は誰? シラユキ? 赤いの? 白いの?」
うわぁ……機嫌わるぅ……。
お願いだから、その察しの良さは封印しろよ。
「竜の二人は、分からない」
「そう……なに? 誘われた?」
……俺、マジで何を言わされてるんだろう。
「……まぁ。そいつは数日後の今回は無理だから、まだ数ヶ月後の話だろうけど」
「へぇ……シラユキがねぇ? もう気を遣わなくて良いわ。この際、詳しく聞かせなさいよ」
観念した俺は、不機嫌な彼女に正直に話した。
まずは、女神が信託と称して竜の伴侶になるよう勧めてきた話をする。
だから俺は二人の半身でもある宝剣を抜けると。
「なるほど……で? 赤い娘の方が、あんたに用意された運命の相手で、あの娘と契約すると半分竜になっちゃうけど、あの勇者様にも対抗出来る凄い力が手に入る訳ね?」
流石、理解が早くて助かる。
大体察してはいたんだろうな。
「そうらしい……でも勘違いするな。俺は別に」
「それは疑ってないから大丈夫よ。でも……そう。竜の力ねぇ? あんたが隠したがるのも分かるわ」
予想以上に物分かりが良くて、俺は安堵した。
こんな事なら、さっさと相談するべきだったな。
「ま、そっちは保留ね。詳しく調べないと、何とも言えないわ。それで、シラユキの方は?」
「そっちは普通に誘われた」
続いて、二日前。
病床のシラユキと交わした会話を全て伝える。
責任取れとは言わない。
だから、発情期間中の相手をして欲しい。
そう言われた話に、ミーアは驚いていた。
これは流石に拒絶してくれるだろう。
「大変ね? でもまぁ……能力はあるみたいだし、今後を考えると我慢するべきかしら?」
「ぶふっ……」
そう安心していた俺は、思わず吹き出した。
「あ、勿論。あんたが嫌じゃなければね?」
何故そうなる? ちょっと待って欲しい。
俺としては、是非とも断って欲しいのだが。
「ただし、するなら責任は取る。これは絶対よ?」
「いや待て。お前が拒否すれば、全て丸く収まる話なんだけど?」
額を指で押しながら言うと、ミーアはキョトンとした表情になった。
「あら嫌なの? 彼女は使えるわよ? 美人だし」
いや。そりゃあ、お前……興味はあるけど。
相手は誰もが羨む美人で、優秀で、良い女だ。
あの耳と尻尾も触り放題なら、断る理由はない。
「好き嫌いじゃなくて……お前は良いのかよ?」
「別に? 一夫多妻なんて珍しい話じゃないもの」
「おい何言ってんだ。浮気は許さないんだろ?」
「もちろん愛人を囲うのは駄目よ? でもちゃんと全員。責任を取れるなら許すわ」
違いが分からん。
「まぁ、姉が出来るくらいの感覚で受け入れるわ。だから私に遠慮しなくて良いわよ」
あれ? どうしよう。ミーアが壊れた。
なんか真顔で凄い事を口走ってる。
「おい……お前、まさか熱でもあるのか?」
「私は本気よ? 結局は私が一番で、それでみんな幸せなら良いの。何も問題ないじゃない?」
「…………」
真剣な顔で狂言を吐く嫁に絶句してしまう。
なんなの?
ミーアも、勇者のハーレム入りした、ユキナも。
貴族様の考え方は、全く理解出来ない。
好きな相手が他の奴とイチャイチャしてるのって嫌じゃないのか?
絶対無理なんだけど……俺がおかしいの?
「そういう訳だから、抱いても良いわよ?」
「…………」
「あっ。分かってるわよね? 子供は私が産むまで出来ないように気を付けなさいよ? 順番は絶対に守る事。幾ら歳上でも、そこは譲らないわ」
えっと……どうしよう。正気か?
さっきから、こいつは何を言ってるんだ?
「ちょっと、聞いてるの?」
それとも貴族様って、これが普通なの?
いくら相手が優秀で利があるとは言え、酷い。
とてもじゃないが理解出来ない。
……なんか、気持ち悪い。
「……ごちそーさま」
「え? あっ! シーナ、まだ残ってるわよっ!」
「行ってきます」
残ったままの朝食は、もう食べる気はしない。
俺は白い宝剣だけ掴み、足早に自室を出た。
「ちょっと! シーナ待って!」
扉を閉めると、やっと静かになって一息つけた。
抑制薬の効果は、かなり消えているようだ。
久々に働く感情に振り回されている気がした。
「……俺の頭が硬いのか?」
本当は、分かってる。
確かに、なりふり構ってられる状況ではない。
利用出来るものは全て利用すべきで、使える者は繋ぎ止める理由を提示する努力をするべきだ。
「……はぁ」
ミーアは、覚悟を決めてくれたのだ。
生き残る為に必要だから、諦めてくれたのだ。
それは……分かってる。
でも俺は、この我儘を通したい。
なんか……朝から凄く疲れた。
起きてから着替えすらしてないけど、良いか。
「まずは目の前の問題からだな」
……とりあえず、行こう。メルティアの部屋に。
メルティアは、暗い自室のベッドで蹲っていた。
頭までシーツを被り、静かな部屋で何も考えずに過ごし始めて……二日。
全く、何もする気力が起きない。
食欲もない彼女は、滞在中の屋敷の家主が不在である事もあって、立派な引き籠りになっていた。
「うぅ……シラユキ、ごめん……ごめん……」
少しでも思考すると、もう駄目だった。
どうしても思い出してしまう。
最も信頼する従者が負傷をした、二日前の光景が目に焼き付いて離れない。
「私が、あの時……躊躇ったから……! ミーアを助けなきゃいけなかったのに……私が……っ!」
目蓋をギュッと強く閉じる。
辛くて、情けなくて。涙がポロポロと溢れた。
「居なくなっちゃえばいい……なんて、思って……そうしたら私は……私が躊躇っちゃった、せいで」
そんな事をしても、意味がないと分かっていた。
それ以前の問題だったのだ。
従者のシラユキは、姉の存在に悩んでいた。
いつか必ず力になる。
それが、二人の約束で。
だからシラユキは、こんな自分に仕えてくれた。
なのに……何も出来なかった。
あの刀が首筋に添えられた瞬間、怖くなった。
初めて感じた死の恐怖に、抗えなかった。
「なんで、私が……赤竜なんだろう」
ずっと自分には、力があると驕っていた。
なのに最近は、全く自信が持てない。
「こんなんじゃ、選ばれなくて当然だ……」
やっと見つけたパートナーも奪い取られた。
同族の白竜姫と、異界から連れて来た少年剣士。
あの二人の連携は素晴らしかった。
竜としての権能で生み出される氷を足場にして、まるで風のように空を駆ける少年。
あんな真似は、自分には出来ない。
「出来損ない……ふふ。そうだ。私……は」
ポロポロと涙を流しながら、メルティアは自身の半身である宝剣を力一杯抱き締めた。
竜の中でも、突出した膂力を持って生まれた。
自分の抱擁を受け止めてくれる、唯一の存在。
やっと見つけた想い人から返されてしまった……伴侶としての証を。
「出来損ないの……」
「薄暗い部屋で、辛気臭い台詞をブツブツ言ってるんじゃねーよ、バカ」
「っ!」
唐突に聞こえた声にドキリとして、メルティアは慌てて飛び起きた。
すると、カーテンを手荒に開いた白髪の少年が、窓際で呆れた表情を向けて来ている。
いつの間に入室して来たのか……。
全く気が付かなかったメルティアは、久々に見る太陽の光に目を細めた。
「……シーナ? いつの、間に」
「何度もノックした。呼び掛けたけど返事もない。寝てるのかと思ったが、一応覗いたら起きてるみたいだったからな。少しの間、聞かせて貰った」
ズカズカと歩いて来た彼は、ベッドに腰掛ける。
どうやら、遠慮する気は一切ないらしい。
「……帰ってくれ。妾は、一人になりたい」
泣き腫らした顔を見られたくない。
それ以上に、合わせる顔がない。
と、気まずさに俯くメルティアだったが……。
「そうもいかない。俺は、お前の守護者だからな」
少年の言葉に、ハッとして顔を上げてしまう。
しかし、すぐに落ち込んだ。
彼の手には、白銀の宝剣が握られていた。
「……? あぁ」
どうやら察してくれたらしい。
立ち上がった彼は、円卓に白竜姫の宝剣を置いて戻って来た。
「あれは返しに行くつもりだ」
「……役立たずの妾を笑いに来たか?」
ボソリと呟くと、彼は溜息を吐いて言った。
「今回は相手が悪かった。お前を責める気はない」
何も知らない彼は、楽観的で良いな……と思う。
確かに今回の相手は悪かったのかもしれない。
しかし……あんな無様な敗北は許されない。
「妾は、赤竜なのじゃ。そんな言い訳は出来ぬ」
「白竜様も仕留めきれなかったろ」
「……妾は、現当主じゃ。ゼロリアとは違う」
「いいや一緒だ。お前もゼロリアも同じだろ。条件に違いはない」
「全く違うのじゃ!」
キッと睨み付けるが、少年は全く臆さない。
お陰で赤竜姫として自信を失うメルティアだが、
「なら何が違う? 言ってみろよ。強いて言えば、ゼロリアの方が腹が据わっていただけだ」
少年の力強い声音に、言い返せなかった。
幾らでも言い返せるはずなのに、言えなかった。
「……えっ」
何故なら彼の瞳には、出会った時から消えていた感情の灯火があったからだ。
それは暖かな色をしていた。
しかし、騙されるものかと目を伏せる。
「……し、失望したじゃろう? 妾は」
「別に? 誰だって死ぬのは怖いだろ」
恐る恐る尋ねた問いに、少年は一切躊躇う事なく否定した。
訳が分からない。メルティアは言葉を探す。
「だって……お主は、ゼロリアを選んで……」
「俺は、お前が苦戦してたから加勢した。最初からゼロリアなら放っている」
「じゃが、お主達は共にユキヒメを退けた」
「結果的にはな? だが戦闘中、俺が呼んでたのはお前だろうが」
メルティアは唇を噛んだ。
もうやめて欲しい。
これ以上、期待させないで欲しい。
そう思いながらも、聞かずにはいられなかった。
「では! 何故、妾を受け入れてくれんのじゃ!」
激情のまま睨み付けると、少年は眉を寄せる。
口を噤んだ彼の言葉を、メルティアは待った。
それから、暫くの沈黙があって。
「すまない。分かっては、いるんだ」
目を逸らした彼は、小さな声で呟いた。
瞬間、メルティアも自分の失態に気付く。
彼が現状維持を続けようとしている理由なんて、今更聞く必要がない。
「お前を早く大人にするべきなのも、俺が本来なら手に出来ない力を得るチャンスを貰えている事も。今の俺じゃ、あいつに勝てない事も」
「…………」
「それでも俺は、決断出来ない。俺達は所詮、違う世界で生まれた者同士。いつか別れる日が来る」
「……っ!」
少年の言葉に、メルティアは驚いた。
彼が口にした理由が認識と違ったからだ。
てっきり彼はミーアを裏切れない事を理由にして拒絶しているのだと思っていた。
いや、勿論。それもあるのだろうが……。
「……それなら、共に来れば良いだけじゃ」
気付けば、メルティアは少年の腕を握っていた。
「この世界に居場所がないのじゃろう?」
ジッと見つめると、少年は見つめ返して来た。
二人の視線が、真っ直ぐにぶつかり合う。
「もし帰れる日が来たなら、共に来い」
確証なんてない。
それでも、メルティアは断言した。
他の誰でもない、自分自身が幸せになる為に。
「……ばか。この世界との共存は、どうした?」
少年の問いに、メルティアは迷わず首を振る。
「帰れるなら、その方が良い。妾は無意味な戦いを終わらせたいだけじゃ」
「そうだな。お前の言う通りだ」
「……じゃろう? だから」
「でも確約は出来ないだろう?」
少年の声音は力強く、なんの根拠もない現状では否定する事を許して貰える雰囲気ではない。
そう、根拠がないのだ。
必ず連れて行けるとは言い切れない。
「……では、方法を見つければ良かろう」
「俺は、絶対に無理だろうと思う」
「最初から諦めるでない! 妾は……っ!」
激情のまま吐き出そうとした言葉は、眼前に突き出された手によって制された。
「悪いが、根拠はある」
少年の瞳が真っ直ぐにメルティアを射抜く。
いつになく真剣な表情には、黙らざる得ない。
「俺は、この世界の女神から、加護と呼ばれる力を与えられている」
固唾を飲んだメルティアに少年は明かした。
まだ告げていなかった、この世界の仕組みを。
「女神?」
「あぁ。この世界、少なくとも俺の国では、エリナと言う名の女神が信仰されている」
「女神エリナ……そうか。お主の扱う異能は、その神から授けられた権能……」
少年は頷いた。
「もう、大体察せるだろ」
気付けば、メルティアは少年の腕を離していた。
少年は立ち上がり、グッと伸びをする。
「俺は中でも特別製らしくてな。お前の親を殺した奴等ほどじゃないが……」
背を向けていた少年は、振り返る。
窓から差し込む陽の光を背にした彼は、
「俺はきっと……この世界を離れられない」
少しだけ、寂しそうな表情をしていた。
そんな少年に、メルティアは……
「……そう、か。そう……じゃな」
それ以上。なにも言えなかった。
言えるはずがなかった。
「お主一人だけを、この世界の理から歪める訳にはいかんな……」
誰よりも孤独を嫌う赤竜姫。
強大な力を持つ彼女ですら、神の決めた運命には抗えないのだから。
二人の会話を廊下で聞いていた白銀の竜姫は、背を預けていた扉から離れた。
「神の権能を操る者達の世界、ですか」
顎に手を添え、ニヤリと笑みを浮かべながら。
彼女は一つ。確信を得ていた。
「その中でも特出した権能を持つ男……やはり私の伴侶に相応しい」
あの少年を得た者が、次代の竜の中で最も抜きん出た存在になれる。
そんな確信が。
「私は諦めませんよ、メルティア」
異界の神と竜。
二人の力を得た存在が、どれ程のものか。
想像するだけでも愉快だと、白銀の竜姫は嗤う。
「きっと何か手があるはずです……彼が私達の剣に選ばれた事には、なにか意味があるはずですから」
その為にも、早急に暴かなければならない。
ゼロリアには、もう一つ。確信があった。
「そうでしょう? シーナ」
あの少年は、まだ何か隠している。
あとがき。
再来の北海道。
まだ雪積もってて草です。
バタついていて、コメント返し出来てないのもありましたので、今回のと併せて順次返します。
質疑ありましたので、解説を。
シーナ的には人のまま在りたいと思ってますが、実際。竜化前提の異能なので身体が全く付いてきません。
ユキヒメは強すぎるだけです。
あと、シーナは他人に優し過ぎるのも駄目です。
自分が辛い目に遭ったから仕方ない部分もありますが、ユキナのせいで権力者を嫌っているのもあり、流されてはいけないと意固地になってます。
ただ自分が納得出来るようにと足掻いているだけで勝てるような相手ばかりじゃない。
学んで欲しい。
そろそろユキナパート増えていきますかね。
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