第112話 剣聖、襲来


「あの女、どこに行きやがった!」


 首都で竜姫達が、休養日を過ごしている昼時。


「おい、誰か! 誰かいねぇーか!?」


 辺境の屋敷で療養中の白虎は、昼食に誘おうとした客人の女が見つからず屋敷中を捜索していた。


 二階の廊下を治療中の股下を庇いながら歩く。


 そんな白虎の声に、自室の扉を開けた女が居た。


「お呼びでしょうか? レオ様」


「あ? メイヴか。ユキヒメを見なかったか?」


 愛人の一人である兎族の女は小首を傾げる。


「ユキヒメ様ですか? 存じませんが……」


「クソ、誰も知らねーのかよ。まさか……っ!」


「そのまさかですよ、レオ」


 屋敷の廊下に、凛とした声が響いた。

 白虎が声に振り向くと、背後に九つの尻尾を持つ白狐の女が立っている。


「ハクラン……いつの間に」


「腑抜けた貴方の背を取るなど容易です」


 殺気立った瞳に、レオは目を逸らした。

 決して妻から向けられるべきではない瞳だ。

 まだ恨んでやがるのかよ、と。流石に落ち込む。


「チッ……まぁいい。ユキヒメはどこに行った?」


「ご想像通りですよ。あの狂人から言伝を預かっています。貴方の回復を待っていては暇で仕方ない。嫌な予感もするので、一度。見定めに行く……と」


「……なぜ止めなかった?」


「……私では止められませんよ。全く、忌々しい」


 苦虫を噛み潰したような表情の白狐を見て、白虎も納得せざる得なかった。


(子供も居るんだ。今のこいつじゃ、無理か)


 全盛期でも全く届かなかったのに、今の白狐では赤子の手を捻るようなものだろう。


 相手は成長し、こちらは衰退している。

 当然の結果だ。


 希少で強力な術士としては現状でも一級品だが、その程度で太刀打ち出来る相手ではない。


「再起不能にはしないから、心配するなとも言っていました。今の貴方は役立たずなのです。大人しくしていなさい」


「ケッ……ちゃんと帰ってくるんだろうな? 今は絶対に手放せねぇぞ? あいつは」


「ユキヒメは、一度交わした約束は必ず守ります。剣聖の名は伊達ではありませんから……チッ」


「……随分と買ってるな? 嫌いな癖に」


「貴方には言われたくない……あぁ、忌々しい」


 悪態を吐き、白狐は踵を返して立ち去った。

 

 白虎はそんな妻を見送り、窓へと視線を向ける。


「首都か……」


 どうやら、騒がしくなりそうだ。


 








 親竜国の首都。早朝から賑わう街頭市場。


 行き交う人々の中に、一人。人目を引く人物の姿があった。


「空気が不味いな……」


 長い白髪に黄の瞳。淡麗な顔立ちに、抜群の身体を持つ女が身に付けている衣服は、煌びやかな色彩の和服だ。腰に吊るした大太刀が、更にその出で立ちの面妖さに拍車を掛けている。


 彼女を目にした者達は、誰もが振り返る中。


「さて、と……あ」


 当の本人は特に気にした様子もなく、迷いのない足取りで人混みの中を進んで行く。


 彼女が足を止めたのは、古びた八百屋だった。


 店主は客人に気付くと、その容姿に驚き……腰の大太刀を見て眉を寄せ、すぐに笑顔を浮かべた。


「はい、綺麗なねーさん。何にする?」


「林檎を一つ。あ、それがいいね」


 白く細い指が示したのは、瑞々しく赤い果実。


 店主はそれを見て、にこやかな顔で揉み手した。


「毎度。若いのに良い目利きだ」


 手渡された林檎に対し、白髪の女は袖から巾着袋を出して代金と交換する。


「珍しい格好だね。東方から来たのかい?」


「うん」


「そうかい。でも女の子の一人歩きは危ないよ? 今は特にね」


「そうかな? 誰か居た方が危ないと思うけど」


 キョトンとした表情で告げる女に、店主は眉を寄せる……が、腰の大太刀から、余程腕に自信があるのだと察した。


「ねーさんぐらい綺麗だと、野蛮な異世界の奴等は喜んで攫おうとするだろうよ。特に、噂の悪魔達は凄まじく強いと聞くよ?」


「蛮人の戦士か。4人の誰にも会えなくて残念だ」


 しゃり、と林檎に噛り付きながら平然と言う女。


 店主は怪訝な顔をしながら続けた。


「腕に自信があるなら、丁度いい。白竜のゼン様がこの近くの屋敷に来てるみたいだから、訪ねてみたらどうだい? ねーさん、白狼族だろ? ゼン様が駄目でも、娘のゼロリア様なら雇ってくれると思うぜ?」


 白毛である事を重要視している次代の白竜には、白狼の女も面識があった。


「これから訪ねるところだよ。それにしても、この林檎は新鮮だね。首都でこれほど新鮮な果実が口に出来る様になってたなんて、知らなかったな」


 女が夢中で林檎を囓るのを見て、店主は自慢げに腕を組んで見せる。


「そうだろう? つい最近、線路の整備が終わったから列車が走るようになってな。国内で採れた新鮮な食材が数時間で首都にやって来るのさ」


「なるほど。絡繰りの進化の恩恵か」


「絡繰りって……ねーさん古いね。機械だよ」


「機械……現世の言葉は、なかなか馴染めないな」


「あ、ねーさん待ちなっ!」


 林檎を囓りながら踵を返した女の背に、店主は声を張り上げた。


 女が振り返ると、店主は売り物の林檎を一つ女に放り投げる。


 それを女が受け取ると、店主は親指を立てた。


「おまけだ。白竜様に仕えて蛮人共と戦ってくれんだろ? 頑張れよ!」


 女は微笑んで、貰った林檎を持つ手を振った。


「……うん。流石の目利きだ。ありがとうね」


 林檎を囓りながら、女は早朝の人混みに消えた。


 彼女の歩む先には、白の守護竜の屋敷がある。







「少々早かったですね」


「よい、妾達は先に来て待っているべきじゃろう」


 時刻は朝8時。

 屋敷の中庭に来た赤竜姫と従者の白狼は、大きな荷物を抱えていた。


「こちらの部隊も先に行かせたのじゃろう?」


「はい、ご指示通りに。現在ゼン様、ゼロリア様の部隊と行動を共にしているはずです」


「ならば問題あるまい。しかし、何故妾達は出発を遅らせる必要があるんじゃろうな?」


「お父様とお母様も先に出立されましたよ」


 声がして見れば、荷物を持った白竜姫が屋敷から出て来た所だった。


「む? 一緒に向かうと言っておったが……」


「急遽、先に行く必要が出来たと言っていました。詳細は教えて貰えず、私に貴女達を案内しろと」


 白竜姫の言葉に、赤竜姫は首を傾げた。


「案内? 車の手配があるのではないのか?」


「はい。そのはずですが……そろそろ迎えが」


 怪訝な表情の白竜姫が、言いかけた時だった。


「来ないよ」


 声がした。不思議と響く清涼な声だ。

 凛とした威圧感のある声音には、覚えがあった。

 そんな三人は、慌てて視線を向ける。


「やぁ、赤に白の竜姫様は、お変わりないようで。シラユキは背が伸びたけど……なんか幼いね」


「ねぇ……さん」


 震えた声を絞り出した赤竜姫の従者。

 その視線の先で、同じ白狼族の女が微笑む。


(……まさか、本当に来ているとは)


(ユキヒメ……!? 此方に来ているとは)


 白竜姫が渋い顔をし、赤竜姫は険しい表情で自らの従者を庇おうと前に出る。


「ふふ、久しいね。皆様方」


 そんな三人を一人ずつ見て。

 煌びやかな和装の白狼女は、赤竜の姫へと視線を留めた。


「ところで……赤の竜姫様?」


「……なんじゃ?」


 微笑んでいた予期せぬ来訪者は、スッ……と表情を消す。そして、ゾッとするほど冷たい声で口にした。


「何故、まだ幼体のままなのかな? 正式な守護者が見つかったって聞いたけど……そういう趣味の人だったのかな?」


 竜人は、守護者の望みを反映した成体となる。

 それは周知の事実ではあるが……来訪者の意図を察した赤竜姫は、表情を険しくする。


「……誰に雇われた? 剣聖」


 彼女が聞きたいのは、そんな事ではないのだ。

 

 まさかと警戒する赤竜姫。

 対して、にやり……と口角を上げた白狼の女は、腰の太刀に右手を添えながら答える。


「貴女の元婚約者、と言えば分かるかな?」


「下がれ、二人共ッ!!」


 返答を聞いた瞬間、赤竜姫は地を蹴っていた。 


 強烈な踏み込みは中庭の石畳をめくり上げ、爆音を轟かせる。


「はぁっ!!」


 常識外れの膂力で射出された小さな身体が、一瞬で彼我の距離を詰める。


 刹那、硬く握り締められた右拳が突き出された。


「凄い拳だ。流石は、突然変異のお姫様」


 だが、小さな拳は半身で躱され、空を切った。


「だからこそ……残念だ」


 白狼の剣士は衝撃波と風圧に表情を歪ませるが、どこか楽しそうで弾んだ声をしている。


 続いた左拳や右回し蹴りも余裕で回避しながら、白狼の剣士は表情から感情を消す。


「今日は成体の赤竜と戯れに来たのに」


「黙れ! お主には誰も殺させん!」


「こんなの当たったら、こっちが死んじゃうよ」


 後退しながら躱す刀使いの白狼を赤竜姫が追う。

 凄まじい速度で行われる、一方的な戦闘。


「……! メルティア様っ!」


 そんな中、静観に徹していた従者の白狼は悪寒を感じ、大声を張り上げる。


 刹那、赤竜姫の拳が遂に白狼の刀士を捉えた。


「な……っ!?」


 しかし、白狼の刀士の姿は凄まじい拳圧によって揺らいだだけだった。


 胸部に突き刺さった拳には、一切手応えがない。


「桜月一刀……五ノ型、水面月」


 幻影である事を瞬時に悟った赤竜姫は、背後からの声にゾワリとした悪寒を感じながら振り向いて。


「……っ!」


 いつの間にか抜刀されていた大太刀の刀身を首筋に添えられ、動きを封じられた。


「動かない方がいい。これは竜の鱗でも防げない。直接肌に触れた今……貴女には分かるだろう?」


「くっ……う、うぅ……っ」


 並みの刃では傷一つ受けない竜鱗を持つ竜人。


 だが、赤竜姫は首筋に触れている刀が自身に害を及ぼせる代物だと察していた。


 常軌を逸した戦闘能力。危機察知能力の高い竜人だからこそ、支配されてしまう。


 自らが滅ぼされる、恐怖に。


「桜月一刀流に、妖刀ですか……厄介な」


 流石に加勢しようと機会を窺っていた白竜姫は、目付きを鋭くして呟く。


「そういう事だよ、白のお姫様。あなた達は以前に会った時から、何も成長していない……今の私は、絶対に退けられないだろう」


「……下等種族が。あまり舐めるなよ?」


「なら試してみる? 竜殺しと謳われる絶技、披露してあげよう」


 白狼の挑発は、自尊心の高い竜姫にとって許し難いものだった。

 アイスブルーの瞳を激情に染め、白竜姫は冷気を放つ。


「……ねーさん。何故、あんな男に雇われた?」


 まさに一触即発の空気の中、襲撃者の妹は問う。

 対して姉は、微笑みを浮かべて即答した。


「聞いたよ? シラユキ……そして竜のお姫様達。この世界で、面白い力を持つ存在を見つけたって。赤と白、二人の竜装に選ばれた次代の守護者さ」


「……やはりか。くそ……頼む、ねーさん……今は退いてくれ! ねーさんが退屈なのは知ってる! だから……だから私が、いつか」


「無理だよ、シラユキ……貴女では私に届かない」


 冷酷な瞳で妹を射抜き、赤竜姫の首筋に添えた刃を持ち上げる。


「う……うぅ……っ!」


 顎を強制的に上げさせられた赤竜姫の怯えた瞳と白狼の刀士の冷たい瞳が見つめ合う。


「さて、赤のお姫様。貴女に私が提示する選択肢は二つだけだ。今すぐ成竜になって守護者と共に私と戦うか……今、この場で私に斬られるか」


「ねーさん! やめろ!!」


「いや、やめない。赤の竜姫が消えれば、白の姫。次は貴女だよ」


「……あくまでも闘争を求めますか、剣聖」


 凄まじい闘気を放つ白竜姫。

 だが、白狼の刀士は平然とした態度を崩さない。


「さぁ、答えを聞こうか。幼き竜のお姫様?」


「く……ぅっ!」


 大太刀の刃が、赤竜姫の首筋を覆う紅鱗を削り、剥がそうとした瞬間。





「選択肢が一つ、足りないな」





 若い男の声が、明瞭に響いた。

 途端に凄まじい速度で襲来した人影が容赦のない剣閃を翻す。


 剣戟の音が激しく鳴り響いた。


 気付けば赤竜姫と白狼の刀士の間には、乱入者が現れていた。赤竜姫の配下である事を示す軍服を身に纏った、白狼耳の少年だ。


「あんた、シラユキの姉らしいが……敵か?」


 軍正式採用の片手剣を手にした彼は、爛々と瞳を輝かせ、険しい表情で白狼の和装女を睨み付ける。


「へぇ?」


 常人の数倍の動体視力と反応速度を持つ竜姫達ですら捉えきれなかった速度の斬撃。


「速いね、君」


 それを易々と受け止めて見せた白狼の女刀士は、にやりと口角を歪めた。


「質問に答えろ。うちのお姫様に何の用だ?」


「君には関係ないよ。用があるのは彼女の婚約者、この世界の人間さ」


「……大体は聞いていた。誰に雇われた?」


「お姫様もだけど、随分と気にするね?」


「身に覚えがない恨みで襲われて、逆恨みまでされたら敵わない」


「それもそうだ。いいよ、教えてあげる」


 至近距離で睨み合う少年の言葉に、白狼の刀士は納得した。


「元婚約者の白猫くん……って言えば、遠慮せずに済むかな?」


 淡麗な顔が、にやにやと意地の悪い笑みで歪む。

 そんな白狼の刀士に対し、少年の対応は迅速だ。


「なるほど……あんた、敵だよ」


 少年が輝く目を見開いた刹那だった。


「吹っ飛べ」


 風が荒れ吹き、風搥の魔法が強烈な殴打を放つ。


「ぐっ……!」


 直撃した白狼の刀士は、後方に吹き飛ばされた。


「うわっ……?」


 抵抗出来ず中庭の垣根に飛び込んだ白狼は、目をパチクリとさせ驚愕した。


(風の術? いつの間に……いや、それ以前だね。白狼族に、こんな術は扱えない)


 答えに辿り着くのは、一瞬だった。

 乱入者の正体に気付き、白狼は垣根の中で嗤う。


「メルティア、大丈夫か?」


「あ……うむ。助かっ……ではない! 下がれ! こやつは危険じゃ!」


「煩い。俺は、お前を失う訳にはいかない」


 少年は左手を差し出して、赤竜姫の金眼をジッと見つめた。


「相手は、お前を斬れる剣を持っているんだろ? それに奴は、あの屑野郎に雇われたと言っていた。なら……撃退するのは俺の役目だろう」


 赤竜姫はハッとして、自分の腰に吊ってある宝剣を一瞥した。


「まさか、シーナ……お主」


 目を見開いた赤竜姫は、少年の目を見つめる。

 暗い蒼眼には、ゾッとする程の威圧感があった。


 少年は頷く。


「今は俺が、お前の守護者だからな」


「あ……」


 赤竜姫の腰で、ガシャンと宝剣が解錠した。


(嘘……触れてすら、おらんのに)


 まだ少年は、指一本触れていない。

 だが、意思を持つ竜の剣は応えて見せた。


 戦う為に力を欲している、主人の意思に。


(知らぬとは言え……この状況で迷いなく妾の前に出て来てくれる。レオでは、あり得なかったのぅ)


 感激した赤竜姫は腰の宝剣を鞘ごと外し、少年へ差し出した。


(やはり、シーナは妾の……)

 

 熱に浮かされた頬は朱に染まり、金色の瞳は潤んでいた……が。


 ガシャン。


「あら?」


 背後から聞こえた音と声に、赤竜姫はぴくりと肩を跳ねさせて反応する。


 忌々しくも聴き慣れた声は、銀髪の同族だ。

 

「あぁ! な〜るほど♪ その理屈なら、私の守護者でもありますもんねぇ〜?」


 白竜姫は満悦の表情で白々しい台詞を吐き、手をパンと叩いた。


「……むぅ」


 一瞬でジト目に変わった赤竜姫の非難の視線が、少年を容赦なく射抜く。


 無論、知った事ではない白竜姫は腰の宝剣を腕に抱えると、足取り軽く近付いてきた。 


「シーナ。竜装が必要なら、こちらを使いなさい」


「メルティア、借りるぞ」


 剣を鞘に収めた少年は、迷いなく赤竜姫の宝剣を受け取った。躊躇いなく抜剣された宝剣は、紅金の剣身を晒して火花を散らす。


「……私のを使用して頂けると、後方支援も可能。脳筋のメルティアを選ぶのは愚かな選択ですよ?」


 無論、白竜姫の提案は無視だ。

 

「なるほど……その耳と尻尾は紛い物か」


 既に垣根の中から出ていた白狼の刀士は、着物を手で叩きながら鋭い眼光を放っている。


「よく出来てるね? 気付かなかったな。シーナ、だったね。私はユキヒメ。以後、お見知り置きを。お会い出来て光栄だよ」


「……そうかよ」


 宝剣を構えた少年は、暗い瞳を鋭くさせる。


「お引き取りを、と言えば聞いてくれるのか?」


「まさか。楽しませて貰うよ、異界の剣士」


 対し、白狼の刀士も大太刀を構えた。


 薄らと微笑んだ彼女には、得体の知れない威圧感がある。


(速さも術もある……さて、どうしよっかな♪) 


(……メルティアが勝てなかった相手、か)


 これまでにない強敵に、少年は動かない。


(警戒心が高いね。自ら動く気はないか……なら)


 すると白狼の刀士は、ゆっくりと納刀した。


(剣を納めた……? あの構えは何だ?)


 パチンと鯉口を鳴らし中腰で構えて見せる姿に、少年は警戒心を強めて身構えた。

 

「気を付けろ、シーナ!! 来るぞっ!!!」


 刀士の妹。少年が信頼している女の怒声が響く。


「桜月一刀流、三ノ型」


「……! 避けろっ!」


「抜刀術……疾風」


 叫び声と同時、銀閃が放たれた。

 竜姫二人の動体視力をも凌駕する高速の斬撃だ。


(はや……っ!)


 しかし、少年は女神から授かった異能の力で常時の十倍以上に視界を加速させている。


「ぐぅ……っ!?」


 結果。少年の右肩に迫った凶刃は、辛うじて間に合った宝剣に阻まれ、甲高い音を響かせた。


「がぁ……っ!!」


 だが、受け切れるだけの膂力が少年にはない。


 衝撃に耐え切れず地を転がり、二回転程で態勢を立て直す。


「へぇ? 凄い。まさか受けられるとはね」


「く……ぐっ……ぅっ!」


 立ち上がろうと剣を握り直し、手の痺れに少年は顔を顰めた。途端、異能まで解除されてしまう。


 耳鳴りが止み、視界が元に戻ってしまったのだ。


(やばい……やばいやばい。馬鹿じゃないのか? こんなの、何度も受けられないぞ)


 一度受けただけで、相当な消耗だ。

 願わくば連発出来ない事を祈るしかない。


「これなら、もう一段上げても良さそうだ」


 だが、少年を見下ろす表情には余裕がある。


(もう一段上げる? まさか、手加減してこれ……なのか?)


 信じられないが、嘘を吐いている様子はない。

 白狼の刀士を睨み、少年は力一杯宝剣を握る。


(……冗談じゃねぇ)


 女神の助言に従い、神器に匹敵する剣を手にしているのに……相手も同等の剣を持っている様子。


 武器の破壊は望めない。


(何もかも、足りな過ぎる……それでも)


 届かない。そう悟りながらも、少年の目は死んでいなかった。痺れを感じる手で強く剣を握り締め、足を踏ん張って体勢を整える。


(負けられない)


 敗北は当然、背を向けて逃げ出す事も出来ない。

 対峙する刺客が現れたのは、自分の責任だ。


(メルティアの手に余る奴でも、勝つしかない)


 正直、舐めていた。

 竜人は本来、最強の存在。枷さえなければ、少し暴れ過ぎても後処理は問題ないだろう……と。


「我、女神の祝福を受けし者」


 少年は自身の甘さを痛感しながら呟く。


「桜月、一刀流……」


 対して白狼は、ゆっくりと鞘に太刀を納める。


「速く……速く」


 少年は知らない。

 対峙している彼女が、少年にとって最も忌まわしい名を冠している事を。


 剣聖と、その幼馴染。


 本人達も知らない因縁が、雌雄を決すべく向かい合う。

 

 




 










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