第111話 遠征前夜

  休養日の夜、シラユキに呼び出された。 


 大事な話があるとかで、連れて行かれたのはメルティアの部屋だ。


 恐らく、明日の事だろう。

 港町近くの村が、襲撃を受け生存者が居る。

 住民を避難させると、この屋敷の主。白竜ゼン様が言っていた件だ。


「メルティア様、二人を連れて来ました」


「……入るが良い!」


 扉を開けたシラユキに続いて室内に入る。

 メルティアは部屋の奥で書類の山の中にいた。


「休養日にすまぬ。早速、本題に入って良いか?」


「ゼン様から聞いている。明日の話だろう?」


「む? 耳にしておったか。ならば話は早い」


 メルティアの目配せを受け、シラユキが頷く。

 彼女は机から書類を手にし、俺に手渡した。


「移動中に目を通せ。お前達に働いて貰うつもりはないが、被災地だ。くれぐれも弁えた行動を頼む」


「分かっている」


 釘を刺されるまでもない。


 俺は寧ろ、理不尽な略奪に晒された人達に申し訳ない気持ちすら抱かなければならない立場だ。


 精一杯働かせて貰うさ。


「此度は国軍は動かず、フロストドラ家の私有軍が主導する。妾達は一小隊、総勢12名を貸し出す」


 思ったより少ないな……。

 メルティアが動かせる人数は少ないのは承知の上だが、他の連中は今。何をしているんだ?

 村に来た時は、少なくとも50人は居たはずだ。


 まぁ、俺が口を挟む事じゃないか。


「そうか。ところで、心配が一つある」


「なんじゃ?」


「俺達を見て、住民達はどう思うかだ」


 蛮人。中々どうして、的を得ている呼び名だ。


 確かに話を聞けば、王国のやり方は野蛮過ぎる。

 話し合いを試みようともせず、奪う。

 それだけでは飽き足らず奴隷として売り、人としての尊厳までを踏み躙る。


 あの自由ギルドとか言う連中と変わらない在り方には、反吐が出るね。


「予め言っておくが」


「ん……シーナ?」


 華奢な肩を抱き寄せる。

 すると言葉を理解出来ないミーアに不思議そうに見上げられるが……俺は、はっきりと口にする。


「俺は、危害を加えてくる相手に容赦はしない」


 村の住民は気の毒だが、優先順位は違えない。

 その意思表示をすると二人は顔を見合わせた。


「分かっておる。シラユキ、例の物を」


「はい」


 苦笑するメルティアに言われ、シラユキが部屋の隅から持って来たのは紙袋だった。


「シーナ、これを。ミーアもだ」


 一つずつ紙袋を受け取って中を見る。

 白毛の犬耳と尻尾のようなものが入っているな。


「……変装か。随分と良く出来ているな」


 紙袋から耳を取り出して、その手触りに驚く。

 以前、シラユキに触った時と変わらない。


「父様が出資した医療品の製造業者があってのぅ。本物の毛を使っておるから、そうそう見破れんよ」


「衣服の方も、こちらで用意する。お前達の服には尻尾穴がないだろう」


 獣耳はカチューシャという髪飾りと同じ作りだ。

 頭に乗せ、早速……姿見を借りて確認する。

 髪色と同じ体毛なので、違和感は感じない。


「シーナは私と同じ白狼族だ。ミーアの方は珍しい髪色だから苦労したが、猫族にした」


 へぇ、ミーアは猫族か。

 なら髪型もメルティアとお揃いにしないとな。


「ミーア。耳は付けたか? お前は猫ーーー」


 なんて思いながら、振り向いた瞬間だった。


 ピコピコした猫耳を付けた、ミーアは……


「ん……どう? あ、私も鏡を見て良いかしら?」


 髪を弄りながら、違和感がないか不安な様子で、


「あら? シーナ、どうしたの?」


 俺の嫁が、猫耳を付けて怪訝な表情をしながら、俺の顔を覗き込んでいる……!


「……可愛い」


「え?」


 死んでいたはずの感情が、あまりの衝撃に一瞬で息を吹き返してしまった。


「……もぅ。あんたも可愛いわよ? ばか」


 毎度思うが、俺の感情はミーアに弱過ぎる。


 危ないな、なにするんだよ。

 ここが人前じゃなければ、もう押し倒してたぞ?

 今頃、にゃあにゃあ鳴かせていたところだ。


 ……いや、俺気持ち悪過ぎる……冷静になれ。


「ところで……なんで俺とミーアが違うんだよ? 一緒の方が都合が良いはずだろ」


 尋ねると、シラユキは気まずそうに頰を掻いた。


「似合うと思ったから、それだけだ」


「ほぅ? しらゆきぃ?」


 雇い主のメルティアにもジト目を向けられて尚、気丈な態度で応じて見せる彼女には感心する。


 本心は左右にパタパタと嬉しそうに揺れる尻尾が全てを語っていた。


 こいつ、俺を自分と同じ白狼族にする為に職権を濫用したな。


「まぁ良い。それじゃ、今日から俺は白狼族だな」


 確認の為に口にすると、シラユキが一瞬。パッと表情を明るくした。


 すぐにメルティアに睨まれ、萎縮したが……。


「……既にお前の存在は隠せない程に知れ渡った。今後、お前にはメルティア様の剣に選ばれた婚約者として行動する機会もあるだろう。よって、白狼族として行動する間は、竜装の携帯はするな」


「分かった。メルティア、一度返す」


 紅金の宝剣を腰から外し、メルティアに返す。


 すると一瞬寂しそうな表情をしたメルティアは、キッとシラユキを睨んだ。


「お主は本当に優秀じゃのぅ……っ!」


「睨まないで下さい。必要な事です」


 恨めしそうな主を一蹴して、シラユキは続けた。


「シーナは分かっているな? 竜装を預けている間は、メルティア様から離れるな」


 ……まぁ、色々と不安もある。

 力は、いつでも使えなきゃ意味がない。


「成る程、その為の白狼族か」


 メルティアの従者は、同じ立場のシラユキと同族の方が都合が良い。親戚などの縁者と思われれば、それ以上の詮索を避けられる可能性もある。


「そういう事だ。一応、戸籍も用意した」


「そうか、助かるよ」


 そう言えば、こちらの世界では皆、戸籍とやらで管理されているんだった。


 貴族以外は教会の名簿で名前だけ管理している、平民には本当に雑な王国とは違うな。


「今日からはシオンを名乗れ。ミーアはそのままでいい。彼女も当家で使用人として雇う事にした」


 ミーアは悪目立ちもしてないし、役割もない。

 まぁ、妥当な判断だな。

 しかし、貴族のお嬢様が使用人ね……大丈夫か?


「欲しければ姓も入れられるが、必要か?」


「今は不要だ。あぁ、剣は一本用意してくれ」


「徹底するなら、その方が良いな。手配しよう」


 次いで、シラユキはミーアへ視線を向ける。


「次は服だな。お前は私と同じ軍服で良いだろう」


 ……同じ?

 流石に男物だろうが、そんな短いスカートで同じとか言われたら……トラウマが。

 

「ミーアは違うのか?」


「使用人は使用人らしい服装があるだろう。我が家のは丈も長く、銃器を隠しやすい」


 視線を集めたミーアが、不安げな表情をする。


 猫耳の彼女は、恐ろしく可愛らしいが……。


 ……なるほど? つまり。


「え? なに? シーナ、何の話?」


「良い案だ。よろしく頼む」


 身分も武器も隠せる服……実用的な案だな?

 反対する理由はない。是非、このまま行こう。





 


 メルティアの部屋で話し合いを終えた後。

 俺は一人、自室のベッドに座り待つ。


 待ち遠しくて、数十分。じっと扉を見ながら待っていると……ふと足音が聞こえ、扉が開いた。


「終わったぞ」


 先に現れたのは、シラユキだ。

 その背に隠れるように、見知った髪色の女の子が見える。

 偽の猫耳がシラユキの肩から覗いている彼女は、


「ほら、ミーア。何を隠れている?」


「……やっぱり無理。絶対、シーナ笑うもん」


 か細く、震えた声で言った。


 恥ずかしがっているのか、仕方ない奴め。

 ……盾にしているシラユキが邪魔だな?


「シラユキ、悪いが退室してくれ」


「む? 何故だ」


 は? おいおい言わせるなよ。

 普通分かるだろ、気が利かないな。


「ミーア、来い」


「嫌よ。なんで私が、こんな格好……」


「いつまでも隠れてられないだろ?」


「……笑ったら、怒るわよ?」


 よかった。

 表情に現れるほど治ってはないから、大丈夫だ。


「笑わない。約束する」


 自信のある俺は、はっきりと口にする。

 すると、ミーアはゆっくりと前に出て来て……。


「うぅ……屈辱、だわ……」


 黒いメイド服姿の全身を俺に晒した。


 やっぱり可愛い……外見もだが、恥ずかしがってちょっと涙目なのも、視線を逸らしてるところも、スカートの裾に皺が出来てしまいそうなくらい強く握っちゃってるところも、すげー良い。


「……良いじゃないか」


 思わず呟くと、ミーアは真っ赤な顔で大きな瞳に涙を浮かべ、恥ずかしそうにもじもじとしながら、


「……ほんと?」


 と……上目遣いで聞いてきた。


 おっと、待ってくれ。それ以上はいけない。

 その仕草も卑怯だな……流石に煽り過ぎだ。


「……ふっ。シーナ、大事な話があったが、明日にしよう」


 言葉は分からないはずだが、察したらしい。

 不意にシラユキは、ミーアの背を軽く押した。


「わっ……! ちょ、ちょっと。なにするのよ?」

 

「明日の早朝、6時。私の部屋に来い。あまり夜更かしするなよ?」


 体勢を崩し、転けそうになったミーアに睨まれながら、シラユキは悪戯な笑みを浮かべる。


 気を利かせてくれたらしい、有難い。

 なら、もう一つ我儘を聞いて貰おうかな。


「……シラユキ。これから二時間、部屋の護衛は要らない」


「二時間? あぁ成る程、丁度ガイラークと交代の時間か。分かった、今夜は休ませて貰おう」


 少々気恥ずかしい気もしたが、普通に言えたな。

 やはり行動には感情の影響がないからだろう。


「助かる。おやすみ、明日は頼む」


「あぁ。ではな」


 平然と口にすると、シラユキはさっさと扉を閉め退散してくれた。


 さて……と。


「なにしてるんだ? ほら、来いよ」


 ポンポンと隣を叩くと、ミーアはスカートの裾をギュッと握ったまま、おずおずと近づいて来た。


 おーおー、恥ずかしがってる。

 これからもっと恥ずかしい目に遭うのに、なぁ?


「恥ずかしがる必要、ないだろ? 似合ってるよ」


 猫耳の女性の証である左右に結んだ髪型……か。

 メルティアとお揃いで、凄く似合ってるな。


「ねぇ……私、なんでコレなの? シーナも明日は執事服なのよね? だから私はメイドなのよね?」


「……俺は軍服だとさ」


「は? じゃあ、なんでよっ! なんで私がメイドで、あんたは軍人なの? おかしくない!?」


 目の前で立ち止まったミーアに責められる。

 だが、こいつに軍服なんて着せる訳がない。

 何があっても、矢面に立たせるつもりはない。


 ……って、こいつに言っても仕方ないか。


「いいから座れよ」


「答えて! よりによって……こ、こんな……! こんな屈辱、許せないわ!」


「いーから、座れって」


 ポンポンとまたシーツを叩くと、ミーアは納得出来ないと言った表情のまま腰を下ろした。


 隣に座ったミーアを、改めて観察する。


 おぉ……腰から尻尾も付いてる。可愛いなぁ。


「良いじゃないか。凄く似合ってるぞ?」


「……私はあんたについて来たけど、あの娘に仕えた訳じゃないわ」


「分かってるよ。お前は、俺の専属だ」


「……は?」


「そうだろ? 違うのかよ」


 肩を竦めて見せると、ミーアの目が泳いだ。

 そして、両手を添えた内股を擦り合わせると……


「うん……そう……だけど?」


 どうやら、ミーアは他人に従うのが嫌いらしい。

 俺は例外みたいだけどな。


「じゃあ問題ないな」


「うん……うん?」


 おっと……まだ少し納得出来ていないようだな。

 だが、手段を選ぶ気はない。

 悪いが、お前には絶対にメイド服を着て貰う。


 ……仕方ない押し切るか。


「ほら、力抜いて」


「え? あっ……♡ ふぅ……」


 華奢な身体を抱き締めると、ミーアは肩に頭を乗せて甘えて来た。


 俺は、そんな彼女の耳元で囁く。


「今、部屋の前には誰も居ないぞ」


「えっ……? 嘘……」


「こっちに来てから、ずっと相手してなかったな」


 よしよし、と頭を撫でる。


 するとミーアの身体から力が抜け、代わりに増した熱が吐息となって首元を撫でた。


「……この服、明日も着るのに汚しちゃう」


「浄化の魔法を覚えた。そのくらいなら大丈夫だ」


「そう……」


「どうする?」


 尋ねると、ミーアが息を飲んだ。


 俺達の間には、決まりがある。

 それは、触れ合いをする時は俺から手を出さないというものだ。


 彼女は悪意に晒され、怖い想いをして間もない。

 

「……シーナ」


 だから、誘う時は必ずミーアのタイミングだ。


 俺から離れたミーアは、ギュッと目を瞑り、開いて……真っ赤な顔で視線を彷徨わせ、また俺を見て恥ずかしそうにプルプルと震える。


 俺はそんな彼女をジッと見つめ、待ち続けた。


「……にゃあ」


 ……すると。

 突然両手を軽く握って胸の前に掲げたミーアは、そんな泣き声を発して……。


「ごしゅ……ご主人、様……たくさん、可愛がって、欲しい……にゃぁ……」


 消え入りそうな声で、可愛くおねだりしてきた。


 ……って、ちょっと待て。なんだそれは?


「……誰に吹き込まれた?」


「うぅ……しら、ゆきぃ……」


 マジかよ。シラユキ……あいつ。


 まだ互いに少ししか扱えない言語で、どうやって意思疎通したんだ?


「お前、久々なのに煽り過ぎだろ……ばか」


 全く……あの色ボケ犬め。

 人の嫁を、こんなえっちなメス猫にしやがって。


「好きにして……いいからね? あ……にゃあ♡」


 ……畜生。可愛過ぎる。

 ありがとう、シラユキ。お前は最高の上司だよ。


 

 



 可愛い嫁と最高の夜を過ごした、翌朝。


 気怠さを感じながらシラユキの部屋に向かうと、彼女は既に起きているらしい。中から物音がした。


「シーナか、入れ」


 ノックをして入室許可を貰い、室内に入る。


「おはよう、よく分かったな」


「招待したのは私だ。適当に座れ」


「長居する気はない。このままでいい」


 椅子を勧められたので断る。

 すると怪訝な顔をしたシラユキは腕を組んだ。


「そうか。早速本題に移ろう」


 彼女が視線を向けた先は、室内右手にある化粧台の上だ。


「お前の軍服と剣だ。まずは確認しろ」


 言われて近付き、まずは剣を手にする。

 騎士団から奪った剣と大差ないな。

 刃渡りは普段使っている片手剣より、少し長い。

 抜剣してみると、手入れは完璧だった。


 肝心の軍服は……良かった。ちゃんと男物だ。


「問題ない。少し重い気もするけどな」


「情けない事を言うな。全く……さて、装備は問題ないな。続いて、一つ注意しておく事がある」


 溜息を吐いて、シラユキは人差し指を立てた。

 その表情は真剣で、並々ならぬ緊張感がある。


「なんだ?」


「……ゼロリア様の配下に、ミーアを排除しようという動きがある。気を付けろ」


「なに?」


 それを聞いて、俺は自分の声音が引くなったのを感じた。

 ミーアを排除? 殺す、って意味か? なんで。


「あぁ……更に残念ながら、これは私の部隊にも言える。シーナ、お前が皆と友好的に接そうと努力をしているのは知っている。だが、今は信用するな」


「何故だ? 何故、ミーアを狙っている?」


「お前が竜の伴侶に選ばれたからだ」


 ……またその話かよ。

 本当に面倒臭いな、竜の花婿ってのは。


「ゼロリア様の配下の中には、お前を認めて即座に婚儀をするべきだと主張する者もいる。幾ら敵対している蛮族とは言え、お前の髪色は白毛至上主義の奴等にとって都合が良かったんだろう」


 シラユキに言われ、思い出す。


 そう言えば……。

 戦艦でゼロリアに同行していた軍人。

 あの二人の男達は、あっさりと俺を認めるような態度を取っていた。


「まぁ、そうなるよな……」

 

 とは言え、驚きはしない。いずれミーアが狙われる可能性は最初から危惧していた。


 まさか、こんな馬鹿げた理由だとは思わなかったけどな。


「それで? メルティアの配下の方は?」


「こちらはメルティア様が成竜になる機会を失うと困るからだ。簡単な話だろう」


「ま、妥当だな」


 長寿で身体能力も異常に高く、魔法のない世界で魔法のような異能を操る最強の種族。


 そんな強大な竜人だが、出生に弱点がある。


 竜人は一世一代。つまりは一人しか子供が生まれず、男と女が交互に生まれる不思議な生態がある。


 つまり、他の竜人達も今代は女の子ばかり……。

 いや、今は考えないようにしよう。


 そんなメルティアは両親を亡くしていて、祖父母にあたる存在についても聞いてない。

 他の赤竜は居ないと見て間違い無いだろう。


 新体制となり、今は地固めが急務の中。

 更には、この世界全てとの戦時。


 当主であり、戦力として頼みの綱でもある竜姫。

 いつまでも、メルティアが幼竜なのは拙い。


 まぁ……理屈は分かるな。


「意外に冷静だな」


「想定はしていた。それに……取り乱しても仕方がないだろう」


「……お前は早急にメルティア様と儀式をするべきだと思う」


 シラユキの言う通り、それが最も簡単な解決策だろう。


 しかし、俺はどうも気に入らない。


 女神が選んだ運命だからとか、ミーアを悲しませるからだとか、そんな話でもなく……。


「何かに強制される選択に、価値はない」


「なに?」


「俺の母さんの言葉だよ。俺は、メルティア自身の選択を尊重してやりたい。あいつだって、竜人とか家の当主だとか、そんな話以前に一人の女の子だ。結婚は一生の事だろう? 後悔しない選択をしろと伝えてやれ」


 俺は、剣聖として選択を強制されている女を知っている。


 まぁ……勇者は格好良くて金持ちの貴族様だ。


 俺を捨てた理由は置いておいて、あいつが本心で実の両親や故郷を消そうとしたとは思えない。


 あいつは、ただの操り人形なのだろう。

 黒幕は貴族か、また女神かは分からない。 


 だけど、あいつには抗う力があるはずだ。

 だから俺は、あいつを許せない。


「あの剣にお前が選ばれた時点で、メルティア様に他の選択肢はないと思うが……」


「ハッ、そんなだから、悪い奴に利用されるんだ。折角、美人で強いのに馬鹿馬鹿しい……あいつは、自分で選ぶべきだ。自分のやりたいようにさ」


 メルティアには、あの哀れな奴のようにはなって欲しくない。


 半竜になって、ミーアとの関係に影響が出るのは勿論困る。だが、それ以上に俺は後悔したくない。


 誰かが俺の前で、後悔しているのを見たくない。


「……お前は女誑しだな」


「どういう意味だ」


「わかった。伝えておく……だが、一つ言わせろ」


 溜息を吐いたシラユキは、俺をジッと見つめて。


「誰もがお前のように達観し、強く在ろうと腹を括れる訳ではない。お前が口にする理想論は、私には傲慢でしかないと言わざる得ない」


「何も知らない癖に、偉そうな口を叩くな、か?」


「そういう事だ。お前はまだ若い……もっと謙虚に物事を考えろ。いずれ後悔するぞ」


「肝に命じておくよ」


 理想……傲慢、か。

 分かってるさ、そんな事は。

 俺も、もう子供じゃない。

 母さんの言葉が所詮、綺麗事だと分かっている。


「……まぁいい。話は終わりだ。何かあれば、まず私に相談しろ。手は貸す」


「わかった。よろしく頼むよ」


 俺は化粧台の上から軍服と剣を抱え、退出した。


「シーナ。人は背負うものが多い程、弱くなる」


 部屋の扉を閉める前、シラユキは眉間を指で押さえながら口にした。


「意地を張るなら、くれぐれも気を抜くなよ」


 俺はそんな彼女に頷いて、扉を閉めた。


「話、終わった?」


「……あぁ、終わったよ」


 途端。部屋の前で待っていたメイド服姿のミーアが、俺の抱えている軍服を見て眉間に皺を寄せる。


「やっぱり、納得出来ないわ……なんで私、メイドなのよ……」


 まだ納得してないのかよ……全く。


 背負うものがあると、弱くなる?

 ……うるせぇよ、余計なお世話だ。


「似合ってるから、いいだろ」


 俺は、こいつが居るから強く在れるんだよ。


 


 


 


 






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