第129話 狂人を追って

 港街に戻った俺は市街を駆ける。


 目指すのは南東方向、外壁付近に立つ塔。

 あれが恐らく、勇者一行の野営地に一番近い。

 街の外壁の高さも確実に超えている。


 あの塔に登って、竜の眼で見渡せば、港街全体は勿論、勇者の野営地の様子も確認出来るはずだ。

 

「シラユキー! どこじゃっ!? シラユキッ!」


 少し離れた上空に赤髪の少女の姿が見える。

 漆黒の両翼を広げ、大声を張り上げる。

 その表情には、焦燥と不安が浮かんでいた。


 気持ちは分かるが、


「メルティア、もっと低空で飛べ。相手は、お前の親を殺した連中だ。視認されると面倒だぞ」


『……わ、わかっとる!』


 通信機で呼びかけるが……わかってない。

 高度を落とす素振りが全く見られない。


「敵には、遠距離狙撃を得意とする奴等が居るぞ。いいか、だ。ミーアの異能は知っているな? あれはミーアしか持ってない特別な力じゃない」


『大丈夫じゃ! 銃だろうが矢だろうが、妾には』


竜鱗ドラゴンスケイルを過信するのは、いい加減やめろ。少なくとも、一人はあの距離からでも確実に当てて来て、お前の身体を簡単に貫ける異能と、竜装と同格以上の弓を扱う奴が居る」


 英雄様の一人、弓帝。

 とても歳上に思えない、幼い容姿の女。

 だが、女神に与えられた英雄の力。

 そして、あの無駄に絢爛な弓は侮れない。


 実際、メルティアは両親を討たれている。


「今、お前が狙撃されたら捜索どころじゃないぞ。落ち着け、大丈夫。あいつは優秀だ」

 

『……じゃが、シラユキは一度。彼奴に斬られて』


「お前の配下だろ? 信じてやれ」


 シラユキの有能さは、こいつが一番知ってる。

 ただの雇い主と配下なんて間柄でもない。

 二人の日頃の姿を見れば、それは明らかだ。


『……まさか、妾よりずっと付き合いの短い主様に諭されるとはのぅ』


「とにかくだ。可能な限り低空で、此方から見える位置を保ってろ。竜装が必要な時は呼ぶからな』


『そ、そうじゃの? 他でもない主様の言葉じゃ。妾は黙って従うべきじゃの?』


 ……ん? 


 気になって、振り返って見る。

 メルティアは飛び回るのをやめていた。

 滞空状態で、静かに高度を落としている。


『そう……妾は立てねば……立てねばな……』


 しかし……なんだ?

 なんか妙に落ち着かない様子だな。


 ……ちょっと試してみるか?


「……その時は、くれぐれも待たせるなよ」


『はい、主様』


 よしわかった。駄目だコレ。

 なぁ……竜人様、少しは自分の立場を考えて?


 お前は俺の四倍以上は生きてるんだぞ? 

 確かに、俺は対等な関係になる事を望んでるよ?

 けど、常識的に考えよう?

 俺の要求って、身の程知らずも良い所だよ?

 高貴な血筋の君達と違って、俺は村人だぞ?


 なのに……なのにさぁ?


 ミーアにも散々言ってるけどさぁ……っ?

 なんで俺に好意を寄せてくれる女の子ってさぁ?

 そんな嬉しそうに従ってくれちゃうのかなぁ?


 ………………。


「よし。先にユキヒメを見つけたら報告してくれ。もし戦闘になっても、お前は待機だ」


『えっ……? いや……流石に、それは』


「……俺を信じて待てないか?」


『あ、ちがっ……決して、そうではないぞ!?』


 よし、もうひと押しだな。


「そうか。やはり俺では相応しくないか」


『だから違うのじゃあっ! あぁ、分かったっ! 分かったから! 妾は何があっても主様を大人しく見守っておくっ! 妾が悪かったっ!』


 うーん、罪悪感。


「いい子だ。まぁ不安だろうが、奴は俺に任せろ。もう二度も生き残ったからな。適任だろ?』


『……すまぬ。妾は主様に甘えてばかりじゃな』


「互いに頼り合おうって約束したろ。お前の抱える悩みは、俺の問題だ。そうやって謝るくらいなら、それこそ素直に甘えてくれた方が良い」


 相手は竜殺しと謳われる剣聖。

 実際、メルティアは妖刀を持つ奴と相性が悪い。


「今は黙って守られてろ、お姫様」


 もう二度、奴が本気なら俺達は殺されていた。

 それでも、ユキヒメは俺が退けるしかない。


『……レオと契らんで、本当によかったぁ』


「なに言ってんだよ? 今更」


『だって、いい子なんて何年振りに……あぁいや、コホン……では、頼りにして良いか? 主様よ』


 今、俺の身体には赤竜こいつの血が流れてる。


 今は、メルティアを矢面には立たせられない。

 竜の番となる者が守護者と呼ばれる理由。

 まだ憶測に過ぎないが……恐らく。

 とにかく、今の俺には他に選択肢はない。


 ……あのクソ女神め。

 運命の相手とは、よく言ったものだ。

 

「だから、なに言ってんだ? それこそ今更だろ」

 

 ……ごめん、母さん。

 こいつが一人で抱え込み、無茶をせず。

 素直に頼り、相談して貰える立場で在れるなら。


「俺は、もう唯一の同族なんだろ? 甘えとけ」


 やっぱり、俺は。

 母さんが嫌いだった嘘吐きで構わない。

 

『シーナ、私だ。シラユキだ。応答しろ』


 あっ。


「聞こえる。シラユキ、今どこだ?」


 通信機の音声が変わった事で思考を切り替える。


『私は無事だ。それより、お前に頼みがある』


「質問には答えろよ。今どこだ? 俺達は、お前を探す為に港に戻って来てるんだ」


『知っている。メルティア様の御姿は、私の方でも見えているからな』


 空中のメルティアが見えているのか。

 どうやら近くに居るみたいだな。


「〜〜〜っ!! また此奴は……っ!? 人の気も知らんでっ!! 言質じゃ! 今度という今度こそ許さんからのっ!?」


『……どうやら、お前。また誤解させるような発言をしていたようだな?』


 しかし、こいつの性格上。

 この状況で姿を現さないって事は……


「ユキヒメは? お前の姉はどうした」


『……まぁ良い。シーナ、お前と二人で話がしたい。どうにか一人で街道に出て来れないか?』


 やはり、止めきれなかったか。


「また雇い主様には内緒の話か」


『茶化すな。私としても不本意だ』


 だろうな。

 それでも、シラユキは俺を頼った。

 

「馬を連れて来い。門前で落ち合おう」


 いいだろう。

 この姉妹には、恩を売っておいて損はないだろ。







 上空のメルティアに見つからないよう、海岸沿いの街道へ繋がる門へ到着し、暫く待っていると……


「シーナ」


 背から呼び掛けられた声に振り向き、馬上に跨るシラユキの姿を認めた俺は、深く被っていた外套のフードを脱いで頭を晒した。


「話は分かっている。馬を貸せ」


 シラユキが軽やかに馬から飛び降りたのを見て、俺は早速要求した。

 同時に腰から外しておいた二本の剣を差し出す。


「えっ……? 一応聞くが、どうするつもりだ?」


「姉を止めて欲しいんだろ? 追いかけてやる」


「では何故……」


 シラユキの目線が二本の剣に向かったところで、


「白い方はミーアからの預かり物、もう一本は父親に送って貰った大事な剣だ。妖刀なんて呼ばれてる奴の太刀で傷を付けたくない」


「では、どうする気だ? まさか丸腰で……」


「銃とナイフ、魔法もある。なんとかする」


 馬の手綱を掴み、剣を押し付けて預ける。


 ユキヒメの移動速度は予想出来ない。

 馬を使っても追い付ける保証はない。

 今は兎に角、時間が惜しい。


「待て、シーナ。まだ話は」


「そうだな」


 確かに時間は惜しい。

 それでも、これだけは聞いておかなければ。

 馬上に跨り、手綱を引きながら、俺はシラユキを見下ろした。


「お前はどうしたい?」


 この問いの意味を理解出来ない彼女ではない。

 その証拠にシラユキは目を見開き、硬直した。

 そして当然、答えは既に出ているらしい。


「……私は」


 だからこそ彼女は、ここに来た。

 だからこそ彼女は、俺を頼った。


「……頼む、シーナ。姉さんを」


 俺は、こいつを守り、守られる主人ではない。

 いつ切り捨てても構わない、都合の良い存在だ。

 そして、その願いは。


「姉さんを……っ!」


 俺の予想していた通りだった。







 海岸沿い、朝の澄んだ空気の中。

 この新大陸、魔界での拠点確保を目標として侵攻した勇者率いる騎士隊は移動を開始していた。

 無論、弓帝の従卒となったミーアも愛馬に跨り、同行していた。

 

「周囲の警戒は怠るなよ! 魔人共にも密偵を放つ程度の知能はあろうからなっ!」


 初老の騎士が叫び、騎士達は返答代わりに周囲を見渡し、警戒を強める。

 

「そう警戒しなくても、私達が」


「ユキナ、余計な口を叩かないの」


「でも、無駄な事に神経を使う必要性は」


「……士気に関わる。私達は見守ってれば良い」


 馬上で呆れ顔で口にしたユキナに注意をする。

 そんな賢者様と弓帝様を横目にし、


「あはは……そうだね。僕等も注意は怠らない様にしておこうか」


 続けて勇者様の困った様な表情を見たミーアは、


(やっぱり、勇者達は自分の神器に触れていないと力を使えないのかしら……)


 四人の若き英雄達が、各々自身に与えられた神器に常時触れている事に注目していた。


(昨晩、ルナが私を見つけた探知系の異能を全員で使ってるみたいだけど……そうだとすれば、ルキアが私を見つけた時、他の三人は来なかった理由にも納得がいくわね)


 勿論、夫の幼馴染で元婚約者。

 剣聖ユキナの聞いていたとは違う予想外の姿。

 その目に余る言動には興味はある。

 しかし折角、この四人を間近で観察出来るのだ。

 余計な思考をしている暇などない。


「…………」


 故に、人類最強と呼ばれる剣士、剣聖。

 そんな彼女から無遠慮に向け続けられる、敵意の籠った視線を無視していると。


「とは言え、折角新しい顔がいるんだ。ただ気を張っているだけでは疲れてしまうし、色々と質問してみたらどうかな?」


 その言葉に視線を向けると、金髪赤目の勇者様と目が合う。


「特にほら、ユキナは彼女の夫の幼馴染だろう? てっきり死んだと思っていた彼の現況には、興味があるんじゃないかな?」


 世の女性達を虜にする、爽やかな笑み。

 しかし、ミーアには酷く歪に見えた。

 思わず舌打ちしてしまいそうになる。


(は? なんなの? こいつ)


 かつて、自分も憧れていた勇者様。

 しかし、やはり随分と良い性格をしている。


「そうですね……シスル様が、そう仰って下さるのならば」


 どうやら遠慮する気がなくなった様子の声。

 そんな敵意剥き出しの剣聖に、


「貴女になにを聞かれても答える気はありません。剣聖、ユキナ・ローレン様」


 同じく、ミーアも敵意を込めて睨み付ける。


「え?」


「やめなさい、ユキナ。貴女、自分が何をしたのか忘れた訳じゃないでしょう?」


 その迫力に気圧された様子のユキナを、すかさず賢者ルナが窘めた。

 

「忘れたの? ミーアは、貴女の発言で派遣されたドラルーグ団長の小隊と会ってる」


「……だ、だから何だと言うのですか?」


 尚も食い下がるユキナに呆れ、顔を見合わせる。

 そんなルナとルキアを見て、ミーアは溜息を吐いた。


「我が身可愛さに、故郷どころか実の親さえも切り捨てる様な方と仲良くする気は微塵もありません。ですが……良いでしょう。貴女の御両親が、貴女のせいで、どんな……」


「あー、ストップ。もう良いよ。悪かったね」


 シスルは、ミーアの言葉を慌てて遮った。

 そんな彼を、ルキアはジト目で見て。


「シスル様。貴方が煽って、どうするのですか?」


「ごめん」


 今朝の海岸で。

 自分には「分かっているね?」なんて言い、暗に二人が揉めない様に気を配れと指示した癖に。


「もう黙ってて下さい。シスル様も、彼女と話すの禁止です」


「わかったよ……」


 流石に腹が立った幼馴染の表情と声音。

 その迫力には、流石の勇者様も黙らざる得ない。


「パパとママ……いや、考えちゃダメ……忘れろ、忘れるって、決めたもん……」


 俯き、両手で頭を抱え、嫌々と首を振る。

 そんな少女の様子を、各々、黙って見つめる中。


「特別な凄い才能と力がある癖に、自分で生き方も選べないなんて。全く……ホント、可哀想な女ね」


 一切の容赦なく、冷ややかな目で。

 ミーアは、現剣聖にそう吐き捨てた。


「……っ」


「…………うっ」


 他の二人にも効いているとは知らずに。








「ん? あれは……」

 

 港街の上空。

 優れた視力を誇る金色の竜眼が、街の入り口の一つとなる門から見慣れた白狼の女性が手を振る姿を捉えた。


「シラユキっ!!」


 その名を呼び、少女の黒翼が強く空を駆った。

 数秒程でシラユキの元に辿り着き、メルティアの靴が地を捉える。


「良かった! 無事じゃったか!?」


「〜〜っ!! う、うるさいですっ! お陰で耳が無事じゃありませんっ!」


 凄まじい勢いで飛来した主の姿に肝が冷えたが、流石に弁えているらしい。

 もし抱き付かれていたら、致命傷では済まない。

 しかし、竜姫は声量も凄まじいので……


「あっ……す、すまぬ。つい……」


「全く……いえ、ご心配をお掛けしました」


 深く頭を下げるシラユキを見下ろして。

 ようやく、メルティアは安心して息を吐いた。


「よい……無事で良かった。とにかく、まずは艦に戻るとしようかの。あ、主様? シラユキが見つかったぞ?」


 早速、通信機で少年に呼び掛ける。

 しかし、共に捜索中のはずの彼は応えない。


「む? 主様? 主様、応答して……」


「……シーナは、この街には居ませんよ」


 少し逡巡した後、シラユキは口にした。

 結果、メルティアは目を見開き、見つめてくる。


「なんじゃと?」


「私が頼んだのです。代わりに、私はメルティア様の元へ戻れと言われました」


 シラユキは、少し寂しそうな表情をしていた。

 これで察せない程、メルティアは鈍くない。


「……ユキヒメは? 彼奴は、どうした?」


「今、この地には姉さんの求める闘争があります」


 行き先は、わざわざ説明するまでもない。


「本当に、行かせて、しまったのか……?」


「はい」


 メルティアは唇を噛み、シラユキを睨んだ。

 誰もが恐れ慄く、金色の竜眼で。


「何故じゃっ! 妾との約束を忘れたのかっ!」


「貴女では敵わなかったっ!!」


「……っ」


「ねぇさんは強い……強過ぎたんです……っ!」


 それは、まるで悲鳴のようだった。

 その声音と表情が、赤竜姫の胸をグサリと刺す。


「……ですが、今は。これで良かったと思えます」


 と、そこで気付く事があった。


 ユキヒメ、彼女の願いは闘争の中で果てる事。

 そして、妹のシラユキの望みは、一刻も早く姉の願いを叶えてやる事だったはずだ。

 

 叶う事なら、自分の手で。

 それが無理でも、せめて……見届けたい。

 故に、シラユキは竜族の自分に仕えてきた。


 ならば、その姉が、この世界の軍勢に一人で向かって行く事を止める理由はない。


 事実、これまで一度も……


「シラユキ、お主……まさか……っ!」


「やっと、ねぇさんは私に話してくれました」


 その意図に気付いた時、シラユキは微笑んだ。


「……ねぇさんは、本能の赴くままに暴れている訳ではなかった」


 長年抱えていた、胸のつかえが取れたように。


「あいつなら、きっと。私達には示せなかった道へ姉を連れて行ってくれるはずです」


「……っ!! 馬鹿者がっ!!」


 激情のままに叫んで、メルティアは通信機へ向かって叫んだ。


「応答するのじゃ! シーナッ!! おいっ!! 無視するなら、妾も今から合流するぞっ!?」


「ちょっ!? メルティア様!? それは……」


「煩いのじゃ! どうじゃ!? 困るじゃろ!? お主の事じゃ! どうせ聞こえておるに決まっとるからのぅっ!!!」


 確かに一番困る脅し文句だった。

 これには無視を貫いていた流石の少年も……


『……おい。それは卑怯だろ』


「ふんっ! やはりかっ! ちなみに妾は本気じゃからなっ! どうやって移動しとるかは知らんが、妾なら……」


『はぁ……説教は、終わった後にいくらでも聞く。だから今は急がせてくれ。ユキヒメが奴等と交戦を始めたら止めようがない』


 通信機からは、馬の駆ける音がする。

 確か彼は乗馬が出来なかったはずだが、慣れない馬に騎乗してまで急行しているらしい。

 

「主様が止める必要なぞない! ユキヒメは元々、妾達が解決すべき問題じゃ! 大体じゃな! 妾は主様にそんな無茶をさせる為に……」


『俺は、信じろって言ったろ』


 激情のままに騒ぎ立てる。

 そんなメルティアを、少年は静かに諭した。


「それに、関係はある。お前の問題は俺の問題だ。忘れたか? お前は俺の雇い主だろ。それにもう、俺の身体には、お前の血が混じってる』


「ぐっ……ひ、卑怯者め……」


『それで救える奴が居るなら、俺は卑怯で良いさ』


 この期に及んで格好付ける少年に、


「ほほぅ? 良いじゃろう……」


 メルティアは、大変イラっとした。


「帰って来たら、その言葉、覚えておけよ……?」


「ひぇ……」


 金色の瞳を爛々と輝かせて。

 メルティアは、底冷えのする声で口にした。

 そんな彼女の様子に、シラユキは戦慄を覚える。

 

『まぁ、無理をする気はない。手に負えそうにないなら逃げ帰って来る』


「……約束じゃぞ? それと、ユキヒメと接触する前に竜装は呼べ。もし呼ばずに交戦なんぞしたら、勝敗は問わず妾は主様を絶対に許さんからなっ!」


『わかった。じゃあな』


 少年の様子は、最後まで至って冷静だった。

 落ち着き過ぎて怖いくらいだ。

 それだけ彼は、腹を括っているのだろう。


「ふぅ……」


 通信機から手を離して、メルティアはシラユキを睨んだ。


「お主は妾と、この地に滞在じゃ。いつでも即応が出来るよう、準備して待つぞ」


「……はい、メルティア様」


 神妙な顔でシラユキは頷いた。

 深く溜息を吐き、メルティアは親指の爪を噛む。


「皆、馬鹿ばっかりじゃ……っ! 何故、何故戦わなければ、痛みを知らねば納得出来んのじゃっ!」


 想いだけでは、言葉だけでは伝わらない。

 力を示し、捻じ伏せなければ聞きすらしない。


「どいつもこいつも、馬鹿ばっかりじゃっ!!」


 父から受け継いだ夢は、未だ幻想でしかない。

 そんな現状を歯痒く思いながら。

 




 女神に強大な力を与えられた若者達。

 そんな四人は、同時にそれの接近に気付いた。


「ん? これは……」


「シスル様、なにか接近して来ます」


「うん。しかし速いね……このままだと、数十秒後には接触するだろう」


 剣聖ユキナからの報告で確信を得て。

 勇者シスルは、弓帝ルキアへと視線を向けた。


「ルキア、恐らく敵だ。単騎みたいだけど、油断は出来ないよ」


「んっ。我、女神の祝福を受けし者」


 頷き、ルキアは腰の矢筒へ手を伸ばした。

 絢爛な弓に矢を番え、異能を発現させた彼女は、上空に向かって矢を放つ。

 自身の持つ異能の力で輝かせた矢は、上空で爆散した。

 全軍へ警戒態勢移行を伝達、そして敵への威嚇を兼ねた矢だ。


「獣でしょうか?」


「獣にしては反応が小さい。人型だろうね」


「まもなく最前列に現れますよっ! 警戒をっ!」


 賢者ルナは大声で叫ぶが、



【桜月一刀流、三ノ型、我流奥義……旋風っ!!】


 

 しかし、彼女の警告は手遅れだった。

 瞬く間に十数の者達の鮮血が舞い散ったのだ。


「うわぁぁああっ!!?」


「な、なんだっ!? なんなんだよっ!?」


 隊の最前列から噴き上がった紅。

 悲鳴を上げることすら許されなかった者達の数は十二名にも及んでいた。


 だが、虐殺は終わらない。


 辛うじて悲鳴を上げる事が出来た者達も、次々と頭と身体を切り離されて行く。


「勇者様っ!! た、たすけっ!? たすけ……」


「化け物だ! 化け物がでっ……」


「ひ、怯むな! 我々は誉高き王国騎士……っ!」


 前列では、騎士達が次々と斬られていく。

 勇者ですら、認識出来たのは、それだけだった。

 敵の姿は未だ、明確に視認出来ない。


「な、なに? 何が来たの……っ?」


 どうやら、途中参加した少女、ミーアも知らない未知の相手らしい。

 しかし、敵が斬撃の使い手と言うのなら。


「ユキナ! 行けっ! これ以上やらせるなっ!」


「はいっ! 我、女神の祝福を受けし者っ!」


 抜剣し、馬上から飛び出た剣聖の少女。

 と、襲撃者は不意に、ぴたりと動きを止めた。


【おおっ!? その銀髪に、キラキラした剣っ! やっと会えたねっ! 剣の悪魔ちゃんっ!!】


 そこで漸く、シスルは襲撃者を視認出来た。

 見覚えのない、不思議な衣装の女だ。

 和服に馴染みのない彼は一瞬、その襲撃者の姿に見惚れさせられた。


 白毛の狼耳を持つ魔人。


 王国に連れ帰った中でも、その容姿の端麗さから非常に高値で取引されている種類の魔人の女だ。

 白く透明感のある手には見知らぬ細長い刃。

 それ等の放つ異様な雰囲気に、気付けばシスルはブルっと身震いをしていた。

 

「ユキナ気を付けてっ! そいつは恐らく、四天王の側近よっ!!」


 ルナの叫びを、シスルは否定出来なかった。

 そして、彼が食い入るように見つめる先では、


「はぁっ!! なっ!?」


【きひっ!!】


 万物を紙のように斬れる加護を持つはずの神剣が甲高い金属音を響かせ、受けられてしまった。

 お陰で、ルナの忠告は確信に変わる。

 過去に一度、同じ体験をしていたが故に。


「総員、距離を取れっ!! 敵は四天王の力を持つ魔人っ! 僕達だけで対処するっ!!」


 過去に討伐した赤の四天王。

 その側近らしき女魔人の真紅の剣も、神剣は斬れなかった。

 気付けば、既に三十以上の騎士を失っている。

 これ以上、無駄な損失を出すわけにはいかない。


【ん? なに? その顔。受けられたの、そんなに意外だったのかな?】


「こ、このっ!! なんで斬れないのっ!?」


 普段、一振りで決まる決着が訪れず、互いに刃を力任せに押し合う結果になる。

 そこは流石に女神に与えられた力。

 剣聖の人間離れした膂力に軍配が上がったが……


【う……っ!? ん……よっと】


 巧みな体重で抜け出した魔人は、数歩。後方へと飛び退いて……鞘に太刀を納めた。

 敵前で刃を収める、不可解な行動だ。


「ぐっ……! もうっ! ばかにしてっ!!」


 当然、ユキナは即座に追撃しようとするが……


「え……っ! な、なんでっ!?」


 自身の持つ危機感知スキルが、その足を止めた。

 同時に、何故か自動防御の異能が警告を発する。

 疑問を抱きながら飛び退くユキナに対し、


【へぇ?】


 白狼の魔人は口端を歪めた。


【流石、勘が良いね?】


 同時、銀閃が翻った。


 剣聖として覚醒して以来、常人より遥かに優れた動体視力と反応速度を持ってしても追い切れない。


 それはまさに、神速の凶刃だった。


 凄まじい踏み込み。

 首元を正確に狙って迫った斬撃は、剣士スキルの自動防御によって間一髪、神剣の刃を届かせた。


「きゃあっ!!!」


 しかし、必然のように受け切れない。

 踏ん張りが効かず、体勢を崩したユキナは空中で二回転して地に伏せた。

 そんな彼女を見下ろすのは、大太刀を横一閃へと振り切った魔人の剣士だ。


【桜月一刀流、三ノ型、疾風】


「我、女神の祝福を受けし者っ!!」


 慌てて、ルキアは馬上で権能を行使した。

 その幼い身体では本来放つ事の出来ない剛弓が、白毛の魔人へと襲い掛かる。

 しかし、


【お? よっと】


 女魔人は首を傾げ、あっさりと矢を躱す。


【無粋だね。真剣勝負に水を差すなんて】


 パチン、と。

 再度、魔人は余裕の態度で鞘に刃を納めた。


「んっ!」


 無論、ルキアは躱されるだろうと予想していた。

 それこそが彼女の狙いだったのだ。

 次の矢を番える彼女の視界には、空中で旋回して戻って来る鋼鉄製の矢が映っている。


 白狼耳が、ピクリピクリと震えた。


【む? 成る程ねぇ……命中するまで追尾して来る異能の矢なのかぁ】


「えっ!?」

(気付かれた!? なんでっ!?)


 狙う先で、女魔人は後方を見て苦笑していた。

 優れた白狼の耳が、風切り音を捉えたのだ。


【よっと! うーん、こんなの何本も射られるの、すっごく不愉快だね】


 軽い横跳びで矢を躱し、女魔人はルキアを見た。


「ひっ……!」


 その爛々と輝く瞳に、ルキアは一瞬で萎縮する。


「ユキナ! 立てっ!! 二人でやるよっ!!」


 これは流石に静観出来る状況ではない。

 遂にシスルが、勇者が動いた。

 聖剣を引き抜いた彼は馬から飛び降りて、力強く地を蹴る。


「……っ! は、はいっ! シスル様!」


 そんな力強い返事と共に、ユキナは飛び起きた。


「殺してやる……っ! 魔人めぇっ!!」


【ふむ……】


 殺意を一身に受け、白狼の魔人はニヤリと笑う。

 迫って来る勇者と、未だ強い瞳の剣聖。


「援護、しますっ!!」


 更には、自動追尾する必中の矢を放つ弓帝。

 

「魔法が欲しい時は指示して下さいっ!!」

 

 そして、未だ力の片鱗すらも見せていない術士。

 この四人が、悪魔と呼ばれ恐れられている蛮族の英雄達かと再認識して。

 その魔人。桜月一刀流の剣聖は、


【本当に若い、若過ぎるね。けど……これは、中々楽しめそうだ♪】


 己の死場所を探し続ける狂人は、笑みを深めた。





 勇者の指示に従い後退した騎士達と同様、手頃な木に身を潜めた少女は驚愕していた。


「なんで、あいつがここに……」


 ミーアの見つめる先では、女神から強大な力を与えられた英雄達に一人で挑戦しに来た。

 そんな、命知らずな見知った顔がある。


「避けるなぁっ! このぉ!」


「ユキナ落ち着いてっ! クソッ、速過ぎる!」


「このままじゃ駄目……っ! シスル! スキルを制限して、捉えられる相手じゃない!」


「わかってる! ルナっ! 騎士達を巻き込まれずに済むまで退避するよう、指示をっ!」


「承りましたっ!! 全軍、全速で退避をっ!」


【ふふふ……っ! あはははははっ!!!】


 桜月一刀流の使い手。

 赤竜姫の側近、シラユキの姉。

 そして、因縁のある称号。剣聖を冠する者。

 確か名は、ユキヒメ……だったか。


 ……嫌な予感がした。


「だめ……だめよ」


 英雄達を相手に大立ち回りをする狂人の姿には、どうしようもない程の不安を覚えた。

 それは、何故か確信に近かった。


 確かに、あの狂人は強い。

 それは嫌になる程に思い知らされた。


 しかし今回の相手は格が違い過ぎる。

 幾ら強くても、たった一人で敵う相手じゃない。


 だからこそ、ミーアの不安は確信に近いのだ。


「お願い……来ないで。来ないでよ……っ!」


 あの人は。

 自分の愛する大馬鹿野朗は、きっと。

 もう近くまで迫って来ているだろう、と。


 何故なら、あの剣聖は。

 どれほど狂っていても、殺し合った間柄でも。


 こんな形で終わるのを、彼が許すとは思えない。


 以前の彼なら、見捨ててくれたに違いない。


 しかし、彼は変わった。

 目の届かない所で、変わり続けてしまった。

 もう既に、自分では理解の及ばない存在になってしまいつつある。


 そんな彼が、このまま黙っている気がしない。


 何故なら彼女は、彼の友人の姉だ。

 だから、どんなに目障りな存在でも。

 きっと彼なら、助けるに決まっている。

 

 ユキヒメ。

 彼女は、あのシラユキの姉で。


 ……………。


 我慢出来ずに、ミーアは通信機を取り出して耳に装着した。

 急いでスイッチを押し、口を開く。


「お願い……っ! 来ないで……っ!!」


 それは、心からの懇願だった。

 聞いては貰えないと分かっていても、黙っているなんて出来なかった。


 だって、彼ならきっと。

 懐柔出来れば、あれ程頼りになる味方は居ない。

 きっと、そんな事を言うに決まっているから。



 





 次回


 英雄vs剣聖









 あとがき

 


 肩壊して手術し、モチベーション壊れてました。

 申し訳ありません。


 左肩が動かないながら、色んな事に挑戦してました。


 片腕でイカダ下りやって医者に怒られました。


 ゲームは最近だと、アーマード・コア6ですね。

 初ACでしたが、簡単操作で爽快でしたね。

 充実した二日間でした。

 二日しか楽しめないボリュームだったのは残念で仕方ないですけど。

 


 爽快で難しいゲーム情報、お待ちしてます。


 まずは執筆、頑張ります。

 

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