第128話 身勝手な竜姫と二人の剣聖

 以前も、こんな事があった気がする。


「それじゃあ、改めましてぇ♪ リヴィリィ・シードラ、青竜です☆」


 艦内の応接間に移動し、ソファに座ると同時。

 わざわざ俺の対面を選んだらしい蒼銀の髪を持つ竜姫様は、バチン☆ とウィンクした。


「将来の夢は、みんなのアイドルです☆」


「まさか本当に一人で来るとはのぅ……」


 俺の右隣で、メルティアはため息を吐く。

 まるで、この来訪を知っていたような口だな。


「近いうちにって言ったじゃない、メルちゃん」


「この忙しい時に、わざわざ来るな……」


 うんざりした顔をしているが、俺だって同じだ。


 それもそのはず……今は勇者達が来ている。

 まだ早朝。今日は彼等が、何処を襲うのか。

 そんな緊迫した状況だ。


 更に、強い空腹感に襲われている最中でもある。

 

 なんで今? 

 本当に、メルティアも……せめて教えてくれよ。


「今は内輪で揉めている場合じゃない。要件があるなら、簡潔に話すぞ?」


 不本意だが、進行役を買って出る。


 放置すると、こいつらは好き勝手喋る。

 そして、いつの間にか喧嘩に発展するからな。

 このまま放置して退出するのも不安だ。


 青竜の娘、リヴィリィ。

 彼女の目的は、間違いなく俺だろうし。


「あー……大丈夫、大丈夫。確認したかった事は、もう済んだから。あまり長居せずに帰るよー?」


 そんな俺の視線を受けて、リヴィリィは言った。

 随分とあっさりしている。

 流石に今の状況を理解しての事だろうか?


「なに? まさか……やはり、お主も?」


「まだ実際には触られてないから無事だけどねー♪ で・も、この人が私の竜装も扱えるっていう確信は得られたかなー?」


 にこり、と。青竜の姫は俺に微笑む。

 どこか挑発するような眼と表情だ。


 途端、他の竜姫達も表情が変わった。


「そんな……真か? 主様よ」


 特にメルティアは、声を震わせて。

 俺の右腕の革地を指で摘み、懇願するような目で見つめてくる。

 いや、そんな目で見られてもなぁ……


「では、確かめて見ましょうか」


 ゼロリアは白銀の宝剣を卓上に置いた。

 まぁ、そういう話になるよなぁ。

 

「ゼロリア、もう無駄じゃと分からぬのか!?」


「無駄かどうかは確かめれば分かる事、貴方もそう思うでしょう? シーナ」


 真剣な目で、ジッ……と俺を見つめる。


 そんなゼロリアと数秒、無言で見つめ合って。

 次いで、俺は卓上の宝剣に目を向けた。


「わざわざ確かめるまでもない! 主様には、もう妾と同じ赤竜の血が流れておるのじゃぞ! 今更、他の竜に選ばれる訳が……」


「わざわざ触れて確かめるまでもない……確かに、お前の言う通りだよ」


 口にすると、右から息を呑む声が聞こえた。

 恐らく喜んでいるところ、悪いんだが……


 これ、まだ普通に抜けるな?


 確信を得た俺は慎重に言葉を選んだ……そして。


「どうやら俺は、まだ人間のままらしい」


「そんなっ!? ありえんじゃろうっ!」


「! メルティアは黙っていなさいっ! シーナ、それはつまり……どういう事ですかっ!?」


「知らねーよ、俺が聞きたいくらいだ」

 

 目の色は確かに金色に変わったし、視力も聴力も異常に良くなっている。

 傷の治りも気持ち悪いぐらい早くなった。

 なのに俺は、まだ他の竜装も扱えるらしい。


 一体どうなってるんだ? 俺の身体は。


「まだリアちゃんにもチャンスがあるって事だよ♪ 勿論、私にもねぇ☆」


「……っ! そ、そうですか……私のも、まだ」


「嘘じゃよな? 主様よ。嘘じゃと言えっ!」


 ……こいつら、騒がしいにも程がある。


 どうしよう。全然嬉しくない。

 お前等も、本当にそれで良いのか? 

 


 


 それから、竜姫達は揉めに揉めた。

 隙を見て応接室から脱出した俺は、甲板に戻る。


 なんだが、ドッと疲れたな。

 相変わらず腹も減ってるし。

 とは言え、ミーアもシラユキも居ないとなると。


「参ったなぁ……」


 グゥ……と腹が鳴ると同時だった。


『あ……あー? シーナ……聞こえる?』


 右耳の通信機から、ミーアの声がした。

 俺は急いで手を右耳に添え、スイッチを押す。


「聞こえる! ミーア、今どこに……」


『あっ……ちょっと。大きな声は出さないでよ……誰かに聞かれたら、どうするの?』


 言われてみれば、ミーアは囁くような話し方だ。

 聴力が良くなったから、感覚が合わないのか。


 しかし、そんな話し方をしてるって事は……


「お前、ホントに勇者達と合流したのかよ」


『えぇ……今は野営地に居るわ』


 この馬鹿……無茶するにも程があるだろ。

 とにかく無事で良かった。


「それで、いつ迎えに……」


『時間がないから要件だけ言うわね』


 俺の言葉を遮って、ミーアは言った。

 

 切羽詰まった様子だな……仕方ないか。


『今朝の会議で元々予定していた港の奪取は中止。今日中に野営地を移動する事に決まったわ』


「やっぱり、狙いは港だったか」


『それと船ね。王国側は魔人の持つ技術力の高さを認め、危惧している。当然、喉から手が出るくらい欲しいでしょうね。特に竜族、四天王達が保持する巨大な鋼鉄船は』


 この戦艦があれば、従来より遥かに多くの人数を短時間で魔界に送り込めるだろう。

 最短で進めば、一日で複数回の往復も可能だ。


 大型の砲身が二つ、小型砲は左右に三つずつ。

 機関銃? とかいうのも複数あるらしい。

 ざっとここから見ただけでも、向こうに居る時は聞いた事もない武装が充実している。

 潜水まで出来るしな。

 この艦は、この世界では作れない技術の宝庫だ。


 ……レオ・タイガヴェスト、奴が欲しがる訳だ。

 個人では要らないが、複数人で運用するなら。

 特に騎士団の連中は……欲しいだろうなぁ。


 安定した移動手段。

 そして大型船を何隻も受け入れ可能な湾岸拠点。

 侵攻の効率化を図るなら、どちらも必須だしな。

 

『それと、こっちに来ている今の総員は492人。私の見立てが正しければ、今後は陣地を移動させながら、今ある6隻の船を国に帰すと思う。そして、人員や物資を補充しながら機会を伺うはずよ』


「なるほど……わかった。その前に潰さないとな」


『……あなた、変わったわね』


 言われて、俺はハッとした。

 自然と思った過激な発想を口に出していたのだ。


 ……いつの間にか、当初の目的を見失ってるな。


「いや、ごめん……忘れてくれ。とにかく、お前は帰って来い。戦闘に巻き込まれる前に」


『……また連絡する。愛してるわ、あなた』


「え? おい、ミーア……ミーア?」


 名前を呼ぶが、返事はなかった。

 また一方的に通信を切られたらしい。


 ……愛してる、か。


「言うなよ、ミーア。今は言うな……」


 通信機から手を離して。

 俺は彼女が居る、野営地の方向に呟いた。


「俺の傍に居ない時に、お前まで……」


 俺は知っている。

 遠く離れた場所から、その言葉を何度も使って。

 なのに平気な顔で裏切った女を知っている。


「その勇者の近くで、その言葉を使うなよ……」


 そして、現在。奇しくも似た境遇にある。

 今回は、手紙ではないけれど。

 今、彼女の近くには……あの二人が居るのだ。


「こんなに離れてるのに、それは言うなよっ!」


 お前まで帰って来なかったら。

 あの勇者に奪われてしまったら……?


 俺は一体……どうすれば良いのだろう。




 


 海岸野営地、天幕の陰。

 そこに屈んで隠れていた彼女は立ち上がった。


「ふぅ……」


 立ち上がると同時、ミーアは懐に通信機を隠す。

 

(伝えるべき事は伝えたわよね……)


 ホッと一息吐いて、感慨に耽る事なく歩き出す。

 彼女が野営地に居る理由は諜報活動だ。

 遠く離れた夫の声を聞き、感慨に耽る暇はない。

 僅かでも怪しまれれば、待っているのは破滅だ。


(よし、誰も居ない……早く戻らないと)


 周囲を確認し、天幕の陰から出る。

 そうして、弓帝の天幕に戻る途中だった。


「あら、あなた……見ない顔ですね?」


 背後から掛けられた女性の声に、ドキリとした。

 それは鈴を転がすような清涼な声。 

 そして、今……最も遭遇したくない人物だった。


「……っ!」


 お陰で、ミーアは反射的に立ち止まってしまう。


「おかしいですね。女性の参加者が居るとは聞いていません。誰かが無断で連れて来た慰安婦……? そんな余裕は無かったはずですが」


 その女の声は背後でぶつぶつと呟いている。

 

(誰が慰安婦よ。あんたこそ、勇者専用の娼婦みたいなものでしょうがっ!)


 あまりに不快で、失礼な呟き声。

 お陰で、ミーアは苛立ち冷静さを取り戻せた。


「すぅ……ふぅ」


 一度、深呼吸をして……意を決して振り返る。


「あなた、こちらを見て顔を見せな……」


「お初にお目に掛かります。剣聖、ユキナ様」


 奇しくも、それは丁度良いタイミングだった。

 最後まで言わせて貰えず、僅かに怯んだ様子。


(よし、まずは主導権を握りましょう)


 それを見逃す程、ミーアは間抜けではない。


わたくしの名は……ミーア。現在は弓帝、ルキア様の従卒として同行させて頂いております」


 偽名を名乗ろうとして、ミーアは思い留まった。


「……ミーア? ルキアの世話係?」


 対面する銀髪の女は、腰の剣に手を添えていた。

 更には、こちらを警戒するように見ている。


「はい。以後、お見知り置きを」


 神器を持つ相手に、安直に嘘を吐くのは危険だ。

 それにしても……


(こうして間近で見ると、本当に凄い美人ね)


 何度か一方的に目にする機会はあったが、改めて再認識する。

 流石は、絶世の美女と謳われる剣聖だ。


(まぁ、胸は私の圧勝ね? 残念でした。シーナは綺麗な顔より、私の胸やお尻の方が好きなのよ?)


 少し胸を張って、ミーアは内心で煽った。

 どんな時でも自尊心が高く、負けず嫌い。

 冒険者らしく、常に貪欲な彼女は無敵だった。


 とある少年の名誉は多大な犠牲を負ったが。


「………………」


 そんなミーアの思惑に嵌まり、その胸を見て。

 僅かに顔を顰めた銀髪の少女は、

 

「聞いていませんね。参加者名簿にも無い名です」


「名簿には騎士の皆様しか記載されていませんよ」


 昨晩の内に参加者名簿は暗記済みだ。

 その上で、今朝。ルキアにも確認している。

 現在、野営地には騎士団所属の男性しか居ない。


「……ところで、貴女の名には覚えがあります」


「あら、そうですの? それは光栄ですわね」


「シーナと言う名に、心当たりは?」


 無理矢理に会話の主導権を奪おうとしている。

 神器である宝剣からも手を離す気はないらしい。


「……答えなさい」


 そして何より、その碧眼は暗く険しかった。

 狂気と呼ぶに相応しい感情が窺える。


(これは、困ったわね……)


 知っていると言うのは簡単だ。

 しかし……今は知られる訳にはいかない。


「……なにか、知っているのですね?」


 そして、これ以上は黙っているのも限界らしい。

 どうしたものか……と、困っていると。


「あ……居た。探したよ」


 ルキアの声がして、左手を握られた。

 

「ルキア様」


「天幕と家具、撤収して貰う。その前に片付ける。あなたも手伝って」


 問答無用で手を引かれ、ミーアは従った。

 内心、助かったと安堵しながら。


「ちょ……っ! ちょっと、ルキアっ!」


 しかし、やはり話は終わらない。

 すぐに銀髪の剣聖は走って追いかけて来た。

 そして、ミーアは余った左手を掴まれてしまう。


「待って下さいっ! 私は、まだ彼女と話が」


「……この娘は私の従卒、ユキナには関係ない」


「自分だけ専属の従卒なんてっ! ズルですよ! 大体、いつの間に雇ったのですかっ!?」


「シスルに許可は貰ってる。離して」


「えっ? ま、全く……! シスル様も幼馴染あなたには甘いんですからっ!」


 弓帝と剣聖。かつて憧れた、二人の英雄。

 そんな彼女達に左右に腕を引っ張られ……


 自称天才を名乗った、痛い過去を持つ少女。

 そして現在は物理的に痛い人妻は、


(ちょ……いたっ……な、なにこれぇ?)


 その必死な形相にも困惑しつつ、大いに呆れた。


 今なら少しだけ、竜姫達に奪い合われている。

 そんな旦那の気持ちも理解出来てしまう。


 これは確かに……面倒臭い。


「ミーアが痛がってる、離して」


「用が済めば離しますっ! だから今回はルキアが手を離して下さいっ!」


「……今更知って、どうする気? もうあなたは、自分の在り方を定めたはず」


「……っ」


 幼い黒髪少女に睨まれて、碧眼を見開く。

 一瞬力が抜けたのを、ルキアは見逃さなかった。


「きゃ……」


 引き寄せられ、転びかけたミーアを抱き止めて。

 ルキアは無表情のまま、僅かに目を細める。

 その瞳が射抜く先で、銀髪の少女は碧眼を細め。


「……まさか、あなたも何か知っているの?」


「その質問に答える義理は、私にはない」


 きっぱりと、ルキアは告げた。

 すると……ユキナは俯き、両手で拳を握って。


「どうして……? なんで私には……あ、あなたは味方だって、信じてたのに……」


 と、震えた声で絞り出す。


 幾ら愚かな彼女でも、流石に悟れたらしい。

 そう思いつつ、ルキアは尚も冷たく突き放す。


「忘れないで。私も、あなたに奪われた」


「…………っ」


 冷たい目の弓帝と、なにも言えない剣聖。


(なるほど……二人も幼馴染だものね)


 思えば、勇者と弓帝も幼馴染だ。

 数年前……夜会で見た二人は、仲睦まじいという表現だけでは収まらない程だった印象がある。


 しかし、今のルキアは?


 頼りきりだった幼馴染から自立しよう。

 そう考え、努力しているのでは?


 ……何故か、色々と腑に落ちてしまった。


「他人に媚びなきゃ決められない人と、対等なんて思われたくない……いこ、ミーア」


「え? え、えぇ……」


 最後まで冷たく言い放ち、踵を返す。

 そして、二度と振り返ることはなかった。

 そんな彼女に手を引かれ、ミーアは従う。


「なんで……なんで、そんなこと言うの? 嫌なら止めてくれれば良かったのに……ルキアだって……泣いてる私を助けてくれなかった癖に……っ!」


 ぶつぶつと呟く声が聞こえて。


 気になったミーアは、つい振り向いてしまった。

 故に見てしまい、


「私だって、シーナが良かった……本当なら今頃は夫婦になってて、毎日笑って、幸せに暮らして……お母さんにも、なれてた……はず、なのに……」


(なるほどね……)


「なんで……なんで、わたし……ばっかり……」


 立ち尽くしたまま、綺麗な顔を歪めて。

 物凄い形相で、右手の指の爪を噛みながら呟く。


 当事者の夫も知らない、真実を知る事になる。


(貴族社会の闇ね。なんだか可哀想だわ)


 剣聖は、裏切りたくて裏切った訳ではない。

 そして今も、彼女の本当の心は……


(でも、貴女は越えちゃいけない一線を踏み越え、故郷と彼……なにより、この私にも剣を向けた)


 だからと言って、許す気はない。

 夫の元婚約者から興味を失った今嫁は、


(同情は出来ないわね)


 手を引かれるまま、そっと前を向いた。






 朝日の下、少年少女達が奔走する中。

 戦場となるはずだった港街には、

 

「あれー? なんか静かだなー?」


 住民の避難に逆らって、訪れた人物がいた。


「人の気配も少ない? さてさて、どうなっているのかな?」


 絢爛な和装を身に纏い、木製の下駄を鳴らして。

 長い白髪と狼耳、毛並みの見事な尻尾を揺らす。

 その美貌と、腰に下げた大太刀が人目を惹く。


「とりあえず、色々聞いて調査してみようかな」


 そんな彼女は、独り言を漏らしつつ首を傾げて。


「ね? シラユキ。おねーちゃんに教えてよ?」


 不意に立ち止まると同時、ニヤリと笑った。


「それで尾行してるつもりだったのかな?」


「……尾行ではなく、監視です。ねーさん」


 頭上からの声に、ユキヒメは顔を上げる。

 そこには、自身と同じ白狼族の少女が居た。


「おねーちゃんからの助言だけど、屋根上は尾行に向かないよ?」


 屋根から屋根への移動に伴う、大きな足音。

 今のような明るい時間は影も作ってしまう。


 そんな親切心で語るユキヒメだが、


「元より尾行する気はありません。門に居る者から連絡を受け、様子を見に来ただけです」


「え? おねーちゃんが好きなの?」


 イラっとして、シラユキは拳銃を早撃した。

 しかし、姉はヒラリと優雅な仕草で躱す。


「シラユキも持ってるんだ? その玩具」


「玩具ではありません。最新式の銃です」


「持ち運びは便利そうだよね。でも、そんな玩具に頼ってるようじゃ、私には一生届かないよ?」


 煽られ、もう一度発砲する。

 しかし姉は片手でパシリと掴んでしまった。

 信じられない光景にシラユキは目を見開く。


「そんな……ありえない」


「凄いよねぇ。素人が扱っても、音よりも早く飛ぶ小さな金属を射出可能な玩具。でも、私を殺すには全然足りないかな?」


 ユキヒメが掌を開くと、銃弾は石畳を跳ねた。


「それと、世間知らずな妹に、おねーちゃんからの助言二つめ。あり得ない事は、絶対に起き得ない。全て間違いなく現実だよ」


「……くっ」


 再度引き金を引こうとして、やめた。

 何度やっても弾の無駄だと気付くには十分だ。


「賢い娘は、おねーちゃん好きだよ」


「……教えろ、ねーさん」


「なにかな?」


「どうして貴女は強い? 何故そこまで強くなり、強者を求めるようになった?」


 代わりに、シラユキは姉に兼ねてより抱いていた疑問を投げかけた。


「守るべきものを持たない貴女が、孤独な貴女が、そこまでして力を求めたのは何故だ?」


「人の世は、理不尽に溢れてる」


「なに?」


「容姿が良ければ様々な欲に晒され、逆に悪ければ一生後ろ指を差される。そして、集団に生きる者は異物の混入を嫌がり、排斥しようとする。そうして一人で生きなければならなくなった者は、その優劣なんて関係なく。いくら未熟な幼児でも、その瞬間自立する事を求められる」


「………………」


「では。容姿には恵まれて、集団を追われた女児が迎えるのは、一体どんな末路かな?」


「……ねぇさん」


 容姿が良く、しかし異常な性質を持っていた故に両親に捨てられ、同族から追われた女の子。


 彼女が力を求めた理由は、考えるまでもない。 


「幸い私は、良き師に巡り逢えた。数年間、様々な種族の大人達に愛玩される目的で、暗い地下に飼育されていた私を助け、荒れた心を律する術を教え、太刀を授けてくれた。素晴らしい師だよ」


「……先代、桜月一刀流の師範か」


 ユキヒメは、クスリと笑った。


「彼の夢は竜すら平伏させる剣豪になる事だった。残念ながら、夢半ばで病に倒れてしまったけどね。どこか子供っぽくて、最後まで笑顔を絶やさない。そんな素晴らしい父だったよ」


 どこか楽しそうに、そして懐かしそうに話す。


 そんな姉の姿を見て、ズキリと胸が痛んだ。

 故に意を決して、シラユキは尋ねる。

 

「……ねぇさんは同族を。私達、家族を恨んでいるのか?」


「恨む? まさか。興味がないだけだよ」


 妹の質疑に、ユキヒメは平然と答えた。


「何度も言ったろう? 弱者には興味がないんだ。顔の周りを飛び回る羽虫以下、立ち塞がらなければ関わる気は微塵もない」


「羽虫、だと? 誇り高き白狼族を愚弄するなら、いくら実の姉でも……」


「許さないって? あははっ! シラユキは冗談が下手だなぁ? 今の君が、その羽虫だよ♪」


 笑顔のまま、ユキヒメは太刀を一閃した。

 実の妹には、視認する事すら叶わなかった。

 気付いた時には既に納刀まで済んでいる。


「なっ……!? くそっ!」


 その一振りで、シラユキの足場は奪われた。


 横薙ぎの斬撃により滑り落ちる民家の屋根から、シラユキは隣家の屋根へと飛び移る。


「君は当時、この世に生すら受けていなかったね。私は君を同じ妹として、一応は認識しているよ? でも……実は、興味を持った事は一度もない」


「……っ! ね、ねぇさん……っ!」


「忘れないでね? シラユキ。私は君を斬る理由がないだけなんだ。同族の者達も、まだ私の気まぐれで見逃されているだけなんだよ?」


 やはり平然と言い、ユキヒメは微笑んだ。


 ただ、それだけなのに……ゾッと背筋が凍る。


 偶然生まれ、偶然生き残り、偶然、師を得て。

 剣聖の名を冠するまでに成熟した、最強の剣士。


『人の世は、理不尽で溢れている』


 他でもない彼女の言う通りだ。

 血を分けた実の姉は、理不尽の体現者だった。


「少し自語りが過ぎたね。さぁ、そちらの要求には応じた。次は私の要求を聞いて貰おうか?」


 そんな理不尽な存在は、ニコリと嗤う。


 有無を言わさない、絶対的な威圧感を持って。


 自慢の尻尾をピンと張り詰め、シラユキは静かな声音で応じる。


「……わかっている。蛮族、敵軍の所在だろう?」


「流石、話が早いね。早速ご挨拶に行きたいんだ。案内して貰えるかな?」


「一人で行く気か……相手は数百人の軍勢だぞ?」


 加えて噂が真実なら。

 敵には、やたら強力な権能を誇る。

 そんな若い四人の異能者が居るはずだ。


「流石のねぇさんでも、無謀だと思うが?」


 幾ら姉が狂人でも、忠告はするべきだろう。


「数は問題じゃないよ。でも、そうだねぇ……噂に間違いがなければ、相当厳しいかもね」


「噂?」


「相手には突出して強い四人の子供が居るって話。一人は金髪の男の子で、残りは女の子らしいよ? 丁度、君と同年代くらいかな? 楽しみだねぇ」


(知っていて、何故……そんな顔で笑える?)


 シラユキは姉の心底楽しげな表情を見て、


(いや……ねぇさんがこうなったのは他でもない。私達、白狼族の犯した咎だ)


 キュッと唇を噛み締め、拳を握った。


(それに……私にとっては唯一無二の姉。みすみす見殺しにする事は出来ない……っ!)


 もう彼女の在り方を否定し、正す事は出来ない。


 しかし、こんな怪物でも実の姉なのだ。

 多少なりの情は持ち合わせている。


「さぁ、案内してよ。知ってるんでしょ?」


 改心させられないなら、せめて自分の手で。

 そう志して研鑽を積み、軍人になる程度には。


(だが、今の私では……ねぇさんを救えない……)


 冷め切った印象を与える微笑み。

 どこまでも他人を信じ、頼る事を知らない。

 そんな姉は、代わりに積み重ね続けて至った。


 同じ血の流れる妹なのに、途方も無い高みだ。


「どうしたの? 黙り込んで。早く教えてよ」


 酷く悔しいと思う。

 それと同時に、おこがましいと思い知る。

 この姉の存在を知ってから、何度も繰り返した。


 嫉妬も、羨望も、憧憬すらも許されない。

 そんな姉には、幾度の葛藤を強いられた。


 それでもと追い求め続けた。


 凡才故に、最強と謳われる竜族にも仕えた。


 出来損ないと蔑まれながらも、天性の身体能力を活かして格闘技を学び、脅威の戦闘力を誇る。

 何より、誰よりも心優しい赤竜姫に。


 そこまでやって、ようやく興味を得られた。


 それなのに、姉は想像を軽く飛び越えた。


 その主人である赤竜姫を幼子のように怯えさせ、同時に白竜姫にまで格の違いを示してしまった。


 最終的には、闘技場で奏でられた剣戟の音だ。

 その奏者達の姿は、自分の眼には映せなかった。


 到底、自分では敵わない。

 ただ惨めな気持ちにさせられただけだった。

 

(……すまない)

 

 シラユキは、震える程に握り締めた拳を開く。

 そして、力の抜けた右手を後ろ腰に回した。

 

「なに? まだ渋る気?」


 当然、姉は不審な行動に思うだろう。

 それでも平然を装い、ポーチに手を突っ込んだ。


「今更、もう一度貴女に挑む気はないさ。ただ私もこの港街には詳しくないからな。今、地図を出す」


「ふーん? なーんだ。期待して損した」


 ポーチの中で、シラユキは通信機に触れた。

 あの二人に渡した物より旧式だが、性能は十分。


(頼む、繋がってくれ……)


 祈りを込めて。

 慣れた指先で受信機能を切り、ダイヤルを回して目当ての人物に合わせ、スイッチを入れた。

 






 ミーアから通信を受けてから、一時間程経った。


 変わらず甲板上で冷たい潮風に晒されていると、不意に艦が動き出した。


 やっと行き先が決まったのだろうか?


 勇者達の港街奪取作戦が中止になった。

 その情報は、すぐにメルティアに伝えた。

 もう通信機で関係各所に広まった頃だろう。


 しかし本当に便利だなぁ、この通信機って奴は。

 お陰で、ミーアの心配も少なくなった。


 ……もう今日は、このまま穏やかに過ごそう。


『あった。では、案内するから着いて来てくれ』


『りょーかーい』


 ……どうやら気が早かったらしい。

 

 突然、右耳の通信機からシラユキの声がした。

 まだ港街に残って仕事中のはずだが、


「おい、シラユキ? どうした。何か用か?」


 呼び掛けるが、返答はない。

 なんだ? あいつ、どういうつもりだ?


『それにしても……ねぇさん』


『なにかな?』


『本当に行くのか?』


 もう一人、女の声がするな。

 いや、この声は忘れもしない。

 ユキヒメ……なんで奴が港街に居る?

 そうか。シラユキの奴、だから俺に通信を。


『しつこいなぁ……ホントに行くってば』


 鬱陶しそうな声だな。

 行く? 行くって、奴は何処に行く気だ?

 今後の為にも、奴の動向は知っておく必要が……


『そう言うな。とても正気とは思えないんだよ……単独で敵陣営に乗り込むなんて』


 ……は? 

 今、なんて言った?


『私は正気だよ? 全く、失礼な妹だなぁ』


 このキチガイ女は、一体なにを言ってるの……?

 単独で敵陣に乗り込む?

 それって、まさか……


『本当は、そっちも手間が省けて嬉しいくせにぃ。今、みーんなが困ってる蛮族退治を、私が一人で、しかも無償で請け負ってあげるって言ってるんだ。寧ろ感謝するべきなんじゃないかな?』


 ……まさかじゃないな。 


 この戦闘狂なら、何も不思議じゃなかったよ。


 えぇ……コイツ、どうしよう?


「シラユキ、聞こえるか? 応答しろ。おいって」


『確かに、ねぇさんが勝てば全て解決するが……』


 しねぇよ!

 今、あそこにはミーアが居るんだぞ!?


「シラユキッ! 頼む! そいつを止めろ!」


『でしょ? なーんだ。わかってるじゃない?』


 駄目か……

 いや、聞こえていても応答出来ないだけだ。

 きっとそうだ、そうに違いない。


「おいって! シラユキ……ッ!」


『あっ。ねぇ、あそこの灯台から見えたりする?』


『……え? あ、あぁ。見えるはずだが』


『なら、あっちに行こうよ? ね?』


『駄目だ。大人しく着いて来て……』


『そうと決まれば、レッツゴー♪』


『あっ……! くそ……待て、ねぇさんっ!』


 やっぱり聞こえてねーぞ!? これぇ……!?


 駄目だ……もう我慢出来ないっ!

 一刻も早く港街に戻らないとっ!


 ここから向かうには、メルティアに事情を話して抱えて連れて行って貰うしか方法はない。


 こんな事なら、無理矢理にでも走って港街の中に逃げ込み、シラユキと合流しておけば良かったよ!


 焦燥感に駆られた俺は、強く足を蹴り出した。


「くそーっ! なんでこうなったぁ!?」


 あの狂人に、また滅茶苦茶されて堪るかよっ!


 



 あとがき


 この小説で一番ざまぁされてるの主人公じゃ?


 作者の出会って来た女性の性格、やばくね?


 そんなコメントを読む度、私は思うのです。




 この物語は、フィクションです(血涙)


 

 

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