第127話 彼等の苦労

 甲板から艦内に入り、通路を進む。

 今頃、ミーアは何をしているだろう。


「そう言えば、主様はまだ艦橋に入った事がなかったのぅ」


 まさか、本当に勇者達の所へ行ったのだろうか。

 もし、そうだとしたら……


「ほれ、入れてやるから元気を出せ。いずれ主様の艦になるかもしれんのじゃからな。今から勉強しておかねばのぅ」


 俺は村に来た騎士達を斬り殺した。

 その罪を追及されていたら、どうしよう。

 あいつは全く無関係なのに。


「何かしておれば気も紛れるじゃろ。な?」


 もし、ミーアが処刑されてしまったら……

 俺は今度こそ立ち直れないかもしれない。

 いや、そんな事をしてみろ。

 全員斬り殺してやる。


「それに、ミーアは賢い娘じゃ。心配は要らぬ」


 何を根拠に、そんな無責任な事が言える?


 所詮、俺は辺境生まれの村人だ。

 あの勇者は俺を舐め腐っている。

 それは一度見た奴の態度を見れば明らかだ。

 あのユキナだって奴に変えられた。

 久々に会った俺に、馬上から話し掛ける程に。


 ……ミーアは可愛い。

 ここ最近は身体の女性らしい成長も著しい。

 もう少し経てば、本当に良い女になるだろう。


 そして、いくら持て囃されようが勇者も男だ。

 何人も綺麗な女性を侍らせている、クズ野郎だ。

 そろそろ、つるぺたのユキナに飽きているかも。


 ……まさか奴は、ミーアも?


「ほれ、着いたぞ。ここが艦橋じゃ」


 メルティアが壁のボタンを押す。

 途端、重厚な扉が左右に分かれて開いた。


 ミーア、早く連絡をくれ。

 俺は不安で仕方ないよ。


 そう思いながら、俯いていた俺が顔を上げた時。

 



 パァンッ!




 乾いた音がした。

 それが銃声だと気付いた時には、右頬を熱い何かが掠めた後だった。

 咄嗟に俺は首を左に倒して避けていたらしい。

 まるで、何かに操られたような感覚だった。


「……っ」


 シュゥ、と頬から白煙が上がる。

 なんだ、これ? 痛みが、すぐに消えた?


 あ……そうか。

 抉られた頬肉が竜の力で修復されているのか。


「危ないな……」


 理解と同時、発砲した相手を探して睨み付ける。


 艦橋内には、狐族の男が俺に長銃の銃口を向け、真っ青な顔で震えていた。


 まだ年若い男だ。その顔にも見覚えがある。

 軍服からも、メルティアの配下で間違いない。


「な、なな……っ!?」


 そんな俺を見て、金色の瞳を見開く。

 メルティアが放心していたのは数秒だった。

 すぐに彼女はキッと目を鋭くすると、艦橋内へと向かって怒鳴る。


「なにをするっ! この痴れ者がっ!!」


「ひぃ……っ!」


 狐族の軍人の手から、長銃が落ちた。

 こちらからは小さな背しか見えないが、余程恐ろしい顔をしているのだろう。

 出来損ないなどと呼ばれているが、メルティアは正真正銘の最強種族、竜族だからな。

 

「弁明があるなら申して……」


「どけ」


 俺は胸元の拳銃を握り、怯える狐族の男に銃口を向けた。

 同時に指でパチンと安全装置を解除する。

 こちらに長銃を向けているのは一人ではない。

 艦橋内の全員が俺に銃口を向け、殺意の光を瞳に宿している。

 とは言え、全員殺しては艦の運用に支障が出る。


 従わせるには、見せしめは必要だろう。


「主様!? やめろっ!」


「俺は今、酷く機嫌が悪い」


 艦橋内を見渡すと、狐族の男は腰を抜かした。

 実際に発砲した癖に……妙だな?

 気弱な性格で断れなかったのかもしれない。

 これは、言い出したのは他の奴かもな。


「だっ、だからどうしたっ! 撃ってみろよ!」


 俺に鋭い目を向け、怒鳴ったのは艦橋の最前列、此方からは一番奥に見える男だった。

 耳や尻尾からは種族を割り出せないが、少し犬に似た形の茶毛の耳をしている。

 多分、イタチとか? その辺りだろう。


「俺が死んだら、この艦の操舵が出来る奴は居なくなるぜ!? そ、それでも良ければなっ!」


「問題ない。別に俺は、この艦の存在を全く重要視していない」


「なっ……! なんだと? 強がりを……っ!」


「同様に、お前達も不要だ。ここで殺しても良心は全く痛まない」


 証拠に、俺は最初の狐族の男の足元を狙って指を引いた。

 手元から炸裂音が響く。

 銃弾は、腰を抜かしたままの狐族の男の股の間に着弾した。


「ひぃ……っ! た、助けて……っ!」


「主様っ! やめろっ!!」


「メルティア、少し黙っていろ」


「主様の怒りは尤もじゃ! しかし……っ!」


 メルティアは必死な形相で訴えてくる。

 仕方ない、こいつだけ聞こえる様に呟くか。

 竜族様の耳は、あり得ないくらい良いからな。


「大丈夫、殺しはしない」


 本気で睨むと、メルティアは言葉を詰まらせた。

 自分で連れて来た手前、命を狙われた俺が怒るのは当然の反応だ。

 そして現在、俺にはメルティアの血が混ざった。

 

「メルティア様!? そんな……っ!」


「俺達は貴女を想ってっ!」


「先代の頃より、長年お仕えして来た我々よりも、その蛮人の方が大事だと言うのですかっ!?」


 おーおー、焦ってるね。


 将来の伴侶候補者と金で雇われた配下。

 どちらが重要かは考えるまでもない。

 今のメルティアには、なかなか咎め辛いだろう。


 と、そういう演出がしたかった訳だ。

 しかし……思った以上、見事に嵌まったな?


「もう一度言う。別に俺は、この戦艦も、お前達もいらない。必要性を感じない。そして俺の雇い主はメルティアだ。もしもメルティアが俺に出て行けと言うのなら、そうする。だが、その場合。俺は今、この国に来ている連中と合流して、お前達と戦う」


 こちらの力は、十分示した。

 あの剣聖、ユキヒメとの試合も見ていたはずだ。

 今、俺に本気で裏切られては困る……はず。


「二つに一つだ。俺を味方として扱うか、敵として戦うか。よく考えるんだな」


「よ、よく言うわよ。奴等を手引きした癖に!」


 俺の脅し文句に、猫耳女が海岸を指差した。

 いや。確か猫族じゃなくて、豹族だったか?

 似た様な形で、実際は分からない。

 とにかく、女の指先には敵の野営地がある。


「何故そんな事をする必要が? 俺は国に異端者と認定を受けている。そして俺は元より、奴等が気に入らない」


「じゃあ、寝返ることも出来ないじゃねーか!」


「偉そうに脅しやがって、ざまぁねぇな!」


 こいつら、好き勝手に言ってくれやがって!

 俺だって身に覚えのない冤罪なんだよ。


 それすらも利用して、何とか馬鹿なお前達を納得させてやろうと必死に考えてやってるのに!


 この畜生風情共がっ!


 …………いや、熱くなるな。冷静になれ。


 馬鹿に馬鹿だと言っても馬鹿は治らない。

 俺は昔から、幼馴染あいつで学んだはずだ。


「あぁ。だが、あそこに来ている連中には顔見知りが居るようだ。そして奴らは現在、一人でも多くの戦力を欲しているはず……お前達の首でも手土産にすれば、案外簡単に受け入れて貰えるかもな?」


 流石に本気で戦争する気なら人数が少ない。

 あれはまた、小さな村を襲う程度の調査だろう。

 しかし、わざわざ港の近くに停泊している。

 そんな現状は、どうしても気掛かりではあるが。


「……総員、配置に戻れ」


 と、不意に。

 最も年老いた風貌の男が席に着いた。

 彼は、すぐにピッピと手元を操作し始める。


 ……確か、以前。

 挨拶しに行った詰所で、札遊びをしていた男だ。


「コマさん! 何で……っ!」


「我々がやるべき事は、一刻も早く離脱する事だ。それに、その化け物に貴重な銃弾を撃つ余裕と暇があるのなら、ここから見える敵陣に向け、一発でも多くの砲弾を撃った方がマシだろう」


 うん? 待て、化け物って俺の事?


 お前達の雇い主を助ける為に血を飲んだのに?

 だから人間じゃなくなったのに?

 そこ。正しく理解して、感謝してくれてる?


「いいか? 総員、その化け物の理屈に、わざわざ一々口答えするな。時間の無駄だ」


「確かに、そうかもしれねぇけどよ……っ!」


 してる訳ねぇよなぁ!?


「それに。その化け物は、もう既に竜化している。今更、我々を裏切る事など出来ん」


「……っ! でも、コマさんっ!」


「同じ主と仰ぐなら、以前の奴よりマシだろう? 不可思議な力を持つ小僧と、出来損ないの赤竜姫。化け物同士お似合いだ。そして、俺達はその化け物二人に仕えている」


 ……うーん。

 多分、凄く良い事を言ってるんだと思う。

 でも人を平気で化け物呼ばわりするのは酷くね?


「俺は蛮族なんかに仕えたつもりは……っ!」


「元が何族でも関係ない。竜と契れば竜族になる。嫌ならやめろ。だが、貰っている給料分は働けよ。せめて今回までは……な。話は以上だ」


 男は最後まで、ピシャリと言い終わった。

 すると、この艦の操舵を担当しているらしい男は俺をキッと睨み付けて。


「……マジで俺達を守れよ、竜族様」


 嫌そうな顔で俺を睨んで席に着き、舵を握った。


「……艦の姿勢を戻します。回頭二十、微速前進」


 男の声に、艦橋内の者達は一斉に銃を置いた。

 そして、慌てた様子で自分の席に戻り始める。

 艦橋内は、すぐに騒がしくなった。

 そんな周囲の様子を見て、俺は左腰に手を当て。


 ……よかった。なんとかなった。


 と、胸を撫で下ろしていると。


「流石は妾の主様じゃ。やはり、言う時はビシッと言うてくれるのぅ♡」


 前方の下から、凄まじく甘えた声がした。

 ひぇっ……長い紅の髪が見える……っ!


「皆も主様を認めてくれた様で、よかったのぅ♡」


 コイツの目と耳は節穴か?

 こんな優れた視力と聴力が、生まれた時からある癖に。


「そうじゃ、艦長席に座ってみるか?」

 

 とにかく、今は彼女の顔を見ては駄目だ。

 身長差があって助かった、すぐ退室しよう。

 どうせ、ここに居ても仕事はない。


「……じゃ、俺は甲板に居るから」


「あっ! ちょ、どこに行くのじゃ? 主様っ!」


 甲板だって言ってるだろ。

 状況も見れるし、潮風を浴びて頭を冷やそう。

 そう考えて踵を返し、通路の扉を開くと……


「……艦橋に居辛いなら、妾の部屋しかないのぅ」


 背筋に、ゾワリとした感覚を覚えた。

 俺は急いで通路へ出て、艦橋の扉の開閉ボタンを連打した。


「あっ! 主様、待てっ!」


 誰が待つか。

 猛獣に睨まれて、逃げない獲物は居ない。

 以前読んだ本には、同じ猛獣も発情した雌からは逃げる事があると記載されていた。


「はぁ」


 艦橋の扉が閉まり、一息吐く。

 

 ……メルティアの言う通りだ。


 この世界は異界から来た彼等に牙を剥いている。

 だから、些細な事で味方にすら疑われる。

 結果、いつ不意に銃を向けられるか分からない。

 こうなる事は、最初から分かっていた事なのに。


 俺は、どうして……?

 一体、今まで……どうすれば良かったのだろう。






 勇者一行、魔界、海岸沿い野営地。

 本部として使用されている最も大きな天幕には、朝食後。各部隊の隊長達が招集されていた。


「時間が勿体無いので、簡潔に結論を言うよ」


 天幕の最奥中央。

 自身の執務机に座り、両肘を机上に突いて。

 その金髪の青年は、参加者が全員揃った事を確認すると同時に口を開いた。


「現状では、港街を攻めるのは現実的じゃないね。本日予定していた作戦は中止するべきだろう」


 青年……総司令官である勇者の弱気な発言。

 しかし、各隊の部隊長達に動揺した様子はない。

 寧ろ、やはりか……と安堵したようにも見える。


「何故です? 我々は国王様より直々に命を受け、この魔界に馳せ参じたはず。納得の行く理由を提示して頂きたいですね」


 しかし、やはり文句を言う者はいる。

 視線を向けると、まだ若い騎士の姿があった。


(ニコルス・ハウドマン……前国防長官の息子か。やはり、君は意見してくるよね)


 表向きは若くして小隊長に任命された天才騎士。

 確かに天賦の才はある男だが、


「君は昨晩中に配布されていた偵察隊の報告書には目を通して来たかな? 現在、作戦目標の港街には敵戦力が集結中だ。更には未知の艦船、武装の類も数多く確認出来ている。こんな事は初めてだよ」


「それは……ですが、我々は国王陛下直々の要望で目下の港街を奪取せねばなりません。此度あの地を得られなければ、今後の魔界侵攻……予定を大きく遅れさせられる事になるでしょう」


「だから、なんだと言うのですか? 功を焦れば、それこそ取り返しが付かなくなりますよ」


 若い小隊長の意見に、天幕側面に設置された机に座るローブ姿の女性が口を挟んだ。


 まだ十代の彼女だが、女神より賢者の権能を与えられた姫騎士の意見を無視出来る者は存在しない。


「しかしですね、賢者ハークラウ様!」


 しかし、そんな彼女に対しても、ニコルスが再度荒げた口を開こうとした所で、


「黙りなさい。これは他でもない我が軍の総司令、勇者様の決定です」


 鈴を転がすような声音が、凛と響いた。

 途端、騎士達に極寒の殺意が襲い掛かる。

 一瞬で顔を青ざめさせた騎士達が、一斉に視線を向けた先には……


「有象無象の分際で、シスル様に意見するとは……なんて愚かな人達でしょう。お優しいシスル様が、貴方達を無駄死にさせないよう、寝る間を惜しんで気を配り、考えて下さった結論なのです。今までも大して役に立ってない癖に、全く……いつもいつも口だけは立派なのですから……」


 氷のようなアイスブルーの瞳で、騎士達を睨み。

 平然と辛辣な言葉を吐く銀髪少女の姿があった。


「いいです? 貴方の変えは幾らでも効くのです。ですが、貴方達も貴族。面子というものがあるのは大変理解出来ます。しかし……どうせ死ぬのならば無駄死にではなく、少しは私達の役に立ちなさい。その為の行動を考えるのは貴方ではなく、シスル様や私達、騎士長以上の上層部で……」


「あー、ストップストップ。ね? ユキナ」


 つらつらと辛辣な言葉を並べる。

 青年はそんな少女に微笑み、その言葉を遮った。


「ですが、シスル様。この愚か者は身の程を弁えておりません。所詮、我々に比べ大して役にも……」


「それ以上は全体の士気に関わるから! とにかく終わり! ね!?」


「シスル様が、そう仰るなら……」


 尚も毒を吐こうとする少女を必死で止める。

 そんな二人を見て、同席する騎士達は思った。


(最近、本当に変わり過ぎだろ……剣聖)

(自分で故郷を異端認定した癖になぁ)

(良い変化なんだろうが、やり辛いよな……)

(前に比べたらマシだが、これはちょっと……)


 あまり感情を顔に出さないよう訓練された者達。

 しかし、そんな小隊長以上の騎士達でも戸惑いを隠せていなかった。


「えっと……二人は? ルナとルキア、君達は何か意見はないかな?」


 あからさまに不満を顔に出す精鋭騎士達を見て、勇者シスルは剣聖と同じ立場の二人を見た。

 まるで、助けを求めるように。


 すると、剣聖の暴走に頭を抱えていた賢者と弓帝の二人は、黙って顔を見合わせ……


「特には。私はシスル様の決定に従います」


「とくにありませーん」


 知らぬ存ぜぬの姿勢を示した。

 お陰で困ったのは勇者様だった。


(一応、君達も僕の婚約者だろ……特に、ルキアは幼馴染でもあるんだし……)


 元より顔を背け、決して目を合わせようとしない賢者ルナを早々に諦め、青年は幼馴染を見る。


 しかし。ルキアも、すぐに顔を背けてしまった。

 これには流石の勇者様も落ち込む。


(まぁ、ユキナは別に間違った事は言ってないよ。けどさぁ……少しは配慮して欲しいよね)


 ため息を吐きたいのをグッと堪え、青年は騎士達に向き直った。


「今後の方針は追って伝える。とにかく夕方頃には陣地を変更しなければならないだろう」


 短時間だが、これ以上の続行は意味がない。

 そう判断した青年が会議を締めようとすると、


「……航行経路。一晩この地に野営した理由だが」


 口を挟んだ老騎士が居た。

 彼は青年と共に作戦立案、指揮を担当する一人。

 王国北部に配置されている第二騎士団の団長だ。

 

「これまで幾度の調査を行ったが、魔人達は我々に対し、交戦する意思を一度も示した事がなかった。故に今回は正面から堂々と姿を見せる事で、奴等は目標の港を容易に明け渡すだろうと想定したのだ」


 老騎士は鋭い瞳で騎士団を見渡し、前に出た。

 そして、


「此度の作戦中止は私の責任だ。流石に港を易々と譲ってくれる程、敵は間抜けではなかった」


「……ですが、幾ら数が居ようと」


 またしても若い小隊長、ニコルスが声を上げる。

 そんな彼がチラリと目を向けたのは他でもない。

 信仰する女神に選ばれた勇者様だった。

 その視線を追った老騎士は青年と目が合う。

 そして、苦笑する青年を見て……呆れ顔で。


「はぁ……貴様は本当に偵察隊の報告書を目にしていないのか? 現在、あの港には四天王と思われる魔人が飛来し、滞在している姿が三体確認された。分かるか? 以前、我々が総動員で討った四天王。その残り全てを一度に相手する事になるのだぞ? それだけではない。敵の数は既に数千規模に対し、こちらの総員は492名のみだ」


「初のまともな実戦で負うリスクではないよね?」


 にこり、と青年は微笑む。

 それは、まるで小馬鹿にしたような態度だった。

 幾ら勇者とはいえ、歳下……まだ十代の若造。


「ぐっ……くっ……!」


 自尊心の高い若小隊長ニコルスは苛立ったが。

 彼は拳を強く握り、己を律した。


「仰る通りですね……申し訳ございません」


「流石シスル様、そんな低脳な猿でも理解出来る、見事な御言葉でした……♡」


 また余計な口を挟んだ銀髪の剣聖は無視された。


 唯一、若小隊長は怒りに肩を震わせたが、


「うわっ!」


 後ろから伸びてきた他の騎士の手が彼の肩を強く掴み、無理矢理後方に下がらせてしまう。


「えーっと……それじゃあ、今度こそ解散だね? 午前は各隊、野営地の引き上げだ。はい、解散」


 青年の一言で、騎士達は外に出て行った。






 朝の会議後、弓帝の天幕。


「そう……かなり滅茶苦茶な会議だったのね」


「うん……でも、これで暫くは、あなたの夫が戦火に巻き込まれる心配、なくなった」


「まさか本当に港を攻めるつもりだったなんてね」


 無表情で分り辛いが、どこか疲れた様子だ。

 そんなルキアを労おうと、ミーアは沸いたお湯をポットに注いだ。

 持参した茶葉と手製のお菓子をトレーに載せて、


「お茶の用意をしたわ。ご一緒にどう?」


「ん……いる」


「良かった。朝食を食べたばかりだから、要らないって言われるかと思ったわ」


 手慣れた様子で準備をする。

 そんなミーアを見て、ルキアは不思議に思った。


「慣れてる。そのティーセットも見た事ない」


「私が自分で持ち歩いてる物よ。あまり良い品ではないのだけど……」


「ん……これも、あの人の為?」


「そうよ。マナー講習中なの……ふふふ」


 手を止める事なく、ニコニコと笑う。

 そんな顔を見て、何故かルキアはゾッとした。


「……ミーア、厳しそう」


「そんな事ないわ。最低限よ」


 平然と言うミーアだが、嘘である。

 村に居る頃には鞭を取り寄せる程には徹底した。

 元々平民には縁のない、お茶の席だが……

 お陰で、とある少年は積極的に飲まなくなった。


「はい、どうぞ。お口に合うと良いけれど」


「……ん、ありがとう。魔界で買ったの?」


「そんなわけないでしょ。紅茶は実家の取り寄せ、お菓子は手作りよ」


「そうなんだ……頂きます」


 まずは紅茶を一口、そして焼き菓子をパクリ。

 途端、ルキアの無表情がパッと輝いた。


「おいしい……」


「そう? 街では砂糖が簡単に手に入らないから、全然甘くないでしょ? だから試しに、森ぶどうを干したものを入れただけなんだけど」


「ん……砂糖は高級品。市街では流通しない」


 そう言いながら、ルキアはパクパクと食べる。

 そうして口一杯に頬張り、紅茶を飲んで。


「私は甘いの大好き。でも、このお菓子には砂糖は要らない。自然の甘味、苦い紅茶によく合う」


 と、絶賛した。

 こうして素直に褒められると流石に照れる。


「そ、そう? ありがと……」


「ん、ホントに美味しい。向こう戻ったら、王都に住めば? 旦那さんも、うちで雇ってあげるから」


「え? うーん……ふふ、考えとくわ」


「む……私、本気だよ? 給仕服、用意しとく」


「……ねぇ。一応、私も貴族の娘なんだけど?」


 確かに、ルキアの眼は本気だった。

 少々反応に困ってしまう。


(まぁ、給仕服は着ても良いけどね……)


 猫耳も一緒に着た夜、夫の反応は上々だった。 

 もしかしたら彼の性癖に刺さったのかも。

 そんな風に考えると、中々悪くない提案だ。


 ……でも、


「いえ、やっぱり遠慮しておくわ」


「なんで? 私と居るの、嫌?」


「へ? いや、別にそういう訳じゃ……」


 言い淀むと、ルキアは一瞬、不機嫌顔になって。

 突然、ずいと身を乗り出してきた。


「私は、ミーア。友達だと思ってる。弓帝の私にも普通に接してくれる。あなたみたいな人、初めて」


 じっと見つめてくる。

 そんなルキアの大きな瞳は、懇願しているように見えた。


「それは私が死んだ人間だからよ」


「……でも、ミーアは生きてる。それにあの人も、いつまでも魔界に居られる訳じゃない」


 なかなか痛いところを突いてくる。

 しかし、ミーアは平静を装った。


「その時が来たら、他の国で安住の地を探すわよ。とにかく、私達は貴女とは居られないわ」


「……なんで? 私が、弓帝だから?」


 感情の読み取り辛い無表情。

 しかし、彼女が寂しがっているのは分かった。

 それでもミーアは、言わなければならない。


「正確には、あなた達、ね。私達は女神様が決めた運命に抗い続けてるの。だからよ」


「……本当は、もう死んでるはずだった?」


 尚も、じっと見つめてくる。

 容姿は幼いが、流石に理解が早い。


「そう。シーナは分からないけど、私は……だから私は、彼が望まない場所には行けないのよ」


「……そっか」


 あからさまに落ち込んだ様子で、ルキアは俯く。


「私は、シスルやユキナと離れられないから……」


 彼女もまた、被害者なのかもしれない。

 そう考えると心が痛むが……譲れない。

 何故なら、ミーアには。


『お前は、自由だ……』


 冷たい鎖から解き放たれた日。

 生涯尽くそうと心に決めた相手がいるのだから。









 紅の戦艦が沖に出て、数時間が経った。

 現在は前に進む事なく停泊している。

 理由は分からないが、いずれ動き出すだろう。


 それにしても……


「……腹減ったなぁ」


 腹から凄い音がした。

 持って来た携帯食料は、全て食べたのにな。

 ……やばいな、全然足りない。


「竜の身体だったら、水に潜って魚が獲れるとか、そんな便利な力があったりしないのか……」


 海面を覗きながら、何の気なしに呟いた。


「あるよーっ!」


「えっ」


 その時だった。

 突然、幼い女の声がした。

 そして、ザバァッ! と音を立てて。

 水面が跳ね、何かが飛翔したのだ。


「はぁ?」


 太陽と空を背に、頭上を舞う。

 そいつは、幼い少女の姿をしていた……って。


「竜族!?」


「そ☆ はじめまして、同族ぅ☆」


 空中で、そいつはパチンとウインクする。

 海中から、知らない竜姫様が出やがった!?


「とぉ!」


 そんな掛け声を上げながら、くるくる回り……

 彼女は、甲板上に見事な着地を披露する。

 そして、見事な足捌きで振り向きを披露した。


「はじめましてっ☆ メルちゃんの番候補くん♪」


 濡れているとは思えない、ふわふわの青銀の髪。

 目が痛くなるような、キラキラの装飾品が数多く施された衣装。

 見覚えのある形状の青い角と、鱗のある尻尾。


 そして……やはり、幼女の姿。


「……リヴィリィ・シードラか」


「やだっ! もしかして、私のファン?」


 口元に手を添え、驚いた表情を作る。


 ……わざとらしぃ、うぜぇ。


「ちげーよ。あと、回ってる時パンツ見えたぞ」


「えっ! あははっ! うっそだー! 見えそうで見せない! これ、アイドルの鉄則だよっ?」


「…………」


 あえて答えない。そのまま無言で見つめる。

 すると、みるみる表情が焦り出した。


「……え? うそ、マジ?」


「見せたくないなら、そんな短いスカート履くな」


 派手なパンツ履きやがって、歳を考えろ。


 どうせ、こいつもいい歳なんだろ?

 また六十代とか? その位なんだろうな。

 お陰で普通に指摘出来るが、


「ちょ……う、うそ? 見られちゃった……?」


 そんな竜姫が見せた反応は、年頃の娘のようだった。

 短いスカートを両手で抑え、顔を真っ赤にして、ぷるぷる震えている。

 と、彼女は突然。キッと俺を睨んで。


「ほ、ホントに見えたとしても、普通言う!?」


「…………」


 俺は、そんな竜姫を冷めた目で見つめ続けた。


「大体なに!? その反応っ! 普通は喜ぶとか、照れたりとかするべきじゃない!?」


「ババアの下着になんざ興味はない。どうせまた、六十何才でしたってオチだろ?」


「私は34歳っ! 一番若い幼竜なんだからっ!」


 へぇ……そうなんだぁ。

 丁度、おばさんくらいの年齢が出てきたな。

 おいおい、一番反応に困る歳じゃないか。

 

「俺は、もうすぐ十七歳だ。二倍以上生きてる奴を異性として意識出来ない。勿論、その下着になんて微塵も興味はないから安心しろ」


「……メルちゃんと番になるのに?」


「……そんな気も微塵もない」


「でも、もう手遅れだよ? 君」


 トトっと、軽い足音を響かせて。 

 近付いて来た彼女は、下から俺の顔を覗き込む。

 メルティアと同じ……明るい金色の瞳で。


「血の契約は成った。最後の儀式を済ませなければ起きないはずの活性化も起きてる。メルちゃんは、君と以外では子を成せないようになってるはずだ。そして君は、少しずつ……確実に半竜になってる。君達は、そういう契約をしたんだよ?」


「……そんな契約をした覚えはない」


「でも起きてる。私達、竜族は力を持つ代わりに、決められた数多くの制約があるからね。一世一代、必然的に同じ番と添い遂げなければならないんだ。だから君は赤竜の番になるしかないんだゾ☆」


 トン、と指先で胸を押される。


「それでも拒むなら、死ぬしかないね? あは☆」


 ゾッとした。

 そいつは、満面の笑みを浮かべている。

 しかし、この指先一つで、彼女は俺を殺せる。

 そんな確信があった。


「まぁ、やらないけどねぇっ♪ 君はメルちゃんだけじゃなく、リアちゃんにも気に入られてるからさ」


 スッと指先を収めて、離れて行く。

 正直、ほっとした。生きた心地がしなかった。


「君はメルちゃんと子作りするしかないんだよ? 歳の差なんて関係ない。次代の赤竜を産んで育む。それが君に課せられた運命だ。雌の竜からは確実に雄の竜が生まれるから、そのつもりでね?」


 その幼い容姿と童顔で、子作りとか言うな。


「……竜の事情を、わざわざ話す為に来たのか?」


「んにゃ? ただの確認。君とは一度、話したいと思ってたの。そしたら、たまたま近くに居たから」


 指差した先には、青い戦艦の姿があった。

 なるほど、本当に偶然だったらしい。

 竜の瞳なら、甲板に居る俺もよく見えただろう。


「そーいうわけで、君。私の竜装も触ってみてよ」


 ニコリと笑って、青竜の姫は言った。


「……は?」


「さっきも言った通り、私は一番若い竜でねー? 竜装も最近顕現したばかりで、これでやっと成体になれる権利を得た訳ですよ♪」


「竜装が顕現したばかりって……?」


「メルちゃんとは番になりたくないんでしょー? なら、私の試してみない? 私も早く大人の身体になりたいしさー! ね?」


 俺の質問を無視して、青竜姫は背から棒状の物を取り出した。

 どうやら彼女の竜装は剣ではないらしい。

 蒼銀、そう呼ぶべき光沢を放つ短い棒だ。


「……槍か」


 それを見た途端、俺は理解した。

 俺なら、これを本当の姿に変形する事が出来る。

 だから、無意識に呟いてしまったのだ。


 そうなれば当然、持ち主は驚く訳で。


「えっ! な、なんで分かるの?」


「え? あ、いや……見れば分かるだろ?」


「嘘! 私も知らなかったんだけどっ!?」


 あっ……畜生、やってしまった!

 また女神の馬鹿に嵌められたよっ!?


「ねっ!? ちょっと持ってみてよっ!」


「断る」


「なんで!? いーじゃんケチッ!」


「持った瞬間、変形するやつだ。それは……あっ」


 慌てて口を塞ぐが、手遅れだった。

 青竜姫の表情が、あからさまに高揚していく。


「ほ、本当に全部の竜装、扱えちゃうんだ……」


 ええい、初対面なのに馴れ馴れしいな!?

 お陰で余計な事に気付かれてしまった!


「ふーん……16歳の異世界人、桜月一刀の剣聖と互角に戦える剣士かぁ」


 興味深そうに俺をジロジロと観察する。


「この人の好みなら、十代中盤か後半の姿かな? あれ……すっごくいいじゃん?」


 ひぃぃ……これ以上は勘弁してくれ。


「……槍は専門外だ。帰れ」


「大丈夫だよっ、竜装は使い手の望む姿に変わる。最初は槍でも、好みの剣に変えれるはずだから☆」


「頼むから帰ってくれっ!」


 やっぱり竜装って呪いの武器だろ? なぁ?

 毎度毎度、俺を苦しめやがって!

 その癖、便利過ぎるだろうが……こいつぅ!


「えー、そんな邪険にしなくてもよくなぁい?」


「シーナの言う通りです。失せなさい」


 ……また来たよ。面倒な奴が。


 声は頭上からだ。俺は黙って空を見上げた。

 ……うーん、やっぱりゼロリアだ。

 どや顔で腕を組み、空中で仁王立ちしている。


「……パンツ見えてるよ? リアちゃん」


「構いません。今日のは自信があります」


 ふん……と、白竜姫は偉そうに鼻を鳴らす。 

 真っ白な幼児用下着を丸見えにしたままで。


 ……なに言ってんだ? あいつ。


「かぁーわかってないねぇ! だからリアちゃんはダメなんだよっ! そんな大安売りしてっ!」


「は? 私の調べでは、硬過ぎる雌は魅力が……」


「だからって緩過ぎるでしょうが! 純潔が売りの白竜様が聞いて呆れるわっ! いい? 見えそうで見えない、チラッと見られた時の恥じらいだよ! そんな大股開けてる乙女なんかいるかってーの! 雄だって性欲ばかりじゃないんだよっ!?」


 ……こいつらは、大声で何を言ってるんだ?


 恥ずかしいから俺、中に入っていいか?


「私の半分も生きてない小娘が、知ったような口を……っ!」


 ……へぇ?

 少なくとも、ゼロリアは68歳以上らしい。


「少なくとも今のリアちゃんよりはマシだよっ! ねっ!? シーナくんっ!」


「……頼むから俺に振るな」


「じゃあ聞くけど、普段からあんな調子の痴女と、ベッドの上でも恥ずかしがって、それでも頑張って見せてくれる女の子! 君はどっちが良い?」


 ………いや。なんて質問だよ。


 でも……そうだな。


 村で経験した、はじめての夜。

 暗い部屋の中で、蝋燭の火を頼りに……

 恥ずかしがりながらも、ギュッと目を瞑って……ゆっくり開かれた両脚。

 目に涙を溜めて、真っ赤になった顔。


『沢山、可愛がって下さい……』


 そして、微かに震えた甘い声で紡がれた言葉。

 未だに夜、最初は恥ずかしがる彼女を見る度に、


「後者一択」


 俺は、あの夜を何度でも思い出す。


 ……控えめに言って、俺の嫁が最強じゃないか?


「でしょ!? ほら! ね? リアちゃんっ!」


「……なるほど」


 どや顔で俺を指差す青竜姫。


 すると、ゼロリアは考え込む仕草を見せて。


「……シーナ」


「なんだよ?」


 急に俺をジッと見て……内股になった。

 そして、自分のスカートを両手で押さえると。


「……きゃー、シーナのえっち」


「……………」


「……リアちゃん。それはないわ」


「な、なぜですか? 恥じらったでしょう?」


 流石は、氷を操る白竜姫。 

 一瞬で場の空気を凍らせてみせるのだった。


 





 あとがき



 シーナは兎も角、勇者も苦労してて草。



 そして三人目の竜姫襲来です。


 リヴィリィ・シードラちゃんですね。


 アイドル活動志望のメスガキです(性癖)



 ちなみに、メルティアが65歳。

 リヴィリィちゃんが34歳。


 ゼロリアが……ぐはっ(氷漬け)


 な、なので一番若い竜族になりますね(震え)



 ちなみにミーアは、もうすぐ16歳です。



 内地での戦闘の前に、勇者達とシーナの絡み。

 これも、もう直ぐ予定してます。

 嫁を迎えに行かなきゃいけないので。


 この魔界編では、ユキナを徹底して破壊します。


 ちなみに感想欄で、ユキナを書いてて辛くないですか? と聞かれます。


 ユキナは以前も言いましたが、現実の人物がモデルになっています。はい。


 他の人物も、大体は現実から来てます。


 正直、可哀想だとは思います。

 書く時は全員、感情移入しながら書いてるので。


 しかし私情を挟む気はないです。


 死ぬ時は誰でも平気で惨たらしく殺します。


 これは、そういう作品です。

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