第130話 その願いの為に

 気付けば、幼子の手は血に濡れていた。

 

 閉鎖的な集落で生まれ、両親や周囲にも恵まれ、沢山の愛情を注がれて育っていた少女だった。


 故に、少女には動機がなかった。

 その日も、何の変哲もない穏やかな日になる。

 集落に住む誰もが、そう思っていた。


 それは、正午を過ぎた時だった。


 意識を取り戻した少女は、血溜まりの中に居た。


 彼女は昼食を食べ、昼寝をしようと自室に戻っている最中だったはずだ。

 それなのに、気付けば少女は外に立っていた。


 誰もが少女を見ていた。

 

 怯え、怒り、絶望。

 白狼族の者達は誰一人、少女に明るい感情を向けては居なかった。

 それは勿論、少女の両親すらも。


「へぁ……?」


 少女は自分の血塗れの両手を見て、驚いた。

 近くに同族の遺体が複数転がっていた。

 見知った顔の者達は、悲惨な最後を遂げていた。


「なに……これ……?」


 震えた声で呟く少女。

 絶望に染まった白狼族の者達の目には、その姿が鮮明に映っていた。

 美しい白毛に黄眼。それが白狼族の特徴だ。


 しかし、血溜まりの中に立つ彼女は違った。


 長い髪は透き通った白銀に。

 そして、黄色い瞳は真紅に輝いていた。

 まるで、自ら惨殺した者達の鮮血のように。


「ばけ、もの……」


 誰かの呟き声が、静かな空気の中で木霊した。


 それは。

 心優しい少女が、道を踏み外した瞬間。

 呪われた人生の始まりだった。







「我、女神の祝福を受けし者……っ!」


 魔界大陸の端、海沿いの森の中で。

 女神に与えられた豪華絢爛な神器、神剣を振るう銀髪の剣聖は祈った。

 その祈りによって顕現した剣士スキルは、炎刃。

 剣に豪炎を纏わせ、斬撃と共に放つ権能だった。


「はぁぁあっ!!」


 鋭い踏み込みと共に振るわれた神剣から、灼熱の業火が放たれる。


【へぇ? そんな術の類も使えるんだ】


 対して。迫り来る肌を焼くような熱に目を細め、白狼の剣士は大太刀を鞘から解き放った。


【飛桜閃ッ!!】


 瞬間、ユキナが放った炎は縦に斬り裂かれた。


「なっ!? うぐぅっ……つ!!」


 目に見えない斬撃は、身体が勝手に剣を振るって弾き飛ばしてくれた。

 だが、ユキナは驚きが隠せない。


(なにっ!? なんでっ!?)


 相手は魔人だ。

 女神様に異能を与えられている訳ではない。

 しかし女魔人の技は、人に許された範疇を超えていた。


【お?】


 炎を囮にし、低い姿勢で懐に潜り込んでいる人影があった。


【よっとっ!】


「ちっ!!」


 そんな金髪の青年の赤目と目が合い、ユキヒメは即座に振るわれた金色の剣を弾き飛ばした。


「ぐっ……! このっ!!」


 しかし、流石は勇者。

 奇襲が失敗した彼だが、容易に体勢を崩さない。

 寧ろ、そのまま見事な剣捌きを披露した。


【なるほど、剣の扱いは悪魔ちゃんより、君の方が上手いね?】


 しかし、ユキヒメは涼しい顔で打ち合う。


(余裕そうな表情だな……でも、決め手はない!)


 シスルは苛立つが、思考は冷静だった。

 相手にも決定打は放てないと読んでいる。


 優位なのは自分だと確信していた。


 もし間隙を縫われたとして、勇者には自動防御の加護に加え、十数以上の守護スキルがある。


(力量では僕もユキナも数段劣っている……っ! でも、これは純粋な剣の勝負じゃないっ!)


 このまま取り付いていても大丈夫。

 こちらが致命傷を負う心配は皆無。


 そう判断して、シスルは叫んだ。


「ユキナ、ルキア! 僕が抑えている間に考えて、なんとかしてくれっ! 早くっ!!」


「皆さん、新たな急速接近反応がありますよっ! 恐らく、その魔人の……っ!」


「わかってるっ! 四天王が来るっ! その前に、この魔人を倒すんだっ!」


 四人は探知スキルで、新たな反応に勘付いた。


 戦闘中の白狼の女魔人は、四天王の従者。

 そう予想している四人に焦りが生まれる。


「ん……ルナは、そのまま四天王の警戒。ユキナ、シスル様を援護するよ?」


「わかっていますっ! ルナっ! 騎士達を使って四天王の足止めを! 時間を稼いでっ!」


 叫びながら、ユキナは風を纏った。

 剣聖は、全ての剣士スキルを習得出来る。

 その中でも、特別扱いの得意な異能だった。


「シスル様、代わりますっ! 離れてっ!!」


「〜〜っ! あぁもうっ! わかってるわよっ! たかが魔人一匹、さっさと殺しなさいよねっ!」


 突風と化した銀髪の剣聖。

 その背中にルナが本性を現した瞬間だった。


【ぐうっ!?】


 勇者と入れ替わり、瞬く間に三度の剣を交えて。

 ユキヒメは途中で、自分の肌を焼くような痛みに気付いた。


(やっぱり斬れるのかぁ……っ! ずっる!)


 剣の悪魔。

 その銀髪の少女が纏う異能の風に、和服ごと肌を複数箇所も裂かれてしまったのだ。

 本能的に致命傷は避けたが、堪らず後退を余儀なくされる。


(案外脆い……いけるっ!!)


 当然、顰めた表情から勝機を見出して、ユキナは身に纏う風を全開で強め、剣を力一杯握り直した。


「シスル様も風纏いの加護を! この魔人、身体は普通の人間と変わりませんっ! 押し切れます!」


「わかった!」


 強く地を蹴り、剣の悪魔が追ってくる。

 更には、唯一の男性で、最も優れた使い手も。


【参ったねアレは……反則だ】


 二人が纏う、荒れた風刃は脅威だった。

 そして、ユキヒメには防ぐ手段はなかった。

 思わず、これまで自分が散々言われてきた言葉が口を突いてしまう。

 久しく訪れなかった、絶体絶命のピンチだ。


【さて。果たして君達は、私を殺せるかな?】


 故に、だからこそ、彼女は昂る。

 正真正銘、満面の笑みで。


 



 


 慣れない馬に跨り、どれくらい経っただろう。


 街道を外れてからは、一向に変わらない景色。

 森の中ってのは、どの世界でも変わらないな。


 それにしても、全く……どんな脚力だよ。


 追跡には苦労すると思ったが、簡単だったな。

 この真新しい足跡は、未だ明確に続いている。

 それも、全て地面を深く抉る程の代物だ。

 本当に常識外れだな、あの剣聖様は。


「ん……?」


 ふと、激しい音が聞こえて来た。

 間違いない、剣戟の音だ。

 まだ遠いが、誰が鳴らしているかは明白か。


 相手は同じ呼び名を持つ、あの女だろう。


「よっと」


 馬上から飛び降り、地に足を着ける。

 俺は、乗って来た馬の鞍や手綱を外してやった。


「ここまでありがとう。お前は自由に生きな」


 借りた馬を放すのは抵抗がある。

 でも、殺されるよりは良いだろう。

 尻を叩いてやると、名も知らぬ馬は走り去った。


「……来ないで、か」


 途中、不意に耳の通信機から響いた声。

 お陰で間に合わなかった事は気付かされた。

 そして、俺の存在が既に察知されている事も。


「悪いな、ミーア。俺も、もう引けねぇんだわ」


 正直、俺一人なら逃げ切る自信はある。

 今の俺にとって、敵は四人の英雄達だけだ。

 幾ら訓練を積んだ騎士が居ても余裕だろう。


 奴が奮闘している今なら、まだ引き返せる。


 それでも……俺は、この足音から逃げない。


「っ! 居たぞっ!」

「なにっ!? 四天王かっ!?」

「いや、不明だっ! だが、背格好はまだ子供にも見える!」

「小癪にも頭を隠しているぞっ!」

「む……確かに分からんな。まぁ良い! やれ!」


 シラユキは願いを口にし、俺はそれを聞いた。

 その上で、俺は選択して……ここに来た。


【引けねぇよな……】


 顔を隠している、外套の頭巾を深く被り直す。


「一番槍の手柄は、このセオドラ男爵が頂いた!」


「ばかっ! まずは矢で牽制だろ!」


 騎士達は既に迫って来ている。

 相手がやる気なら、俺も問答無用で良いだろう。

 両脇から拳銃を引き抜き、安全装置を外す。


「待て! なにか抜いたぞっ!?」


「なんだ? あの黒いのは……魔人の武器か!?」


「慎重に! まずは包囲網を形成してください! 相手は一人と油断してはなりませんっ!! 必要に応じ、私が魔法で援護します!」


 前方に見えるのは、ざっと二十以上の騎士の姿。

 そして、残念な事に英雄様の一人、賢者が居る。

 しかし、あの賢者様に杖を向けられている、か。

 我ながら、馬鹿な真似をしてる自覚はある。


 それでも。


【押し通る】


 人間を裏切ると決めた俺に、迷いはない。


「がっ!?」


「ぐうッ!!」


 二つ、火薬の炸裂音が耳朶を打った。

 当然、頭部。眉間を狙ったが……逸れたな。

 着弾したのは、鎧の胸部。もう一人は左肩。

 両方耳障りな金属音がして、跳弾したと解る。


「……我、女神の祝福を受けし者」


 やはり射撃は難しいな……

 二人共驚き、落馬してくれたので良しとしよう。

 祈る時間も稼げた。悪くない結果だ。


「えっ……?」


 十倍に遅くなった視界で、賢者の女が綺麗な顔に驚愕の感情を浮かべているのが見えた。


 ……その表情。

 見慣れない射撃に対して、だと思いたいが。

 流石に楽観的過ぎるか? 聞かれただろうな。


 そう思いつつ、俺は地を蹴って賢者様に迫った。

 そして直前で跳躍し、賢者様の真横を通過する。


「無駄死にさせたくなければ、引かせるんだな」


「えっ……?」


 空中で通過する直前、俺は賢者様の耳元で呟く。


「……っ! ま、待ちなさい!」


「抜けられたっ!? な、なんて速さだ!」


「追え! 絶対に逃すなっ!」


「待って! そ、総員、攻撃中止ですっ!」


 ……俺の正体には気付かれたかもしれない。


 そのせいで、こいつらの傍に居るミーアに苦労をさせるかもしれない。


 それ等、全てを理解した上で、俺は……

 友人の願いを優先させる事を選んだ。


 別に俺に、ここまでする義理はないのにな。

 まして、相手は何度も敵対した気に入らない女。

 だけど……事情があるのなら、騙されてやる。


 友人の願いは、騎士を殺す事ではない。

 だから、今は賢者様と交戦する必要はない。



 ごめん、ミーア。

 俺達は、対価を支払う羽目になるかもしれない。

 そうなったら……お前は。

 

 王国の民として、在るべき道に戻ってくれ。

 

 




 木陰に隠れていたミーアは、突如鳴り響いた二つの銃声に息を呑み、胸元で拳を握った。


「……っ! やっぱり、来たのね……っ!」


 銃声のした場所では、賢者ルナと騎士達が交戦を開始しているはずだ。

 そして、その相手は……四天王と呼ばれる竜人の誰でもない。

 相手は同じ人間だと、ミーアは確信していた。


「……っ! 早く……早く、そいつを殺してっ!」


 大声を張り上げる事に、抵抗は全くなかった。


 ミーアの視界には、勇者と剣聖の姿がある。


 幼少の頃、憧れを抱いた事もある二つの存在。

 彼等は現在、魔人の剣聖を追い詰めていた。


【いつつ……ちょっと血を失い過ぎたかな?】


 切り刻まれた和服から肌を曝け出し、浅い切傷を身体中に刻まれた白狼族の剣士は未だ嗤っている。


【拙いな、意識が……ふふふ、久々の感覚だ】


 しかし、肩で息をしている様子には余裕がない。

 一つ一つの傷は深くないが、相当な出血量だ。

 

「煩いっ! 貴女に言われなくてもっ!!」


「待て、ユキナ! 先走るなっ! 最後まで連携を崩さずに戦うんだっ!」


 ミーアの声に激情を露わにして、ユキナは一人で駆け出した。

 背後からの静止の声は、風の加護を纏った彼女に全く届いていない様子だ。


(死んじゃえ……みんな、みんな死んじゃえっ!)

 

 兎に角、ユキナは気に入らなかった。

 自分の欲しかった居場所を、なんの苦労もせずに勝ち取った歳下の女。

 多くを犠牲にした力と立場で挑んでいる筈なのに中々殺せない、目の前の女魔人の剣士。


 全て手遅れになってから知らされる真実。


 全部、全部全部、気に入らなかった。


【あっ。あぁ……駄目か。流石に抑えられないや】


 胸中で暴れる黒い衝動。

 そのままに突き動かされる少女は、隙を生んだ。


【……今度こそ、殺して貰えるかな?】


 早く斬り殺したい。

 それしか考えられなかった。

 故に、ユキナは気付けなかった。


「……っ!! 待てっ! 止まれ! ユキナッ!」


 敵の眼前で、刃を振り下ろした瞬間まで。


「ぐっ! まだ受けるっ!?」


 渾身で振るった神剣は、当然のように阻まれた。


「えっ?」


 大太刀に受けられた事、自体は問題ではない。


 一番初めに気付いた異変は、長い白髪が逆立ち、女魔人の生意気な笑みが消えた事。


「……なっ! 急いで離れろ! ユキナッ!」


「なに……な、なんで……っ?」


 次いで。纏う風刃が全く相手に傷を負わせる事が出来なくなっている……不可解な光景だ。


【あは……はははははははッ!!】


 俯いていた魔人の顔が、ゆっくりと上がる。


 二人の剣聖の目が合った。

 驚愕に見開かれた青い瞳に映るのは、先程までの黄色い瞳ではなく……真紅に染まっていた。


「ひっ……!? こ、この……っ!!」


 一瞬。ユキナは、その威圧感に怯んだ。


 だが、すぐに唇を噛んで、強く剣を引いた。

 と、流れるような体捌きで次の剣閃を翻すが、


【ははははっ!!】


 またしても、その刃が敵を捉える事はなかった。


「なっ……!? きゃぁぁああっ!!」


「ユキナッ!!」


 逆立つ白髪の髪から放たれたのは、青白い稲妻。

 その直撃を受けた少女の叫びが木霊した。


「あぁ……う、そ……なに……これ……」


 ガクガクと身体を震わせて。

 白目を剥いたユキナは、膝から崩れ落ちた。


「なに……あれ……」


 ミーアの瞳に映る、憎き白狼族の女。

 ユキヒメは、その形相を大きく変えていた。

 それは、まるで別人……いや。


【くひひひひひひひひっ!!!】


 理性のない、獣のようだった。


「やばい……! なによ、アレ……っ!」


 ミーアの本能が危険だと告げている。

 それは、辺境の村で初めて見た紅髪の竜姫。

 あの夜、彼女が纏っていた別格の雰囲気。

 それと同等か……それ以上の威圧感だ。


 その証拠に、


「ユキナ! しっかりしろっ! くっ……!」


 女神から最大の加護を与えられた勇者。

 そんな青年が、動揺しているように見える。


 それ程、あの獣と化した魔人は危険なのだ。


 ミーアは、全く動かない剣聖へ視線を向けた。


(嘘でしょ……!? 剣聖って全ての剣士スキルが使えるんじゃないのっ!? 剣士系のスキルって、防御に特化したスキルが沢山あるはずよねっ!? ま、まさか本当に殺されてないわよね!?)


 シスルは眼前の化け物を警戒しつつ、地に伏せたユキナを確認した。


 蒼白い雷が直撃したが、目立った外傷はない。

 僅かだが、肩の上下も視認出来た。


(呼吸はある。しかし、この青白い光は危険だな。剣聖が耐え切れないなら、ルキアもルナも無理だ。流石に撤退すべきか……)


 表面で動揺してるように見せて、シスルは至って冷静なままだった。

 聖剣の剣先を女魔人に向けながら、勇者は口端を歪めつつ思考を継続する。


(でも……初めての敗北って悲観するには、まだ早いかな?)


「シスル、動かないでっ!!」


 シスルの右側頭部を掠めるように、鋼鉄製の矢が通過する。

 しかし、必中と剛力、神速の三つの異能を持った特注の矢ですら、蒼雷に触れた瞬間、塵と化した。

 

「なっ……嘘……っ!」


 ルキアの驚愕した声を背に、シスルは敵の観察を続けていた。


 風の刃で全身に刻まれていた傷が塞がっていく。


 ボロボロの和服を着た魔人の赤眼は、狂乱状態と呼ぶに相応しい威圧感と殺気を放っていた。


 しかし、シスルは見逃さない。


 その足が小刻みに震え、一瞬フラついたのを。

 

「ふーん……ルキア、ユキナを連れて離脱しなよ」


「えっ……?」


「急いでくれる? 巻き込まれたくなければね」


 ルキアはシスルの背を見つめ、その言葉の意味を理解した。

 言われずとも、理解してしまった。


「うん……」


 シスルは、本気で戦うつもりなのだ。

 つまり、弓帝の自分ですら足手纏い。

 近くに居るだけで、邪魔なのだと。


「合流地点は……あっ」


 迫る蒼雷を、シスルは聖剣を振るって弾いた。

 幾ら勇者とは言え、あまりに人間離れした技だ。


「すっご……」


「……ッ!」


 遠くの木陰で、ミーアも思わず呟く程だった。

 格の違いを見せ付けられた弓帝は唇を噛む。


「いいから、早く」


「……はい」


 ルキアは下馬して、倒れたユキナへ駆け出した。


「しかし凄いね? 興味はなかったけど、コレなら飼えたら面白そうだ」


 国で流行りつつある、魔人奴隷。

 今まで興味は無く、悪趣味だとすら思っていた。

 しかし……

 白狼の端麗な容姿と、その力に軽口を叩きつつ。


「躾は大変だろうけど……ねっ!」


 勇者は、迫り来る蒼雷を聖剣で弾き続ける。


【殺してっ!!! 私を殺してよっ!!!】


 奇声を発しつつ、魔人は吼えた。

 逆立った白髪から、必殺の蒼雷を放出しながら。


 そんな、混沌とした戦場に。




【いいぞ、俺が殺してやる】




 若い男の声が響いた。

 その声に、シスルは一瞬だけ視線を向けた。

 

「ん? 思ったより小さいね」


 新たに現れた人影は、黒い外套を纏っていた。

 頭にはフードを被っていて、顔は見えない。


【暴れ足りないなら着いて来い、ユキヒメ】


 しかし、魔人の言葉を話している。

 敵である事は間違いないだろう。


「……ッ! し、四天王……っ!」


 ルキアは立ち止まり、矢筒に手を伸ばした。

 流石に彼女は検知の力を維持出来ていなかった。


「撤退させたいんだろう? なら、あんたも引け。後は俺が引き受けてやる」


 と、全く予想外の台詞が放たれた。

 魔人の言葉を使っていた黒外套が、人の言葉で。

 しかも、戦闘中の魔人を任せろと提案して来た。


「……は? え……? 君は、一体」


「シスル様! ルキア! ユキ……」


 森の中から現れた賢者ルナが、必死の形相で叫んだ。

 気を失って倒れているユキナに一瞬驚いた彼女は唇を噛み締め、大声を張り上げる。


「その者は、我が国の民です! 女神エリナ様から賜った権能を行使し、我々を突破したのです!」


 ルナの報告に、シスルは眉を潜めた。

 騎士達だけでなく、賢者の彼女も加わった包囲を単独で潜り抜けるとは信じられなかった。


「いいから引けよ。こいつは、こっちじゃ剣聖って呼ばれてるくらいには、狂った強さを誇る雌犬だ。それから俺は四天王じゃないぞ。個人的にコイツに恨みがあるだけだ。どうしても殺し合いたいなら、順番を守って貰おうか?」


 黒外套の声に、シスルは聞き覚えがあった。

 聞き覚えどころか、確信があった。

 これだけ条件が揃えば間違えようがない。


「な、なな……あのバカ! なにしてんのよっ!」


 シスルは、木陰に隠れて見ているミーアの表情を見て……結論を出す。


「ねぇ。君……」


【また、君かぁぁぁあああっ!!】


 シスルが尋ねた瞬間、白髪の魔人が再度吼えた。

 辛うじて理性を取り戻した様子だが、異常な事に変わりはない。

 無遠慮に、そして見境なく放たれた蒼雷を聖剣で弾きながら、シスルは横目で黒外套を見た。

 そして、驚いた。


「へぇ? 凄い力だね」


 勇者の自分ですら、まともに視認出来ない速度。

 残像すら見える程の速度で動き、回避している。

 身体強化のようだが、既存の異能ではない。


 上昇加速ブースト・アクセル

 女神が創り出した、新たなの原典オリジナル


 その正体を、遂に見る事が出来たのだ。


「拙いな……【おい! 着いて来い、ユキヒメ! 今度こそ、本気で殺してやるっ!!】


【はぁっ!? ははっ! 竜装のない君に価値なんて無いっ! 私は今、すっごく楽しんでるんだ! 邪魔しないでよっ!!】


【二人きりになったら呼んでやるっ!! 来い!】


【煩い! 煩い煩い! 私は誰にも従わないっ!】


【なら、無理矢理にでも追わせてやるっ!】


 高速で雷を回避し続ける黒外套の男。

 その両手の拳銃が火を噴いた。

 連続して放たれる弾丸は、全て蒼雷に触れ、溶けてしまうが……


【そんな玩具で……っ!! 舐めるなっ!!】


 ユキヒメの身体は、その一発一発を防ごうと反応していた。


 お陰で、疲弊した身体から更に体力が削られる。


【防ぐ必要はないのに、身体は反応するだろっ! さぁ、どうするっ!? 折角見つけた英雄様達に、今の状態で挑んで終わるかよ!? それで満足して死ねるのか!? お前はっ!!】


 一瞬で弾倉を入れ換え、射撃を再開した黒外套。

 その姿は、シスルが瞬きした時には消えていた。

 辛うじて終えた行き先では、その背中が凄まじい速度で走り去って行く。


「待ってっ!!」


 声がして振り向くと、ミーアが黒外套へと右手を伸ばしていた。


 その縋るような表情に、シスルは……


「ははははっ……!」


 可笑しくなって、思わず笑った。


 やはり、アレの正体は間違いない。

 事前に知らされていた訳でもなさそうだ。


【……っ! ううぅ……っ!】


 女魔人は、笑う勇者を睨み付けて。


【……グルッ!】


 獣のように喉を鳴らし、颯爽と駆け出した。

 邪魔な木々を、蒼白い光で薙ぎ倒しながら。


「……追わないのですか?」


「あれは追い付かないだろうからね」


 聖剣を鞘に納め、シスルは苦笑して見せた。

 ルナは、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「申し訳ありません、包囲を抜けられました」


「いいよ。お陰で、得体の知れない怪物を押し付けられた。魔人の剣聖だって話だけど、あれは納得の強さだね」


「今更ですが、逃がして良かったのでしょうか? 敵は出血多量で倒れる寸前でした。勝算はあったのでしょう?」


「勿論、もう勝てると判断したから見逃すんだよ。それに、少し被害を受け過ぎた。ユキナもやられちゃったしね。ここは敵地だ。まずは、一刻も早く立て直そう」


「ん、目立った外傷はない。一応、救護を呼ぶ」


「よろしく」


 ユキナの容態を見ていたルキアは頷き、駆け出した。


「とにかく、あの二人の追撃はしないよ。それと、これまでとは違って、魔人達も僕等を歓迎するつもりみたいだ。地の利は、どうやっても相手にある。今回みたいな奇襲を受けても慌てないよう、騎士隊の皆には徹底しないとね」


「…………」


「それと、あのレベルの相手が出来るのは僕だけだ。次に同じような状況になったら、ユキナだけは残して君達は離れるように。街を攻めてる訳でも、四天王と戦っている訳でもないのに、今回みたいな人的被害は割に合わないからね……良いかな?」


「…………」



「どうしたんだい? あ、もしかして、ルナ。君もどこか痛むかい?」


「いえ……そう言えば、勇者様だったな、と……」


「えっ?」


 久しく忘れていた事実に、ルナは気付けば失礼な言葉を溢していた。


 気に入らないが、実力は本物だと再認識する。 


「何でもありません。しかし、一体何だったのですかね? アレは」


「さぁね。でも、幸い事情を聞く事は出来そうだ」


 シスルは離れた木の裏に身を隠しているミーアに視線を向けた。

 同じく、ルナも彼の視線を追う。


「やはり、私達だけでも追うべきでは?」


「だから必要ないって。ほら、君もやるべき仕事があるだろう?」


「……はい」


 現最高責任者である勇者に言われれば、ルナには頷く以外の選択肢はなかった。


「……ご武運を」


 だから、せめてと彼女は祈った。

 あの少年に、女神の祝福が在らん事を、と。

 


 




 森の中を走り続けながら、俺は後方を確認した。

 相当距離は稼いだ。勇者達は振り切ったはずだ。

 ユキヒメは……ちゃんと着いて来ているな。


「はぁ……はぁ……はぁ……っ」


 しかし……十倍加速で、こんなに走れるとは。

 少し息切れはしているが、まだ余裕もある。

 我ながら人間離れし過ぎだろう。

 メルティア……竜の血のお陰だな、ちくしょう。


「あはははっ!! まだ止まらないのかなぁ!?」


 ……とは言え、そろそろ止まらないと。


 ユキヒメは、まだ全然余力が残っている様子。

 勇者共に斬られた傷も塞がってるみたいだ。

 血を失い過ぎてフラついていた癖に……

 今は、俺の方が体力に余裕がないように感じる。


「あははははははははははははっ!!!」


 大体、あいつ雰囲気変わり過ぎだろう。

 俺も大概強くなったが、全く勝てる気がしない。

 神造の紛い物じゃないなら、精神も鍛えとけよ。

 全く、剣聖ってのは本当に碌なものじゃない。


「はぁ……はぁ……っ。ゲホッ……はぁ、はぁ!」


 これから、どうしよう……?

 勢いで行動したは良いが、困り果てたぞ。


 どこか、どこか少しでも優位に戦える場所は?


 森の中は駄目だ。

 木が沢山ある場所は、ユキヒメの機動力を最大に活かされて一方的に負けるだろう。


 俺の異能は速度が上がるだけで、素の身体能力が飛躍的に向上する訳じゃない。

 対して、今のユキヒメの体力は明らかに異常だ。

 能力の向上は必至、そして未知数だぞ。

 

 せめて、五分……平地に連れて行かないと。


「あっ……はぁ、はぁっ!!」


 と、木々の隙間に一際強い光が見えた。

 間違いない、平原だ。


「……よし、よしっ!!」


 迷わず軌道を変更した俺は、数秒後。

 やっと森から飛び出す事に成功した。


「……っ! しまった……」

 

 マズい……村だ。

 小さいが、決して廃れてはいない様子。

 こんな所で戦ったら、住民を巻き込んでしまう。

 

 そう思ったのは一瞬だった。


「……人の気配が、ない?」


 あまりに静かな村の広場で足を止める。

 同時、振り返ると……


「あははっ!! やっと目的地なのカナッ!?」


 木々の合間から、ユキヒメが勢い良く飛び出して来た。


 ……誰も居ないなら好都合だ。

 広場の広さも申し分ない、ここで戦うか。


「はぁ…はぁ……ゴホッ……はぁ、はぁ……」


 もう長くは持ちそうにないけどな。


「はぁ……はぁっ! なるほどねぇ……っ! あの異界の軍に略奪を受けた村かぁ。ここなら確かに、思う存分戦えるねっ!」


「はぁ、はぁ……随分と……はぁ……情報通だな」


 勇者。そして、ユキナに滅ぼされた村か。


 もしかしたら、俺がセリーヌに到着した時に見た子供達が暮らしていた村なのかもしれない。


 助けて。

 必死に手を伸ばし、泣き縋って来た。

 そんな子供達を、俺は救おうともしなかった。


「さぁ……やろうよっ!! シーナくん。君は私が待ち望んでいた戦いを邪魔したんだ! その責任は君自身が取るべきだよねっ!?」


 こいつ、もう息が整ったのか。


「……あのまま続けていたら、今頃お前は殺されていたぞ。寧ろ、感謝して欲しいくらいだ」


 そして、異常なのは俺の身体も同じか。

 少し前までは、十倍加速で二分も走れば、数日は筋肉痛と疲労感に苦しめられていたのに。

 

「それこそ望むところだよっ!!」


「嘘吐け、お前の望みは死ぬ事じゃないはずだ」


 意外と理性が残っているようで、対話を試みる。

 流石は自力で剣聖になっただけはある。

 鬼の力とやらも制御出来ているように見える。


「はぁ? 一体何を言ってるのカナ? 良いから、はやく竜装を抜いてよ。私の事、殺すんでしょ?」


「……お前は、死ぬ為に剣を学んだのか?」


「早くしてよ……っ! 呼ばないなら君に用はないんだよっ! 今まで私、ずっと抑えてたんだよ? 君を人のまま殺さないよう手加減してたんだぁ……でも今は早く君を斬って、早くあの金髪の剣士君と殺し合いたくて仕方ないんだよっ!」


 やはり手加減されていたらしい。

 そして、確かに今回は本気で殺しに来るだろう。

 竜装を呼ばなければ、勝負にすらならないなんて言われなくても分かる。


 だが……それでも、俺は。

 

「お前の剣は、人を殺す為の剣じゃない」


 俺は母さんの形見、二本のナイフ抜いて構えた。

 右手は刃の切先を前に、左手は逆手で。

 

 ごめん、メルティア。

 生きて帰れたら、幾らでも謝ってやるから。


「まして、お前自身を殺す為の剣じゃない」


「何を、言ってるの?」


 目力を強めると、ユキヒメは俯いた。 

 もしかして効いてる? 訳……ないよな。


「桜月一刀流は、殺人剣だよ……?」


「剣術は所詮、人の考えた技術でしかない。それで人を殺すのも活かすのも、振るう者次第だ」


「何も知らない癖に……っ」


「ああ。知るかよ。だがな? これだけは言える。お前の師は、お前に満足して死んで欲しくて、お前を育てた訳がない」


 若造が、知ったような口をと思うだろう。

 俺だって、我ながら馬鹿だと思う。


 それでも……

 この戦いが、どんな結末を迎えようとも。


「忌み子とか鬼憑きとか、そんな事お構いなしで。お前に、生き抜けって言いたかったはずだ!」


「うるさいっ!!!!」


 顔を上げたユキヒメの瞳は真紅に染まっている。

 まるで獰猛な獣のような、狂気を孕んだ瞳だ。


「もう良いっ!! 死ねぇっ!!」


 と、ユキヒメが凄まじい脚力で地を蹴った。

 長い白銀の髪を靡かせ、鞘に収まった大太刀の柄を掴んで、突っ込んで来る……っ!


「……っ」


 だが、やるしかない。

 その華奢な身体に纏っている青白い光は、女神が与えた剣聖の力でも防げなかった。

 更に、これから放たれる斬撃も一撃必殺の技。


「桜月一刀流! 我流三ノ型、疾風迅雷!!!」


 ……っ。技名が違う。そして、いつもより速い。

 だが、今の俺なら。

 幾ら普段より速くても、それは……!


 一点読み、通りだ。

 所詮は何度も見た、三ノ型の抜刀術だ!


「……っ。はぁっ!!」


「えっ……!?」


 刃に触れなければ、いくら妖刀でも関係ない。

 俺は左手のナイフで大太刀を横殴りして弾いた。

 そして同時に腹を狙い、回し蹴りを放った。

 必殺の青白い光? 知るかよっ!


「寝てろっ!!」


 この一撃で、戦闘不能にして……あっ。

 こいつ、左肘で蹴りを止め……っ!


『オーバードライブ』


 っ!! まだだ。

 速く、速く速く速く速く速くッ!


 ミーアの声が頭に響いた瞬間、俺は強く祈った。

 お陰で過去最高速で三十倍加速に至る。

 急いで後方に転がると同時、ユキヒメの身体から青白い光が放たれた。


「……っ」


 何度も後方宙返りを繰り返して距離を取る。

 こんな動きも簡単に出来るようになっていたか。

 少し前までは考えられなかった回避方法だ。

 

「遅いよっ!?」


 しかし、自分の異常さに驚く暇はなかった。

 気付けば眼前の赤い双眸と目が合っている。

 

「がはぁっ!!!」


 腹部に鋭い鈍痛が走った。

 堪らず胃液を吐いた俺は後方に吹き飛ばされて、民家の壁に背を強く打ち付けた。


「ゴホッ……」


 凄まじい衝撃に意識が飛んだ。

 口の中に血の味が広がる。


 マズい……殺される。


 まだ両手には、ナイフの感触があった。

 それを強く握り締めて、俺は意識を繋ぎ止める。


「ねぇっ!? 本気で殺し合う気がないのっ!?」


 あれ……追撃しない?


 歪む視界の中で確認すると、ユキヒメは俺を蹴り飛ばした位置に立ち止まっていた。

 真紅の瞳をギラギラと輝かせ、ゆらゆらと白銀の光を放つ乱れた長い髪を左手で掻き毟りながら。


「それとも、ただ足癖が悪いだけっ!? なんで、なんで折角弾いたのに、その右手で喉を狙わないのっ!? 私を殺すって言ったよねっ!? 殺る気がないなら、なんで私の邪魔をしたのっ!?」


 激昂し、喚き散らす。

 そんなユキヒメを見て、俺は確信した。


 やはり、そうか。

 だから、シラユキも……あんな事を。


「ゴホッ……あぁ……殺して、やるさ……」


 あいつも気付いたんだ。

 自分の姉が抱く、本当の願いに。


「じゃあ、なんで竜装を……っ」


「どうしようもない衝動に駆られている割には……お前、随分と饒舌に喋れるん……ゴホッ、だな?」


「なにをっ!?」


 俺も実はまだ、半信半疑だったけど。

 これで信じられる。


「お前は、生まれ持ったその力を憎んでいる」


「……っ! シラユキ、だね……っ!?」


「そして、その力で誰かを傷つける事を恐れているだけだ」


 腹は改めて決まった。

 余計に負けられない、倒れる訳にはいかない。


「だから、お前は二度も俺を斬らなかった。そして今も……斬れないんだ」


「ちが……ちがう! ちがうちがうちがうっ!!」


「違わない。前に戦った時の俺は、まだ速かった。お前が本気なら、今だって、わざわざ蹴らなくても俺を斬れたはずだ」


 幾ら速度を上げても、俺は彼女に届かなかった。

 でも、二度も負けた俺は、ここに立っている。


「うるさい……っ! 黙れ……っ!」


「お前は、ただその剣で認められたかっただけだ」


「……っ」


 顔が強張った。よし……いける!


「だから、お前は人の為に剣を振るって来たんだ。だから、お前は悪意を持つ相手しか斬れないんだ」


 自分で言っていて、俺は納得した。

 ユキヒメは先程、騎士を数十人も斬っていた。

 なのに、彼女は剣聖ユキナを斬らなかった。


 本気で殺す気なら、簡単に斬れたはずなのに。


「だまれ……だまれ……っ! 私は……」


「私は、私自身が生きていて良いんだって、誰かに心からそう言って欲しかった」


「……っ! やめ……違う……違うっ!」


 取り乱し、頭を激しく振る。

 そんな彼女に俺が選ぶ選択肢は、一つしかない。


「違わねぇ……そうなんだろうがっ!」


「違う……っ! 私は生きたくない……生きてたら駄目なのっ!」


「本音が出てるぞ、馬鹿野郎っ!!」


 痛みを我慢して叫び、震える膝に鞭を打った。

 鬼の力とやらで、凄まじい衝動を感じているのも確定した。

 

「お前は、ずっと抗って来た。そして唯一認めてくれた師と別れてからは、探し続けて来た! だからお前は、自分より強い奴を求めて彷徨っていた! そうじゃないのかよっ!?」


「だま……だまれ……だまれっ!」


 こいつ……まだ認めないか。

 誰かに認められたい癖に、自分で自分の事を認められないのかよ。


 俺の大好きな嫁は、超が付くナルシストだぞ。


「だから殺してやるって言ったんだ! お前が誰も信じられず、何より自分自身が信じられないような臆病者なら、まずはっ! 自分が死ねば良いなんて思う程拗らせた、その被虐的な甘い考え方は、俺が木っ端微塵になるまで、ぶっ殺してやるよっ!!」


「だまれぇぇぇええっ!!!」


 凄まじい踏み込みと同時、数十メートルの距離を一足で詰めて来たユキヒメの大太刀が襲って来る。


 だが、抜刀術ではない。

 明らかに感情に任せた、その刃は……っ!


『ブーストアクセル、アクセラレーション』


「黙るかよっ!!」


『リミットブレイク、オーバードライブ』


 普段とは比較にならない程、遅かった。

 両手のナイフを捨てて、ただ力任せに振るわれた刃を両手で挟んで受け止める。


「えっ……! う、嘘……? 白刃取り……? わ、私の太刀が……?」


「自惚れんなよ、剣聖……っ!」


 一瞬で三十倍に至った加速能力。

 そして、竜の血で強化された身体。

 今の俺なら、この程度。難なく成功出来る。


「お前が、どんな力を持って生まれて、どんな人生を送ってきたかなんて知らないし。正直、俺は全く興味もないけどな……っ!」


 目の前で狼狽えた様子を見せる赤眼の白狼。

 俺は、そんな彼女の目を真っ直ぐに見据えて。

 

「人である以上、剣で斬られたら血は出るだろ! 悲しければ泣くだろうがっ! そして、お前だって一人の人間なんだろうがっ!」


「な、なんなの君……? なんで……」


「なんで? 依頼主に頼まれたからだよっ!」


 今も衝動に抗い続けているだろう彼女に、嫌でも届いて理解し易いように声を張り続ける。


 特に、この言葉は最重要だ。


 何故なら、俺が今までの短い生涯で受けて来た。

 その、どんな依頼内容の中でも……最も重要で。


「ねぇさん救ってくれ。わかるか? ユキヒメ……お前が生きていて欲しい人間なら、少なくとも一人居るんだよっ!!」


 最も尊く感じた言葉だったから。




 











 あとがき。


 シーナ、久々の善意と価値観の説教。

 コイツ人に言う癖、自分が一番押し売りしてる。

 所詮は母親の真似の癖に……っ!


 人にキレてる暇があるなら、さっさと竜姫様達とパンパンして責任取るべきだと思うの。

 その上で人助けするべきなの。

 みんなに心配かけて中途半端な力で争い続けるの本当に良くないの。

 竜姫様達も大人にして戦力にすれば、今抱えてる不安要素も沢山改善されるの。


 何より味方陣営、みんな安心するの。


 一番のバカは、お前なの。


 とは、いつも思ってますが。

 彼の場合は事情が事情なので仕方ないよなぁ。

 そう思う、今日この頃。

 

 




 

 



 







 

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