第131話 届かない力
たった一人の魔人の剣士の襲撃。
それにより戦場となった位置から僅かばかり移動した王国騎士隊は、散った騎士達の再集結を急いでいた。
そんな中、森の中に二つの人影がある。
一人は騎士隊の最高責任者である勇者。
そして、彼に呼び出されたミーアだ。
「要件は、わざわざ言わなくても分かるね?」
「……はい」
「それじゃあ話して貰おうか。君が知っている範囲で構わないから」
勇者は、あからさまに聖剣の柄に触れて見せた。
ミーアは、改めて信用されてないと悟る。
「……私は魔人の言葉を知りません」
「知り得る限りで良い、と僕は前置きしたよね?」
赤い瞳が鋭く細まる。
容赦ない威圧に胸を抑え、ミーアは唇を震わせた。
「先刻に襲撃して来た白髪の魔人は、白狼族と呼ばれる種族です。そして、魔人達には剣聖と呼ばれ、恐れられる程の達人でありながら、狂人で……」
「戦いを好む魔人で、魔人側の剣聖ってのは本当の話みたいだね。それで?」
「はい……?」
促されたミーアは一瞬、思考が真っ白になった。
「いやだから、それで? って聴いてるの。なんでアレを彼が追ってるのさ?」
「っ……」
圧の篭った声音に、ミーアは言葉に詰まった。
当然のように気付かれている。
やはり、あんな雑な方法で誤魔化せる訳がない。
外套のフードを被って顔を隠し、普段使いの剣を携帯していないだけ?
あの程度では、まるで意味がない。
「あ、あの魔人には、私達も突然襲われて……っ。一度は退けましたが、彼が今追っている理由は……分かりません……」
「……なるほど」
嘘は言っていない。
なんせ、ミーアは本当に分からないのだ。
(あのバカ旦那、なにしてくれてんのよ……っ!)
お陰で追及を受ける羽目になってしまった。
これは大変マズイ状況だ。何故なら……
「じゃあ次、どうやって彼は魔人の言葉を習得したのかな?」
(あのバカッ! 本当にどうすんのよ、これっ!)
よりによって、あの馬鹿は勇者達の目の前で敵の言葉を使ったのだ。
それも、未だ誰も理解出来ない異世界の言語。
この世界を侵略しに来たと思われている、異形の敵の言葉である。
「まさか独学で学んだ……なんて言わないよね? 魔人に教わった訳じゃないだろうし、教本を手に入れて自力で学んだにしては、あまりにも早過ぎる。彼は、つい半年程前まで辺境の村人だったはずだ。そんな人間が、数多の学者達が数年という時間を費やして尚、未だ解明出来ていない魔人の言葉を自在に操っている、なんて。とても現実味のない話だとは思えないかな?」
「……ひぃ」
まさに思い付いた言葉を並べられ、思わず悲鳴が漏れた。
「どうしたの? 早く答えてよ」
「わ、わかりませ……」
「はい。嘘だね?」
絞り出した言葉は、言い終わる前に指摘された。
鋭く赤い瞳に、全身から血の気が引く。
「今、君……
「あっ……その……っ! えっと……っ!」
「言い訳を考える必要はないよ」
赤い瞳が一瞬、キラリと不思議な光を放った。
だが、すぐに彼は瞼を閉じる。
「でも、一度は見逃してあげるよ」
「えっ……?」
予想外の寛大な言葉に、思わず口を開いた。
そんなミーアに対し、シスルは瞼を開くと。
「だけど、これだけは言っておく。僕は正直、君や彼が今回の襲撃を仕組んだと疑っている。なんせ、彼は僕を恨んでいるだろうからね。それこそ、殺したいと思う程に」
ふっ、と薄ら笑いを浮かべる。
世の女性達が憧れる、端正な顔の勇者様。
そんな青年の表情に、かつて勇者に憧れた年頃の女の子は……
「は? きっしょ」
「えっ?」
思わず吐き捨てていた。
ゾワっと鳥肌が立った腕を摩り、嫌そうな顔で。
「ど、どういう意味かな?」
これには流石の勇者様も動揺を隠せない様子だ。
そんな青年の顔に唾を吐き捨てたい衝動を堪え、代わりにミーアは、わざとらしく溜息を吐いた。
「はぁぁぁ……っ。あのですね? 勇者シスル様。貴方の自己承認欲求が高いのは大変結構ですよ? ですが、その自己陶酔は本当に気持ち悪いです」
「じ、自己承認? 自己陶酔……?」
「だって、そうでしょう? 確かに貴方は女神様が剣聖に選んだ彼の幼馴染、ユキナ様と恋仲になり、婚約者として迎えたのかもしれません。ですが彼女は所詮、あんな辺境の田舎で育った村娘ですよ? そんな頭も股も緩い顔しか取り柄のない馬鹿女に、彼がいつまでも固執しているとでも? 全く、自惚れるにも限度がありますよ?」
「え? ちょ……えっ? そんな言う?」
ボロクソだった。
しかし、まだ言い足りないミーアは、ゴミを見るような目でフンと鼻を鳴らす。
「言いますが何か? だって事実でしょう? 現に彼は、全くユキナ様を取り返そうと思っていませんからね」
「……いや、それは」
「なんですか? 自分が勇者様で、ユキナ様が剣聖だから諦めたとでも? はっ……ありえませんね。貴方も先程、御自分の目で見たでしょう?」
ミーアは自分の胸に手を当て、目力を強めた。
「私が今、この場に立っているのが何よりの証拠。そして貴方が奪い、勝ち誇っている剣聖様に彼は、それだけの価値を感じなかったのでしょうね?」
勝ち誇った顔で言う歳下の少女に、シスルは額に左手を当て、右手を掲げて制止の意を示した。
「あー、わかった。わかったから。僕の言葉が君の琴線に触れた事は謝罪する。それと今の、ユキナの耳には入らないようにしてね?」
「……わざわざ不要な火種を産む気はありません」
「くれぐれも頼むよ。さて、話を戻そうか」
手頃な倒木を見つけ、シスルは腰を下ろした。
「先程も言った通り、僕は君達を疑っているんだ。仕方ないよね? 幾ら故郷を失った復讐とは言え、たった二人で魔界に来るなんて正気じゃないだろ。その上、赤の四天王の娘を独力で討つ?」
呆れたように肩を竦め、シスルは足を組んだ。
そして、鋭い赤目がミーアを射抜く。
「あり得ないだろ? 寧ろ、共に何か企てている。そう考える方が自然な程に」
「…………っ」
平静を装おうと苦心するが、表情が強張る。
そんなミーアにシスルは続けた。
「今回の襲撃は無関係で、これまで二度の交戦経験があり、因縁がある。ここまでは信じてあげよう。でも、僕も高い授業料を払わされたんだ。32名、彼等の死を無駄にしない為にも……僕は君の口から得られる情報を引き出さなければならない」
「……………」
「やっぱり、何か知っているみたいだね?」
何も言えず、ミーアは唇を噛んだ。
分からない、知らない。そう叫びたかった。
しかし言えない。何故なら、知っているからだ。
剣聖の幼馴染。彼は、この世界を裏切った。
「黙秘を続けても解決にはならないよ? 予め注意しておくけど、僕はやろうと思えば君の記憶を奪う事も出来る」
「……は? 記憶を、奪う……?」
「うん。読み取るんじゃなくて、奪う、だ。さて、ここで問題だ。記憶を奪われた君は、一体どうなると思う?」
「……っ!」
そう言われ、思い浮かんだのは自身の記憶だ。
出会った日に共に冒険者になった。
そんな彼と過ごした大切な日々、想い出だった。
「や、やめて……っ!」
それが全て奪われる。
少し想像しただけで、堪らなく恐ろしかった。
「答えになってないね。良いよ? 教えてあげる。僕は記憶を奪った者に、僕に都合が良い記憶を補填してあげる事も出来るんだよ。例えば、誘拐された君を救った人間が、僕だった事にするとかね?」
勇者は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうだい? 君もユキナを笑えなくなるよ」
「いやっ!!」
叫び、ミーアは踵を返して駆け出した。
しかし……途端、異変に気付く。
「……っ! ぐぅ……っ! あ……あぁ……っ!」
首に痛みが走った。
その痛みは、すぐに全身に広がる。
痛み自体は大した事はないが、手も足も指先まで痺れてしまい、ミーアは立ち止まって蹲った。
「こらこら、まだ話の途中だろう? 逃げるなんて酷いじゃないか」
「……っ! な、何をしたの……っ!?」
薄情な声の主を、ミーアは顔を上げて睨んだ。
「別に? ただ僕の許可なく、君が僕の近くを離れる事を禁じた。正確には、この騎士隊を離脱出来ないって制約で縛っただけだよ」
「な……っ。なんで、そんな……どうやって……」
「なんでって、教育さ。これで分かってくれた? 僕はね、僕に嘘を吐いた人間に一つ、僕が決定した制約を課す事が出来る。例えば、僕が君に絶対服従を命じれば、君は僕の命令に逆らえなくなる」
「そんな……っ」
嘘の代償。
あまりに強力なスキルだと、ミーアは思った。
それこそ人の手には余る異能だ。何故なら、
(わ、分からないって言っただけで、こんなっ! 何がスキルよ、祝福よ! こんなの、こんなの……まるで呪いじゃない! 人は嘘を吐かなければ生きていけないわっ! き、貴族なら尚更……っ!)
ミーアの知る社交界では、嘘が渦巻いていた。
貴族は、どうしても建前が必要な生き物だ。
本音だけで生きていては、すぐに瓦解する。
(甘かった……私、勇者を甘く見てた……っ!)
そんな世界で生きる者にとって、この力は余りに強過ぎた。
立ち上がったシスルは、蹲るミーアに歩み寄る。
そして、その顎を持ち上げ……頰を撫でた。
「でも、僕は従順なだけの女の子には飽き飽きしていてね。だからこそ、君には期待してるんだ」
「……や、やめて。触らないで……っ!」
「……いい眼だ」
振り解こうにも身体が痺れて動けない。
そんなミーアの未だ気丈な瞳に、勇者は囁く。
「簡単には壊してあげないよ。嘘を吐き続け、僕が課す制約で縛り続けられた君が、一体どんな選択をするのか……楽しみにしているよ」
「……っ! いや、いや……っ! 助けて……」
「そうだ。そうなる前に助けを呼んでみるかい? どうせ彼と連絡する方法があるんだろ? ふふっ、それなら賭けをしよう。果たして君は彼にとって、この僕に挑む価値がある女性なのかな?」
名前を呼ぼうとして、ミーアは口を噤んだ。
これ以上、この男の興味を引いてはいけない。
そう考え、血が滲むほど強く唇を噛み締める。
「うぅ……うぅ……うぅぅ……っ」
「あらら、泣いちゃった。少し虐め過ぎたかな?」
シスルは少女の涙に触れてしまった手を引いて、手拭いで拭く。
「話の続きは、また夜に聞くよ。それまでによく考えておくんだね」
ミーアはそんな勇者を見上げ、憎悪の篭った瞳で睨み付けた。
「この……人の皮を被った、悪魔め……っ!」
それが全くの逆効果だと知らずに。
ゾクゾクと背筋を震わせ、シスルは微笑む。
「ふふ……悪魔? 僕が? あははっ! 違うよ、僕は人間さ……傲慢で強欲な人間という存在に最も相応しく、最も優れた人間だ」
「……っ! 優れた? 貴方は欠陥品よ……っ! 他人の痛みを理解出来ない粗悪品だわ……っ!!」
この圧倒的不利な状況でさえ、瞳の奥に強い光を灯し続ける。
そんな少女の強烈な嫌悪の瞳に、シスルは一瞬で魅入られてしまった。
「この状況で、まだ僕にそんな眼を向けてくれるんだね」
まるで、新たな玩具を与えられた子供のように。
「はは……いいね。やっぱり凄く気に入ったよ」
「私に近付かないでっ!!!」
呟き、青年は蹲るミーアを抱き抱えた。
その動きには一切の躊躇いがない。
「へっ……?」
逞しい青年の腕の中で、少女は眼を丸くした。
お姫様抱っこ……流石に手慣れている。
「いや……なにするのっ! は、離してっ!」
ミーアは力の限り暴れるが、まるで意味がない。
「あはは。その威勢が、いつまで続くかな?」
「……っ! いや……っ! 誰か助けてっ!」
世界最強の天才、勇者。
この世界の主人公たる青年は、無邪気に笑った。
「……遅い」
港街で適当な安宿に部屋を確保した赤竜姫様は、質素な寝台に腰掛け、腕と足を組んで座っていた。
そんな彼女は、可憐な顔に眉間に深く皺を刻み、組んだ腕を指先でトントンと叩き続けている。
金色の瞳をギラギラと輝かせて。
「……ふぅ。メルティア様、まだ正午前ですよ? 流石に辛抱が足らないのでは?」
「あ? もう正午じゃろうがっ!」
呆れて話しかけたシラユキに、ギロリと金色の瞳が向けられた。
従者として見慣れた表情。だが、そのシラユキが冷や汗で背を濡らす程の迫力がある。
「相手は数百の軍勢じゃぞ! 行軍速度など知れておるわっ! ユキヒメは無論、馬で向かった主様が追い付いておらんはずがないじゃろうがっ!」
叫んで、メルティアは窓際の木製机を指差した。
正確には、その机上に置かれている紅金の宝剣、自身の竜装を指差している。
その宝剣を見て、シラユキは僅かばかり考えて。
「……誤ってゼロリア様の竜装を呼んだ、とか?」
「……………は?」
ビキッ、とメルティアの顔に青筋が浮かんだ。
勿論、シラユキは冗談を言ったつもりだったが、そのあまりの恐ろしさに沈黙の時間が流れる。
「……行かねば」
暫く黙り込んだ二人。
その沈黙を破ったのは、突如勢い良く立ち上がり窓際に向かった赤竜姫だった。
「ちょっ……! メルティア様、なにをっ!?」
「妾の主様じゃ! あの白いだけの淫竜なんぞに、絶対にくれてやるものかぁっ!!」
窓をバタンと開き、身を乗り出そうとする主人の小さな腰を、シラユキは慌てて抱き留める。
「流石に冗談ですって! 落ち着いてっ!」
「離せ! 様子を見てくるだけじゃ!」
「そんなに心配なら通信機を使ってください!」
シラユキは必死に叫ぶ。
途端、メルティアはピタリと止まった。
「……それもそうじゃな? よし。あー、主様?」
「ふぅ……」
早速通信機を取り出し、窓枠に腰掛ける。
そんなメルティアを見て、シラユキは呆れつつも胸を撫で下ろすが、
「応答しろ……む? 主様? シーナ? おい」
どうやら返答がない様子だ。
「シーナ? おいっ! 応答せんかっ! まさか、ユキヒメと交戦中とは言わんじゃろうな!」
「そのまさか、でしょうね」
窓の外から清涼な声がした。
メルティアが振り向くと、そこには白翼を広げた白竜姫、ゼロリアの姿がある。
「ゼロリア? 何故お主がここに……」
「シラユキに連絡を頂きました」
「なに? シラユキが?」
主人の不満気な視線を受け、シラユキは肩を竦めた。
「万が一の事態に陥った場合、予め伝えておかなければ、後々お叱りを受けるかと思いまして」
「もう怒ってますよ? 何故行かせたのですか」
ギロリと蒼銀の瞳がメルティアを射抜いた。
「全く、メルティア。貴方が付いていながら……」
「妾は許可しとらん。そこの馬鹿に言え」
メルティアは、キッと従者を睨む。
ゼロリアは呆れ顔で溜息を吐いた。
「いいえ、貴方の責任です。それも竜装も持たせずとは……相手は妖刀を持つ竜殺しの剣聖ですよ?」
「ユキヒメと交戦するなら呼べと厳命しておる」
「貴女は今まで、彼のなにを見て来たのですか……やはり所詮は偽り、利害の一致のみの関係ですね」
「む……随分と知ったような口じゃな」
「私達は竜装の位置は感じれますが、呼べません。彼は貴女の一件で、それに気付いているはずです」
「妾の……?」
言われて、少し考える。
元の持ち主、白虎のレオから奪い返した件。
それ以外には無いと、すぐに合点がいく。
「この世界の敵が侵攻して来ている。この状況で、彼が私達を素直に頼ると思いますか? 特に貴女の竜装は、現存する唯一の赤竜のものでしょう?」
シラユキは渋い顔で、片腕の裾を握り締めた。
「……殺された上に敵に奪われる訳にはいかない。私も恐らく、そう考えると思います」
ハッとして、メルティアは眼を見開いた。
「そうじゃな……っ! 妾が甘かった……っ!」
彼女が思わず視線を向けたのは、部屋の隅。
シラユキが預かって来た二振りの剣だった。
相当な業物なのは勿論、二つとも預かり物。
そう言って大事にしていた事を知っている。
「……わかっていて、何故行かせたのじゃっ!」
メルティアは再度シラユキを睨みつつ、通信機のスイッチを押した。
そして、すぅと深く息を吸い込んで。
『シーナ、応答しろっ!!』
廃村となった地に、小型の通信機が落ちていた。
少女の怒鳴り声をキンキンと発している。
『おいっ! ユキヒメと交戦中なんじゃろっ!? 答えんか! 答える暇がないなら、せめて–––––』
しかし、その声が届く事はない。
激しい戦闘の最中、落としてしまった通信機。
それは強く振り下ろされた木下駄に踏み潰され、破損してしまった。
「だってさ。ははっ。もう今更、手遅れだよね?」
切り刻まれた、ボロボロの和服姿の白狼。
狂化と呼ぶに相応しい変貌を遂げた剣聖。
そんなユキヒメが真紅の瞳で見つめる先には、
「…………かほっ」
民家の壁に背を預けて座り、俯いている。
全身に刻まれた刀傷から流れる自身の血溜まりに沈む、少年の姿があった。
「ごめ、ん……母さん……」
母の形見、両手の戦闘ナイフは刃を切断されて、既に使い物にならない状態になっている。
それでも、
「まだ、手遅れ……じゃない」
満身創痍の少年はナイフから手を離し、外套の中に隠した両脇のホルスターに手を伸ばした。
「俺は、まだ生きて……いる」
顔を上げ、少年はユキヒメを睨む。
その金色の竜眼は、まだ諦めていなかった。
「わからないな」
ユキヒメは少年の身体から立ち昇る煙を見た。
常人とは比較にならない、竜の自然治癒能力だ。
「便利だねぇ。でも、竜の血の力で傷は治っても、それだけ血を失えば流石に致命傷だろう」
少年は二丁の拳銃を発砲した。
両足を狙った弾丸は、太刀の一閃に阻まれる。
「……この後に及んでも、頭や胸を狙わないかぁ。いい加減、無駄だって分からないの?」
「無駄、か……」
呟いて、少年はフラフラと立ち上がる。
力の入らない足を痙攣させながら。
「俺は、やる前から無理だ。無駄だ。そう言われるのは慣れている」
「ふぅーん?」
「本当に無駄なら、やらないさ……お前とこうして会話が出来ているのが、証拠だ」
少年は口内の血を吐き出し、口元を袖で拭った。
「お前を殺すのに、剣も銃も必要ない……」
「……やる気がないなら、私は行くよ?」
「まぁ聞け……この世界の、魔法……お前が術だと呼ぶ力は、人の祈りを、願いを具現化した力だ」
踵を返した剣聖を引き留め、少年は続ける。
「母さんは、俺が最も尊敬する人は言っていた……祈りも、願いも……口にしなければ叶わない」
「…………だから?」
「だから、お前も言葉にしろよ……本当の願いを。お前の望みは、矛盾している。お前の事を知らない俺でも、嘘だと断言出来るくらいに……っ」
「一体、なにが言いたいのカナ?」
いい加減に苛立って、ユキヒメは真顔で尋ねた。
すると少年は、にやりと笑って。
「だって、そうだろ……? 自分が嫌いで、本当に死にたいなら、お前は未熟なまま、本能の赴くままに暴れ続けていれば良かったはずだ。すぐに殺して貰えたさ。それこそ、竜人様達とかにな」
「…………」
「だが、お前は剣を取って、剣聖と呼ばれるまでに至った。悪いが調べたぞ? 鬼憑きの発作は理性を失う程の強い破壊衝動に襲われるらしいってな……だが、今のお前はどうだ?」
「………………へぇ?」
ユキヒメは鞘に太刀を納めた。
得意の抜刀術の構えを取らない事を確認してから、少年は両手の銃を下ろす。
「だから私は君を斬れないって?」
「もう意地を張るのはやめろ。お前は自分が死ぬ事なんて望んでないはずだ。そんな奴が、居るわけがないんだよっ!」
「……君に何が分かる?」
「なにも分からねーよ。でも……」
少年の瞳に、金色の光が灯る。
常人では有り得ない現象だ。
この世界の異能の力。
警戒したユキヒメは、刀の柄に手を伸ばす。
「望んでもいない力に怯えて、人生を狂わされるくらい振り回されてるのは、お前だけじゃねぇ……」
「……っ!」
しかし、少年は銃を構えない。
「甘えんな。甘えてんじゃねぇぞ! 剣聖!!」
強い眼差しと言葉に、何故か一瞬畏怖を感じた。
そして同時に酷く苛立って……唇を噛んだ。
気付けば、ユキヒメは太刀から手を離していて。
「俺だって同じだ! 俺だって戦ってるっ!」
「…………」
「だからユキヒメッ! お前も––––––」
「うるさい」
気付けば、地を強く蹴って少年との距離を詰め、その腹部に鋭い拳打を放っていた。
「ごふっ……あ……ぐっ……」
くの字に曲がった少年の腹に深く拳を捩じ込み、ユキヒメは彼の耳元に口を近づける。
「恵まれた力を持つ君と、一緒にするな」
「ユキ……ヒメ……」
呟きを残して、未熟な身体から力が抜けた。
意識を失った少年の身体を肩に担ぐような格好になって。ユキヒメは少年の身体と足元の血溜まりを改めて視覚し、溜息を吐いた。
「甘えるな、か……」
それは、懐かしい言葉だなと思い出しながら。
あとがき。
ミーアが、ミーアが勇者に……っ!
そんな中、主人公はあっさり負けましたね。
もうだめだぁ、おしめぇだぁ。
繁忙期終わったら、章の終わりまで一気に行きたい。
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