第18話 シーナの居場所


 冒険者として正式に活動する。


 飲み会の日に約束した通り、ギルドでそう公表した俺の日常は一変した。


 基本的に一人で依頼をする事に変わりはないが、便利屋としてでは無く普通の冒険者として振る舞う。

 依頼内容も生態調査、薬草や鉱石の回収、熟練冒険者の討伐した標的の確認等、実に駆け出しらしい依頼を中心に変更した。


 あぁ、俺。冒険者してる。

 そう実感出来ると共に、もう一つ変わった事がある。

 ローザ達に誘って貰える様になり、討伐依頼を受けるようになったのだ。

 お陰で、血の臭いにも慣れた。

 生き物を殺す躊躇い等、全くと言って良い程に無くなった。


 彼等から学べる事は本当に多い。

 まだまだ付いていくのがやっとだ。

 先日。初めて戦い殺したモンスター。

 その功績に俺の名前があるのも彼等のお陰だ。

 本当に申し訳無く思っている。

 何故なら俺はまだ、駆け出しの白等級。

 本来、討伐依頼を受ける事すら叶わない素人だ。

 実力が伴っているなんて事もない。

 あの戦闘で役に立てていたとは、とても言えない。


「良いぞ、いつでも来るが良い。シーナ」


 俺は、冒険者としての依頼を休む日。


 休養日に、人を相手に剣の稽古をする機会を得ていた。

 場所は俺が街に来てからずっと部屋を借りている宿の裏にある小庭。

 白く塗られた木製の柵で囲まれた小さな広場だ。

 ここで俺は毎日、素振り五百回の日課を行なっているのだが……やはり相手が居るのは有難い。


 相手をしてくれているのは、ローザの仲間の一人。ガルジオと言う名の大男だ。

 皆からは愛称でガルと呼ばれている。

 薄手のシャツを押し退ける程に肥大化した上半身。俺の三倍は太い腕。

 日に焼けた黒い肌が特徴的だ。

 短く刈り揃えた赤髪の坊主頭を左手で撫でながら、彼は快活な笑みを浮かべ白い歯を見せていた。


 今は訓練用の木剣を持って貰っているが、本来の得物は身長程はある大槌。

見た目通り、相当な怪力の持ち主だ。

 女神に与えられた職業は鍛冶士らしいが、武器ではなく獣の頭をぶっ叩くのが好きで冒険者になったらしい。

 そんな相手に対峙している俺は、


「ふぅ……」


 木剣を身体の後ろで構え、腰を落としていた。

 父さんに叩き込まれた片手剣の構えの一つだ。


「ふぅ……」


 最近知ったのだが、ローザのパーティーメンバーは全員が固有スキル持ち。

 所謂、女神の祝福を受けた者ばかりらしい。

 道理で実力がある訳だ。

 それをしっかり使いこなせているからこそ、セリーヌの若手で一番のパーティーと呼ばれる程に成長したのだろう。

 ある筈の力を一度も使う事すら出来ていない俺とは、雲泥の差だ。


 さて、いつまでも睨み合いをしていても仕方がない。

 先輩に有り難く胸を借りるとしよう。


「いくぞ……」


「おぅ、いつでも来るが良い」


「はぁっ!」


 力強く足で地面を掴み、全力で身体を前に押し出す。

 一足で間合いを詰め、横薙ぎ一閃。

 自分の持ち得る全てを込めた一振りを放った。


「ぬぅんっ!」


 硬い手応えの後、痛みと痺れが指先から肘まで走った。


 初撃を受け止められるのは予想通り。

 何処を狙うか、どんな攻撃をするかは、事前に打ち合わせてあった。

 じゃないと、速度重視で職業剣士の俺の剣を、鍛冶士の彼が受け続けるのは難しいだろう。


 更に彼は重戦士型。

 対人戦では相性が悪い筈だ。

 最も、実際本気で戦ったら俺は一瞬で負けるだろう。

 年月を重ねて培われた経験と実力の差は大きい。

 一般論での相性等、問題ではないだろう。

 あくまで無意味な負傷を防ぐ為に決めた約束だ。

 さて、次は。


「ふんっ!」


 相手の攻撃を受け続ける練習だ。

 こちら攻撃は最初の一撃だけ。後は、防御に徹する。

 回避はそれなりに出来ることが判明したが、俺はまだ。敵の攻撃をまともに受けた事がない。


 村に居た頃の稽古でも父さんは俺を木剣で殴る様な事は絶対にしなかった。

 素振りをしていたら指導はしてくれたが、立会いでは俺が振る木の棒を笑いながら。たまに指摘してくれながら受け止めてくれていただけだった。


 今思えば、村に居た頃のあれは。

 父さんは、稽古と言うより息子と遊んでいるつもりだったのかもしれない。

 俺はもっと真剣に教えを請うべきだったのだ。

 今になって後悔しても遅い。

 だからこそ、今回頼んで協力して貰った。

 攻撃を受ける練習をする為に。


「ぐっ!」


 上段から振り下ろされた剣を、両手で受ける。

 鈍い音がして、衝撃が全身に走り抜けた。

 ……お、重過ぎる。

 手どころか、たった一太刀で全身が痺れ、膝を折りそうになった。

 しかし、弱音を吐いている余裕は与えて貰えない。


「ふんっ! ふんっ! はぁっ!」


 上段から、連続で剣を振るってくる。

 糞、馬鹿の一つ覚えみたいにブンブン振りやがって。


「ぐっ……くあっ!」


一度受ける度、全身に衝撃が走り抜ける。

 我慢して耐えていると、少しずつ意識が朦朧とし始めた。

 堪え難い嘔吐感がせり上がってくる。

 い、息をする暇もない。

 気持ち悪くなって来た。

 これは辛い。

 次に振り上げたタイミングで一度離脱しなければ、持たない。


「ぶ、ぐっ……はぁ、はぁ……」


 木剣が振り上げられた瞬間に横に躱す。

 途端、ブンッと鋭い音がした。

 頬を撫でる風。自然と冷や汗が噴き出る。

 大きく息を吐き出し、左手の甲で口元を拭う。


「ふっ。大丈夫か? シーナ」


「はぁ、へっ。まだまだいけるさ。ドンドン来いよ」


「そうか」


 正直、一度休憩したい。

 だが、甘えるなと自分に言い聞かせた。


 彼は貴重な休日の時間を割いて稽古してくれているのだ。

 こんな早々に弱音を吐くなど失礼にも程がある。

 気遣ってくれた事は有難いが、甘える訳にはいかない。

 なので俺はガルを睨み付け、強がって笑みを浮かべて見せた。

 すると、ガルの目が一瞬。鋭く光った気がした。

 どうやら本気になったらしい。

 良いね、そうこなくちゃな。

 剣を片手で持ち、切っ先を相手へ向ける。瞬間、


「では続きだ。行くぞ、シーナ! はぁっ!」

「こいやぁぁあああっ!!」


ガルの鋭い踏み込みが、地を捲り上げた。











「何よあいつ。必死になっちゃって。馬鹿みたい」


 宿の小庭の隅に座るミーアは、不貞腐れた様に言った。


 目の前では、白髪の少年と仲間の大槌使いの大男が木剣を持って稽古をしている。

 二人共。目が真剣でありながら、口元は緩んでいて随分楽しそうだ。

 その姿は、少しだけ格好良いな。と思ってしまう位に輝いて見えた。


「いやー、シーナは中々筋が良いんじゃないっすか? 俺っち、剣術の事はよく分からないっすけど見応えはあるっすよ」


 そんな彼女の隣に立ち、顎を摩りながら言う青年が居た。


 彼はミーアの仲間の一人で、名前はテリオ。職業は魔法士だ。

 細身の体に黒いローブ。

 身の丈程ある杖を持ち、トレードマークの青い髪を風に揺らしながら、彼は細い目尻を下げてシーナを賞賛していた。


それがなんだか、本当に気に入らない。


「なによ、テリオまで。少し前まで、みーんなシーナの事、変わり者扱いしてた癖に……」


「いやぁ、そうは言ってもっすね。あいつホント、いい奴なんすよ。上手く言えないっすけど、なんかいつも一生懸命というか、何というか」


「ふんっ。たった数日の付き合いで、あんたにシーナの何が分かるって言うのよ。知ったような事言わないで」


顔を上げ、ミーアはテリオをキッと睨み付けた。


(そんなの知ってるわよ、馬鹿)


内心、そう言ってやりたいのを堪えながら。


 冒険者として登録した癖に仕事をせず、古い服ばかり着て、たまに見かけたら本ばかり読んでる美少年。


 駆け出し冒険者としてあまりに目立つその姿は、評判が良くなかった。


 通常。冒険者になりたての者は外の世界やモンスターとの戦いに想いを馳せ、将来大成した自分の姿を夢見て、生き急ぐ。

 例えそれで自ら死期を早めるとしても、誰の声にも耳を貸さず、理想を追い始める。

 駆け出し冒険者とは、そう言うものだ。

 だというのに、彼はそれを根本から覆す異端。

 だから皆、口々に彼を臆病者だ、変わり者だ、と罵っていた。


 それなのに……!


 皆。シーナと一緒に依頼をし始めてから掌を返したのだ。


 確かに臆病だが、思い切りがある。

 たまに無茶もするが、無理はしない。

 実際、仲間貢献しようと一生懸命な姿を見せる。

 最近では命を奪う躊躇いも葛藤も無くなった様で、よく相手を観察し良いタイミングで思い切りのある行動を見せる。


 例えそれが、命令違反の独断専行だとしても、だ。

 しかもそれが、全て一定の結果を出してしまう。


 本当に不思議な少年だ。

 何でも、名も無き村出身の元村人らしいが、無駄に才能がある。

 元々注目を集めていた存在だからか、冒険者活動を始めた彼を誘い、パーティーに引き抜こうとする者が途端に増えた。

 ローザのパーティーで活躍し、結果を出しているのが他の者の耳に入り始めたのが一番の要因だろう。

 ギルドの掲示板に張り出された仲間募集の用紙を何度引き破ってやろうと葛藤したか分からない。

 本当に、面白くない。

 面白くないな、と思ってしまう。


 少し前まで、彼の良い所を知っていたのは自分だけだったのに。


「おら、どうしたぁ! まだまだ俺はやれるぞっ!」


「望むところだ。泣いて謝るまで付き合ってやるっ!」


 二人の馬鹿が交錯する。

 互いに振りかぶった木剣が交錯し、甲高い音を立てる。


 特にこいつらだ。

 ガルジオとテリオ。

 自分の仲間である二人の男達は、ここ数日。シーナに夢中だった。


 生意気な弟が出来たみたいで楽しいと口々に言う。

 何が弟だ。あいつは私が誘って、仲間にしたい男なのに。

 以前から目を付けていたのは、自分なのに。


 何で私の思い通りにならないのだろう、ともやもやする。


 相変わらずローザは褒めてくれないし、シーナは無駄に褒められるし、その癖に彼をなかなか仲間に誘ってくれないし……。

 仲間に誘えない理由があるのは分かっている。

 だからこそ、余計に苛々するのだ。

 特にムカつくのがシーナだ。


「はぁ、はぁ……まだだ、まだまだいくぞっ!」


「はー、はー。シーナ。お主、中々体力があるな……」


「はぁ、はぁ。こはっ……こ、これぐらいで、へばってられるか、よっ」


「はー、そ。そうか……」


 自分にはあんな楽しそうな顔、向けてくれた事がない。


 青くて大きな、宝石の様に綺麗な瞳がキラキラしていて、口元が釣り上がり、頰が紅葉している。

 飛び散る汗が、そよ風に舞い日光で照らされて輝いている。


(何なのよ、あいつ)


 本当に苛々、苛々する。


 寡黙な雰囲気を纏い。いつも冷静で、臆病な現実主義者。

 他人に興味が無い様子なのに、話し掛ければ優しい気遣いをしてくれる。

 そんな彼が、恥も外聞も捨てて楽しそうにしている。


 男同士で木剣を振り、何度も打ち付け合いながら笑っている。

 自分と話している時は、してくれない顔をしている。


(あー、苛々する。何でこんなにムカムカするのよ)


 何故、こんな気持ちになるのか分からないのが、一番苛々する。


(どうしたのよ私はっ! 何がしたいのよ、私はっ!)


 苛々苛々する。

 最近何もかも上手くいかないのは、シーナのせいなのではないだろうか。

 と。そんな風にすら、思ってしまう。


 仕事はいつも通りこなしている。

 成果も人一倍上げている。

 女神様に与えられた祝福があるのだ。

 彼女の放つ矢には調子など関係ない。

 役割は完璧以上に果たしている。

 仲間で一番成果を上げている自覚もある。


 なのにどうして、私はもっと評価されない。


 どうしてローザは褒めてくれない。

 どうしてシーナは私が居ないと駄目だと言ってくれない。

 それどころか、何でアイツの周りに人が集まり始めるのよ。

 いや、それは私が望んだ事でもあるのだけど……。


 アイツは一人で居るべきで……!


 いや、私は何を考えているの?

 ここ数日、本当にもやもやしっぱなしだ。

 面白くない、本当に面白くない。


 足元の石ころを軽く蹴飛ばした。


 中々上手くいかない現実。

 抱いてしまう理想。

 自分の固有スキルに気付き、女神の信託を受けて確信した時。ミーアは自分は選ばれた人間なのだと、信じて疑わなかった。

 だけど冒険者には、そんな人が沢山居た。

 

 自分だけが特別では、なかったのだ。


「はぁ…はぁ……」


「し、しーな。お主、中々上達したようだな。そろそろ……」


「はぁ、はぁ……もう、いっちょ……だ」


「えぇ……」


 しかも、固有スキルを持たないシーナがあんなに生き生きしていて、周りに評価されていて、更に努力もして、実力も付けている。


 大した戦果はまだ上げてない癖に、少し思い切りの良い事をして結果を出しただけで、必要以上に褒められる。


 あぁ、つまらない。

 アイツを評価するのは、私だけで良いのに……。

 シーナは私が一番に目を付けたのに。

 私だけの剣士で居なきゃ駄目なのに。


 …………。


 いや、私は何を考えてるんだろう?


「おー、やってんなー」


「ふふ、精が出ますね」


 ふと、冷静になった瞬間。

 庭にローザとティーラの二人が入ってきた。


「うっす、ローザの兄貴。お疲れさんっす」


「ぶはっ、はっはっはっ」


「はー、はー、はー」


「よーっす、テリオ。ミーア。はは。何だ。あいつら二人共、虫の息じゃないか」


「ふふ、本当ですね。お茶をお持ちしたので、休憩にしませんか?」


 地面に転がった二人を見て、ローザとティーラは可笑しそうに笑った。

 シーナもガルも玉の様な汗を流していて、苦しそうに息をしている。

 だが二人共顔は満足気で、分かりやすく破顔していた。

 余程楽しかったらしい。


(男って、本当バカ。全然理解出来ない)


 余計にミーアは苛々してしまう。


「し、しー、なが。しつこく、て。な……」


「は、ははっ。まめがつぶれちまっ、た。いてぇ……」


 地に倒れている二人が、弱々しく笑う。


「あらあら大変。シーナさん、手から血が出てますよ」


「熱中し過ぎっすよ。馬鹿っすねぇ」


「ははっ、良い事じゃないか。剣士はマメを作って、潰せば潰すほど強くなるんだからよっ」


 他の三人も、楽しそうに笑っている。

 なのに私は、どうして素直に笑えないんだろう。

 ミーアの心に、またもやもやと靄が掛かる。

 ここは笑うんじゃなくて、シーナを心配するべきなのに。


「あぁ、もうっ」


 ミーアは腰を上げた。

 パンパン、と二度スカートを叩いて土埃を払った彼女は、倒れ込んでいるシーナに駆け寄る。


「はぁ、はぁ……何だ、ミーア。どう、した?」


「うっさい馬鹿。ちょっと静かにしてなさいよ。それ治療してあげるから」


「はぁ……えっ。ふぅ……治療なら。ティーラの癒し手が良いんだけど……」


「あっ……」


 聞いた瞬間、しまったと思った。

 確かに、ティーラの固有スキル癒し手なら、この程度の傷すぐに塞げる。


 対し、自分が出来ることは水筒の水で傷を洗い薬草と共に包帯を巻く程度。

 子供にでも出来る処置だ。

 そう考えた瞬間。またイラっとした。


「そうですよミーアさん。ここは私に任せて下さいね。はい、シーナさん。手を出して下さい」


「ふー。あぁ、頼む。悪いな」


「いえいえ」


 シーナの手に、ティーラの手が触れる。

 少し滲んだ血が、ティーラの白い手を汚す。


 あぁ、駄目だ。

 苛々する。

 それは、私の役目じゃなきゃいけないのに。

 違う、ティーラは自分の出来ることをしてくれてるだけ。

 シーナは私のでも、誰のものでも無い。

 彼は彼だ。シーナは、シーナだ。

 だけど、


(何でこんなに、もやもやするのよ……)



 苦しむ胸をミーアは左手でキュッと抑えて俯いた。

 ローザはそんな彼女を見て、肩を竦めた。


「やれやれ、こりゃ。一波乱ありそうだ」

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