第19話 仕事人間。
稽古後。皆と別れ、ギルドへ来た。
明日の仕事が決まってないからだ。
ローザ達のパーティーは暫く働き詰めだった為、数日纏まった休養を取るらしい。
対して俺は無理なく仕事を入れ、休養も定期的に取っている。
休みを自由に取れるのは、数少ない一人の利点だ。
明日は普通に仕事をしなければならない。
皆のお陰で本来白等級が受けられない報酬の良い依頼を受けられている為。少し前に揃えた装備代の補填ももうすぐ済む。
現状を考えれば暫く休んでも困らないだろうが、近い内に新しい片手剣を一本購入したいと考えている為。金は欲しい。
今後、もし多数を相手にする機会が訪れた時に必要になる筈だ。
血が付いた剣は斬れ味が落ち、ただの鈍器と化して使い物にならなくなるので、剣士は剣を二本以上携行するのが推奨されている。
冒険者としてやっていく為。新しい剣を買うのは必須だ。
そして、折角買うなら武具屋で並べられた既製品では無く。自分の手に馴染み、斬れ味の良い剣を注文して一本打って貰いたいという欲もある。
事前に調べたが、この街には名のある鍛冶士は居ないらしいので旅費も必要だろう。値は張るかもしれないが、必要経費だ。
要するに、良い剣が欲しい。
男の子だもん。
剣と言えば。
ミーアの腰にある白鞘に収まった剣は、ローザ曰く相当な名剣らしいのだが、
「どう? 良い依頼あった?」
この女。聞いてもどうやって手に入れたか教えてくれなかった。
本当にケチな奴め。
掲示板に張り出されている依頼書の数々から目線を外し、隣を見る。
「……今更だが、どうしてお前まで来てるんだ」
「何よ、悪い? 折角、付き合ってあげてるのに。感謝しなさいよね」
成る程、暇だったんだな。
この不機嫌顔も流石に見慣れて来た。
最近は一周回って可愛く見えてきたぞ、全く。
緑色の長い髪を揺らして、鼻を鳴らす姿も慣れてくると愛嬌があるから不思議なもんだ。
人間、慣れって大事だな。
「……あんたも休めば良いのに」
「何故だ? 怪我をした訳でも、休む理由がある訳でも無い。働ける時は働く」
「一人でギルドに来るなって意味よ、馬鹿」
なんか言ってるけど無視して掲示板に視線を戻す。
追求してもどうせ碌な答えは返ってこないだろう。
そんな事より良い仕事ないかな。
「んー、良さげな依頼ないっすね」
「いつも通りだ。セリーヌは稼げないが、安全と平和が売りの街。高等級冒険者も少ない。最も、例外が一人居るが」
例外、か。
セリーヌ唯一の銀等級冒険者、バルザの事だな。
俺が初めてギルドに来た日、出入り口で会い、忠告をして来た男だ。
いつも沢山の武器をガチャガチャ持ち歩いて居る、全身鎧の大男。
毎日の様にギルドに来ては、大して難易度の高くない日帰りの依頼を一人でやる変わり者。
銀等級は、十段階ある冒険者等級の第二位。
相当な腕、ギルドからの信頼。熟練者の証。色々揃ってないと、与えられない等級の筈だ。
そんな高位冒険者が、こんな辺境で燻っており仲間も作らず、普段から必要以上の武器を持ち、難易度の高い依頼をやらない。
目立つのも無理はない。
付いたあだ名は、武器商人。
意味は正しく理解出来ていないが、質の悪い陰口だという事は何となく理解出来る。
目立つ存在は、他人の悪意に晒されやすい事を俺はもう知っている。
沢山の人間が住む街、ならではの悩みだろう。
俺自身も変な通り名を付けられていたらしいから、同類だ。
だから俺は、彼に関して偏見は無い。
寧ろ、それだけの悪評があるのに腕は認められているのが凄い。
一度戦うところを見たいと思っている。
学べる事は沢山あるだろう。
「それにしても、何で二人も来てるんだ。休まないのか?」
自然に付いて来て、背後に居る二人。
話し掛けた相手は、ローザの仲間の魔法士テリオと、鍛冶士のガルジオだ。
休め、とリーダーのローザにに通告されている筈の二人は、普通に仕事を探している様子だった。
「ふっ、愚問っすよシーナ」
「聞くまでもない事だろう」
尋ねると、二人は偉そうに胸を張り鼻を鳴らして偉そうに肩を竦めた。
次いで、テリオはやれやれと呆れた様に首を振った。
と、次の瞬間。
示し合わせた様に良い笑顔を浮かべた二人は自分達を指差して、
「冒険者が仕事をするのは、金がない時だ」
「冒険者が仕事をするのは、金がない時っすよ」
二人の白い歯がキラリと光る。
「……成る程、馬鹿だな」
「あんたらホント、馬鹿じゃないの?」
お、初めてミーアと意見があった。
僅かばかりの感動を覚えながら、目の前の二人は擁護しようのない馬鹿だと結論付ける。
つい先日、中型モンスター大猿の報酬を貰ったばかりだ。
それも、相当な額だった。
弓矢や消耗品、昼食代。必要経費を抜いて全員で分配し、武器の手入れ代を使っても手元に相当残ったのだ。
とても簡単に使い切れる金額では無かった。
俺はまだ、全く手を付けていない。
「馬鹿じゃないっすよ! 普通っす!」
「普通の冒険者は、常に金が無いものだぞ」
偉そうに普通を語るテリオとガル。
そんな普通があってたまるか。
「ミーア。お前のパーティーの男達は、馬鹿しか居ないのか」
尋ねると、ミーアは呆れた様子で溜息を吐いた。
少し前はリーダーのローザも金欠だった。
数回しか共に仕事をしていないが、受ける依頼はどれも報酬が良くとても金に困るような状況に陥るとは思えない。
こいつらのパーティー大丈夫かよ、本当に。
「こいつらの言う通り、冒険者の男なんてみんな馬鹿よ。宵越しの金は持たねえとか言って、仕事やったら一晩で使ってるもの」
一晩で使ってる?
そんな馬鹿な。一晩であれだけの大金をどうやったら使い切れるんだ。
「俺らが普通なんすよ。可笑しいのはミーアの方っす。と言うか、俺はミーアが何でそんなに金持ってるかの方が不思議なくらいっすよ」
「普通に生活してるだけよ。シーナだってお金に困ってる訳じゃないでしょ?」
「あぁ。貯金もしている」
「はぁ? 貯金っ!? かー、つっまんね」
額に手を当てて身体を仰け反らせ、テリオは心底本気で馬鹿にした様子で信じられないものを見る目をこちらに向けた。
つまんないとか言うなよ。ちょっと傷付いたぞ。
「何よ。立派な事じゃない。あんたらの価値観をシーナに押し付けないでよねっ」
なに、ミーアが俺を庇った……?
珍しい事があるものだ。
明日は雨か。休養日にしようかな。
「そうは言うがな、シーナ。俺達冒険者は、いつ死ぬか分からないのだぞ。金を貯めたまま死んだら勿体無いではないか。なら、今を楽しく生きるべきだ」
ふむ、ガルの言い分は一理ある。
確かに金だけ残して死んだら勿体無いし、悔いも残るだろう。
俺の場合は、受取手も父さんしかいない。
全く使ってないのを見られたら、心配させるかもしれない。
だけど、
「それは分かっているが、ある程度金が無いと落ち着かない性分でな。あって困るものじゃ無いし、無いと余裕がなくなる。だから出来るだけ、少なくとも一定量は常に持っておきたい」
目安は、父さんのしてくれた貯金を減らさず、更に少しある程度。
それだけあれば、何かあっても困る事は無いだろう。
要は保険だ。何かあった時の為のな。
「ふむ。なぁ、シーナ。お主、趣味は無いのか。仕事ばかりだと息が詰まる、人生も面白くないぞ?」
「そうっすよ! 折角女神様に貰った命。楽しく生きなきゃ勿体無いっす。特にシーナは顔が良いんだから、もっと遊ぶべきっすよっ!」
遊ぶ、遊ぶ……か。
顎に手を当て、考える。
金を使った遊びなんて、知らない。
ずっと村で生きてきたから、纏まった金を持った事も、使った事もない。
遊びと言えば湖で泳ぐか、ユキナと二人で走り回ったり、ユキナと草花で冠を作ったり、ユキナと……。
……これ以上は、考えたくない。
「シーナ? あんた大丈夫?」
ふと気付けば、ミーアが俺の顔を覗きこんでいた。
本当に心配そうな顔だ。珍しい。
そんなに酷い顔でもしてしまっていたのか。
「何でもない。それより、テリオ」
「何っすか?」
「遊ぶって、街では何をしたら遊んだ事になるんだ」
三人が、大きく目を見開く。
何だ。何かおかしな事を言っただろうか。
「あんた、本気で言ってんの?」
「シーナ、お前……」
「流石に驚いたぞ……」
「どうした? 何かおかしな事を言ったか?」
「どう考えてもおかしな事言ってるわよっ!」
「何をそんなに興奮してるんだ。落ち着けよ」
「落ち着いてるわよ、馬鹿っ!」
落ち着いてないじゃないか。
耳が痛い。周りを見れば変な注目を集めてしまっていた。
まぁ、ミーアが周りの迷惑を考えないのは普通か。
普段通りだ。
「あんたまさか、今まで仕事と休養しかした事ないの?」
「そんな訳ないだろ。剣の稽古とか、読書とか、色々やっている」
「それは遊んだうちに入らないじゃないっ!」
「だから叫ぶな、耳が痛い。周りが見てる」
指摘すると、ミーアは周りを見てハッとした顔をした。
意外な事に真っ赤な顔で小さくなる彼女は可愛かった。
一応、羞恥心はあるのか。安心した。
「お、驚いたっす。こんな人間、本当に居るんすね……」
「……なぁ、シーナ。お主。自分が楽しいと思った事はあるか?」
「楽しいと思った事?」
「ああ、こう……胸が熱くなったり、ずっとこうして居たいと思ったり、やっててこう……楽しい気持ちになった事だ」
「あるに決まってるだろう」
「「「ほっ……」」」
おい。何で全員溜息を吐く。
「では、それは何だ? 参考までに言ってみろ」
「うーん」
言われて、考えてみる。
村の生活を思い出すと、ユキナの事ばかり思い出すから考えない様にするとして、街に来て楽しいと思った事、か。
結構あるな。
「冒険は勿論楽しいが、接客業や工事の手伝いも楽しかった。自分の稼ぎで新しい物を買った時は凄く嬉しい。最近新しい砥石を買ったんだが、研ぎやすくて良い買い物をしたと思う。勿論、今日の鍛錬も楽しかった。やっぱり相手が居ると捗るな。出来れば、また付き合ってくれると嬉しい」
思い出してみると、心の底から楽しくなって来て、自然と笑みが漏れた。
何だ俺、結構充実した毎日を過ごせてるじゃないか。
最近は皆が構ってくれるから、寂しくないし……。
「「「…………」」」
あれ、なんか皆が絶句してる。
どうしてだろう。
テリオが目を瞑り、俺の肩に手を置いた。
「なんだ?」
尋ねると、彼は慈愛に満ちた顔で。
「……シーナ。最近見つけた良い店があるっす。可愛い子一杯居るっすから、今日の報酬で一緒に行くっすよ」
何だこいつ急にどうした。
何だその顔は、気持ち悪いな。
「……我も付き合おう。最近女子と触れ合っておらんかったから、良い機会だ。我等が冒険者とはなんたるか、教授してやらねばなるまい」
ガルがうんうんと頷く。
成る程、正しい冒険者の在り方を教えてくれるらしい。
それは有難いな。
「ちょっと、やめなさいよっ。 あんたらに任せたら、シーナが汚れちゃうじゃないっ。ね、ねえシーナ。良かったらこれから、一緒に買い物に行きましょう? 私、新しい服が欲しいの。一緒に選んでくれないかしら?」
「悪い、女の服はよく分からない。ご覧の通り男のすら怪しいんだ。力になれないと思う」
正直に言うと、ミーアは渋い顔をした。
「じゃ、じゃあほら。食べ歩きとか……」
「女は引っ込んでるっすよ、ミーア! シーナは俺達がちゃんと、一人前の冒険者に。男にするっす!」
「そうだぞ、ミーア。これは男の問題だ。この調子だとシーナは、一度も男としての楽しみを知らんまま死んでしまうだろう。それは余りに不憫だ。先輩冒険者として、ここは黙って我らに任せて貰おう」
「だから駄目って言ってるでしょ! シーナはあんたらみたいに穢らわしい馬鹿共と違うのっ! シーナを汚したらあんたら、ドタマぶち抜いてやるんだからっ!」
「あー、上等っすよ。やってみるっす。仲間に弓が引けるもんなら、是非やって見せて欲しいっすねっ!」
「これは男の問題だと言っているだろう。シーナが好きなのは分かるが、これはお主の為でもあるのだぞ、ミーア。女の抱き方も知らん男なぞ碌なものではない。本当にシーナを想うなら、引っ込んでいろ」
「だ、誰がこんな奴の事なんて……じゃないっ! 今はそんな話してるんじゃないわっ! 何が男の問題よっ! バッカじゃないのっ! 女の抱き方なんて、シーナは知らなくて良いのっ! いずれ……」
何だ。何でこいつら、こんなに興奮してるんだ。
どうでも良いから、腕を引っ張らないでくれ。痛い。
周りも見てるし……どう収拾つける気だよ、これ。
ギルド内を見渡し、困っていると。
「あのー、少し良いかな?」
鈴を鳴らす様な声がした。
決して大きな声量では無かったそれは妙にはっきりと響き、全員が止まる。
それは、聞き慣れた声だった。
俺を含め、皆が声のした方を向いた。
そこには、柔らかな笑顔を浮かべ……。
額に青筋を浮かべた、ギルド職員。
受付嬢のお姉さんが立っていた。
………。
「さっきからうるさいですよ♪」
「……悪い」
「ご、ごめんなさいっす」
「わ、悪かったわよ……」
「……悪かった」
彼女のにっこり笑顔には不思議な圧力があった。
何で俺まで怒られなきゃいけないんだ。
理不尽だろ。
普通に依頼取りに来ただけなのに。
「はぁ……」
受付嬢のお姉さんは眉間に人差し指を当て、やれやれと首を振った。
どうやら呆れられてる様子だ。
「さっきから聞いてたけど、皆は依頼を取りに来た、で良いんだよね?」
「あ、あぁ。そうだ」
ここ、依頼掲示板の前だしな。
って、俺しか答えないのかよ。
まぁ良いか。これ以上余計な騒ぎは起こして欲しくないし、黙って居てくれた方が好都合だ。
お姉さんが俺を見て、笑顔になった。
「それにしても、良かったねシーナくん。騒げるお友達が出来て。いつも一人だったから心配してたけど、最近は楽しそうで良かった。ギルドの皆も安心してたんだよ」
そうなのか。
確かに、彼女は時折俺に早く仲間を作れと助言をしてくれたり、相談に乗って貰っていた。
俺の冒険者登録を担当してくれた職員の人だ。
名前はまだ知らない。
聞くタイミングを失ってから随分経ってしまい、今更聞けなくなってしまった。
「そうか。それは心配を掛けたな。今はお陰様で、楽しくやれている。正規の仲間はまだ、募集中だけどな」
なんか、皆の視線が刺さってる気がする。
「ふふ、それでも良い進歩じゃない。折角出来た仲間なんだから、これからはくれぐれも一人で無茶しちゃ駄目だよ」
「分かってる」
「よし、素直は子はおねーさん好きだぞ?」
受付嬢のお姉さんは、笑みを浮かべてウインクをした。
相変わらず可愛い人だ。
「で、シーナくん。相談なんだけど……受けて欲しい依頼があるんだぁ」
「受けて欲しい依頼?」
白等級の俺に、彼女がこんな事を言うのは初めてだ。
駆け出しの俺に名指しで依頼をしてくるのは、パン屋のおばちゃんと飲食店の店主だけだからな。
あと何度か言ったが、その上目遣い。俺には効かないぞ。
可愛いとは思うけど。
「っ」
おいミーア。足踏むな。
何で急に足踏むんだ、お前は。
足鎧付けてるから、痛くも痒くも無いが。
「えっと、出来れば、そちらの三人も……」
少し申し訳無さそうにお姉さんはミーア、テリオ、ガルにも順に視線を向けた。
いつも思うが、やっぱり狡いなそれ。最近何人か犠牲になってるの見たぞ。
「 私達にも……?」
自分達にも振られると思って居なかったらしく、ミーアは眉を寄せた。
とりあえずお前は足を離してくれないか。
「何すか? 内容次第で考えるっすよ」
「とりあえず、言ってみろ」
いや。お前らは金ないんだから、仕事選べる立場じゃないだろ。
まぁ、報酬次第か。
俺は内容次第で受けるか決めよう。
聞くだけならタダだしな。
「とりあえず、聞かせてくれ」
「ありがとうシーナくん。はい、これ」
お姉さんは後ろ手に持っていた羊皮紙を俺達に差し出した。
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