第31話 はぐれ


 暴走気味の森人との戦闘の後。少し離れてから、一度小休止を挟んだ。

 武器や装備の手入れと確認を終え、森林を進む。


 全身を濡らすヌルッとした感触は、先程浴びた森人の血液だ。

 生臭い血の匂いには流石に慣れているが、これから長い時間付き合わなければならないと思うと気が滅入る。

 皆と再会した時。余計な心配を掛けそうだ。


 これでは、抱きつく事も出来ない。

 まぁ、そんな事当然しないし、するつもりも無いけど……。

 感極まって、向こうから抱き着いてくるかもしれない。

 その時、うえって顔されて躊躇われたら、流石に落ち込むかもしれない。

 再会したらコートは脱ごう。


 少し前にした願いが通じたのか、その後は何事も無く数時間歩き続けた。

 一度入ってから、ずっと森林の中だ。

 変わらない景色にいい加減飽きて来て、皆。どうしてこんな所まで来たんだろうと今更ながら考える。

 何度か一緒に依頼を受けて来たが、こんな距離を歩いた事は一度も無い。

 やはり俺がいる時は気を使って近場で済む依頼で済ませていたのだろう。


「へへっ、近いぜぇ。もうすぐそこだぁ」


 突然、先頭のドルトンが声を発した。

 返答しようとしたのを堪え、前を見る。

 木々の隙間から、少し開けた場所と岩肌が見えた。

 この先は崖になっているようだ。

 あそこに皆が居るのだろうか。

 まさか上にいて会えないなんて情けない事になったりしないだろうな。

 その時は登る方法を考えるだけか。

 兎に角、やっと皆と会える。

 深く息を吐き出して、湧き上がってくる高揚感を楽しむ。

 姿を見た時に興奮して騒ぐのは、これまで俺が作り上げた冒険者シーナという人物像と異なる。

 再会はいつも通り冷静にだ。


 何してんだよ、迷子か?

 仕方ないから迎えに来た。


 最初の一言はこんなところだろうか。

 うん、悪くない。


 なんて考えながら歩き、森を抜ける寸前。ドルトンが不意に手を横にして、静止命令を出した。

 どうしたんだ今度は。

 ここに来て、また面倒事か。勘弁してくれよ。


 顔を顰めた俺の前で身を屈め、藪の後ろへ身を隠したドルトンは、全員に屈めと手を振った。

 仕方ないので指示通り屈む。

 行かないのか? と尋ねたい気持ちを抑える。


 藪からそっと顔を出したドルトンは、口元を歪めた。


「ひゃはは……こりゃ、面倒な事になったなぁ」


 すぐ後ろにいたアッシュがドルトンに身を寄せる。


「どうしたの?」


「どうしたもこうしたもねぇ。あれ、見てみろよぉ。そーっとな」


 言われたアッシュは、恐る恐る藪から顔を上げた。


 一体、どうしたって言うんだ。

 俺も見たい。もしくは早く状況を伝えてくれ。

 このお預けされてる感じ、嫌いだぞ。

 暫く待っていると、先頭二人が頭をゆっくりと下げてこちらへ振り向いた。


「はぁ……これは確かに面倒だよ」


「一体、どうしたって言うんすか?」


「説明するより、見た方が早いぜぇ。全員、横一列だぁ」


 お許しが出たので、四つん這いで藪の前へ向かう。

 藪からゆっくりと頭を出し、先程二人が見ていた方向を見た。


 見えたのは、岩肌に空いた洞穴の前に座り、楽しげに話をしている二人の男だった。

 一人は全身皮鎧で、腰に片手剣。手に長槍を持った者。

 もう一人は軽装で、腰に剣と弓を持った男。

 残念ながら、会話は聞こえない。


 どう言う事だ? これは。

 全く分からない。何故これが面倒なんだ?

 あの洞穴の中に、皆は居るという事なのか?

 え。もしかしてつまり、皆は……。


 人間に攫われたって事なのか?


 …………。


 思わず目を見開き、動機を抑えながら頭を下げる。

 恐ろしい予想を立ててしまい、思わず放心してしまった。

 いや。待て。まだ決めつけて良いタイミングじゃない。

 きっと何かの間違いだ。そうに決まってる。

 大体そんな訳、無い。あるはず無い。

 人間が人間を攫って閉じ込めるなんて、そんな事が許される訳がない。

 あの二人は依頼を受けてここに居る冒険者で、偶々ここで休憩をしている。そう考えた方が自然だ。 


「これは、やられたっすね」


 左からテリオの声が聞こえ、そちらを見る。

 彼は悔しげに唇を噛んでいた。


「……どういう事だ?」


 やはり意味がわからなくて、尋ねる。

 いや、本当は分かっている。

 ただ、信じたくなかった。


「あれは、はぐれの集まりだなぁ。ひゃひゃ。こりゃ面倒だぜぇ」


 カラカラ笑うドルトンの声。

 相変わらず苛つく奴だ。どう考えても笑い事じゃ無いだろう。


「はぐれって、何だ?」


「あぁ? んなこともしらねぇのかぁ? いいぜ、教えてやらぁ。はぐれってのはな。元冒険者、元憲兵、元騎士。そんな奴等が何らかの事情。例えば、犯罪に手を染めて職を失い、街にも居られなくなったり追い出されたり……騎士だと大半が貴族出身だから、没落してどうしようもなくなったとか、まぁ訳ありな奴等が集まったタチの悪い連中だよぉ」


「要するに、山賊のやばい奴って事か?」


「あぁ、そんな認識で良いぜぇ。まぁそんな奴等だから、ただの山賊よりも装備が整ってる。中には元々持ってたコネで俺達が考えもつかないようなヤベェ事に手を出してたりする奴も居るって話だ。その癖人生に絶望しきってっから、欲望に忠実だぁ。純粋に強え奴も居るだろうしなぁ。これ程面倒な奴等はいねぇ。世に蔓延る化け物なんて、比較にならねぇくらいだぜぇ」


 なんだそれは。

 厄介過ぎるだろ。面倒なんてもんじゃない。


「成る程理解した。それで皆は?」


「当然、あの中だなぁ。ひゃひゃ、捕まってるんだろうよぉ」


 楽しそうにドルトンは笑う。

 予想通りの返答だった。

 最悪だ。全く笑えない。

 どう考えても笑い事じゃ無い。

 こいつ、マジでムカつくな。

 糞。一番聞きたくなかった言葉を叩きつけられた。

 これは現実なのか。巫山戯んなよ。

 どうやら皆は、人間に。

 それも、かなり面倒な連中に捕まっているらしい。

 どうしてそんな事になってるんだっ!

 駄目だ、未だに信じられない。

 頭痛を感じ、頭を抱えた。


 ドルトンの口元が歪む。


「今頃、男は殺され女二人は性奴隷にでもされて慰み者ってとこかなぁ。あの二人は中々上玉だから、今頃奴等。張り切って腰振ってるだろうぜぇ」


「っ! おまっ、お前……!」


 こいつ、本当に腹立つ。

 状況が状況じゃなかったら、ぶん殴ってる所だ。


 あの二人が。ティーラとミーアが……そんな。

 ふと、昨日ギルドで見た夢を思い出す。

 まさかあれは、正夢だったって言うのかよ。

 自然に全身に力が篭り、震え始める。

 震える右手で顔を覆う。

 激しい怒りを感じた。


 一体、全くどうして。

 何でまた、こんな事になってるんだ。


「……依頼達成だな。街へ帰還する」


 呟いて、バルザが屈んだまま離れて行く。

 慌てて振り向くと、鋭い瞳と目があった。

 激情に支配されるまま、震える唇を開く。


「……助けにいか、ないのか?」


 あっさり帰ると言い出したこの男にも、今。胸を支配する苛立ちを叩き付けたい衝動に駆られた。

 まだ依頼は終わっていない。

 まだ皆を見つけてない。

 あの中に居るって言うなら、助けに行くべきだ。

 銀級冒険者であんなに強いんだから、さっさと行って助ければ、終わりじゃないのか。


「場所は割り出した。捜索及び、お前達の護衛依頼は達成だ」


「っ! た、確かにそうだ、けど」


 俺達がこの男に依頼したのは、皆の場所を見つける為の手助け。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ただの捜索依頼だ。救出依頼じゃない。

 第一、彼はローザ達と全くの無縁だ。

 故に、他人であるこの男に命を賭けてまで皆を助ける義理はない。

 そして俺は、彼に助けてくれと言える立場ではない。

 頭では、理屈は分かっている。


 だけど、理屈では何も救えない。


「なら、貴方を雇う。手を貸して欲しい」


「断る」


 バッサリと言われて、握った拳に力が籠もった。


「……参考までに尋ねる。何故だ?」


「失敗が目に見えている。間違いなく死ぬ」


 迷う様子を全く見せず、バルザは淡々と告げた。

 この男程の冒険者でも、無理だと?

 そんなに厄介な相手なのか。

 絶句する俺に、嘆息してバルザは続けた。


「わざわざ新しく依頼と報酬を約束されなくても、可能性があれば助けに行く。だが、今回は不可能だ。諦めろ」


 冒険者は基本的に対人戦はやらない。

 護衛依頼等で襲撃を受けた際の正当防衛等、やむ終えない場合の殺人は許可されているが、普通の冒険者には一生縁の無い事だ。


 当然。俺も人に刃を向けた経験なんてない。

 殺した経験なんてある筈がない。

 だけどあんたなら。

 あんなに強い銅等級冒険者なら、助けられるんじゃないのか?


「仮に突入したところで救出は困難だ。相手の構成人数、装備。総合的な戦闘能力どころか、洞窟内の構造すら分からん。そんな中、現状の戦力で対処するのは自殺行為だ。残念だが……諦めろ、としか言えん」


 相変わらずバルザは、淡々と話す。

 皆があの中に居るのが分かっているのに、助けられない理由をこうも淡々と話してくる。

 しかもそれは、全て的を得ていて。


 じゃあ、あいつらは。皆は、見殺しにするしかないって事なのか。

 それは、余りにも歯痒い。とても許容出来ない。

 ここで見捨てたら、悔しいなんてもんじゃない。一生後悔するに決まってる。


「最も、見る限りあれはとても元騎士や冒険者がする陣地の取り方では無い。奴等は相当な愚か者だ。装備だけ整った唯の山賊の可能性もある。どちらにせよ、壊滅させるだけなら簡単だろう」


「なに?」


 壊滅させるのが簡単?

 何だそれは。やっぱり方法があるのか。

 なら最初からそれを言え。一々意地悪で回りくどい言い方するなよ。

 可能性があるなら、試してみるべきだろう。


 安心して胸を撫で下ろし、尋ねる。


「ならそれ、やってくれ。望むなら追加報酬も払う。救出は俺がやる。何か準備が必要なら、当然手伝う」


 自ら手伝いを申請する。

 皆が助かるなら、なんでもやってやる。

 腹は括った。相手は人間だが、人ではない。

 仲間を食い物にした屑の集まりだ。倒すべき敵だ。

 到底許せるものではない。

 殺した所で、痛めてやる良心も掛けるべき慈悲も全く無い。

 徹底的にやってやる。後悔させてやる。

 そんな想いを込めたのだが、バルザは馬鹿にしたように目を細めた。


「何を言っている、勘違いするな。壊滅させるだけなら簡単だと言っているだろう。あの歩哨二人を無力化した後、火薬と爆薬を用いて出入り口を爆破し、連中を生き埋めにする。後は勝手に酸欠か、食料が尽きて餓死する。それで終わりだ」


「は?」


 何だそれは。

 要するに、唯一かもしれない出入り口を塞ぐって事か?

 確かに、中に居る奴は全員死ぬだろう。

 だけどそれをやったら、中に居る皆は?

 人質は、どうなるんだ。


「……そ、それをやると。皆は、どうなるんだ?」


「当然、共に死ぬ。全員な。だが、これ以上奴等の被害は無くなる」


 何でもない事の様に、淡々とバルザは告げた。


 ……何だよ、それ。

 それじゃあ、意味がない。

 俺達は何の為に、ここに来たんだよ。


 皆を見つけて、連れ帰る為だろう。

 殺しに来たんじゃない。

 捕まって辛い思いをしているからって、楽にしてやりに来たんじゃない。


 絶句していると、バルザの目が更に細まった。


「そもそも、お前。先程から聞いていれば、随分御大層な理想を語っているが……お前は人を殺す、という事がどういう事か分かっているのか? 話を聞く限りどうやら人任せにするつもりらしいが、本当に分かって言っているのか?」


「っ……」


 そうだ。

 相手は、人間だ。

 野生動物でも、モンスターでも無い。

 俺達と同じ、人間だ。

 皆を攫って閉じ込めている許せない奴等とは言え、人間なんだ。

 皆を助けに行くって事は、つまり。


 同じ様に思考し、感じ、感情を持つ存在。


 人間を殺す必要があるって、事なんだ。


 気づいた瞬間、ゾッと背筋が冷たくなった。


 俺は今まで、何を考えていた。何を口走っていた。

 簡単に人を殺す為の相談をしていなかったか?

 手段を考えていなかったか?


 確かに相手は仲間を攫って食い物に、慰み者にしているかもしれない奴等だ。

生きる価値もない屑の集まりだ。

 だが、だからといって衝動のままに殺してしまったら。

 復讐してしまったら。


 俺も奴等と同じになるんじゃないか?


 自分の身体をかき抱いて、今更ながらに震える。

 そんな俺を見て、バルザは嘆息した。


「……一度街に戻り、ギルドと憲兵団支部に通報しよう。これは僕等じゃどうにも出来ない。騎士団に来て貰って任せるしかないよ」


 俯いたアッシュが呟く。

 そうか、その手があった。

 時間は掛かるだろうが、それなら皆助け出せるかもしれない。

 騎士は悪党退治の専門家。正義の味方だ。

 きっと力になってくれる筈だ。

 そうと決まれば、すぐに帰るべきだ。


「よし、一度街へ帰って通報を」

「ひゃはは。そう上手くもいかねぇと思うぜぇ」


 行動方針が決まったと思った瞬間、ドルトンが羊皮紙の束を取り出した。

 何だよ、急に水を刺すな。

 睨み付けると、構わず彼は手元の羊皮紙に目を通しながら、


「セリーヌは辺境で、周辺の生態も落ち着いた平和な街だぜ。力のある貴族も居ないから、あれをどうにか出来る程度の私兵を借りるって事も不可能だろうなぁ?  もし騎士連中に頼むとしても、必然的に他の街から引っ張ってくる必要がある。これで数日かかるだろぉ? その間に、人質がぶっ壊れてねぇ保障なんかねぇよ。今も俺、ミーアって小娘の所為でゾクゾクしてっからなぁ」


 ドルトンは固有スキル 『追跡 』の力で、ミーアの居場所と健康状態を知ることが出来る。

 ゾクゾクしているっていうのは、心理状態の悪さを示唆しているらしい。

 これは昨晩説明されたから、知っている。

 ドルトンは羊皮紙から目を離し、続ける。


「それに、相手は殺人の達人だって考えるとぉ、今の平和ボケした騎士どもじゃあぁ、逆にやられちまう可能性もある。最も、助けを求めさえすりゃあ奴等は出て来るかもしれねぇよ? 流石に無視できねぇだろぉからなぁ? 平和のためにぃ、国民のためにぃって大義名分ひっさげて、自分達の威厳を守る為に戦いに来るだろぉさ。名目 は、囚われているかもしれない国民の救出作戦でなぁ」


「なら、良いんじゃないのか? それで」


 手を貸してくれるなら、どんな気に食わない相手でも頭を下げるくらい何でもない。


 それ位で皆を助けられるなら安いものだ。

 こんな安い頭で良いなら、何度でも下げて媚び売ってやるさ。

 村人舐めんな。


「だから、そう上手くいかねぇって言ってんだろ。ほら、これ。これを見る限りなぁ」


 ドルトンは、ピラピラと見せつける様に羊皮紙の束を振った。

 これ、よく見たら現在配布されている行方不明者捜索依頼の捜索名簿じゃないか。

 依頼を受けると一緒に渡される奴だ。


 ドルトンの目が、怪しげに歪んだ。


「いねぇんだよ。居なくなって困りそうな奴がな。どいつもこいつも、吐いて捨てる程いる平民だぁ。絶対に助けなきゃならねぇご貴族様の御子息や御令嬢どころか、成金共の関係者もいねぇ。こんなのじゃあ、御大層な騎士道精神とやらは発揮されねぇなぁ。奴等はただ、正義と言う心地良い仮面を被っただけの偽善者共だぁ。そんな奴らに頼んだら、どうなると思うぅ?」


「へっ? ど、どうなるんだ?」


 当然、駆け付けて助けてくれるんじゃないのか。

 貴族ばかりの騎士達も憲兵と同じで、国民の税金を貰って働いている正義の味方だ。

 だから、国民の為に命を賭ける義務があるはず。

 奴等は税金で高い給料貰っているらしいから、それくらいはして貰わないと困る。


 いや、待て。

 本当にそんな都合の良い存在が居て良いのか?

 そんなの、誰もなりたがらないんじゃないか?

 幾ら高い金貰ってるからと言って、騎士は冒険者みたいに自分で仕事を選ぶ訳じゃないだろう。

 一々掛けられる救援要請に全部応えるなんて、そんな事。出来る筈もない。


 その考えは、現実になる。


「臭い物にはどうするぅ? 当然、蓋をして終わりさぁ! さっきバルザの旦那が言ってた通り、歩哨だけ無力化して出入り口を爆破。人質も一緒に生き埋めにして終わりだよぉ。奴等は合理的に物事を考えるのが大得意だからなぁ」


「なっ……!?いや。流石にそんな」


「ねぇってかぁ? 俺は何度もこの目で見たぜぇ。奴等、自分達に出来るだけ被害が出ず、尚且つ最大限の結果を出せることを平気でやりやがる。多少の犠牲でこれ以上犠牲者が増えねぇなら、それでいいと考えるのさぁ。それで街に戻ってなんと言うと思う? ご安心ください。悪は我々が見事討ち取り滅しました。これ以上悪事は働かせませんっ! てなぁ。で、何も知らない馬鹿どもに感謝されて、良い気分で凱旋だぁ。胸張って、大手を振って、馬の上から手を振るんだよ。基本的に騎士って奴は貴族出身で、平民を見下してっからなぁ」


 ……駄目だ、言い返せない。

 何故なら、俺も経験したことがあるからだ。

 たった一年しか離れてなかった幼馴染すら、馬上から平気で挨拶して見下してきた。

 まだあの時の光景が、瞼に焼き付いて離れない。


「その後、自分達が殺した犠牲者の遺族に、手を尽くしましたが、我々が到着した時には、もぅ……って形だけのやっすい涙流して見せんだよ。凄えだろぉ?」


「ぐっ……」


 駄目だ。信じたくはないが、事実なんだろう、これは。

 ドルトンの言葉には、妙な説得力があった。

 試しに他の皆を見渡して見るが、皆。口を噤んで居た。

 誰も言い返せないらしい。


 ……騎士団も憲兵団も、頼る事は出来ないって事か。


「くそっ!」


 地面を殴って、歯を食いしばる。

 頼ったら最後、中に居る皆も一緒に殺されるだと?

 何だよそれ、ふざけんな。

 じゃあ何の為に、俺達平民は御貴族様に毎月金を払って、ご機嫌取らなきゃならないんだ。

 こういう時に助けてもらう為だろう。

 貴族の腹を肥やす為に、金を払ってる訳じゃないぞっ!


「どうしたら良い。どうしたら、皆を助けられる」


 ここで感情的になっても駄目だ。

 落ち着け、まだ手はあるはずだ。

 貴族は平民から見たら、どいつもこいつも屑な事は、前々から分かって居ただろう。

 何せ、あの純粋だったユキナをたった一年で立派な屑の一人に矯正した手腕だ。

 本当に、見事としか言いようがない。

 とは言え、俺達が突入しても結果は見えている。死体が増えるだけだ。

 上手くいけば皆の前に辿り着けるかもしれないが、脱出まで出来なきゃ意味がない。

 バルザが力を貸してくれれば、ある程度は何とか……。

 いや、また人頼みの思考だ。これは良くない。

 これは俺達の事情だ。この二人に命を賭けてくれなんて頼めない。

 二人に依頼したのは、捜索だけ。

 そしてこの二人は無事、場所を見つけてくれた。

 依頼を達成してくれた事を感謝するべきで、恨むなんて絶対にやってはいけない。


 ……とりあえず場所は分かった。

 敵の姿も確認した。

 皆を連れ戻す。その最終目標は変わらない。

 たが、今やるべき事が分からない。

 状況は最悪。それだけは確信を持って言える。

 何とか、打開策を考えなくては、

 色々と思考してみるが、当然何も浮かばない。


 まずは敵を知らなければ、次に進めないか。


「……そもそも」

「あ?」

「そもそも、あいつらの目的はなんだ?」


俺のその問いに、ドルトンは眉を下げ肩を竦めた。


「知るかよ、そんなの」









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