第101話 白の守護者との決闘

 白竜一家との戦艦応接室での話し合いは、結局。決着が付かなかった。寡黙で厳格な父親を演じていた守護白竜様が、娘に嫌われたくない為に本性を現して大騒ぎしてくれたからだ。


 俺はメルティアを選ぶと言ったら、


「それは貴様が娘を知らんからだ! 我は交際して互いを知れと言った! 今結論を出すのは尚早! 何より公平ではない!」


 言うに事欠いて、そんな事を言い出した。


 理不尽の権化みたいな存在が、理不尽極まりない要望を言っている癖にな。大体。恋愛に関しては、平等なんてある筈がないだろう。


 更に、そんな愉快な父親からの要望で、俺は今。


「それじゃ、準備が終わったら言ってね?」


「…………」


 港に降り、母親のハクリア様と対峙していた。


 無論、これから決闘をするからだ。


 負けたらメルティアと同時に白竜姫様と交際期間を設けろ。


 そんな無茶苦茶な要求をされてしまった。


「遠慮は要らんからな、ハク! 腕の一本くらいは叩き落とせ! 首さえ繋がっていれば良い!」


「なにを言っとるんじゃ! 無茶苦茶じゃろっ!」


「死に掛けたら、すぐに婚竜の儀で治せば良い! 分かってるな? ゼロリアッ!」


「はい。シーナ! 半竜化する際に生きていれば、大抵の傷は修復されますからねっ! 安心して斬られなさいっ!」


 安心出来るか。なに言ってるの? 馬鹿か?


 何処の世界に交際する為に、相手を半殺しにする交渉術があるんだ。やっぱり竜人は頭がおかしい。


 大体、そんな血生臭い初体験で良いのか? 


 俺は絶対に御免だ。


「シーナ! ハクリア様は、我が白狼族では英雄視されている最強の守護者だ! 手練れなんてものではない! 最初から全力でいけっ!」


 こういう時は、シラユキの存在が有難い。


 最強の守護者、か。身内贔屓もあるのだろうが、決して大袈裟ではなさそうだな。実際、ただ立っているだけの相手から、凄まじい覇気を感じる。


「ふぅ……よし」


 一度。軽く息を吐いて、俺は両腰の剣を抜剣。


 右手に握った白い剣は、嫁からの贈り物だ。

 彼女を悲しませない為にも、負けられない。


 勝利条件は、一撃。有効と判定出来る斬撃を入れれば、勝ちと認定される条件を付けた。俺に竜鱗ドラゴンスケイルを突破出来る手段がないからだ。当然渋られたが、公平を口にするならと言って認めさせた。


 これなら、十分勝機がある。


「ふぅ……」


 ハクリア様が左手に携えた大剣の柄を握る。

 ガシャン、と音がして鍔が開き、ズラァァ……。

 自身の身の丈と同等の大剣を抜剣した。


 しかし竜装って、どれも本当に綺麗だな……


「私と夫……そして大切な娘、ゼロリア」


 思わず見惚れる大剣を、右手だけで軽々と振り回して見せて。


 ハクリア様は、鞘を白竜姫に向かって投げた。


「私たち家族の絆、受けれるかしら?」


 手首を返しただけの投擲は、的確に娘の胸元へ鞘を届ける。分かってはいたが、凄まじい怪力だ。


 半竜の膂力か。改めて目の当たりにすると、感情を抑えていても戦慄を覚えてしまう。


 家族の絆? 無理だよ、物理的に。


 あんな物をそんな怪力で振るわれるんだ。

 まともに受けたら死ぬ。


「我、女神の祝福を受けし者」

上昇加速ブーストアクセル加速開始アクセラレーション


 頭の中に直接響くのは、ミーアの声だった。


 今回は分かってるな、女神様。

 でも、まだ足りないだろ? 出し惜しみするな。


限界突破リミットブレイク超越運用オーバードライブ……ブースト、ブースト、ブースト、ブースト、ブースト、ブースト、ブースト』


 激しい耳鳴りと共に、思考能力が三十倍に跳ね上がる。既に俺の視界は、まるで時が止まったように変化がない。通常は十倍程度だが、最近自覚した。


 俺の異能には、まだ先があるのだと。


「いつでも」


 とは言え、今の俺がこれを使って動ける時間は短い。体感で十秒程度と考えれば、実際は一秒に満たないはずだ。


 最初の一振り、それが全てだろう。


「じゃあ、行くわよ」


 長く感じる時の中で、集中力を切らさないように待機していると。


 遂に、ハクリア様が地を蹴って……って、速い。


 数メートルの距離を一気に詰められた俺は、横薙ぎ一閃を屈んで回避、途端に蹴り上げられた足を一歩下がって躱すが、すぐに左拳が飛んで来る。


 いやいや、待て待て。三十倍の加速だぞ?


 竜姫のメルティアでも目で追えないはずなのに。


 どうなってるんだ、この速さは。


「フシュッ!」


 左拳を躱すと、即座に腰を落としたハクリア様と目が合った。夫と同じ碧銀の瞳は鋭く、蛇のような縦長……ゾクリとする程に美しく、剣呑な雰囲気。


 竜の瞳だ。


 この戦闘に負けたら、俺もこうなるんだ。


 ミーアと一緒に、居られなくなるんだ。


「っ!」


 後ろ腰に引かれた大剣が、両手で握り直されているのが見えた。片手でも軽々操っている癖にだ。


 そんな物を両手で振られたら……っ!


「セッ!」


 振るわれた斬撃は、足元から頭上への斬り上げ。俺の右腕を肩口から切り飛ばそうとした軌道だ。


 助かった、横薙ぎなら回避は出来なかった。


 お陰で難なく躱せ、相手は致命的な隙を生んだ。


「ふらぁっ!」


 両腕を上げたことで空いた腹部に、右手の白剣を叩き込んで走り抜ける。


 硬い手応えは想定どおり。やはり、斬れないか。


 十分に距離を取って振り返れば、ハクリア様は立ち尽くしたままだった。


 斬撃を受けた事に気付いたのだろう。


「ぶはっ……はっ……はっ……」


 能力を解除すると、激痛と疲労感に襲われた。

 頭もぼうっとする……視界もぼやけていた。


 膝が折れそうになるのを堪えて、ゆっくりと呼吸する。間違っても、倒れ込むわけにはいかない。


 竜人達は勿論、周囲には野次馬が多過ぎる。


 弱点を晒せば、対策を練られる。

 代わりに。ここで踏ん張れば、俺を恐れて手を出そうと考える馬鹿は減るだろう。


 この能力が諸刃の剣だと知られれば、俺を殺そうと企む奴等を喜ばせてしまう。


 くそ……ミーア。

 あいつを、連れて来るべきだった。


「驚いたわ……」


 ハクリア様は長い白髪を揺らし、ゆっくりと振り返ってきた。


 頭上から大剣を下ろした彼女は、その言葉通りの表情を浮かべている。


「まさか、私が速さで負けるなんて……」


 呆然と呟くハクリア様を見ながら、袖で口元を隠していた俺は左手の剣を鞘に収めた。


 息は整ってきた。これなら会話が出来るだろう。


「……ふぅ。殺し合いなら、負けてましたよ」


「は? 慰めなら要らないわ。恥を掻かせないで」


「慰めなんかでは、ありません。互いに殺せないと言う条件がなければ、貴女は腕を狙った振り上げを選択する必要はなかった。これが殺し合いならば、私は上下に両断されていたはずだ」


 ハクリア様も白狼族だ。剣士としての誇りを重んじる傾向があるらしい。


「今回は引き分け。決着付かずという事で、互いに遺恨はなしにしませんか?」


 だからこそ、黙ってはいられない。


 俺が公平にと追加した条件のせいで、不公平な決闘を強要してしまう結果になったのは事実だ。


 結果に不満を言う奴も出て来るかもしれない。


 後の懸念を無くす為にも、勝敗は曖昧なままにして置いた方が都合が良い筈だ。


「……あなた」


「お母様、大丈夫ですかっ!? えっ? あっ! お母様っ!?」


 呟いたハクリア様は、心配して駆け寄って来た娘に大剣を押し付けながら退けて、俺へツカツカと歩み寄って来る。


 拙い。良かれと思って言ったが、怒らせたか。


 まだ納剣していなかった白剣の切先を向けるが、まるで怯んだ様子を見せてくれない。


 どうしよう、この身体じゃ反撃出来ない。


 とりあえず、魔法防壁でなんとか……。


「あだっ……もう、何よこれ? 邪魔ね」


 バリン、と音を当てて。

 ハクリア様が無造作に振るった裏拳が、俺の魔法防壁をあっさりと粉砕した。


 えぇ……嘘だろ……? 初めて破られたぞ。


 娘の氷の槍すら完璧に防いでくれた魔法が……!


「シーナくん。剣を納めなさい」


 流石に動揺していると、近づいて来たハクリア様に呼ばれる。


 怖過ぎだろ、半竜の守護者……


 これ以上は怒らせたくないので従い、白剣を鞘に納める。同時にハクリア様は足を止め、俺の右手を両手で包んで、胸の前に掲げた。


 途端に、鋭かった碧銀の瞳が和らぐ。


「私の負けよ。あなた、凄い守護者になるわ」


「えっ」


「あぁ、でも一つだけ言わせて。私は今回、あなたが出した取り決めに同意して戦った。敗者を気遣う気持ちは有り難いけれど、人と場合によっては侮辱と捉えられるわよ?」


 パチリ、と。ハクリア様はウィンクして見せる。


「私も昔はそうだったから、気を付けなさいね」


 ……可憐な人だ。


 俺の考えは甘かった。間違っていた。


 何故、こんな人の娘がアレなのか。

 全く理解出来ない。


 白狼族、良いな……。


「私達は、与えられた条件で決闘したでしょう? 私は今回の結果に納得しているわ」


 ハクリア様は、柔らかく微笑んだ。


「でも。あなたとは、またやりたいわ……出来れば次は、本当に対等な条件で……思う存分ね」


 本当に……この人もシラユキも、決闘に関しては気持ちが良い対応をしてくれる。


「ハク……ッ! いつまで握っている!」


「あら? ごめんなさい。あの人、嫉妬深くて」


 パッと手を離したハクリア様は、悪戯な笑みを浮かべて踵を返した。


 長い白髪を揺らして、夫の元へと去っていく。


 誇り高い一族、白狼族の女性か。

 綺麗で、凛々しくて……格好良い背中だ。

 特にあの柔らかそうな尻尾とか、素晴らしい。


「お前は我の伴侶だろう……っ!」


「もう……あなたったら。子供達が見てるわよ?」


 ……おいクソ女神、見てるか?

 白狼装とかないの? あるなら喜んで抜くけど。


「むぅ……」


 腕を組み、仏頂面で立っている大柄な男。

 その傍に戻ったハクリア様は苦笑しながら身体を擦り寄せる。


「……お前こそ」


「私は良いのよ」


 二人共。百歳は軽く超えているはずだが、容姿も若々しいし……仲良いんだな。


 普通に羨ましいんだけど、あの二人。


「シーナ……っ。流石、私が見初めた伴侶です! まさか、お母様に勝ってしまうなんて……♡」


 ……なんで俺、こっちなの? 交換してよ。


「お前を守護者にすれば、私は歴代最強の守護白竜となれるでしょう!」


 母親の大剣を抱えながら、瞳を潤ませる白竜姫。


 まるで熱に浮かされたような表情で、じっと俺を見つめて来る。

 勘弁してくれよ、約束が違うだろ。


 普段通り文句の一つも言ってやりたいところだが、それは出来ない。怒らせては拙いからな。


 今は、自分の身すら守れる自信がない。


「シーナ、良くやったの! お疲れ様じゃ」


 メルティアが微笑みながら歩み寄って来た。


 傍にはシラユキが連れ立っており、こちらは唖然とした表情をしている。


「……まるで見えなかった。お前、私との立ち合いでは力を制御していたな? 明らかに速いだろう」


 あ、拙い……凄い不機嫌そうな顔になった。


 今後は私も今の速度で立ち合えとか言い出すな、これは……そんな事言われても絶対無理だから。


「これで一件落着だな。メルティア、約束通りだ。ミーアが認めたら付き合おう。勉強、頑張れよ」


「え……う、うむ! それで構わん。宜しくの?」


 誰かが余計な事を言う前に、俺はそれだけ言って部屋に戻ろうと歩き出す。


 早くミーアに会って、話がしたい。

 何より、消耗し過ぎた身体を休めたい……。


「約束? メルティア、一体どういう事です?」


「ふひひ! 負け竜のお主には関係ない事じゃが、失恋は流石に可哀想じゃからな。教えてやる」


 その一心だったのだが、俺は背後から聞こえた声に自分の失態に気付いた。


 あの馬鹿、余計な事を……っ!


「待て! メルティア!」


「妾がこちらの世界の言葉で話せるようになれば、ミーアと相談して、妾も嫁いで良いと約束を……」


「メルティア様! いけませんっ! 黙って!」


 賢い忠犬シラユキが、慌てて馬鹿竜の口を塞ぐ。


 しかし、殆ど言ってしまった。あの馬鹿……!


「……へぇ? それは聞き捨てなりませんねぇ」


 様子を伺うと……案の定。

 白い竜姫は俺を見て、ニヤリと笑った。


「シーナ。勿論、私にも教えてくれますよね?」


「……蛮人の言葉なんて覚えて、どうするんだ?」


「必要でしょう? 色々と、ね?」


「賭けは俺の勝ちだ。お前とは交際しない」


「分かってますよ? ですが、生徒として通うなら問題はないでしょう。ねぇ、お父様?」

 

 白い竜姫の目線が上がったのを見て振り返ると、いつの間にか背後には白竜ゼン様が立っていた。

 

 鋭く、威圧感のある目で見下ろしてくる。


 傍には妻のハクリア様の姿もあって……。

 俺は既に諦めて、答えを用意していた。


「こちらの言語か。我も習いたい……ハクは?」


「勿論、習いたいわよ。ウチに来て貰いましょ」


 なのに全く違う問い掛けが来た。

 娘だけだと思ったのに、パパとママまで来るな。

 この二人も習いたいのかよ。


「そうか。赤竜の娘、お前は家督を正式に継いでいないな? 我は多忙故、我が屋敷に来るが良い」


 咄嗟にメルティアへ目線を向けると同時。

 白竜ゼン様は、うちのお姫様に話を振っていた。


「えっ……?」


 すると、メルティアは驚いた表情を見せた。


 この面倒な事態を引き起こした張本人の癖に……上手く自体が飲み込めてないらしい。


 そのまま呆然とした様子を見せる赤竜姫に、俺は絶対に断れよと念を送った。


 しかし……暫くして。


 姫様は、ぱぁと表情を輝かせると、腕を組んだ。そのまま仁王立ちして、鼻息を荒くする。


 あっ……駄目そう。

 そう思った時には、遅かった。


「う、うむ! 良かろうっ! 共に学ぶのじゃ!」


 まさかの快諾。

 高らかに宣言するメルティアは、満面の笑みだ。


「妾達がこの世界で生きていく為には、必要な知識なのじゃからなっ!」


 こうなれば、俺も諦めるしかない。


 何故なら俺達の目的は、戦争を終わらせる事。


 動機はどうであれ、この国の守護竜。白竜一家が興味を持って学んでくれるのは有難い事だ。


 下らない私情で断るわけには、いかない。


「あの出来損ないよりも先に習得すれば……お前は私のものですね?」


 不意に近づいて来た白竜姫が俺の耳元で囁いた。


「まずは教師と生徒……ふふ、悪くありませんね。今日からは、ちゃんと名前で呼んでくださいね? せーんせ♡」


 ……動機が私情でしかなくても、仕方ない。


 俺に教えないと言う選択肢は……ない。


「……分かった。よろしくな? ゼロリア」


「っ! うふふふふ♡ やっと呼んでくれた♡」


 ゼロリアは、嬉しそうに表情を綻ばせて離れた。


 そのまま、俺の左に我が物顔で立つ。

 そこはミーアの立ち位置なのに……図々しいな。


 白い翼をパタパタ、尻尾をフリフリとさせて……見るからに上機嫌な様子だ。


 お陰で俺は、指摘する事が出来なかった。


 母さんへ。

 どうして、白髪の魔人に気を付けろ。

 そう書いてくれなかったのかな?


「……はぁ」


 空を見上げて、ため息を吐く。


「むぅ……」


 シラユキの不機嫌そうな視線が痛かった。















 息抜きに、外伝。


 ユキナのやり直しを書き出しました。


 いずれ上げます


 





  

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