第100話 女神を嫌う日

 どう収拾つけるんだよ、これ……。


 戦艦の応接室で、白竜一家が並んで座っている。


 ソファの中央には一家の代表であり、現当主である大柄な男。王国の人間から四天王と呼ばれている白髪の竜人が、どっしりと座っていた。


 流石は成熟した竜人。四天王といったところか。


 その雰囲気に、背筋が凍るような錯覚を覚える。


 ジッと俺を見る、男の目付きは恐ろしく鋭い。


 まるで値踏みされているようで、酷く居心地が悪かった。

 

 そんな男の左右には、妻と娘が座っている。


 頭巾を脱いで顔を晒した女性は、シラユキと同じ白狼族らしい。白い竜姫様は、その女性をお母様と呼んでいた。


 つまり、そう言う事だ。


 初めて見る竜人の伴侶。守護者と呼ばれる存在。

 

 半竜化しているはずだが、角や翼は無い。


 視認出来る限りでは、同じ白狼族であるシラユキと外見にあまり違いはないように見える。

 

 特筆すべき身体的特徴は、夫と同じ碧銀の瞳だ。


 白狼族は黄目が一般的らしいので、恐らく半竜化した際に変異したのだろう。

 

 そんな母親の傍には、白銀の大剣。

 鞘に収まって、ソファに立て掛けられている。


 俺が抜いてしまった二人の竜姫達は長剣。


 だが、異様な雰囲気を纏うそれは、俺の背丈よりも巨大な剣だった。


 母親は俺より若干背が高いが、細身だ。

 あの体型で、あんな凶悪な得物を扱うのか。


 容姿は凄く好みの美人なのだが……。

 半竜化して得た膂力なら、余裕なのだろう。


 対して、こちらのソファに座っているのは、うちのお姫様のみ。


 メルティアは普段、腕と足を組んで座る。

 だが、今は小さな身体を縮めて俯いていた。

 漆黒の翼も小さく畳まれていて、どうにも覇気がない。


 項垂れている赤竜姫の後ろ姿は、事態の深刻さを雄弁に物語っていた。


 俺は、そんな主人の背後に控えて立っている。

 隣に立つシラユキは、青い顔で震えている。


 同じ三対三とは言え、酷く不平等な戦力差だ。


 この場にいないミーアは、ガイラークの護衛する部屋で待機させている。


 お陰で、防壁を出し惜しむ理由はない。

 長時間になれば法力の残量が心配だが、不意打ちで殺されては堪らないからな。


「おい。貴様」


 改めて状況確認をしていると、白竜様が低い声を発した。見れば俺を睨んだままだったので、俺は努めて毅然とした態度で尋ねる。


「なんでしょうか?」


 さっき残っていた最後の魔法薬を服用したから、今は恐怖を感じずに済んでいる。


 やはり、不必要に感情が働かないのは良い。


「何故、そこに立っている?」


「私は、メルティア様の臣下ですので」


 平然と答えれば、白竜様は眉を寄せた。

 凄い仏頂面だ。少し前のミーアを思い出すな。


 すると不意にシラユキが、俺の腕を肘で突いた。


「………っ! っ!」


 見れば、彼女は酷く強張った顔をしている。

 最近気付いたが、こいつ……案外小心者だよな。


「お父様は、こう仰っています」


 ふふん! と鼻を鳴らした白竜姫様は、腕と足を組んで偉そうな態度を取った。


 そうして、勝ち誇った顔でメルティアに告げる。


「我々が用があるのは、シーナだけです。あなた達は退出して貰って構いません。ここから先は、私達家族の問題です」


 家族の問題と言うなら、俺も退出して良いはず。

 そんなことを思っていると、か細い声がした。


「そうは、いかぬ……」


「あら、メルティア。なんでしょうか? まさか、この後に及んで彼の雇用主であると主張する訳ではありませんよね?」


「……シーナは妾のじゃ。お主にはやらん」


 そう断言するメルティアの声は弱々しい。


 ただでさえ小さな背中は、酷く頼りなかった。


 お陰で白竜姫は、これでもかと勝ち誇った顔をしている。折角の美人が台無しだ。


「言ったはずです。お前には過ぎた剣であると……彼の引き渡しを要求します。シーナ、お前は私の夫になりなさい。そうすれば、この国での身分と安全は保証され、何不自由なく暮らす事が出来ます」


 立ち上がった白竜姫は、俺の方へ歩いて来た。


 進行上に立つシラユキが、慌てた様子で避けたのを見て、仕方なく防壁を消す。両親の見ている前で醜態を晒させれば、何をされるか分からない。


「それに、お前が不信を抱いた母国への復讐も……必ず遂げる事が出来ると約束しましょう」


 お陰で遠慮なく近づいて来た白竜姫は、腕に自身の宝剣を抱え、ニコリと微笑む。


「この私を妻とし、共に生きなさい。そうすれば、私はお前の願いを叶えましょう」


 白く幼い手が伸びて来て、右手首を掴まれた。


 小さいが凄い力だ。

 抵抗すると腕を折られかねないな。


「ふふ……暖かいですね」


 大人しく従うと、竜姫様は俺の手に頬擦りした。

 そうして、熱っぽく潤んだ瞳で見つめてくる。


「今夜。この港に停泊している我が家の艦で、婚竜の儀を執り行います。この身体、好きにして貰って構いません……私と契り、竜となりなさい」


 ……自分の両親が見ている前で男を誘うとはな。


 正気か? こいつ。

 竜人には羞恥心とかないのかな?


「断る。俺は、お前のような幼い身体には欲情出来ない」


 苦し紛れに言えば、白い竜姫は笑みを深めた。


「ふふ……ご心配なく。最初の一度だけです。婚竜の儀を済ませれば、私も成体となります。言ったでしょう? この身体、好きにしても良いと……♡」


 は? ……えぇ、なにそれぇ。


 竜人って、伴侶と定めた相手と性交を済ませて、大人の身体になるの?

 

 また随分と不思議な生態だな。


「ちなみに、竜人の身体は伴侶好みに成長するの。この人の容姿も、私の好みなのよ」


 そんなことを考えていると、白竜姫様の母親。


 白狼族の女性が、信じられない事を言い出した。


「ね? あなた♡」


「……むぅ」


 絶句して見れば、女性は夫に情愛に満ちた笑みを浮かべていた。


 嘘だろ? 

 あの恐ろしい竜人が顔を顰めて唸っている……?


 ……え? マジ? なにその素敵な生態。


「竜の伴侶になれば、捗るわよー? 色々と、ね。若い男なら得意でしょ。試しに考えてみて?」


 そんな事を言われれば、自然と妄想が膨らむ。


 赤と白。

 二人の美しい竜姫が、俺の理想通りに成長する?


 程良く大きくて、形良い胸と尻。

 背丈は、俺より少し小さいくらいだろうか?


 …………駄目だ。全然捗らない。


 経験が足りない。なにより、豊満な乳房を想像出来ない。こんな事なら、街で生活している数ヶ月。もっと周囲の女性を観察しておくべきだった。


 先輩冒険者達の誘いを頑なに断り続けた。


 俺は一体、なんて愚かだったのだろう。


 竜姫様の母親が、そんな俺を見て笑みを深めた。


「それに竜人は中々子供を授かれないし、出来ても一人しか持てないから、気兼ねなく楽しめるわよ。私も全然飽きなくって……悪くないでしょう?」


「ハクリア様。貴女は、我が白狼族の誉れの象徴」


「うちの娘は、教え込めば尽くす方だと思うしね」


「ハクリア様!」


 シラユキの制止を無視して、母親は続けた。


「長い間探し続けていた適応者だもの。その子は、もう貴方に夢中で仕方ないと思うの。私からもお願いするわ。どうか貰ってあげてくれない?」


 ……俺に夢中ねぇ。


 俺も男だ。

 綺麗な竜姫様に言い寄られて、悪い気はしない。


「シーナ……その。わ、私は、お母様の言う通り、お前に尽くしますよ? どう……ですか?」


 目の前で照れながらも求愛してくる白竜姫は、生意気な事に滅茶苦茶可愛かった。薬を飲んで感情を抑えていなければ、危うかったかもしれない。


「あんたは今、正気を失ってる。その剣が抜けたせいだ。一度帰ってくれないか? また後日、互いに落ち着いた頃合に話そう」


「竜装は関係ありません。私は本気なのですっ! だから、私を選びなさいっ!」


 必死な形相で、白竜姫は訴えて来る。


 しかし、彼女は紛れも無く竜装の力に踊らされている。腕に抱えている剣さえ抜けなければ、彼女が俺に恋慕を抱くなんて、あり得なかったはずだ。


 しかし。きっかけはどうあれ、そう断じて拒絶するのは後味が悪い。


 それに、もし……もしもの話だ。


 うちのお姫様とは違って、剣に選ばれたから。

 本当にただ、それだけの理由ではないのなら、

 それなら気兼ねなく、俺は勇者に対抗出来る力。

 白い竜の身体と宝剣を手に入れても、良いのか?


 ……って、違う違う。


 なにを考えてるんだ? 俺は。


 ミーアは全てを捨てて、俺について来てくれた。

 彼女を裏切る真似だけは、絶対に出来ない。


 それに、俺と白竜姫は出会って数日だ。

 当然、俺は彼女に特別な感情を抱いていない。


 ならば、受け入れる訳にはいかないだろう。


 恋心を利用して女を道具のように使う。

 そんな真似だけは絶対にしてはいけない。


 あの白虎野郎ドクズと同じ下衆畜生に堕ちてはいけない。


 大体、そこまでして力を得て、どうする?


 凡人であるはずの俺は、単純な武力で勇者に勝ってはいけない。


 それでは、意味がないのだ。


 あのユキナを変貌させ、寝取りやがった野朗。

 あの人間離れした美しい顔を殴り潰したい。

 落涙し、許しを乞うような復讐をしてやりたい。

 今の剣聖に関わる、全ての権力者を滅ぼしたい。


 昔の俺が一時期抱いた……この醜い感情。

 こんなものを今更、優先しては駄目だ。


 復讐は新たな復讐を生むだけだ。

 なにより、今ある大切な人を苦しめ犠牲にする。


 母さんは昔、復讐は何も生まないと言った。


 メルティアも俺に手を伸ばしながら語った。


 こいつも奪われた側の人間なのに、立派だ。


 生まれ持った身体を醜いと蔑まれ、出来損ないと馬鹿にされ……描いた夢を踏みにじられて。


 共存なんてあり得ないと嘲笑われ続けて。


 唯一気を許せたらしい愛する両親を失いながら、今も尚。一度抱いた理想を掲げて頑張っている。


 だから俺が、全て台無しにする訳にはいかない。


 せめて一泡拭かせてやりたい。

 そんな気持ちは、今も……確かにある。


 だが、やり方を誤ってはいけないんだ。


 お前達がして来た事は、全部無駄だった。

 何が英雄だ、この獣が。

 この世界は俺が変えたと、大声で嘲笑ってやる。

 そんな、ささやかな復讐を目指すべきだ。


 その為に俺は、この場に立っているはずだ。


 力でねじ伏せるやり方では、奴等と同じ畜生。


 あの勇者と、股の緩い剣聖。クソ貴族と同じだ。


 力で従わせようとしても駄目なのだ。

 第一そんなやり方で、あの馬鹿共が納得して剣を引く訳がない。


 そんな手段で勝っても、残るのは虚しさだけだ。


 女神が俺を選んだ理由は、力に溺れた馬鹿と同じ思想を持ってないからだろう。


 更に言えば、綺麗な竜姫に言い寄られて鼻の下を伸ばし、あっさりと懐柔される。

 

 そんな愚か者ではないからに違いない。


 俺は先日。

 全てを捧げてくれたミーアを嫁に迎えた。


 だから彼女を一途に愛し、共に生きる。


 そして、メルティアの抱く理想。戦争終結のために為に力を尽くす。


 思えば、恐ろしく過酷な目標だ。

 だが、自分で決めた事だ。意地でも貫く。


 白竜姫を選ぶのは、今ある全てを捨てる決断だ。


 俺は、この世界を滅ぼしたいのか?

 くだらない私情で、勇者や剣聖を殺したいのか?


 答えは否だ。

 俺は、ただ大切な人と笑って過ごせる。

 そんな優しい世界が欲しいだけ。

 

 なら……この場での選択は、最初から一択だ。


「……離せ」


 白い竜姫様の頬に触れる手を引いて、一歩退く。


 同時に、彼女との間に魔法防壁を展開した。


「シーナ?」


「悪いな。俺はあんたを選べない」


 白い竜姫様の目を見て、はっきりと口にする。


 すると一瞬表情を曇らせた竜姫は、唇を噛んだ。


 鋭い目付きだ。やはり、諦めてはくれないか。


「……言ったはずです。お前に拒否権はないと」


「俺には、既に愛する妻がいる。幾ら脅されても、これは譲れない」


「……ならば、あの娘には死んで貰います」


 対峙する碧銀の瞳に、激情の灯が宿った。

 蛇のような縦長へと変化し、殺気を放ったのだ。

 冷気が放出され、室温が一気に下がる。


「……言ったな? やれるものなら、やってみろ」


 俺は腰の剣に手を伸ばした。

 いつでも抜剣出来るように、相手の出方を窺う。


「やめんかっ! シーナ、気を鎮めろっ!」


 背後で睨み合う俺達に、メルティアが慌てた様子で振り返って来た。


 今まで大人しく静観していたが、流石に無視出来なかったらしい。


「ゼロリア、お主もじゃ! 話は終わっとらんぞ。大人しく席に戻れ!」


「断ります。私はこれから、あの蛮人の娘を殺す」


「は……? ば、馬鹿者! そんな、ふざけた真似をしてみろっ! 妾がお主を殺してやるからの!」


「メルティア様いけません。落ち着いて下さい」


 ずっと置物同然となっていた側近。

 シラユキが口を挟み、主人の肩に手を置いた。


 赤と白。

 二人の竜姫の口から出た物騒な言葉に、流石に拙いと思ったらしい。


「何故ですか? あの娘は利用価値もなく、貴女にとっても邪魔なだけです。消えるべきでしょう」


「邪魔などではない! ミーアは妾の友人じゃ!」


「友人? 今、蛮族の娘を友人と言いましたか? この売国奴め……やはり、お前も死ぬべきです!」


「あの娘は、今の妾を受け入れてくれたのじゃ! 友と呼んで何が悪いっ!」

 

 尚も凄まじい形相で睨み合う二人。

 これでは、話し合いなど出来るはずもない。


 どちらか手を出す前に、この場を納めなければ。


「申し訳ありませんが、お引き取り願います」


 白い竜姫の両親に向けて言えば、二人は唸り声をあげる自分の娘を見て眉を寄せた。


 そして、


「ゼロリア、座れ」


「ゼロリア。戻って来て座りなさい」


 まるで自分の娘を叱責するような態度を示した。


 ……意外な反応だ。

 溺愛していると聞いたから、警戒していたのに。


「お父様、お母様! 何故ですかっ!」


「二度も同じ事を言わせるな」


「っ……!」


 毅然と言われ、白竜姫の表情が強張った。


 どうやら、流石に父親には逆らえないらしい。


 少し間を置いて。彼女は俺とメルティアを涙目で睨み付け、踵を返した。


 そのまま大人しく椅子に戻って行く。


 娘が腰を下ろしたのを見計らって、白狼族らしき母親が苦笑を浮かべた。


「ごめんなさいね、うちの娘が……勿論、今の話は私達が責任を持って実現させないから、許してね」


「……そうして貰えると助かる。妾に異存はない。シーナ、お主もそれで良かろう?」


 謝罪を受けたメルティアに同意を求められる。


 だが、妻を殺すと言われれば流石に頷けない。

 しかし、面と向かって許さないとも言えない。


「…………」


 結果、俺が選択したのは沈黙だ。

 幸いな事に表情は変化しないので、無言を貫く。


 すると母親は俺を見て眉を寄せた。


「貴方、随分若いようだけど……既婚者だったの。歳は幾つかしら?」


 あんたも大きな娘がいるとは思えないけどな。

 容姿に関して言えば、お互い様だろう。

 流石は、長命らしい竜の伴侶と言ったところか。


「……16です」


「えっ? 若いわね……ちなみに、お相手は?」


「一つ歳下です。成人を迎えたばかりで」


「成る程、こちらの世界では15歳で成人なのね。道理で……」


 ちらりと、母親が夫。白髪の竜人を見上げた。


 険しい表情で俺を睨む男は、何か言いたそうだ。

 しかし、相当無口な性格らしい。


「そんな年齢での婚姻など、児戯に等しい!」


 代わりに声を張り上げたのは、娘の竜姫だった。


 卓上に身を乗り出した白竜姫は凄まじい剣幕で、俺を指差しながら続ける。


「お前は、まだ身体も成熟し切っていない若輩者!やはり考え直しなさいっ! 私なら、お前を守れると言っているのですよ!」


 なに寝惚けた事を言ってるんだ? こいつは。 

 喧嘩で負けて、親に泣きつくような奴の癖にな。

 少なくとも偉そうに言える台詞ではないだろう。


「それは親である私達の力を頼れば、でしょ?」


 口を開こうとして、先に言われてしまった。 


 見れば母親は、鋭い瞳で娘を見つめている。


「事情は把握したわ。もう黙ってなさい」


「お母様っ! 私は……っ!」


 母親の剣幕に気圧されたらしい。

 竜姫様は瞳を潤ませ、父親を見上げた。


 まるで縋るような目だ。


 悔しいが、凄く可愛い……卑怯者め。

 これでは、父親から溺愛されるのも肯ける。


 実際、俺が父親だったら……相手の男には、意地でも責任を取らせるだろう。


 しかし大柄な竜人は仏頂面のまま、俺へ向けていた剣呑な眼光を娘へ向け、黙って頷いた。


 どうやら助ける気はないらしい……助かった。


「うう……そんなぁ……お父様の役立たず……」


「な……っ! きさ……っ! むぅ……っ!」


 娘が涙目で項垂れると、父親に向けられる眼光が一段と鋭くなった。


 その額には、幾重の青筋がビキビキと浮かぶ。


 ……大体分かった。


 この家族、あれだ。母親が最強なんだ。


「むぅぅぅ……っ!」


 父親が娘を溺愛しているという話も本当だな。


 ……凄い殺気だ。


 全く、理性的なご両親で助かるよ。


「……まずは改めて、自己紹介をしましょうか」


 白狼族の母親は、自分の胸に手を添えた。


「私の名前は、ハクリア・フロストドラ。そちらのシラユキと同じ白狼族の出身なの。竜人に嫁いだ者がどうなるのか、説明は受けたわよね?」


「はい」


 自分が半竜だと言いたいのだろう。

 返事をすれば、ハクリア様は夫へ手を添えた。


「そして、彼が守護白竜。ゼン・フロストドラよ。私の夫であり、ゼロリアの父親……ほら、あなた。挨拶して」


「……ゼンだ」


「ごめんなさいね。この人、口下手なの」


「……むぅ」


 ハクリア様は朗らかに笑って見せた。

 そして夫の不満げな表情を見て、俺は悟った。


 ゼン様は恐らく、口下手などではない。


「これは御丁寧に。シーナです。以後、お見知り置きを」


 丁寧に頭を下げる。


 すると、ハクリア様はどうやら驚いたらしい。


「あら? 意外ね」


「どうされましたか?」


「娘からは、冷徹で躾のなってない獣のような人物だと聞いていたけれど……随分と印象が違うわ」


 ……は?


 白竜姫を睨むと、華奢な身体がゾクリと震えた。


「あぁ……やはり、素敵な瞳です……♡」

 

 こいつ……親になんて説明をしてくれてるんだ。

 絶対許さないからな? この気狂い竜娘。


「あー成る程……ごめんなさいね? うちの娘が。余程あなたが気に入っちゃったみたい」


「……親としては、止めるべきかと」


「無理よ。冷たくされるのが好きだもの、白竜は」


「は? それは一体、どういう……」


「いずれ分かるわ」


 この人は、なにを言っているんだろう……?


 多分、理解してはいけない奴だと思う。


「さて。早速、幾つか質問させて貰おうかしら? 勿論、あなたにもよ。メルティアちゃん」


「ちゃん付けはやめてくれ。妾はもう、今代の守護赤竜……当主なのじゃから」


「あっ、そうだったわね。向こうでの調査報告は、また後程……改めて聞かせて貰うわ」


 少し申し訳なさそうに眉を寄せたハクリア様は、すぐに毅然とした表情になって俺を見た。


「さてと。まずはあなたね? シーナくん。にわかには信じ難い話だったけど、本当に話せるなんて、驚いたわ。メルティアちゃ……様。よく見つけてきたわね」


「偶然出会ったのじゃよ。詳細は後程な」


 偶然ねぇ。

 うちの村を襲っといて、よくもまぁ抜け抜けと。

 今更掘り返す気はないが、納得出来ないな。


「分かったわ。で、次は貴女と彼の関係だけど……雇用関係にあるって事で間違いないかしら?」


「はい。間違いありません」


「待て、シーナ」


 間違いないので返答しようとすれば、メルティアの小さな手が俺を制した。


 途端、彼女の幼い背に普段の覇気が戻る。


「違うな」


 それは、自信に満ち溢れた声だった。


 随分と急に元気になったな? 


 疑問に思っていると、メルティアは傍に置いていた紅金の宝剣を手にして、自らの頭上に掲げた。


「此奴は、いずれ妾の伴侶。守護者となる男じゃ」


 ……なに言ってんだ? こいつまで。


 なんなの? この駄竜共は。

 揃いも揃って、頭の中はお花畑なの?


 いや、しかし。ここは乗るべきか?


 実際、勘違いさせるような言動をしたのは事実。


 まだあの時に産んだ誤解を解いてない俺としては、メルティアがその気になってしまった以上は責任を取るべきなのかもしれない。


 赤竜姫と俺は、本来……運命の相手同士。


 それに俺は彼女の思想にも大いに賛同している。


 白い竜姫様と比べれば、俺は断然。メルティアの方が好みだしな……本音を言えば、目的を果たした後も傍に置いておきたい。


 何故なら……メルティアは凄く可愛い。


 赤い髪は綺麗だし、金色の瞳は神秘的で美しい。


 こちらの世界では忌み嫌われているらしい黒い角と翼も、嫌悪感を抱くどころか、見惚れる程の光沢を放っている。


 こんな可愛い娘が他の男の理想通りに成長すると考えれば、流石に許容したくない。


 大それた理想を描き、共に世界を変えようと俺に見せびらかしてきたお姫様。


 これから長い付き合いになるのだから、俺は彼女が伸ばして来た手を取るべきなのかもしれない。


 少なくとも、女神エリナはそれを望んでいた。


 今後、勇者達と対峙する可能性を考えれば、竜装を使える立場は手にして置きたい。半竜化してしまうと困るから、安易に受け入れる事は出来ないが。


 だって、俺にはミーアが……可愛い嫁がいる。

 あいつと離れ離れになるのだけは耐えられない。


 宝剣を見つめながら考えていると、いつの間にか全員の視線が俺へ集まっていた。


 ……あれ。なんだ? この空気。


 またしても疑問に思っていると……顔を赤くしたメルティアが振り返ってきて、


「は、早く取らんかっ! この馬鹿者っ!」


 は? あっ……あー。なるほどね?


 言われてみれば、メルティアは格好付けていた。

 後ろ手で掲げた宝剣は、俺に渡していたのか。


 どうやら俺は、恥を掻かせてしまったらしい。


「ぷぷぷ……! ざまあないですわ! シーナも、貴女のような出来損ないは願い下げですってよ! 後ろからその醜い翼を見て、流石に考えを改めたのではなくて???」


「うちのお姫様は、醜くも出来損ないでもない」 


「うはぁ……っ」


 ここぞとばかりに調子に乗った白竜姫を睨む。

 すると、メルティアは奇声を上げて悶えた。


 全く、こいつらは……。


「数日前も同じ事を言った。まさか忘れたのか? 頭が悪い女は嫌いだ。帰れ」


「なっ!? お前……っ! 私の想いを受け入れるどころか、愚弄しますかっ!? 相当の覚悟は出来ているのでしょうねぇっ!?」


 牙を剥き出しにして、白竜姫は低い声で唸る。


「ガルルルッ!」


「シーナ……っ。謝れ……っ! 謝れ……っ!」


 今にも泣きそうな顔で、シラユキは俺の外套を引っ張った。


 こいつ。竜人相手だと本当に使えないな。


 とは言え、流石に今回は相手が悪過ぎるか。

 何せ、この国の最強戦力の一角だ。無理もない。


 白竜姫の両親……守護竜の力は、底が見えない。

 不用意に刺激しない方が良いのは事実だ。


「お父様お母様……二人も何か言ってください! 私は今、この者達に愚弄されました!」


 あっ……まずい。


 俺は即座に状況確認と戦闘態勢に入る。


 メルティアの宝剣があるから、一応迎撃は可能。竜装は剣聖や勇者の持つ神器と同格のはずだ。


 この剣なら、流石に竜鱗ドラゴンスケイルを斬り裂けるはず。


 そんな、一触即発の空気の中。


「なに言ってるの? 自業自得じゃない。おばか」


 ハクリア様が口にしたのは予想外の言葉だった。


 眉を寄せ、心底呆れたような表情で娘を見る女性からは、全くと言って良いほどに怒りの感情は読み取れない。少なくとも、俺に対する害意はないように見える。


 あれ? ひょっとして、この人……常識がある?


「おば……っ! お、お母様っ! 何故ですか! メルティアが醜い出来損ないである事は事実でしょう!? それは、お母様も認めていたはずです!」


「なに言ってるのかしら、この娘は……」


 動揺した娘から過去の言動まで持ち出され、眉間を指で押さえたハクリア様は、その呆れた態度のまま続けた。


「あのねぇ……ゼロリア。誰も今、メルティア様の話なんてしてないのよ? 貴女が今するべき事は、彼の気を惹いて我が家に迎え入れる事でしょう? 怒らせてどうするのよ」


 あれ……いいぞ?


 もっと言ってやってください、お母様。


「うっ……それは、そうですが……っ! 彼は私の竜装を抜剣したのですよ!? 幾ら既に伴侶が居るとしても、私の守護者となる義務があります!」


「それはこっちの法でしょ? 彼は異国どころか、異界の民なのよ?」


 ……ん? 待って。

 今聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「それは……そうですがっ! 我が国の住人となるなら、こちらの法に準ずるのは当然の事で……!」


 え……嘘。やっぱり?

 竜装抜いたら即結婚って、法で決まってるのか。


 やばいじゃん……ミーアにすぐ相談しないと。


「だからね……はぁ」


 ハクリア様は心底呆れた表情で頭を抱えた。


「ゼロリア……まさか忘れたの? 彼はメルティア様の竜装にも選ばれているのよ」


 顔を上げたハクリア様は、真剣な表情で俺を見つめた。


「彼には、どちらか選ぶ権利がある」


 先程、俺はどちらも選ばないと言ったはずだが。

 親子揃って俺の話を聞いてくれないな。


 ……早く帰って欲しい。


「前例がない以上、既存の法に則った判断は不可能なの。私達の一存では決められないわ」


 ハクリア様は、メルティアに視線を移して眉を寄せた。


「メルティア様も、彼との婚姻には積極的なの?」


「……っ! う、うむ……今夜にでも婚竜の儀を、と考えておるぞ?」


 赤面したメルティアは俯いて、もじもじと内股を擦り合わせた。太腿の上では指を絡めて弄んでおり、落ち着かない様子だ。


 だから、堂々と夜の営みに誘うんじゃない。


 尤も、こいつに関しては俺の自業自得だけど……


 嫁にすると言って竜装を抜き、元々婚約していた相手が気に入らないから喧嘩を売って股間を爆破。あんな馬鹿げた真似まで救ったのだから。


 メルティアは、そんな俺に恩を感じている。


 このまま貰われると本気で思っているはずだ。


「シーナは、妾の良き理解者で……恩人なのじゃ。絶対に手放しとうない……」


 その上、俺はメルティアと同じ夢を追っている。

 共感してくれる相手というのは、貴重だ。


 参ったな……本当に。

 今更、誤解だなんて言い辛いんだけど……


「そう……レオ・タイガヴェストの素行の酷さは、今では有名な話だもの。仕方ないわね……流石に、不義であるとは言えないわ」


「そう言って貰えると……助かるのじゃ」


 メルティアの表情が、少し明るくなった。


 聞いていた話だと、メルティアとレオは互いに問題を抱えた厄介者同士だが、共に利用価値がある為に婚姻させる。


 そんな、くだらない策謀が為されていたはずだ。


 白竜一家はそれを容認していた様子だし、実際。両親を失っているメルティアは、家の為にも急いで世継ぎを生む必要がある。


 だから……まさか理解して貰えるとはな。


 少しだけ救われた様子だ……良かったな。


「寧ろ。本当によく耐えたものだと感心するわよ。同じ女としては許せないもの。ねぇ? ゼン」


「奴がゼロリアの竜装に選ばれれば、殺していた」


 俺へ向けられる眼光に、更に凄みが増した。


 物騒な事を平然と言うのな。恐らく、貴様は甘いとでも言いたいのだろう。


 仕方ないだろ。殺すなって言われたんだから。


「何故お二人とも、メルティアを庇うのですか! あんなクズでも竜の伴侶としては相応の実力者! この出来損ないには、丁度良い相手でしょう!」 


 白竜姫は、自分の親に向けて大声で訴えた。


 折角、良い雰囲気なのに壊すなよ。


 お前だってあの時は、死ぬべきですとか言って賛同してくれていたじゃないか。


 もう話は終わりで良いだろ。望みはないぞ?


「確かに、種としても戦士としても、レオ・タイガヴェストは優秀な男だわ。でも……」


 ちらり、と。俺を見るハクリア様。


 そんな母親を見て、娘は何かに気付いた様子で、必死な顔で訴える。


「半竜になれば、他は捨てるしかないと嫌でも理解します!」


 やっぱり? ミーアと一緒に居れなくなるの?

 嫌でも理解したので、竜の伴侶にはなりません。

 お疲れ様でした。早く帰ってください。


「今からでも遅くありません! 痛い目を見て反省したはずですから、この出来損ないには、あの男と婚姻させるべきです! そうすれば……」


 ……なんだ? その物欲しそうな目は。


 こっち見るな。俺はお前の伴侶にはならないって言ってるだろうが。いい加減にしろ。


「いい加減にしなさい」


 俺に縋るような目を向ける娘の言葉。

 それに母親は、苛立ちを含んだ声で叱責した。


「あなたが彼を欲するのは分かるわ。私達だって、是非手元に置きたい存在よ。でもね……どんな理由があっても、その品位を損ねる発言は許しません。今すぐ撤回し、メルティア様に謝罪しなさい」


「……っ! な、何故ですかっ! お母様!」


「お願い……ゼロリア」


 自尊を否定され、悲痛な叫びをあげる娘。

 母親は悔しそうに唇を噛み、拳を握った。


「うちは誠心誠意お願いして、彼には自分の意思でお婿に来て貰うしかないの……分かって頂戴」


 どこか悲しげに見えるのは、娘への愛が故か。


 しかし、話は大体読めた。


 俺には、メルティアの傘下で彼女の竜装の適応者という正当な理由がある。


 通常の強引な手段を取れない理由があるのだ。


 今は国ごと異世界に飛ばされ、戦時だしな。

 その理由は大体、想像が付く。


 あれ? 何も怖気付く必要はなかったな。

 

「そんな……! 私は竜人なのですよ……?」


 こちらに余裕があることが発覚した途端だった。


 自分の思い通りにいかない現実に直面して。

 白竜姫は、絶望の表情を浮かべて俺を見る。


「彼は私の竜装に、半身に選ばれたのですよ?」


 いや、そんな顔で言われても困るんだけど。


 何も言うまいと沈黙を貫くと……。

 白竜姫は、父親へ縋るような目を向けた。


「お父様……私……あの人が好きなんです」


 白竜ゼン様は、鋭い目付きで沈黙したままだ。

 そんな大柄な父の肩を、白竜姫は揺さぶる。


「やっと見つけた、運命の人なのです……っ!」


 それは、悲痛な叫び声だった。


 娘に縋られた父親は、唇を強く噛みしめた。

 ……やっぱりか。この男、相当娘が好きだな?


「私は、彼と共に生きたい……! お願いです! お父様っ! お父様……お父様っ!」


 涙ながらに、悲痛な声で訴え続ける白竜姫。

 対面する夫婦は、険しい顔で俺を睨み付けた。


 ……どうしよう。


 なんか、俺が悪いみたいな雰囲気になってる。


 何か言うべきかと困っていると……。


 どうやら根負けしたらしく、ハクリア様は不意に表情を曇らせ、メルティアへと目線を向けた。


「メルティア様……うちに出来る援助は、なんでもするわ。だから、彼を娘に下さらないかしら?」


「……すまぬ。伴侶の話を抜きにしても、シーナは今の妾にとって必要不可欠な存在じゃ。何を言われても、手放すつもりはない」


「そう、よね……ごめんなさい」


 ……あのさ。だから、俺の意思は? 


 勝手に盛り上がらないで貰って良いかな?

 ねぇ、もうこの話……終わりで良くないか?


「おい……貴様」


 妻が俯き、娘が声を殺して泣く。

 そんな左右の状況に、遂に中央の家主が動いた。


 本当に凄い剣幕だ。流石に無視は出来ないな。


「なんでしょうか? ゼン様」


「娘との交際を許す。我の事は、父と呼ぶが良い」


「は?」


 は?


「異界の民、敵……そんなものは、娘の涙の前では些細な問題。遠慮は要らぬ」


 ……えーっと?


 この人は、なにを言っているんだろう。

 もしかして、今まで話を聞いてなかったのか? 

 だとすれば、俺は流石に白の守護竜様は馬鹿だと言わざる得ない。


 絶句していると、ハクリア様が夫を睨んだ。


「あなたは黙ってて……話が拗れるでしょう?」


「断る。我が娘、ゼロリアが悲しんでいる」


「だから、脅しは駄目なんだって……!」


「脅しではない。ハク、お前は暫し静聴していろ」


 ギロリ、と睨まれたハクリア様が息を呑んだ。

 

 伴侶である彼女が黙ってしまえば、この場に彼を止められる者は誰も居ない。


 これは、大変な事になったぞ。


 身構える俺に、ゼン様は鋭い眼光を容赦なく向けてくる。凄まじい威圧感だ。魔法薬を飲んでいるにも関わらず、背中が冷や汗で濡れるのが分かる。


 一体、何を言われるのだろう……っ!


「おい貴様。シーナと言ったな?」


「……はい」


「貴様の事情は娘から聞いた。その上で、問おう。今後。何が起ころうと、この国の未来のために尽力する。その言葉に……嘘偽りはないな?」


 俺の事情って、あれか。


 母国と幼馴染に裏切られたから、寝返って仲間になった。

 数日前。この港で、そう宣言した事だな。


 あの発言は、俺がこちらの国で信用を得る為に考えたもので、あまり持ち出されたくはない。


 ユキナが本気で故郷を滅ぼそうとしたなんて思えないし、鵜呑みにされて殺すなんて話になったら、流石に後味が悪いからな。


 敵の敵は味方。その理屈を盾にしたつもりだ。


 とは言え、ここは乗っかっておいた方が無難か。


「はい。私はもう……母国に居場所がありません。拾って頂いたメルティア様の御恩に報いる為にも、必要があればこの手で、同胞に剣を向ける覚悟で」


「ならば、娘の伴侶となるが良い」


 だから、なんでそんな話になるんだよ。

 せめて最後まで聞けよ。


 あんた父親だろ? 流石に諫めるべきだぞ。


「……失礼ですが、出会って間も無く、素性も知れない相手に大切な娘さんを嫁がせるとは、正気の沙汰とは思えませんね」


「だからこそだ。我は貴様が信頼出来ない。故に、信頼出来るようになれと言っている」


 はぁ? 益々意味が分からない。


 信頼出来ないと、そうはっきり言うくらいなら。娘を受け入れろなんて狂った要求は、とても出来ないはずだ。


「それが娘さんの夫になる事だと?」


「そうだ……貴様がこの世界の住人であり、我々が理不尽な攻勢を受けている現状は覆らん。ならば、お前は我々に対して誠意を示すべきだろう」


 誠意? 


 あぁ、白い竜姫はミーアが気に入らないと言っていた。あの馬鹿げた要求を聞き入れろと言っているのだろうか?


 流石に、それは出来ないな……一応聞くか。


「……妻と別れろと言う事ですか?」


「結果的には、そうなるだろう」


 ゼン様は、鋭い目付きのまま続けた。


「だが、これは貴様の為でもある。既に、こちらと貴様の母国の軋轢は、決して無視出来ん。幾ら志を同じくすると言っても、貴様を信頼出来るものか。寧ろ、一刻も早く廃しようと企てる者が多く現れるだろう」


 あれ? これ、ひょっとして拙くない?


 いやそれは分かってたけど、上手いこと誤魔化してきたんだ……言わないで。お願い、言わないで。


 そう祈るが、嫌な予感というのは当たるもので。


 ゼン様は赤と白。二人の竜姫を交互に見て、俺に向ける瞳を一段と鋭く変化させた。


「貴様は自身の身を守るためにも、どちらかを選ぶ以外に選択肢はない。竜の縁者となり、その身を誰もが認めざる得ない形で変化させ、守護者となれ」


 あぁ……言われてしまった。

 これはやばい。反論出来ない。


「この地で次代を担う子を為し、育て……最期は、骨を埋めると誓う。それ以外、我は貴様を認めん。幸い、貴様にはその資格が……義務があるのだ」


 毅然とした態度で言われて。


 俺は、恐る恐る二人の竜姫を交互に見た。


 すると二人は恋慕の篭った瞳を俺に向けていて、


「……先日の言葉。妾は、信じておるからの?」


「私を選びなさい……シーナ……っ!」


 二人とも本当に綺麗なお姫様達で、嫌がるどころか積極的に俺との婚姻を望んでいる。


 これ以上何を言っても無駄だ。

 そう嫌でも理解させられてしまう。


『浮気は駄目よ? 愛してるわ、シーナ』


 それでも俺は、脳裏に大切な女の子。

 ミーアと過ごした幸せな記憶を過らせながら、


「俺には、もう愛する妻が」


「これ以上拒むので在れば、この場で貴様を殺す」


 拒絶の言葉を口にすると、白い竜人は遂に脅し文句を口にした。


 途端に大きな身体が、剣呑な雰囲気を纏う。


 勇者達四人が、大勢の騎士達を伴って討伐した。


 相手はそんな強大な存在の一角、白竜だ。

 俺みたいな凡人では無理だ。

 到底、勝ち目があるとは思えない……!


「我が娘か、ゼロリアか。どちらにする? 貴様に許す発言は、この二択のみ。さぁ、答えろ」


 嫌だ。半竜になんて、なりたくない。

 俺は愛するミーアと、幸せに過ごしたいだけだ。

 確かに強くなりたいとは願ったけど、こんなのは望んでいない。


 ふざけんなよ、クソ女神が。

 こんなの……やり方が間違ってるだろうが。


 そこまでして、あんたは。

 俺と剣聖を対等な存在にしたいのか? 


 俺は、ユキナに剣を向けたくない。

 許してくれ。他の奴を紹介してくれよ。


 こんなのは、誰も望んでないんだよ……。


「どうした? 早く選べ」


「妾じゃよな? シーナ……」


「死にたくなければ、間違わないように……!」


 懇願するが、今回も女神は助けてくれなかった。


 凡人の俺が、異界の地で人外な強者ばかりに囲まれ、部屋中の視線を集め、答えを急かされる。


 その。あまりに理不尽な状況に……俺は、


「……メルティア。宜しく」


「っ!!! う、うむっ! 宜しくな、シーナ!」


「なんだと? 何故だ。何故ゼロリアと言わん! 我の可愛い娘に不満があるなら、言ってみろっ!」


「あなた落ち着いてっ!!」


 いつか……絶対。

 女神エリナ。あの邪神は、ぶん殴ろうと決めた。








 




 


 

 


 そろそろ、ヒロイン人気ナンバー1のユキナ回。


 

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