第99話 四天王襲来。

 魔界と呼ばれる大陸に来てから、四日目。


 すぐに竜姫様と喧嘩したり、最強の闘拳士とやらの股間を爆破してみたりと色々あったが……。


 あれから二日後。遂に移動日がやってきた。


 この戦艦は、この港に預けるのが決まりらしい。

 必然的に、移動は陸路という事になるだろう。


 目的地は内陸らしいので、俺は暫く見納めとなる海の風を浴びながら。

 甲板上から、出発の準備をしている者達を悠々と眺めていた。


「いよいよ、メルティアの領地か」


「まだ妾は正式な領主ではないがな。しかし久々の我が家じゃ。心が躍るのぅ……」


 深紅の髪を靡かせて。

 隣に立つメルティアが、俺をチラチラと見ながら顔を赤くしている。


 照れているのだろうが、本当に勘弁して欲しい。


「妾の伴侶が見つかったと知れば、皆は驚くじゃろうな。シーナ。屋敷の管理を任せておる使用人達は皆、容姿端麗じゃ。粗相はするなよ?」


「……俺がそんな奴に見えるか?」


「冗談じゃ。勿論、お主を信頼しておるからの」


 移動前なので、メルティアの腰には竜装……。

 俺が抜いてしまった宝剣が吊るされている。


「そうか。お主も早く、主人に使って欲しいか……既に、あそこにいる二本が羨ましいか」


 彼女は、その柄を耳まで赤くして嬉しそうに撫で始めた。


 ……意思のある剣ってのは分かった。


 分かったから、俺の腰を見て対抗心を抱くのは、本当にやめて欲しい。


 全く……どうして、こうなった。

 そんなに俺を勇者達に抗える様にしたいのか?


 あのクソ女神を呼び出して、怒鳴ってやりたい。


「弾倉を込める、スライドを弾く、安全装置解除、照準……引き金を引く」


 パチン、と音がして、足元を見下ろす。 


 蹲み込んだミーアは、俺が渡した武器に夢中だ。

 髪の間から覗く真剣な顔は美しくもある。

 しかし。何故この娘は、こう……暴力的なのか。


「有効射程範囲は十五メートル。最大射程、百五十から二百……最大装填は九発……連射感覚は毎秒、三発……はぁ♡ 何度聞いても理想的ぃ……っ!」


 ミーアは、まるで俺に向けてくれるような。

 蕩けた女の表情で、酷く甘えた声を出す。


 自衛出来るようにと思っただけなのに……。

 どうやら、この銃という武器が相当お気に召したらしい。


「このずしっとした重さ、無駄のない形状美……!そして、この黒艶……あぁ、素敵だわ。最高っ!」


 ミーアは、凄く喜んでいる。


 昨晩シラユキに頼んで、海に向かって試し撃ちして貰ったが……終始、目を輝かせて大騒ぎだった。


 お陰で、それから……こんな感じだ。

 ぶつぶつ言いながら、ずっと触っている。


「早く一杯撃ちたいわ……っ!」


 駄目だ、こいつ。早く何とかしないと。

 物騒過ぎるだろ、その発言は。


「本当にありがとう〜! シーナー!!」


 ……可愛い。


 まぁ、流石に銃……鉄の塊などに嫉妬しないが?

 そいつのせいで昨晩、相手して貰えなかった。

 この恨みは、近いうちに晴らすから良いが?


 所詮は武器。

 道具の分際で生意気だ、なんて思ってないが?


「これなら、その娘を貫けるかしら?」


 銃を睨んでいると、底冷えた声がした。

 表情を見れば、ミーアは……。


「ふふふ……ミーアだけなら、いずれ……シーナは妾だけのものに……ふふ、ふふふ……」


竜鱗ドラゴンスケイル……だったかしら? 検証が必要ね」


 暗い瞳で、メルティアを見つめていた。

 ……あれ、おかしいな? 

 ミーアは魔法薬を飲んでないはずだけど。


「ね? シーナ……」


 動揺していると、俺は冷たい瞳を向けられて。

 その上、見せ付けるように腹を撫でて見せられ、


「浮気は、駄目だからね?」


 その意味をよく知る俺は、即座に頷いた。


「勿論だよ。ははっ……」


 流石は俺の妻だ。鋭い……。


「人の寿命は短い……二十年も待てば……!」


 いや、流石に露骨過ぎるもんなぁ。

 最近の赤竜姫メルティアの態度は……。

 幾ら言葉が理解出来なくても、分かるよな。


「シーナはレオとは違う。妾だけの守護者になってくれる。妾も父様と母様みたいに……」


 ……とは言え。


 あのクソ野郎のせいで傷付いている。

 今のメルティアを宥める事は、俺には出来ない。

 見ているだけで痛々しいもんな、今のこいつは。


「……はぁ」


 やっぱり、ちゃんと話しておくべきか。


 竜姫と竜装。

 女神の奇跡に対抗出来る、唯一の力の存在。

 そして、俺がそれにどう向き合っていくのかを。


「信じてるわよ? あなた」


 そう口では言いつつ、不機嫌そうなミーアを見て決心が付いた。


 どうせ他には誰も、言葉を理解されないのだ。

 このまま居心地が悪くなるのも嫌だしな。

 この際、この場で話してしまおう。


「あのな、ミーア……」


「む……っ!」


 腹を括った俺が、話を切り出そうとした瞬間。


「シーナ、伏せろっ!」


 突然。大声で叫んだメルティアが、俺達を覆うように漆黒の翼を広げた。


「な……っ!」


 途端に視界に映ったのは、信じられない光景。


 ローブを羽織った三つの人影が、決して低くない戦艦の甲板まで、下の港から跳躍して来たのだ。


 黒い翼の隙間から、中央の最も大柄な奴が凄まじい速度で腕を振るのが見えた。


「クソッ!」


 完全に虚を突かれたが、右腕が自然に伸びた。


 同時に前へと地を蹴り、メルティアを左腕の中に抱き抱える。


「へっ……!?」


 竜姫様の声を聞きながら、俺は三人の人影が頭上を飛び越えて行くのを目で追った。


 奴等が甲板に着地するのを見届けて、先程の攻撃を一瞥して確認する。


 不可視の防壁に阻まれ、宙に静止した三本の矢。

 それも、ただの矢ではない。

 これは、氷塊の形状を変化させて作った矢か。


「馬鹿か。自分の身を挺してまで守ろうとするな」


 襲撃者達を睨みながら、俺は抱えた竜姫様に苦言を呈しつつ解放した。


 生き残る為には、メルティアの存在は不可欠だ。


 今、彼女に負傷される訳にはいかない。


 幾ら竜麟があっても、竜人は殺せるのだ。

 軽率な行動は避けて貰いたい。


 それに、今回の相手は……


「シーナ。お主、妾を守ってくれたのか?」


 目を丸くして、メルティアが言った。


 こいつは守護竜なんて呼ばれてる竜姫様だ。

 ……勘違いするよなぁ。

 

「……ありがとう」


 うわぁ……凄い嬉しそうな声だ。


「シーナ? どういう事かしら。浮気したの?」


「違う。ミーア、射撃用意だ」


「もう終わってるわよ。で? 撃って良いの?」


 破顔したメルティアを見て、ミーアが殺気立っているのが分かる。


 弾倉を込めた銃を襲撃者達に向けながら、彼女は暗い瞳で俺を見つめていた。


 目の前で抱き寄せたのは、流石に拙かったか。


 仕方ないだろ。身体が咄嗟に動いたんだから。


「お父様! 何をするのですかっ!!」


 二本の剣を抜剣すると、

 三人の襲撃者のうち、最も背が低い奴が叫んだ。


 ……やはり白い竜姫様だったか。


 ローブの頭巾を脱ぎ、顔を晒した彼女の白銀の髪が潮風に煽られて靡く。


 淡麗な顔に激情を浮かべた彼女は、大柄なローブに怒鳴りながら、こちらを勢い良く指差した。


「あの方は私の伴侶なのですよっ! 怪我したら、どうするんですかっ!」


「加減はした。あの程度も対処出来ない者ならば、我が娘の伴侶には認めない」


 いえ、結構なんでお引き取りください。


「だからって……! メルティア、お前もです! なんですかっ! その顔は! 何故お前がシーナに守って貰えるのですかっ!」


「ゼロリア。幾ら羨ましいからって興奮しないの。婚前の娘が大声で叫ぶなんて、はしたないわよ」


「お母様! 私は……羨ましいのは認めますが!」


 いや、認めるのかよ。

 認めちゃ駄目だろ、そこは。


 呆れていると、白い竜姫様は俺を睨んだ。


「シーナ、お前もです! 何故、そんな出来損ないを抱き寄せてまで守るのですか!」


 ……凄い剣幕だな。


 まずは、いきなり襲った事を謝罪しろよ。


「……攻撃されたら、雇い主を守るのは当然だ」


「雇い主……! 雇用契約も済ませてない癖に! お前は私の竜装に選ばれた伴侶なのですよっ!?」


「お前の竜装を抜いた覚えはないんだけど?」


「うっ……! ぬ……抜いたではありませんか! ……少しだけ」


 威勢を失った白い竜姫様は、目を逸らした。


 先っちょだけ、みたいな言い方はやめて欲しい。


「妾のは完全に抜いて貰ったがな!」


「お前は黙ってろ」


 腕を組んだメルティアが仁王立ちして、むふーと鼻息を荒くした。


 即座に冷たく言えば、俺の外套が二度引かれる。


「ねぇシーナ? 何の話? まさかとは思うけど、この娘達に取合いされてるとか言わないわよね?」


 ……うちの嫁は察しが良すぎて困る。


「あとで説明するから、まだ撃つなよ?」


 今夜は沢山構って、誤解を解いて許して貰おう。


 ……全く。

 このまま黙ってても収拾がつかないか。


「それで竜姫様。今度は何の用ですか? 貴女は、うちのお姫様に決闘で負けて逃げ帰ったはず」


 仕方なく切り出せば、白い竜姫様の瞳は蛇の様な縦長に変わった。


「その他人行儀な話し方はなんですか!」


 凄い剣幕で怒鳴られるが、当たり前だ。

 実際、他人なんだから。


「ゼロリアと呼びなさい! シーナ!」


 呼ぶか、ばーか。

 竜姫を呼び捨てになんか出来る訳ないだろ。


 内心馬鹿にしていると、大柄のローブが頭巾を脱いだ。


 現れたのは、娘と同じ白銀の髪に碧銀の瞳。


 相当な強面だが、凄く端正な顔をした男だ。


 「話が進まないな……お前、シーナと言ったか」


 人間から、四天王と呼ばれている強大な存在。

 現、白の守護竜……初めて見る、成体の竜人だ。


「なんでしょう? 言っておきますが、娘さんとは無関係です。お引き取りを」


「うちの娘の竜装を抜いたと聞いた。真実か?」


 話を聞いて?


 全く、あの白い駄竜娘……やってくれたな。

 どうやら、本当にパパに泣きついたらしい。


 そのパパは、凄まじい眼光と威圧感だ。

 剣を握る手が、汗で滑る。


「真実だとしたら、俺を殺しますか?」


 ……なぁ。女神様よ。

 なんで俺が英雄達より過酷な状況になってるの?

 分かってる? 次に会ったら許さないから。

 

「ほぅ……? お前、良い目をしているな」

 

 白竜パパは、碧銀の瞳を一段と鋭くした。 


 俺が良い目をしている? 

 馬鹿言え、自分でも酷く濁ってると思ってるよ。


 それから暫く、互いに黙り込んでいると……。


「……ゼロリア」


「っ! はい! お父様!」


 白竜パパに呼ばれた娘が嬉しそうに返事をして、すぐに俺の方へ小走りで駆け寄って来た。


「……我、女神の祝福を」


「駄目じゃ、シーナ。大人しくしていろ」


 迎撃しようとして、メルティアに止められる。

 横に並んで来た彼女は、険しい表情をしていた。


「流石に、守り切れん……っ!」


 喧嘩自慢のお姫様でも、成体の竜人には敵わないらしい。

 

 ……どうするんだよ、女神様。

 今だけで良いから、勇者の力くれない? 


「防壁を張っているのでしょう? 消しなさい」


 白い竜姫様は微笑みを浮かべて、ローブの下から白銀の宝剣を取り出した。


 そうして立ち止まった彼女は、俺を見つめる。


「私は、貴方を愚か者とは呼びたくない」


 凄く嬉しそうな顔だ。

 もう逃さない。そんな、強い意志を感じる。


 ……あの父親なら、俺の防壁を容易に砕ける。

 そんな確信があるのだろう。


 今のところ、交戦の意思は感じられない。

 なら、あの男の不興を買うのは賢明ではないか。


 俺はミーアを一瞥し、防壁の範囲を彼女の周囲に限定して再展開した。


「……消した」


「そうですか。では……」


 短く言えば、白い竜姫様は俺の前に立った。


 潤んだ碧銀の瞳が俺を見上げ、じっと見つめる。


「これを……シーナ」


 両手で持った白銀の宝剣を差し出される。


 彼女の白い肌は、赤く染まっていた。


「これを抜いたら、どうなるか教えてくれたよな。勘弁してくれ」


「問題ありません。さぁ、抜いてください」


 問題しかありません、だろ。

 両親連れて来るとか、卑怯だぞ。こいつ……っ!


「俺は、この世界の人間だ。本当に困るんだよ」


「この場で、お前に拒否権はありません。お父様はああ見えて、私を溺愛していますから……」


 ちらり、と。

 白い竜姫が目線を向けたのは、こっちを凄まじい形相で睨んでいるミーアだった。

 銃口を向けたまま、撃たずにいるのが不思議だ。


「あの娘を、生きたまま氷像にされたくはないでしょう?」


 一瞬、その凄惨な結末が脳裏を過ぎる。


 こいつ……なんて事を言うんだ。

 脅しにしても、度が過ぎているだろう。


「あぁ、その瞳……! 本当に素敵です。冷酷で、無情で……まるで温もりを感じない、理想的な瞳。お前は、我が良き夫……氷竜になるでしょう」


 白い竜姫は、恍惚とした表情で見つめてくる。


 どうしよう……この女はやばい。

 絶対、やばい女だ。助けてよ、女神様!


 もう竜装とか関係なく惚れられてる様子だっ!

 

 これは罰なのか? 

 幾ら敵とは言え、男の象徴を一日で二つも潰した罰なのか?

 懺悔なら幾らでもするから、助けてっ!!


「大丈夫じゃ、シーナ」


 流石、我が赤竜姫様だ! 

 女神なんかより、ずっと役に立つ。


 さぁ、助けろっ! 助けてメルティア様!


「お主は我が竜装に認められ、選んだ。ゼロリアの竜装は、その瞬間を見ていたはずじゃ。もう抜けんようになっておるに違いない」


 確かに……! 

 お前、頭良いな? その発想はなかった。


「他の竜を伴侶と定めた。お主を選ぶ理由は、その剣にはないはずじゃ。見せ付けてやれ」


 自信満々な赤竜姫様の言葉に、白い竜姫様の表情が曇った。


「え? くっ……! 言われてみれば、確かに! 竜装は神聖な剣! メルティアの竜装を抜剣した今、シーナが抜けなくなっている可能性は否めませんね……っ!」


 は? 神聖? あ、駄目だわ。これ抜けるわ。

 神様って好きだもん。そう言うの。


 俺に平気で、恋人のミーアよりも竜姫と婚約しろとか言って来たもん。


 知らない振りしたけど、意味なかったもん!


 俺の婚約者を、勇者に抱かせやがったもん!


 あのクソ女神の事だ。

 竜姫の守護者なら、誰でも良いに違いない。


 俺が英雄達に対抗出来る様になるなら、それで!


「確認が必要です! シーナ!」


「案ずるな。現実を教えてやれ、シーナ!」

 

 白と赤の竜姫様達が、俺を見つめる。


「はぁ……全く」


 俺はそんな二人を見て観念し、溜息を吐いて……

 両手の剣を鞘に収めた。


 ユキナと同格の美少女は、願い下げだ。


 そう手紙に書いたのに、どうしてこうなった?


「……抜けば良いんだろ、抜けば」


 俺は、白い竜姫の手から白銀の宝剣を掴んだ。


 ガシャン……ッ! パシュ……ッ!


 途端に鍔拵えが開き、剣身が鞘から飛び出した。


「…………」


「…………」


「…………」


 絶句した俺達は、甲板に落ちた剣を見つめる。


「……ほぅ?」


「えぇ……あの娘ったら……」


 白竜姫の両親達の声が、鮮明に聞こえた。


 日光を浴びて煌めく白銀の剣身。

 それは、まるで硝子のような透明感があった。


 やはり美しい剣だ。

 赤竜姫の紅金の剣にも決して引けは取らない。

 

「あっ……! あぁ……っ!」


 突然、白い竜姫様が自分の身体を抱いて叫んだ。


 ガクガクと膝を震わせた彼女は、その場に力なく座り込んでしまう。


 あぁ……分かった。

 これ、あれだ。契約完了みたいな奴だ。

 そう言えば、あの酒場で剣を抜いた時……。

 メルティアも似た声を出していた気がする。


 …………とりあえず、あれだ。


「はぁ……♡ しーなぁ……♡」


「ひぇ……」

  



 俺……逃げても良いかな?

 

 

 



 

 

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