第76話 力を示す。

 村にメルティア達がやって来てから、三日目の早朝。


「はっ……はっ、はっ!」


 寝起きの身体に鞭打って、俺はまだ薄暗い空の下。剣を振っていた。

 今朝目覚めた時、身体の痛みが随分和らいでいる事を感じたからだ。


 それに、ミーアから預かっている白い剣に手を慣らしておいた方が良い。


 最近は口煩いミーアの監視もあって、鈍り気味の身体だ。気合いを入れないと。

 今日は普段通り、五百回の素振りを丁寧にやると決めている。


 そうして、三百を数えた時だった。


「ちょっと。あんた、何してんのよ?」


「はっ……! はっ! あ、ミーア。おはよう」


 見つかってしまった。

 ミーアは、俺に怒りの表情を向けていた。

 さて、どう言い訳したものか。


「はい。おはよう、シーナ。それで? 質問に答えて貰えるかしら?」


 恐い。

 あーあ。起きて来る前に終わらなかったか。

 こいつ……いつも早起きだからなぁ。


「見ての通りだ。今朝は大分調子が良いから、鈍った身体を動かしてるんだよ」


「そう。毎晩毎晩、私が一生懸命揉み解して治療してあげたお陰で、ちょっと動くようになったからって……もう無理してるのねぇ?」


 腕組みして仁王立ちのミーアは笑顔だった。

 だが、付き合いも長くなって来た俺には分かる。


 まずい、想像以上だ。

 これは凄く怒ってる。


「うん。感謝してるよ。いつもありがとうな?」


「ふーん? 私がこんなに心配してるのに、あんたは自分で自分の身体を壊すような真似するの?ホント、何様のつもりなのかしら。私、あんたに甘えたいのも我慢して、一生懸命やってるのに……」


「…………」


 どうしよう。

 それを免罪符にして、誘惑されないように上手く立ち回ってた事が知られたら終わる。

 あの夜の続き……今は、出来ないからな。


「全く……人の気も知らないで。それだって、あんたに無理をさせる為に貸してる訳じゃないんだけど?」   


 ミーアは、俺の手にある剣を見て言った。


「いや、その……ごめん」


 反論なんて出来る訳もないので、謝る。

 すると。ミーアは溜息を吐いて近付いてきた。


「こんなに寒いのに、結構汗掻いてるわね」


「まぁ……そうだな」


 持っていた手拭で、ミーアは俺の汗を拭き始めた。

 ……本当に気が利くな。こいつ。


「私だって、ただ怒ってる訳じゃないの。心配してるのよ。あんたが頑張ってるのは分かるし、無理してでも私を守ろうとしてくれてるのは嬉しいけど」


 間違ってはないが、自覚してんじゃねーよ。

 しかもそれを言うなよ。頼むから。


「今は激しい動きをしちゃ駄目。安静にしてなさい。あんた自身に何かあったら、意味がないの。ほら、分かったら来なさい。身体を拭いてあげるから」


「あ……おぅ」


 強い口調で咎められて、俺は大人しく剣を鞘に収めた。


 先を行くミーアの小さな背中を追いながら、俺はふと気付く。


 あれ?  

 俺、いつの間にか。

 ミーアに逆らえなくなってるような?







「はぁっ! やぁっ!」


「なんだ、その剣筋は! 全くなってないぞ!」


 今日も朝食前にメルティア達の野営地にやって来た俺は、訓練に精を出す者達を眺めていた。


「シーナ」


 不意に茶菓子が並ぶ卓の向かいに座るメルティアに呼ばれ、視線を向ける。


「なんだ? あ、そろそろ始めるか? 昨日頼まれてた本なら持って来ているぞ」


「……うむ。分かっておるなら良い」


 頷いて、メルティアは立ち上がると椅子を引き、俺の隣にやって来た。


「なんだ? 何故近寄って来た」


「む? おかしな事を言うな。隣に座った方が教わり易いからに決まっとるじゃろう?」


 それもそうか。

 俺は足元に置いていた巾着袋から一番上の本を手に取った。


「じゃあ、まずはこれから読むか?」


「む? 随分と薄い本じゃな」


「子供向けの童話の本だからな。借り物だから、汚さないでくれよ」


 爺さんの持つ蔵書を借りて来たのだ。

 こちらの世界では紙自体が高価だから、大切に扱う必要がある。


「うむ。分かった。気を付けるのじゃ」


「とりあえず、まずは目を通してみろよ。後でそっちの言語とこっちの言語で、一回ずつ読み聞かせてやるから」


「おぉ……それは助かるのじゃ。では、まずは一人で頑張ってみようかのぉ」


 本を手渡すと、メルティアは早速開いて熱心に眺め始めた。


 いきなり読めはしないだろうが、少なくとも熱意は本物らしい。


「きゃあっ!?」


 不意に響いた悲鳴を耳にして、俺はそちらへ目を向けた。

 シラユキが険しい顔をしている。


「立て! それとも、もう限界かっ!? 情けないっ!」


 強い口調で一喝する彼女は、足元に蹲る女魔人の鼻先に剣先を突き付けている。


「そんな事では、いつ命を落としてもおかしくないぞ! 敵は待ってくれん! 貴様も見ていただろう!? この世界の戦士は、最強種族である竜人……メルティア様に匹敵する身体能力を持ち、更には摩訶不思議な力を使う! 貴様等もだ! 何をさっきからぬるい打ち合いをしている! もっと気を引き締めないかっ!!」


「ひぃぃ……」


 シラユキの奴、随分と熱心……というか、必死な様子だな。


 それにしても……あの蹲ってる女の子。

 確か、俺の家に来た一人じゃなかったか?


「ええぃ……全く! どうやら貴様等には、今一度自らの無能さを痛感して貰う必要があるようだなっ!! おい、シーナ!」


「ん?」


 突如。ギュンと首を回して、シラユキがこちらに呼び掛けてきた。


 なんでいきなり呼ばれたか分からないが、なんか……凄い形相で睨んで来ているな。


「見ていろ、腰抜け共。これから、お前達に今後……立ち塞がる相手がどれほど脅威的な存在なのか、私が身を持って示してやる!」


 ん……んん?

 えっと、つまり?

 嫌な予感がする。


「さぁシーナ! 来るが良いっ! 今朝は顔色も良い様だし、疲れは取れたのだろう!?」


 やっぱりか。

 まだ諦めてなかったんだな。


「いや、疲れとかじゃなくて……俺、怪我人なんだけど?」

 

 言い逃れようとするが、シラユキはクワっ! と目を見開いた。


「なにを言う! あの晩は動けていたではないか! もう大した事はないのだろう!?」


 駄目だ。

 あいつ、すっかりやる気だぞ。


 仕方ない。助けを求めるか。


「おいメルティア、お前からもなんか言ってくれ」


「なんだ? まさか怖気付いているのか? 女の私に? はっ!? それでも貴様は男かっ?」


 ……あいつめ。

 黙ってれば好き勝手言いやがって。


「良いではないか。今日はお主、顔色も悪くない。少し相手してやれ」


 本に視線を落としたまま、メルティアは言った。


 しかし、随分と集中した様子だ。

 こいつ絶対、今は適当に返事してるな?


「分かったよ」


 まぁ良いか。

 身体を痛めている最中、思いついた事もある。

 相手してくれると言うなら試してみるか。


 確かに今日は身体の調子も悪くない。

 久々に鍛錬をしたい。


「ふん、来たか」


 歩み寄ると、シラユキは抜身の剣先を俺へ向けた。

 刃が潰れているな、これ。訓練用か。


「体調の方は問題なさそうだからな。勝敗はどう付ける。まさか本気で斬り合うとか言わないよな?」


「あ……っ! あの。これ、使っていいよ」


 足元の声に見下ろせば、シラユキに扱かれていた女魔人が俺に剣を差し出していた。


「刃を潰してある、訓練用の剣だ。勝敗は一撃決着。もしくは、明らかに勝負有りと判定出来る状況か、降伏だ」


 剣を受け取り、眺めてみる。

 確かに刃は潰れているが、凶悪な代物に変わりない。


「こんなもの貰ったら、無事じゃ済まないだろ。当たりどころが悪かったらどうするんだ?」


「情けない事を言うな。ふんっ。痛い思いをしたくなければ早々に降伏する事だな」


 どうやら随分と腕に自信があるらしい。


 これ以上ミーアに心配させる訳にもいかない。

 怪我なく終わらせるか。


「そ。とっとと来いよ。こっちはいつでも構わないぞ?」


「! ほぅ? 私も舐められたものだ」


 言われっぱなしも癪なので言い返せば、シラユキは腰を落とした。

 見慣れない構えだ。

 不意を突かれないように気を付けよう。


「頑張れー! シラユキ様ー!」

「やっちまえ、シラユキ! 」

「大口叩いたんだ。情けない負け方すんなよー!?」


 当たり前だけど、嫌われたものだな。

 やはり敵意の混じった視線が多い。


 野次の飛び交う中。俺は軽く息を吸い、シラユキを……敵を眼前に据えて。


「我、女神の祝福を」


「させるかっ!」


 低姿勢で踏み込んで来たシラユキは、首元に剣を振るってきた。


「っ!」


 凄まじい速度だ。

 しかし、彼女の視線から剣筋を予想出来た俺は、辛うじて受ける。


「ぐっ……!」


「! 流石、やるな……!」


 痺れる両腕。

 思わず顔を顰めながら、俺は至近距離で笑むシラユキの瞳を睨み返す。


 悪いな、そんな顔をしても俺は怯まないぞ?


 生憎、殺し合いは初めてじゃない。


「受けし者」


『ブースト・アクセル』


 それに……どう足掻いても、お前の勝ちはない。


 母さんの声と耳鳴りに気付いた時には、視界は既に緩やかに流れていた。


 これで相手の動きに翻弄される事はないだろう。

 後は……。


「……速く」

 

 俺は、思い通りに動かない身体に力を込める。


 僅かに速度を増せるようになった身体は、緩やかな視界の中。ゆっくりと動作を開始した。


 遅いが、これで良い。

 まだシラユキの方が断然速いが、充分だ。

 追い付ければ、それで良い。


 俺が思い付いたこの力との付き合い方は単純だ。

 思考に身体を完璧に追いつかせる必要はない。


 俺はただ、異常なまでの動体視力を得ただけ。


 確実に後の先を取れさえすれば、自分が本来出来る身体の挙動速度の限界を超え過ぎる必要はない。


 俺は、ただ確実に。

 相手の動きに合わせた最適解を出し続けるだけ。


「すっ……はっ!!」


 斬り結んでいた剣を滑らせ、身体を捻ったシラユキは凄まじい速度の突きを放ってきた。


 まだ追えてない!?


 速く……速く、速くっ!!

 三度加速して顔を逸らし、シラユキの突きを躱す。

 随分と余裕が出た。これなら……!

 

「はっ! はぁ!! やぁ!!」


 苛立った表情で、シラユキは怒涛の連撃を繰り出した。


 その全ては、容易に目で追えている。

 俺は最小限の動きで回避を間に合わせる。

 しかし、長くは持たないな。


 このまま続ければ確実に不覚を取る為、連続攻撃を嫌った俺は、後方へ飛んだ。


「ん?」


 すると意外なことに追撃はなかった。


 見ればシラユキは立ち尽くしたまま長い髪を払い除け、俺を睨み付けている。


 一時的に思考の加速を止めた俺は口を開いた。


「どうした?」


「……何故、攻めてこない?」


 随分と苛立った口調だ。

 どうやら、反撃しない事に気を立てているらしい。


「まさかとは思うが、私が女だから遠慮している訳ではないだろうな? もしそうなら、私はお前を許さん」


 えーと。

 力に身体を慣らしたいから、回避をしている。

 そう言ったら、絶対怒るな。これ。


 ……嘘じゃない話で誤魔化すとするか。


「そんなつもりはない。ただ……俺はちょっと全力を出すのに時間が掛かるだけだ」


「ふん……ならば良いんだが。あまり人を舐めるなよ? 白狼一閃流! 一の太刀!」


 鋭く地を蹴ったシラユキは、手にした剣を振り上げた。


 俺はそれを視認してから思考の加速を再開し、迫って来た剣と斬り結び……払った。


「く……っ!!」


 お、よし。思ったより力は強くない。


 弾き飛ばす事に成功した俺は、体勢を崩したシラユキに対して踏み込む。


 ここだ。

 ここで……一気に最大まで加速出来れば!


 ……速く。速く、速くっ!


加速限界アクセル・リミット!』


 顔を顰めたシラユキを見ながら、一気に身体を加速させた俺は、右手の剣を翻してシラユキの喉元に突き付けた。


 剣圧が、白い髪を靡かせる。


「……ふぅ。はぁはぁ……はぁ」


 これは、流石に勝負あり……だろ?

 肩の力を抜けば、視界が元の流れを取り戻した。


「あ……っ。 は? ……えっ?」


 呆然と立ち尽くしたシラユキは、自らの喉元に突き付けられた剣を見下ろして、困惑した表情をしている。


「はぁ……人を舐めてるのは、そっちだろ」


 剣を下げながら告げれば、シラユキは目を合わせて来た。


「こっちには、得体の知れない相手に手を抜く余裕なんかないんだ。腕に自信があるのは結構だが、精々……その傲慢さに殺されないように気を付けるんだな」


「え。あ、あぁ……」


 自分で言ってて、実に恥ずかしい。


 俺だって、身体を痛めるのが嫌で制限した使い方を模索している。

 しかも。それを彼女の様な強者相手にぶっつけ本番で試行した。

 とてもこんな大口を叩ける資格はない。


 思えば、あまりにも無謀だった。

 抱える危険の大きさは理解していたが、もし失敗していたら大怪我で済まなかったかも知れない。


 少なくとも彼女は、全力で俺に勝ちに来ていた。


「む? な、何をしておるのじゃ?」


 声に気付いて見れば、メルティアが真っ青な顔をしていた。

 全く、やっと気付いたか。


「見ての通り、手合わせを願われたので相手した」


「なに!? だ、だいじょうぶなのか? だってお主、身体が……」


「大丈夫もなにも、お前がやれって言ったんだろ」


 やはり、まともに話を聞いてなかったらしい。


「……シーナは、大丈夫です。メルティア様……申し訳ありません。私……手も足も出ませんでした」


 シラユキは悔しげな表情で俯き、呟いた。


「はい、これ。ありがとう。返すよ」


「あ……は、はい」


 俺はそれを見ながら、借りていた剣を未だ腰を抜かしている様子の女魔人に差し出す。


 そうしてメルティアを見れば、彼女は眉を潜めていた。


「……そうか」


「私は少々、思い上がっていたようです。手酷く思い知らされました。私ではシーナの剣筋を、視認する事すら叶いませんでした」


 なんだか重くなってしまった空気の中、俺はメルティアの元へと戻った。


 ……背中に突き刺さる視線が痛い。

 背筋が凍るような気がした。


「案ずるな、シラユキ。其奴の剣は妾も目で追えんかったからの。お主が悪い訳ではない」


 なんだか、妙な過大評価を受けているな。

 残念ながら、全く誇れない。誇ってはいけない。


 上昇加速。これは、女神に貰った権能だ。

 俺が自分で得た能力ではないのだから。


「すまんな、シーナ。シラユキの我儘に付き合って貰ったようじゃ」


「別にあんたが謝る事じゃないだろ。俺も、彼女と立ち合って得られたものは多い。感謝するのは寧ろ、こっちの方だ」


 実際、得たものは多かった。


 女神から貰ったこの力は、決して欠陥品ではない。


 使い方さえ間違えなければ、少ない反動で使用出来る。強力な切り札になり得る事を証明出来た。


 あとは俺が使いこなせるかどうか、それだけだ。


「そうか。そう言って貰えると助かる」


「事実だからな」


 僅かな時間で痛めた身体を悟られないよう、ティーカップを手に取って口にする。

 結構来てるな。

 やはり、まだ本調子に戻らないか。


「……皆も見ただろう? こちらの世界は、シーナのような異能者が吐いて捨てるほどに存在するのだ。分かったら休憩は終わりだ。改めて、気を引き締めるようにっ!」


「「「はいっ!!」」」


「は、はぃ〜!」


 一喝したシラユキの声に従い、訓練は再開された。


 俺はそんな彼等の様子を、カップを口にしながら盗み見る。


 ……先程受けた視線の中に、明らかに俺を快く思っていないものが多くあった。

 敵意と呼んでも差し支えない程のものだ。


 当然と言えば当然なのだが……。

 このまま、何事もなければ良いけどな。
















「私にもメルティア様と共に、こちらの世界の言葉を教えて貰えないだろうか?」


 昼食中。突然俺の隣に椅子を移動させて来たシラユキは、妙に畏まった姿勢で言ってきた。


 朝からミーアが持たせてくれた弁当に舌鼓を打っている最中だった俺は、急いで飲み込む。


「構わない。寧ろ、お前は元から習う気はなかったのか?」


 てっきり全員習うと思っていたので尋ねる。

 すると、シラユキは首を左右に振った。


「無論、そういう訳ではない。メルティア様がある程度習得された後に、お前には皆の講師をして貰うつもりだからな」


 なんだそれ、初耳だな。


「しかし、それではいけないと思い知ったのだ。私は、話が通じない相手には対しては早々に割り切る性分でな……最悪、力を持って交渉に当たれば良いと考えていた」


 話が通じない相手に対する武力行使。

 そう言われて思い浮かんだのは、ミーアを攫った自由ギルド。

 俺が斬り殺した男達だった。


「別に間違ってはないだろ?」


「いや、駄目だ。それはあくまで、本当に最悪。最後の手段でなければならないと気付いたのだ。我々が、この世界で生き抜く為にはな」


 真剣な顔だ。

 少なくとも、冷やかしではなさそうだな。


「要するに、避けられる戦闘は避ける方針を徹底したいって解釈で構わないか?」


「あぁ……察しが良くて助かる」


 ……俺に負けて色々と思う所があったらしいな。


 まぁ、すぐに力で解決しようとする考え方をやめるというのは、俺としても都合が良い。

 そう言う事なら大歓迎だ。


「それに……その。私はお前に、個人的に興味を持ってしまった。出来れば、その……講師としてではなく、友人として。直接教えて欲しいと言うか」


 ん? 

 なんだ? 急に顔が赤くなったぞ?


 急に目を逸らすし、指をもじもじさせてるし……なんだか落ち着かない様子に見える。


 ……あれ?


 そう言えば、なんか見覚えがあると思ったら……ミーアの奴も数ヶ月前はよく、こんな仕草をしていたような?


「……シラユキ。ちょっと来い」


 妙な既視感を覚えていると、メルティアが急に立ち上がった。


「あ……はい」


 シラユキはそれに大人しく従い、後を追った。


 連れ歩いた二人は、少し離れた所でこちらに背を向けて立ち止まった。


「おい、シラユキ。まさかとは思うが、お主……始まったのかの?」


「はい? 始まった、と言うと……? あ。い、いえ……違います。前回は既に、先月乗り越えました」


「そうか。では、なんじゃ? その面は。自覚はあるのか? お主らしくもない」


「はぃ……その。私、初めてで。それもあんな……あんな風に。まるで赤子の手を捻るが如く、簡単にあしらわれて……正直、その……」


「はぁ……やはりそうか。のぉ? シラユキ。分かっているとは思うが、シーナはこの異界の民じゃ。落ち着け、冷静になるのじゃ。お主……白狼族が強い異性を好むのは知っておったが、あやつは駄目じゃ。分かるじゃろう?」


 なにを話してるんだ?


 まぁ良いか。気にしても仕方ない。


 しかし、ミーアの奴。本当に何でも出来るよな。


 このソースの作り方、帰ったら教えて貰おう。

 美味い。


「しかし、メルティア様。もしかしたら子を為せる可能性はあります。その証拠に、私……あの後からずっと、この辺りがキュンと切なくて……!」


「は? ば……ばば、ばばばバカモノッ! お主、突然なにを言い出すのじゃ! ほら、深呼吸じゃ! 深呼吸するのじゃ!! 落ち着かんかっ!」


 何の話かは知らないが、お前が落ち着け。


 声がでけーよ。


「私も女です。強い異性に惹かれて何が悪いのですか?」


「ええぃ、黙れ。お主は大の男嫌いだったはずじゃろうがっ!」


「違いますー。私はただ、自分より弱い男を認められないだけですー! あれ程強い男は寧ろ、その。好ましいと言いますか……」


「あぁもうっ! 頬を染めるな! そんな小娘のような反応をするなっ! 分かった! 分かったから、お主……ちょっと湖に行って頭を冷やして来い! 夕暮れまで戻って来るな! この馬鹿者!」


 お? 戻って来た。

 あれ。なんだ? 

 メルティアの奴、随分とご立腹な様子だな。


「……はぁ」


 どかっ、と椅子に腰を下ろしたメルティアは、頭を抱えて大きなため息を吐いた。


「……シーナ」


「なんだ?」


「頼みがある。勝手で悪いのじゃが……その。シラユキには近付かないようにしてくれ」


「? あぁ……分かった」


 あまりにも深刻そうな様子に、俺は理由を尋ねる事なく頷いた。














 本当はもっと険悪な仲で、利害の一致でしか協力しないはずのキャラクターとして考案したシラユキですが、ケモナーの知り合いが白髪の犬娘が好きなので頼まれて原案を変更しました。


 外見は口調もあって大人っぽい感じを想像されるかと思いますが、実はかなり子供っぽいです。


 声も高くて可愛らしい感じを想像してください。


 イメージとしては、目付きが少しだけキツめな、こんこんキーツネの某アイドルみたいな感じの見た目です。



 お馬鹿でメルティアにゾッコンな彼女ですが、きっと様々な面でシーナの役に立ってくれるでしょう。



 村での交流描写は残り数話です。



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