第86話 理想を語る女の子

 メルティアとミーア。

 遠い世界で生まれ育った。二人の女の子達が抱き合う光景に、決意した日の夜。


 俺は一人、生まれ育った我が家にやって来た。

 父の寝室の扉を叩くと、返事を待たずに開く。


「父さん」


「ごほっ……シーナ、か」


 病床の父は、青い顔をしていた。

 もう、あまり長くないのだろう。


「聞いたぞ。騎士団を、一人で殲滅したらしいな」


「うん。聞いたんだね」


 肯定すると、父さんは身体を起こした。

 咎めようと思ったが、話したい事があるのだろう。


「爺さんからな。遺体は適当に埋めて隠蔽するってよ。なに、臭い物には蓋をするのは御偉いさんの常套手段だ。やられても文句は言えねーさ」


 父さんの言う通りだ。


 奴等は、騎士としての誇りを口にした。

 死ぬ覚悟は済ませて戦場に来たはず。

 過ぎた事に互いに恨み言は、吐くべきではない。


「中には、ドラルーグの爺さんも居たんだろ?  よく勝ったな」


「うん……知った仲なの?」


「昔、ちょっとな。お前が気にする事じゃない」


「そっか」


 久々の親子水入らずの会話だった。

 しかし、なかなか本題が切り出せない。

 言い出しても、良いのだろうかと悩む。


 幾ら人類を裏切るとは言っても……葛藤はある。


 病に苦しみ、先の短い。

 そんな父を置いて行って良いものかと。


 ミーアを抱き始めて以来、毎晩のように俺の心は少しずつ修繕されてしまった。


 今は少しだけ……弱かった昔に戻ってしまっている気がした。


 俺が黙ると、父さんも黙った。

 何か、喋っていて欲しかったのに。


 そうして、暫く。互いに黙り込んだ部屋で、静かな時間を過ごしていると。


「……村を、出て行くんだろう?」


「……うん」


 話を切り出した父さんの言葉を俺は肯定した。


 悟られているのは、分かっていた。

 何故なら、父さんは未来を聞いている。知っているはずなのだから。


「そうか……どの未来を選んだ? ミーアちゃんは抱いたのか?」


「えっ」


 実の父親から夜の事情を聞かれ、俺は狼狽えてしまった。

 いや、だって。未来を見たのは母さんだろ。

 あれ? つまり……!


「そうか。抱いたのか。あいつが言っていたよ。村の家で一緒に住み始め、股を開いた緑髪の女の子に、鼻息を荒くした未来の息子が情けなく腰を」


「やめろよ!?」


 初めての夜。当人しか知らない事情を父の口から聞かされ、俺は慌てて叫んだ。

 すると父さんは、ニヤリと笑って。


「良いじゃねぇか。親子らしい会話だろ? ミーアちゃんも喜んでたろうが。お前、そんな女みたいな容姿の割に。あっちの方は相当で」


「やめろって!」


 毛布を掴んで引くと、父さんは楽しそうに笑った。


「はははっ。やっと、やっと……お前と親子らしい会話が出来たな。もう一年以上、まともに話せてなかったからなー」


「ぐ……っ」


 相変わらず、父さんは俺の神経を逆撫でにするのが本当に上手い。

 病人じゃなければ、一発と言わず顔が腫れ上がるまで殴ってるところだ。

 しかし、その立場すら利用してくるから。この人は本当に狡い。


 どうやって仕返ししてやろうかと考えていると、父さんは遠い目をして虚空を見た。


「あいつも生きていてくれたら、お前が選んだ女の子を見て……喜んだ、だろうなー」


「そう……だね」


 父さんの言葉を聞いて、思い浮かべる。


 父と母。両親が二人共、健在で居てくれたらと。


 村に連れて来たミーアを見て喜び、揶揄われて。

 一生懸命働くミーアに、二人が感激して。

 中々踏み出さない俺を叱責し、背中を押されて。

 ちゃんと告白して、涙ながらに了承を貰って。

 それを報告したら、二人とも喜んでくれて。

 今日から、あなたも。うちの子よ、なんて。ミーアが言われて。彼女が照れてる姿に心躍って。

 娘として大事にされ、共に過ごす彼女に惚れ直して。

 中々手を出さないせいで、ミーアを傷付けて。

 母さんに尻を蹴飛ばされて、二人きりの寝室に押し込まれて。

 ドキドキしながら、初めての夜を過ごして。

 二人で手を繋いで、寝室を出れば揶揄われて。

 そんな……幸せな日々を過ごして……。

 子供が生まれたら、孫が出来たと皆で泣いて。


「俺も。そう、在りたかったよ」


 ユキナと、やりたかった事。

 全部全部……ミーアとやって。


 俺は、特別なんかじゃなくて良かった。

 そんな普通の幸せが、欲しかっただけなのに。


「……シーナ。お前」


 気付けば、俺の目からは涙が流れていた。

 表情は変わらないのに、涙だけが止まらない。

 

「あれ……おかしいな。もう……泣けないって、思ってたのにな……」


 それは、あの薬を飲んで以来。

 どんなに苦しくても、痛み以外では流せなかった涙だった。


「もう……二度と泣かなくて済むって……思ってたのにな……」


 拭っても拭っても、涙が溢れて溢れて……止まらなかった。

 悲しくないのに、悲しいなんて思えないのに。


 ただただ涙が止まらなかった。


「あはは……爺さんに、言われたからかな。お前は、追放だって。村から出て行けって、言われた……からかな」


 先刻、ミーアと共に参加した村の集会はすぐに終わった。

 村の皆は、優しかった人達は、俺に向かって激しい叱責の声を上げた。


 お前のせいで。

 お前のせいで、お前のせいで……と。


 そんな酷い言葉を黙って聞いていたのだが、激怒したミーアに連れられて出て来たのだ。

 そして帰り際。爺さんに言われた。


『追放じゃよ、シーナ。数日中に出て行け。二度とここに戻るな』


 そう、言われてしまった。


 分かってる。それは、皆の優しさだと。

 皆は、俺の負担にならない様にと。俺を突き放してくれたんだ。

 その証拠に……皆。皆……。

 みんなの目が、寂しそうだったんだ。


 ただ二人。ユキナの両親。

 本当の親だとすら思っていた、二人を除いて。

 あの二人は、もう。別人みたいに変わったよ。

 本気で、俺に憎悪の瞳を向けていた。


「俺は、もう……大人になったのにな」


 ……もう俺は、子供じゃない。

 一人の大人として、男として。

 この村を、巣立たなきゃいけないんだ。


「……シーナ」


 父さんは、俺を真っ直ぐに見つめると手を伸ばしてきた。

 でもそれは、到底こちらに届きそうもなくて。

 だから俺は、自ら父さんの手を取って身を乗り出し、頰に触れさせた。


 俺が息子として出来る、最後の甘えだった。

 

 剣士の父さんの手はゴツゴツしていた。

 凄く……凄く、硬かった。

 母さんを守ってきた。男の手だった。


 俺もいつか、こんな手になりたいと思った。


「父さん。俺は、ミーアと行くよ」


 村を出た夜。

 門の前で待ち構え、母の剣を投げてくれた父。

 あの剣は、もう砕けてしまったけれど。


「俺は、この国を。人間を、裏切るよ」


 二人が俺にくれた想いは、愛情は。

 今も確かに、ここにあるから。


「俺は、剣聖ユキナを裏切って……このくだらない戦争を終わらせるよ」


 落涙しながら、言葉を紡ぐ。

 父の手に頬を擦り付けると、強い思いが溢れて止まらなかった。


「俺は。俺も……この村を。貴方を裏切ります」


 病床に伏せ、死を待つだけの父に告げる。


 すると彼は、偉大なる剣士ナゼルは、俺の頰を撫でてくれた。


「そうか……やって来い。馬鹿息子」


「……はいっ!」


 この日の父さんの笑顔を、俺は生涯忘れない。


 そう決意して、その姿を胸に刻む為……父さんを見つめた。


 すると。父さんは、また遠い目をして。

 その瞳で、俺をじーっと見つめた。


「シーナ。最後に一つ。俺から餞別をくれてやる」


「えっ……」


 そう呟いた父さんは、俺の頰から手を離して。


 枕の下から一枚の羊皮紙を取り出し、俺に差し出した。


「読め。今の未来を選んだ、お前の助けになる」


 羊皮紙を受け取った俺は、父さんを見た。

 すると彼は。父は頷いた。


 羊皮紙を開くと、数点の箇条書きがされていた。


 ・恋人も良いが、赤髪の魔人と交友を深める。

 ・赤髪の魔人の秘宝を探す。

 ・女神から抱擁を受けているか、確認する。

 ・赤髪の魔人は必ず救い、守り抜く。

 ・赤髪の少女の願いは、必ず聞く。


 ・常に気を抜かず、自分の身を第一に行動して。


 殆ど赤髪の魔人じゃん……。

 間違いなく、メルティアの事だよな。

 あの娘を救い守り抜く?

 現状、そのメルティアに勝てないんだけど。


 ……最後のが一番重要なんだろうな。

 凄い勢いで書いたのだろう。まるで囲ってある。


「それは、あいつが生前。最後の力を振り絞って書き殴ったものの一つだ」


「母さんが……?」


 呟くと、父さんは頷いた。


「質問は受け付けない。自分で答えを見出せ」


「……わかった」


 了承して、俺は羊皮紙を腰袋に入れた。

 最後に、ポンと腰袋を叩くと。


「あー。それともう一つ。勇者に困ったら、王都を調べてみろ。昔の勇者が、何か残しているかもしれない」


 言われて、父さんを見る。

 また知っている癖に、はぐらかしているな。

 結局、最後は自分で調べろってことか。


 父さんも若い頃、調べていた事があるのかもな。

 男の子だもん。誰だって英雄に憧れちゃうよね。


「わかった」


「話は以上だ。発つ時にまた顔を出せ。ほら、分かったら、とっとと帰って彼女と宜しくやってろ。 暫くは移動で出来なくなるかもしれないぜ?」


 最後にそう言い残して、父さんは毛布を被ってしまった。

 下世話だが、父さんなりの気遣いだろうな。

 そのお陰か。気付けば、俺の涙は止まっていた。


「ありがとう、父さん。また来るよ」


「じゃーな」


 毛布の中から手を振る父さんに軽く頭を下げて、俺は寝室から出た。


 帰ったら。ミーアと話そう。








「ふーん。そう……お義父様がそんな事を」


 蝋燭を灯した寝室で、腕の中のミーアが言った。


 さっきまで。今日は互いに大変だったな……と。

 慰め合っていたので、心地良い熱と疲労感だ。


『大丈夫。あなたには、私がいるわ』


 故郷から追放を告げられた俺に、ミーアは優しかった。


 汗で濡れたミーアの髪と肌は、艶かしくて。

 俺の大事な女の子は、本当に触れ心地が良い。

 

 俺は彼女の髪を撫でながら、思慮し……。

 渡された羊皮紙の事を思い出した。


 一覧の中に、一つ。分からない事があったのだ。


「そう言えば、ミーア。女神の抱擁って知ってるか?」 


 尋ねると、ミーアは目を少し輝かせた。


 この子は英雄譚が好きみたいだからな。

 多分知ってるだろうと思った。


「女神様の抱擁? えぇ……三百年前の勇者が受けたと言う御伽話でしょ? 有名よ」


「どんな話なんだ?」


 尋ねると、やはり好きな話らしい。

 ミーアは表情を一層綻ばせた。


「夢の中に出てきた女神様から抱擁を受けると、祈りを捧げなくても恩恵を受けられるようになるの」


 恩恵?

 祈りが必要といえば、固有スキルや魔法か?

 それが必要なくなるって……。


『無詠唱魔法など御伽噺でしょう』


 そう言えば、自由ギルドの老剣士がそんな事を言っていた気がする。

 ミーアと一緒にいる時に思い出すなんてな。


「今代の英雄様はまだ受けれてないから、何とか方法を探しているらしいわよ。剣聖や弓帝は兎も角、賢者様には必須能力だもの」


 あのでかい胸を馬上で揺らしていた女か。


 賢者は魔法で戦うらしいからな。

 確かに、一々詠唱するのは時間も掛かる。

 必須能力と言われれば……確かにと納得した。


「へぇ、詳しいな。誰に聞いたんだ?」


「……親切な人に聞いたのよ」


「おい。いい加減にしないと胸揉んで鳴かせるぞ」


「さっきまで散々揉んでたでしょ。今更よ」


 ふい、とミーアは顔を背けた。

 ……こいつ、本当に頑固だよな。

 もう良いだろ。今すぐ虐めてやろうかなー。

 

 全く。耳まで赤くして。

 そんなに貴族だって言うのが恥ずかしいのか?


「そう言えば、あなた。なんで今更、女神の抱擁に興味を?」


「いや、父さんが渡して来た羊皮紙にさ」


「なに? もしかして書いてあっひぁ♡  の?」


 本当、敏感だな。可愛い。


「いっ!?」

「…………!」


 ちょっと悪戯したら太腿を摘んで捻られた。

 ……痛い。


「俺がそれを受けてないか、確認しろって」

「は? なんですって? い、今すぐ確認すべきだわ!」


 食い気味に言って、彼女は鋭い眼に変わった。

 恐い。ちょっと悪戯して……あっ。腕掴まれた。


「あら。何かしら、これ。悪戯好きな手ね。お仕置きが必要かしら?」


「すぐ確認するから許して」


 最近、自分でも自制が怪しい。

 俺は心底ミーアに惚れ込んでしまったらしい。


 最近、少しずつ感情が戻りつつあるし、こうして一緒にいる時は殆ど戻っている。


 特に今日は精神的に参ってるから……甘えたい。

 早く話して、続きをしよう。


 しかしな。

 魔法と言っても室内で出来るのは……。


「……【防壁プロテクション】にするか」


「へぇ。あなた。そんなのも使えたの?」


 ……ちょっと良い雰囲気にしよう。


 俺は感心したように言うミーアの手を握り、じっと目を見つめた。

 くらえ、ミーア。お前への口説き文句だ。


「お前を助けに行く時に必死で覚えた」


「……ふーん? 後でいっぱいご褒美あげるわ」


 よし、上手くいった。今夜も長いな、これは。


 ニマニマと嬉しそうな表情のミーアを撫でる。

 可愛い奴め。これが終わったら覚悟しろ。


 そう思い、意識を切り替えて虚空に手を伸ばす。

 想像するのは、壁だ。絶対防御の盾。

 秘訣は、十五年一緒だった胸部を思い浮かべる。

 これが、案外上手くいく。


 後は……そうだな。

 あの身体から何かが吸い取られる感覚。

 法力を、手に集中して……。


 『あなたは、私の特別な加護で守られる事が決定しましたー!』


 途端に、ズキリと頭痛がした。

 なんだ、この痛み。それに……今の声は?

 聞き間違えじゃなければ、ユキナの……あの女の声だ。

 胸なんか想像したからだろうか。


 しかし。何処かで聞いた台詞だったな。


「え? どうしたの? 頭痛いの? 大丈夫?」


「いや……多分出たかも。枕でも投げてみてくれ」


「はぁ? 嘘。何も見えないわよ」


「そう言う魔法なんだ。無色透明の防壁だよ」


 言うと、ミーアは腕を伸ばして枕を掴んだ。

 普段使ってない枕だ。

 ミーアは俺の胸とか腕を枕にして寝てるからな。


「へぇ。じゃあ、お手並み拝見っと……あ!」


 ミーアが軽く放った枕が、壁に当たる前に何かに阻まれ、ボフンと音を立てた。

 推進力を失った枕は、そのまま床に落ちる。


 成功してしまった……マジかよ。


 ミーアが、驚愕した表情で振り返ってきた。


「……どういう事?」


 その指先は、壁のある虚空へと向けられていた。


 俺は、そんな彼女の問いに答えるべく頭を回す。


 思い出すのは、洞窟内で意識を失った後。

 セリーヌの医療院で目覚めるまでの、曖昧な記憶だ。


「実は俺さ。ほら。死に掛けた時に、そんな記憶が……って。んぁ……」


「んっ……んっ! んはぁっ……んちゅ!」


 突然豹変したミーアから、口を蹂躙された。


 暫く為されるがままになって、口を離すと……ミーアは挑戦的な表情でぺろりと唇を舐めて。


「まさか……ただの御伽噺じゃなかったなんてね」


「ミーア?」


 じーっと俺を見つめるミーアは、うっとりと蕩けた顔に変わった。


「あなたは……どれだけ私を夢中にさせるの?」


 そう言って、ミーアは強引に腕の中から抜け出した。

 その後。すぐに華奢な体型の割に立派な臀部を勢い良く俺の腰に下ろし、馬乗りになった彼女は。


「今夜は私が動いてあげる。楽しみましょう?」


 蕩け、いやらしい顔で、そんな事を……。

 ……ん? 待てよ。

 ミーアが動くって事は、俺が限界な時に……っ!


「いや待て。それは駄目だ」


「ふふ。大丈夫。私達には女神様の加護があるわ」


 ミーアは、自分のお腹を愛おしそうに撫でた。

 まるで、俺に見せびらかす様に……ゆっくりと。


「今夜こそ、父親にしてやるから」


 拙い。こいつ確信犯だ。


 「ちょ……待てって! 今は駄目だって!」


 制止したが、当然。答えは聞いて貰えなかった。

 俺は朝まで、淫獣と化した恋人に蹂躙された。


 ……正直、惚れ直した。凄く良かった。



  ◇ 




「明日には経てる」


「そうか。では、明朝に出立しよう」


 翌朝、メルティアに相談すると彼女は二つ返事で了承した。

 普段通り、野営地で二人。卓を囲んでお茶会の真っ最中だ。

 明日で故郷……この国ともお別れか。


「親竜国、だったな。どうやって帰るんだ?」


「海路を使う。丁度、艦も見つかったところじゃ。タイミングバッチリじゃな」


 海路……海か。

 艦というのは分からないが、海を進むなら船という認識で間違いなさそうだ。

 一応、聞いておくか。


「艦が見つかったって? どう言う意味だ?」


「我が家が保有する戦艦じゃよ。その回収も目的の一つでな。名を【クリムゾン・バハムート】。紅蓮の破壊龍の異名を持つ。格好良かろう?」


 凄く得意げな表情で、メルティアが言った。

 どうやら俺は、見たかった海を見れるらしい。

 異世界の船か。楽しみだな。


 回収って事は、メルティアの両親がこっちに来る時に乗って来て、そのまま放置されてたんだろう。


「成る程、それは楽しみにしておこう」


「うむ。でかいぞー? 今からお主の反応が楽しみじゃよ。その鉄仮面も絶対に剥がれるじゃろうな」


 どうやら、余程凄い代物らしい。自信満々だ。

 そんなに大きいのか。よく見つからなかったな。


 しかし、鉄仮面……か。

 やっぱり、少し表情を動かす努力はするべきか。


「それにな。なにより足が速い。陸地から捕捉されん様に航路を組むが、それでも二日か三日あれば到着するじゃろう」


「そいつは凄いな」


 王国を横断するには、セリーヌの街からでも早馬で一月は掛かると言われている。 

 それを百名以上搭乗して、たった二日か。恐ろしい性能だ。

 一体。どんな帆を使っているんだろうな。


「そういう訳じゃ。艦に搭乗すれば暇になるじゃろう。個室を与えるから、ゆるりと過ごせ。航海中は勉強はお休みじゃ。妾は本国に提出する報告書を纏めねばならんのでな」


「そうか。お前も立場があるだろう。俺の事は気にせず、仕事に励んでくれ」


「うむ……すまんな。護衛にはシラユキを付ける。現状、彼奴しか信用出来る者がおらんからの……聡いお主の事じゃ。もう大体事情は把握しておるじゃろう?」


 メルティアは、申し訳なさそうに目を伏せた。


 分かっている。既に魔人側も、人間に対し物凄い敵対心を持つ者が多いのだ。

 時折感じる敵意の視線が何よりの証拠。

 メルティアの支配下でも、安心は出来ない。

 だからこそ俺はミーアを巻き込みたくなくて、中々彼女を抱く踏ん切りがつかなかったのだから。


 ……子供が奴隷として売られていた話も、いずれしないといけないな。


「あぁ。悪いが、シラユキは専属で貸してくれ。それとガイラークだ。あの二人は信用出来る。勿論、俺とミーアは常時武装させて貰う」


 最初に邂逅した熊人族のガイラークは、毎朝の様に挨拶を交わす仲になった。

 交代要員は必要だ。

 シラユキも私用の時間が欲しいだろう。


「分かった。今後、お主が望む人員は全て貸そう。だから頼む。絶対に死ぬな」


 そう告げるメルティアの目は真剣そのもので、どこか悔しそうに見えた。


 絶対に死ぬな、ね。

 絶対に守ると言えない辺りは、予想通りだな。


 分かるよ、その気持ち。

 お前も自分の力が及ばなくて、苦渋を舐めてきた経験が大いにあるんだろう。


「そう思うなら、せいぜい頑張って守ってくれよ、お姫様。あと、守護竜……だったか。他の竜人の話もいずれしてくれ。敵に回ったら終わりだ」


「うむ……すまんな。最善を尽くすのじゃ」


「良いよ。寧ろ、正直に話してくれて感謝してる。勿論、相手は殺さない様にするから、安心しろ」


「本当に……出会えたのが、お主で良かった」


 小さな肩を震わせて、メルティアは言った。

 

 あんな姿見せられたらな……嫌でも察するさ。

 昨日の、あんな泣き顔見せられたら。誰だって。


「ただ。ミーアに危害が加わった時点で契約は解消。これだけは約束しろ。お前が背を押したんだ。絶対に連れて行くからな」


「うむ……勿論じゃ。そうじゃ。ところで、今日はミーアがおらんの?」


 俺の隣。空席を見て、メルティアが言った。


「今日は家で出発の準備をしてるよ。馬が一頭いるから、世話とかあるしな」


 騎士達の馬は、全部メルティアに寄付した。

 

 シラユキ達も元々世話をしていたし、向こうの世界でも移動手段として重宝しているらしい。


 いずれ、馬人族とか出て来ないだろうな?

 絶対居そうで、怖いんだけど。


「そうか。あ、シーナ。その……実はな? お主に折り入って、頼みがあるのじゃ」


「なんだ?」


 聞けば、メルティアは恥ずかしそうに肩を縮めた。

 そうして、俯いたまま俺を上目遣いで見て。


「その……な? お主に、妾とミーアの仲を取り持って欲しいのじゃ」


「は?」


 メルティアは、両手の人差し指をちょんちょんとくっつけながら白い肌を紅潮させた。


「妾、ミーアと友達になりたいんじゃけど……」


 ごめん。何言ってるか、分からない。

 そんな悲しい話、分かりたくない。


 え? 嘘だろ。まさか、こいつ。

 

「いや。友達くらい、なれば良いだろ? なんで俺に取り持って欲しいんだ? あ、言葉を教えて欲しいのか?」


「あの……それは勿論じゃけど……じ、実は妾。友人と呼べる者が居らんのじゃ。だから、友達の作り方がな? その……分からんくて」


 なにそれ悲しい。


 人の事言えないけど、悲し過ぎるだろ。


 え? 何? じゃあこいつ。ぼっちなの?

 ぼっちの癖に、


「お前……そんなんで良く、皆仲良く平和にとか言えたな。どの口が言えるんだ? それ」


「う、煩いのじゃ! 仕方なかろう! だって妾、竜じゃもん! 生まれた時から孤高の存在とか言われてきたんじゃもん! 皆、妾をメルティア様メルティア様って! 赤の守護竜って! 竜姫様って呼んで敬ってくるんじゃもん! その上、こんな醜い角と翼で……!」


「思ってもない事、口にするなよ」


 自分の角と翼を隠す様に縮こまったメルティアを見て、何故か苛ついた。

 やはり俺は、ミーアのお陰で随分と感情が戻ったらしい。


「お前の世界が、どんな価値観か俺は知らない……でも、その角も翼もお前の母親から貰った大事なものだろう。そうじゃなくても、一生付き合っていくものだ。自分で自分を醜いなんて言うな」


「シーナ……」


 金色の瞳を向け、こっちを見てくる。


 そんなメルティアから顔を背けるように。俺は卓に肘を付くと明後日の方向を見つめた。


「それに……俺は好きだぞ。その角と翼。夜の闇って感じで、格好良くてさ」


 初めて見た時から、俺の目に鮮烈に映った。


 あの日。夜闇の中、大きく広げたあの姿は、未だに俺の目に焼き付いて離れない。


 本当に……綺麗だと思ったんだ。


「お前だって、本当は気に入ってるから……俺と初めて会った日。それを見せ付けて来たんだろうが」


「……あれは」


「綺麗だったよ。認めてやる」


 今、メルティアがどんな顔をしているのか、俺には分からない。


「それと、ミーアとの仲も。取り持ってやるから、二度と自分を卑下するな。あいつだって、お前を醜いなんて思わねーよ」


 でも、俺の言葉が少しでも彼女の役に立てたらと思う。

 何故なら、この赤い髪をした竜姫様は。


「ありがとう。シーナ」


 この世界で生まれた友人が欲しい。


 そんな理想を語る彼女は、俺の雇い主様なのだから。









 第三章、理想を語る女の子。終わり。


 時間掛けた分、綺麗に纏まった……。


 やっぱミーア居た方がシーナが強くて笑う。


 でも、こうなると魔人大陸の話が先です。


 苦戦するシーナを沢山見て頂きます。


 ミーアも狙われまくるからな……。


 ユキナも曇らせなきゃ……。





 今回コメント欄、全部返信します。


 質問あればどうぞ。


 ちなみに、シーナくんの葛藤は魔人奴隷を見ているせいで敵地にミーアを連れて行きたくなかったからです。


 メルティアに絶対勝てないのに関わると他の竜も出てきます。

 肝心のメルティアは親を失ってるのに他は親も健在です。


 戦っても勝てません。


 分かりにくかったかな。

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