第85話 雪華、恋人と竜姫に誓う。

 村にやって来た騎士小隊と揉めた翌朝。


 野営地に向かう為、家で昨日の間にミーアが手入れしてくれた装備品の確認と装着をしていると。


「あれ。何でまだ置いてるんだ?」


 借りたままの彼女の剣が俺の装備品の中にある事に疑問を持った。

 剣に関しては、騎士から奪った剣を二本。状態の良かった物を引き取って貰った。

 今日からはミーアも共に行動する予定なので、あいつも剣が必要だろう。


「なぁ、ミーア。これ、何でまたこっちに置いてるんだ?」


「え? あぁ、間違えたわ」


 今の隅で同じく準備をしていた彼女は、俺の方へ近付いて来た。


 なんだ。間違えただけか。


 俺は彼女の白い剣を手に取ると、渡してやろうとして……。


「じゃ、これ貰うわね」


 ミーアは、俺が使うはずの騎士剣を手に取った。


 ……ん?


「おい待て。お前のはこれだろ」


 改めて、鞘に収まった白い剣を突き出す。


 すると、ミーアは不思議そうに首を傾げた。


「え? それはあなたの剣でしょ?」


「え?」

「え?」


 ……本当に不思議そうな顔をしている。

 

 どういう事だ……? 


 ……あ。こいつ、まさか。


「おい。まさかお前、まだ」


「あ、勘違いしないで欲しいんだけど。今回は逃げとかじゃなくて、本気よ?」


 自由ギルドの一件で、ミーアはこの剣を持つ事を嫌がり、俺に押し付けようとした事があった。


 だから、まだ引き摺っているのかと思ったが……どうやら今回は違うらしい。


「だって、それ。私よりあなたの方が使ってるじゃない。折角良い剣なんだもの。使ってくれる剣士、あなたの方が主人に相応しいわ」


 言われてみれば……あれ?


 俺、この剣で相当殺してない? 

 しかも人間だ。少なくとも6人はやってる。


 今更返すって言われても、困るのかな……。


「それ、私には重過ぎたしね。実はまともに振れなかったのよ。こっちのほうが軽いわ」


「そうだったのか? あれ……でもこれ、父親に貰った大事な剣なんじゃ……」


「雪華……それが、その剣の銘よ」


 質問に対し、剣の銘を告げたミーアは、微笑んだ。


 「王国屈指の名匠。グィリスの打った七本の華。そのうちの一振り……貴方に、ピッタリだわ」


 七本の華? 剣なのに?


 なんかよく判らないけど、凄い剣……って事?


 えぇ……余計貰えないよ、こんなの。


「姉妹剣の紅華は最優の騎士様が所有してた筈だけど……持って来てなかったのよ。残念ね」


「……そうだな。それがあれば、心置きなく返せたのに」


「馬鹿ね。その時は二本ともあなたのよ。アッシュから聞いたわ。あなた、全力で力を使う時は二刀流なんでしょ? 私も見たけど、凄かったもの」


 アッシュの奴。また勝手にペラペラと。

 あいつ、友人自慢好きすぎるだろ。


「別にこだわりがある訳じゃないんだけど」


 能力で身体の動きが遅く感じるから、手数を増やす為なんだよな。

 全開にしないと、腕の振りが視界について来ないから。

 あと、これまで使う時は人間相手だから、途中で調達出来たし。


「なぁ、こんな良い剣。やっぱり貰えないって」


「だーめ。それは嫁入り道具の一つでもあるの。 だから、受け取りなさい」


 嫁入り道具って。


 こんな嫁入り道具があるかよ。

 しかも剣って。縁が切れるだろ? 物騒な。


「そんな貴重な代物を村人の嫁入り道具にしないで貰える?」


「あなたは戦争を終わらせる英雄になる人でしょ。それくらいの剣は必要だわ」


 駄目だこいつ。全然聞く耳持たない。

 どうやって返そう。

 こんなの腰にあったら気になって仕方ない。


「お前に良い剣を持っていて欲しいんだ……」


 食い下がると、ミーアは俺の全身を見て。


「あら、奇遇じゃない。私はあなたの全身、私が選んだものにするつもりだから」


「お前。まだ貢ぐ気なの? やめてくれ」


 既に返しきれないくらい、金を使わせてる。

 これ以上は本当にやめて欲しい。


 俺が彼女に求めるのは、対等な関係だ。

 前みたいに良い喧嘩仲間であって欲しい。


「貢ぐんじゃないの。投資よ。私が選んだもので、あなたが私を守るのよ」


 拙い。思ったより壮大な計画だった。


 外套、馬……そして剣かよ。


 全く、恐ろしい奴だ。

 いつの間にか、俺は逃げ道を失っていたらしい。

 

「……手放せないな、それは」


「そうよ。お礼は身体で払ってね」


 身体をすり寄せてきた彼女は、俺の胸に甘えた。


 そうして……ミーアは。

 ふわりと香る甘い匂いを漂わせながら。


「そろそろ時間ね……ね? 行く前に、頂戴……」


 潤んだ瞳で見上げて来て、おねだりをする。


「……仕方、ないな。お前は」


 その可愛さに、俺はすっかり参ってしまって。


 前髪を指先で払うと、嬉しそうに微笑む彼女が、愛おしくて。


 共に歩むと決めた女の子は、唇を寄せてきた。



 雪華……か。

 この白い花を染めたのは、お前だよ。ミーア。




 


 ミーアと暫く触れ合った後、俺達は外出した。


 魔人……というか。異世界人?

 森中の野営地に向かったのだ。


「紹介する。ミーアだ。歳は俺の一つ下で、十五。こちらの世界では、成人を迎えたばかりだ」


 隣に立つミーアの紹介を簡単に終えると、俺はミーアの華奢な腰を軽く叩いてやった。


 予め決めてきた合図だが、相変わらず折れないか心配な程に細いな。 

 その癖、良い尻してるから、間違えて触りそうだった。


 俺の合図を受けたミーアは、一歩前に出ると。


「あの! ミーアと申します! 先日は、突然矢を射掛けてしまい、申し訳御座いませんでした!」


 深々と頭を下げるミーアの姿を見て、驚く。


 誠意を示すとは言っていたが、そこまでするとは聞いてない。


「シーナ。彼女はなんと?」


 卓に座るメルティアが、腕を組みながら言った。


 今日はミーアを連れて来たから、皆。殺気立っているらしい。

 訓練もしてないから、全員集まって敵意ある視線をミーアに向けている。

 普段は座っているシラユキも任されてる隊の前列に立って睨んでいるぞ……。

 

 失敗は出来ない。


「お前に矢を射った事を謝罪している」


「なんじゃ、そんな事か。気にしとらんよ」


 ひらひらと手を振って、メルティアは言った。


 ミーアはまだ、深く頭を下げたままだ。


「気にしてないってさ。頭を上げろよ」


「駄目よ。まだ……ちゃんと誠意を見せないと」


 小声で呟くミーア。頑固だな。

 

 相手が気にしてないって言ってるのに。


「む? 何故頭を上げんのじゃ?」


 やはり疑問に思ったらしく、メルティアがミーアを見て眉を寄せる。

 俺は彼女に事情を話す為、意識して言語を切り替えた。


「ちゃんと許して貰いたいらしい」


「ふむ? 律儀な奴じゃのう。仕方ない」


 立ち上がったメルティアは、こちらに近付いて来ると両手を広げた。

 同時に、黒い翼もバサリと広がる。


「シーナ、通訳するのじゃ」


「分かった。ミーア、顔をあげろってさ」


「はい」


 恐る恐る頭を上げたミーアは、メルティアを見つめた。

 しかし、腰は折ったままだ。本当に頑固だな。


 そんな風に思っていると、メルティアが言った。


「抱っこ」


 しかも。とても信じられないことを言い出した。


「……は?」


「だから、抱っこじゃ。仲直りと親愛の証じゃよ」


 仲直りする為に、抱っこ?

 また、突拍子もないことを言い出したな。

 力加減を謝って怪我させたりしないか心配だ。


「シーナ。なんて?」


「抱っこしろって。仲直りだそうだ」


「えっ……え? あ、うん。畏まりました」


 困惑した様子で、俺とメルティアを見比べたミーアは、恐る恐る近づいて行った。


「し、失礼します」


「うむ。遠慮は不要じゃ。ばっちこーい」


 目の前で会釈したミーアは、ゆっくりとメルティアの身体に腕を回し、抱き締めた。


「おーおー、可哀想に。こんなに震えて……」


 メルティアは、震えるミーアを優しく抱き返すと、その髪をゆっくりと撫でた。


 …………良いな。


 何故だろう。今の二人を見ていると……とても。

 こう……胸に湧き上がるものがあるな。


「シーナ。妾、今から凄く良いことを言うから。ちゃんと翻訳するのじゃ」


 ふんす! と。

 鼻息を荒くしたメルティアは、金の瞳を爛々と輝かせた。


 いや、台無しだよ。

 凄く良い事を言うとか、自分で言うな。


 大体な、そう言うのは人伝じゃ意味ないんだ。

 少しはうちの彼女を見習えよ。

 震えるくらい、怖い思いを我慢して来てるんだぞ、この子は。


「馬鹿。そう言うのは自分で言え」


 俺は目の前の素晴らしい光景を彩るべく、お節介をすることにした。

 個人的欲求だ。他意はない。

 

 するとメルティアは、眉を寄せる。


「それが出来れば、苦労はせんわい」


「出来るさ。メルティア、お前。ミーアに自分を理解して貰う為に、今から難しい言葉を使おうとしてるだろ?」


 余裕を見せてはいるが、俺はメルティアが必死な事に気付いていた。


 だって、こいつ。間違っても怪我させない様にする為か、身体の動きが鈍いんだ。


 それに。これは彼女にとって、初めて得た好機。


 言葉が伝わらない相手に、自分を理解して貰う。

 その最初の一歩に他ならない。


「人と人が繋がるのに、難しい言葉は必要ない。想いがあれば、願い合えば。気付けば相手と思い合える。お前は今出来る範囲で、思い切りやれば良いんだよ」


 母さんの受け売りだが、メルティアには恐ろしく効いたらしい。

 見て分かる程に動揺している。


「頑張れ。もう挨拶は教えたはずだ」


 更に押してやると……。

 金色の瞳を煌めかせて、ゆっくりとミーアに視線を戻した彼女は……その小さな唇を開いた。


「こー、にちわ。はじめ、まひて。わたひの、なまえは……めるてぃ、あ。いいます……」


 辿々しく、相変わらずの噛み噛みだった。


「え……?」


 しかし、ミーアには届いたようだ。

 目を見開いて、驚いている。


「こーにちわ。はひめ、まして。わたしの、なまえ……は」


 ゆっくりと身体を離したミーアは……懸命に呟くメルティアの顔を見つめた。

 

 二人の瞳が見つめ合って。


 少しすれば、二人同時に表情を綻ばせた。


「こんにちわ。はじめまして。わたしの、なまえは。ミーアと、いいます」


 ゆっくりと。区切って口にするミーア。


 ……流石だな。

 やっぱり。俺の自慢の彼女だよ、お前は。


「っ! こ、こんにち、は。はじめ、ましぇて。わたひの……なまへは……めるてぃあ……と」


 すると。メルティアの声が。

 小さな身体が、分かり易く震えた。


 ……彼女は、語っていた。 


 突然異世界に飛ばされて、言葉が通じなかった。


 訳もわからないまま、攻撃され、迫害を受けた。

 何とか共存したいと方法を模索し、調査をしていた両親が殺され、帰らぬ人となった。


 それでも、憎しみは憎しみを生むからと。

 それでも、自分達が悪いのだからと。

 それでも、この世界で。仲良く平和に生きたいのだと。


 メルティアは、甘い理想を語っていた。


 その言葉を聞いていた俺だからこそ。分かる。

 その意思に付いて来た仲間だからこそ、分かる。


 気付けば……。

 

「こんにちわ」

「こん、にちわ」


「はじめまして」

「はじめ、まして」


「わたしのなまえは」

「わたしの、なまえは」


「ミーアと言います」「メルティアと、いいます」


 メルティアの金色の瞳からは、涙が溢れていた。


 それは、初めて見る。彼女の本当の表情だ。


 親を失い、生まれ持った力と立場に苦しんだ。

 そんな、優しい怪物の姿が、そこにはあった。


「よろしくお願いします。メルティア様」

「うん……っ! うん……っ! ミーア!」


 人である俺と、異世界人である周囲の者達が見守る中。


 二人の女の子は、おでこをくっつけて笑い合った。


 人と魔人。

 遠い世界で生まれ、姿形。言葉も違い。

 敵対する二人の少女が、繋がった瞬間だった。


「母さん。見てるかな?」


 ……ミーア。ありがとう。

 お前のお陰で……俺は。俺達は。


 「俺は、人間を裏切るよ」


 心置きなく、戦える。


 あの笑顔を。あの女の子達を。

 彼女達の抱く理想を……守りたいから。









 ……それにしても。







「良かったでずねぇ〜! めるでぃあざまぁ!」


 シラユキ……あいつ。

 あの駄犬、声がデカ過ぎるぞ……。


 折角俺がこの素晴らしい光景を生み出したのに。

 お前のせいで……台無しじゃないか。

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