第21話 新聞。

 ギルドから緊急依頼の斡旋を受けてから三日が過ぎた。


「号外、号外だよー!」


 行方不明者が増加しているのは本当らしく、連日新聞ではその話題ばかり。


「号外だよー!」


 魔界から来た新種モンスターの被害。

 大規模な犯罪組織の暗躍。

 もしかして、神隠しではないか。


「剣聖ユキナ様の近況について、号外だよー!」


 専門家や貴族。学者達は、随分と好き勝手な予想を立て新聞に載せている。

 毎日の様に新聞を購読し情報収集をしているが、有力な情報は未だに手に入らない。


「今日も収穫は無しか」


 ギルド前の大通り。

 新聞を立ち売りしている青年の近くで、雑貨屋の壁に寄りかかっている俺は苦笑した。


 女神様に選ばれた人類の希望。

 勇者一行がこの件について動いているのは本当らしく、各地から情報を募集したり王都付近の見回り等、色々手を尽くしているらしい。


 その程度なら騎士団や憲兵団。冒険者だってやっているのに勇者達の活動は大きく取り上げられていた。

 勿論。騎士団や憲兵団の捜査結果も記載されているが、左端に数行。おまけ程度に扱われている。

 冒険者の話題なんて皆無だ。扱いが雑過ぎる。


 さて、今日の目玉を読むとしよう。


 手元の新聞を裏面から表面へひっくり返す。


「剣聖ユキナ様が、侯爵家ローレン家に養女として迎えられたよっ! 遂に貴族のご令嬢になったよー!」


 今日の新聞の見出しは、その話題で持ちきりだった。

 何でも、ユキナは王都に大きな屋敷を持ち、それなりに権力を持つ家の養女として迎えられたらしい。

 名前は変わらないらしいが家名が付き、ユキナ・ローレン侯爵令嬢という事になった。


 元々の両親である二人の話なんて全く書いてない。

 しかし、あの二人がユキナを手放すなんて信じられないな。

 金でも積まれたのだろうか。

 いや、積まれなかったとしてもこれは不可避か。

 あの日。成人の儀の日。彼女が連れて行かれた時のように。


 いずれは、こうなると思っていた。

 貴族様は色々と事情というものがあるだろうからな。

 偉い人の考える事はよく分からんが……ユキナが剣聖として後世に名を残す際、村人というのは外聞が悪いというのは理解出来る。

 だから、元から貴族の出だった事にする。

 これなら勇者パーティーは、人類の英雄は貴族からしか生まれない、みたいな都合の良い話も出来るからな。

 真実を知る者なんて、時間が経てば皆居なくなる。

 後で真実を捻じ曲げれば、どうとでもなる。

 とまぁ、こんな感じの思惑があるんだろう。

 ……流石に邪推し過ぎか。


「本当に死んじまったんだな。あいつは」


 僅かな苛立ち、寂しさ。悲しさ。

 胸を締め付けるような痛み。

 空虚感、脱力感。

 記事を読み終えた途端。様々な感覚が一気に訪れた。

 だが、それらはすぐに消える。


 悪いな、ユキナ。


 お前の為に流す涙は枯れてしまった。

 揺らせる心も、いつの間にか薄くなっている。

 お前は、死んだ。

 もうこの世にいない。

 お前が村で生まれたと言う事実も。

 俺と幼馴染だったという過去も。

 婚約していたという約束も。

 その事実の証明すら、暫く時間が経てば絶対に出来なくなる。

 いや、もう既に出来なくなっている。やっちゃいけない事になっている。

 お前は人類の切り札で、英雄で、貴族令嬢。

 俺は、小さな村から出て来たばかりの駆け出し冒険者。


 接点なんて、最初からなかった。

 な? 丸く収まるだろ。

 そういう事だ。


 ユキナ。

 いや。ローレン侯爵令嬢様。

 剣聖様。


 俺とお前は、最初から生まれた場所も過ごして来た時間も違う他人だ。

 二度と会う事は無いだろう。

 もしあったとしても、俺は遠くからお前の姿を見る事しか出来ないだろう。


 まぁ、あの手紙を読んでくれたなら絶対無いと思うが、もし村の時みたいに話し掛けてきても、俺はお前を他人だと思って。

 いや、最初から面識の無い、他人として接する。

 そんな事をする必要が無い事を祈っている。


 じゃあな。


 目を瞑る。

 笑いながら俺の手を取り、走っていた彼女の姿を思い出す。

 そして、最後の挨拶をしながら、残っていた思い出を粉々に砕く。


 涙は出なかった。

 ただ、少しばかりの空虚感はあった。

 それだけだ。


 新聞を握り潰し、目を開けた。


「ふぅ……」


 壁から背を起こして歩き出す。

 この新聞は、今度焚き火をする時の火種にする為捨てられない。

 紙は貴重だ。有効活用しないと勿体ない。

 不思議とすっきりした気分だった。


「あら、シーナさんじゃないですか」


 不意に背後から呼び止められた。

 振り返ると、少し遠くにローザパーティーの一人。弓士のティーラが右手を軽く上げ、微笑んでいた。


「ティーラか。三日振りだな。元気にしていたか?」


 声を掛けると、ティーラはこちらに歩いて来た。


「はい。昨日まで休養していましたから、元気一杯ですよ」


「そうか。それは良かった」


 微笑み返しながら、握った新聞をポケットに入れる。


「昨日まで休養って事は、今日から仕事か?」


「はい。何でもガルジオさんとテリオさんが、美味しい仕事があると情報提供をしてくださったんですよ。なので、休養日は五日を予定していたのですが、繰り上げになったんです。あっ。良ければ、シーナさんもご一緒しませんか?」


 ティーラは普段通り気楽に誘ってくれた。

 いつもなら有難いなと感謝し依頼内容を訪ねる所。

 だが、今回は違和感を感じた。

 テリオとガルが情報提供した美味しい依頼?

 それって、まさか。


「もしかして、行方不明者の捜索と原因究明の依頼か?」


「あら、ご存知だったんですね。あ。そうか。そうですよね。この依頼、緊急任務扱いでしたね」


 やっぱりか。

 あの二人、俺が断ったから仲間に泣き付いたらしい。

 ローザも金に弱い様子だから、飛び付いたんだろう。

 情報が曖昧な依頼の為。やめておいた方が無難だと思うが、彼等の正式な仲間じゃない以上。俺に反対する権利はない。

 一応忠告はしておくか。


「言っておくが、新種のモンスターが関わっている可能性がある仕事だ。危険だぞ」


「分かってます。ですから、十分注意するつもりですよ。心配して下さるのは有難いですが、パーティーの貯金を増やせる良い機会ですので……」


 パーティーの貯金?

 成る程、男達があんなでもパーティーが回るのは、仲間内で貯金しているからなのか。

 大体予想はついていたが、恐らく。管理しているのはティーラだろう。

 リーダーだからと言って、あの男に金を持たせちゃいけない。

 絶対にだ。


「それに、緊急依頼はちゃんと参加しておいた方がギルドや周りの信用を得られそうですし。ですから私達は暫く、その依頼を受けるつもりです」


 成る程、一理ある。

 特に彼女達の様な何かと注目を集めやすい若手。

 実力を高く評価されている者達は参加するべきなんだろう。

 凡人には分からない悩みだな。


「そうか……そういう事なら、俺はもう何も言わない。くれぐれも気を付けてくれ。もし本当に新種が現れたら、出来るだけ戦闘は避けて逃げるんだぞ」


 幾らローザのパーティーに実力があるからと言って、相手は未知の化け物。

 戦わないに越した事は無い。


「分かってます。本当に魔界のモンスターに遭遇したら、当然退避する予定です。私達の目的はあくまで、行方不明者の捜索ですから」


「そうか、なら良い。頑張れよ」


 流石に分かってるか。

 攻略方法も生態も未知数の相手に向かって行く程、無謀な人達じゃない。

 実力も実績もある皆だ。きっと、大丈夫だろう。


「ですから、シーナさんもご一緒にどうですか? 私達と一緒にやりませんか?」


 再度誘ってくれたので考える。

 気持ちは有難い。彼女達と一緒なら大丈夫だろうという確信もある。

 俺もギルドからの信頼は欲しい。

 受付嬢のお姉さんには何かと世話になってので協力してあげたい気持ちもある。

 だけど、


「悪い、それは出来ない。俺が行ったらもしもの時、足手纏いになるだけだろう」


「足手纏いなんて、そんなことは……」


「気を遣わなくていい。今まで散々迷惑を掛けて来たから今更だと思われるだろうが、俺のせいでお前等が怪我をしたら悔やんでも悔やみきれない。それに、今日の夕方から別の仕事を入れているんだ。誘ってくれるのは有難いんだが……その事件が解決するまでは、俺は冒険者稼業を休むつもりだ」


 結果的に長い休養日を取ってしまったが、ただ休んでいた訳じゃない。


 元々働かせて貰っていた伝手を使い、暫くは街の中で仕事をするつもりで話を通してある。

 朝から昼過ぎまでパン屋。夕方から夜まで飲食店で働かせて貰う予定だ。

 これで態々外に出る危険を犯さなくても金にも時間にも困らない。


「そうですか……残念です。分かりました。でも、もし気が変わりましたらいつでも声を掛けてくださいね。皆、シーナさんの事をもう仲間だと思っていますから」


「……分かった。ありがとう。」


 温かい気持ちになって、礼を言った。


 嬉しかった。

 知識も力も無く、当然碌な活躍も出来ていない。

 それどころか迷惑ばかり掛けている。

 その癖、自分の勝手な都合で誘いを断る。こんな臆病な駆け出し冒険者に、そんな事を言ってくれるなんて。

 あっ、そうだ。


「あっ、いけません。遅刻してしまいます。では、また」


「待ってくれ、これ。役に立つか分からないけど……」


 去ろうとするティーラを呼び止め、腰の雑嚢に手を伸ばす。

 中に数冊入れている手記の一つを取り出し表紙を確認する。

 よし、これだ。間違いない。


「一応これ、持っていけ。ギルドが発行している手記だ。現在交戦記録がある新種のモンスターの情報が記載されている。何かの役に立つかもしれない」


「えっ。良いんですか? これ、凄く高価な物では……」


「気にするな。汚れたり皺がついたり、最悪破れたりしても文句は言わない。また買えば良いだけだ。仲間の命には変えられない。散々世話になっているから、これくらいは。心配くらいは、させてくれ」


 俺の言葉にティーラは少しだけ目を見開き、暫く悩む様子を見せたが、ゆっくりと手を伸ばして手記を受け取ってくれた。

 手記を胸に抱いた彼女は、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。有り難くお借りします。必ず綺麗なままお返し致しますから」


「礼はいらない。頭を上げてくれ。俺は受けている恩を少しでも返せたらと思っただけだ。ほら、遅刻しそうなんだろ?  早く行け」


「はい。本当にありがとうございます。では」


 頭を上げ、笑顔を浮かべたティーラは踵を返した。


 去って行く背中を見守っていると、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。

 さて、これからどうしようか。

 夕方まで暇だ。大分時間がある。

 時間がある時は鍛錬と勉強だ。


 雑貨屋に行って使えそうな物を探すのも良いかもしれない。


 そんなことを考えながら。

 宿に戻る為に歩き出した。





 この数日後。

 俺は、ミーア達。

 ローザのパーティーが行方不明になった事を知る。





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