第13話 奇襲

 三人の先輩冒険者と共に、セリーヌの街を出発してから随分経った。


 現在。俺は目標である狼達の住処である岩場へ向かう為、森林の中を進んでいる。

 隊列は、先頭にローザ。続いてミーア、俺、ティーラの順だ。

 立派な背丈を持つ木々が生い茂っている森の中は、まだ昼前だと言うのに妙に薄暗い。

 頭上を枝葉に覆われ太陽の光が遮られてしまっているのが原因だ。

 だが、これでも比較的明るい方なのだ。

 今日の天候は快晴。気温は僅かな肌寒さを感じる程度。森の中での視界も予想通り充分確保出来ている。

 絶好の冒険日和だ。だからこそ、今日俺は街の中で働く日雇いの仕事ではなく、生態調査の依頼を受けていたのだから。

 周囲の観察と足元に注意しながら歩いていると。


ザザッ。

タタタッ。


 突然そんな音が聞こえ始めた。

 まるで草を踏み、地を蹴っている様な音が高速で鳴り響いている。

 先頭のローザが足を止め、左手を横へ垂直に出した。恐らく、静止の合図だろう。

 全員従って歩みを止める。


「構えろ」


 ローザから短い指示があった。

 どうやら何かに狙われているらしい。

 周りを警戒しながら剣の柄を握り、一気に引き抜く。


 鞘走りの音が二つ響いた。

 背後を一瞥して確認すると、ティーラも短剣を抜いてる。


 ローザは背から大剣を外して、地面に突き刺した。

 森の中だと扱い辛いからだろう。

 次いで、腰の長剣を引き抜いた彼は……。


「十一時方向に影が二つ横切った。山狼だな」


 言われた方向を向く。

 こういう時の位置は進行方向から見て、が常識のはずだ。


「山狼? ……あぁ、了解。視認したわ。風向きが最悪ね」


 ミーアに言われて、風に意識を向ける。


 風は俺達の背から、相手に向かって吹いていた。

 風上か。確かに最悪だな。

 山狼は鼻が良い為、人間が感じない匂いを嗅ぎ分ける事が出来る。

 頭も良く狡猾で、腹を空かせていれば残忍な性格になる獣だ。

 だが本来、奴らは夜行性のはず。

 その為、日中は本来。奴等が寝静まっている時間。

 それが昼前からこうして走り回っている所を見ると、余程食料に困っていると推測出来る。


 事前情報で、群れが大きくなり過ぎたと聞いているからな。



「あぁ、狙われてると見て良いな。シーナ、お前は結構やれるんだろ? ミーアを守れ。俺はティーラと先行する……走るぞ」


 ローザは大剣を左手で抜いて肩に担いだ。

 それ。片手で持ち上げれるのか……力強いな。


「ミーア。射れそうなら遠慮せず射っていいからな」


「了解よ」


 走り出したローザにティーラが続く。

 中々早いな、付いていけるか。

 行くしか、ないな。


「こけたりしないでよ」

「分かってる」


 軽く返事をしながら駆け出す。

 足鎧が付いてる為、普段より足が重い。

 金属の擦れる音も良くない。奴等は耳も良い。

 これは、森歩きには向かないか?

 慣れてない所為か、自覚出来るほど動きが鈍い。


 暫く走っていると、ザザザザ、と一際大きな音がした。

 近いな……これは、左か。

 そちらへ視線を向ける。直ぐ近くで二匹の山狼が走っていた。

 山狼を見るのは初めてではない。この二匹。随分身体が大きいな。


「止まれっ! やはり奇襲を受けてる。 こいつら、余程腹を空かせているらしいっ!」


 前方からローザの叫び声が響いた。

 ここで迎撃するらしい。

 指示に従って急停止した瞬間、地を蹴る音が一際大きく響いた。


 飛び掛かってきた山狼と至近距離で目が合う。


「うわっ!」


 反射的に左腕を出してしまった。

 瞬間、しまったと後悔するが……もう遅い。


「うぐっ!?」


 腕に噛みつかれ、思わず目を瞑りそうになる。

 だが、戦場で目を瞑ることはしてはならない。

 現実から目を背けても、結果は待ってくれない。

 即ち、自ら死期を速める行為だ。


「シーナ!」


 ミーアの悲鳴を聞きながら、理性で瞼を押し開け、足を踏ん張る。


 衝撃と体重が一気に押しかかって来て、ザザッと踵が滑り、土に沈んだ。

 お、重い。だが、なんとか堪えたぞ。危うく押し倒される所だった……!

 鼻に付く獣臭さ。至近距離から放たれる純粋な殺意を感じ、心臓が早鐘を打ち始めた。

 喉まで上がってくる熱、キュッと胸が締め付けられるような感覚。

 自然に汗が噴き出る。全身が震える。

 これは、やばい……!


「グ、グル、ルルルッ」


 至近距離で俺は山狼と見つめ合い、暫く抵抗を続け……ふと気付いた。

 左腕に来る筈の痛みが、無い。肉に牙が食い込み、裂ける痛みがしない。

 あるのはただ、激しい圧迫感だけだった。


「はぁ、はっ。はっ。はっ。は、はは。はははっ……」


 止まっていた息を吐き出した途端。胸を締め付けていた緊迫感が僅かに軽くなり、思わず笑みが漏れた。

 買ったばかりの金属の籠手に、このケダモノは噛みついていたのだ。

 

 お陰で助かったらしい。

 ははっ、ギチギチいってら。


「ちょ、ちょっとあんた! だいじょう……くっ!」


 二匹目の山狼が飛びかかって来て、ミーアが呻く。

 そちらを確認する余裕がない為、詳しい状況は分からないが……音を聞く限り、屈んで躱したようだ。


「ははは……んん、はぁ。大丈夫だ。俺より、はぁ……自分の心配をしろ」


 告げながら、剣を地面に放り投げて短剣を引き抜く。

 暴れる心臓。吐きそうになる程の高揚感。

 全身を支配する熱は治まる気配が無いが、不思議と頭は冴えていた。


「はぁ、はぁ……」


 震える腕を理性で押さえつけながら上げ、狙いを定める。

 やること。やらなければならない事は、分かる。単純明快だ。

 骨のない目を狙って一気に、全力で突く。


「グルルルルルッ!!」


 それだけでいい。

 それで、それで……こいつを、




 殺せる。



「あぁっ!」


 渾身の力で、短剣を振り下ろす。

 ザッ、という鈍い音と手応え。

 一瞬で視界が紅に染まる。

 ほぼ同時に、生暖かい感触が頰に訪れた。

 振るった刃が生物の肉に食い込む音と感触は、未だに慣れない。


「キャゥゥゥゥゥン!?」


 更に強く噛んで来て、山狼は暴れた。

 左腕の圧迫感が増し、体勢をを崩された。

 同時に、生き物の命を奪う嫌悪感と罪悪感に襲われる。

 その全てを、殺さなければ殺されるのは自分だ、と言い聞かせて抑えつける。


 さぁ、トドメだ。

 こいつを殺せ……殺せっ!


「は、ぁぁあっ!!」


 全力で足を踏み込み、一気に短剣を捻る。

 山狼の脳を貫いた刃から、ぐしゃり……と不快な音がした。


「キュウゥ……」


 力の抜けた山狼が、ずるっと地面に落ちようとする。

 ただの死体。肉塊と化したそれを乱暴に振り解く。

 途端に身体が元の軽さを取り戻し、自由になった。


「はぁ、はあぁぁぁ」


 血濡れの短剣を鞘に収めながら、大きく息を吸い、吐く。

 獣臭い臭いが鼻腔を突き、一気に訪れた安堵感。僅かに治まる胸の鼓動。

 少し冷静さを取り戻すと同時、まだ終わってないぞと自分を戒めた。

 地に刺していた剣を引き抜く。


 ああ、そうだシーナ。

 もう一匹いるぞ。

 仲間を襲っている、犬畜生が。

 睨んだ先には、もう一匹の山狼が居た。


「ガァウッ!」


「あぁもうっ!」


 飛び掛って来た山狼に、ミーアは至近距離で弓を放った。


 ドッ、と頭頂に矢が突き刺さったが、当然の如く勢いが死んでない。

 まだ、生きているかもしれない。

 俺は彼女の前に身体を踊らせ、剣を横薙ぎに振り抜いた。

 日頃の素振りの成果か、刃は思い描いた軌道を正確に辿ってくれた。

 山狼の側頭部を捉え、鈍い手応えを感じる。

 鮮血を宙に舞わせながら、山狼の身体が落ちていく。


 地に落ちた時。どちゃ、と不快な音がした。


 山狼の身体はピクリとも動かない。

 死んでいるようだ。


「はぁ、はぁ……」


「は、はぁ……ふぅ。あ、ありがとう。助かったわ」


「はぁ、はぁ……いや」


 後ろから礼を言われて、こんな時なのに驚いた俺は思わず振り返った。

 この女と出会って四カ月。初めて言われた感謝の言葉だった。

 多分、山狼はミーアの矢で絶命していたと思う。

 俺はただ、死体を殴り飛ばしただけだろう。


 まさか、この程度で感謝されるなんて、思ってもいなかった。


「大丈夫か?  二人共」


 肩で息を繰り返していると、不意に声が掛けられた。

 そちらへ顔を向けると、ローザが心配そうな顔で見ている。

 途端、どっと安堵感が押し寄せて来た。


「あ、あぁ。何とか……な」


「はは、それは上々。もう安心しな。奴等はとりあえず、逃げてったから。文字通り尻尾巻いてな」


「はぁ……そうか。良かった」


 笑いかけられて更に強い安堵を感じながら、ローザの背の方を見る。

 俺と違って、随分余裕そうだ。

 そちらには六匹の山狼の死体が転がっていた。

 ティーラがしゃがみこんで、何かをやって居る。

 こちらが二匹やるうちに、三倍の数を殺したのか。

 

 ……流石だな。


「お、シーナ。二匹やったのか? 良くやった」

「……一匹はミーアだ。それにしても、あんた凄いな」

「あ? あぁ」


 素直に賞賛すると、ローザは振り返って、自分の獲物を見た。


「俺は四匹、ティーラが二匹だ」


「……もしかして、嫌味か?」


「は? あぁ、違う違う。お前、討伐任務始めてなんだろ?」


「まぁ、そうだけど……」


 頷くと、彼は笑みを深めて歩み寄って来た。

 二度、肩を叩かれる。


「最初から奇襲に対応して、ミーアを守ったんだ。良くやった。普通出来るもんじゃない。お前結構、見込みあるぜ」


 急に褒められて、呆けてしまう。

 なんだこれ。

 俺は必死だっただけなのに。


 ポカンとしていると、ローザは途端に厳しい顔になって顔を上げた。


「それに対して、ミーア。なんだ今のザマは。情けねぇ……」


「うっ……」


「相変わらずお前は弓に依存し過ぎだ。それじゃあ持ってる意味ないだろ、そんな良い剣。何なら、シーナにあげちまえ」


「っ! わ。悪かったわよ……」


 街で見るのと全く違う顔で、ミーアは眉を下げ本当に申し訳なさそうにしている。

 え? 誰だこの女は。知らない人だ。

 こんな素直なミーアは、俺の知っているミーアじゃない。


「ったく。お前は成長しないな。とりあえずミーア。そいつらの牙を抜いとけ。シーナはそれ、見とけ。討伐任務はそれが一つの証明になる。肉食獣は上顎の両牙が基本だ。分かってると思うが、手早くやれよ。奴等が仲間を連れて来る前に、ここを離れるぞ」


 それだけ言って、ローザはティーラの方へ戻っていく。

 あちらの方が数が多い。手伝うのだろう。


「……ごめんなさい、シーナ」


 大きな背中を見守っていると、信じられない言葉が聞こえた。

 振り返ると、ミーアが俯いている。

 え。今のミーアが言ったのか?


「何が?」


「……奇襲なんて、久々に受けたから気が動転したわ。武器選択すら間違えた。あなたが冷静じゃなかったら、やられていたかもしれない。だからその……負担を掛けてしまって、ごめんなさい」


 俯いていたミーアは、こちらに向かって更に深く頭を下げた。

 ……誰だろう、この人。

 やっぱり知らない人かな。


「俺だって焦っていただけだ。一匹仕留めたのはお前だし……気にしなくていいと、思う」


 こう言う時、掛ける言葉が分からない。

 特に相手の方が格上な場合、あまり言うと生意気に聞こえそうだ。


 本当は、剣士の俺が守れなかったことを謝るべきなのに。


「白等級に庇われるなんて、私もまだまだね……それにしてもあんた、結構やるじゃない。練習してたのは本当だったみたいね。今まで一人だったのに、生きてたのも納得だわ」


 そう言って、ミーアは穏やかな顔で微笑んだ。


 …………どうしよう、この人。誰だろう。

 いつも絡んで来ては、自信たっぷりに罵倒していく女はどこに行ったんだ。


 なんか、落ち着かないぞ。調子狂うなぁ。


「いや。お前が焦ったのは、俺が襲われたからだろ。謝るのは俺だ。その、心配かけた。次はもっと上手くやる」


 実際、籠手を新調してなかったら大怪我じゃ済んでない。

 革の籠手のままだったら、間違いなく貫通されていただろう。

 そして、負傷した痛みで判断能力を無くし押し倒され、喰われていた筈だ。


 勘違いするな。こうして生きているのは、俺の力量のお陰ではない。


「ふふ。そ。頑張りなさい。あぁほら、牙の抜き方教えてあげる。見てなさい」


「あぁ」


山狼の死体へ近付き、ミーアは屈んで作業を始めた。

手元を見ながら、折角なので質問して見ることにする。


「なぁ、ミーア。お前やけにローザには素直だな。何でだ?」


 異性として好き、とかだったら分かりやすい。

 普段の怨みもあるから、からかってやろう。

 そんなふざけた考えで、気楽に聞いた。


 だが、俺はすぐに後悔することになる。


「……ローザは私達のパーティーリーダーで、ここは戦場よ。あの人が怒るのは、仲間を死なせたくないから。だから怒るんだと、前に言われたし理解もしてる。普段は結構いい加減に見える人だけど……少なくとも私は今まで、理不尽な事を言われたことはないわ」


「……」


「だから信用してるのよ。勿論、他の皆もね。あんたもいずれ、分かると思うわ。ううん、思い知らせてあげる。私が今居る場所が、どんなに恵まれた場所なのか」


「……そうか」


 作業を続けながら、ミーアは言う。

 途端に俺は、自分の浅はかさが恥ずかしくなった。


「上手いな……」


 思わず呟いてしまう程。随分と慣れた手付きだ。ミーアは数秒で牙を一本抜いてしまった。

 歯茎をナイフで縦に切って、少し揺らしながら抜いてやれば根元まで簡単に抜けると手記で学んでいるが、その通りだな。


 本当に上手だ。感心してしまった。


「そう? 普通よ、これくらい。あぁ、さっきの話だけど……あの人がリーダーとしてパーティーを結成してから、死んだ人間はまだ居ないわ。今では若手だけのパーティー限定なら、セリーヌで一番なんて言われてる。私自身、そこに入れた事を誇らしく思ってるの。だから私は決めたの、よっ! 仕事中は絶対意地を張らない。口答えも極力しない。自分が悪い時は、ちゃんと謝るって」


山狼の牙が、スポッと抜けた。

これで二本。一匹分終わりだ。

本当に手際が良いな。


 と、そんな事より。


「何で仕事中限定なんだよ、常に素直なら可愛げがあるのに」


 ……言った! 遂に言ってやったぞ。

 思わず俺は、身構えた。


 すると、ミーアは。


「何言ってるのよ。私、いつも素直じゃない」


「 」


 あれでか。

 あれで素直なのか。

 要するにお前、本心から俺の事馬鹿にしてるのか。

 

 まぁ、仕方ないだろうけど……

 確かに冒険者としてのちゃんとした活動は少ないし、パーティーも今回が初めて。

 言い返すことなんて、出来やしない。

 今回のこれだって、こうして話をしてくれるのだって、そうだ。

 彼女は世間知らずな癖に一人で居る俺を戒めているんだろう。

 だけど、俺は俺なりに色々考えて、だな……。


「そ、そうか」


 これしか言えない自分が、今は情けないと思う。


 彼女の言う通り、俺はまだまだ駆け出し冒険者で、実績もない。

 勿論、実力も経験もない。

 本当に言い返せるだけの力があるなら、山狼二匹にあんな無様な戦闘はしなくて済んでいるんだ。


「まぁ、でも。今回は本当に感謝してるわ。また奇襲されたら、頼むわよ」


「……さっきも言ったけど、次はもっと上手くやるよ」


「ふふ。期待しておくわ」


 ミーアは本当に素直に笑って見せた。


 要するに彼女が言いたいのは、無駄な意地を張ったり矜持を貫くの無駄。

 自分という物を時には曲げてでも、素直に人の言う事を聞くべき時がある。

 俺みたいな奴にでも、助けられたのだから、お礼を言う。

 彼女は、あんたも仲間が欲しいなら、そうしなさいと教えているつもりなんだろう。


 俺だってそれは分かっている。

 伊達に四カ月も便利屋やってない。

 接客とか、笑いたくないのに笑わなきゃならない。

 使わなくて良い気を遣わなきゃいけない仕事は沢山やった。


 最初から皆知り合いで、気を遣わなくて良い小さな村じゃ出来ない。

 そんな、他人との関わり方を学んだ。

 四カ月。第三者から見たら、大した成果を上げてない様に見えるだろう。

 だけど、自分なりに成果は上げているつもりなんだ。


 だから、理解出来る。


「あぁ、期待に添える様にするよ」


ミーアは普段から気難しいが、時折見せる優しい気遣いが出来る女だ。


 そう言う態度が嘘じゃないと分かるから、本心から邪険に出来ない。

 本当。根は良い奴なんだよな、こいつ。

 だから、あんな良さげな仲間が居るんだろう。

 良さげ、と評価するのは……まだあの二人の人柄を、ちゃんと掴めている訳じゃないからだ。

 簡単には信用しない。命が掛かっているからな。


 だけど、たった二匹に翻弄された駆け出し。

 本来の仲間じゃない、知り合いの知り合い。


 臨時の人数合わせの俺を心配して、見込みがあるとまで言ってくれた。

 それも、自分達の方が大変な戦闘をした後に、だ。

 今のところ、二人とも悪い人には見えない。

 少し信頼はしても、良さそうか。


「ほら、馬鹿な質問してる暇があったら、二匹目。手伝いなさい」

「分かってるよ」


 言われてしゃがみ込み、手伝いを始める。

 手伝いと言っても、死んだ狼の首を少し持ち上げ作業がしやすい様に口内を晒すだけだ。

 かなり重いし獣臭さが凄まじい。

 水浴びくらいしとけよ、こいつ。


「終わったか? さっさと移動するぞ」


 ミーアが最後の牙を抜いた所で、声が掛かった。

 顔を上げると、二人は既に出発の準備を終えている様子だ。


「大丈夫よ。シーナ、早く行きましょ」


「ああ。牙は俺が持つ。荷物に余裕があるからな」


 ミーアは矢筒もあるし、背中の鞄も俺より大きい。

 いや、大きいどころの差じゃない。俺は腰のポーチと片手剣に二本の短剣だけだ。

 身体に掛かっている負荷が違いすぎる。それにミーアは女だし、華奢だ。奇襲を受けた後で、それなりに疲労も見える。

 ここは俺が持って、少しでも役に立ちたい。


 そう思ったのだが。


「良いわよ。誘った時も言ったけど、あんたは今回。荷物持ちじゃなくて剣士として呼んだの。近接職は出来るだけ荷物を持たないように配慮するのがパーティーの基本よ。また奇襲されるかもしれないんだから、今更変な気を遣ってないで、さっきみたいに自分の役割を果たすことだけ考えながら周囲の警戒をしてなさい」


 血で濡れた牙を袋にしまい、腰の雑嚢に入れながらミーアは言った。

 言いたい事は分かるが、気が引ける。

 男としての矜持とか、威厳とか。

 そう言うものが嫌悪感を感じさせている気がした。


「いや、だけど……」


「いいから、行くわよ」


 ピシャリと言って、ミーアは先に歩き始めてしまった。

 その背中を見て、俺は思う。

 もっと合理的に物事を考えられる様にしなければ。

 これは一人の冒険じゃない。皆でやってる冒険だ。

 それなら今は、与えられた役割をしっかり果たす事だけ考えるべきだ。


 小さなモヤモヤが消えないが、いずれ慣れていくだろうか。


「何してるの、早く来なさい」


「……分かったよ」


 頭を切り替えろ、俺。

 お前は今。このパーティの剣士だ。

 冒険者に、命を賭けた狩場に、冒険に。男も女も無いだろう。

 皆、自分だけじゃなく仲間の為に色々考えて、何事もやり過ぎない様に落とし所を探し続けてるんだ。

 なら、それを俺も探し続ければ良い。


「早くしろよ、置いてくぞ」

「分かってるわよっ! ほら、シーナ早く。遅れるわよ」

「少し待ってくれ」


 剣を鞘に収めながら、小走りで走る。


 母さんは言っていた。

 そうして見つけた答えが、冒険者の集まりをただの集団から、パーティーに。仲間にしていくのだと。

 命を賭けられる仲間を育て、認めていくのは何も、リーダーだけの仕事じゃない。


 なら、俺自身。

 ミーアにも、他の二人にも。今後少しでも信じて貰える様に努力するだけだ。


 ここはもう故郷の小さな村じゃない。

 住み慣れた街でもない。

 仲間と共に命を賭けてる、戦場で。



 俺は今、冒険をしている。



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